2020/07/23 のログ
ご案内:「◆特殊領域第三円」に神樹椎苗さんが現れました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。>
神樹椎苗 >
──特殊領域第三円。
その場所は、情報によれば異形の怪物が跋扈する異界である。
そしてその怪物たちは共通して、『ころしてくれ』と言いながら襲ってくるそうだ。
脱出するには、領域の外縁へ辿り着けばいいそうだ。
しかし、異界のどこに放り出されるかは定かでない。
そのため椎苗は、万全の準備をして挑むつもりだった──しかし。
「──ああっ、こいつらしつこいですねっ!」
自身に身体能力を引き上げる魔術《フィジカルブースト》を付与して、疾走と跳躍を駆使して異界を駆ける。
椎苗が寸前に居た場所を、異形の爪が引裂き、地面を砕き、咆哮が上がった。
[コロシテクレ]
その叫びを耳にして、苛立ちが募る。
殺して欲しいのは──自分の方だと。
跳躍の先に巨大な影が現れる。
舌打ちをしながら右腕を大木の根のように変化させ、鞭のように振り下ろした。
肉片を撒き散らしながら異形が千切れる。
吹き出す血液や粘液を浴びながら、崩れる巨体を足場に更に跳躍。
群がる異形の集団を飛び越えて、平地に降り立ち再び走った。
神樹椎苗 >
──椎苗が哀れな『娘』を送り届けた後。
再びスラムを訪れて武器商人を探したのだが。
その途中、不運にも開いた空間の歪み──穴に吸い込まれてしまったのだ。
『─────』
「わかってますよ!
でも祈る余裕もねーでしょう!」
黒き神から聞こえるのは怒りの声。
生命の冒涜、魂の蹂躙。
黒き神にとってそれは、到底許せるものではなかった。
しかし武器は椎苗自身の肉体と、小さな二振りの短剣のみ。
それでこの無数の異形を相手に時間を作れるかと言えば否だ。
せめてもう少し、何らかの手札があれば──。
ふと、周囲を見る。
この異界は、森林で構築されていた。
(──気づくのが遅いのですよ!)
一番近くの木に左手で触れる。
自身と繋がる神木とのチャンネルを開き、その神性の一端を引き出した。
神樹椎苗 >
《エンチャントブレッシング》
椎苗の持つ数少ない魔術の一つ。
神木の神性を引き出し、それを他者に与える魔術だ。
神性を与えられた一本の木は、急激に成長し巨木となる。
その太い根をうねらせて異形を打ち払うと、椎苗を覆うようにその音を球状に絡めていく。
巨木の根により作られたドームは、異形たちの暴力を一時的に押し留めていた。
『──────』
「わかってますよ、それがしいの役割ですからね。
神器も使いますから、一つよこしやがれです!」
そう乱暴に言いながら、椎苗は跪き、祈りを上げる。
「──生は死と共に在り。
──祝福は安寧をその身に宿す。
──死を想え。
──死に眠れ。
──吾は黒き神」
椎苗を黒い霧が取り巻く。
そして、黒い炎が右目から溢れると共に、ドームは破られた。
[コロシテ――]
奇声を発しながら踏み込んだ、四腕の異形は、霧に触れると同時にその場で崩れ、塵になって消えていく。
「――人体の結合、死した魂の定着。
それを模造した、異界の森に、複製魂魄。
この異界が何を元に作られたかは知らぬが」
椎苗の目がなだれ込む異形を睨む。
その集団に向けて『右手の』指先を向けた。
神樹椎苗 >
「――眠れ」
それだけで、無数の異形は塵へと還っていく。
黒き神に残された数少ない権能、『祝福と安寧の権能』の力だ。
主に霊体やアンデッドに適した権能だが、生命の理から外れたモノにも強力無比に働く。
『――って、右腕が戻ってるじゃねーですか』
「ふん、吾に捧げた供物だろう。
吾がどう扱おうと構うまい」
『釈然としねーですね』
椎苗は歩き、崩れた木のドームから抜け出る。
その先にはやはり、異界の森を駆け、這いずる異形たちであふれかえっていた。
「歪められし生命。
冒涜された死。
そのいずれもが、許しがたい」
黒き神の怒りに満ちた言葉と共に、椎苗の前に一振りの巨剣が顕現する。
血のように赤いその剣は、かつての神器。
死を運ぶ、飢餓の剣。
「案ずるな――吾が全て眠らせよう」
零落した神が、あるべき役割を果たすため、剣を執る。
その黒き神の怒りに、愛想のないため息が混じった。
『私たちが、です。
それがしいの――黒き神の依り代として、果たすべき役割ですから』
そして一人と一柱は、『安寧』を与えるために、異界を制す――。
神樹椎苗 >
――時は、一刻ほど経っただろう。
異界に溢れかえっていた異形は、すでにまばらになっていた。
「いかなる異界とて、完全なる無限、無尽は存在せぬ。
少なくとも吾らに向けて作られたこの異界において――残りはわずかのようだ」
椎苗は地面に突き立てた巨剣に寄りかかりながら、荒くなった呼吸を落ち着けている。
すでに全身の傷口が開き、至る所から出血していた。
ここまできて、一度も『死んで』いないのは、この巨剣の神器による恩恵だった。
『死と飢餓の神器――生命力を補えるのはありがたいですが。
この飢えと渇きには頭がおかしくなりそうですよ』
飢餓の剣は、斬った対象の生命力を奪い、持ち主に与える。
そのおかげで、神を降ろした事による生命力の消費を、無数の異形を屠る事で補えたのだ。
しかし、その代償は、持ち主に満たされる事のない飢えと渇きを与える。
「さもありなん。
もとよりこれは、神が振るうモノ。
人の身であれば、代償が要るのは必然」
『人じゃねーですけどね。
腹が減る、って感覚を久しぶりに思い出しましたよ』
ぎゅるぎゅると、残った異形たちの咆哮にも負けない音が、椎苗の腹から鳴り響く。
そして鳴りやまない。
とても、締まらない。
神樹椎苗 >
「――く、くく」
『笑ってるんじゃねーですよ。
それより、ここからは時間がねーですよ。
残りの異形も数えるほど。
異界を走り回って斬ってたんじゃ、間に合わねーです』
「案ずるな。
残りの異形も今まさに、吾らに向かって集まっている。
吾らはこのまま、外縁へ向かえばよい」
黒き神の言う通り、異形たちは椎苗へ向けて真っすぐに突き進んでいた。
自らを終わらせる――眠らせてくれる存在にすがるように。
『なら、それはそれで急ぐのです。
しいの場合、ここで死んでも異界の中で復元されるとは限らねーですから』
「わかっている」
椎苗は巨剣を担ぎ上げ、ゆっくりと、そして徐々に走り始める。
途中現れた異形を悉く眠らせながら、異界の外縁までたどり着く。
「――残るは一つか」
『飛び切り巨大なのがいやがりましたね。
もう、一分ももたねーですよ』
肉塊の上に赤子の頭が乗ったような、巨大な化け物。
乳白色の壁ともいえるものが、這いずるように地響きを立てて迫ってくる。
「ああ。
――疾く、眠れ」
黒い炎が指先に灯る。
そして、巨大な赤子は、悲鳴を泣き声に変え、苦悶の表情を穏やかに変え――眠りに就いた。
「往くぞ」
黒き神は短く告げ、異界を振り返ることなく、その外縁へと触れた。
神樹椎苗 >
――四つ目の円は、意外にも変わり映えなくそこに立ち昇っていた。
「ようやく、ってところですか」
辿り着いた、とはまだ言えないが。
椎苗は自らの死体を引きずりながら、光の手前までやってきた。
「もうすぐそこまで行きますよ。
お前は、それを望んでいないでしょうが。
お前を『記憶』する者として――見届けに行きます」
そう独り言のように、またその向こうへ語り掛けるように言いながら。
左腕で引きずっていた自分の死体を、光の向こうへ投げ込んだ。
ここまで来たと、向こう側の『誰か』に知らせるように。
「どうせ、見えているんでしょう。
識っているんでしょう。
しいは、ここまで来ましたよ――まあ、少しばかり反則はしましたが」
そう言って振り返り、再び円の外へと向かっていく。
最奥へ向かうには――今はまだ早いだろう。
終わりを見届けるには、まだ時間が要る。
「――というかですね、右腕またダメになってるじゃねーですか」
『―――――』
「あーなるほど、すでにしいのものでないですからね。
依り代として降ろしている時だけ、元に戻るわけですか。
――うっわ、釈然としねーです」
そうして、またげんなりとしながら。
離れ際に一度、光を振り返り。
運悪く辿り着いてしまっているだろう、誰かを憐れんで。
椎苗は帰っていった。
ご案内:「◆特殊領域第三円」から神樹椎苗さんが去りました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。>