2020/07/10 のログ
神樹椎苗 >  
「――そうですか。
 それだけ雨に打たれてたら、今更でしかねーですね」

 多少拭ったくらいで、どうにもならないだろう。
 まあ、少しは不愉快さは減るかもしれないが。
 見た目には大差はなさそうだった。

「まったく、お前の言う通り迷惑なのです。
 勝手に関わりに来て、勝手に悲しむとか、あほくさいったりゃありゃしねーのですよ。
 しいは、『生きて』すらいねーってのに」

 柵か、檻か。
 すでにどうしようもなく縛り付けられているというのに、これ以上なにに囚われろというのだろうか。
 縁という束縛は、椎苗から自由を奪い続ける。
 それでも――。

「しいは、『死にたい』ですけどね」

 心の底から。
 自分が本当に救われるには、『椎苗』として生きるには、それしか望みがないのだと。

 けれどそれも簡単ではない。
 椎苗はただの不死ではないのだから。
 たとえ不死殺しであっても、ただ殺すことはできないだろう。
 椎苗を作りだし、維持している、あの神木が消えない限り。

「――わかってるじゃねえですか。
 本文の内容もさることながら、やっぱりタイトルの訳が秀逸です。
 まあでも、しいは最初の『死人島』も好きですけどね。
 『死人島』から『誰もいなくなる』。
 訳者の頭を覗いてみたくなるくらいには、いいセンスですよ」

 本の評価なんてものは、読まれなければゼロだ。
 そして読まれるためには、タイトルがほぼすべてと言っていい。
 これだけ人を引き付ける言い回しは、日本語という言語だからこそできたことだろう。

「一人になって、首を吊る。
 ――しいは兵隊さんにはなれねーですね」

 『それでも誰もいなくならない』。
 最後に一人だけ、いつまでも取り残されるのだろう。
 そもそも、殺人ミステリに死なない存在が出るのは反則でしかないのだが。

ーーー >  
「そっか。
 君にとって生きるって明確に定義されたものなんだねぇ。
 ……一応聞いてみていい?参考までに知りたいんだけど。」

明確に生を定義する。それは死ねないものによくみられる。
往々にしてそれは現状の課題でもある。
それが解決されたなら、生きることに希望を見出せるのだろうか。

「不死って利用価値が高いからねぇ。
 雑に扱っても死なないし、普段できないような実験もできる。
 島外だと私達はモルモットで、そして玩具。美形なら尚さら。
 ……まぁここも大差ないけど。
 君を見つけたのが最初から”ソウイウヒト”達じゃなかったら
 君はその異能を誇れたのかな。
 まぁ、たらればなんて意味のない問いかけだよね。」

そう。たとえ話なんてなんの解決にもならない。
強いて言うなら、それで何かを慰めるくらいにしか使えないもの。
そして、この場にいる誰もがそれでは癒されない渇きにあえいでいる。
ただ、自分とは違うなとも思ってしまう。
何故ならこの子は優しすぎる。

「確かに兵隊さんにはなれそうにないね。
 だって君がいたら、真っ先に犯人に言いそう。
 好きに殺していいから自分を使えって」

まぁ、あの犯人がそれで納得するかはわからないけどね。と肩をすくめながら
テラスに寄り掛かり、空を見上げる。

神樹椎苗 >  
「――『死を畏れ、死を想え』。
 ――死は安寧であり、祝福である。
 ――生は死と共に在り、生の果てには揺り籠の眠りが待つ」

 生きる事の定義を問われ、椎苗はそう答える。
 椎苗にとってそれは、終着であり、原点だった。

「かつて、黒き神に言われたのですよ。
 『死を想え』と」

 生と死はどちらかでは成り立たない。
 あの日、あの場所で、黒い霧の中で、白い指先が椎苗を指したのだ。
 それ以来、椎苗にとって『生とは死』そのものだった

「不死の利用価値、ですか。
 ――その話は、あまり気分がよくねーですね」

 実験、モルモット、玩具。
 椎苗はそのどれでもなかった。
 あの場所での椎苗はただの■■――

「――っ、そう、です。
 たらればなんて、意味がねーのですよ。
 それに『こんなもの』、どうあったって、邪魔にしかならねーです」

 異能も、能力も。
 最初からそうであったならきっと、違ったのかもしれないが。
 今はただ、椎苗を縛り付け、囚える『鎖』でしかなかった。

 心が冷え、体が震える。
 かじかんだ指先でページを捲りながら、堪えるように息を吐いた。

「お前のほーこそ、どうなんですか。
 お前にとっては、死ぬとか生きるとか」

 そう問いかけながら、馬鹿な問いをしていると、ページを捲る手が止まり自嘲が漏れた。

ーーー >  
「そっかぁ、君はその”神様”を信じてるんだねぇ」

クスリと、けれどわずかに寂し気に微笑む。
幾らでも解釈は出来る。それこそ、生きる事を肯定するようにも。
けれどそれに何の意味があるだろう。
縋る物無しでは生きられない。不死者ともなれば尚更。
そしてそれは理屈ではどうしようもないもの。
そう、隠そうとしてこの言葉に怯えるこの子の様に。

「苦手だった?
 ごめんね。」

この子が実験という言葉に反応するのは覚えている。
不死は多かれ少なかれ、似たような経験を持つ。
あまりにも便利すぎるそれは研究者の目から見れば魅力的だ。
不老不死は人類の夢であり続けてきたから。
けれどそれはそれだけ残酷になりえるとも言い換えられる。
この言葉に反応する。それだけで碌な目に合わなかったと想像するに難くない。

「……そう、意味のないこと。
 あんなに近くに見えるのに星に手が届かないのと一緒だね。」

ああ、そういえば餌でもあったなぁと思い出しながら夜景へと目を向ける。
その目はそれらを見ているようでその向こうをぼうっと眺めていた。
目の前の少女のにじみ出るような諦念と切望の中にそれは別の物を見出していた。
同じような境遇だからだろうか。同じような願いを持つからだろうか。
きっと伝えるべきなのだろう。けれど、それは今、私の役割ではない。
だって、この子には……そんな言葉は届かない。
この会話も、思考も、何もかも別れた数分後には都合よく書き換えられ消えてしまう。

「……さぁ、私はそんなこと考えたこともないからわからないよ。
 私は馬鹿だからね。わかっているはずの答えにも納得できないくらい。」

だから困ったような笑みを浮かべてはぐらかす。
普段であればもっと突き詰めただろう。笑って答えたかもしれない。
目をそらすモノ、それは何よりも受け入れがたいものだったから。
けれど……この子をこれ以上追い詰めたくなかった。

神樹椎苗 >  
「さあ――信じているかはわからねーですけど。
 『本物』を前にしちまったら、信じる信じないとか、意味がないですね」

 椎苗がどう思うかなど関係なく、それが一つの真理であると確信させられたのだ。
 だからこそ、偽りようのない絶対的な価値観の基準として、椎苗の中に刻み込まれている。

「別に、謝る事はねーです。
 お前が言ってる意味は、分かりますしね」

 普通の人間には、得ることのできないもの。
 これだけ異能にあふれた世の中でも、不死というのはそれだけで価値があるのだ。
 研究動物としても、それ以外、としても。

「『私をあなたのところへ連れてってください』
 まあ、しい達みてーなのは、星にもなれずに堕ちるだけですが」

 よだかの星。
 けれど、どれだけ飛んでも、飛び続けても、椎苗は星にはなれない。
 ただ力尽きて、堕ちて、這いずりまわるだけだ。

 ふと、相手の顔を見上げる。
 遠くを見ていた。
 はぐらかすような笑みは、誰に向けたものだろうか。

「お前が馬鹿だったら、しいは大馬鹿かもしれねーですね。
 ――やっぱりお前はいい奴ですね、マシュマロ」

 『彼女』の笑みに、椎苗も悲し気な笑みを返した。

ーーー >  
「そうだろうね。
 信心深い人はこの世に多かれど
 本当にあったと言える人は少ないもの。
 疑念なんか挟む余地がなければ信じざるを得ない。
 ……くふ。まるで聖書みたいだね。」

圧倒的な存在は疑問を抱かせてはくれない。
疑うとかそういった次元で話せもしない。
そういうものだと納得せざるを得ないのだ。
……それが本当はそうでなかったとしても。

「ほんとうの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない……。
 ……そういって美談になるのは一度焼かれたら死ぬからだよ。
 届かないから、願っても叶わないから許される。
 不死者がそれを言えばそうすることを要求されるだけ。
 みんなのほんとうの幸のために。
 好意とやらも一緒。酷く窮屈でめんどくさい。」

そう、彼らは溢れんばかりの希望と正義感を持って
誰かを幸せにするために全力を傾ける。
不死者に夢と希望を託して。

「……忘れてしまえば楽なのに。
 キミは難儀な道ばかり選ぶんだね。
 本当だよ。”ボク”が優しいなんて色んな人に怒られちゃうよ?」
 
少し変わった遠慮のないあだ名を口にする彼女に
困ったような笑みを向ける。

神樹椎苗 >  
「まあしいはその昔は『神子様』でしたからね。
 聖書でなくとも、宗教くせえ話になっちまうのは勘弁しやがれです。
 それに、ロマンチストですからね」

 あの頃は。
 自分という存在はなかったけれど、それでもきっと幸せだったのだろう。
 何一つ不自由もなく、人に求められ、崇められていた。
 ただ――人が神で居られるのはほんのわずかな間だけなのだ。

「死ねないなんて、ただそれだけの事だって言うのに、期待しすぎなんですよ。
 どいつもこいつも、人に勝手な期待をしやがって、好き勝手に振舞うのです。
 ああ、心底面倒くさくて、鬱陶しい――」

 夢を求めるのも、あこがれるのも好きにすればいい。
 けれど、それを自分勝手に押し付けられるのは耐えられない。
 淡々とした椎苗の口調に、わずかに感情の色が乗った事だろう。

「残念ながら、しいは物事を忘れられるようにできてねーんですよ。
 収集して、解析して、記録する。
 そういうふうにできてるんです」

 諦観に満ちた笑みを浮かべたまま、自分の頭を人差し指でたたいた。
 忘れていないわけではない。
 ただ、椎苗という『端末』が忘れても、神木という『記録装置』に思い出させられるのだ。

「優しいなんていってねーですよ。
 ただ、いいやつだって言っただけです。
 でもまあ――優しくもねーやつが、わざわざ言葉を選んだりはしねーのですよ」

 それでも、復元された記憶と、目の前の『彼女』が同じものなのか、そこに確信はなかった。
 それほどに『彼女』の持つ何かの影響は強い。
 今こうして言葉を交わし、やっとのことで辿り着いたのだ。

「仕方ねーですね。
 それじゃ、甘いもんでも食いに行きますよ。
 ――約束、しちまったですからね」

 他愛もない約束。
 お互い守るつもりも、守れるとも思っていなかっただろう、吹けば飛ぶような口約束。
 『ふつー』の人のように『ふつー』の学生のように。
 ただ、他愛のない『日常』の真似事をしよう、と。

ーーー >  
「神子様……ふふ。
 今のキミを慕う子たちはなんていうかな。
 酷く純粋な子ばっかり。
 キラキラして世界に無邪気に期待してる。
 みんなそう。願いを君と君の向こうにみている。
 ああ、本当に眩しくて困っちゃう。」

その残酷さをどれほど自覚しているだろうか。
平穏に、純粋に生きてきたそのまっすぐさがどれだけ心をえぐる重荷になるか
……けれどそれは浮遊した自我をつなぎ留める蜘蛛の糸にもなる。
そしてきっと、この子にはそれが必要なのだろう。
本人にとってどれだけ煩わしかったとしても。
縛る代わりにつなぎ留める縁。けれど幸せと称するのはきっととても難しい。
そして似たようなものが今この瞬間この少女と自分の間に繋がってしまった。

「本当、どうしてキミは覚えているんだろうね。
 忘れてしまった方が”楽”なのに。」
 
はぁ、と一つため息をつくと同時に何層にも重なった声が一つになる。
そう定義されるならそう在ろう。私はそういうことが可能なモノだから。
けれど、この子は違う。
定義されることに苦しんでいる。いや、与えられた定義が枷そのものなのだろう。
いやになるほど”似た”存在だ。

「……そうだね。」

だから言い淀み、言葉を途切れさせる。
万の言葉を尽くしても思いも願いも変えられない。
他の事ならいくらでも扇動できる。
願いを何とでも言い換えて見せる。
けれど……そうしたいとは思わなかった。
似ているけれど、大きく違う場所がありそしてそれは今や大きな溝となってしまった。

「”そっか。約束したんだったね。
 けど……もうお店もしまっちゃってるよ”」

酷く優しげな笑みのままゆっくりと首を振る。
自分は怪異であり、そして学園にとっては移籍すべき異物。
陳腐な言葉を使うなら、”悪”だ。
こちらがわに寄る辺は無く、そして許されるべきでもない。
記憶の改変を使えばまだ日常を模すことは出来るだろう。
けれどそれはただ、この子にとってのリスクにすぎない。
こちらに踏み込めば否応なしに安息をも失う。
そうなってしまえば、場合によっては実験生物に逆戻りだ。
繋ぎとめてくれるものがあるならこの子はまだ……そう、まだ間に合うはずだから。

「”また今度にしよっか”」

これは彼女にとって過去、もしくは未来の一つかもしれない。
けれど今は違う。ならばそう、今はこれ以上交わるべきではない。
だからそっと首を振る。
そのまた今度、は多分もう来ないだろうけれど。
ゆっくりとテラスの柵の上に立つ。
月を背負ってそれは郷愁にふけるような笑みを浮かべていた。

神樹椎苗 >  
「眩しいだけなら、いいんですがね」

 純粋さは、毒だ。
 毒は薬になることもある。
 けれど、薬が再び毒に転じないとは限らない。

 椎苗が『椎苗』たりえるのは、椎苗を『端末』として扱わない『誰か』がいるからだ。
 黒き神の残した言葉と、その『誰か』たちが居なければ、椎苗は本当にただの『装置』でしかない。
 けれどそれは、けして救いではない。
 新たな苦しみがもたらされるだけなのだ。

「本当、お互いずっと『楽』なんでしょーね」

 『彼女』がため息を吐いて、ようやく椎苗は確信を得る。
 『彼女』がもう、『彼方』へ行き去ってしまった存在なのだと。

「――そうですね、『また今度』」

 それはきっと訪れないべき『今度』であり、果たされてはいけない『口約束』。

「ああ本当に、お前はやっぱり」

 『彼女』は解析できない。
 椎苗が観測した事実を記録はできても、神木はエラーを返して沈黙するだけ。
 それでも、わかることはある。

「『いいやつ』ですよ、マシュマロ」

 本を閉じ、柱にもたれ空を見上げる。
 屋根の向こうは見えないが、そこには星があるのだろう。
 柵に立つ『彼女』に目は向けない。
 見送りはきっと、必要ないのだ。

ーーー >  
「……きっといつかキミの願いに答えが出る日が来る。
 けどそれは今ではないし、今でなくていい。
 その時が来るまで悩み、迷い、間違うことが君が君である限り、許されている。
 ……だからね、今はそれで良いんだよ。
 ボクはそれを肯定するよ。
 例え君がそれを出来なくても。」

余計なお世話だけどね。とくすくすと付け足しながら
それは空を見上げる”友人”に微笑み、空を見上げて目を閉じた。
きっと彼女も気が付いている。とっくにもう壊れていることに。
そしてその”私”の中に自らもあり得る未来を見るだろう。
けれど、それはいま彼女の答えではない。それだけは良かったと思う。

「だからね」

それは願う。
彼女がこうならないように
願いに心を殺されないように……

「……それ”だけ”覚えていれば十分だよ」

それがだれかわからなくても。
目を閉じたまま後ろに一歩踏み出す。
重力にひかれた体はけれど直ぐに夜に溶けるように薄れ消えていく。
……まるでそこには何もいなかったかのように。

神樹椎苗 >  
「――それ『だけ』なんて、器用にできねーですよ」

 誰もいなかった。
 気配もなく、消えてしまった。
 それでも確かに、『記録』されている。

 そこにいた『誰か』の事。

「お前が勝手にしいを肯定しやがるのなら。
 しいも勝手に、お前を記録し続けてやりますよ」

 どれだけ薄れても、消えても、忘れない。
 それは機能としてでなく、椎苗の意思で。
 きっと『友人』と言えただろう相手へ、最大限の敬意と――最低な好意と共に。

「でももし、『また今度』が来ちまったら――」

 その時は、『椎苗』を失ってでも。

「お前を『祝福』してやりますよ、■■■■■」

 それからしばらくの間。
 傍らに置かれたカンテラが弱まるまで、椎苗は一人、風に吹かれ続けた。

ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」からーーーさんが去りました。