2022/10/22 のログ
ご案内:「常世博物館」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
塔だ。
塔がそびえ立っている。
勿論、それは一枚の絵だ。本物なわけがない、博物館に飾られたレプリカの一つだ。
有名すぎて見飽きているのか、学生が来ること自体が稀なのか。利用客は少なく、清潔感と無機質さが同居する美術館。
無人に近いそこで、塔の絵画を前ににして。観賞用の長椅子に一人の生徒が腰掛けていた。
「わかんない~……」
大分、くたびれた様子で。
がっくりと首を落とし、しかしそれに注目するような目は何処にも無い。
それを見るものは、額縁に入れられた不思議な人の顔をした絵画だけだ。その顔は野菜だったり無機物だったり動物だったりした。
「……間違えてるなぁ……」
その確信だけがあった。
問題は、私の手の中にあるメモに書かれたひとつづきの文字列──暗号と呼ばれるもの。
単純な単語と数字だけで出来上がったそれは、しかし考えに倦んだ私には文字通り異界の言葉か何かに見えていた。
「……わかんない……」
大分、考えた。
数字をそのまま読み解くはずが無いのではないでしょうか?
ならば──
16進数。
LEET言語。
シーザー暗号、スマホ変換、ポケベル暗号……。
すべて空振り。
換字式暗号の可能性はあるけれど、きっかけが足りない。
HELLを数字分入れ替えてみても意味は通らない。……気がする。
ならばと数字をそのまま読んだのだ。
最初はてっきりバンドの名前だろうと思っていたら違うらしく、かといえ1563年の音楽はといえばクラシックだらけ。あの催しには些か意趣が違う。
一方、絵画も意趣は違うが暗号には佳く通じる。モチーフや紋章はもはや暗号と言っても大差なく、かの万能の人間の作品ももはや暗号と同列に扱われているのは知っていた。
ではどうなったかと言うと……
「……そのまま読んだのが答えなわけないですよね……」
大分、こたえていた。
■藤白 真夜 >
何も、暗号が好きでこの文字列に挑んでいるわけではない。……嫌いでもなかったけれど。
ならば、ああいう音楽が好きなのかというと……それも怪しい。
なにせ、私はロックなんて聞いたことが無い。
好きな曲と言えば、ジムノペディか月の光くらいだ。……あの落ち着いた旋律は、沈み行くような私を肯定してくれる気がしたから。
目的は、あの“集会”で取引される古書物にあった。
アレならば、未完成の術式が完成させられるかもしれない。それは文字通りおぞましいものになるだろうけれど、それで構わない。
だから、まずはあの集会について調べようと意気揚々と割符めいた暗号に取り掛かったものの──
「……まずHELLに触れてませんしね。
“地獄の”と銘打たれはするけれど、息子さんのほうですし。
そのあとの16-2も意味不明──」
はやくも、自己批判を始めていた。
いや、もっと言うのならば“16-2”が問題なのだ。
引き算なわけがない。
16進数?16人ある何かから二人減る?
……わからない。わからない。わからない。
そんなわけで、目的もやや忘れた勢いで謎にぶちあたっていたのであった。
「……地獄。……地獄篇……?
最初の地獄? 辺獄……、いやいや黒街をリンボ呼ばわりはさすがに……」
ご案内:「常世博物館」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
少女の声だけがただ静かに満たすような白亜の宮殿に。
お行儀よく抑えた足音が、絵の具を新たに足したように混ぜ合わされた。
その足取りは少女の座る長椅子の傍らで止まると、視線を絵画に向けた。
「ネットに流れてるやつ、解いてるんだ?」
口元に銜えた白い棒は、煙草――
ではなかった。煙も立てていないし、ころり、と歯の裏にあたって音を立てる。
キャンディポップを銜えた女は、今や打ち崩された塔から炎の色の視線を少女にむけた。
「ひとりごと、きこえてたよ。
どこまですすんだ?」
興味津々に、少女を見下ろす――うん、可愛い。
そんな色も隠そうとは一切しない。上機嫌な相だ。
■藤白 真夜 >
「うん。HELLから考えなおすのは正しいはず……。
わからないからって1563を拾うから変なとこに行くんです……。
HELL、16……。地獄、16個……う、う~ん……。
……16……タロットカードの塔、いやいや自分の考えに引きずられすぎ……」
──そう、劇的に何かを閃いたりすることは無い。これはいわば、神曲めいて答えを求め苦しむ私が居るだけの地獄ということ……!
……なんて考えが浮かぶくらいには、地獄を見すぎた。比喩ではなく。
今でも目を閉じると地獄を題材にした絵画の数々が思考の暗黒の中から見つめ返してくるのを幻視していた。
……だからだろうか。その明朗な足音に気づかなかったのは。
「ひゃっ。
……ご、ごめんなさい。人がいると思わなくて……」
びっくりと同じくらい、恥ずかしい。背の高い女性を見上げる顔は赤らんでいた。
……普段ならそこに萎縮も入っていたけれど、そのひとに感じる印象は少し違った。
どこかで軽く知り合ったような、話したような……気がする。
私に顔見知りは少なかったからこそ、続く言葉の雰囲気は少し柔らかだった。……私にしては。
「あ、あはは……ああいうの、気になってしまって。
……といっても、進んでません。むしろ、詰まったところというか……」
女性のほうを見ようとして、……止めた。
このひとの髪が、綺麗すぎたから。あまりに鮮烈なその赤は、文字通り目に毒だった。
代わりに、絵を見上げる。大きい。
「大バベル。……1563年。これが関係あるかなって、思ったんです。数字が当たっただけなんですけどね。
“地獄の”ブリューゲル。バベルは複数ある、その“1st”だ……って」
……違いましたけどね、と続く言葉は、力ない。
■ノーフェイス >
「ここ、あんまり人気がないみたいだからね。
でもボクはここがいちばんすきだな。まだ全部みてまわってない。
ちょっとずつ、暇みつけて崩しに来てんだけど……フフフ」
ひとりぶんのスタンスを開けて、彼女の隣に腰かける。
脚を組み、ころりと飴玉が鳴った。
彼女が視線を逸らせども、この前もそういうことあったな、と気にもしない。
赤が舐めるよう空中を踊る。
「ふんふん」
彼女の推理を聞いてみる。
荘厳にそびえ立つ塔を楽しむためのBGMに。
「……フフフ」
しかし、途中から。
可笑しそうに、鈴の鳴るような笑い声。
「スゴいね。 ほとんどとけてない?
暗号だけなら――しっくりくれば、そこでおしまい。
でもキミは、なんかストンと落ちてないんだ?」
そちらのほうを振り向いて、少しだけ顔を寄せた。
佳いものは見てて飽きない。むしろもっと見ていたくなる。
そしてその一対の炎には好奇とちょっとした好色の輝き。
「とけてないとこがあるとか。
――悪いコトに興味があるから解かなきゃいけない?」
■藤白 真夜 >
「……え?」
隣に座った彼女の言葉に、むしろ私のほうが納得してびっくりした。
つい視線を反らしてしまったのを忘れて、彼女の顔を見つめ返す。
……目が覚めるような美人とはこういうひとを言うのかもしれない。
見ているだけで、ちょっと緊張する。でも、燃えるようなその瞳の輝きのほうが、髪の赤色を見るよりかはマシだった。
「とけていないところは、あると思います。16-2の部分は全然わかりませんし……。
でも……」
不思議と、彼女の言葉は私の胸の内に沁み入った。
どこかで会った顔見知りのような──だが名前も知らない彼女の雰囲気のせいもあったかもしれない。
あるいは、言葉通りに私が納得出来ていなかったのか。
「あのブラックマーケットは……、……悪いコトなんでしょうか。
……いえ、あの部分は正直、結構悪いことな気がします。
売っちゃダメなものはダメですよね。
……でも」
あれは、ブラックマーケットだという。
でも、その中核にあるのが何なのかは、あのカボチャのムービーを見た人間なら誰でも察する。
あれは、ライブなんだ。
「……悪い音楽というものは、あるのでしょうか?
私は、ああいう音楽には詳しくありません。
……だから、私には解けないのか、私にはしっくり来ていないのか──」
──むしろ、音楽を知らないのにあの場所へ物目的で忍び込もうとする私のほうが、“悪い”のではないか。
女性の輝くような瞳とは裏腹に、小さくしょげたように私は自分を考えていた。
「私は、……“悪いコト”は、したくありません」
考えた末に出てきた言葉は、弱々しく……だからこそ、ありのままを語っていた。