2021/12/24 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」にフィールさんが現れました。
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」に黛 薫さんが現れました。
フィール > 「すみません、予約してたフィールなんですけども」
そう言うと展望レストランの一角の座席に案内される。
フィールの服装はひっそり買っていた真紅のドレスだ。
上半身は背中が大きく露出しているが、寒さ対策で外套を羽織っている。

店員に外套を渡して、薫と共に席に着く。

「ここ、魔術を使った料理もあるみたいで、そのコース料理頼んだんだ。楽しみにしててね」

黛 薫 >  
金糸の刻印が張り巡らされた深い黒のブラウスに
スリット入りのベージュのコルセットスカート。
普段と異なる上品な装いの少女──黛薫は今だけ
まともに動かない身体に感謝した。

『それらしく見える服』が必要なレストランと
事前に聞いて、少なくともファミレスレベルの
気軽に入れるところではないと覚悟していたが、
連れてこられたレストランは予想を超えていた。

普通に身体が動けばガッチガチに緊張しているのが
側から見ても分かってしまうところだった、と胸を
撫で下ろす。因みに身体が動かなくても別に緊張を
隠し切れているとかではない。気分の問題だ。

予約を取ってくれた同居人の言葉にも咄嗟に返す
余裕がなく、テーブルの前に到着してからやっと
口を開く。

「……ココ、ホントにあーしが入ってだいじょぶ?」

案内する店員は完璧な正装。フィールが事前に
連絡してくれていた点を考慮しても車椅子という
特殊な客のエスコートに一点の曇りすらも無い。
上品な所作は背筋を伸ばすには十分過ぎた。

フィール > 「店員に止められてないんですから大丈夫ですよ。ほら、気楽に気楽に」
宥めるように、声を掛ける。
事実追い出されていない以上、ドレスコードは大丈夫だ。

「ほら、水でも飲んで落ち着いて」

店員に持ってきてもらった水を、薫に渡す。
飲めそうになければ、自分が持って飲ませてあげよう。

黛 薫 >  
「う、うん。ありがと……」

挙動不審気味に視線を泳がせながら、落ち着きを
得るために勧められた通り水を飲もうとして……
ぴたりと動きが止まる。

「フィール、ちょっと見て。コレ魔導具だ」

手で示したのは見るからに美しいガラスコップ。
表面に彫り込まれた模様は単なる装飾に見えて
術式を紛れ込ませてある。

不器用に持ち上げてみると、コップは黛薫の手に
吸い付いて落下しない。しかも傾けても溢れない。
身体の不自由な人向けの食器だ。

「……コレ、常備してあんの……?」

コースターの上に置き直すとコップは手から離れた。
何度か観察して、改めて水を口にした。

「ん、あれ。中身もコレ、水じゃなぃ……?」

一見ただの水かと思いきや、料理の味を邪魔しない
絶妙なバランスで鼻に抜けるレモンとミントの香り。
清涼飲料水のように砂糖が入っているでもないのに
単体で飲めてしまうほど美味しい果実水だ。

フィール > 「…ホントだ。これ、魔術料理コースの特典かな…?」
通常であればこんなものは用意しない。
薫が身体不自由であることは伝えていたが…ここまでするものだろうか?

でも、飲食店である以上、そういう不測の事態に備えているのかもしれない。高級料理店ならではの対応なのかも。

「…あれ、ほんとだ。なんだろう、これ」
フィールも味のする水に驚いたらしく、顔を見合わせる。

繊細な舌も鼻も持っていないのでこの水が何なのか解っていない。

そんなこんなで前菜…フォンドールを配膳される。
付け合せにバケットにポテト。一風変わっているのが…オーブンではなく術式が描かれた紙を用いて加熱されているところだ。

焼け焦げて見づらくなってしまっているが、容器に巻かれた紙には加熱と温度維持のための術式が描かれている。

黛 薫 >  
丁度先ほど、人間は料理や娯楽にかける熱意は
並々ならぬものがある、と話していたばかり。
それは調理調味だけではなくサービスまで含めた
『食事』に関してもまた然り。

高級な料理店というものは客が想像出来ない、
時には気付きすらしない心遣いに満ちている。
手段として魔術を選んだのは注文したコースに
合わせてのことだろうけれど。

「あーしも分かんなぃ。美味しぃのは分かる」

前菜が運ばれてくる前から驚きの連続。
そんな2人の前に差し出された最初のメニュー。
とろっと加熱されたウォッシュタイプのチーズ、
カリカリのバゲットとほくほくのポテト。

因みに黛薫はメニューの名前など分からない。
モンドールチーズが加熱前から柔らかいのも
理解していないし、バゲットも一括りにパン、
良くてフランスパンと認識出来るかどうか。

「い、いただきま、す?」

加熱、温度管理の術式自体は難しいものではない。
……本来なら、だが。まず、チーズは焦げやすい。
それを抜きにしても熱過ぎれば火傷の危険があり、
半端に温度を下げると美味しくない。加熱による
香ばしさを残しつつ美味しさを損わない温度管理は
術式どうこうを抜きにしても難易度が高いのだ。
それが完璧に行われている。

「……コレ、あーしの知ってるパンじゃなぃ」

付け合わせもまた極上。カリッと心地良い口当たり、
それでいて口の中でふんわり解ける甘さと柔らかさ。
単体で食べても美味しいそれがチーズをまとうと
適度な塩気と特有の風味で更に高められる。

フィール > 「…いや、普通に飲食店だと思って油断してました。
何から何まで一級品なんじゃないですかこれ…?」
如何な悪食であれど、いつも食べているものとは全く違うということはわかる。

それが、全部が全部なのだ。
接客に関しても、調度品に関しても、料理に関しても。

隙というものがない。
そんな中で落第街から出てきた自分たちが浮いているように感じて仕方がない。

フォンドールに関しても見るのも初めてだし食べるのも初めてだ。
薫のマネをしてバケットにチーズをつけて食べるのが精一杯。

「これは、ちょっと失敗したかもしれないですね…」

完全に御上りさんの状態で、格好がつかない。いい景色なのであろう外観を見る余裕すらない。

黛 薫 >  
「多分、アレだな。ドレスコードに関しても、
 お店の格式とかじゃなくて、周りの客まで
 含めて客にキモチ良く過ごしてもらぅ為の、
 そーゆー、場作り的な……」

隙が無いと言えば、展望台から見える景色もそう。

当然見えるのは街の夜景。流石に外の風景までは
コントロールのしようがないと思いきや、反射で
景色が損なわれない透明度の高いガラス、夜景が
美しく映える明るさを保った照明。例えば空から
同じ景色を見たとて此処の窓から見た景色と同じ
美しさではないのだ。

「いや、逆に……逆に、大成功過ぎてキモチが
 そわそわする、みたぃな?そんな感じが……」

大声の会話もそぐわない気がして、思わず声を
ひそめつつ。パンだけでなくポテトもまた普段
食す物とはまったく違った。口の中でほっくり
柔らかく崩れて残る繊細な舌触り。芋自体の味も
強く主張してくるのにチーズと合わせて食べると
互いを邪魔せず調和する。

お上りさん状態は黛薫も同じ。せめて敬意を持って
応えようと、わざわざ身体操作の魔術まで起動して
背筋を伸ばしている。

フィール > 「…そういう場作りも含めて、格式なんでしょうね」
気軽に楽しめる場所ではない。
高いお金を払って、雰囲気と食事を楽しむ。
だからこその立地であり、接客であり、景観であり、食事なのだ。

だから食べ終わった瞬間に次の料理が来る。
早すぎず、遅すぎず。客の様子を見て料理が運ばれてくる。

その料理も、扱われている魔術も一級品だ。

魚料理として持ち込まれた煮魚も、魔術によって保温され、なおかつ蒸気を逃さないようにして味が変化しないようにされている。

黛 薫 >  
「提供してんのは『料理』だけじゃねーんだな。
 接客も景色も全部ひっくるめての『食事』か。
 プロの技っつーのかな、こーゆーの」

飲み終えたと表現するにはまだ残っていて、
しかし次の一口にはやや足りない量のお冷も
邪魔にならないタイミングで注ぎ直される。

そして運ばれてきた魚料理。チーズと比較すれば
まだ温度管理に融通が効く。魔術的工夫に焦点を
当てる場合、注目すべきは蒸気を逃がさない工程。

最も平易な方法は気体の流れを制御して範囲外に
漏れないようにすることだろう。しかしそれでは
駄目なのだ。料理は味だけでなく見た目も香りも
含めて楽しませてこそ。その方法では折角の香りが
届かなくなってしまう。

ナイフとフォークを入れると閉じ込められていた
香気がふわりと立ち昇って鼻腔を擽る。魚料理に
ありがちな生臭みはなく、しかし魚らしい風味は
損われていない。丁寧な下拵えの賜物だ。

食べる邪魔になる小骨は丁寧に取り除かれており、
しかし美しく形を残して煮付けるための骨だけは
そのまま。柔らかく煮付けられた魚体は骨に身を
残さずに食べやすい。

「……ケーキ屋でさ、真似すれば作れるレシピと
 そーじゃなぃのあるんだろなって話してたけぉ。
 コレは……多分、レシピだけじゃ無理なヤツ?」

決して濃い味付けではなく、しかし表面だけでなく
身の内側にまで染み込んだ滋味。味染みがしっかり
していても美しい身の色はそのままで、深い旨味は
味の薄さを感じさせず確かな満足感を舌の上に残す。

フィール > 「んー…むしろ細かいレシピがあるからこその代物なんじゃないかなぁ。勿論長年培った技術もあるんだろうけど」
食事に手をつけながら、考察する。

すべてが『適当』という曖昧な基準でやってもここまでの代物は出来ない。
食材の状態やその日の環境に合わせて多少の変化はありつつも、大本のレシピは厳格に決められていることが多い。

魔術に於いても、作り方と言えるレシピは存在するのだ。

「一つの世界だよね、ここまで来ると」
高級店にしか無い雰囲気。それは、一つの世界を象っているようにも思える。

黛 薫 >  
「そりゃレシピは細かぃトコまで決まってなきゃ
 同じ味のは提供出来ねーだろーけぉ。でも魚は
 同じ大きさ同じ肉の付き方にゃ出来ねーし。
 詳細なレシピに加えて日毎の仕入れに合わせた
 微調整?とかしてんのかも」

完成された魔術には一種芸術的な美しさがある。
科学にも服飾にも見る人が見れば息を呑むような
美しさがあるように、料理も突き詰めれば芸術を
思わせる力を持たせられる。『ひとつの世界』と
いう表現は言い得て妙だ。

「高級な料理って、もっとこぅ……お酒みたぃな
 分かる人にだけ分かる良さなんだと思ってた。
 あーしじゃ分かんなぃ良さなんじゃなぃかって
 そーゆー偏見抱いてたけぉ……見方変わるな」

ほぅっと吐息を漏らしながら呟く。

手付きはどうしても不器用、不恰好になるけれど、
少し残してしまうだけでも惜しいと思える料理は
思いの外綺麗に食べられてしまうものだ。