2020/12/03 のログ
クロロ >  
「アー……。」

ばつが悪そうに声を上げた。
そして、ため息だ。
後頭部を掻いて、じろりと少女を見た。

「そう言う事だけど、別に同情とかはいいからな?
 体の問題なンて、それこそ普通の人間だッてあンだろ。
 異能とか異邦人どーとか、関係ねェ。ぶッちゃけオレ様は、気に入らねェ。」

低い声音に、確かな怒気が混じる。

「"こンな体にした連中"も、こンな島も、どいつもこいつも気に入らねェ。
 だからッて、オレ様は無茶苦茶するのは"スジ"が通らンし、オレ様だッて全部が嫌いッてワケじゃねェ。」

「世界もそう捨てたモンじゃねェッて知ッてるしな。」

その怒りは理不尽に対する怒りだ。
怨念返しに燃える炎。
どうしようもない怒りを燃料にする炎だ。
だが、燃え盛る炎は炎ままでは無い。"クロロ"という一人の人間だ。
そこには理性が在り、理不尽だけじゃないことを知っている。
そして、自分だけが苦労してる訳じゃないことを知っている。
理知ある"人間"だからこそ、クロロはクロロのままでいられるのだ。
再度、ため息を吐いて後頭部を掻いた。


「ヘンな話して悪かッたな。お前にも色々あンだろうによ。
 ……ま、気にするな。"よくある話"だ。」

いつぞや彼女に言った通り、案外誰も気にしない。
そう、この島だけじゃない。広い世界では、こんなものは"よくある話"だ。
くつくつと喉を鳴らして笑いながら、ドカッと腰を下ろした。

「いいンじゃねェの?大人しいから、ウマが合うンだろ?
 つか、人間いい部分悪い部分両方あるし、気にする事じゃねェだろ。」

「ンじゃァ、頂く前に……詫びッて訳じゃねェけど、"見せれる"魔術なら見せてやろうか?」

セレネ > 「同情など。互いの事情も知らないのに憐れむ気は、私は起きません。」

相手の気も知らないのに分かったような口ぶりで物を言うのは、己だって気に入らないのだ。
彼は彼、己は己。それ以上はなく、それ以下もない。

「貴方のように、きちんと筋を通す人は好みですよ。」

手当たり次第に怒りや理不尽を巻き散らす存在ではなく、理性を以て事を成すのは好意的に感じる。
微笑ましく蒼を細めた後

「いいえ、気にしておりませんので。」

各々それぞれ、個人で色々あって当然なのがこの島。
そうして、深くは首を突っ込まないのが生き残る術。
とはいえ、興味本位で突っ込む事も多々あろうが。

「――人間…ねぇ…。」

無遠慮にカーペットの上に腰を下ろす彼に、小さく言葉を洩らしながら。
味見程度に切り分けたシュトーレンを小皿に分け、相手の目の前に置いて。

彼が魔術を見せてくれるのなら、己は静かにそれを待つつもりだ。

クロロ >  
「そう言うお前も、いい女だよ。そろそろクリスマスなンだろ?
 好きな男の一人くらい、部屋に呼んだらどうだ?」

理解があるようで助かった。
やはり彼女は聡明だと思うし、飼い主と猫は似るようだ。
此方もニィ、と口角を吊り上げて笑みを浮かべるついでに軽くからかってやった。

「そーかい。ま、お前の気にする奴くらいは気に掛けてやッてくれや。」

その辺りもクロロも一緒だ。
気にしないと言っても、勝手に首を突っ込むタイプ。
目の前にあるシュトーレンを一瞥し、空を人差し指がくるりと一回転。

『────夢見の世界<Dream Land>』

『────猫の女神<Bast>』

所謂詠唱魔術だ。
その呼びかけに応じて魔力が広がり、セレネの足元にぴょいんっ、と何かが飛び出した。


\ニャア/


猫である。
但し、白仔猫と違ってデカい……!
ふてぶてしさを感じるデブ猫だ……!
但し、何処となく基本のある白の毛並み。
彼女なら、この猫から感じる神秘を感じれるかもしれない。
猫の女神そのものなのだから。

「見せれそうな魔術だとそンなモンだな。
 あ、ソイツの分も切ッてくれ。意外と食うから。」

図体は伊達では無かった。

「……で、なンか人間に思う所でもあンのか?」

セレネ > 「――生憎、部屋に呼べそうな男性はおりませんので。
ついでに言えば、異性を部屋に呼んだのは貴方が初めてです。」

相手の言葉に一瞬苦い表情を浮かべた。
最近親交のある男子生徒は呼んだだけで緊張しそうだし、
想いを寄せている人は此処に来るような人物ではない。
揶揄う言葉にはお生憎様と言わんばかり、肩を竦めてみせて。

「えぇ、私が大切だと思った人物は大切に致しますよ。」

逆に言えば、そうではない人物はどうでも良いと言える。
少なくとも目の前の相手は、大切な人物に該当するのだが。

『――あら、これはまた変わった子ね。』

相手の詠唱魔法、それに応じ己の足元から飛び出た太めの白猫に親近感を感じ
思わず言語が英語になって。

「…ならもう一つ焼きましょうか。お土産が一つだけでは足りないでしょうし。」

言いつつオーブンを温めながら、新しい生地を用意して、

「……人間には裏切られた事がありますので。」

顔は相手へと向けず、声色は丁寧ながらも冷えた言葉を。

クロロ >  
「…………」

そう言えば、何の遠慮も無く入ったが、仮にも此処は異性の部屋。
おまけに、初めてと来たものだ。
もしかして、結構偉い事をしかけているのではないだろうか。
顎に指を添えてシンキングフェイス。
いや、そう言う見た目なら浮ついた話位あると思ったものだから、つい。

「そ、そうか。その内出来ンだろ?お前みたいな女、ほッとく男のが少ねェンじゃね?」

実際、いい女だと嘘は吐いていない。
案外、男の方から惚れられている可能性はある。


\ぶみゃぁ/


一方、猫は我関せず。
と、言った具合に重鎮している。
軽く欠伸をしたり、最早我が物顔で居座っている。

「可愛げがねーけど、意外と役に立つからな。ソイツ。
 まァ、オレ様が使う魔術は大概可愛げがねーがな。」

深淵の知識。人がのぞくべきではない宇宙の真理。
それらに潜む、"外なる者"。
如何なる者であれど、深淵歩きをする者はまともではいられまい。
即ち、これ以上は見せられない。
そう言うクロロも猫と同じくして、くつろぎモードだ。
何気なしに、両腕を床について軽く伸びて、天井を仰いだ。

「……裏切られた、な。何があッたンだよ。」

冷えた言葉は、心の現れなのかもしれない。
無遠慮と切り捨てるかもしれないが、彼女が見せたそれを見逃さず、恐れず
切り込むようにクロロは尋ねる。

セレネ > 「あらー?珍しく黙り込むのですね?」

いつもならば遠慮なく言葉をぶち込んでくるというのに。
悪戯っぽく笑み、蒼を上目遣い。胸元を寄せるのは、無意識だけれど。

「そのうちのどれくらいが、見た目じゃなく中身を見てくれるというのでしょうか。」

俗に言う見た目が良いというのは少なからずとも自覚はあれど。
己が望むのは”見た目”ではなく”中身”を見てくれる人物だ。
何度も。それこそこの世界に来る前でも、己に声を掛けてくる人は居たけれど。
どうせ見ているのは見た目だけだと判断して、断ったのは何度目か。もう覚えていない。

我が物顔で居座る白い太猫に、敵対心MAXな白仔猫。
全身の毛、そして尻尾を逆立て必死に威嚇しているのが分かるだろう。

「まぁ、扱う魔術によってそれぞれですからね…。」

世界によって、そして個人によっても違うのが魔術の面白い所だ。
自分の部屋の如く寛いでいる相手に苦笑しながらも問われた言葉に暫し沈黙して。

「何も言わず蒸発しただけです。面白い話はないですよ。」

思い出す度、癒えぬ心の傷が疼き殺意と同等の感情が浮かぶだけの事。

クロロ >  
「アァ?オレ様だッてそこまで滅茶苦茶な事言わねェよ。
 お前だって女だし、そう言うのは気にしとけって……、……。」

ダチとは言えど、一応男と女。
クロロ自身は世間体を気にしないが、彼女自身に悪評が立つのは困る。
呆れ気味に返したが、気づけば視界の目の前に上目遣い。
なんだ、その胸元。誘ってるのか。動揺こそしないが、ちゃんと胸元は見た。
それこそ、呆れ気味に肩を竦める。

「オレ様なンぞからかッても、面白い反応出来ンぞ。」

この体のおかげで、人より欲はやや低め。
その彼女の様子も、じと目で返すばかりだ。


\ぶみゃー/


威嚇されているデブ猫。
歯牙にもかける事無く鳴き声を上げて仔猫を見下ろす。
まぁ落ち着け。そんなことを言わんばかりだ。

「お前に気があるなら教えてやッてもいいが、結構危険な術だからな。それよりも……。」

何も言わず、消えてしまった。
感じるものは深い深い、負の感情。

「ただ蒸発した……ッて訳でもなさそうだな。
 お前、その人間に関して結構思い入れとかあッたンじゃないのか?」

セレネ > 「子ども扱いせず、女性として見てくれているのは有難い事ですけれど。」

尤も、子ども扱いするには些か豊かなものを持っているのも要因かもしれないが。
肩を竦めた相手に、ふ、と笑みを浮かべて。

「えぇ、分かっててやったのです。
貴方なら襲わないのだろうなーって。」

金がジト目で見てくるが、己は笑うだけ。
他の男性なら襲うかもしれないが、相手ならば…と。
一応の信頼を置いていたからこその悪戯だ。

太猫に見下ろされた白仔猫は尻尾のみ未だ膨らませたまま、一定の距離を保つ。
此処は私の縄張りだと小さい身体で伝えるよう。

「危険な術、ですか…。」

以前使用した時も、体調を崩していたようだし、
何かしらのデメリットがあるものかもしれない、という事は何となく分かっているつもりだけれど。

「思い入れ?…そうですね、あったかもしれません。」

温め終わったオーブンにナッツやドライフルーツを練り込んだパン生地を入れ、焼きながら答える。
視線はやはり、彼へと向けないまま。

クロロ >  
「……言っておくが、一応多分男だからな。オレ様も。
 半端な事してッて"やらねェ"自信はねーから程々にしておけよ?」

一応男だと思われる。
この格好も、たまたま偽造学生証に映っていた姿を真似ただけだ。
現状精神性が男である以上、ないわけではないものは刺激されるわけで
窘めはしておいた。やれやれ、思ったよりも強かだな。

それはさておき、剣呑さが漂い始める空気とは裏腹に
デブ猫はなんと、寝た。余りにも図太すぎる。

「…………」

立ち上がって、彼女の方へと歩いていく。
無理に視線を合わせようとはしない。
ただ、隣に行っただけ。今日は術を使っているので、温かくはなりはしない。

「突ッかかッてンなら、いッそ吐いちまッた方が楽にはなるモンだぜ?
 お前の抱えてるモンだ。人様に大ッぴらに見せるモンじゃねェのはわかッてるよ。」

「だから、聞くぜ。詳しく教えてくれよ、セレネ。お前とその人間の間に何があッたのかをよ。」

勿論強制こそはしない。
気遣いだ。話したくないならそれで終わり。
だが、その傷を抱えて沈むよりは、せめて少しくらい慰めにでもなればいい。
心の傷を癒すのは、体より難しい事があるからこそ、自分に出来る事をしようと歩み寄るのだ。

セレネ > 「元が炎でもそういった欲はあるのですね?
少し興味が湧きました。」

相手は魔術師だ。
であれば、魔力を持っている。
余程己との属性の相性が悪くないのなら…とは思ったが。
興味本位で誘う程、己は経験豊富でもない。
滲み出る興味を何とか押し留めた。

図体通り図太い心をお持ちの太猫様に、仔猫は不服そうに細い尻尾をぺしぺし、床を叩く。
その後は不貞腐れたか寝床へと歩いて丸くなった。

「……。」

相手が立ち上がり、近づいてくる音が聞こえる。
そうして掛けられた言葉に、口を噤んだ。
…言おうか、言わざるべきか。悩んだから。

「…その人間は、私の夫だったからです。
何があったかは詳しくは分かりません。何も…本当に、何も話してくれなかったのですから。」

強く強く、拳を握り締め。
振り絞るような声でそう言葉を紡いだ。

クロロ >  
「なンの興味だよ。ヘンな事に興味持つなよ。」

興味本位、というよりは知的好奇心か。
お察しの通り、この炎は魔力の塊。
上質な魔力が人の形をとっているに過ぎない。
とはいえ、"その方法"はしっかりと窘める。
ハァ、己も知識欲には逆らえないので、ため息で済ます事にした。

さてはて、二匹揃って丸くなった猫を尻目に
クロロは隣にいた。料理の音ばかりが静寂に響く。
隣にいるだけ。触れもせず、必要以上に言葉もかけない。

「夫、な。お前、見た目より歳イッてるし、薄ら思ッてた人間じゃねェンだな。」

あの時見えた影の羽といい、魅了を含んだ匂いといい。
そんな要素は見え隠れしていた。クロロにとってはその辺りは些細な事だ。
言及すべき事でも無い。だから、何も言わなかった。
要するに彼女は、愛する者に裏切られた。
その傷の深さは非常に深いものだろう。

「……で、お前はソイツの事が好きだッたのか?今でもどーなンだ?
 その、夫ッてンだろ?夫婦ならよ、向こうだッてお前を大事だからこそ言えねェ事情でもあッたンじゃねェのか?」

勿論、そんなものは憶測に過ぎない。
夫に肩入れするわけでもないが、それでも言葉を続ける。

「……仲はよかッたンじゃねェのかよ?その、夫の方が消えるまでは。どうなンだ?」

セレネ > 「聞かずとも貴方なら分かってくれているのでは?
私と同類でしょう?」

手段はどうあれ、結果が得られればそれで良いと思うのが己であるが。
如何せん己自身の事も”手段”の一つとして考えている節は大いにある。
…しかしまさか、彼に窘められるとは。

「年齢は余計ですが、人間ではないのは確かですね。」

実年齢は言わないけれど、人間ではない事については認める。
その事について詳しく言及しないのは有難かった。

「――えぇ。短い間でしたが好いておりました。
今?今は……今は、何とも。ただ、思い出したくない程憎いだけです。」

なのにどうして、聞いてくるのだ。
言葉に感情は乗せず、ただただ冷淡に。

「言えない事情?あったとしても、妻になら話すべきです。隠す事が美学など、
それはただの個人の価値観でしかありません。
私は……彼が何をしても、どんな罰を受けようと、共に居るつもりでした。
一人じゃないんだって…言ったのに…。」

己が必死に伝えた言葉も、何一つ伝わっていなかったのだと。
徐々に震える声色と、怒りを、何の関係もない彼にぶつける。

「…どうでしょう。今思えば、私はただ良いように使われていただけかもしれません。」

仲が良かったか、と聞かれれば少し疑問がかかる。
なまじ己が色々と出来る分、あれをしてくれこれをしてくれと、言われていたから。

クロロ >  
「否定はしねェ。だが、"スジ"は通ッてねェ事はしねェ。そンだけだ。」

魔術師と言う人種である以上、彼女の気持ちは理解できる。
だが、理解はしても許容している訳では無い。
例え、結果が得られるものだとしても、その手段に"スジ"が通っていなければ死んでもそれを選ぶ事は無い。
効率主義者のくせに、変に非効率な事にこだわりはある。
故に、"クロロ"という男がどういう人間かわかりやすく体現しているのだ。

「……良いように使われてた、な。」

人間には到達しえない領域。
全能か、或いはそれに近しい領域。
それは、人間にとって眩いばかりの財宝だ。
そこにたどり着く苦労を払わずして、他人に払って貰えるなら
その誘惑に勝てる人間はどれだけいるか。
それが真実なら、偽りの愛だ。
彼女の憎しみは尤もである。だが、そこにも肩入れはしない。

「……オレ様は当事者でも何でもねェし、お前の夫と直接話をした事もねェ。
 個人の価値観なのは百も承知だ。お前の言うようなクズなのかもわからン。」

「だが、男にゃ時には恨まれても通さなきゃならねェ"スジ"がある。
 勿論、そいつが真実と言う気もねェ。忘れろと慰める気もねェ。」

「話付けるまで、憎しみだけで思い出を汚すのはやめとけよ。
 お前が好きだッた、楽しかッたッてのだけは、嘘じゃねェだろ?」

真実が分からない以上、全てを断言はしない。
ただ、このまま憎しみに引きずられていても穢れてしまうだけだ。
心の淀みを引きずったまま生きていてもどうしようもない。
それは、己がよくわかっている。
全てを燃やし尽くしたい無法の炎。言う資格はないかもしれないから、敢えて言う。

「真実がわかるまでは、滅多な事は考えンなよ。
 オレ様も、手伝える事には手を貸すからよ。」

そっと、手を伸ばした。
彼女の肩に、抵抗しなければ両手を添えられる。
見下ろす金の瞳は、まっすぐ彼女を見据えていた。

セレネ > 「頭はあまりよくありませんが、その心意気は良いものだと思います。
やはり貴方、良い人ですね。」

きちんと筋は通す辺り、非常に好感が持てる。
効率の為なら多少筋の通らない事でも無理に通す己とは違うのだ。

「話をつける前に逃げた人を、そんな卑怯な人を、いつまでも覚えていたくないのです。
私だけじゃない、義理の娘まで置いて行ったあの人の事など、一刻も早く忘れたいのです。
一人の男性としても失格です。夫としても、父親としても何一つ相応しくない。
こんな、こんな思いをするくらいなら…もう…。」

相手の言う滅多な事が、何度も過るくらいには。
震える身体を自らで抱き締める。
寒い訳ではない。でも、震える身体を止められない。
感情的にならないだけ、まだマシだろう。

彼から伸ばされた手が、己の肩に添えられる。
存外優しい力加減だ。
カタカタと震える振動が、相手の手にも伝わるか。
見下ろす金の瞳にも、己は蒼を向ける事はなく。

クロロ >  
「ウルセェよ。どッちも違ェ。」

優しくも無いし、馬鹿でもないと拒否する。
優しさはともかくとして、クロロは馬鹿だ。
だが、馬鹿ではあって間抜けではない。
だからこそ、魔術師として頭の回転はある。

「…………」

"卑怯な人"。
向こうからすれば、その程度なのか。
わからない。事情を知っても、知りもしない相手を糾弾するのは"スジ"が通らない。
だからといって、目の前で震える女を放っておくことなど出来るはずもなかった。
その温もりが伝わるかはわからない。けど、クロロは黙ってそのまま身を寄せた。
今は、魔術のおかげで触れられる。炎ではない、人の温かさ。
心の寒さに、憎悪に震えるくらいなら、せめて人の温もりで温まってくれればいい。

「事情を知らねェ以上、オレ様はソイツを悪くは言えン。
 ……思い出させて悪かッた。だがな……。」

白紙の記憶に、言葉がダブる


「────……どンな過去でも、何時か向き合わなきゃいけねェ時が来る。」
────……如何なる過去であッても、貴様の道だ。何時か顧みる必要がある。

「だから、目を曇らせちゃいけねェ。お前はまだ、前向けンだろ。」
──それまでに目を曇らせるな。真実を顧みて、前を向け。


「…………」

当然、周りに誰かいるはずも無い。
何気なく振り返れば、小さく首を振って彼女へと視線を戻した。

「オレ様も、大概この島に連れてこられた……らしい。拉致だな。
 理由もわからンし、正当な学生身分でもねェし、記憶もサッパリだ。
 ……だが、仮に無い記憶がヤベー記憶でも、オレ様は前を向くぜ。」

「受け入れて進むつもりだ。……一人で難しいなら、オレ様が支えてやる。ダチだろ?一人で無理すンな。」

セレネ > 考えないようにしていたのに。
独りの時以外は、平気なように振舞っていたのに。

「――私に、優しくしないで…。」

その優しさが、ぬくもりが。苦しくなるから。辛くなるから。
行き場のない思いを必死に殺してきたのに。
心から他人を信用しないと決めたのだ。同じ過ちは繰り返さない為に。

寄せられた身体に、寄り掛かりたくなる。
泣き付きたくなる。けれどそれは、”セレネ”らしくはない。
強く唇を噛み締めて、零れそうになる感情を堪える。
泣いてしまっては、彼が困るだろうから。

「――…。」

彼の言葉に、口を噤んだ。
言いたい事は伝わったから。

「…貴方も、結構な過去を持っていそうですね。」

己と違い相手は拉致されてこの島に来たらしい。
それでも今を受け入れ、進んでいる。そして仮に記憶が戻った時でも、変わるつもりはないらしい。

「……あのですね、そういう事、異性に向かって軽々と言ってはいけないですよ?」

まさか相手も誑しなのか。
パンが焼けた音に反応し、ゆっくりと彼から身体を離そうとして。
離れる直前、ツンツンと彼の胸元を指先でつつこうとするだろう。
そんな事言うと、絶対勘違いする人も出てくるから、と。
離れた拍子に見えた頬は、少しばかり赤らんでいたように見えるかも。

クロロ >  
「別にオレ様は優しかねェ。ただ、女が泣きそうな時に男なら傍にいるだろ?そンだけ。」

その涙を拭えるかはわからない。
それでも、一人よりは二人。
誰かが傍にいるだけで、存外人間は耐えられる事を知っている。
記憶には無いけど、誰かが教えてくれた。
その誰かは多分───────……。

「それに、お前だッて誰かに優しくすンだろ?
 お前がしてきた善意は、必ず帰ッてくる。優しくするのもされるのも、悪い事じゃねェ。」

「笑うのも、泣く時も、そン位誰だッて好きにやる。
 人間だのそうじゃねェだの、関係ねェ。泣きたいなら、泣けよ。」

誰にでも許される"自由"だ。
どんな人種でも、それが許される空間が、今此処にある。
だからこそ、言ってやった。

「ア?異性だのなンだの関係ねェだろ。覚えてない過去は気になるけど
 今はどうだッていい。別にもう、我慢しなくていいだろ?セレネ。」

「オレ様は、女の一人や二人泣いても困らねェよ。」

それ位を受け入れる度量はある、と。
その心底を見透かすように。
ただ、その傷が癒せるなら何でもいい。
当然、彼女の言うそう言う所はわからない。
身を離されても、手は離さず、胸元を突かれてもただ、真っすぐに彼女を見ていた。

セレネ > 「…貴方みたいな人が夫だったなら、もう少し気楽に生きられたのでしょうか。」

なんて、自嘲するような笑みを口元に。
彼のように分かりやすい人ならどれだけ楽だったろうか。
…いや、それはそれで心労が増えそうだ。

「貴方に泣き顔を見せるのは、何だか癪なので泣かないですー。
流石に、男性に二度も泣く所見られるのは恥ずかしいので。」

口調は平気そうに振舞えど、やはり堪えている。
その証拠に、未だ顔は上げていない。

「シュトーレン、二つ目焼き終わったので焼き立てをどうぞ。
これはこれで美味しいので。」

「…だから、そろそろ手を離して頂けませんか…。」

動けない…と、話を聞いてくれた手前無理に引き剥がす事も出来ず困った声を上げた。

クロロ >  
「それはねェな。」

言葉を被せて否定した。
何とも言えないはにかみ笑顔のまま、そっと手を離す。
きっとそうはならなかった。自分も大概、人の傍に入れるような存在じゃない。
無法者、荒くれ気質。特に、彼女ような存在の隣におけるものじゃない。
どす黒い炎は、影の存在だ。弁えている。
だからそれ以上、何も言わない。

「そうかい、悪かッたな。触ッちまッてよ。
 とりあえず、食うか。冷めちまうと悪いしな。」

彼女がそう言うなら、それを信じる。
それが強がりだとわかっていても、女の言う事を立てるのも男の仕事だ。
背中を向けて、眠る猫二匹の元へと行く。

「アー、そうだ。今日ホテルとンの忘れた。
 お前ン家泊まらせてくれや。外で寝るのも面倒クセェし。
 別に、ヘンな気はねェよ。わかるだろ?」

背中を向けたまま、デブ猫を放っておいてふて寝の白仔猫の傍で座った。
他意はない。ただ、クロロなりの気遣いだ。
放っておいて、誰もいない場所でまた泣かれるよりは
強がりを言えるように、自分が今夜位傍にいてあげたかった。
それだけだ。

セレネ > 「ですよねぇ。でも私、裏社会の人は慣れておりますよ。父もそうですので。」

即否定されました。予想的中。
以前己の父にも同じような事を聞いた事があったが、
あの人も「もっと落ち着いた人の方が良い」と言っていたのを思い出す。

「いいえーお気になさらず。
…でも、少しは楽になれました。有難う御座います。」

未だ癒えぬ心の傷をかなり抉ったが、それでも彼の言葉は有難かった。
痛む心は胸の内に仕舞い込みながらナイフを使って焼き立てのシュトーレンを切り分ける。
甘いものが得意かは分からなかったので粉砂糖は振りかけないままだ。

「――え?ぇ、と…着替えも何もありませんが…?」

まさかの言葉に動きが止まった。
そういう気はない、とはいえ人を泊める為のあれこれは此処にはない。
……これは、多分己は眠れなさそうだ。
だがそもそも今の時期は傷を思い出すので眠れないのだから、あまり変わらないか。

クロロ >  
「そう言う問題じゃねェよ。オレ様が人を幸せに出来る気がしねェだけだ。」

結婚なんて興味はない。
だが、する以上はそう言う事だ。
自分の為じゃない、相手を幸せに出来る気がしないからこそだ。
自分は、日陰の人間だ。そんな資格は無い。
どうしようもない事だ、と何処となく遠くを見る金色の双眸。
それでも──────……。

「気が多少楽になッたなら何よりだ。別に、元々魔術で綺麗サッパリだよ。
 オレ様、風呂とは入ッたら死ぬからな。そう言う所で身だしなみに気ィ使ッてンの。」

この身は炎。即ち、水とは相いれない。
そのままの特性で、不便も多いのだ。
そう、だからこそこの炎は──────……。

「ンじゃァ、今日は邪魔させて貰うわ。」

日陰とはいえ、迷える誰かの道標に。
心が凍える者の"篝火"となるはずだと、信じてる。
全てを憎み燃える炎は、全てを照らす温もりを持っていた。
どうしようもない、二律背反。それでも良い。
それが、"己"だからだ。そこにある"スジ"を、意地を死ぬ迄通し続ける。
自然と口元も、笑みを浮かべた。今日位は、許されるだろう、と。
今宵、月明りに佇む篝火が如何なる影響を及ぼしたかは、さて……──────。

セレネ > 「成程?どこかの駄目男さんより余程良い考えをお持ちで。」

恋人であれ、夫婦であれ。
独りではない以上、相手の今後は非常に大事だ。
それを放った結果は悲惨な事になる…事もある。己は身を以て知っている。

「…そういえば貴方炎でしたね。それもそうか…失礼しました。」

わざわざ自殺行為などする訳はないと、彼の正体を思い出しては謝罪。
切ったシュトーレンを皿に乗せ、彼の傍へと置きながら。

「二度目はないですからね?…今夜だけですから。」

変な噂が立たなければ良いのだけど…と、不安もありつつ。
笑みを浮かべる彼の顔を見る蒼は、困った感情を湛えていた。

――彼の思いは気付かぬままに。

ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」からクロロさんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」からセレネさんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 レイチェルの部屋」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「常世寮/女子寮 レイチェルの部屋」に園刃 華霧さんが現れました。
レイチェル >  
 
――今宵も星空の下、シンユウ達は。 
 

レイチェル >  
華霧の言葉を、しっかりと受け止める。
受け止めて、じっくり考えた後に、ゆっくりと言葉を返した。

「資格、か。
 一体どんな試験に合格すりゃ、誰かに想われる『資格』が貰えるんだ?
 オレは、そんなもんは……ねぇと思ってる」

華霧の言葉。
ああ、本当なんだろうな。
華霧はきっと、今までのままで満足してたところがあったんだ。
でも。

「でもって力、か。
 力がないってんなら、足りない分を補ってやるさ。
 お前も不完全で、オレも不完全だ。
 だから、補い合えばそれでいいのさ」

別に、それがオレじゃなくったって良いのかもしれねぇけどさ。
ちょっと、そんなことを思った。
けど、こいつはオレの選択で、オレの我儘なんだ。
だから、きちんと伝える。

けれど、苛烈な想いをそのままぶつけることは、しない。
壊れやすいその気持ちを、傷つけないように。
歩幅を合わせて、少しずつ。互いに向き合う時間を噛みしめる。

「……これ以上を貰うのは、怖い?」

ふと、三人で居た頃。あの日々が、脳裏に浮かんだ。
あのアトリエの光景も。

佐伯 貴子と、園刃 華霧と、オレ。
今思っても、素敵なものを貰いすぎていた、と思う。
本当の繋がりってものを知れたのは、きっとあの日々のおかげだ。

でも、素敵なものだからこそ。
手から零れ落ちる時には。
痛みを、伴う。

園刃 華霧 >  
「ちがう、ちがう、ちがう……
 あたしは、あたしは、なにも、なかった
 だから、あたしは、うばいつづけて、きて……
 だから、そんな、いろいろ、もらっていいやつじゃ、ない」

受け取れる資格も
受け入れる力も
そこにはない


「だから、しらないうちに、マコトも、きずつけた
 しってからも、まだ、きずつけた
 だめなんだ、なにをしても、どうしても
 なら――」

最近思っていたこと
解決するのに考えられること


「これいじょう もらわないように しないと
 これいじょう きずつけないように しないと
 これいじょう だいなしに しないように しないと」

うわごとのように、つづけた

レイチェル >  
「それじゃあお前自身は……
 傷ついてばっかりじゃねぇか。
 奪った奴は死ぬまで傷つけられなくちゃいけないってのか?」

何も貰わないで。
傷つけないように。
台無しにしないように。

華霧が口にした言葉を、飲み込んだ。
飲み込んだ上で、口にする。

それはかつて、後輩《キッド》に語った、
レイチェルが持っている一つの考え。
彼女が風紀に居続ける、一つの理由。


間違いを犯した者は、『もらっていいやつじゃない』のか?
本当に?


『─────『犯罪者<ボクら>』は、日常を謳歌する事が許されますか?』


あの時、そう問いかけてきた後輩の言葉が、脳裏を過ぎった。


「もし、もしだ。過去を無いものにして、目を背けて、逃げ続けて。
 全部、放棄して。そんな奴だったら、確かに『もらっていいやつ』
 じゃないのかもしれない。

 でも華霧は、そうじゃねぇだろ。
 奪い続けてきた自分の過去をちゃんと背負って、
 変わろうとしてんだろうが。

 だったら、貰ったって良いんだよ。
 変わろうと戦い続けるなら、貰ったって良いんだよ。
 
 ずっと頑張ってきた華霧には、その資格がある。
 オレはそう信じてる」

実際、そうだ。
華霧はずっとずっと、頑張り続けてきた。
過去を背負って、自分を変えようとしてきたんだ。
誰かから何かを奪った者は、ずっと自分を罰しなきゃいけないのか。
生きる為に奪うしか無かった奴は、晴れ渡る青空を生きられないのか。


「……信じてるから、オレは与えたい」

こいつが自分のことを許せないと思っている分、
オレはこいつのことを許してやりたい。そう思った。

華霧が背負っていたものを感じながら。
やっぱり、涙が止まらなかった。

園刃 華霧 >  
「……」

レイチェルの言葉を飲み込む
ぶれて、こわれかけたものがすこし直る


「そんな、大層なモンじゃないよ。
 教育係をやってたおっさんに『ここじゃそうやってたら生きていけない』って教わって。
 それならどうすればって、のらくら生きることを見て覚えて。
 ……たかが、その程度のことだよ。
 それでも」


それでも、関わってくれた、関わられてしまった……
そういう人間が出てきてしまった
それは 予想外で 予定外で
それでも 嬉しいことでもあった

だから

「そうやって言ってくれるのは、嬉しいし……
 それだけでもう、十分なんだ。本当に。」


そう、それに
そこまで手に入れてしまったから

失うことの恐ろしさを知ってしまった
奪われることの恐ろしさを知ってしまった


「アタシは……
 マコトに 殺されるなら ソレも仕方ないと思ってる
 それだけの 気持ちを 感じた
 今だって きっと」

だからきっと じわじわと 殺しにきているのだろうと
ひと思いなんて 簡単ではなく
長く 苦しむように
それも 受け入れるしかないのだろうと

「だから その前に 少しでも 返しておきたい
 それだけなんだよ」

レイチェル >  
「……なるほどな」

のらくらと。
過去の彼女を思い出す。そう、
『いつも適当なふりして』、だ。
分かってた。トゥルーバイツの一件の時から、それは何となく。
けれど、その深い事情を知ることは今までなかったから、ようやく。
ようやく、彼女のことをちゃんと飲み込むことができ始めた、気がする。


「……ああ、分かったよ。
 お前が十分だって、そう思ってることは。
 ……オレは…………違う、けど。
 オレは……もっと……かぎり、と……一緒に……い、たい……けど」

思わず、声を漏らしてしまった。
彼女の話を聞いていく中で、十分だという言葉を何度も聞けば聞くほど、
自分の中の満たされない気持ちが膨れ上がっていくのを感じる。
抑え込んでいたそれが、胸の熱さと一緒にぽつりぽつりと、言葉となって
紡がれた。頭を振る。しっかりしろ、オレ。


少し身体を離して、華霧の方をじっと見た。

「真琴が抱いてる気持ちは……確かに激しいもんだ。
 けど、あいつがお前のことを大切に思ってる気持ちも、
 確かに本当なんだ。本当の、真琴の気持ちなんだ。

 あいつは嘘つきだけどな、寂しがり屋なんだよ。
 だから、お前と真琴が過ごしてきた時間、
 過ごしてる時間は嘘なんかじゃない。
 
 それに、華霧を殺すだとか殺さないだとか……
 そんなことには、オレがさせねぇ。
 真琴が傷つかないよう、華霧が傷つかないよう、ちゃんと向き合うさ」

力づくで止めるだとか、そういう話じゃなくて。
そんな所まで真琴を追い詰めないように、オレ自身ができることを
するだけだ。

園刃 華霧 >  
「そっか。
 ほんと、悪いなぁ。ありがと」

へらっと笑う
本当に、もったいないぐらい嬉しい

「マコトが、ね……
 そう、か……うん」

マコトの真実を知って、
結果的に彼女に告白して以来、
不思議な関係ができたのは感じていた

ただそれも
手のこんだ復讐のうち、と
そう思っている部分もあった

けれど
レイチェルがそういうのなら…


「じゃあ、頼むな。
 アイツにはやっぱり、レイチェルじゃないと、な」

にっと笑う

「……っと、悪いな妙な話になって」

すっかりもとに戻った顔でいう

レイチェル >  
「……いいよ、別に。
 オレは華霧に苦しい思い、してほしくなかっただけだ」

妙な話になっちまってるのも、オレの責任だ。
オレが、こんな想いを抱いてなければ。
こいつを、傷つけることもなかったんだろうな。


笑ってくれる華霧。
嬉しい。

それは、嬉しい。

けど。


「…………」

暫くの間、言葉が出なかった。

華霧の言葉を受けて、
胸の中でぐるぐると渦巻く熱い想いを押し殺して、
噛み殺して、否定して、何とか穏やかに。
穏やかに、穏やかに、と。


「オレの方は……華霧じゃないと……駄目なんだよ。
 オレが、一番一緒に居たいのは、華霧なんだ。
 血とか、関係なくてな」

色々な言葉が浮かんだが、ようやくそれを紡いだ。
胸がずきずきと傷んでしかたない。
傷んで、今にも胸の中から血が漏れ出てきそうだった。

レイチェル >  
「そこだけは、忘れないでいて欲しい……絶対に」

俯き気味に、何とかそう口にするのが精一杯だった。
たとえ、へらっと笑って返されるとしても。
そうだとしても、伝えない訳にはいかなかった。

ああ、クソ。
華霧はいつも通りで居てくれようとしてんのに。
でも、一番大切な所だ。
改めて、はっきりさせておきたかった。

園刃 華霧 >  
レイチェルの言葉
苦しい思いをしいてほしくない、と
その気持ちは嬉しい

「まあ、おかげさんで枕を……
 ああいや、うん。まあ、ゆっくり寝られるんじゃないかな」

にしし、と笑う

しかし――

「……そう、か。
 そりゃ……うん。
 ありがたい、こと、だな」


アタシじゃないといけない
アタシと一緒にいたい

本当に、ありがたい話だ


「まったく……なにがいいんだか、わかんないけどさ」

へらりと笑う
笑う、が……
それが理解できない自分には、なんとも言えないものを感じる
やはり、どこか壊れた、ろくでなしなんだろうか
やはり、人と関わるべきではないやつなんだろうか

けれど……
初めてしまったものは 続けるしかない

レイチェル >  
「…………」

すぅ、はぁ。
深呼吸をして。


「……分かんない、よな。分かってる。
 オレの気持ち、お前に『分からない』ことは、『分かってる』。
 
 だから、ごめんな。気持ちが『分からない』ことが、
 お前を傷つけるってこと分かってて、それでも……
 またオレの我儘《きもち》、口にしちまった」

これまでの華霧の話を聞いていれば、分かる。分かるようになった。
オレの気持ちを伝えることの、ほんとうの意味を。

彼女が小さく、本当に小さく呟いた言葉を、オレは忘れない。
忘れられない。忘れるもんか。

けれど、気持ちに嘘はつけないし、
何より勘違いしてほしくなかった。だから、ありのままを華霧に伝えた。


「『オレは、華霧と一緒にその気持ちを探したい』。
 
 たとえ……お前が言うみたいに『公平じゃない』としても。
 
 一緒にバカやりながらさ。
 隣に居て。支えて。
 苦しいことも分け合って、一緒に考えて。
 
 二人で悩むくらいは……許して貰えるかな?
 
 ……力に、なりたいんだ」

顔を上げて、今度は、にっと笑ってみせた。
きっと、華霧を安心させられるような穏やかな顔を見せられた……筈だ。
血の呪いなんかに負けてたまるもんか。

もう、あの時のオレじゃない。
こいつと一緒に、歩幅を合わせて。

それはきっと、新しい関係の始まりで。
新しい『シンユウ』の形だ。