2020/11/23 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にレイチェルさんが現れました。
レイチェル >  
暗い海の底のような夜を、月明かりが仄かに路地裏を照らしている。
ここは落第街大通りから少しばかり外れた路地裏である。

月光を受けてゆらゆらとした影を落としながら、金の髪を揺らす
一学生――レイチェル・ラムレイは闇を泳いでいた。

真琴の買い物に付き合った後にアトリエの前まで見送り、
さて女子寮に帰るかと言ったところで、ふと行く足の先を
変えてみたのである。それは帰る方向とは真逆であった。
何となく、すぐに帰る気にならなかったのである。
あれやこれやを頭に浮かべて月を眺めながら、
電車に乗り、歩いて、歩いて、歩いて。

気づけば、ここまで来ていた。

――久々だな。

まるで何かに呼ばれるかのように、この地に立っていた。
辿り着いたのは、いつかの日に親友と抱き合った――。
そこは今日もまた、あの日と同じように綺麗な星空が輝いていた。

思わずほう、と息を吐く。
小さな白い雲が口からほわりと出て、空に消えていった。

もうすぐ、冬だ。

レイチェル >  
長い間、ここには近づかないようにしていた。
今はこの島に居ない、風紀の先輩――五代先輩から忠告を受けた
こともある。しかし無論、それだけではない。

身体のこと、そして華霧との約束のこともあり、
昔のように無茶をする訳にはいかなかったからだ。

あれから1度だけ訪れたこともあったが、それでも
ほんの少しばかり潜った程度で引き返していた。

「ちょいと、歩き回ってみるか……」

うし、と。
自分にしか聞こえない程度に小さく声を出して、
自身の心に活を入れる。

潜り込んで事件を解決するような、能動的な風紀の警邏を行うつもりはあまりなかった。
無論問題が発生していれば対応をする心づもりではあったが、

それよりも。

長い間書類の上でしか見ていなかったこの落第街を、
常世学園の片隅を、じっくりと肌で感じてみたかったからである。

風紀の特務広報部が活動をしてからのことも、
書類上でしか知らない。報告書は詳細なものではあったが、
それでも書類が語る内容には、あまりにも余白が多すぎる。
だから、風紀委員としてもしっかりとこの目に焼き付けておく
必要があるとそう思った。

しかし、それだけではない。

この場所は。

風紀委員としてのレイチェル・ラムレイの始まりの地にして、
彼女の心に焼き付いている親友、園刃 華霧の始まりの地である。

レイチェル >   
「……やっぱ変わったな、ここも」

路地裏の闇に視線をやる。
その闇は、以前にも増してその深さを研ぎ澄ましているように見えた。
以前は落第街の路地裏とはいえ、違法な取引をはじめとした、
影に潜む者達の後ろ暗い寄り合いが多く行われていたように思う。
しかし、それらの気配は、今宵のレイチェルが見る限り、随分と
鳴りを潜めて――否。ぱたりと途絶えているようにも見えた。

そこには、神代 理央の影の存在があることだろう。
ここに来るまでに、何人かに出くわしたが、レイチェルのことを見て
逃げる者は居なかった。数年前とは、状況が全く違う。

――戦場に立つのだけが、お前の価値じゃねぇってのに。

以前に病室で出会った彼の顔を思い出しながら、少しばかり苦い顔を
浮かべて腕組みをする。

星は綺麗に瞬いて、空を飾っている。いつもと変わらない。
そして星はいつだって、自分たちを空から見下ろしている。
その星に一瞥くれてやりながら、レイチェルは歩き始めるのだった。

ご案内:「落第街 路地裏」に羽月 柊さんが現れました。
レイチェル >  
あの日に走った道を、今は逆方向から辿っている。

そうして歩きながら、右を左を確認していく。
警邏の為もあるが、この街のことをもっとよく知る為だ。
これまでの自分は、とにかく危険な種が落ちてはいないかと、
そういった目でこの街を眺めていたように思う。

落第街は闇一色ではない。
その暗がりの中には、よく見てみれば沢山の色や声がある。
その一つひとつを拾い上げて向き合うことはできないが、
それらが確かに血を通わせて存在していることを、
目や耳や肌で感じることくらいはできる。


この闇の中には、いろんな人生がある。
汚く生きる大人達も居れば、広い世界を知らぬ子ども達だって居る。
行き場を失った子も居れば、親を知らぬ子だって居る。
彼らを包み込むこの街のことを、もっと知りたいと思った。

そうすることで、少しでも――。

羽月 柊 >  
鳴りを潜めたとはいえ、"此処"が完全に消えることはない。
闇は相変わらずこの落第街に在るし、
裏路地という、どうしようもない瑕はぽっかりと口を開けて次の犠牲者を待っている。

そこを通るには何の保証もない。

風紀委員ですら、この場所を訪れる事は安全とは遠い所にあった。

いくら神代理央という強い光に照らされようと、
光があれば影があるように、ここが失われる事は無い。


少女を遠目から見やる住人たち。

すれ違う誰か。

ヒトも、怪異も、異邦人も……。


 そして、この男も。


夜闇に小動物の光る眼が四つ。

コツン、カツン、と音を立てて、
その男は普通の道を歩くかのように、裏路地を歩いている。

闇に溶け込むような真黒のスーツ。
夜空を映したかのような深紫の髪。
爬虫類…竜の仮面の奥では、桃眼が静かに桜を咲かせている。

大人であるこの男は、レイチェルには見覚えのある男だ。
けれど、彼は相手を視界にすらいれず、通り過ぎようとする。

接点はありとて、ここは…落第街。

レイチェル >  
さて、落第街を歩いていれば対面から歩いて来たのは
羽月――常世学園の教員だ。
間違いない、深紫の髪に、背格好も記憶と一致する。
更に二匹の竜を連れているというのであれば、最早疑いようもない。

以前、病院で一度顔を合わせたことがある程度の面識だったが、
それでも顔を突き合わせ、言葉を交わしたことのある相手である。
レイチェルには、それが分かった。

そんな男が仮面をつけ、
こちらのことを視界にも入れず歩き去ろうとするのであれば、
レイチェルは喉元まで出かかったその名を一度押し込めた。

羽月という教員の事情の多くを知るところではなかったが、
この落第街の路地裏で仮面をつけて歩いているからには、
相応の理由があるのであろう。

とはいえ、何もせず通り過ぎるには少々気になりすぎる。
ゆえに、開口一番にその名を呼ぶことはないが、
レイチェルは声をかけることにしたのだった。

「……その仮面の下、見た顔じゃねぇか」

温かみのある声色ではない。立ち止まり、
ただ静かに、確かめるかのように一言だけそう投げかけた。

羽月 柊 >  
何事もなく通り過ぎるならば、それはただの運命の悪戯に過ぎなかった。
しかし、声がかけられてしまった。
相手は腕章は無いとはいえ、紛れも無く、風紀委員であった。

この落第街で風紀委員と顔を合わせる事はそう珍しくもない。
幌川最中、山本英治、葛木一郎。
男の知り合いたちは、この闇に立つ彼を知っている。
レイチェル・ラムレイ…彼女に一番近い園刃華霧も、男のこの姿を知っている。

別段正体を偽っている訳では無い。
服装や仮面を被ったとて、表情の読み取りづらさはあれど、
男が羽月柊であることは隠しようが無い。


しかしなるほど、"友人"の先輩というだけはある。
この場で名を呼ぶことのリスクを考えて発言出来るのは、賢い。

闇がすぐ近くに在ることに、落ち着いて対処出来ている。


男は声に立ち止まる。
長い耳、《大変容》以前には無い血の証。

仮面の奥の桜は、前に逢った時とは別人のように冷えている。
それは、確かにこの街を歩くだけの雰囲気を備えていた。


「……そうだな、君も見た顔だ。
 しかしこんな夜にこんな場所で…"大人の男"に何か用か?」

どれほどに強くても、その明らかな"性別"という差は埋めがたい。
いくら種族が違っても、どれだけ時代を経ても、
そうした偏見はどこかしらに残っていてもおかしくはない。

風紀委員という証を持たない今のレイチェルは、ただの常世学園の女生徒。
それ以上でも、それ以下でもない。

そんな少女が、この夜の落第街を歩くのは、それそのものがリスクだと、男は静かに警告していた。

レイチェル >  
「さてな。『寂しかった』のかもしれねぇ――」

用など、ある訳ではなかった。
レイチェルは肩を竦めて、男を見上げる。
人によっては、この背丈に威圧感を覚える者も居るのだろう。
仮面を身に着けていれば、尚更である。
しかしその影に圧を覚えるには、この少女は闇の中を泳ぎすぎていた。

「――『冗談』だよ」

ふっと、笑みを形作って見せる。
その色を少しばかり変化させたとはいえ、慣れ親しんだ空気だ。
その中を歩むことで、幾らか気が晴れたところはあるのかもしれない。
そうして目の前の男が知らぬ顔ではなかったことも合わせてか、
そんな言葉を飛ばすだけの余裕はあるようだった。

そうして自らが放った言葉を頭の中で反芻したレイチェルは、
思った以上に自分の感情と相違がないことにはたと気が付き、
少しばかりばつの悪そうな顔を浮かべるのだった。

「その気遣いにゃ感謝しておくぜ。
 だけどオレには必要ねぇよ」

そして彼の言葉が警告であることを、レイチェルはすぐに察していた。
だからこそ、そう付け足したのである。
その言葉に棘はなかった。緩んだ口元から紡がれたその言葉は、
相手自身を拒むものではなかった。
警告に関しては素直に受けつつ、それでもその心配は必要ないと、
そう口にして返す。

「……か弱い乙女にでも見えたか?」

自分の弱さはよく知っている。
近頃は重々に自覚させられている。
だからこそ、その言葉は自嘲を含むものであったのかもしれない。

羽月 柊 >  
男の言葉は彼ら彼女らの関係を知らないモノから見れば、
無用な衝突や何かしらに巻き込まれることを避けようとした言葉だ。

しかし、知っている仲であれば、それは遠回しの心配の言葉だった。

この闇を歩くならば、とことんまで強欲に全てを喰らうか、
逆に必要なモノのみをその手に抱え、喰われぬように己の身を護るか。
そういった生き方でなければ、あっさりとこの闇に呑まれてしまう。

柊の振舞いは後者。
ここ最近の様々な事象によって手に抱えるモノは増えたとて、
全てを喰らおうとするには、その身は余りにも"人間"という小さな器でしかない。

そして、教師という地位を手に入れ、研究も表沙汰になってきたとはいえ、
"魔術師"という裏の顔でこの闇に立つ姿は、決して捨てられはしなかった。


だから、こうして柊はレイチェルの前に立っていた。


男は知っている。目の前の少女が風紀委員であることを。
この街に立っていたとて、それは己の意志だろうし…何か起きても自分で責任が取れるだろうことも。

「…さてな。
 見目だけ言えば、君が夜道を歩く女性であることに間違いはあるまい。」

柊もまた、レイチェルの名をそう簡単に口にすることはしないし、
相手の所属を言うこともない。言葉を明確にせず、事実だけを述べた。

ここで風紀委員と繋がりがあるだなんて言う必要はどこにもない。
それこそ無用な何かしらを自ら引き込んでしまうからだ。

「……それで、なんでまたこんな所に。」

それは相手の台詞だろうという問いを、ズルイ大人は自分から投げかけた。


まぁ事情によっては結界を作って関係が漏れないように話を聞ける故だが。

レイチェル >  
「まぁ……そいつは否定しねぇ。
 じゃあ改めて言っとくぜ、ありがとよ」

眼帯などつけてはいるが、それでも見目だけ言えば少女であることに
変わりはない。十分な心配の色をもって、言葉をかけてくれていること
は十分に理解していた。だからこそ、礼の言葉を述べる。
荒削りではあるが、そういったところはきちんとしているのが
レイチェル・ラムレイという女だ。


そして続く問いかけには、眉を少しばかり下げて見せた。
それはこちらの問いかけだぜ、と。
そのことを表情で見せているのである。
しかしそれでも、問われたからには返せることをきちんと返す。

「……まぁ、なんつーかな。
 色々と行き詰まったんで、ちょいと昔の空気に触れようと思ってな」

気づけば此処に来ていた、という方が的確ではあったが、
自らの感情を掘り起こせば間違いなくそれが理由である。
レイチェルは、嘘をつかずに今の気持ちを伝えた。
闇の中で藁をも掴む気持ちが、そこになかったとは言い切れまい。

羽月 柊 >  
分かり切っている。
何故羽月柊という教師がこんな場所にいるのかと、そう問われることは。

だから自分から言葉を投げかけた。
関わることが避けられないならば、大人はこうやって"ズル"をする。

己の同僚であるヨキとて、こうして裏の場所に顔を出すことがある。
それでもヨキはこの常世島の全ての生徒の為、
男は自分の為…目的は違い、そこには確かな明暗の差があった。

しかしそれでも、今までならば、すれ違うことすら避けただろう。
こうして話をする前に、男は行方をくらましただろう。

そうしなかったのは、羽月柊がこの夏に歩んだ奇跡の道故の変化だった。


…故に、男は煙草を一つ取り出す。
特に少女に許可も取らずに火をつけて煙を燻らせる。

煙草から匂いは何もしない。
けれど、そう、レイチェルがハーフエルフの血を引くならば、魔法の"匂い"は分かるかもしれない。

裏路地に這う、小さな小さな魔術の気配。
それはこの場所を切り取る、小さな結界。


「…初心に帰るといったところか……。
 しかしだ、行き詰まりというならば、ここには来るべきじゃあない。

 ここは行き詰った先の場所だ。
 ここに潜む何かしらは、そういった行き詰まりに対して、
 とんでもない"毒飴"を提示してくることもある。」

落第街、スラム。行き詰まりのどん詰まり。
どうしようもなくなったモノ、居場所のないモノの溜まる場所。


 いつだって入口を開いている。

 いつだって手を伸ばしている。

 いつだって誰かを"仲間"にしようとしている。


掴んだ藁が…その太陽のような金髪すら飲み込むような闇かもしれない。

レイチェル >  
「……局所的な魔術結界か。洒落たもん使いやがる」

その一言は鋭く。
しかし、語気と言葉とは裏腹に少々の感嘆が入り交じるものであった。
行使される魔術に対してではない。男の気遣いに対してだ。

二人を閉じ込める結界が広がれば、目を細めてその煙草を見やる。
魔術を行使する素質は死んでいるが、魔術に対する嗅覚と知識だけは
レイチェルの身に残り、知識に刻まれている。

この結界の展開が敵意によるものではないことは十分に理解している。
故に、返す語は穏やかさを伴う。

「……知りたいんだ。
 これまで、目を向けることができなかった広がる闇の奥底、
 そこにある色をな。
 特務広報部のこともある。今の落第街がどういった状況なのか、
 紙の上だけじゃ知れねぇこともあるだろ」

結界が張られたことを確認しているからこそ、
レイチェルはそのように語を継いだ。

闇に巣食う者達と対峙してきて、
彼らの考えや生い立ち、様々なものに触れてきた。
だから、目を背けていた訳ではない。
この街に居る者には、何かしらの事情がある。
悪事に手を染めるのだって同じだ。
その事実と向き合うことは、レイチェルが大切にしていることだ。

しかしながら。
この深き闇の中を、そういった意識でもって歩いたことが
どれほどあっただろうか。

そうして続く言葉は観念したように絞り出された。
おそらくこの男には、
それだけではないことは見抜かれてしまうのだろうと。
そう考えたからだ。

「……それから、な。
 オレの親友に、落第街で育って、生きてきた奴が居る。
 親友とは言ったが……そいつは。
 親友という型にはまらないくらい、
 オレにとって大切な存在なんだ。
 奇跡に縋るそいつを取りこぼしちまいそうになったこともあった。
 でも、オレにとってはもう、かけがえのねぇ奴なんだ。
 
 でもオレはそいつのことを何も知らなくて……。
 知らないのに……ああだこうだ想いをぶつけて……。
 自分勝手に……。

 だから、さ。
 そいつと改めて向き合うためにも、気持ちを整理するためにも……
 少しここを歩いてみるべきだと思った。
 
 ここは風紀委員のオレにとっての始まりの場所で、
 そいつにとっての始まりの場所でもあるんだ」

そうして、親友という垣根を越えた想いを抱くことになった
きっかけとなったのも、この路地裏を走っていた時だった。
見捨てたくない。救いたい。助けたい。取り戻したい。
そんな、彼女の内に眠っていた数多の想いが真に目覚めたのは。

全ての始まりの地。
回帰のためには、ここに足を運ぶ以上の選択肢はなかった。


「ここを歩く必要が、今のオレにはあるんだ。
 こいつがオレがここに居る理由だ。
 あんたは引き返せって、それでも言うかい?」