2020/09/19 のログ
ご案内:「常世総合病院 病室」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 何ができるか、ではなく、何をしたいか。
 単純に真っ直ぐに、心に従う。
 それは椎苗にとって、簡単な事ではなかった。

 けれど、あの日の青年の言葉は、確かに椎苗の背中を押してくれた。
 ずっと俯いたままだった顔を上げさせてくれた。
 だから、迷いながらも、病院へと足を運んだ。

 まだ、躊躇いも恐れも消えていない。
 けれど会わなければ、きっと何も出来ないままだと思ったから。
 扉の前に立ち、緊張に強ばる左手を扉に伸ばす。

「ぁ────」

 うまく声が出ない。
 ノックをしようとする手も、直前で躊躇うように止まる。
 眉をしかめて、難しい顔をしていた。

ご案内:「常世総合病院 病室」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ >  
女の回復は早かった。
薬での症状はそれでもまだあるが、一切暗くならず、嫌がらず、落ち込まず。
退院したらこんなことをしたいんです、と語る。
身体にガタが来た部分をリハビリしたり、治療したりを繰り返してはいるが、それでも弱音を吐かずに、毎日限界まで努力を続ける。

最近は出歩くなと言っても出歩く彼女に、とりあえず無理はしないように、という程度の言葉に変わってきていた。

そんな、ちょっぴりおかしいほどの意思を貫く女は、ふ、と自分の病室の前で佇む姿を見つければ。


「だーれだ。」

なんて、ぱふん、と抱き着いて目を隠してしまうのもやむなしだろう。
 

神樹椎苗 >  
 突然、覆い隠される視界。
 聞こえる声は、大切な彼女のモノ。
 触れる手は、何時か抱きしめてくれた時と同じ。

 自分の視界を覆う手に、左手でそっと触れる。
 抱きしめられて触れあえば、ずっと感じていた恐れが消えていった。

「――ぁぁ、あたたかいのです」

 生きている。
 たしかに彼女は、熱を持っていた。
 まだ、寒くなっていない。

 それが分かると、ようやく少し、安心することができた。

「もう、出歩けるのですね」

 言おうとしていた言葉は何だったろうか。
 思い出せないまま、言葉がこぼれる。

マルレーネ >  
「………そりゃあ、まあ?
 あまり出歩くなとは言われてますけど。
 それでも、あったまるくらいには歩いてますからね。」

よいしょ、と包み込むようにしてしまえば。
そのまま、変わらぬ出鱈目な行動を、まるでそれが普通であるかのように語り。

「……来てくれたんですね。」

言いながら、頭に頬をすり、っとくっつけるようにする。
 

神樹椎苗 >  
 彼女が入院してからの経過は、病院のカルテを盗み見てある程度は把握していた。
 けれど、こうしてまた触れ合えるか不安で仕方なかったのだ。
 彼女の声は、あたたかさは、変わっていない。

「そういうところ、変わらないですね」

 知っている彼女のままだ。
 それが当たり前とでもいう顔をして、無茶な事をしてしまう。

「すごく、迷いました」

 触れあいながら、手を重ねたまま静かに。

「少し、話せますか」

 精一杯勇気を出して、たずねてみる。

マルレーネ >  
「どういうところです?」

無茶なことをする。
本来なら、軽く抱き上げて抱っこでもしようものだけれど。
左手の力があまり入らない。抱きしめる力も、ふわりとしたもので。

「…………あ、この病院、広いですもんね。
 少し、だけです?」

そのまま、入りましょ、と扉に手をかけて開いて。
むしろ、相手よりも無遠慮に自分の部屋に、ぐいぐい、っと押すように入れてしまおうとする。
 

神樹椎苗 >  
「そういう、ところです」

 無自覚な、自覚していても止まらないところ。
 わかっているのかいないのか、見当違いな反応。
 心地よく思うけれど、まだ、顔は強張っている気がした。

「――疲れない、くらいで」

 病室に押し込まれるように、促されるまま入っていく。
 入院患者のための病室。
 とても馴染みのある空間に覚えるのは、安心よりも不安だ。

 入ったまま、ベッドの方へ進んでいく。
 患者着の彼女へ戸惑いのある視線を向けながら。
 胸に手を当てて、小さく深呼吸。

マルレーネ >  
「……いいですよ、ちょっとくらい疲れても、今はリハビリみたいなものですから。」

軽く笑いながら、ベッドの上にぽん、っと腰掛けて。
ほら、おいで、と隣をぽんぽん、と叩いて招き寄せる。

事前に得ていた通り、目の焦点が少しばかり合っていない。
視界がぼやけて、色を時々失う。
左手の力がほとんど入らない。

そんな状況の彼女。
 

神樹椎苗 >  
 ベッドへと腰掛けるのを視線で追う。
 わかっていた事だったが、実際に見ると胸の奥がチリと痛む。
 おいで、と自分を呼ぶ彼女は、今までとなにも変わらないように見えるのに。

 そんな彼女の姿を見て、声を聞いて。
 そうしたら、体は勝手に動いていた。
 自分がどうしたいのか、考えるまでもなかった。

 ベッドへと早足で半ば駆け寄り。
 彼女の隣によじ登る。
 そしてそのまま、細く小さな左手で、彼女の頭を小さな胸に抱きしめた。

「――ずっと、何ができるのか、考えていました」

 そうしてようやく、言葉が出てくる。
 彼女のために何ができるのか、考え続けて。
 自分に出来る事がどれだけ少ないか、思い知った。

「しいは、何もできないまま見ているだけで。
 今も、何もできる事がないのです」

 彼女のすぐ近くで、小さな声で呟くように。
 独り言を漏らすかのように、細く。
 それでも、離れないようにしっかりと、彼女を抱いたまま。

マルレーネ >  
「………ん。」

そっと抱きしめられれば、何も言わずに抱きしめられて。
その体がまるで震えているようだったから、右腕を回して抱き寄せる。

「うん。」

ただ、ただ、それだけ。
静かに呟いて、ゆっくりと落ち着かせるように、撫でる。

その上で、しばらく時間をおいて。

「二つ、言いたいことがあるかな。」

ゆっくりと、抱きしめられたまま言葉をぽろりと。
 

神樹椎苗 >  
 撫でられる。
 その感触は、ああ、やっぱり変わらない。

「はい、なんですか」

 そのまま、こぼれ出た言葉に答える。
 

マルレーネ >  
「まずひとーつ。」
「………手伝ってくれたって、聞きましたよ。」

軽く頭を預けるようにしながら、囁くように言葉を漏らす。

「ありがとう。
 ………そして、ただいま。」

へへへ、と微笑みながら、今更ながらの、ご挨拶。
 

神樹椎苗 >  
「大したことは、出来てないです。
 本当はこの手で助けに行きたかった」

 けれど、その力は椎苗にはない。
 椎苗は死なないだけで、強さとは無縁なのだ。

 続く言葉に小さく頷いて、ようやく。
 ようやく、目頭が熱くなった。

「――おかえりなさい、お姉ちゃん」

 帰ってきてくれた。
 沢山傷ついて、苦しんだかもしれないけれど。
 それでも今こうして、帰ってきてくれたのだとようやく実感できた。

マルレーネ >  
「………ん。 ただいま。」
「それで、ふたつめ。」

「どんな力があっても、どんなことができても。
 等しく、私のただの妹ですよね。」

ぎゅ、と少しだけ抱く力が強くなる。

「何もできなくて、当然です。
 むしろ、心配かけるような大人が、情けないんです。

 ゴメンね。」

本当にごめんね、と、静かな言葉。
相手に、ある意味一番甘えてしまっているかもしれないな、なんて。
 

神樹椎苗 >  
「ただの、妹」

 謝る姉に、静かに首を振る。
 そうじゃないのだと、言葉を探しながら。

「いいえ、しいはまだ『ただの他人』でしかないのです。
 そうやって、子供だから、大人だから。
 何もできなくても仕方ない、そのままだったら、きっと他人のままなのです」

 ただ庇護されるだけの存在は、きっと姉妹でも家族でもない。
 書類の上でも血縁ですらなく、何一つ繋がりがない。
 実質的にも精神的にも姉妹でないのなら――それは、無力な他人でしかない。

「だから、ずっと何ができるだろうと考えていたのです。
 でも、何も出来ることが思い浮かばなくて。
 きっと、他の誰か、もっと『あなた』を想う人たちの方が、助けになれるんだと思っていました」

 ただ甘えるばかりで、優しくしてもらうだけで。
 ただただ、与えてもらうばかりの自分には何も出来やしないと蹲っていた。
 けれど、それでは、いつまでもこのまま変わらない。

「でも、それは違うのだと、知りました。
 何ができるか、じゃなくて、何をしたいか。
 心に想うまま、心に従っていいのだと教えられました」

 そっと手を離して、そして腕の中を抜け出して体を離す。
 しっかりと視線を向けて、向き合って。
 真剣に、まっすぐに、小さな決意を瞳に浮かべて。

「だからしいは、しいがしたい事をしに来たのです。
 出来る事じゃなくて、しいが『あなた』にしたい事を。
 もう一度ちゃんと、『お姉ちゃん』と呼びたいから」

 緊張する。
 心臓が跳ねているのが分かる。
 けれど、一度息を呑んで、しっかりと言葉にする。

「しいは、痛みも苦しみも、一緒に分かち合いたいのです。
 一緒に背負って、支え合っていきたいのです。
 一方通行じゃなくて、お互いに想いあって、助け合っていたいのです」

 彼女がどう思うかはわからない。
 なにせこれはただの我儘で、椎苗のしたい事、想いをぶつけているだけ。
 それでも、どうしても伝えなくてはいけない、言わなくてはいけないことだった。

マルレーネ >  
「………………。」

相手の言葉を、素直にただ聞く。
そう、彼女はただ、素直にまずは相手の言葉を聞いて。

「………なる、ほど。」

相手の強い意思。
はっきりとした言葉に、まなざし。
全てが、ただの小さな子供ではないことを意味していて。

「………………。」

「………それは。」

「ゆっくり、考えさせてもらってもいいですか。」

ゆっくり、ゆっくりと言葉を選んで。
選んだうえで。


「………何故なら。
 私が貴方を知らない。 まだ知らないことが、多すぎる。
 あえて貴方を大人として扱うならば。

 私は、力を認めないと、背中は預けません。」

穏やかに微笑む女は、ただ甘やかすだけではない、旅人の顔。
 

神樹椎苗 >  
 彼女の返答に、やっと一つ安心できた。
 ちゃんと届いたと思えたから。

「はい、ゆっくり考えてください。
 しいもたくさん考えて、悩んで、やっと言えたのです。
 そして、一つずつ、お互いを知っていければいいと、思うのです」

 そう、まだお互いの事を知らなすぎるのだ。
 それでも、互いに歩み寄れるところがあったからこそ、姉妹ごっこをはじめられた。
 これからは、その歩み寄れるところを増やしていけばいい。
 『ごっこ』でなくなるためには、そこから始めるしかない。

「でも、しいには特別な力なんてないのです。
 ただ実質的に『不滅』であるってだけですから。
 後は、そうですね、少し。
 『神様』の力を授かれるだけです、使徒として」

 詳しい話は、退院して落ち着いたらちゃんとしよう。
 手短に話すには少しばかり、複雑すぎるから。
 だから今は、一番に知って欲しい、分かち合えるものを見てもらいたい。

「まあ今はそこは、置いておきましょう。
 これからも、こうして話せる時間はあるのですから」

 そうはっきりと言って、それから。
 おもむろに、椎苗は服を脱ぎ始める。
 以前見せたように肌着になり、それからその肌着すら脱いで。
 晒した姿は、皮膚よりも包帯の方がよほど面積の広い姿。

「――しいは、二年前まで、実験動物でした」

 声が震える。
 覚悟を決めてきても、どうしたって恐怖がよみがえって、気が狂いそうになる。
 それでも、少しでも距離を縮めたくて、その一心で踏みとどまる。

 首元の包帯を解く。
 傷口を保護する透明なフィルムが貼ってある。
 その下にあるのは、まるでノコギリでも引いたかのような、崩れて塞がり切らない傷。

「これは、何度目かの首を切り落とされたときに残った傷」

 胸より上を覆っていた包帯を解く。
 フィルムの下は、左肩から胸の中心にかけて、焼けただれたような皮膚が膿んでいる。
 そして右胸の方には、うっすらと血がにじみ出る、刃傷。

「これは、何かの薬品を浴びせられた痕ですね。
 こっちは、鉈を叩きつけられた時に出来ました」

 腹部を覆っていた包帯を解く。
 やはりフィルムがあり、左わき腹は胸にかけてケロイド状になった皮膚。
 右腹からへそに掛けて、色が青黒く変色した皮膚。

「こっちは結構、古いですかね、焼きごてを何度も当てられました。
 こっちは確か、毒薬を注射された痕だったと思います」

 そんなふうに、傷痕を一つ一つ示して話していく。
 血の気の引いた顔色で、今にも壊れそうにぎこちない笑みを浮かべながら。

「――おそろい、ですね」

 それでも必死で堪えて、笑いかける。
 自分を知ってもらうために、最初の一歩にするために。
 一番大きな『傷痕』を晒したのだ。

マルレーネ >  

真剣に聞いていた。

この話を、ただ笑って聞いてしまうのも勿体ないと思ったから。

ただ優しく、包み込むように聞いてしまうには、その思いはあまりに鋭いと思ったから。

そして何より、内容が受け止めるには重かったから。

 

マルレーネ >  

その上で、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて。

ゆっくりと口を開いた。

「それは、事実ではあると思います。
 それでも。
 それは、本音ですか?」

ゆったりと、問う。
笑わない女がそこにいた。
ある意味、怜悧、冷徹とも呼べるかもしれない、旅をする戦う人としての瞳。

それを向けながら、相手の言葉をゆっくりと待つ。

 

神樹椎苗 >  
 彼女の言葉に、これまでと違う、微笑むだけとは違う表情に首を振ってこたえる。
 強がった笑みが崩れ落ちて、恐怖に震え、怯える表情があらわになる。

「――これを見るたびに、誰かに触れられるたびに。
 しいは、『あの時』に戻ってしまいそうになるのです。
 媚び諂って、情けを乞うだけの畜生に」

 思い出すのだろう、深く刻み込まれた恐怖に体は勝手に震えていた。
 声に力はなく、弱弱しい。
 けれど、それでも一つ一つしっかりと言葉にされていく。

「痛いのも、苦しいのも、嫌です。
 怖いのも、辛いのも、嫌いです」

 死なないから何をしてもいい。
 そんな認識の下で、椎苗は一瞬だって『人間』として扱われた事はなかった。
 眼尻に涙が浮かぶ。

「だからこんな、おそろいなんてなりたくなかった。
 誰かが同じような思いをするなんて、嫌だったのです。
 こんな目になんて、誰も遭わない方がいいに決まってるんです」

 ポロリと、涙が零れ落ちる。
 耐えかねて溢れ出したものが、頬をつたう。

「でも、だから、分け合えると思ったんです。
 こんなしいだから、ほんの少しだけでも、共有できると思ったんです。
 暗闇に引き戻されそうになるとき、支え合えるかもしれないって――そうなりたいって思ったのです」

 一度溢れ出したら、涙は止まらない。
 それは恐怖だけでなく、心から相手に近づきたい、寄り添いたいと想うための。
 一歩先に進もうと、踏み込もうとした想いがあふれたモノ。

マルレーネ >  

「そうですよね。
 本音を隠して見せたら。
 どれだけ重い物か、分からない。
 どれだけの枷なのか、分からない。
 共に歩くと言うのであれば、それは見せないとダメですから。」

言葉を発しながら、彼女は迷う。
惑う。
彼女の知らない世界で、彼女の知らない文化で。

想像を超えて、遥かに超えて。
"改めて"己に起こり得た未来を突き付けられて。

真っすぐに見据えたまま、意識が、理性が溺死しかけて。
彼女は、旅慣れただけの、一介の聖職者でしかない。
苦しい思いをしてきたはしてきたが、それは彼女の背負える荷だっただけ。

あまりに、背負うには重すぎるものを突き付けられて。
本来なら、逃げ出したくなるようなそれを見て。

 

マルレーネ >  

「………。」

「おいで。」

"だから"、彼女はそう言ったのだ。
その手を掴んで、引っ張って。
自分の胸の内に抱き留める。


それは、目の前の少女の思いとは少しだけ。
 ほんの少しだけズレた感覚。
  この少女は、私と共に歩けると、感じたのだ。
   私に全て見せて、共に歩けると考えて、行動したのだ。
    見せたくなかった己の全ての傷を見せたのだ。
     私にできることは何だ。

       頭の中で言葉と感情が弾けて。

         命を賭すことを定めて。

           彼女の思いもまた、"背負う"ことに決めた。


「大丈夫。 大丈夫だよ。
 ……ちゃんと、お互いに支え合えるはずだから。」

 

神樹椎苗 >  
 抱きとめられる。
 傷だらけの自分を、拒絶しないままに。

「――そう、なりたいです」

 彼女の体温に触れていると、安心できた。
 恐怖心が少しだけ和らいだ。
 けれど、抱き留められてその鼓動を感じたから。

「でも、まだ、しいが支えてもらってるだけだから。
 傷だらけで、とっくに壊れていて、人間にも成り損なったしいですが。
 だから、手を伸ばせる事もあるはずなのです」

 壊れる事も、傷つく事も、十分すぎるほど思い知っているから。

「いつか、『あなた』の心も、思いも、ちゃんと支えられるようになります。
 少しずつ、『あなた』の傷を知っていきます。
 だから、しいがちゃんと、隣に並べるようになった、その時は」

 彼女の胸に顔をうずめて。

「また、『お姉ちゃん』と、呼ばせてください」

 この日、改めて伝えたかった想いを、やっと言葉にすることができたのだった。

マルレーネ >  

違う。

いろいろ経験はしてきた。
辛い思いも、死にそうな思いも、理不尽に焼かれ、苦しんだこともいくらでもあった。
それでも。
その上で、彼女の過去は己が背負うには強烈ではあった。

元より、魔法こそあれ、不死などというものは夢か幻か。
書物の中だけの夢物語だと考えられていた世界だ。
突然の情報量に、思考はついていかない。


彼女に見合うほど、私は傷ついているのだろうか。


「………私は。」
「ずっと、隣にいるつもり。」
「いつでも、いいからね。」

ああ、もう、陳腐な言葉しか出てこない。

恐怖を、不安を、強烈な使命感で塗りつぶす。
彼女は理解者として、自分を選んだのだ。
その思いには、応えないと。

 

神樹椎苗 >  
「はい――もう少し、待っててください」

 そう言ったときには、涙は止まっていた。
 まだ自分は彼女に見合う、支えになれるような『モノ』ではないと、椎苗は思い込んでいる。
 そっと彼女の胸を押して、ゆっくり離れた。

「ずっと不安だったのです。
 『あなた』は、本当に『死』を目の前にしても、『仕方ない』と受け入れてしまいそうで。
 もう、しいの知ってる優しい修道女は、帰ってこないんじゃないかと思っていたのです」

 ようやく本当に安心したのか、全部さらけ出してしまった自分を笑うように。
 少し情けない表情でぎこちない笑みを作って。

「帰ってきてくれて、よかったです。
 生きていてくれて、ありがとうですよ」

 そう言って、笑いかけるのだった。

マルレーネ >  
「………。」

それは否定はできなかった。
地獄のような時間。 知っている顔に死を強要されるような、そんな時間。
彼女はパッ、と、あっさりと生きる希望を失った。
仕方ないと思った。
死を受け入れる覚悟は、もうできていた。


「………ふふ。
 もちろん、帰ってきますよ。
 だってまだまだ妹が泣き虫なんですもの。」

ちょっと悪戯っぽく笑いながら、額にキスを一つ落として。


期待の分だけ、がんばらないと。


 

神樹椎苗 >  
「なら、よかったです。
 しいが生きてくれる理由になるのなら――」

 彼女はどこか、死に近すぎる。
 生を軽んじるわけではないのに、死を受け入れてしまう。
 けれど、自分と言う重荷が少しでも、死を遠ざけられるなら。

「帰ってくる、理由になれるなら」

 キスにくすぐったそうに目を細めて。
 目の前に大切なヒトが生きていてくれる事を実感するのだった。

ご案内:「常世総合病院 病室」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世総合病院 病室」からマルレーネさんが去りました。