2020/09/10 のログ
羽月 柊 >  
「あぁ、葛木の話をした時も、
 "マルレーネという女性を探している"最中だったからな。
 この件に関わることじゃあないと良いんだが…。

 彼が忙しい身の上なのは確かだ。
 友人とはいえ、いつも逢う時は互いの報告会じみた事になる。」

しかし、今回に限ってはそんな少し離れた関係という訳にもいかない。


同僚として受け止めるという相手に、
ありがたいような、しかし。

「…ヨキ…君には本当に、頭が上がらない。
 ある意味俺も"一年生"みたいなモノだ。
 息子のように気弱な生徒を相手にしたこともあったが、
 思わず君のように出来たらと、思ってしまう程にな。

 ……しかし、俺よりも水城の死を重く受け止めた君の方が大丈夫かと… 一瞬思ったよ。」

自分はまだ、身近で無いモノの死には冷静になれる。
その態度が逆効果な時もあるにはあるが…。

ヨキ > 「マルレーネ? ……」

その名に目を瞠った。

「マルレーネ君には、ヨキも世話になっている。
シスター・マルレーネ。小さな修道院をやっている、異邦の修道女だ。
彼女も行方知れずというのか……。

……参ったな……」

額に手を当てて俯き、徐にかぶりを振った。
ややあって小さく息を吐き、柊へ向き直る。

「ふふ。手本のように思ってもらえるなら光栄だ。
そのヨキとて、平静では居られないときもある。

言ったろう。
教師の苦痛を和らげるために、同僚の存在があるのだと。

君の前だからだ」

両手を広げて、気さくに笑う。

「生徒の前では、いつも通りの『ヨキ先生』さ」

羽月 柊 >  
「…俺は一度、落第街の施療院で逢ったきりだな。
 山本が怪我を負った時に世話になった。

 この葛木の件と繋がりが無いことを願うばかりだ。…かなり焦った様子ではあった。
 彼にとって、彼女の存在は重要なのかもしれん。
 マルレーネの件も、君の話は彼に通しておこう。」

俯く友人に、静かに声を落とす。
落ち着くまで自分の音を最小限にして、黙る。

顔を上げてくれれば、自分も和菓子を取って、
漸く口の中へと甘味を放り込んだ。


「……あぁ、そうか。」

自分の前だから、こうやって彼も落ち込めるのだと漸く理解する。
友人で同僚であるからこそ、今の彼の姿が見れるのだと分かる。

「…俺も、そうやって『羽月先生』にならねば、だな。」

相手を安心させたいと思うのか、下手な笑みを浮かべる。

ヨキ > 「シスター・マルレーネと山本君とは、かなり気安い様子であったよ。
彼にとっては、掛け替えのない友人なのだろうさ。

ヨキもまた、彼に会える機会があればいい。
何事も、直接話せるに越したことはないからな」

己の心情を遅れて察したらしい柊に、ふっと吹き出す。

「何だ、今の今まで気付いていなかったのか?
よほど弱り顔のヨキが珍しいと見える。

にぶちんめ。
『羽月先生』の先が思いやられるわい」

笑いながら口にする顔は、言葉とは裏腹に親しげだ。
麦茶を飲んで、ほっと深呼吸する。

羽月 柊 >  
「…自分がもっと他人の心の機微に敏感であればと、いつも思うよ。」

言われてしまえば、バツが悪そうに桃眼を逸らして頬を掻いた。
けれど、言われた口調は今までよりもっと砕けていて、
悪い心地という訳ではなかった。

色んな場面で、ある意味
己の先生ともなるような言葉を貰い続けていたばかりに、
弱った彼を見たことに焦ってしまったのだ。


「俺は本当に、まだまだ未熟者だな。
 誰と誰が繋がっているのかも把握しきれていない…。
 研究所にずっと籠っていたツケだな。」

それでも、拙いなりにやるしかないのだ。

未熟だからといつまでもやらなければ、永久に出来ないままなのだから。

ヨキ > 「なあに、焦ることはない。
君が初めから何の悩みもないような人物であったなら、ヨキをこうして頼ることもなかったろうさ。
互いに友人をひとり得たのだから、悪いことはない」

柊の言葉に、両手を広げて肩を竦める。

「このヨキとて、人と人との繋がりを把握するなど到底不可能だ。
これだけ人の多い島で、何よりプライベートにも関わる話だからな。

人の心へ安易に踏み込まず、それでいて退かず、適切な間合いを図ること。
そしていかなる事実が付き付けられようとも、決して屈せぬこと。

教師とは、何ともデリケートな仕事ではあることよ」

そう笑う顔は、いつものヨキだ。

「葛木君については、君の腕の見せ所でもあるだろう。
彼を支えることに、臆するでないぞ」

羽月 柊 >  
「…それはそうかもしれん。
 ただの一生徒の父親として、君と外面的にのみ接する未来もあったのかもな…。」

いつだって、今の現状は奇跡のような状況だと思っている。
こんな自分に友人や親しいモノが新しく出来て、教師になって、異能が発現して…。

「それでも、君は俺より多くを知っているのは確かだ。
 
 …しかし、そう聞くと大変なことのように聞こえてしまうな。
 やること自体は、そう変わらんのだろうが…。
 他人を導けることが教師の資格で、
 心を支えられる存在が、この島には必要とされている…。」

こうして自分だけのモノとしていた場所で、
こんな風に誰かと話をしているなんて。

──すっかり飲み物の氷は融け切ってしまった。

コップの残りを喉に流し込む。

「…あぁ、葛木に関しては手を抜くつもりはないさ。」

この先がどうなるかは分からない。
それでも、ヨキの言葉には間違いなく頷く。



二人の言葉が尽きるまで、
この秘密の部屋での話は…続けられていたのだろう。

ヨキ > 「この島では、教師に出来ることは限られている。
あらゆる苦難は、主導する生徒らにこそ重く圧し掛かるからな。

だが、そのような教え子をさらなる度量で受け止めねばならんのが教師だ。
とんだ茨の道へ、足を踏み入れたものよのう」

にやにやとしながら麦茶を飲み干す。
お代わりをもらえるか、と乞いつつ、柊の言葉に応えて確と頷いた。

「――それでこそ教師だ。
いずれの生徒をも支えるために、我々は在る」

そう笑う顔は、柊の背中を押すかのようだった。

ご案内:「落第街拠点 とあるアパートの一室」からヨキさんが去りました。
ご案内:「落第街拠点 とあるアパートの一室」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」に『拷悶の霧姫』さんが現れました。
『拷悶の霧姫』 >  
――遡ること、数日前。

そこは、陽の光の射し込まないオフィスだった。
情報屋、ワトソン。
そのコネクションの多さから、落第街の情報屋の中でも一目置かれている
存在である。金に汚いのが玉に瑕ではあるのだが。


紫煙渦巻くオフィスの事務机。
その椅子にどっかりと腰かけているのは、ワトソンである。
オールバックにまとめた茶髪に、羽織るコートは質の良いものの
ようだ。

「……『レーヴン・ヒェーヴェン』だ。遂に動き出しやがった」

男がそう言葉を放ったのは、目の前に立つ少女に向けてだった。
黒の仮面を身に着けた少女の顔色は知れぬが、真剣な眼差しを
彼に対して向けているらしいことは仮面の奥からでも読み取れる。

「……ヨゼフ・アンスバッハの忘れ形見ですか」

少女は返す。今宵、認識阻害の魔術は仮面に刻んでいない。
目の前の男は落第街の情報屋にして、裏切りの黒の協力者である。
裏切りの黒内部でも勿論情報収集を行っているのだが、
なかなか表に顔を出せぬ身では限界もある。
その穴を埋めるのが、彼の存在だった。

「ああ、その通り。あいつら、やべぇもん持ち出してんぜ――」

ワトソンはそう口にして、咥えた葉巻を離せば手の先で弄ぶ。
そうして、彼は語を継いだ。

「――偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》」

それだけ口にした彼は、続いて重苦しさを感じさせる煙を言葉の代わりに
吐き出した。

オフィスに、煙が渦巻く。

『拷悶の霧姫』 >  
その言葉に、少女は沈黙を返す。
しかし、それも暫しの間のみ。

「その製法を記した魔導書は、禁書庫に埋もれていたと聞いて
 いましたが……掘り返したのですね」

黒の少女は、淡々とした口調で返す。
そこには何の色もない。氷の如き声色を発するのは常のこと。
それを知っているワトソンは、特に気にした様子もなく
言葉を続けていく。

「『レーヴン・ヒェーヴェン』を率いてるのは、
 ヨゼフ・アンスバッハの弟分だったガキだ……。
 そう、ガキなんだが……侮れない。
 あいつのことはよぉく知ってんだ。
 魔術師としちゃ一級品だよ、あいつは」

甘ちゃんではあるがな、と付け足しながら、再び甘美な煙を
口に含むワトソン。

「……ワトソン、それでは彼に連絡を、今すぐに」

少女は、指で彼の事務机の上に置いてある電話をさす。
そうして、自らもまた懐に入れている端末に空いた手を伸ばした。


「……何て連絡すりゃいい」

怪訝そうな顔をするワトソンに、少女は即答する。
シンプルな話です、と。


「――貴方から、伝えてください。仇敵に、会わせてやると」

彼の仇敵。
それは、少女自身も顔を合わせたことがある男だった。

『人と人が分かりあえるようになったら、いなくなった人ともまた会える』

彼の言葉が。

『その日のために、俺は人と分かりあうための努力をやめない』

少女の脳内に。

『それでも………生きているだけで悲劇を生む悪と相対したら』

響き渡る。



―――。
――。
―。



オフィスを去った少女は、
落第街の地下深く、拠点へと戻っていた。
端末で見知った番号に連絡を始める。
それは、風紀と繋がりのあるヴラドの端末へ向けた通信だ。


「ヴラド、流して欲しい情報があります。
 風紀委員に、ええ……」


――さあ、見せてもらいましょう。貴方の覚悟を、風紀の覚悟を。


少女の声が、冷たくオフィスに響く。


――山本 英治。

ご案内:「情報屋ワトソンのオフィス」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。
ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「落第街 廃ビル群 僻地」に山本 英治さんが現れました。
レイチェル >  
月光は雲に紛れ、微かに灰色の森林を照らすのみ。
落第街の廃ビル群、その僻地。ここには何も無い。
その筈だった。

そこは、委員会から指定されたポイントだ。
『レーヴン・ヒェーヴェン』。
かつて、ヨゼフ・アンスバッハという男により率いられていた
違反部活『ヴレーデゥ・ワンデレン』。その少ない残党を掻き集めた
違反部活だという。

問題は、その戦力だ。
彼らの保有する脅威――『偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》』。
禁書庫からその製法が持ち出されたというその怪物は、
数多の血肉と魂を捧げてようやく完成する悪夢の存在だ。

穴だらけの巨大な骸がそこかしこに立ち並ぶその骸の最上部に、
レイチェル・ラムレイは立っていた。


「……山本、聞こえるか。瓦礫が多い。こちらでも索敵は行うが、
 十分に注意して進めよ」

インカムに向け、呼びかける。
彼は今、目標と接触すべく眼下に広がる灰色の森林を進んでいる。

「話した通り、オレは上から通信でのバックアップを行う。
 そして必要なら――」

そう話すレイチェルの手元には、黒のスナイパーライフルが握られている。
いつでも彼を支援できるように、用意してあった。

「――弾の用意もある」

基本的には、非殺傷弾だ。だが、『そうでない』弾の用意も、無論ある。

山本 英治 >  
視力は良いほうだ。だが、こうも暗いとやりづらい。
だが文句は言えない。
常にベストな環境で戦うなんて試合でも無理だ。

ヴレーデゥ・ワンデレン。
平和を横切る者。
ウォーカー。余所者。

俺がかつて、殴り殺した男。ヨゼフ・アンスバッハ。
その思想の残り香が今、悪夢を生み出している。

お前、やっぱすげぇやつだったんだな。
だけど……許されることじゃなかった……

 
「わかりました、異能を微弱に発動しながら進みます」
「遭遇戦は索敵と反射神経頼りだ、頼りにしてますよ」

インカム(専用のもの)で軽口を叩きながらも、心は重い。
かつて殺した男の……残党の…………
いや、まだだ。それを考えるのは早い。

今は仕事に集中しなければならない。

レイチェル >  
「あったりめーだ、任せとけ。
 でもって……お前の力も信頼してるぜ、山本」

山本 英治。彼はレイチェルにとって信頼できる後輩だ。
そう何度も言葉を交わした訳ではない。
それでも何度か訓練は行ったし、何より華霧を助けに行く際に
背中を強く押してくれたのはこの男だ。

一瞬そんな思考を走らせながら、
レイチェルは手元の端末に目をやった。
小型の情報端末には、山本を中心としたレーダーが
画面に展開されている。
生体反応のみでなく、異能や魔術の反応を察知する端末は、
今レイチェルのサイバーアイと同期している。

「今の所、反応はねぇ。不気味なくらいにな。
 相手は魔術師。どんな搦手で来るか分からねぇ。
 魔術による転移からの奇襲も有り得る
 そのまま異能を展開しつつ、ポイントへ向かってくれ――
 と、待て」

ポイントまではもう少し。
その時、レイチェルの端末が赤い光を捉える。
一つが、ぽつんと山本の背後に。
続いて、2つ、3つとその光は増えていく。
端末と眼下の光景に目を走らせながら、レイチェルは告げる。

「来るぞ!
 8時の方向……4時、2時……6時の方向からもだ」

インカム越しに、告げながらレイチェルはスナイパーライフルを
構える。
ライフルを肩に当て、開いた膝の内側で肘を安定させる。
そして前屈みになれば、ライフルの重さで腕を固定する。
僅かな筋肉の動きや咄嗟の強風にも揺るぐことのない、
身体に通った骨自体でしっかりと支える狙撃の姿勢だ。

相手は相手で待ち伏せをしていたようだが、
それはこちらも同じだ。
いざとなれば引き金を弾く用意は、ある。

山本の周囲に、淡い柱が展開される――!

「目の前の敵を、ぶん殴れ」

山本 英治 >  
「ありがてぇ……これを聞かされて…」
「無事に帰らなかったら漢が廃る」

レイチェル・ラムレイ。風紀委員の生ける英雄的存在。
彼女と交わした言葉数は少ないながらも。
彼女が俺の信頼を裏切ったことは一度たりともない。
そう、園刃との時も。

「魔術知識、もちょっと真面目に座学で学んでおけばよかったなァ」

緊張の面持ちで進む。
即死するような攻撃を仕掛けられても困るが。
触媒と構築と条件なしにそんなことができる魔術は限られる。

ふと、転移の術式が発動した。
上虚下実。
上半身をリラックスさせて硬軟自在。
下半身に力を込めて咄嗟に動けるように。

出てきた敵が一人、すぐ飛び出してくる。
白いメッシュを入れたこの男、確か見たことがある。

今井邦雄。
相手の術技の七割をコピーする異能『模象品(コピー・ドール)』を持つ違反部活生。
タイマンでは決して勝てず、多対一で最後のピースとなると言われた男。

相手の掌打を避けて、次に連環腿を打ってきた瞬間に今井の鼻先に拳を叩き込む。

スキンヘッドの男が放つ粘着弾が俺の足をトリモチのように抑え込み。
次の瞬間、巨大化した異能者が俺の上から拳を振り下ろしてくる。

 
ああ。なんてことだ。
ああ、ああ。ったく。

確かに残党だよ、お前ら。やることがまるでなっちゃいない。

レイチェル >  
「オレもお前を帰せなかったら女が廃るぜ」

華霧のことを伝えに来た時、山本はレイチェルに対して『女と見込んで』と
口にした。そのことを思い出しながら、レイチェルは言葉を返すのだった。

戦闘開始。
戦場に浮かぶ顔に機械眼《サイバーアイ》を走らせる。
資料で見た顔――セヴラン・トゥシャールの顔はそこには無い。

――まだ控えてやがるか。

「本命はまだだ」

短くそれだけ告げて、レイチェルは息を吸う。
そしてゆっくりと、静かに半分だけ息を吐いて、ぴたりと止める。
弾道の計算は機械などに頼らずとも、脳内ですぐに行える。
そんなものはかつて、狩人だった時代に嫌になるくらいに叩き込まれた。
何千回も何万回も、脳内で行った計算だ。

――この風なら、ズレは右に10cm程度。

確信を持って、引き金の遊びを無くしていく。

彼女が構えるのは、最新式のテーザーライフル。
対象に5万ボルトの電気ショックを与えることで
行動不能とする非致死性の装備だ。
弾の中に電池と電極が収まっており、着弾すれば弾頭が外れて電気ショックが
放たれる。


狙いは、過たず。
山本の眼前で拳を振るわんとする巨躯の裏で、
彼に向かって銃を構えている者達に向けて、2発。

乾いた音が月光の下で、静かに響き渡る。

――着弾。

双方ともに、痙攣しながら倒れ伏す。
さて、後は。

山本 英治 >  
「まずは主催から顔を見せてほしいもんだ」

巨漢と狙撃手が倒れ込んだ時。
異能を完全にOFFにした。
相手を殺したくはない。

この程度の相手に異能は必要ない。

よろめいた今井の胸に双掌打。
悲鳴を上げて吹き飛んだ今井の言葉に、気圧される残りの敵に襲いかかる。

一人の膝の骨を蹴り砕く。
制圧する時、わざと悲鳴を上げさせるのは大事だ。
相手の意気をそれだけ挫ける。

痛みが残るように相手の骨を砕いていく。
意識を奪うようなことはしない。
まして、命までは。

最後の『分身する異能』の持ち主を三人まとめて蹴り飛ばす。

「援護射撃完璧でした」

インカムに話しかけながら手の血を軽く振る。
憂鬱な気持ちになっている暇はない。
暴力が嫌いでも、火の心で振るう力に意味はあると今は信じる。

レイチェル >  
「そっちこそ、文句のつけどころがねぇ」

彼の振るう中国拳法。訓練の中で見たことはあったが、実戦で
使われるのは初めて見た。
敵の行動に対して、無駄なく振るわれる拳には非の打ち所がない。

戦場でこんなことを思うのも、おかしな話かもしれない。
しかし、レイチェルは確かな心地よさを感じていた。


刹那。
端末のレーダーが巨大な光を検知する。
その光は凄まじい速度でレーダーの中心――山本へと
近寄っている。
しかし、眼下を見下ろしてもその姿は見えない。
もう、視界に入ってもおかしくない距離だ。
ならば、それは。

「山本、跳べ! 下だ!」

すぐさまインカム越しに伝える。
その直後、地面を突き破って、巨大な黒い獣の口が
山本の足元から現れる。
数多の瓦礫や石ころが、周囲に散って粉となっていく。

ぽっかりと空いた牙を持つその穴は、まさに地獄の入り口だ。

そして、山本は――

山本 英治 >  
「そりゃどうも、アンタほどの人物に褒められたら」
「しばらく周りの風紀に自慢できるってなもんですよ」

頬についた血を拭う。
神経質かも知れないが、こんなことに慣れたくはない。
マリーさんや園刃の笑顔を思い出す。

少なくとも。今、この瞬間の俺にはその資格はない。

 
「下って……ッ」

異能を発動させて大きく跳躍する。
直後、自分の立っていた場所は喰われて粉砕された。

「シャドウビースト……ッ!!」

一匹の奇妙な獣(ein eigenteuliches Tier)、縫影獣とも呼ばれる異界の怪物だ。
戦ったことなんかない。

走って逃げると、地面を泳ぎながらこちらを追ってくる。

「0.2秒」

それだけ隙を作ってほしい、と告げると全身から淡く紅いオーラが吹き出す。
セカンドステージ、オーバータイラント・セカンドヘヴン。

こいつでなら。当てられれば。

今も背後から破滅は迫る。

レイチェル >  
「……そうか」

インカム越しに聞いたその声から、
山本の胸中にある何かを察したのか。
レイチェルは静かにそう返すのみだった。

ライフルを持つ手に力が入る。
凛霞や華霧の笑顔を思い出す。

穏やかな日常を守り抜く為に、今はただ、弾丸を放つ。
その意志を込めて、ライフルを握る。


「任せろ。お前の時間はオレが必ず作り出す」

0.2秒。それだけあれば拳を叩き込むことができるということ。
次元外套《ディメンジョンクローク》からもう一丁のライフルを
取り出し、構える。
込められているのは、30口径の実弾だ。

――絶対に、死なせてたまるか。

絶対に後輩の背中《いのち》は、守ってみせる。
凛霞との約束を思い出しながら、引き金を絞る。

「この装備じゃまともな足止めはできねぇな……」

――だが、頼まれた時間だけは必ず稼ぐ。

装甲を貫くことはできずとも、一瞬の隙を作るくらいであれば。
岩のように硬い鱗の、その隙間を狙えば、或いは。

「――3」

スコープ越しに、狙いをつける。

「――2」

狙うは、ほんの僅かな隙間。

「――1」

その引き金を、絞る。

弾は的確にシャドウビーストの脳天、鎧の隙間に直撃する。
猛進を続けるその、獣。命を奪うまではいかない。

しかし、巨影はほんの一瞬だけ、その速度を緩める。


確かに稼いだ。

0.2秒だけは。


「ぶちかませ、山本!」

インカム越しにレイチェルは叫ぶ。

山本 英治 >  
「うおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

敵は止まった。ジャスト0.2秒。躊躇わない。
拳を、撃て!!

紅いオーラを残光として放ちながら拳をシャドウビーストに叩き込む。
カノン砲の直撃に等しい衝撃は怪物の胴体に大穴を空けた。

倒れ込む怪物のドス黒い体液が地面に溢れた。

「はぁ………はぁ…」

異能が心を蝕む。
さすがにセカンドステージは侵食が激しい。

「ありがとうございます、先輩……」

異様な臭気に背を向けて。
再び歩きだしていく。

「先輩……俺、ブレーデゥ・ワンデレンの首魁を殺しました」

ふぅ、と額の汗を拭って。

「ヨゼフ・アンスバッハ……その思想までも」
「それでも、あいつはまた俺の前に立ちはだかってきてる」

「二度目は殺さない」

どんなに暴力に魅せられても。
その覚悟を口にした。

レイチェル >  
「……山本」

沈黙したシャドウビーストを背に、山本は口を開く。
そして、語られたその言葉に、レイチェルは穏やかに、
しかし湖面の如き静かな声で名前を呼んだ。
そうして。

「お前一人で、立ち向かう必要はねぇ」

苦しそうに言葉を紡ぐ後輩。
レイチェルの内心は、決して穏やかではない。
それでも、その色が相手に伝わらぬように、はっきりとした
声色で伝える。安心しろ、と。言葉で伝えなくても、その色で
しっかりと伝える。

「この連鎖を止めよう。オレ達で」

拳や弾丸のみを放って築ける未来は、どこまでも暗い。
痛みと悲しみだけが刻まれた灰色の未来だ。

眼下。
遥か遠くに居る山本の眼を、それでもしっかりと見据える。

「オレ達風紀が居る意義は、きっとそこにある。
 血に濡れても、泥に塗れても、己と相手と向き合って、
 信じて手を伸ばし続けること……
 居場所になろうと足掻くこと……」

ライフルをリロードしながら、レイチェルは語を継ぐ。

「大丈夫だ、オレはここに居る。お前を支えてる」

そうして、にっと穏やかに笑って見せる。
遥か遠くに居る山本に、それが見えたかは分からないが。
それでも、少なくともインカム越しには伝わったことだろうか。
レイチェルの、明るい声色が。


そうして山本はポイントへ、到達する――

「さあ、来るぜ」

短く、それだけ伝える。

山本 英治 >  
「………!」

レイチェル先輩の言葉は、穏やかに。
それでいて、強い意志を秘めたもので。
不思議と心の底に、灯火が光るような。

そんな言葉だった。

「……風紀らしくもない」

そう言って口の端を持ち上げて。

「でも、俺たちらしい言葉だ……!」

そうだ。信じることをやめたら。
俺たちの未来が遠ざかる。
それは明確な諦めだ。諦観を踏み砕いた先に、本当の平和がある。

誰かの笑顔がきっとある。

「前衛は任せてもらいますよ、先輩!」

今回の任務のトップアタッカーは俺だ。
他の風紀は別のエリアで残党狩りを行っている。
だから。

 
当然、今回の最重要人物と。
俺は直面することになる。

レイチェル >  
風紀らしくもない、という山本の言葉にレイチェルもまた口の端が
自然と上がる。
 
「ああ、オレ達は風紀……風紀委員だ。
 でも、オレ達は風紀委員会《システム》じゃ居られねぇんだ。
 だから、オレ達はオレ達の意志で。
 言葉を、紡ぐ。
 未来も、紡ぐ。
 悩み続けながら……格好悪くても、さ」

そうして彼が返してくる頼もしい言葉に、レイチェルは満面の
笑みを見せる。

「勿論だ。頼むぜ、主役《アタッカー》」

端末のレーダーを注視しながらライフルを構える。

セヴラン >  
そうして。
山本の眼前に、3つの柱が立つ。
それは先程、彼らが転移してきた柱だ。

左右の光の柱が、一際輝く。そこから現れるのは人――

――そうでは、ない。

紫色の、閃光だ。
その閃光は山本へ向けて、
獲物を前にして悦び、喰らいつく獣のように。

迫る。
凄まじい速度で。


そうして、中央から現れるのは、少年だ。
見た所はどこにでも居る、少年だ。
黒のローブを身に纏った、茶髪碧眼の少年。
外跳ね気味の髪は、雑ではあるがそれなりに切りそろえられている。

「……ようやく、会えたな――」

静かに、語る。

「――ようやく、ようやくだ――」

語りは、熱を増していく。

「――ようやくだッ! 山本英治ッ!!」

少年は、手を山本の方へと伸ばす

山本 英治 >  
そうだ。俺たちはただの仕組みじゃない。
意思がある、一つ一つの命なんだ。
俺たちにできることは、ただ殺して壊すだけじゃない。

 
転移魔術が発動する。
不意打ちは織り込み済み。
襲いかかる閃光の初撃を後方に宙返りし、二発目を身を捩ってかわす。

着地と同時に姿を見せた少年と向き合う。

「違反部活レーヴン・ヒェーヴェンの部長だな?」
「偽造悪魔《ディアブロ・ファルサ》の創造は準一級魔導法違反だ」
「アンタには黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が………って」

「聞きたいのはそういうことじゃねぇよな……」

拳を握って相手に向ける。