2020/09/19 のログ
日下 葵 > 「共感されても困るので、ここは理解だけもらえればそれでいいですよ。
 人としてどうかしているっていうのは……重々承知の上ですし。
 主食がパンケーキってだけですよ。
 私は異能柄他の人より食べる量が多いので
 ちゃんと食べなきゃいけないのはその通りですが。

 ……他のメニューもききます?」

少しずつ敬語が外れていつもの口調に戻ってくる彼をみて、
少々面白そうにする。
別に私はえらいわけではない。
彼を始めとして、他の委員よりも長く籍置いているだけなのだから。

「揶揄って済むお話なら揶揄って終わりにしたいですし、
 これでも相当面白おかしく揶揄ってるつもりなんですけどねえ。
 後釜の育成が大丈夫で、
 組織が僅かにでも貴方に依存しているというのが考えすぎだと思うなら、
 ここに引きこもっていてもいいじゃあないですか。

 ――仕事をしてなきゃ落ち着かないっていうならそれはもう
 頭か心が病気ですからやっぱり引きこもっていた方がいい気がします」

頭か心が病気、というのはもちろん冗談である。
冗談のつもりで言った。
冗談であってほしい。
しかし仕事に囚われていると思っているのは本心だ。

「色恋とかその辺は私はとやかく言いませんけど、
 貴方が頑張るほど、
 私と一緒にお仕事する彼女に影響が出ているようですから、
 仕事の先輩としてはもう少し
 ”うまくやってくれ”と思わないこともないので」

別に彼らが破局使用が上手くいこうが知ったことではない。
でもそれで仕事に影響が出るなら黙っているわけにもいかない。
どちらも友人となればなおのことである>

神代理央 >  
「承知しているなら結構。
これで首でも傾げられたら流石にどうしようかと思ったところだよ。
……私も甘党の類ではあるが、流石に主食がパンケーキというのはどうかと思うぞ…。
それと、他のメニューは言わなくていい。食えないのに腹が減る」

やれやれ、と言わんばかりに小さく肩を竦める。
親友と言う程近い訳では無いが、唯の同僚と言う程堅苦しくもない距離感。
悪態と揶揄いの応酬は、自然に少年の躰から力を抜いているのだろうか。

「……そういう訳にもいかぬさ。
為すべき事を為さなければ、人は生きているというに能わない。
生きているだけの存在等、其処に存在理由が存在し得るだろうか。
私はそれを"与えられた役割・仕事"に求めている。
それだけの事。病気と言う程の事でもあるまいさ」

仕事に囚われている、というよりも。
それしか知らないからそうしている、という方が正しい。
与えられた役目を完璧にこなす事。それは呪縛の様に少年を捕えている。
今は其処から少しずつ変わろうとしてはいるが――一朝一夕に、帰られるものでもない。

「……そうかな。だからこそ、なるべく早く職務復帰しようとしてはいるんだけど。
だけど、お前が言いたいことはそう言う事ではないのだろう。
"うまくやってくれ"か。似た様な事は、よく言われるよ」

浮かべるのは、諦観の滲む自嘲めいた苦笑い。
人とは直ぐには変われぬものだな、と言葉を締め括るだろうか。

日下 葵 > 「承知したうえでやっていますからねえ、
 場をわきまえろと言われればおとなしく鳴りを潜めることもできますけど、
 神代君相手に場なんてわきまえても楽しくないですから」

堅苦しい雰囲気は似つかわしくない。
そういうのは他の人の担当だ。
私はヘラヘラしていたい。

「ま、今まで仕事漬けで他に何も知らない人に
 いきなり仕事をするなっていうのも酷でしょうし。
 それに他の人にも散々ボロクソに言われているでしょうから?
 息の根を止めるようなことはしませんよ」

虐めるのは好きですけど殺すのは好きじゃないので。
そう言ってニヤニヤと笑って見せる。
別に湿っぽく説教しに来たわけじゃないのだから。

「ただまああまりひどいようなら、適当に休暇出すから、
 もういっそ二人で1週間くらい旅行にでも行ってくれって感じです。
 私があなたの上司なら
 『仕事として旅行にでも行ってこい仕事バカ』
 くらいのことを言って本庁から追い出したいくらいですよ」

仕事で休暇を押し付ければ嫌でも現場に出てこなくなるのか。
それともそれでも旅行先で仕事をしだすのか。
まさか後者のようなバカなことはしないと思う。……思う。>

神代理央 >  
「まあ、弁えるべきところで弁えていればそれで良い。
こうして、堅苦しくしなくても良い場で、堅苦しくしなくても良い相手なら遠慮する事もないだろうさ」

恐らく今日初めて、彼女の言葉に同意する様に小さく頷く。
何も、二十四時間堅苦しくしている必要はない。

「仕事が楽しいとか、そういう訳でもない……とは、まあ、言えぬが。
生き甲斐とか、そういう訳でもないんだ。
何というかこう…仕事をしているのが普通、というか。
そうあれかし、と生きて来たから、今更変えられぬというか。
………だからまあ。瀕死の状態で留めてくれた事には、一応感謝しておくべきなのかな」

ニヤニヤと笑う彼女に、呆れを含んだジト目を向けつつも。
言い返す言葉も無いので、やんわりと首を振るに留まるのだろう。

「………旅行先でも仕事は出来ると思うんだがなあ。
何より、職務としての旅行では私も迂闊に楽しめぬし」

仕事だしな、と苦笑い。
彼女がそういう答えを求めている訳では無い事は理解しているのだが。
仕事として旅行に行けば、それなりに"仕事"をせねば申し訳なくなってしまうし。

日下 葵 > 「私は堅苦しいのが苦手なので、
 割といつでもふざけているのがデフォルトなんですけどね?」

それで何度か――何度も?上司に絞られているのは事実だが。
そんな私の話に、彼が初めて同意した。

「仕事以外のことを知らないだけでしょう。
 これから徐々にいろいろ知っていけばいいと思いますよ。
 ――神代君に変わる気があるなら、ですけど」

突然変わるのは無理だ。
徐々に、連続的に変わっていけばそれでいい。
ただ、私から彼に変化を強要することはできない。
だから、結局彼次第だ。

「別に旅先で仕事をしてもいいんじゃないですか?
 ちゃんと旅行も旅行で楽しめればそれでいいと思いますよ。
 旅先の宿で外に一歩も出ないで事務仕事ばかり、
 なんてことになったら給料出しませんよ」

旅行の話はたとえ話だが、もし彼が回復して、
沙羅さんや今後の自分の為に変わりたいと思うのなら、
手助けの一つや二つはしてもいい。
代わりに退屈しないような土産話を聞かせてほしいものである。

「ただ、いつまでも今までのまま、っていうのは……怠慢だと思います。
 人間的にも、職業的にも、沙羅さんの恋人としても」>

神代理央 >  
「…流石に式典とかそういう場では、そのデフォルトは変えて欲しいものだが。お前の上司は、胃薬が手放せないのではないか?」

割と素の心配。
彼女の上司の胃は一体どうなっているのだろうか。

「…変わる気はある。あるのだが、すぐすぐには、といったところだな。
化学変化の様に、劇的に大幅な変化が望めればと思わなくもないがね」

小さく肩を竦める。
物質の変化は直ぐに現われるのに、人間の、感情の変化と言うものは実に時間がかかるものだ。
それが良い、と言えなくも無いのだが――急激な変化を求めてしまうのは、性急さを求める浅はかな若さ故、というところだろうか。

「…さ、流石に其処まで仕事人間というわけではないぞ。
お前は一体俺を何だと思っているんだ…?」

其処までワーカーホリックに見られているのだろうか。
普段の己の行いを改めて考え直して――やっぱり其処まででは無い筈だが、と結論付ける。

「…怠慢、か。
俺が此の侭で居る事は、やはり沙羅の為にはならない…よな。
分かってはいる。分かってはいるんだが」

深い溜息。
怠慢と言う言葉は、己が忌み嫌う言葉の一つでもある。
その言葉が向けられた事それ自体に零れ落ちた、溜息。

日下 葵 > 「やだなぁ、さすがに式典とかはちゃんとフォーマルにしてますよ。
 どういうわけか私がフォーマルにしてても上司は病院に通ってますけど。

 化学反応だって緩慢な反応もあります。
 別に爆薬みたいな急激な変化は求めてません。
 おいおい、ゆくゆくは、いずれ、という話です」

お互いの上司の心配をするのは、
お互いをそういう問題児の様に見ているからだろう。お互い様である。

「私だってさすがにそこまで貴方が重症だとは思っていませんよ。
 そこまで重症だったら匙を投げます。
 むしろ見込みがありそうだからこうして揶揄っているんです」

深いため息を吐く様子を見て、
あれ、意外にこの手の話題はダメージが入るのか、と珍しそうに見る。
相当他の人にボロクソに言われたのだろうか。
だとしたら、愛されているなぁなんて。

「怠慢の様に私は思いますねえ。
 仕事にかこつけて他をないがしろにするなんて、
 怠慢以外に何て言うんです?
 他に言いようがあるなら語彙の乏しい私に教えてほしいですねえ?」

ダメージが入るとわかればすかさず抉りに行く。
ニッコニコである。
沙羅さんのためとか、組織のためとか、
そういうのを抜きにしてからかって遊び始めた>

神代理央 >  
「……お前の上司には、何れ胃薬の差し入れを送らねばならんだろうな…。
というか、私は別に構わないがもう少し上司の事を考えて行動してやったらどうだ。病院通いって、大体胃とかメンタルとかその辺じゃないのか。
……うむ、まあ、そうだな。いずれ、いずれの話だ」

己の上司は胃痛とは無縁そうにも見えるが、案外気苦労をかけているのだろうか。
彼女を見ていると、あの小太りの上司にも少し優しくしてやろうかなんて思ってしまうので。

「で、あれば何よりだ。
…見込みがある、というのは。何方の意味合いなのかは確認したいような…したくないような…」

悪意は無いが、悪気はある。
そんな彼女の言葉を受け止めつつ、何となしに置かれた鉢植えに視線を向ける。
演技でも無い見舞いの品ではあるが――それでも彼女は、一応見舞いには来てくれたのだな、と。

「………いや、返す言葉もない。
かこつけている訳ではない。決して、そういう訳では無いんだ。
ただ、まあ。仕事を優先しがちな性格である事は、何も否定出来ぬ」

隙を見せてしまえば、ずかずかと入り込んでくる彼女。
揶揄われているのは分かってはいるのだが――それでも、苦々し気な表情をつい浮かべてしまうのだろう。

日下 葵 > 「知りません知りません、
 私をフットワークの軽い便利な委員だと思って、
 あちこちに飛ばすのが悪いんです」

上司のことを考えたらどうだ、と言われると、
耳をふさぐそぶりをしてふざけて見せる。
上司とはお互い様だ。
犬猿の仲、ではないものの、お互いにいいように使っている。

「見込みというのが何を指しているのかは、自分で考えてください。
 ……午時葵の花言葉、知ってますか?」

目に見えてダメージを負っているように見える彼。
その視線が鉢植えに向いたのを見て、問うてみる。

「私は明日死ぬだろう、なんですよ。
 すごいですよね、自分の死期を悟って花を咲かせるんですよ?

 ――神代君は死ぬ前に一花咲かせてやろう、と思ったときに、
   どこで、誰にむけて花を咲かせてやるか、
   考えてみても良いかもしれません」

死に難い彼女とともに過ごしていくのなら、
死ぬ覚悟じゃなくて、どう死にざまを迎えるのかまで考えなければ。

「この花、今日の夜には花を散らすので、
 明日になったら適当に処分しといてください。
 私はそろそろ警邏に向かわないといけませんから、この辺で」

午時葵は半日で花を散らす。

病院に引きこもっていろという意味で鉢植えを。
さっさと死んで次に向かえと言う意味で葵を。

自分なりに強烈な皮肉を込めた見舞いの品の意図を、
彼が正しく汲めるかはわからない。
しかし、正しく汲んでくれなくても、いいと思っている。
私が楽しければいいのだ。

ニコニコしながら見舞客用の椅子から立ち上がって、
そのまま成金臭い病室から出ていくのである>

神代理央 >  
「……いや、まあ、仕事であれば時にはそういう事も必要だと思うんだが…」

ふざけた様な素振りの彼女に、小さな溜息。
まあ、彼女と彼女の上司も悪い仲では無いのだろうが。


「午時葵の花言葉……?いや、生憎詳しい訳では無いが――」

ふむ?と首を傾げて。
何事だろうかと続けようとした言葉は、彼女の言葉によって中断される事になる。

「『私は明日死ぬだろう』、か。随分と物騒な花言葉だ。
そして、随分と面白い事を云うじゃないか。
何処で、誰に向けて花を咲かせるか、か。そんな事、考えたこともなかったよ」

どの様に『終わりを迎える』のか。
そんな事、考えたことも無かった。
死ぬときは死ぬんだろう。そんな風に生きていた己にとって、彼女の言葉は新鮮でもあり、難儀な事でもある。

「……いいや。大事にさせて貰うさ。
先輩からの見舞いの品を、無碍に扱う訳にもいかぬしな?」

「どうか気を付けて。
死に難い体であるとはいえ、お前が傷付けば悲しむ者だってきっと大勢いるのだからな」

盛大な皮肉と嫌味の籠った鉢植えを、それでも無碍に扱いはしないと穏やかに笑顔を浮かべる。
何だかんだ『見舞い』には来てくれた彼女を、同僚として、友人として、憎からず思ってはいるのだし。

そうして、ニコニコと笑いながら立ち去る彼女を見送る頃には。
彼女が訪れた時に吐き出していた溜息は、もう姿を消しているのだろう。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から日下 葵さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 【御約束待ちです】
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」にマルレーネさんが現れました。
神代理央 >  
常世学園付属常世総合病院。
多くの人々の命を救い続ける場所ではあるが、救える命にもランクと差というものが出て来る。
勿論、平等に命を救うのは当然である。しかし、受ける治療のレベル。入院中の待遇の差。
それらは『持てる者』達程快適に。そして、命を繋ぐ可能性が高くなっていくのは、致し方ない事と言えよう。
『大変容』を終えて尚、人々の意識と言うものは変わる事は無い。

そんな格差を如実に体現した病室。
怪我を治療する為にその設備は必要か?と問われれば全く必要が無い豪奢な設備の数々。

その最たるものとして部屋に鎮座する巨大なベッドに埋もれる様に、少年は意識を微睡の中へと彷徨わせていた。
昼食の流動食を食べ終えた後の午後を、ぼんやりと過ごすだけの怠惰な一時。

マルレーネ >  
少しだけ顔色が悪い女は、それでも当初の予定通り。
許可を得られた時間に、病室の廊下を歩いていた。
その上で、一つの扉の前でノックを二つ、こんこん、と。

「………回診でーす。」

扉が開けば、見知った顔がひょっこりと。
おぉう、と、明らかなレベルの差を感じる部屋に思わず目を見開く。

その瞳は、まだちょっとうまいこと焦点は合わぬままだが。
 

神代理央 >  
部屋に響くノックの音。
微睡んでいた意識がゆっくりと起き上がっていく。
小さく欠伸を零しながら、訪問予定者のリストを確認する。
其処に記載されていた名前に、ぼんやりとしていた表情が少し驚いた様なものへと変化して――

「……まさか、シスターがお見舞いに来てくれるとは思っていませんでしたよ。
本来であれば、此方から訪れようと思っていた所なのに」

部屋を訪れた彼女をベッドの上から出迎えつつ、穏やかな声色で言葉を投げかける。
しかし、彼女の顔色と焦点の僅かに合わぬ瞳に気付けば。
己の瞳は僅かに細められ、彼女の具合を伺う様に。

マルレーネ >  
「………何言ってるんですか。
 聞きましたよ、大怪我をしたと。」

少しだけ微笑みながら、よいしょ、と扉を閉めて。

「今はもう大丈夫なんですか?
 まだ出歩けないくらい?」

聞きながら、よいしょ、っと近くによって。
右手でベッドの端をぐい、と押せば、とても良いスプリングに、おぅ、と声を漏らす。

目の焦点は合っていないが、理性がとんでいるとか、そういうことでは無さそうだ。
むしろ、行動は普段通り。
 

神代理央 >  
「大怪我、と言っても別に死ぬ様な事でも無し。
寧ろ、助けに行った挙句このザマでは、木乃伊取りが木乃伊というもの。恥ずかしい限りですよ。
出歩けはしませんが、杖を使えば歩けますし長い距離は車椅子で対応できます。
それも別に怪我の所為ではなく、単に体力が落ちたからですし」

ベッドのスプリングに感嘆符を零す彼女にクスリ、と笑みを浮かべつつ、座りますか?とベッド脇の椅子を勧めるだろう。

「……シスターこそ、御加減は如何です?
私より寧ろ、シスターの具合が心配なんですけど」

彼女の言動や行動に、少なくともおかしなところは見受けられない。
それ故に、小さく首を傾げながらも世間話の様な口調で彼女の病状を尋ねてみようか。

マルレーネ >  
「ダメですよ。」

それには、窘めの声を向ける。

「怪我に慣れると、人は無頓着になります。
 自分がちょっと怪我するくらいだからこの作戦はいい作戦だ、とか。
 判断基準がちょっとずつ変わっていっちゃいますから。

 まあ、怪我をさせてしまった側が言うことではないんですけど。」

頬をぽりぽり。
座りますか? と言われて、よいしょと椅子に腰かけて。

「………そう、ですね。
 それにこたえるには、まずは一つ聞かなければいけませんが。」

 ・・・・・・
「見たんですか?」

それだけ尋ねる。
 

神代理央 >  
「……成程。私自身は兎も角、他者を巻き込む際の作戦立案については、その懸念は正しいかもしれませんね。
怪我に対しての考え方が甘くなってしまう事は、避ける様にしましょう。
……それと、私は別にシスターに怪我をさせられたわけではありませんよ。私自身の未熟な部分故の怪我です。お気になさらず」

そうして、椅子に腰掛けた彼女の言葉に応えるのは――暫しの無言。
ベッドに深く身を預けると、その視線はぼんやりと天井を見上げて。



「ええ、見ましたよ。公安程ではありませんが、風紀委員会の現場検証能力というものは、中々優秀だった様で」

マルレーネ >  
「逆に、そう言って私が「そうですね」って納得すると思います?」

にひ、と笑いかけて。

「ああ、ならいいんです。
 どこまで話すべきか、やっぱり悩むところですからね。

 目の方はもう少しで治るって言われてます。
 あと、左手の力が出ないんですけど、それもリハビリでなんとか。」

相手の言葉を受ければ、なんでもないこと、と言わんばかりに普通の言葉を漏らす女。

「後は、睡眠時間が減っちゃいました。
 眠れないとかではなくて、それも副作用か何かみたいで。
 ところでこのベッドに座ってみてもいいです?」

本当になんでもないこと、みたいな口調。
 

神代理央 >  
「………出来れば、納得して欲しいのですが」

しないだろうな、とは思いつつも希望的観測を告げてみる。
その希望が叶う事は無いだろうとは確信しているのだが。


「……薬物投与による肉体への影響は、リハビリと時間が解決してくれるでしょう。
此の島の医療技術は優秀だ。貴女の躰も、きっと治る。
――…少なくとも、必ず治らない、とは誰も言わないでしょう」

「…睡眠時間、ですか。睡眠において重要なのは脳への休息です。
身体は休めても、精神が休めない。其処は早期に治療すべきところだと思いますが…。
……え、ああ。構いませんよ。こんな場所で良ければ」

と、ベッドに座る事をこくこくと頷いて同意しつつ。
気遣わし気な声色で彼女に言葉を返そうか。

「……私が心配していたのは寧ろ、ディープブルーによって受けた貴女への精神的な傷についてです。
流石に、何を言われたのか。そして、それについて貴女が何を想い、何を感じたのか。
それは、報告書という文面からは、察する事は出来ませんから」

マルレーネ >  
「しませーん。」

んべ、とちょっとだけ舌を見せて笑いながら、ベッドに座る。
子供じみた所作もそのまま。 むしろ、少しだけ明るい表情で。


「ふふ、………山本くんと同じことを不安がるんですね。」
「それなりに地獄を見たのは事実ですよ。」

隣町でも見てきた、といったレベルで言葉を漏らす。
ああでも、地獄なんて言えないな。
私が見てきたものは、まだまだ。
思考が少しだけ乱れながらも、言葉を続ける。

「神はいないと。」
「異邦人だから、偶然いたから、何処まで行けば壊れるか確かめると。」
「……知っている人の声で、不要だと。
 早く死ぬべきだと。
 どこぞへと帰れと。」
「何日あそこにいたかも、もう分からないくらいに。」

囁く言葉。ベッドに座れば背中しか見えない。
泣いているようにも、震えているようにも見えない。
昨日のことを思い出すかのよう。
 

神代理央 >  
「…皆、心配する事は同じだという事です。
貴女は誰にでも優しい。その慈悲も慈愛も、降り注ぐ相手を選ぶ事はきっとないのでしょう。
だから地獄に堕ちかけた者は、皆貴女を縋る。
だから、貴女が地獄を見たというのなら、貴女に救われた者は皆、貴女を救おうとする」

そして、彼女から告げられる『地獄』を、静かに聞いていた。
穏やかに彼女を見つめながら、言葉を挟む事無く、彼女の言葉が途切れる迄。

「――……成程。それは辛かったですね、と安直な言葉を投げかけるのも、正直躊躇われます。
貴女は、信仰心を手折られ、自己を否定され、存在を拒絶され続けた」

「『マルレーネ』を構成する全てを、丁寧に砕きにきたという訳だ。ディープブルーとやらも、随分と研究熱心な事ですね」

彼女の言葉を聞き終えて唇から零れる言葉は、慰めでも無ければ彼女を気遣う言葉でも無い。
淡々と、彼女が受けた事を聞いた上での己の感想を告げる様な口調。

彼女を慰めるのは、きっと己よりも適任者がいるのだ。
彼女を救う為に血を流して戦った同僚。
彼女を『姉』と慕った少女。
彼女の為に島中を奔走した医者だった女性。

慈悲と慈愛と慰めの言葉は、彼等から与えらえるべきもの。
己には、そんな器用な真似は出来ない。


「……それで、貴女は実際にそうなったのですか?
元居た世界に投げ落とされたのですか。
貴女が壊れる迄、あの組織に囚われた儘だったのですか。
『マリー』が帰ってきて、涙を流して喜んだ者は一人もいなかったのですか」

「貴女を貶めた連中は、確かに貴女を良く知っていたかもしれない。
でもそれは『シスター・マルレーネ』の、言うなれば書類上の情報でしかない。
貴女を救おうとした者は。貴女の帰還を喜んだ者は。
実際に貴女と言葉を交わして救われた者だ。『マリー』と繋がった者達だ」

「貴女を『教科書でお勉強』した様な連中の言葉など、所詮は出来損ないの試験解答の様なもの。
気にするな、とは当然言いません。けれど――」

訥々と告げていた声色が、ふと止まる。
再び開かれた唇から開かれる言葉には、温和とも言える己らしからぬ色が含まれているだろうか。

「マリーに救われたから、マリーを救おうとした者達がいる。
その事実がある限り、ディープなんとか何ていう連中が何を言おうと、投げ飛ばしてしまえば良いだけです」

己に背中を見せる彼女に、穏やかにそう告げる。
彼女の背中を撫でようと伸ばした手は――ちょっと迷った末に、引っ込められた。

マルレーネ >  
「………。」
「ふふ、あはは、そうですね。」
「でも、心配いらないんです。」

そのまま、こてん、っと仰向けになるように転がって、少年の膝の上あたりに頭をのせて。

「………………あれを。
 ただの妄言とはできません。 刻み込まれてしまった。
 あれは。 あの時に感じたものは。
 私の有り得た未来です。

 どんな世界に着いたかは分からない。
 人間が存在できない世界に着いたかもしれない。
 人間がいても、虐げられる存在だったかもしれない。
 ここと同じ世界でも、もっと貧しくて分け与えるものがない世界だったかもしれない。
 そして、ここと同じ豊かさを持っていても、分け与えることを拒否する世界だったかもしれない。

 あれは、私の有り得た未来なんです。」


「でも、そうはならなかった。」

こてん、と少しだけ横になって、微笑む。

「………こうやって、傷ついてでも助けてくれる。
 私を助けて実利的に得をすることって、そんなにありません。
 でも、助けてくれました。」

「この世界への、感謝で今は、いっぱいなんです。」

心の底から、幸せそうに微笑む女。
 

神代理央 >  
膝上に頭を乗せた彼女を視線で追い掛ければ、自然その顔を見下ろす様な姿勢になるだろうか。
心配いらない、と告げる彼女に小さく笑みを浮かべれば――

「"そうなったかもしれない"。"こうなったかもしれない"。
それは、無限の未来を夢見る言葉ではない。
過ぎ去った過去に後悔する言葉に近いもの。
自らの選択を否定しかねない言葉。
そんな言葉は、私は好きではありません」

「だって、貴女の言う様に『そうはならなかった』のですから。
貴女は今こうして此の世界に訪れて、弱い人々の為に活動する事を許されている」

「そして、そんな貴女を助ける為に命を賭ける人々がいる。
貴女の無事を、只管に祈り続けた者達がいる。
"そういう世界"に、貴女はこうして、生きている」

横になった彼女に、そっと手を伸ばす。
かつて己が彼女にそうされた様に、その髪を手櫛で梳く様に、撫でようとするだろうか。

「そして、その事に貴女が感謝していて。
貴女が今幸せであるのなら――」

其の侭言葉を続けようか、一瞬だけ迷う。
己の信条には反する事だし、場合によっては彼女を傷付ける言葉かも知れない。
――何より、己はそんな事を言う様な性分ではない。
それでも、幸せそうに微笑む彼女が視界に映れば。
小さく吐息を吐き出した後、緩やかに微笑んで。

「――…それはきっと。マリーが信じている神様からの、信仰へのご褒美、だったんじゃないでしょうか。
この世界に、マリーが敬う神がいるかどうかは分からない。マリーが居た世界に、本当にその神様が居たのかすら、私にはわからない。
何より、此の世界でマリーが救った人々は、神様にではなく、貴女に救われたのだから」

「でも、此の世界にマリーが訪れた切っ掛けくらいは。
カミサマ、とやらを信じても良いのかもしれませんよ」

マルレーネ >  
「………ふふ。」

頭を優しく撫でられながら、目を閉じて。
相手の言葉が終わるのを、じっと待って耳に入れる。

「そうですね。それには感謝しています。
 私がこの世界に来たのは、きっと何か意味がある。
 神は、ここにはいませんが。
 それでも、私に何かをしろと言っているように感じます。」

目を細めて、そのまま笑う。

「………私はまだ、誰も救っていない。
 まだまだ、やるべきことはたくさんあります。」

「貴方にまず、お礼を言わなければならない。
 謝らなければならない。

 迷惑をかけた人にも同じように。

 この島で為そうとしたことも、遅れている分取り戻さないといけない。」

口から出てくるのは、やりたいこと。
ほんの少しだけ偏った、彼女のやりたいこと。
 

神代理央 >  
「…神は此処にはいない、か。マリーがそういうのなら、それを否定する言葉はありません。
それでも、マリーが前を向いてくれるのなら。私は正直、神が居ようがいまいが関係ないんですけどね」

金色に輝く彼女の髪を撫で続けながら、此方も小さく笑い返す。
関係無い、と告げる言葉は少し冗談めいた声色になっているだろうか。

しかしその笑みは、彼女の『やりたい事』を聞き届ければ真面目なものへと変化する。
決して否定する様な表情ではない。何方かと言えば、思案。
彼女の望み。やりたい事。それらを知った上で、彼女に向ける言葉は――


「……それで、マリーは救われるのか?」

畏まった敬語も消えて。彼女に紡ぐのは短い言葉。
あやす様に彼女の髪を撫でながら、彼女の瞳を静かに見下ろしているだろうか。

マルレーネ >  
「………前向きですよ。
 この場所に存在できる、その寄る辺があるんです。
 それが救いでなくて、なんでしょう。」

本当にそう思っているであろう、穏やかな目。

「施療院も手伝ってくれる人もいるんです。
 少しでも病からたくさんの人が救えたらいいですし。
 いつか、孤児院を修道院に併設もしたいんです。
 やりたいことが、たくさんあり過ぎて。」

ちょっと困っちゃいますね、と笑う。
 

神代理央 >  
穏やかな目で、此方を見上げる彼女を静かに見返す。
前向きだと。多くの為すべき事があって困ると笑う彼女を、唯、見下ろす。

「……マリーがそれで救われるのなら。救われると言うのなら、何も言うまい。
人々を救う事で、マリー自身が救われるなら、それを止める言葉は無いし、否定する言葉も無い。
寧ろ、応援させて貰うさ」

迷える人々を導く。
弱き人々を助ける。
それは少なくとも己には出来ない事。
それが彼女の救いになるというのなら――

「落第街を騒がせる連中は、焼き尽くそう。
修道院や施療院に害を為す者がいれば、砲火を振るおう。
マリーと、マリーを慕う者達が過ごす世界を脅かす奴等を――全て、滅ぼしてやろう」

『守る』とは、決して言わなかった。
己に出来るのは、唯力を振るう事だけ。
それが守るというに値しない言葉で有る事は、己自身が一番よく理解していた。

だから、彼女の"敵"を滅ぼすと。
彼女の願いを妨げる者を焼き払うと。
涼やかな笑みと共に、言葉を紡ぐだろう。
彼女を"救う"為に。彼女の願いを叶える為に、と。

マルレーネ >  
「理央くん。」

よいしょ、と身体を起こして。
いまだ、僅かに焦点の合わぬ瞳で見つめながら。

「私のやりたいことは、そこにもあります。」
「貴方を変えようとは思いません。
 それが貴方の文化で、それが貴方のやるべきことで、それが貴方の信仰だと思います。」

「………でも。」
「私は、それでも。
 たとえ兵士であっても、戦地に赴く仕事を当然だとは思いません。」

「いつかそれを変えたい。」
「私はそういう意味では、貴方の敵であるかもしれません。」

やりたいことを、ただ、滔々と。
危険に赴き、危険の上を歩く。

それを当然とする世界への異を、はっきりと唱えよう。
 

神代理央 >  
身を起こす彼女に、不思議そうな瞳を向けるだろう。
一体何を、と言いたげな瞳は、彼女の言葉を聞き入れる内に次第に細められていく。
『貴方の敵』だと告げられた表情は――奇妙な程、落ち着いている様にも見える。

「…好きにすると良い。その努力と行いを、否定はしないさ。
だけど、私は決して戦う事を止めはしない。
例え"世界中から否定されようと"私は戦う。私の敵が、居続ける限り」

自嘲めいた笑みを零せば、深い溜息を吐き出した。
己の煩悶を吐き出すかの様に。

「此の世界にはきっと、神はいるだろう。しかし、神は我々を決して救いはしない。
なあ、マリー。だから私は、例えお前が敵になったとしても、お前の敵と戦うさ」

「お前に否定されても。お前に侮蔑と憐憫の視線を向けられようと。お前と、お前を慕う者達を害する者と、戦い続けよう」

「お前の救いは、誰かを救う事なのだろう?
であれば、それを妨げる者を排除するのは当然の事だ。
そして、争いの無い世界を目指す事も、その理想も、応援はする。
だから、お前の理想が叶ったその時は――」

「――……きっと最後に打ち倒すべきお前の敵は、私なのかもしれないな」

夢物語だと笑う事も無い。
理想論だと侮蔑する事も無い。
鉄火場に立ち、戦場に君臨し、敵と戦う事が己の役割だと、静かに告げる。
彼女に救われながら、彼女の理想の敵となる。
そんな歪な己の性に、吐き出した溜息。

「……だから、先ずはゆっくり休め。
誰かを救う前にお前が倒れては意味もない。
お前の理想が何であれ、鉄火場に立つのは"私の仕事"だ。
お前には、お前の戦いがあるだろう」

マルレーネ >  
「いいえ。」

にこりと微笑みながら、相手の言葉を受け止めて。

「戦う敵がいなくなれば。
 0にすることが難しくても、少なくなれば、貴方は戦う相手がいなくなる。」

「私を、同じ場所で祈りだけを捧げる優れた聖職者と一緒にしないことです。」

「私は。」
「全てをやりたいのです。」


誰かを救い。
それを妨げるものと戦い。
戦場を駆けてでも、目的を為す。
鉄火場であろうと、多分彼女は何も変わらずに向かうのだろう。


「私の方が、退院は早いかもしれませんよ?」

ウィンク一つ。むくりと起き上がって。
ぺろり、と舌を出した。
 

神代理央 >  
いいえ、と否定された言葉にきょとんとした表情。
しかし、投げかけられた彼女の言葉を理解すれば――

「……ふ、ハハハハハ!そうか、全て。『全て』を成し遂げたいのか。何とも傲慢な聖職者様だ。
人々を救い、敵と戦い、理想を為す。それが、マリーのやりたい事、か」

可笑しそうに、しかし楽し気に笑う。
笑い過ぎて少し傷口に響いたのか、ちょっとだけ顔を顰めていたり。

「だが、そういう傲慢さは嫌いじゃない。
一人で為しとげられるものか、と笑うのは簡単だが、敢えて笑ってやらないさ。
お前の敵も、私の敵も。全て等しくお前が打ち倒すというのなら――」

笑みを零し続けながら言葉を紡いでいたが、ふと、その表情は真面目なものへと変化する。
ウインクと共に舌を出した茶目っ気抜群の彼女に、至って真面目な表情を向けて。

「――…だが、お前には多くの人が"救い"を求めている。
それが重責になるか、とか、救いきれるか等と野暮な事は聞かぬ。
……ただ、お前が傷付けば救いは失われる。
縋るものを失う辛さは、お前が一番良く分かっているだろう」

「其処が、私とマリーの違いだ。
私は人を救えぬが戦える。お前は人を救えるし戦える。
であれば、戦うしか能の無い私が鉄火場に立つのは当然の事。
リソースの有効活用、とでも言い換えようか」

そうして、深く深く息を吐き出すと――

「…お前の言う様に、退院はお前の方が早いかもしれない。
だが、だからといって無理をしてくれるな。
お前が無理をする事に、心穏やかでいられぬ人が数多くいる事を、自覚して、欲しい」

最後の言葉は、懇願めいたものであったかもしれない。
何せ、己自身。彼女に救われていたのだから。

マルレーネ >  
「………ええ、ですから。
 私はその人たちのために生きなければいけないんです。」

よいしょ、と立ち上がりながら。

「私はとっても傲慢で。
 そして、一人でずっと歩いていってしまうくらいに頑固です。」
「私を止めたいなら。
 ………私、生まれてこの方、あんまり止まったことないから分かりませんね?」

穏やかに囁いて、背中を向け。

「元気になってくださいね。」
振り向いて、ウィンクをぱちり、と一つ。
 

神代理央 >  
「……傲慢さだけは、負ける気がしないな。
止まらずとも良いさ。頑張って、お前の理想の為に歩き続けると良い」

立ち上がった彼女に、クスリと笑みを零せば――

「……私は、お前の先を常に走り続けてみせよう。
精々、私が踏み締めた後の道を、安全に歩いてくれば良いさ」

隣に並ぶでもなく。止めるのでもなく。
『彼女より先に行く』と、笑う。
傲慢な言葉の中に交じる、穏やかな声色。

「……退院したら、また施療院に寄らせて貰うよ。
今日は、その…来てくれて、ありがとう」

再びウインクを見せる彼女に、ふわりと微笑んで。
どうにかこうにかベッドから身を起こせば、彼女を見送る様に小さく手を振るのだろう。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」に神代理央さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院 VIP個室」にレイチェルさんが現れました。
神代理央 >  
リハビリを終え、軽く汗を流してえっちらおっちらと病室まで杖をついて戻ってきたのが1時間程前。
病室まで戻るには車椅子の使用を勧められてはいたのだが、そろそろ真面目に体力を回復させておかねば、と己の足で戻ってきた――迄は良かったのだが。

「………すぅ…」

めっちゃ疲れた。
筋肉が落ちた、というよりも、動かし方を忘れてしまったという方が正しいだろうか。
リハビリでエネルギーを消化した少年は、小さな寝息を立てて巨大なベッドの中に埋もれていた。

レイチェル >  
扉の外から聞こえてくるのは、小さなノックの音。
続いて響くのは、落ち着きながら凛と研ぎ澄まされたように響く声であったことだろう。耳に届いていれば、だが。

「邪魔するぜ」

病室の前に立つのは、艷やかに流れる金の髪を腰ほどにまで伸ばした少女――レイチェル・ラムレイだった。
久々に刑事部らしく学園の制服に身を包み、いつものように山鳩色の外套を羽織っている。

「……居ねぇのか?」

病室の前、胸の下で腕組みをしながら、ふむ、と。
小さく首を傾げるレイチェル。
確かに今日は病室に居て、他の見舞客も居ないと聞いてきたのだが、時間が合わなかったのだろうか。
その場で思案する。

あの直向きで真面目が過ぎる性格であれば、或いは。
リハビリを頑張りすぎてぶっ倒れてる、といったところだろうか。

神代理央 >  
小さなノックの音と、響く声。
聞き覚えのある声に、浅い眠りから意識は引き戻されていく。
来客予定はあったかな、とぼーっとした儘端末を確認しようとして――

「……れいちぇるせんぱい?
……かぎは開いていますので、そのままどうぞ…」

次いでインターホンが室内に拾い上げた不在を疑う声と、端末に示された名前に、微睡んだまま言葉を投げかける。
少年の小さな声もきちんと機械が拾って、ドアの前で佇む彼女へインターホン越しに響くだろうか。
明らかに寝起きです、と言う様な幾分活舌の怪しい言葉ではあったのだが。

レイチェル >  
「はいよ」

そう口にすれば、ドアを開いて室内へと入る。
まず室内に入ったレイチェルの表情がじっとりとした表情に
変わるまで、そう長い時間はかからなかった。

「……なんつーか、すげーなVIP個室ってのは」

きょろきょろと室内を見渡しながら、表情はそのままに細指で頬を掻く。
テレビ一つとっても、ものすごい大きさだ。自分がつい先日入っていた
病室とは天と地の差である。

「オレだったら、こんな所じゃ落ち着いて寝られそうにないぜ」

一通り室内を見渡せば、口元を緩めて後輩の寝ぼけた顔を遠くから少しだけ見守る。
そして理央の寝ているベッドの傍まで近寄ると、手近な所にあった
椅子を引いて近くまで寄せ、そこへ腰を下ろすのだった。

「ここまで無防備なお前を見るのも珍しい」

ベッドとは平行になる形で置いた椅子に深く腰掛け、
両足を伸ばし後頭部に両腕を回して、
リラックスした姿勢をとるレイチェル。

彼女は顔だけを理央の方へ向ければそう口にして、にっと笑った。

神代理央 >  
彼女を出迎えるのは、治療には不必要な装飾や設備の数々。
治療どころか、普通に生活する上でも必要無いだろうと思われるものがずらずらと陳列されていたり鎮座していたり。

そんな豪奢な室内でも一際目立つ大きなベッドに横たわる少年。
点滴と何本かのチューブで繋がれてはいるが、特に顔色が悪いとかそんな様子は見受けられない。
強いて言うなら、今の今迄眠っていたので未だに瞳が微睡んでいること。絶食の末、流動食に移行したため少し痩せた様に見える程度。
それくらい、だろうか。

「……すみません…。せんぱいがいらっしゃるとわかっていれば、もうすこしきちんとしたかっこうを…」

ふあ、と零れかけた欠伸を噛み殺しつつ。
ぺしぺしと己の頬を叩いて、腰を下ろした彼女に改めて視線を向ける。

「…みっともない姿をおみせしました。まさか、先輩がきてくださるなんて思っていなくて」

未だ呂律は怪しいものの、先程よりはマシといった具合で。
ぼんやりした視線の儘、ペコリと彼女に頭を下げるだろう。

レイチェル >  
「格好なんざ気にしなくていいっての。
 そういうの、オレは気にしねぇからさ。
 ……ま、そうは言ってもお前は気にするかもしれねぇけど」

困ったように笑いながらレイチェルは付け足す。
顔色が良さそうで何よりだ、と。
穏やかな笑顔を浮かべて後輩を見やるその顔は朗らかで、
心が解けたかのような安心の色を感じることだろう。

「ま、業務をあれこれ調整したお陰で、
 随分と時間もできたからな。
 寧ろ、これまでなかなか来てやれなくてすまなかった。
 前にメールでも送ったけどさ、
 お前のことはいつも心配してたんだよ」

頭を下げられればレイチェルも思わず向き直り、
そんなことは求めていないとばかりにひらひらと、
横に手を振って、少し慌てた声色になるのだった。

「まー……とにかく元気そうで何よりだ。
 甘いもの、要るか? 好きなんだろ?」

そう口にすれば外套に手を突っ込み、ほれ、と
短い棒の先に丸い飴のついた菓子――ペロップスを差し出した。
飴を包む包装紙には『いちご』『ぶどう』『レモン』と書かれている。

「ほんとはクッキー焼いてきてやろうかと思ったんだが、
 まだ食えねーんだろ? という訳で今回はこいつだ」

にこっと満面の笑みを見せて、それを渡すべくベッドの上の
理央へ差し出す。

そうして。

「……人のことはあんま言えねぇ情けねぇ先輩、だけどさ。
 それでも。
 お前の背負う重さをちょいと知ってる先輩からってことで、
 一つ言わせてくれ――」

3つの飴を差し出しながら、レイチェルは真剣な眼差しで
理央を見やる。

「――無茶、すんなよな? オレのことは反面教師として、
 生かして欲しいもんだ」

落第街で、脅威として在るということ。
かつてレイチェルも彼ほどの過激さはなかったにしろ、
落第街で派手に立ち回りながら違反部活と戦い、
前線で風紀の腕章をつけていた。

故にそれは、彼と似た経験をしていたからこその、
彼を案ずる言葉だった。彼にはメールでも伝えたが、
改めて直接この言葉をレイチェルは伝えたかったのだ。

神代理央 >  
「…ええ、まあ。
流石に先輩のまえで不格好をさらすわけには…いかないのです…」

その言葉の合間にくぁ、と欠伸を噛み殺していては、恰好も何も無いのだが。
しかし、会話を続けるうちに取り敢えず意識は覚醒に至ったのか、緩慢な動作でベッドに横たわる身を起こす。
よいしょ、と言わんばかりに起き上がる様は『鉄火の支配者』等と言う大それた名前には相応しくない姿だろうか。

「先輩が御忙しいのは十分理解していますから、御気になさらないで下さい。
寧ろ、時間を作って来て頂けただけでも嬉しいですよ。
怪我をしたのも自己責任の様なものですし……とはいえ、御心配をおかけして、すみませんでした」

慌てた声色で手を振る彼女に、それでももう一度小さく頭を下げる。
此れは謂わば禊である。風紀委員会という巨大な組織の中で、数少ない『尊敬する先輩』である彼女に不要な心労をかけた事への、謝罪。

「ええ、甘い物は好きですが流石に其処までお気遣い頂く訳には――…あ、ぺろっぷす」

真面目な口調と声色は、甘味の前にはもたなかった。
差し出された菓子を視線で追い掛けて、少し迷う様な素振りを見せて――
結局、素直に受け取ってしまうのだろう。隠しきれない喜色を、表情に滲ませながら。
有難う御座います、と礼を告げながら、子どもの様にきらきらとした視線で数日ぶりの甘味を眺めているだろうか。


そんな穏やかなやり取りの後。
真剣な声色と表情を浮かべる彼女に、此方も姿勢を正して彼女に向き合うだろう。
彼女程の"風紀委員"が、一体何を言うのだろうかと巡らせた思索の中で、彼女から紡がれた言葉は。

「――…怪我をするな、という事でしたら、御指示の通りに。
力不足故、こうして長期の入院に陥ってしまい、結果的に業務が滞ってしまった事は申し訳なく思っています。
常に万全の状態で業務に当たる為には、怪我等していられませんから」

「しかし、無茶をするなという先輩の言葉が、私に自制を促すものであるのなら――」

受け取った3つの飴を、ぎゅっと握り締めた。

「………それは、承服しかねます。
違反組織は未だ鎮静化の兆しを見せず、前線の風紀委員は充足状態にあるとは言い難い状況です。
頼りになる後輩たちも出来てはいますが、それでもまだ、私は『無茶』をしなければならない」

「かつて『レイチェル先輩』がそうであった事を、反面教師になどしません。
寧ろ、その有様を私も後輩に示したいのです。
風紀委員とは。違反組織と戦うという事はこういう事だと」

彼女の武勇伝は、少なからず己も知る所である。
彼女に憧れて風紀委員会の門をくぐった者も、決して少なくは無いのだ。
だからこそ、その有様は引き継がねばならないと。
彼女の偉業と名声に届く事はなくても、それを担うに相応しい彼女の後輩であろうと。
そうした決意を含ませた言葉が、彼女に紡がれる。


――心配してくれる彼女を無碍にするようで、そんな事は言いたくは無かったのだが。

レイチェル >  
「気にすんな。この心配は……勿論、オレ個人の心配でもあるが。
 後輩を心配してやるのは先輩の仕事みたいなもんだからな。
 心配させとけ、気遣わせとけ、それくらいの気持ちで
 構えてりゃいいんだよ」

再び頭を下げる理央に改まって片手で後頭部を掻きながら、
それでもレイチェルはまっすぐに笑い飛ばす。

「喜んでくれたなら何より。
 退院したらオレが腕によりをかけたクッキーを食わせてやるよ」

クッキーは昔から作っている。
母親に教わった味で、狩人をしていた時も師匠に呆れられながら
作っていたものだ。

『クッキーには人を幸せにする魔法の力がある』。
母親が遺した言葉。今でこそ、笑い飛ばしてしまえるような
内容ではあるのだが、それでも幼心にそれを信じて
クッキーを作り続けた過去は、今も『幸せになってほしい』
相手に向けての贈り物としていることに繋がっているのである。

「……分かったよ、分かった。
 反面教師として生かせ、なんて言って悪かったよ。
 それがお前の柱なら、それがお前の信じる正義なら、
 オレはそこに関しちゃ何も言わねぇし、言えねぇや。
 言ったところでお前の信条は変わんねーだろうよ。
 オレもそういう奴だし、きっとお前もそうなんだろう。
 
 事実、お前が『鉄火の支配者』として頑張ってくれていることで
 守られている風紀があるのは間違いねぇ。このオレが保証する。
 でも、な――」

レイチェルは、鉄火の支配者としての在り方を肯定する。
その在り方で、救われている存在も確かにあるのだと、
言葉に想いを乗せて真正面から伝える。しかし、その上で。

「――お前は『鉄火の支配者』であると同時に、
 『神代理央』であることも忘れちゃならねぇ。大切にしなきゃならねぇ」

 それは、レイチェルが『時空圧壊』と呼ばれながら
 『レイチェル・ラムレイ』であるように。
 鉄火の支配者《システム》として在ることには限界がある。
 
 「『鉄火の支配者』でしか守れないものがあるように、
 『神代 理央』にしか守れないもんも、必ずある筈なんだ。
 大切な人、居るんだろ」

それは近頃、改めて実感していたことだった。
『時空圧壊』として在るだけでは、救えないものが沢山あった。
気づけないものが、沢山あった。大切なものは、すぐ傍にあった
というのに。

「そいつを見落とさねぇようにな。
 オレは……ついこの間まで、見落としてた。
 風紀《システム》としてどう在るべきか。
 らしくもなく、そればかりを追い求めて……
 その結果、本当に大切なもんを取り落とすところだった」

そう口にすれば、レイチェルは目を閉じる。
落第街で抱きしめた華霧の顔が浮かんだ。
アトリエで想いを伝えてくれた真琴の顔が浮かんだ。
全部、全部見落として。全部、全部取り落とすところだった。
目を覚ますことができたのは、周りの人々のお陰だった。

「お前には、そうなってほしくねぇ。
 だから、今日はそれを伝えに来たんだ」

視線はまっすぐに。
お前自身を曲げる必要はないのだと。
それでも、忘れてはならないものがあるのだと。
その視線で訴えた。

神代理央 >  
「…そう、ですか。
そう言って頂けると…ちょっとだけ、気が楽になります」

色々取り繕う言葉はあったが――結局の本音は、そこ。
『心配させても構わない』というのは些か極論ではあるが、そう言ってくれる人がいるだけでも肩の力が抜けるものなのだ。

「先輩の作るクッキーですか。それは何というか……競争率が高そうですね…」

あのレイチェル・ラムレイが作ったクッキー。
それだけで随分と競争率の高そうな菓子に思えてくるから不思議だ。
いや、思っている事は事実な気もするので、ちょっとだけ苦笑いを浮かべてしまう事になるのだが。
『幸せになってほしい』という切なる願いが込められた彼女のクッキーは――きっとよこしまな思いに溢れた男女の取り合いになりそうな気がする。うん。


「…レイチェル先輩に保証して頂けるというのは、とても光栄です。微力ながら、風紀を守る為に力を尽くしてきた甲斐が――」

でも、と続けられる言葉に、僅かに首を傾げる。
鉄火の支配者として肯定してくれるのなら、それ以上何か己に告げる事があるのだろうかと言いたげな視線で――

「『神代理央』であること、ですか?」

首を傾げた儘、鸚鵡返しに彼女の言葉を繰り返す。

「……鉄火の支配者ではなく、神代理央にしか、守れないもの。
それは、組織の人間としてではなく、私個人として見るべきものがあるという事でしょうか」

『時空圧壊』として名高い彼女ですら、その名では守れなかったもの。強大な力を振るった彼女が守れなかったもの。

「……レイチェル・ラムレイという個人が『時空圧壊』に呑まれてしまう、という事ですか。組織の一員として守れないものが、先輩にもあったという事ですか?」

「…私にも、恋人がいます。先輩の言う通り『鉄火の支配者』としての行動が、彼女を傷付けた事も、多々あります。
『システム』に忠実であろうとして、擦れ違うばかりです」

「――それでも」

「それでも、そういった人間は必要です。
組織の権威を。システムの歯車としての在り方を。
示す者もまた、必要なのではないでしょうか」

彼女の言わんとする事は理解出来る。
というよりも、実際に彼女の懸念通りの事が度々起こっているのだから、反論も否定の言葉もない。
それでも。それでも、彼女に告げるのだ。
『システム』の側に立つ者が、必要なのではないかと。
風紀委員会の権威と力を示す者が、必要なのではないかと。


「……私には、そうあることしか出来ませんから。
『鉄火の支配者』は健在であると、示さなければなりませんから」

忘れてはならない事が有る。
曲げてはならない事が有る。
分かってはいる。理解してはいる。
それでも、それでも。

『神代理央』は『鉄火の支配者』でなければならない。
それは、呪縛の様なものであるのかもしれない。