2020/08/31 のログ
ご案内:「静止した城」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
銀色の瞳でスキャナと向き合う。
網膜パターンが認証され、がちゃり、とわざとらしく鍵が開いた。

「――おかしい」

それそのものはごくありふれたセキュリティではあるものの、
ここにそんなものが設えられていること自体が奇妙に思えた。

窓から注ぐ月明かりのみを光源とした、西洋建築の古城。
廃墟然とした闇と静けさ、それとは別に内装は美しさを保ったままで、
それが一層の不気味さを醸し出していた。

景観を損なわないように、セキュリティ設備を巧妙に隠すというのは、
居宅であるアトリエにも施されている措置ではあるのだが――妙だ。

「なにもかもがちぐはぐだな――どういうことだ?」

ワイン色の絨毯、荘厳な両開きに、硝子の階段。
そうしたいかにも少女趣味な"お城"があるかと思えば。

掌紋や声紋認証もあったし、IDカードを探す手間も強いられた。
刑事課で習ったような初歩から高等の暗号を用いた電子錠に、
行き止まりかと思ったプライベートシアターの舞台袖には、
科学の粋としても見たことがないようなテレポーターがあった。

過去と未来がぐちゃぐちゃに混ざった城。

これは"夢"だ。

月夜見 真琴 >  
廊下に居並ぶ絵画たちには見覚えがあるものもあった。
自分が描いたもの。そして、見覚えがないもの。

たとえば"男"と題された絵を見れば、
ともすれば父親よりも懐いていた絵の師でもある、
祖父の姿が描きこまれた。

"故郷"であれば実家の屋敷の遠景が見えたし、
"過去"であれば―――――が。
"恩師"であれば見慣れた穏やかな面影が見えて、
"友人"であればペスカトーレを楽しむ姿が、
"憐憫"であれば拳銃を抱きかかえた少年が、
――見る者によって違う絵。 心を映したようだ。

巨大な天窓に守られた屋内庭園には、
いくつもの花が甘やかに咲いていた。
ムーンフラワー、月下美人、茉莉花――ガーベラ。

多くの薔薇を守る棘は、指を触れれば傷つきそうな生々しさがあった。

これは――"夢"なのに。
いつも以上に明晰に五感を備えた夢はしかし、
"進め"という推進力を月夜見真琴に架し、
ヒールの足音を、静謐の古城の唯一の歌声として。

月夜見 真琴 >  
―――"音"?

(――ああ、そうか)

静かなはずだった。
ここに至るまで、たくさん見てきたはずなのに。
鳴っていないのだ。
動いていないのだ。

――この城の"時"は、停まっていた。


気がつくと大広間に放り出されていて、
すぐ後ろにあった恐らく屋敷の入り口は、
当然のように閉ざされていた。
鍵開け、あるいはやや乱暴な方法で開けようとしたが、
十分ほどで諦めた。ふぬーっ、とか声を出しても開かなかった。

"開ける方法"――月夜見真琴の"正体"を煽られているようで。
それは業腹で癪だった。
たまにテレビゲームなどを遊んでも、"まず引き返す"動きをする性格だが、
そうして進み続けていた。なにかを探す役割を負わされたように思った。

月夜見 真琴 >  
「ここで行き止まりかな?」

ひょい。廊下の曲がり角から顔を出す。
真っ直ぐ伸びた廊下の奥には扉があった。
歩いてノブを回す。開かない。

「大広間に開ける手段があったりする――見落としていると泣きを見る。
 壺の下から何から見たが、絵画の裏までは見たかな?」

視線を横に動かす。呼び鈴の形をしたコンソールがあった。
最後は指紋認証だ。

「流石にここまでおいでください、と招いておいて。
 ここで締め出しを食らうといささか罵詈雑言を口にしたくなってしまうが」

右手の人差し指。あかない。中指、あかない。
三、四。 ――五。あかない。

「――おいおい。流石に嘘だろう?」

苦笑い。左手を翳す。
一、二、三――――反応。

「ここで開かなかったから、ゲームに対してよく使う罵倒をしてしまうところだったよ」

良かった。と扉を開く。
暗い部屋だ。

「―――ん?」

月夜見 真琴 >  
(客間……? いや……)

暗い部屋だ。室内にはなにかがある気がするが見えない。
ただ見えているのは、ぼんやりと浮かび上がるひと揃えのカウチセット。

――見覚えが、ある。
……………。

視線を巡らせる。部屋の奥に何かがある気がするが。
まだそれを使う時ではない――ような気がして。

「なんだろうな」

座れ、と言われている気がした。
ゆっくりと歩んで、座る。

「――おや」

柔らかな座り心地に息をつくと。
テーブルの上には、ワインが冷やされていた。
氷の音を鳴らして取り上げる。コリーナ・ルーナの19年もの。
生年のワイン。グラスは自分の分だけだ。
オープナーもあったので、栓を外して注ぐ。

「――――――」

血というには澄み渡り、甘やかな香り。
一口煽った。

誰かを待たねばならない気がした。

ご案内:「静止した城」にレイチェルさんが現れました。
レイチェル >  
客人を饗すカウチセットと、冷やされたワイン。
『何か』を待つ真琴の視界に現れたのは、白いワンピースを
着た少女だ。

流れるような金の髪は暗闇の中でも、その笑顔と共に
眩く輝いている。
顔立ちは未成熟、幼さを十分に残したそれであるが、
どこか艶めかしさを持っているようにも感じるだろうか。
幻想を切り取ったかのような幼子の姿が、そこには在った。
そして彼女が纏うその雰囲気は、
真琴がよく知っている雰囲気に、きっと似ている
ことだろう。

「こんにちは、お姉さん。ううん、こんばんは、かな?」

駆け寄る矮躯、歳にして10にも届かないといったところだろう。
無邪気に真琴の傍に近寄れば、その顔を下から覗き込むように、
にっこりと微笑むその表情には、塵ほどの警戒心もないようだった。

幼子である筈なのに、どこか艶めかしい色を備えたその顔は、
純粋な笑みを真琴に向かって投げかけるのみだ。
そうして、口にする。

「久々のお客さん、嬉しいなっ! こんな所まで来てくれるだなんて、
 相当『深い』んだね。
 さて……貴方に会いたがってる人が居るんだけど……会ってくれる、かな?」

小首を傾げて、少女は朗らかな輝きを見せる。

月夜見 真琴 >  
前触れもなく。
現れたその姿に、思わずグラスから唇を離して。
銀の双眸は凝、と少女を伺った。

「――おまえは」

ものを問うまえに踏み込んできたその姿に。
不思議とこちらも警戒心を抱かなかった。


グラスを置いて、その白い頬の稜線に指を這わせる。
笑顔には微笑をいらえとして。

「『深い』――場所、なのか? おまえの? おまえたちの、か。
 ここはてっきり、やつがれの場所かとばかり、おもっていた」

きかれた言葉には、すぐには応えない。


少しの思案の後に、重たく頷いた。

「――不法侵入を咎められても仕方があるまいね。
 その者がこの屋敷の主だというなら、ぜひ目通り願おう。
 このグラスが、その者の為のものでなければ良いのだが」

レイチェル >  
「私は、アミィ。皆からは、そう呼ばれてたよ」

頬を触れられても、嫌がる素振り一つ見せない。
寧ろ、それを心地よく、じゃれつく犬のように受け入れている。
まるで、『貴方の手なら受け入れる』と言わんばかりに。
差し出されたその手首に小さな白い腕を絡ませて、
紫色の無垢な宝石二つを真琴に向けて、口元を緩ませる。


「ううん、ちょっと違うかな。
 ここは『私達の場所』だけど、
 紛れもなく『貴方の場所』。
 要するに今、
 貴方と、私達は『深く』繋がってるっていうこと。
 私から言えることは、それだけだよ」

アミィと名乗る少女はそう口にすると、
するりとその手を真琴から離す。
そうして光輝くその場から闇へと一歩踏み出せば、
真琴へ向けて、小さな手を顔の横で振って見せる。



――世界が、変貌する。
暗闇の室内に、薔薇が咲き誇る。
若々しい緑の草木に囲まれて、見やれば
数多のイーゼルが林立している。

そこは、大広間であると同時に、真琴のアトリエでもあり。
そして、彼女達の庭園でもあった。


そうして真琴の背後から、
静かな寝息が聞こえてくることだろう。
すぅ、と。穏やかな微睡みの吐息が優しく耳を撫でるかのように、
真琴の耳に響いたことだろうか。

真琴の背後には天蓋付きの純白のベッドがあり、
その上で、よく見知った顔が未だ眠りについていた。

彼女が纏うのは、鮮やかな紅のドレスだった。

月夜見 真琴 >  
首を傾ぐと、白い髪が僅かに流れた。

 
「アミィ」

ささやくような甘い声で、その名を復唱する。
それが愛称であることは彼女の口ぶりからも察せられたが、
たとえば"レイ"とか、そうなるんじゃないのか?
穏やかな時間。同時に、胸裏がひどくざわついた。

紫の連星。見たことがない。
細い自分の腕からみても、更に細くみえる手指。
体温――、……自分は今、何をしている。何をみている?

「夢と夢が、つながって、いるとでも?
 おまえの、異能、なのか?」

随分、あたまの悪い問いかけになった。
そうではない可能性で、大きいものが思い浮かんでいるのに。


「――待てっ、アミィ!」

問わねば見失う気がした。
けれども、闇に踏み出した彼女に手を翳(のば)した瞬間。



「……………、」

空を切った手は、色鮮やかな庭園の空気を指でさぐって。
薔薇の芳香に包まれて、呆然と立ち尽くすばかり。

「――――っ」

びくり。
耳朶をくすぐる音に剥き出しの肩を跳ねさせて、
おそる、と背後を振り仰ぐ――寝台。
しばらく動揺の残る瞳でみつめたあとに、
花に誘われた蝶のごとくに、おぼつかない足取りで――近づいた。

「…………ああ」


見慣れた寝顔だった。あの白い巨塔で。
鮮やかな紅の衣。よく似合っている。
ただ血かどうかという以上に、自分に。
自分たちにとって意味合いのある色だった。

「久しいな、レイチェル」



指先をそっと、頬に這わせた。
彼女が"自分に会いたがっている人"なら。

その覚醒を促すために。

レイチェル >  
「……ん、ぁ」

優しく頬を撫でれば、ぱちりとその瞳が開かれた。
開かれて、そして。
目の前にある真琴の顔を見れば、ほんの少しばかり
視線を逸して。

「……真、琴……?
 それにしても何だよここ……ん~?
 よく分かんねぇ……けど――」

周囲を見渡すレイチェル。
林立するイーゼル、前に見たカウチセット、
そして咲き誇る薔薇の庭園。
奇妙なことにそれが、この一室に全て収まっている。
そうか、これは『夢』だ。
そんな思考もいつの間にか闇の中に吸い込まれて、
目の前の真琴へと、その紫色の宝石一つが向けられる。

「――よう、久しぶり」

少し申し訳無さそうな、そして何処かやはり嬉しそうな。
そんな繊細な表情をありきたりな笑顔という形で塗り潰して、
レイチェルは彼女にそう答えた。

月夜見 真琴 >  
「良く眠れたかな?」

紫色の瞳。いつものひとつ星。いつもというほどはもう見ていない。
穏やかな微笑みには、いつも皮肉の棘が混ざる。
ほんとうに、よく眠っていた彼女のことだ。
ろくに寝てもいなさそうだった彼女には、これくらい言ってやりたかった。

「あまり深くは考えなくていい場所、さ。
 そうでもなければ、ゆっくり話すこともままならない。
 いますぐ着替えて登庁する、などと言い出すなよ」

ベッドに腰をかけた。
夢かもしれない彼女にささやきかける、どこか虚しい行為でも。
あまりに生々しく、レイチェル・ラムレイがそこにいる。

そっと、彼女の掌に、自分のそれを重ねて。

「ここに来るまで、ずいぶんかかったぞ。
 本当に難儀させられた。どれほど遠かったのだろう。
 生まれ年のワインで饗してもらったが。
 おまえの、知り合いかな。あの子」

ばつの悪そうな顔を覗き込む。銀の双眸。

そして悪戯っぽく、ささやくように。

「――アミィ」

レイチェル >  
「……ごめん、随分と寝ちまってたみたいだ。
 心配させちまったよな……」

目の前に居る真琴。少し前にアトリエで見たはずの顔。
しかしどこか、懐かしいような雰囲気を感じる。
彼女の雰囲気に、声色に、その懐かしい匂いが重なっている。
レイチェルは、そんな気がして仕方がないのだ。
だから、その顔をまじまじと見つめる。

それでも、目の前の相手から『深く考えなくていい』と
言われたのなら、その力を抜いたレイチェルの心は、
波紋一つ立たぬ水面のごとく穏やかになった。

夢かもしれない彼女でも、レイチェルにとってやはり真琴は真琴だ。
警戒心など見せず、レイチェルは両腕を後方へやり、リラックスした姿勢をとる。

「あの子……?」

そして、夢の真琴が口にする、その言葉。
ずっとずっと忘れ去っていた、忘れ去ろうとしていた、
その名前。

「な、ななっ!? な、なんで……お前が、その名前っ……」

その名を悪戯っぽく囁かれれば、レイチェルは頬を紅潮させる。そうして
見開いた目を真琴に向けながら、ベッドの上で肩を縮こませて足を閉じ、
身体を小さくするのだった。まるで、小動物である。

耳が、声の調子が、真琴の目の前で弱々しく垂れ下がる。

「……知ってんだ、よ……」

そうして周囲を見渡し、咄嗟にベッドの上に置いてあった白い枕を手に取ると、
それを胸の前で抱えるのだった。
それは両者を隔てるには、あまりに儚く柔らかな壁であったが。

月夜見 真琴 >  
「ずるい、かな」

恥じらうような姿に向けた微笑には、どこか寂寞をみせる。
眠っている間に、寝顔を盗み見て。彼女の秘密さえ奪い取った。
少しばかり、罪悪感もあった。惨めな気持ちさえあった。
誰もかれもが真っ直ぐに、こうして彼女に近づいている筈なのに。
現実では、自分にこうする資格はないから、近道ばかりを。


「アミィが、おしえてくれたよ」

今度はこちらが、困ったように笑う番。
ゆっくりと手をもたげ、垂れ落ちた金糸を指でふれた。


「やつがれは、おまえのことをほとんどなにも知らない。
 ネコマニャンのグッズに目がないこととか。
 その――しょんぼりしている耳に息を吹きかけてやると」

乗り出して、ふっ、と吹きかけてやる。

「おもしろいことは、しっていても。
 恥じらうような名前を持っていることも、知らなかった。
 強さも、眩さも、間近でみてきたつもりだったのに」

どこか郷愁を思わせる言葉ばかりを口にして。
時間が停まったまま、過去の絵画を眺めながら語るように。
顔を伏せて――、そして。
彼女にもたれかかる。すがりついた。
障壁である枕に顔をうずめて。

「――…………アミィ。
 このなまえは、おまえにとってどういう"秘密"なんだ?
 おまえがあのとき、服を剥ぐように無遠慮に暴いてくれた、
 《月夜見真琴の秘密》と、同じようなものなのか?
 おしえてくれ。 時間は……ある、はずだ。
 冷たいコーヒー一杯だけの時間で、終わらない夢であってほしい」

レイチェル >  
「ずるい……?」

彼女の胸中を知ることもなく、レイチェルはただ、
ぽかんとした表情でその言葉を聞くのみだった。
それでも何も思わないレイチェルではない。
夢の中だとしても、
彼女の胸の内にあるものを、知りたいと思った。

「教えてくれた……ね。そうか、そうなんだな……」

夢の中の彼女が言う言葉は、時々分からなかった。
それでも、レイチェルは不思議と受け入れる気持ちになった。
そんな中で。

「ふ、あっ……!? 馬鹿っ! や、やめっ……」

耳に息を吹きかけるのだけはやめろと、ずっと昔に言った筈だ。
それなのにこいつは、また。やれやれ、やってくれる。


目の前の相手は、夢の中の真琴は、自分の過去を知りたいという。
なら、答えなければいけない。どうせこれは夢なのだ。

「……アミィ。アミィは――ずっと昔にオレが、捨てた名前だ。
 昔、まだ何も知らない、戦う力もないガキだった頃。
 オレの家族は、悪魔に全部奪われた。全部、全部だ。
 オレの父親が、悪魔に取り憑かれちまってな。
 オレの右目も、その時に食われたよ。そして、な――
 










 そして、師匠に助けられたオレは、レイチェル・ラムレイの名前を与えられて、今はレイチェルとして生きてる。
あの時から今まで、ずっと」

それが、アミィという名前の真実だと、レイチェルは静かに語って聞かせたのだった。
そうして、語り終わった後にレイチェルは、真琴の方を見やる。

「               」