2016/05/04 - 21:55~02:18 のログ
ご案内:「女子寮・三枝あかりの部屋」に三枝あかりさんが現れました。<補足:パジャマ姿。>
ご案内:「女子寮・三枝あかりの部屋」に梧桐律さんが現れました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを持つ赤髪の少年。その瞳は焔のように蒼く燃えて。>
三枝あかり > 「……………」
天井が歪んで見える。
熱だ。咳だ。とにかく風邪だ。
「フフフ………この私の異能、虚空の神々(インフラブラック)にかかれば…!」
パジャマ姿のまま手を棚に向ける。
重力と斥力を自在に操るその手は、体温計を棚から浮遊させ、掌にぴしっと収めた。
「…………」
熱を測る。外角高めだった。
「もうだめ……」
視界が歪んでいるため、携帯が弄れない。
昨日シャワーは浴びたものの、もう汗をかいている。
地獄であった。
梧桐律 > この情報化社会にあって、完全なる音信普通というのはなかなか考えづらい事態だ。
思いつく限りの手段を試してみて、尚も万策尽きたということは何やら不穏な示唆を含んでいる気がする。
思えば、生活委員会はその名の穏当さからは想像もつかないほど敵が多い。
その是非を論じる気はない。気がかりは、三枝あかり個人のことだ。
何か良くない状況に巻き込まれているんじゃないか。だとすれば、逡巡を捨てて行動すべきだ。
あれははこの寄る辺なき死霊が現世にとどまるための楔のようなもの。唯一無二の存在なのだから。
女子寮の前。かつて住み慣れたこの地にたどり着いてふと気づく。
「………中には…入れないよな……」
残念ながら、奇神萱は使えない。学園都市を去ってしまった。
―――仕方ない。他のを使おう。
三枝あかり > 女子寮の前には見回りの女性異能者がいる。
結構な割合で近距離パワー型の異能を持つ彼女達は、女子寮の番人である。
卒業生になるまで風紀で鍛えた彼女たちは女子寮の警備を任されるという形で今もこの島にいる。
現在、正門前に二人。裏口に一人。
梧桐律 > 首が痛い。ロビーで大口を開けて眠りこけてた所為だ。
名も知れぬ女子生徒の、筋肉痛気味の手足をぐっと伸ばしてガラスのテーブルを覗き込む。
栗色の長髪。見るからに健康体で、活発そうな運動部風の上級生。
それが今の俺の姿だ。
風邪を引きかけているのか、むずむずする鼻の頭をこすって辺りを見回す。
人影はまばらだが、かといってセキュリティがおそろかになっている訳ではない。
建物の正面に鉄の守りを誇る門番が二人。裏手にも人員が配置されているとみて間違いない。
ここの住人だった頃は気にも留めなかったが、下手を打てばただでは済まない気がしてならない。
今は、ひとまず。
「様子を見に行くのが先だな…」
うろ覚えの部屋番号を探して呼び鈴を鳴らす。ドアを叩く。
三枝あかり > 『あ、サトコ先輩じゃないっすか、どしたんすか』
『今日の朝練マジきつかったっすねー』
部屋の中でダベってた体育会系女子たちが手を上げて挨拶してくる。
この世界でも運動部の上下関係はしっかりしている(のか?)。
『そういえばー、1年のミッチーが2年のあの、誰だっけ…とにかくコクられたらしいっすよ!』
IQ低めのガールズトークが始まる。
梧桐律 > ………ハズレだ!!
今はやめろ。具合が悪い。一刻を争う事態かもしれないというのに。
「お、おーお前ら! どーしてるかと思ってなー…」
「へぇ、ミッチー…あの子がね」
「そっかーなるほどなぁ…そーいうお前らはまだなん? どーなのさー言ってみ言ってみ?」
また眠りこけてるやつを探しにいくところからやり直しなんて御免こうむる。
この場は何とか切り抜けるしかない。
「ん、ところでさ。この辺に三枝…なんてったっけ?」
「そだ、あかりだ。部屋、あるだろ? 誰か知らない? 部屋番とかさ」
口調が間違ってたらすまない。
三枝あかり > 『先輩その喋り方……』
『うん……』
女子達が一斉に顔を向き合わせる。
『尾賀先輩の真似っすね!!』
『やっべ、超似てますよぉ!!』
どっと笑いが起きる。誰だ尾賀。
『ええと、三枝あかり? 荒事でもあるんすか?』
『そうそう、あの子たしか超強い異能に目覚めたらしいっすからねー』
異能の印象が先立つ、イマイチ影の薄いあかりだった。
『三枝あかりなら211号室っすよ、なんか風邪ひいてるらしくて連絡網回したんで覚えてますっす』
『風邪かー、今の季節のキッツいっすからねぇ』
梧桐律 > 「だっろー? あっはっはっはっは」
笑うしかない。引きつった笑みになっていないといいんだが。
「あ、風邪ね。そういうことだったか…こっちも連絡つかなくってさー」
「ちょっと様子見てくるわー。あ、あと今のさ、尾賀ちゃんには黙っといてくれる?」
口の前に人差し指を立てて、こほんと咳払い。
「明日も早いぞ。早く寝よろなー!」
ばたん。
201号室のドアの前で深々と溜息をつく。ほんの数分でどっと疲れた気がする。
薬局に寄っていこう。おでこの冷えるやつとか、普通は常備してないからな。
あと軽食と甘い飲み物なんかも。
パッと見死体にしか見えない俺の身体から財布を抜いて往復。その間だいたい15分くらい。
気を取り直して、211号室の呼び鈴を鳴らす。
三枝あかり > 『ういーっす、おやすみなさい!』
『内緒っすねー、わかりました、今日のサトコ先輩マジパネーション』
ドアが閉じられ、伏魔の部屋は隔絶された。
そして。
「……はい」
死人のような顔をした三枝あかりが呼び鈴を受けて出る。
「あっ……サッカー部の竹林先輩、でしたっけ」
あまり馴染みのない訪問者、一体自分に何の用事なのだろう。
梧桐律 > 竹林キナコ。サトミ。違う。……サト…?
とにかくフルネームが揃った。サッカー部の。なるほど。
「やほーあっかりーんおひさー!! ウチの部の子たちが風邪ひいたって言っててさー」
買い物袋をみせる。
「わ、顔真っ赤じゃん! 平気? 熱何度あるの?? ダメだよー寝てないと!」
「てか、あたしが呼んだんだっけ。えへへへ…まあまあまあ、とにかく入れてくれる?」
廊下にはまだ、人の目がある。
肩を押して、部屋の中へと。
三枝あかり > 「え、あ、その……お久しぶりです…」
いきなりパーソナルスペース内に踏み込まれると眼が死ぬ。
そんな生き物である。三枝あかりは。
「ああああああ……今部屋が散らかってて………!」
完全に心が死んだ状態で部屋の中まで押し込まれる。
重力と時間を操る異能者は、押しに弱い。
梧桐律 > 後ろ手に鍵を閉めて、外界から切り離される。
やっと真相にたどりついた。深く深くため息をつく。
「もっと酷いのも見たことあるぞ。汚部屋って程じゃない」
「生ゴミが散らかってないだけまだマシだ。それに」
さっそくお店を広げ、荒れた喉にきく柑橘系の温かい飲料のミニボトルを投げる。
「ここに来るのは初めてじゃない。まだこっちにいた頃に何度か」
「空気が澱んでるな。換気しても?」
返事を待たずに窓を開ける。栗色の髪が夜風にそよいだ。
三枝あかり > 鍵を閉められるとああもうダメ絞められると感情が氷点下に。
なんだって私はサッカー部の先輩にここまで恨まれたのだろう。
さようなら梧桐先輩。私はここまでのようです。
その時、聞こえてきた言葉は。
「え、あ、あれ……梧桐、先輩…?」
投げられたミニボトルを異能で速度を緩やかにして両手でキャッチ。
「あ、う、ああ…!」
真っ赤になって後ろを向く。
「梧桐先輩じゃないですか……今すっぴんだから見ないでくださいよ…」
熱があがった! …それどころじゃないだろうに。
梧桐律 > 「俺だ。奇神萱は使えなかった」
短く応える。この姿は一体どんな風に見えてるやら。
「さっき見ただろ。もう遅い。風邪ひいてるやつが化粧の心配してどうするんだ」
「こっちは事情もわからなかった。それどころじゃ…」
回り込んで、三枝あかりの手中に収まったボトルの蓋を開けにいく。
弱ってるときは力も出ない。開けてもらえると嬉しかった、はずだ。
他には、たしか。
「飲んだら寝る。飯はどうしてた? 熱は出たままか? 頭は痛むのか?」
くしゃくしゃになった寝具を直し、しわを伸ばして枕を正しい位置に戻す。
散らかった衣服は一箇所に集め、ごみ箱から溢れかけたちり紙を別の袋に移して。
「替えはあるのか? 汗かいたままは良くないぞ」
三枝あかり > 「先輩……携帯何度か鳴ってたんですけど、ちょっと出れなくて…」
そうだ、自分は風邪だった。
思い出すと具合が悪くなる。
「は、はい……」
水分を摂取すると、ベッドに横になった。
「ご飯は、ステーシーに買ってきてもらったり、食べなかったり…」
「熱は結構高いです、頭痛はそれほどでもないですけど咳が」
ふぅ、と熱い息を吐く。
やっぱり梧桐先輩の隣は安心する。
「替えはあります、けど」
視線で部屋の隅を見る。ステーシーが洗って干して取り込んでくれた替えのパジャマ。
よりによってデスティニーマウスのやつ。
うう。子供っぽい。
梧桐律 > 「なるほど、猫に頼めばよかったのか………俺は一体何を……」
猫、というのはステーシー・バントラインのことだ。
男所帯の生活委員会ゆえ、すぐに思いつかなかったのが悔やまれる。
事情をたずねていればあっさり真相にたどり着いていたのだ。
栗色の髪をふり、頭をかかえつつ。
来てしまったものは仕方ない。するべきことをするだけだ。
おでこに手を伸ばして、自分の―――竹林某の―――熱と比べてみる。
「わかった、あれに着替える。お前は寝たままでいい」
ネズミのマスコットのついたパジャマを取りにいく。
「昔、一度だけ行ったことがある、そうだ。両親に連れられて。そう聞かされてる」
「小さい頃のことはよく覚えてない。かけがえのない記憶のはずなのにな」
おなじみのモチーフを目にしても、特別な感慨が湧いてくれない。
残念なことだが、本当に忘れてしまったのだろう。
「好きなんだな。一人で脱げるか? 駄目なら手を貸す。抵抗は無意味だ」
三枝あかり > 「……ステーシー、自分の携帯が鳴るたびに尻尾と耳がピンと立つタイプの子ですから…」
『着替える』。梧桐先輩はそう確かに言った。
ミハエルでも津軽でも気軽でもなかったはずだ。
「へ?」
耳を疑った。寝たままでいいって。え? 脱ぐの?
「……私も、お父さんがまともだった頃にデスティニーランドに家族で行ったことがあって」
「私もお兄ちゃんも、忘れられないんです……あの頃の思い出を」
うー、と唸って上半身を起こした。
「…先輩のえっち」
観念してパジャマの前ボタンを外した。
「……背中、拭いてくれませんか」
そのまま下着姿の背中を向けて。
梧桐律 > 「忘れたくても忘れられない。覚えていたくても、いつか忘れる」
「忘却は神意のごとく。あるいは救いにも似て、思いどおりにはなってくれない」
「そのことを嘆くべきかどうかもわからない」
「アストル・ピアソラはその繊細な機微を穏やかで切ない旋律に変えた。『オブリビオン』だ」
こつんとおでこを小突く。
「熱が出てるときはおかしなことを口走るものだからな」
「うわごとだと思って聞き流しておく」
タオルを水にさらして絞り、蒸れた背中を拭きはじめる。
音楽の天使の匂いのようなものが普段よりいっそう濃く嗅覚をくすぐる。
熱に浮かされた白い肩に触れ、手を添えて溜まった汗をふき取っていく。
「食欲は? まだ下がりきらないなら食えないか」
三枝あかり > 「オブリビオン………忘却の機微…ですか」
額を小突かれると、視線を下げた。
「すいません……先輩…」
背中を拭かれると、心地よさと恥ずかしさが頭の中で膨らんだ。
今の自分は少し大胆だ。きっと熱のせい。
「はい、食欲はあんまりないので……死なない程度には食べているので気にしないでください」
「あの……そろそろ着替えさせてもらっていいですか? 今日はせっかくなので甘えてしまいます」
梧桐律 > 「ピアソラはいいぞ。『カフェ1930』も気に入ってる。『天使のミロンガ』も好きだ」
「出来はともかく、ヴァイオリン向けの譜面に直したやつがある。元気になったら聞かせてやるさ。約束だ」
「……とにかく、おかしなことになってなくてよかった。俺が言えるのはそれだけだ」
熱の立ちのぼる白い肩に唇を当てて、マスコットつきのパジャマをかける。
片方ずつ袖を通させて、それから。
もうひとつのピース、パジャマの残る半分を手に病人の姿と見比べる。
「熱さましの市販薬ならここにある。先に熱が出た方がいいって説も聞くが」
「風邪の治し方はいろいろだ。凍りついた湖に落とすやつもあるし、徹底的に着込むやつもある」
「結局、よくわからないな…薬がいるなら言ってくれ。飲んでおくだけでも安心はする」
三枝あかり > 「……約束ですよ。絶対に絶対です」
「約束を守ってもらったことがあんまりないので…」
「こういうの、気にする女ですよ、私」
冗談めかして笑いながら、思いを馳せる。
きっと彼はまた私に向けてわかりやすい説明をしながらヴァイオリンを弾いてくれるのだから。
「下……」
観念して脱ぐことにした。熱で思考回路が上手く働いていないのもある。
「最近、ちょっと太ったので……あんまり太股を見られたくなかった…!」
乙女の悩みはいつだってシリアス。
「ええと、熱さましがあるなら助かります、今切らしているので」
「……水で飲んだほうがいいんでしたっけ…」
梧桐律 > 「前回は演ってる最中に公安に踏み込まれてな。楽器を弾くしか能のない男にあれは堪えた…」
「結局最後まで演りとおしたわけだが、それも挑発と取られてなおさら物騒な事態になった」
遠い目をする。過去に属することがらとはいえ。
「今度はそうはならないはずだ。安心してくれていい」
不死鳥は灰に還った。その灰すらも時の流れが吹き散らしていくことだろう。
「そんなことないよ、とでも言えという振りか。なるほど…?」
生活臭がありすぎる部屋のド真ん中でふとももを眺める。……よくわからなかった。
「心がけは立派だが、そこまでの審美眼を期待されても困る。言うほど悪くはないんじゃないか」
冷水にさらし直して、すこし困り顔のまま脚を拭きにかかる。解熱剤と水は別に用意した。
三枝あかり > 「おおう………」
公安の人はお仕事なのです。
だから仕方ないと言うには悲しすぎる出来事。
「ええ、信じます。私は、先輩のことを、信じます」
太股について言及されるとさすがに精神が磨り減った。
シリアスプロブレムだったのに……
「そうですか……はい…」
足を拭いてもらった後にすごすごとパジャマの下を着た。
梧桐先輩は嘘のつけない人だ。
「……先輩」
解熱剤を水で飲み下した後に、彼(今は彼女かな?)を呼んだ。
「すっごく心細かったので。ナイスタイミングです。ありがとうございました」
再び横たわりながら、微笑んだ。
梧桐律 > 「デコを出せ。最後にこれを貼っていく」
貼った場所がひんやり冷えるやつだ。仕組みは不明。
だが熱が出た時にはひどく気持ちがいいアレだ。
「どういたしまして」
栗色の髪かきあげて、デコに口付けをして。
その上からぺたりと貼って、一件落着。
掃除洗濯に炊事だの何だのは猫の役目だ。
そこまでお節介を焼く必要はない。
「竹村…サヨコだったか、この身体も借りっぱなしには出来ないからな」
「置いてきた身体も気がかりだ。少しだが、食い物と飲み物はここに」
窓に施錠しなおし、片付けて部屋を出ていく。
「また来る……っくしゅん!!……いや、平気だ。何ともない。お大事に!」
三枝あかり > 「ん………」
額を出す。あのひんやり冷えるあれはとてもありがたい。
そして額に口付けされると、口を尖らせた。
「不意打ち。ずるいですよ、先輩」
でも嬉しい。とっても、とっても。嬉しかった。
心配して見に来てくれたのも。
看病をしてくれたのも。
汗を拭いてくれたのも。
額にキスをしてくれたのも。
全部。全部。大好きな人がしてくれたのだから。
「竹林サトコさんです……」
「ありがとうございまし……風邪、移りました?」
ああ、竹林先輩。すいません。本当、すいません。
それから二日後、私は完全に復調した。
苦しかったけど、苦くはない思い出。
それと、大切な約束。
ご案内:「女子寮・三枝あかりの部屋」から梧桐律さんが去りました。<補足:古色蒼然たるヴァイオリンを持つ赤髪の少年。その瞳は焔のように蒼く燃えて。>
ご案内:「女子寮・三枝あかりの部屋」から三枝あかりさんが去りました。<補足:パジャマ姿。>