2016/05/21 - 00:22~02:39 のログ
ご案内:「教室」にヨキさんが現れました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拘束衣めいた袖なしの白ローブ、白ロンググローブ、白タイツ、黒ハイヒールブーツ>
ヨキ > 「――では、今回の講評会は以上。質問のある者はいつでもヨキのところへ来るように」

異能で造り出したという指示棒が、音もなくとろけて手のうちへ溶けて消える。
新学期が幕を開け、粘土で自画像ならぬ自分の首像を作る授業が終わったところだった。
今後の授業への楽しみを見いだしたらしい者や、未だ手ごたえを掴みきれていない者を前に、
にんまりと笑う口はいやに大きく見えた。

「と、ヨキの授業はこんな感じだ。教えるところは教えるし、言わんところは言わん。
 その代わり放課後のデザートへの誘いはいつでも受け付けるでな」

時計を見れば、終了のきっかり五分前だった。締め括って、学生らが各々片付けに入る。

長身で、馴れ馴れしく、その割にルールに厳しい、獣人の教師。
人数はそれほど多くはないが、こうしてヨキの授業は今年も地道に続いていた。

五月の陽気に、美術室の扉は開け放されている。
和やかな空気が、廊下にも漏れ聞こえてくることだろう。

ヨキ > 間もなく作品や道具類が壁の棚や準備室へ仕舞われて、室内ががらんとする。
そこで丁度よく授業が終了して、美術教師は満足そうに笑った。
まるで授業の時間配分というゲームに、勝利でもしたみたいに。

「今回は小品であったが、次からは素材もサイズもどんどん増やしてゆくからな。
 楽しみにしているがよい」

諸手を広げて一礼。
先生じゃあね、お疲れさま、と退室してゆく学生らを見送った。

「さて……」

伸びをする。昼飯からそれなりに経ったが、日が暮れるにはまだ早い。

「おやつにしよう」

ひとたび決まれば、後はあっという間だ。
準備室から緑茶のペットボトルとコンビニのエクレアを取ってきて、
空いたスツールを心地よい風が吹き込む窓際に据えた。

ヨキ > 大きな口で、生クリームがたっぷりと盛り込まれたエクレアを頬張る。
窓の下では、陸上競技の授業に打ち込む者たちの姿が見えた。

「んまい」

決行するなら、晴れた夜がいい。
梅雨に入るとローブが汚れる。
冴えた空気に血の臭いが飛ばぬうち、手早く、スマートに。
騙される婦女子の増える前に。

男は手に掛けた後にすることがない。女のように、犯して尊厳を損じることが出来ない。
肉は食っても美味しくないし、何しろ体毛が舌に絡む。

だがヨキがやらねば誰がやる?

長身で、馴れ馴れしく、その割にルールに厳しい、獣人の教師。
悪の手を落第街やスラムの外へ広げようとする不貞の輩を排除する、
正義の人こそこのヨキである。

悪事を裏通りで済ませれば、ヨキに殺されることもないものを。
揃いも揃って、どうして表へ出てくるやら?

そのようなことを考えながら、鋭い牙がもしゃ、とエクレアを食んだ。

ヨキ > ヨキがその「もう一つの仕事」を人に明かさず、人気のない夜にすべて事を済ますのは、
何のことはない、“見られるとびっくりされちゃうから”である。

彼は標的を殺害した後には現場を隅から隅まで徹底的に掃除するし、
どんな相手でも肉の一片すら食べ零さず、相手がどんなにレアなCDを持っていたって盗みはしない。
正義の味方が悪に染まってはならぬからだ。

これから先いい教え子になりそうだ、と思っていた女子を食べた口でエクレアを頬張り、
スーパーのセール時間を考慮しながら次の計画を立てる。

このヨキには何の憂いも、悔いも、躊躇いもない。
秩序を毒する彼らは最早ヨキの、そして常世学園の学生ではないのだから。

「ごちそうさまでした」

指にはみ出したクリームを舐め取って、茶で喉を潤した。
甘味を摂取した顔が、土気色ながらイキイキと輝いている。

ご案内:「教室」に鏑木 ヤエさんが現れました。<補足:肩まで伸びた、濁ったクリーム色の髪。 鮮やかな紫の瞳。ノースリーブの白いワンピースに薄手のカーディガン。>
鏑木 ヤエ > 「こんにちは、久方ぶりですね」

久方ぶりに顔を合わせるというのに、昨日も近所の公園で話をしたような口ぶりだった。
腰まで伸びた重たいロングヘアは今や肩までで短く切り揃えられている。

特になんだって理由があって立ち寄った訳ではない。
何でもないようにあれだけ出来なかった進級が出来てしまって、
何でもないように苦手だった早起きも出来るようになってしまって。
そんな――"なんでもない"一介の学生になってしまったゆえに思わず、である。

「やえのぶん、残ってねーんですか」

ずかずかと押し入り踏み込み、美術室の机に頬をついた。

ヨキ > 椅子から立ち上がって伸びをしたところで、知った顔が目に入る。

「やあ」

ヨキの顔がぱっと明るむ。
遠方から恋人が尋ねてきたかのような笑顔だった。

「鏑木くん、久しぶりだな。その髪型、よく似合ってる」

ひらひらと手を振って、無遠慮に入ってくる小柄なヤエを見下ろす。

「君の分?おやつのことかい?それとも課題のことかな」

笑って、準備室の方を見遣る。
何かあったかなあ、と呟きながら引っ込んで、暫し。
菓子の袋をたくさん抱えて戻ってくると、頭を掻いた。

「生菓子はみんな食べてしまったからな……。
 乾き物しかないぞ」

机上に並べたのは、せんべい、豆菓子、かりんとう、いかフライ、ポテトチップ。
準備室に隠し持っておくにしてはどう見ても多い。

「大事に食べてくれよ。
 どいつもヨキの大事な『非常食』なのだからな。

 ――それで?
 五月も半ばにヨキのところへ遊びにくるとは、君は未だ無事に学生で居られているらしいな」

鏑木 ヤエ > 課題、と聞けば黙って首を振り、無言の否定を遂げ。
それから褒められれば「トーゼンじゃねーですか」、と緩く口元を持ち上げた。

「『失恋したのかい』、なんて言わねーのはオトコの心遣いってヤツですかね。
 いただきますよ、だありん」

如何考えてもだありん、には傍点が振ってあった。
いかフライにのんびり手を伸ばしながら、鞄の中の乳酸菌飲料を取り出した。
パキ、と乾いたペットボトルを開く音。
ばり、といかフライの袋を開く音。

ほんの少しばかりの沈黙を添えて、ゆっくりと口を開く。

「ええ、無事に。
 無事に進級をしてしまった上にこうやって当たり前に学生をしている訳でして、」

薄い表情にほんの僅か影が落ちる。

「おかしくねーですか?
 当たり前に、フツーになってしまったワケでして。
 やえのアイデンティティを華麗に喪失しちゃった旨を一番関わりのありそうなセンセに
 お伝えにくるついでに進路相談でも、と思ったんですよ。
 進級できねーモンかと思っていたので、将来のことなんて微塵も考えてなかったんですよ」

ぼり、ぼり。
真面目な表情でいかフライを咀嚼するさまはどうにも情けなかった。

ヨキ > 「君が失恋?まさか。
 だって、鏑木くんとヨキはまだこうして繋がってる」

事もなげに言って二人分の椅子を並べ、いかフライの相伴に与る。
いかの形をした、五枚百円でスーパーに売っている、よくあるアレだ。
一枚割らずに口まで運び、ぱりん、と齧る。

「何だ、君のすべては寝坊と落第で成り立っていたのかね?
 ヨキのハニーがそんなにつまらぬ女だとは思わなかったが」

ボトルの茶を飲むと、喉が鳴る。一口一口がやたらと大きい。

「ヨキは目出度いと思うがなあ。
 アイデンティティとか言いつつ、単に途方に暮れてるだけだろう?」

笑って、頬杖を突く。

「卒業に一歩近付けたではないか。
 こうやって、『相談』に来てくれるだけ天晴れなものだ。
 女一人の面倒を見るだけの蓄えはしているが、
 何も考えない者に脛を齧られるだけは御免なのでなあ」

人形がいかフライを齧っているような有様を、のんびりと眺める。

「学校がスキなら進学する。学校がキライなら仕事に就く。
 まずはその二択から始めてみては如何かね」

鏑木 ヤエ > 「途方に、」

はた、と目を瞬かせた。
思ってもみなかった言葉が返ってきた。
少なくとも自分一人では見いだせなかった視点からのなんでもない、
それこそ当たり前で普通の返答だった。

途方に暮れている。
誰が? ――鏑木彌重が?

「ヤだなあ、やえはその程度の女ですよ。
 寝坊と遅刻と落第を失くしたやえなんてどこにでもいる女です。
 
 途方に暮れてるとしたら、そうですね――」

緊張を隠すように乳酸菌飲料を口の中に流し込む。
もう暦だけで言うならば初夏、いつのまにやら温くなっていた。

「この学校にいれなくなるかもしれない、とか思っちゃってるからかもしれねーです。
 ほら、ここってやっぱりすごい人ばっかりじゃねーですか。
 イト――……なんて言いましたっけ。完璧超人、みたいなヒト。
 美人で頭もよくて、なあんて。

 そういうヒトが来るための学校に、やえみたいなヤツが紛れ込んでるのもどうかと思いまして。
 ちょっと前のやえならある程度はちょっと面白いヤツだったじゃねーですか。
 留年芸ってワケでもねーですけど。

 いま、なんでもなく進級して学生やってるやえって紛れもなく普通じゃねーです?
 ある意味で言えば普通からイツダツしてるともいうかもしれねーですけど」

じ、と金色を見遣って言葉を選ぶように机を数度叩いた。

「学校はスキですけど、なんか違うんですよ。
 キライと言うのも少し違いますしね。曖昧なんです。
 ちょっとだけ、いつもに増して迷子になってんのかもしれねーですね」

ヨキ > 「ははは。君がどこにでも居るって?それこそまさか、だ。
 君みたいにがさつで、口が悪くて偏屈で、遠慮のない娘はなかなか居ないよ」

真正面から言い切った。

「学校に籍を置くというのは、社会に出る前の『猶予期間』だよ。
 学んで、人と過ごして、好きなことと嫌いなことを見つけて、社会に出てゆく。
 勉強とか、人付き合いとか、趣味とか特技とか。
 今はその、いろんな好き嫌いを選別しなくてはならない時期なのだと、ヨキは思うのだよな」

一語一句に対するヤエの反応を見ながら、言葉を続ける。

「君にとっては、『不真面目』が心地よかった。
 でも、そのせいで進級できないことを君は知ってた。
 それで今回、何の因果か『進級のボーダーライン』を超えてしまって……、
 君は『不真面目』ができなくなった。

 勉強、早起き、新しいクラスメイト、新しい授業。
 突然放り出された新しい環境で、スキだった『不真面目』が続けられなくなって、君は困ってる。

 ……違うか?」

首を傾げる。

「そりゃあ、朝起きて学校に来て授業を受けるのは、学生にとって『普通のこと』さ。
 確かに今の君は『普通の学生』やも知れんが、『普通の女の子』だとは思わないな。

 それは『学生にとっての普通』をこなしているだけであって、
 『普通の男の子』『普通の女の子』など、どこにも一人だって居るものか」

それでは、と少し考える。

「君にとって楽しい趣味だとか、休日にそれをやって、気晴らしになることは?
 以前にも少し、映画の話をしたではないか。

 好きなこと、それ自体を仕事にしたってヨキは構わんと思うし、
 好きなことのための『遊ぶ金欲しさ』に仕事をしたって、別に自由だと思うのだよな。
 君が暮らしに不便をせず、人に迷惑を掛けない範囲ならばね」

鏑木 ヤエ > 「ヨキ先生」

せんせい、ときちんと名を呼んだ。改まって軽くも重くもなく。
モラトリアム真っ最中、去年まで学校側に「進級できない」と判定されていた一個人が。
唐突に新しい環境に放り込まれればそれは彼の言う通り困るのも間違いがないだろう。
それでも、

「ねえ、やえは今からセンセに甘えます。
 学生って立場を存分に生かしてやえは甘えてしまいます」

「怒るなら後にしてくださいね」、と軽い笑顔を添えた。

「したいしたい、ってことが現実できちゃうと
 大してしたくなかったんだ、って気付くんです。
 好きも嫌いも全部仕分けても、どうしてもひとつだけ問題に直面するんですよ。

 やえは、自分が嫌いなんです。
 だから、ここから先やえがどんな選択をしようが変わらねーんです。
 学校がスキなら進学する。学校がキライなら仕事に就く。
 それはようくわかるんですよ。
 それに一番初めに置き換えたのが"ジブン"だったんです。

 だから、学校がキライなら仕事すればいーですけど、
 やえがやえをやめることってそうそうできねーじゃねーですか。

 やめたとしても、ホントはやめたくなかったんだ、なんて思うやもしれません」

少しの沈黙を挟んで、申し訳なさげに顔を上げた。
フツウ、フツー、と幾度か繰り返してまたいかフライを齧る。
バリボリと噛み砕いてからまた飲み物一口、言葉を次いだ。

「『普通の男の子』『普通の女の子』ってホントにいねーんですかね。
 個性と魔術に溢れたこの学校にはいねーかもしれねーです。
 それでも、もしこの学校を卒業して本土に行ったらどうなっちゃうんでしょうか」

苦笑い。

「その他オーゼイ、になってしまうのが怖いんですよ。
 だから人と違う不真面目がやえは大好きで、大好きなんです。
 けど、今の本土だったらどーなるんでしょーか。
 この島がもし、」

もし、もし、と繰り返す。
杞憂だとわかっていても、想像は我が身をじりじりと灼いていく。

「確証のないこの世界に生きるのが怖えーんです。
 ゲームの背景グラフィックになっちゃうことが。
 だから人と外れたことが――だから、悪いことをしたくなんですよ。
 この学校にはイイコはたくさんいます。
 だから、やえは悪い子でいたいんですけど。

 そうした場合って、どうすればいんですかね。センセ」

ヨキ > 「いいよ、存分に甘えて。
 ヨキは学生に甘えてもらうのが仕事だよ。
 そうでなくとも、君には甘えられたっていい」

低い声が穏やかに答えて、口を噤む。
ヤエの言葉を取り零さぬよう、じっと耳を傾けた。

「ヨキは学校に行ったことがない。
 人間になったときにはもう大人の姿をしていて、
 縁あってここの教師になって。
 だから君が望む答えや、君が納得できる答えをやれるか……
 ついぞ自信はないのだが」

そうして徐に、選ぶように答えを返す。

「君は、悪い子でいいよ。
 常識から外れたことは、いくらだってしてくれていい。
 その代わり、人のルールから外れたことをしてはダメだ。

 ルールを守りながらに、『人から外れたこと』を成した人はたくさん居る。

 単にルールを破ることでしか『人から外れたこと』を表現できないのならば、
 ヨキはそれ自体が『普通』の、つまらぬ発想であると思っている。

 ヨキは人の驚くようなことを仕出かす者が大好きだ。
 だが、人に迷惑を掛ける者のことは大嫌いだ。

 良くも悪くも、『人から外れたこと』は沢山あるよ。

 君が自分自身を嫌いでも、一向に構わない。
 その代わり何か……自分の外に、スキなものを作ってほしい。
 嫌な気分を、いっときでも忘れられるほどのものを。
 それを続けて、身に着けて、知らしめるんだ」

少し黙って、首を振る。

「……ヨキには勧められないこともある。
 真に『悪いこと』を、歓迎はできん。
 だから君と一緒に探し物をすることでしか、ヨキには手助けできないんだ。
 ヨキ自身はこうしている、と示すことでしかね」

鏑木 ヤエ > いかフライに手を伸ばしたところで、やっと食べ切ってしまったことに気が付いた。
空の袋をくしゃ、と潰して綺麗に畳んだ。

「……それじゃあ、」

手元の袋を手遊びながら、小声で「頑張ります」、と落とした。

「できる限り、ルールは守るようにします。守るように。
 もし、やえがいろんなひとと話して、それでも。
 それでも、悪いことをして、ルールを破ることでしか、
 『人から外れたこと』を表現できなかったとしたらその時は。

 やえのことを叱ってください。
 その時にはやえは沢山沢山間違っているかもしれねーですけど。
 その時は、大人としてやえを叱ってください。
 思いっきり頭でもブッ叩いてそれは間違ってる、と教えてください」

ちら、と視線を時計に顔を向ける。

「それじゃあ、やえは普通の学生をしにいきますね。
 長々と喋っちゃって申し訳ねーです、やえらしくなかったですね」

「――つぎは、ショートケーキとか食べたいかもしれねーです」

短くなった髪を揺らして、ゆっくりと美術室をあとにした。

ご案内:「教室」から鏑木 ヤエさんが去りました。<補足:肩まで伸びた、濁ったクリーム色の髪。 鮮やかな紫の瞳。ノースリーブの白いワンピースに薄手のカーディガン。>
ヨキ > 「うん」

小さな声で応える。

「ヨキは君を見てるよ。ずっと。
 だから鏑木くんが道を外れても、踏み外すことまではないと安心してほしい。
 ヨキは、横道を歩いてゆくのもスキだ。君と一緒なら尚更にね」

目を伏せる。
最後の茶を飲みきって、ヤエを見た。

「いつでもお出でよ。
 ヨキは君にとって、『君らしくないこと』を吐き出せる相手で居たいんだ」

机の上を片付けながら、相手を見送る。
微笑む顔は、揺らがず優しい。

「……ショートケーキか。覚えておくよ。
 とっておきの、いい店を教えてやりたくて」

ヤエが美術室を去ったのち、日が傾いて西日が強まる部屋を後にする。
自動販売機で次のペットボトルを買う音が、人気のない特別教室が並ぶ廊下に響いた。

ご案内:「教室」からヨキさんが去りました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拘束衣めいた袖なしの白ローブ、白ロンググローブ、白タイツ、黒ハイヒールブーツ>