2016/06/10 - 22:22~06:17 のログ
ご案内:「林の奥」にヨキさんが現れました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拘束衣めいた袖なしの白ローブ、白ロンググローブ、白タイツ、黒ハイヒールブーツ>
ヨキ > 「…………!」
切られた大木が倒れるような、ばさばさと大きな音がした。
通り掛かる人のなかったことが幸いして、一先ず姿を見られずには済んだらしい。
自然の植生が保たれた小さな林の中で、美術教師ヨキが唇を引き結んで横たわっていた。
灯りの持ち合わせはあったが、今は火を点ける訳にはいかない。
「……参ったな。またやってしまった」
“戻り損ねた”のだ。
学内で見かけるいつもの白いローブの裾からは、巨大な犬の後肢が覗いていた。
瞬く間に人から犬へ、犬から人へと姿を変えるヨキではあったが、交ざりものの身体は稀にしくじる。
下半身だけが犬の姿から戻らず、バランスを崩して林の中で転倒したのだった。
犬の腰の骨格は直立するには向かず、ヨキの自重を支えて立ち上がることができない。
そういう訳で、今は少しずつゆっくりと、人の姿へ引き戻している最中だった。
これ以上変化を誤って、半人半獣の理からさらに外れてしまう訳にはいかないからだ。
息を殺し、粘るようにゆっくりと形を変える身体の内部に意識を集中する。
足の付け根の辺りから、ごきん、と鈍い音が立つ。
ヨキ > くの字に折れ曲がった後ろ腰を擦る。
あまり顔を上げていると、金色の目が光ってしまう。
手負いの獣が身を潜めるように、ただ時間が経つのを待っていた。
戻り損ねたときに何が痛いかと言えば、衣服だ。
獣の巨体に合わせて作られてはいない服はすぐに破れるか、身体をきつく締め付ける。
今このときも、靴もアンダーウェアの類も丸ごと脱いでしまった。
獣は服を着けないが、人間は服を着る。
そういう訳でしばらくの間、ヨキはどっちつかずの居心地の悪さを味わっていた。
「いッ……たい。痛い。痛……」
思わず呻き声を上げて、口元を強く押さえる。
骨盤がじっくりと形づくられ、腰が押し広げられる苦痛にはいつまでも慣れない。
ご案内:「林の奥」に久方 透子さんが現れました。<補足:【乱入歓迎】髪二つ結い・眼鏡/制服>
久方 透子 > (少女の住まいとは程遠い土地となる、居住区側。それも真夜中と言って差し支えのないであろう時間、人気のない場所。
決して健全な少女が一人で出歩くべきシーンでないだろうに、恐怖や後ろめたさを抱く気配もなく、進む林の中。一応は、街の中心へと帰る方角ではあるけれど)
「……ああもう、やっぱり刺されてる……虫除けスプレー、意味ない…」
(己以外の、誰か、が茂みに潜んでいるなど考えもしない。
だから不機嫌な低いトーンとはいえ、独り言も垂れ流すし、草木を踏むその音を隠すつもりもない。――制服についた土や、不自然に寄った衣服の皺を気にしながらも、段々と、距離を詰めていく事に)
ヨキ > 透子の靴が茂みを踏む音。反射的に、金色の瞳が動いた。
彼女の視界の先で、蝋燭のようにあえかな光が不意に二つ、ちらついてすぐに消える。
(……まずいな)
立ち上がろうと手を突いて、しかし下肢がびくともしない。
足を鈍く動かすことは出来るのに、地を踏み締める力が足りなかった。
身じろいだ拍子に、錆びた鉄のような臭いが夜気に滲む。
下腹部から漏れ出た血だった。
廃油のようにどろりと粘って、足の毛に絡み付いた。
脱いだ下着や靴を集めて身体の陰に隠し、せめて裾を伸ばして足を隠そうと努める。
到底隠れきらない長さの足を晒したまま、通り過ぎてくれ、と念じて――彼は祈るべき相手を持たない――諦めの面持ちで息を潜めた。
そのときまた、ごきん、と鉄の骨が変形する音が響く。
「!」
まるで鈍器で人を殴りでもしたような、鈍い音だった。
久方 透子 > (明かりのない生活に慣れているとはいえ、それでも人間の目には限界はある。
直ぐに足元にあった木の根に躓いてバランスを崩し――、崩すだけで幹に手を添える事で転倒は避けたが。
舌打ちひとつしながら、ポケットから携帯を取り出して辺りを照らそうとした――、ところで、不意に視界に、よぎる――なに、か)
「……――?」
(声もなく、眉を寄せた。
やや身を屈めながら、ついでに蚊に刺された太腿辺りを掻いているあたり、まだ警戒度はそう高くないのは、この時点まで。
続いて匂う、鉄の香が、血のそれに近い匂いであるというのは、すぐにわかる。頻繁にとは言わないが、その匂いに、出会う機会は少なくはないのだ。
携帯を手にしたままに、匂いの元を探すより先に真っ先に考える、逃走ルート。けれど肝心の――害になりうる存在の姿が、少女には見えない)
「……っ、ひ…!」
(静まり返った空間での、鈍い音に思わず小さく悲鳴が上がった。
どうせ、此方の存在はバレているのなら――、ナニ、から逃げるべきか見定めるべきだと。
手に構える、携帯を前に。
ボタンを押せば、カメラのフラッシュが懐中電灯の代わりとして、その光は弱くはあるが周辺を照らす筈だ)
「照れ屋さん。お姿、見せてもらえないかな?」
(震える声を、押し殺して。
余裕のある素振りで、セリフぐらいは、おどけてみせた)
ヨキ > そのまま逃げてくれさえすればいい。
だが相手の上げた小さな声が、その気配が、少女の柔らかな匂いが、犬の耳と鼻にはいやに濃かった。
(……馬鹿者めが……!)
呆れたように目元に手をやる。
が、続く震えた声が、ヨキの脳裏に冬の夜を思い起こさせるのには十分だった。
「……………………、」
足を引き摺り、何とか人間らしい横臥の姿勢を保つ。
腰は未だ半人半獣の形をして、毛に覆われた足は力なく投げ出されていた。
「――久方君、か?」
控えめながら、否応なしに通る声。
侭よとばかりに、透子が居る方角へ金色の視線を投げる。
「ヨキだ。あまり近付かない方が、……ッた!…………!」
言葉の途中で、足の骨がぐにゅりと蠢いた。
図らずも小さな悲鳴を上げて、口を噤む。
「ぐ……う、……!」
学生に、聞き苦しい喘ぎを聞かすまいと堪える。
だが暗闇に響く声には、どうしたって苦悶の色が強く滲んでいた。
飛び込んだ茂みに小さな切り傷や痣を作ったままの格好で、身を丸めて毛むくじゃらの足を擦る。
久方 透子 > (異形の獣か、快楽殺人鬼か、それとも。
漫画かドラマじみたものに回答はなく。聞こえた声は、――今、少なくとも命の危険を覚えるような相手ではなかった。
普段ならば、極力拘わらないようにするよう心掛けていた。
事実、冬に出会ったあの日以来、出会っていないのは何よりの証拠。
けれど、出会ってしまったのなら。
逃げるのは逆に不自然であり。――苦痛の声を上げる彼を気遣わない事も、また、”優等生”たる自分には、出来ない相談というもの。
ライトを直接向けては眩しかろうと、若干はずらすものの、忠告に従う気配もなく、彼に向けて踏み出す、一歩)
「ヨキ先生。
お怪我、されてます?
誰か呼びましょうか。それとも、手を貸しましょうか?
残念ですけど、私、治癒とかそういうのはできなくって……」
「絆創膏くらいなら、あるんですけど。
先生、……それ、もう、だいじょうぶ、じゃないですよね?」
(眉間に寄る皺。
後先を考えず、駆け寄るという事をしないのは、先ほどの鈍い音と、痛みに耐える彼の声のせい。
一体、誰に、やられたのかと。……殺人鬼の可能性は、まだ、完全に消えたわけではないのだ)
ヨキ > 返ってきたのは穏やかで、それでいて警戒感の漂う声。
いつかに聞いた彼女の声と同じだ。
「いや……怪我ではないんだ。時間が経てば、恐らく大丈夫なはずだ。
その、…………」
困った。誤魔化すことも、嘘を吐くことも出来ない。
「……安心したまえ、他には誰も居ないよ。これは……ヨキが少し、」
言い淀む。
六月の湿っぽい夜気に、獣の臭いが交じる。
「失敗しただけだ。今はちょっと……」
恥じらうような声が、少しずつ弱くなってゆく。ごにょごにょと詰まる声は、言葉にならなかった。
「……人の姿では……なくて……」
ローブの中で外気に晒した下肢が落ち着きをなくして、衣擦れの音を立てる。
両足は今、猟犬の艶やかな黒い毛並みのまま緩く折り曲げられていた。
上半身は普段と変わらぬヨキであるというのに、下半身の布地に覆われたシルエットはどこか人間離れしている。
(生き恥だ……)
ないはずの体温に灼かれるような錯覚があって、思わず顔を伏せた。
久方 透子 > (その足は止まる事はなく、けれどライトを完全に消す事もなく。
布で隠したところでどうにかなるようなものでない、形状、であるのならば少女も気付いてしまう事に。
獣人、である事は知っている。彼とて隠してはいない筈。
気候と植物が多いこの場で湿気に溢れた箇所で満たされる血と獣の香、珍しく少女が見下ろす側になる、この姿勢。
「……、……。うぅ、ん……」
様々な種族が住むこの島で、今更、半身が獣である事に驚き、恐れたりする事はない。
むしろ覚えるのは若干の気まずさであった。
言葉尻の弱さや、はっきりとしない物言い。何かを誤魔化したいとばかりの彼の態度。
「……、なにか、その、…アブノーマルなプレイとか、してました?」
「 ……っあ いや、ええと、ちがう。ちがうの、そうじゃなくて。
なんて言えばいいんでしょうね、
……服は着れそうですか? なにかお手伝いすることは?」
(思わず漏れた本音という名のストレートな疑問をぶつけて。
その直後に、自分のキャラを思い出して慌てて訂正を入れる。
ぎこちない笑みと共に手を差し伸べようと。残念ながら男性の着崩す姿に頬を赤らめるような初心さは昔に置いてきた。
普段ならば、照れる演技の一つでも入れようが、今は彼の手伝いをすべきだろうと。
無駄な手間は省くに限る)
ヨキ > 人間としてあることを科してきたヨキにとっては、その“半端な”姿を見られることこそが恥だった。
事実、自身に獣人の知人や教え子は多い。
慣れた者にとっては、大したことのない話であることもよくよく承知している――が、
己が抱える誇りと、他者との温度差はヨキの中にいよいよ羞恥を齎すのだった。
「アブノ……!」
極大のストライクゾーンを持つヨキにとって、“アブノーマル”はそれこそ常軌を逸するものだった。
普段の強姦、屍姦、窒息に切断、その他諸々の暴力が到底及びもしないもの。何を想像したのか、慌ててぶるぶると首を振る。
「……してない。そんなこと、絶対に、してないっ。……」
強く否定するあまり、余計に怪しくなった。
言いながら、伸べられた手には申し訳なさそうな顔をして目を逸らす。
「…………、その。だめなんだ。普段なら、すぐに人の姿に戻るんだが……失敗してしまって。
少しずつ、人の身体に戻してゆかねばならんのだ。
申し出は有難いが、この獣の身体は……そうそう持ち上がらんよ」
見ると、ヨキは不自然に息を詰めているように見えた。
透子から目を逸らし、唇を小さく震わせる。
女を抱く直前の男の顔をしながらに、自身を律するものの我慢だった。
「……いかん。君はあんまりにもいい匂いがする。ヨキの鼻には毒だ……」
学生の前でそう吐露してしまうことさえ気恥ずかしく、つい目を伏せる。
ずりずりと身を捩って、足を抱え込むように身を丸めてしまう。
じくじくと身体が疼くのを気取られまいとして、けれど到底隠しきれるはずもなかった。
伏せた顔から、くぐもった声が漏れる。
「……いまは君の顔も、まっすぐ見られなくて……」
久方 透子 > (彼の事を深く知るはずもない少女にとっては、恥となる基準も知らず。
あくまで彼女の知る範囲、この島の常識、そんな物差しで測ってしまう。
彼の言動は、――普段、遠くに見る、または誰かから話を聞く、そんなヨキ先生という存在からは程遠く感じ、慌てた仕草を見れば、余計に疑いたくもなるというもの。
冬の頃は、距離を詰めるのを恐れていたにも関わらず、あの威圧は今の彼にはないせいか、逸らされた目に、軽く肩を竦めるような仕草)
「べつに、先生はもう大人なんだから、隠さなくても……。
幻滅なんてしませんよ。アブノーマルなことしてたとしても」
(傍まで寄って、その場にしゃがむ。目線の高さは、これで合うはずだ。
外れた目線までを無理に合わせようとはしないが。
掴むもののなくなった腕は、自らの鼻先へと寄せて、くん、と匂いを嗅ぐ。
特に、変わった香りは身にまとっていない筈だ)
「今回は、違うみたいですけど。
……しっぱい。
色々、不便なことって、どんな種族にもあるんですね……。
先生。
……先生。気をしっかり持ちましょう。
ここでヨキ先生を捨て置くことはできないですし、
新鮮な食材になるつもりもないです。
それとも、私はこの場から逃げて、誰か助けを呼びましょうか?」
(彼の言葉を聞いて、ひくり、と表情がひきつった。
冗談の類と思いたい。が、冗談と受け取れなかった為に。
普段とあまりにも違う彼の姿を見るに、覚える身の危険を、――食欲と置き換えて誤魔化してみる。
下手な行動をすれば、人を呼ぶぞ、なんて。遠回しな脅しも兼ねて、軽く手元の携帯を振ってみた)
ヨキ > 傍らに透子が歩み寄る。
しゃがみ込んだ彼女と目が合って、びくりと目を丸くした。
「……だが、隠さなくてはいけないんだ、ヨキは」
喋るごと、有無を言わさず透子の匂いが鼻に届く。
化粧などしていなくとも、香水など着けていなくとも。
歳若い女の身体ほど、さまざまな欲求を催させる匂いは他にない。
ごきん、と音がする。
膝から下を晒した二本の足の片方が、じわじわと滲むように人間の足に変化してゆく。
毛皮に覆われていた犬の足とは違って、男にしては無毛の、つるりとした肌だった。
「……他には、誰も呼ばないでくれ。知られたくないんだ。この身体のことは、隠してる。
できたら君も……忘れてほしい」
携帯電話を示す透子の仕草に、眉を顰めて苦い顔をする。
「…………、ヨキだって、君には指一本触れたくないとも。
そんなことをすれば、教師失格だ」
深く息を吐く。同衾しているかのような息遣いだった。
「……んうッ、」
顔を歪める。
獣と人の肌との境目が、一瞬傷のように裂けて閉じる。
腐ったようにくすんだ肉の合間から、鉄の色をした骨が垣間見えた。
漏れ出る血の臭いは、まるで屍のように饐えて鼻を突く。
街で出会ったときにヨキが纏っていた、上品な香水の香りとは程遠いものだった。
隠さなくてはならない“身体”の一端。
「……結構……しんどいのだぞ、“魔物”というのは。
君を前にして……襲わずに居るだけ、察してくれ……」
すぐ傍の透子へ、左手を伸べ掛ける。
触れるほどの近さへ至る前に引っ込められて、ローブの裾を強く掴んだ。
「……欲を律することも、身を委ねることも出来ずに翻弄されるがままなど、見っともないではないか……」
泣き笑いに似た表情。
久方 透子 > (先ほども聞いた、何かを、殴るような、鈍い音。
決して耳障りがいいものではないものに、眉に皺が寄った。
少しずつ、彼がそう言っていたように、変わっていくさまを目の当たりにするのは、ただの人間、という種族である少女にとっては新鮮なものであり。
物珍しさに触りたいという欲求こそはあれど、
流石にそれは、――あまりにも無警戒すぎると、その手は携帯をしっかりと握りしめたままに)
「わかりました。秘密、ですね。
忘れる、……に関してはどうかな。刺激的すぎて」
(忘れるつもりはない事を示唆しながら、伸ばされた手に、応じるべきか、拒絶して手を弾くか悩んでいるうちに、それは元の場へと戻っていく。
残念ながら、憐れとすら見える目の前の人へ、身を委ねるつもりはこの少女にはなく。
だから眉尻を下げて、携帯の端を指で撫でながら、零す苦笑い)
「先生は、えらいです。
教師の鑑、というやつですね。
こんな痛い思いをしても、苦しくても、我慢してる。男の人、……雄? そういうの、欲求すごいのに。
なかなか、できることじゃないです。
私、先生と同じ学校の生徒でよかったです」
(嘘偽り、打算にまみれた少女の言葉の中。
それでも最後の一言に関しては心の底からの本心だ。
生徒、という立場に甘んじているお蔭で、今、身の安全は確保されているようなもので。
それが偽りのものと知れたらどんな目に合うかと、考えるだけで胸が痛いが、その痛みに苦しむ姿など知られるわけにもいかず、だから結局、いつもの通り、笑ってみせた。
蒸す夜の風に、広がる血と肉の匂いに。
今度は顔を顰めようともせずに、その傷が塞がって、また人の姿へと戻っていくまでを見るのだろう。
見せたくないという、相手の意思に関しては―ー無視だ。もう知ってしまったものに配慮などない)
ヨキ > 切らした息を押し殺して、透子の隣でじっとしている。
手負いの獣が寄り添っているように弱々しいが、ヨキを弱らせているものは肉体ではなく恥の心だ。
あくまでも携帯電話から手を放すことのない様子を一瞥すると、わずかに傷付いたような表情になる。
「……ヨキは昔、けだものだった。足だけでなく、全身まるごと犬だった。
それで……己の欲求だけで、女性にひどいことをした。沢山。
ずっと前、遠い別の世界の話だ。
……人間になって、それが罪だったと知った。
だからヨキは、こうして自分を律するんだ」
恥辱と苦痛に浮かされた頭から、ぽつぽつと問わず語りが零れる。
話し出すと、もう止まらなかった。
「……偉くなどないよ。
君の前で、大人で居続けることが居られなかった」
透子の傍らに寝そべったまま、眉を下げて笑う。
丸めていた身体を伸ばすと、服の裾から人間の二本脚が肌蹴て露わになった。
腿に沿うように震えたのは、人肌と同じ質感をした無毛の長い尻尾だ。
ローブの裾を引っ張って、覆い隠す。
「……ひさかたくん。ひとつだけ、」
声を震わせる。
「……君の手に、口付けさせてほしい。
齧ったり、食べたり……襲ったりなどしないと、誓うから。
教師にあるまじき行いだと、承知の上で……それでも、
……少しだけ、触れさせてくれないか」
子どもが恐る恐る強請るような小声。
「……終わったら、引っ叩いてくれていいから。
ちゃんと、我慢するから……」
断られて、罵られることを覚悟しているような、どこか諦めの交じった微笑みだった。
久方 透子 > (少しずつ、知っている彼の姿に戻っていく。
正確に言えば、知っているヨキという教師はかっちりと衣服やブーツに身を包んで、こんな、一生徒の前で無防備に肌を晒したりする教師ではなかったが、それでも、傷は塞がり、厚く毛におおわれていた箇所は無くなり、人の姿になっていく。
剥き出しになった傷口から覗く肉に、嫌悪こそ覚えるものの、それでも変形自体を傍で見れたという事は、知的好奇心を多少なりとも満たすものではあったようで、精神の疲労は、此方には無いように見受けられる筈だ。
自分のさりげない行動で相手を傷つけた事も気付かずのまま。
あふれ出た、彼の過去の話は。
本当に驚いたとばかりに目を丸くしながら、それを聞いていた。
驚いたのは過去の其れでなく―ーそんな、話を。
こんなたまたま通りかかった自分に零してしまった事、自体に)
「悪いことと知って、止まれたのなら、
そこは、えらいって褒められてもいいところだと思いますよ」
(過去の事については、何も言わなかった。
今更フォローして過去が変わるわけもなく、そもそも彼の悪行について咎める事など、他ならぬ少女に出来るわけもなかった。
だから、語るのはただ一点、現状の彼についてだけ。
なるべく微笑んで言ったつもりではあるが、
その後の言葉で、間違いなく崩れてしまった事だろう。
露骨に、一瞬、見えるであろう”嫌だ”と言う顔。
隠し損ねたその引きつった口元や、強張る身は一瞬で消えるものの、こちらをずっと見ている彼ならば見逃すなどありえない筈で。
しまった。と。
零れる溜息のまま、――それでも、再度、差し伸べる細く小さく、年の割には指先が荒れた手)
「……生徒を襲ったりしなかったヨキ先生にご褒美というかたちで。
手、だけなら、お好きにどうぞ。…ぁ、食べるのはだめです」
(嫌、ではある。表情に出るぐらいだ。
けれど断りきれるような空気でもなかった。
随分と自分もお人好しだと、差し出した手はそのままの位置に、空を見上げた。
木々の合間に、月や星は見えるだろうか)
ヨキ > 透子を見る目視線が、蝋燭の揺らめくようにぐるりと揺れる。
理性と忘我のはざまにあるものの眼差しだ。
過去を明かした理由が、苦悶の熱に浮かされたせいに過ぎなかったと、そう察せられるほどの。
乾いた唇で紡ぐ礼の言葉が、掠れて声にならなかった。
餓えた生き物の息遣いが零れるばかりの、大きな口。
自分の願いに、一瞬の拒絶を露わにした透子に、小さく笑う。
“やっぱりな”、とでも言いたげに。
「……うん。だよな。嫌だよな。判ってる。
いつものヨキなら、そんな顔をされた時点で……いや。
始めからこんなこと、頼みさえしない。
……なのに、」
両足は人間の形に戻っていたが、腰の形が妙だった。
犬が寝そべっているような、くの字型。
徐に手を伸べる。
伸べられた手を、恋人のように柔く包み込む。
死人のように冷たい、それでいて手入れの整った、滑らかな四本指の手。
「……止められないんだ。
君に嫌がられると、判っていて……」
乞うように、手の甲へ口付ける。
浮かぶ月に冴え冴えと照らされる顔に、陰が落ちる。
「済まない、」
唇が肌に吸い付く小さな音を立てて、離れる。
人間と形の異なる牙が透子の手に触れて、けれど決して食い破りはしない。
「済まない……」
透子の眼下で、整った青年の横顔が動物のように手へ口付け、唇が肉を柔く食む。
情交めいた甘さを孕みつつも、ヨキが吐き零す息は不自然なほど冷えていた。
「……ヨキは、じぶんがはずかしい……」
泣きそうな声をしていたが、涙は出なかった。
繰り返される謝罪の言葉とは、ひたすらに不似合いな光景だった。
やがて――惜しむように口を離すと、形のよい唇の先が冷ややかな糸を引く。
付け袖の端で透子の手を拭い取って、するりと滑るように手を解く。
「…………、悪かった」
久方 透子 > (携帯をそっとポケットの中に仕舞う。片付けられたライトの代わりの機材はもうなく、辺りはまた闇に包まれる。
月明りは少女の視界にはあまりに頼りないものであり、語られた過去、その理由がない、という事には、10代の少女は見抜く事が出来ない。
ただ、己の手を包み込む、一本足らぬ冷たい指の動きの、やさしさと、繰り返される謝罪と、それでも止まらない衝動と。
それを恥と感じて、零す声に。
視界は見えずとも、耳は閉ざされる事はなく、冷たい唇が、舌が、己の肌を這うのも、神経を切れる筈もなく、
――止まらない衝動を、感じてしまっている。
人に触れられる事自体に嫌悪を覚えるというのに、それでも、恋人との行為のように、手のひらだけだというのに愛でられる事に、ほのかに熱が生まれる、慣れた己の体が憎らしい。
くしゃり、と顔が歪む。唇を噛む。
先ほどは確かに嫌悪感を抱いた。
それでも、今は、罪悪感にとってかわっていた)
「……やめて、ください。
謝られても、うれしくない」
「止められないなら、謝らないで。
そんな辛い、声、…出すぐらいなら、もっと、……
そりゃ、拒んだのは私だけど……」
「ああもう。
失礼します!」
(相手を責めようとして。
傷つけた事への、言い訳を口にしようとして。
けれどどちらも出来ず。
最後には、敬語も乱れ。
乱れた末に、声を荒げて――、土の上に膝をつく。
両腕を横たわる彼の身に伸ばして、抱き付こうと)
ヨキ > 責めるような声を、当然のように受け入れようとしていた。
身体の痺れを振り解くような身じろぎと共に――ぎゅるり、と腰に芯が通る。
途端に、獣と死の臭いの中に男の生々しい肌の匂いが滲んだ。
ついに起き上がろうとして、視界が遮られる。
自身に覆い被さる透子の重みに、目を見開いた。
「………………!」
地面に投げ出されていた両手が、驚いてぴくりと跳ねる。
「よ……」
止せ、とは言い切れなかった。
人の身体に戻ってなお残る獣の衝動に突き動かされるまま、小さな背中に腕を回す。
自分と学生に等しくルールを科し、規律に反すれば厳しい叱咤をも飛ばす教師の姿はどこにもなかった。
明らかに女を抱き慣れた男の両腕が、小柄な身体を絡め取って掻き抱く。
腕だけが透子を捉えて、触れ合う互いの身体は未だに衣服に包まれたままだ。
それでいて恍惚とした吐息を溢れさせながら、自らの唇を噛んだ。
間近にある透子の瞳と、視線がかち合う。見据えると、目尻の紅に細く皺が寄った。
堪え切れず、首を伸ばす。薄く開かれた口が寄せられて、透子の唇と重ね合わせようと。
久方 透子 > (抱き返されるつもりで、抱き付いた。
だから、彼の動きを拒む理由はない。
思っていた以上に、背に回された腕が、己の体を絡めとる動きに、女に慣れていると、少女側もまた理解するも、熱に浮かされたままの罪の告白を先ほど聞いたばかりであれば、言葉にするほどの驚きではない)
「これくらい、なら。ぜんぜん、…うん、ぜんぜんイヤじゃないから。
もともと、お願いされたのに、ずうずうしく残ってた私も、いけないとおもうし。
――だから、あの。……そんな声、出すの、やめてください」
(あんな風に、悲痛な声を出す程の悪事ではないはずだと。
慰めるように身を寄せて、人の姿を取ったとて、伝わらない彼の身体に、己の身の熱を移すように、腕に力を籠める。
目線が。不意に合って。
金の瞳は、夜に映えて美しいと、そんな風な――情緒のある事を思う事も出来ず、近づく唇に……、一瞬だけ見せた戸惑いの後。
ちゅ、と軽いリップ音。
唇同士が触れ合うだけの、子供のキス。
それだけですぐに首を仰け反らせるようにして中断し。
ラインはここまで、と。暗に伝われと願いを込めて)
ヨキ > 透子を抱き締める衝動と、遠ざけようとする理性。
相手の両足の間に緩く立てた膝が入り込んで、透子の太腿に柔く膨らんだ、人の男よりも些か大きな感触が触れる。
死人のように冷えた血の巡りは、それでいて充血するものらしい。
羽根が掠めるほどの軽いキスで、透子の顔が離れる。
相手の背中を抱いていたヨキの腕が、錆びた鉄骨のようにぎこちなく解かれた。
「……………………、」
唇を真一文字に引き結び、懺悔するように目を閉じている。
「済まな……、いや。…………、有難う……」
拒まずに居てくれて。せめて応えてくれて。
離した両手を、仰向けのホールドアップの姿勢で地面に置く。
「……重ねて言うが、……忘れてくれ……」
疼いて脈打つ股座から意識を逸らそうとしながら、もはや哀願に等しい声を発する。
「大事な学生を……危うく傷つけるところだった……!」
久方 透子 > (割りいる膝が両足の間に。足を閉じられなくなり、それでもと足を閉じれば内腿で相手の膝を挟む事になろうか。
重ねて言うが、初心ではなく。
それでもやはり、――いや、流石に、そうでなかったとしても、認識してしまった以上、意識せざるをえない。
その腕に抱かれる小柄な少女は、まだ幼さも残すであろうその見た目と異なり、男の腕の中に収まるにも、口づけを受けるにしても。
随分と慣れたものであっただろうが――、…、限度というものがあった。
ぎし、と。身の強張り、普段受け入れるものと異なるその大きさへの恐怖。
腕に抱いている以上、その一瞬も感じ取れてしまうだろうが――、両手が離れて、地面に落ちれば、安堵で此方も力を抜こうか)
「先生の、欲求に。
応えてあげられるぐらい、いい女でなくて、すみません」
「……刺激的すぎて。
でも、せめて、秘密にします。誰にも言いませんよ」
(忘れたいと思うことを忘れられる、都合のよい頭ではない。
だから、その願いも聞く事は出来ないだろうから、頷きはしない。
結局は、彼の、獣の足を見たときと同じ言葉を紡いだ。
彼が手を離したので、己もまた離れようと手を離しかけて――、
緩めただけで、動きは一旦止めた)
「……適当におさまるまで、くっついていてもいいですし。
イヤなら、離れます。もう、傷も塞がって、人の身に近いようですし、離れたほうがいいなら、帰ります。
先生。……もう、私は、いりませんか?」
ヨキ > 「……君が例え、どんなに大人で、いい女でも。
学園に籍を置いているうちは、ヨキの教え子だ。
ヨキは自分の教え子にだけは、絶対に手を出さんよ」
呼吸を整えながら、ゆっくりと言葉を連ねる。
広い胸が静かに大きく上下して、欲情を制しているのが見て取れる。
誰にも言わない、という答えに、小さく礼を返した。
最後にひとつ深呼吸すると、意を決して目を開く。
そこにある双眸は、落ち着きを取り戻したヨキのものだった。
「…………。少し、落ち着いた。
君には随分と、取り乱したところを見せてしまった。
……女の子を独りで帰すのは、気が乗らなくてな。
もう少し……君の時間を、ヨキにくれるか。
そうしたら……近くまで、送ってゆくから。
……だから、」
既に荒々しい獣の勢いも、情欲に突き動かされる男の淫らさも薄れていた。
老いた大型犬のように力なく、透子の首元に顔を埋める。
「…………、要る……」
ぽつりと呟く。
改めて抱き返さないのは、教師として最後のブレーキだった。
久方 透子 > (恐怖や、興奮を、落ち着かせて、平穏を保とうとする仕草は、見ている限りは人と変わらない。
けれど、抑え込もうとしているものは永久に少女には訪れないものなのだと、その一つの仕草を取って眺めても、遠い存在に見えた。
呼吸に詰まらぬように手の力はほぼ添えるだけのように。
様子を伺う為、じっと顔を見つめていた為に、目を開いたなりの、彼の金色と目があって。
…今度は衝動のままに動く気配がない事に、改めて安堵しながら。
片方の手を、背から、埋められる頭へと。後頭部へと伸ばそうか。
許されるのなら、指で髪を梳くようにして、撫でていたい)
「もう少しと言わず、飽きるまでどうぞ。
いくらでも先生にお付き合いします。今夜だけですよ。
……次からは、ないです。お互いに」
(肌を寄せ合う事もないだろう。
彼が、自身を律するのであれば。
そして自分も、……教師たる彼を気遣う事は多分ない。
お互い、の意味は相手にしっかりと伝わりきらぬだろうがそれでも構わらないと、宣言じみた物言いを。
――そこまで言って、蛇足ながら好奇心から再度言葉を開き)
「……ちなみに、もし、私が、生徒でなかったら?」
ヨキ > 頭が包み込まれて、波打つ髪の間を指が通る。
手のひらの熱に、髪を梳く指の感触に、途端に目付きがとろりと和らぐ。
今にも眠りに落ちそうな、母に抱かれる子どもの眼差し。
その顔もまた、ヨキという教師の姿から想起されるものではない。
手入れの行き届いた艶やかな髪からは、淡い石鹸の香りがしていた。
「次は……大丈夫だ。もう、こんなへまはするものか。
今日だけだ。……今日だけ……」
透子へ甘えるように身を摺り寄せて、拒まれることも、咎められることもない抱擁に安らいで身を委ねる。
継がれた問いに、目だけで透子を見た。
「君が……生徒でなかったら?…………、」
また顔を埋める。
「最後までさ」
言うまでもない、といった風に。
「……それに、君が嫌がらなければ、の話だ。安心してくれ」
久方 透子 > (髪を梳くのは嫌いではない。
もう少し長い髪の方が好みではあるが、彼の癖のある髪もまた触り心地はよく、飽きもせずに同じことを繰り返した。
傍に寄れば人の鈍い嗅覚でも感じ取れるはずの石鹸の香りは、あまりにも自身が良く纏うが為に麻痺してしまって気付かず)
「……先生がちゃんとノーマルな方で安心しました」
(最後まで、というその台詞よりも、続けられた同意の元に、という一言に、アブノーマルなプレイをするレッテルを貼った事を詫びるように訂正を入れた。
短く返した一言が終われば、後は特に何を言うでもなく、彼からの終了の言葉までは、飽きる事なく頭を撫でている筈だ。
帰り道。どの辺りで彼と別れようか。
そんな事を、そろそろ考え始めないといけない、現実を思い出しながら)
ヨキ > 睦言に似て、くすくすと密やかに笑った。
「……ヨキは“普通”さ。
取り立てて変わったこともしない……どこにでも居る、ありふれた男だよ」
そうして、他愛もない言葉を交わして少しの後。
空が徐々に白み始める頃、緩やかな時間が終わりを告げる。
透子にそっぽを向かせて下着と靴を着けたら、あとは完全に元通り――
とはゆかず、どこかヨキらしからぬ照れを残したまま帰路につく。
彼女が別れを告げる曲がり角までは、もうしばらく共に歩いてゆく。
ご案内:「林の奥」からヨキさんが去りました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拘束衣めいた袖なしの白ローブ、白ロンググローブ、白タイツ、黒ハイヒールブーツ>
ご案内:「林の奥」から久方 透子さんが去りました。<補足:【乱入歓迎】髪二つ結い・眼鏡/制服>