2016/06/15 - 22:19~02:18 のログ
ご案内:「スラム」にヨキさんが現れました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、黒ドレープカーディガン、白黒レイヤードタンクトップ、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールブーツ、異能製のシルバーアクセサリー複数&右手人差し指に魔力触媒の金属の指輪>
ヨキ > 早朝のスラム。
胡乱な気配がひとまず鳴りを潜め、夜の住人たちが漸う眠りに就く時刻。
せんせえ、行かないで、というか細い声を背に、ヨキは穏やかに微笑んで辞去した。
玄関の扉を閉めたあと、少女は追って来なかった。
申し訳程度に設えられた埃っぽい窓の隙間から、ヨキが拵えてやった朝食の匂いが薄く漏れていた。
錆び付いてくすんだ色のバラックを後にして、閑散とした通りに出る。
シャワーを浴びたばかりの髪はいつにも増してふわふわとして、女物のシャンプーの匂いがした。
吸いさしの軽い煙草を唇に食んで、規則正しく静かな靴音が路地を歩いてゆく。
ヨキ > 彼女は学園の卒業生で、ヨキの教え子のひとりだった。
常世島の庇護から自立できぬまま、なし崩し的にスラムへ流れる羽目になったのだ。
自分の目の届く限り、ヨキは教え子の精神的な面倒を見てやるつもりで居たから、今の関係は大した苦ではなかった。
結局は身体まで繋がった末、少女はついにヨキ個人から逃れることが出来なくなったのだが。
後ろ腰のバッグから携帯用の灰皿を取り出して、短くなった吸殻を押し込む。
ヨキの飯が不味くなるから止せ、と、少女の口から奪った一本だった。
歩きながら、大きく伸びをする。人を抱いたあとの、色を含んだ気怠さ。
ご案内:「スラム」に紗衣留アルミさんが現れました。<補足:長ランにショートパンツの、隣の席に居そうな子。>
紗衣留アルミ > 曲がり角の一つから、ドブの……
いや、正しく言えば沼底の臭いがした。
その小道に面した家々の住民たちは、
訝しげに眉を顰めながら、しかし原因を探ろうとするでもなく窓を閉めた。
関り合いになれば、おそらく悪臭よりも醜いものを見るとでもいうように。
小路の奥からは、
「……なの?ボクが思うに、それはよくないんじゃないかな――」
とぎれとぎれに、声が聞こえた。
ヨキ > 通り掛かった路地の奥から漂う臭いに、不意に目線を上げる。
体液、皮脂、生ごみ、汚物、犬猫の死骸、そんなようなもので地盤を形づくったようなスラムであるからして、
ヨキは然したる問題には感じなかったが――鼻先が嗅覚に釣られるのは、単なる生き物としての習性だ。
「………………、」
通り過ぎざま、金色の瞳が通りの向こうを見遣る。
よほどのことでもない限り、そうそう立ち止まりそうにはなかった。
歩調に合わせて揺れる猟犬の耳が、か細い声を拾い上げる。
紗衣留アルミ > 「――いやだってキミは――の人のことが好きなわけだし」
臭気が淀んでいる。
「会っても居ないのに結論を出すには――」
ただのドブよりも悪いのは、その臭いが不要物を蹴りこんで腐らせるに任せた死臭のみならず、
「――そう!そうだよ!」
この常世島の屑籠の下に溜まる汚汁にも劣る腐臭は、ここに一つの循環を成し、何かを生み出そうとしていた。
「間違いないね、キミは会いに行くべきだよ!なにしろ、愛してるんだから!」
会話をしているにしては、片一方の声しか聞こえないが。
おそらくその会話は終わりに近づいていて、
ソレに応じて腐臭は一層強まり、勘のいい通行人は気を悪くして崩れ落ち、
勘の悪い者達は引き寄せられていく。
「……あれ、なんだよ、これ…なんでこんな、変だろこの道」
酷くぬかるんだ道に、ピカピカに磨かせたブーツを汚しながら困惑した表情でたまたま通りがかった男が小路へと進んでいく。
ヨキ > 他人の惚れた腫れたに本心では全く興味のないヨキが、徐に足を止めた。
眉を顰めて、声の主に目を凝らす。
立ち止まったものには然程芳しくないヨキの視力だが、早朝の未だ薄暗い路地の奥ともなれば話は別だ。
嗅いだことのない類の臭いに、警戒を強める。
角の建物の外壁に身を潜め、気配を消す。
およそ生物の発する臭気ではない。何らかの怪異か、あるいは未知の異能か。
視界の端で、そちらへ足を向けた男を横目で一瞥する。
大それたことが起こらぬ限り、街の在り様には手を出さないのがヨキだった。
紗衣留アルミ > 「おい……おい、嫌だ、おれ、こんなのは嫌だ、聞いてない!聞いてねぇぞ!畜生!くそっ!ふざけんな!」
男が足をすすめるたびにぬかるみはひどくなり、段々と足を地面から離すことが難しくなっていく。
下半身がすり足をしてでも前進しようとするのを、上半身が必死に食い止めようとして、閉じた窓に、開かない扉に手を伸ばすものの結局掴めずに、
沼に引きずり込まれていく。
「やめろ!ヤメろっつってんだよ!何でだ!何で俺なんだよ!なんでなんだ!」
腕さえ沼から出せなくなり、やがてわかりきっていたように首が埋まり、それでもその顔は奥へ奥へ。
「なんで……なんで、どうしてだ、どうしてここまでしておいて、俺を見ねぇん」
ごぼり、と男の頭が沈んだ。
路地の奥には黒い沼地が広がり、視覚嗅覚その他どの五感にも此処はスラム街ではなく、森深い沼沢地だと訴えかける。
男を飲み込んだあと、静まり返っていた水面にごぼり、と泡が湧いた。
水面に足を触れずに、その泡に頷いて、返答するかのように最奥の真黒き沼澑まりにむけて声を投げかけているのは、長ランの少年とも少女ともつかぬ人物。
「……うん。ボクもそう思うよ。それじゃ、ね」
会話の終わりとともに、スラム街の路地裏が戻ってきて、
ついでにその人物も路地から通りへとスタスタと歩き出した。
メモ帳を二、三度確認。駆け足に変更。
程よく急いでいるおかげで、出会い頭の衝突事故のことは危機管理の想定外であり、
ということはむしろ規定コースとして衝突は近づいている。
ヨキ > 「………………………………、」
徐々に高くなりゆく日光を背にしたヨキの顔に、暗い影が落ちている。
男の悲鳴。その身体を跡形もなく呑み込む沼。沼に語り掛ける小柄な人物――
壁の向こうから表情を断って様子を窺っていた鋭い眼差しが、その一部始終を見ていた。
長衣を翻して歩き出す子どもの、足取りを注視する。
通りへ出ようとするその視界からは、壁の陰から突然長い腕がぬっと現れたかのように見えるだろう。
それは一瞬のことだった。
大きく開かれた四本指の手のひらから、突然銀色の煌めきが放たれたように見えた。
素早く空を切る銀色はたちまち鎖の形を取って、向かってくる人物を正面から捉えに掛かる。
先端の分銅が、遠心力で子どもの身体に幾重にもぐるぐると絡み付いて、その身体を地面に引き倒さんとする。
紗衣留アルミ > もう一度胸ポケットに手を伸ばし、メモ帳を確認し直そうとしていたところ、
つまり何が有ろうと衝突するであろうどうしようもない油断と慢心の引き換えに、
「なに、ちょ、えぇ!?」
身をかわすということさえ無く。あるいは出来ずに。
銀鎖の縄目がキリキリとアルミの体と結びつくと、その細い首元と言わず、全身を束縛するのにまるで抵抗はなかった。
顔から落ちた。突き出された手は見えていたから、おそらくその人物の居るであろう背後を振り向こうとしているが首の振り向きだけでは果たせない。
「ええと……誰!?」
じたばた、とのたうつがごろりと転がればいいということは知らないようだった。
ヨキ > 地べたに転がされたアルミの頭上を遮るように、昏い影がふわりと舞い降りる。
それはひどく背の高い男だった。
間髪入れず、がん、とアスファルトを叩く甲高い音がして、アルミの眼前すれすれの位置にハイヒールの右足が降ってくる。
男はやおらアルミの傍らに跪き、うつ伏せになった相手の後ろ襟を、左手でむんずと鷲掴みにする。
「おい」
煮えたぎる地獄の釜が泡立ったような、低く重い声。
言うが早いか、アルミの身体を仰向けにごろんと引っ繰り返す。
鬼の顔がアルミを見下ろしていた。
裂けるような大きな口の奥には鋭い牙がぎらついているし、アルミを見下ろす目は文字通り金色に光っていた。
「……貴様。今ナニをしていた?」
片膝を立てて跪く鬼――もといヨキはアルミから手を放していたが、その身体はいつでも動けるように出来ていた。
「さっき、ここを通り掛かった男が居たろう。彼をどこへやった?」
紗衣留アルミ > 「わぷっ」
口の中に入った砂利に咳き込みながら、ひっくり返された簀巻は空を見上げ、
ようとしたところで眼前に怒りそのものを見た。
束縛された時点では困惑そのものだった表情が、だいぶ引きつる。
「ナニ、って……あの路地の奥の、こと……かな?」
詳しく言うならば未来侵略のための調査であり、確率変動のための要素検証の一つ、
あるいは日頃身構えた相手の警戒心を解くために砕けて言う言い方であれば『恋バナを聞かせてもらってた』
という言葉をアルミは持ち合わせていたのだが、思うところがあったようで別の手を選択した。
「通りがかったら、声がしたから……相談に乗ってた、のさ。
なんでも"彼女"には会いたい人がいるって言うんだけど、中々相手が来ない」
砂利ごと、固く喉を鳴らすと言葉をつなぐ。
「だったら会いに行けばいいんじゃない、って。そう言っただけ」
沼は消えたのではなく、どこかに行ったのだ、と。
「あの男の人なら――多分、"彼女"の知遇を得られたんじゃないかと、思うけど。
まさか人の恋路の邪魔は出来ないし?でもそれにしてはボク今ひどい目に会っているような?」
ヨキ > 明王の形相が、ぐらぐらと怒りの炎を噴き上げているように見える。
どう見ても人を暴力に晒し慣れている顔だ。
アルミの説明を訊きながら、ヨキは眉間に深い皺を寄せた。
「……“彼女”?
おい、それはどういうことだ。あの沼の向こうに、女でも居るというのか?」
理解しがたい状況に顔を顰め、前のめりになってアルミの顔を覗き込む。
まるで覆い被さるように、アルミの顔の横の地面に手を突いた。
「何が知遇だ。
連れ去られた彼は、あんなにも拒絶しておったではないか。
それを、どこぞの女に加担する方が善行だと?ふざけるでないぞ」
棘のある声と共に、剣呑な眼差しがアルミの幼い顔立ちを凝視する。
「……貴様、いったい何者だ。怪異の一派か?
回答如何によっては、もっとひどい目に遭わす」
紗衣留アルミ > 「ええ、っとー……ええとねー?」
暴力、傷害、死、とかそういったもののイメージの遥か手前、
ああ眼の前のコレは怒っているんだな、というところで理解が止まった引きつり顔のままで、
アルミはもう少し考える素振りを見せた。
「アレの奥にもいるし、というかでもアレも"彼女"なんだ、ああなったのは死んでかららしいけど。
でもでもね?あんまりインタビューで得たことはペラペラ喋るのは、
次からの取材に支障をきたすというか、信義にもとるというか」
報道の自由及び取材の自由を振りかざしながら、手も足も出ないのでただ首をふろうとするものの、
顔の横に置かれた手のせいでそのスペースさえも残っては居なかった。
だから、本当の本当に仕方なくと言った様子でアルミは目を合わせる。
「でも……あの人は誘われたんだ。誘われちゃったんだ。」
「あの人が見てたのはボクじゃなくて、
あの人が見られたかったのは"彼女"なんだ。
沼以外何も目に入らなくなった、最後の一言は間違いなく、そうだった」
熱心に、恋物語に浮かれるように、アルミは語る。
「ボクは紗衣留アルミ!おおかた大概のカップルの応援者!
……ねえ、怪異で人外なヒト、キミは恋してる?」
まるでようやく、自分の知ってる物語のフォーマットに落とし込めたというように。
ヨキ > 「取材に支障?
はッ。人ひとりが消えて居なくなるような取材など、このヨキが悉く邪魔してやるわ!
『死んでから』ということは、あの沼はよもや亡霊とでも?
連れ去られた男の身柄は、貴様にもどうにもならんということか」
アルミの語調が少しずつ恋の熱に中てられてゆくのと裏腹に、ヨキは全く不機嫌なままだった。
「なーーにが『誘われちゃった』だ。あんなもの、怪異に操られて発したうわ言に過ぎん!
おのれ……この小童めが。何がカップルだ、馬鹿馬鹿しい!」
鎖に縛られたままのアルミに容赦なく怒声を浴びせ、向けられた問いには額にびきびきと血管が浮かぶ。
「恋など、このヨキには一片たりとも存在せんわッ!」
その場しのぎでも、嘘でもないらしい。全くの本心から、ヨキはそう吐き捨てた。
怒りに満ちた説教は、日頃から学内で響き渡るものと同じ声だ。
身のこなしには女を知る男の気配がありありと浮かんでいるというのに、心は他方のどこへも寄越していないらしかった。
紗衣留アルミ > 「邪魔?そっか、邪魔されちゃうんだ、それは困ったな、困るな、困っちゃうな。」
押さえつけられてなお、面罵されてなお、いや寧ろ、いや況して、
障害がある程なんとやら。盲たものはその恋情の熱さに触れようとふらふらと歩くもの。
アルミは息遣いを更に一つ荒くして、
「そう、あの娘はあそこの角の建物で死んだんだ。小路の裏口から、いつもどおりに死体が蹴りだされてあそこに転がった」
「生まれは常世島の外も外、『その人に出会うまでは家族以外見たことがなかった』ほどの隔絶地!」
「読み書きすら教わらないほどの箱入り娘は、他所から来た男に連れられてこの島まで来たんだ、二人三脚、二人の生活は甘く切なく時に辛く、」
「あっけなく彼女の異能がなくなるまで続いたんだってさ!」
アルミは謡う。信義とやらより私欲を優先させて。
「……気づけばあの娘はそこに居て、生まれ故郷の沼地に帰ったと思い込んでた」
「だから教えてあげたんだ、キミの愛する"――せんせい"はすぐ近くに居るよ、キミの通ってた学園の職員室で、今もキミを忘れてないよ、って」
「どうかな、彼は一目惚れした"彼女"を振り向かせられるかな、それとも"せんせい"ごと沼に沈むのかな」
アルミがもぞりと動くと、何を切っ掛けにしたのか魔術が発動し、
きらめきと爆発と、見当違いの花火が十発ほど上がり、辺りをもうもうと煙が包み込む。
「好きの正反対は無関心、って言うけど」
何をどうかわしたのか、学ランを犠牲にしてアルミはヨキから離れて立っていた。
もうもうと舞う煙に、一つ咳き込む。
「種類はどうあれそこまで想ってもらえたなら、もしかすると脈ありなのかな?」
言うだけ言い放つと、それじゃあね、と煙が晴れる前に手を振ってアルミは逃げ出した。
学ランの胸ポケットに入っていたはずのメモ帳はちゃっかり回収して、勿論全力の全速で。
この時に人前で飛ばない誓いを破って、かなり飛んでいたことについては、ついぞ口にはしなかった。
ご案内:「スラム」から紗衣留アルミさんが去りました。<補足:長ランにショートパンツの、隣の席に居そうな子。>
ヨキ > まるで口上めいたアルミの言葉に、訝しげな視線を返す。
「……何を言ってる?」
さる女子生徒の、薄幸の身の上。それが“インタビューの内容”ということか。
機微あるいは不可知なるものに理解の及ばないヨキには、到底納得しがたい話である。
ヨキの前には、男がひとり怪異に魅入られて失踪したという、ただのそればかりの事実が大きく立ちはだかっていた。
「貴様、どこまでも人を弄するような物言いをしおって……!」
言い終わらぬうち、瞬間的に響き渡る爆音。
「!」
獲物を逃してじゃらんと鳴った鎖を手中に引っ手繰ると、銀の鎖はたちまち溶けて消え失せてしまう。
素早く立ち上がって身を引いたヨキが、顔を遮って煙を遮る。
「……『脈あり』……?」
足元に煤けた上着が舞い落ちるのを余所に、距離を置くアルミを見据えた。
「訳の分からぬことを言うでない!いったいヨキに何の関係がある!
待て!逃げるでない、このッ……!」
追い立てようとして、遠ざかる気配があまりに速いことを察して踏み止まる。
「アルミと言ったか……次に妙なことを仕出かそうものなら、許してはおかんぞッ」
忌々しげに独りごちる。
アルミが目するところの“カップルの応援”は、ヨキが守るべき“秩序”とはおよそ対極に存在するものらしい。
そうして、消え失せた沼もアルミの気配も、すっかり遠ざかってしまった。
今やあの沼に呑まれた男の存在だけが、ヨキの心に大きな禍根を残していた。
煙を噴くような憤りを深呼吸に紛らせて発散しながら、静まり返ったスラムからいつの間にか姿を消す。
ご案内:「スラム」からヨキさんが去りました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、黒ドレープカーディガン、白黒レイヤードタンクトップ、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールブーツ、異能製のシルバーアクセサリー複数&右手人差し指に魔力触媒の金属の指輪>