2016/07/02 - 00:58~02:08 のログ
ご案内:「山の奥」に《名前のない獣》さんが現れました。<補足:人の身の丈を超える、黒い猟犬の姿をした雷獣>
《名前のない獣》 > 「全なる一の御身に誓って、わたしが嘘を吐くことなどありますまい」
妙虔は村人たちの面前でそうとはっきり口にしたが、人びとの混乱は避けられなかった。
里に旱魃と疫病を齎した悪しき邪霊が、あろうことか“碧眼”をしていようとは。
「お言葉ですが妙虔さま、あなたは何とも思われぬのですか。
そのようなけだものが、あなた方“聖者さま”と同じ、青い目をしておられるのですよ!」
村人の言葉は、もはや屈辱の悲鳴に近かった。
妙虔は、漆黒ほどに深い碧眼を人知れず嘲りに細めた。
(なにがショウジャサマだ。
きさまらの六神通などと呼ぶそれが、海を越えれば魔性の力と嘲られていることを、
このわたしが知らいでか)
それは、かの世界に暮らす者みなが知る常識だ。
“青い目に産まれついた人間は、人智を超えた力を操るものだ”。
人のうちに顕現したその不可思議な異能は、ある土地では魔力と、またある土地では神通力と称された。
幸か不幸か碧眼に産まれた妙虔は、神童として持て囃され――あるいは持て余された。
《名前のない獣》 > 旅の身の上の妙虔が辿り着いたその里は、長く碧眼の異能者――“聖者”に恵まれなかったという。
それで青い目をした妙虔が、「邪霊退治」に駆り出されたという訳だ。
碧眼が、神体すなわち「全なる一の御身」からの賜りものと信じてきた彼らにとって、
忌むべき邪霊が異能の碧眼を持っていたという事実は、文字どおり青天の霹靂であったらしい。
(我々の碧眼とて、千古不易の神力ではない。
きさまらが“邪霊”と呼ぶそのけだものが、かつては紛れもない神獣であったのだと、
なぜ想像だに出来んのだ)
妙虔がひとところに根付くことを嫌ったのは、人びとのそうした固執が原因に他ならなかった。
「皆様方、ご安心くださりませ」
法衣を纏った剃髪の美男の、朗々とした言葉。
「この妙虔、皆々様の憂いの源を確かに断ち切ってみせましょうぞ」
芝居がかった仕草で緩やかに諸手を広げると、
妙虔の手中に長大な黄金色の錫杖が姿を現した。
「わたしの調伏に手出しは無用。
邪霊の領域へ人がみだりに立ち入ることは、里に惨禍を齎します」
《名前のない獣》 > 再び妙虔が山に入ったとき、もはや獣は妙虔に寄り付こうとしなかった。
本質を歪めた力の持ち主は、妙虔の碧眼を聖性と錯覚するらしい。
獣は妙虔を畏れ――牙を剥く。
すべての切欠は、ごくささやかな不幸だった。
獣が妙虔を畏れずに居たならば。
人びとが妙虔の言葉を正しく聞き入れていたならば。
人びとが、錆に穢れた手斧を獣に打ち下ろさずに居たならば――
穢れなき妙虔の金気が、獣の生を永遠に断ち切るはずであったのだ。
永劫濯がれることのない汚穢に朽ち果てず、淀みない聖性に錆びることを知らぬ金気は、
一匹の獣の在りようを根源から歪めるに至る。
そうしてすべての真実は、山ごと灼いた焔の向こうに呑まれてしまった。
《名前のない獣》 > 「あわれな獣」
「果てることも叶わぬおまえよ」
「ともに昏きに沈みゆく命ならば」
「いっそのこと」
《名前のない獣》 >
そうして話の何もかもは、獣の知らぬところで進みゆくのだ。
ご案内:「山の奥」から《名前のない獣》さんが去りました。<補足:人の身の丈を超える、黒い猟犬の姿をした雷獣>