2016/06/24 - 20:26~03:29 のログ
ご案内:「スラム」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年/ミルクティー色の髪に茫々とした紫の瞳、制服姿>
奥野晴明 銀貨 > 薄暗い、埃と泥土の匂いがくすぶる今にも崩れそうな廃屋の中、奥野晴明 銀貨は目を覚ました。

硬く冷たいコンクリートの床に自分が何故か横になっている。
とりあえず起き上がろうとしてみると、何故か手足が固い荒縄で縛られていた。

「……あれ?」

どうして自分がこんなことになっているのか、覚えがなくて
間の抜けた声を上げてみる。

確かそう、研究区にある財団管轄の研究所で定期検診を行ったはずだった。
この間恋人と愛し合った形跡が自分の胎内に残っていることに職員らは苦い顔をしたがそこら辺は個人の権利なのでほっといて欲しい。

それにこれがきっかけで自分が女性としての機能を保っていたとわかればまた違った価値が出てくるだろう。
それは後々彼らにとっても悪い話ではないはずだ。

一通りの検査を済ませた帰り道、普段なら送迎の車が用意されるはずなのだが
今日は別の用事のために用意できなかったと言われたので徒歩と列車を使って帰ろうとしていたところだった。

検査は薬や別の異能やら多少の痛みを伴う機器の使用もあるのでわりと大変なのだ。
そのせいで歩いている時もいつもよりぼんやりしていたような気がする。
自分の後ろから黒いバンが近づいてきても気づかなくて、たしかその後あっさり攫われたような……


そこまで思い出してああ、と納得した。
とすると犯人もこの近くにいるはずだろう。
とりあえずイモムシのように身をよじっていると
隣部屋から男性の話し声が聞こえてきた。

奥野晴明 銀貨 > 「……だから、早く船を……、一人だ……そう、研究所から出てきたのは間違いない。
 ――ああ、今はスラムの廃屋にいる。今日中に手配して……」

話の内容からどうやら島から出る心づもりらしいことと誰かと電話している様子が伺えた。
研究所から出てきた、という点でたぶんそういった研究対象を狙っての犯行であることもわかる。

とすると、研究成果のかすめ取りか異能者の違法売買か。
いまだぼんやりする頭でそんな考えを巡らせる。

面倒なことに巻き込まれたなぁと思って
いっそこのままもう一度一眠りしていたら風紀か何かが助けにこないだろうかという
甘い考えも湧いてきたがたぶんスラムにいる、という言葉から助けはこない気もする。

こと落第街は学園の力が及ばない場所だ。
だからこそ後ろ暗いことをするにはうってつけなのだが。

奥野晴明 銀貨 > やがて連絡が終わったらしい男が大仰なため息を吐いた。
ちらちらと壁に映る影からもう一人、相手がいるらしい。

「……くそが、こんな島まで来て人さらいまでやったんだ。
 報酬がケチられたらなんの意味もない……」

先ほどの電話の男がそう愚痴る。
もう一人が宥めるように声を上げた。

「なぁに、あとちょっとの辛抱だろ。
 それで船はいつ来るんだ?場所は?」
「ここから南の海岸付近に、あと3時間ほどで来るらしい」

3時間、思ったよりも時間が短いなと銀貨は思う。
しかし計画的な犯行の割には3時間待たされるというのも随分だなとも。
何か向こう側にトラブルがあったのか、あるいは船を常に待機させられない事情があるのだろう。
誘拐したのならあまり一箇所に留まるのは危険だろうし、彼らがさっさとここから去りたいのももっともだ。

奥野晴明 銀貨 > さて、銀貨が勝手に一人で脱出するのは簡単だ。
たぶん男二人に気づかれることもなく逃げ出せるだろう。

だが、そうすれば多分、この男たちは別の誰かを攫う可能性が高い。
男の口ぶりから何かのっぴきならない事情があり、そしてこの犯行を指示する別の誰かがいることから
何かしらこの島から持ち出しがなければ納得出来ないしされないような気がする。

(……面倒だなぁ)

ひび割れた壁や屋根の隙間から覗く外の様子は暗い。時間は夜らしい。

奥野晴明 銀貨 > らちがあかない気もして結局銀貨は手足の戒めを解くこともなく
横倒しのまま隣部屋の二人に声をかけた。

「あのう――」

透き通るような少年のか細い声が二人の耳に届いたらしい。
一瞬警戒を強めた様子でこちらにゆっくりと歩いてくる。
部屋の入口に立ちふさがる男たちはならず者とは特に思えない一般的な男性だった。
ただ顔が青白く、強いストレスをうけているのか目の下のクマとシワが深かった。

「なんだ、目が覚めたのか」
「なんで猿ぐつわぐらいしとかないんだ。馬鹿かお前」
「言うなよ、どんな異能者だってぐっすりだっていうから……」

入り口でやいのやいの言い合う二人にもう一度割りこむように言葉をかける。

「あのう、……僕をさらってもたぶん意味が無いと思いますよ。
 だからやめませんか、こういうの」

男たちの目が釣り上がる。どうも舐められているのではないかという憤りのほうが来ているらしい。
じりじりと倒れた銀貨に歩み寄り、油断なく腰に挟んでいた拳銃を右手で掲げてみせる。威嚇のポーズ。

「おい、僕ちゃんよ。それはどういう意味だ」

「言葉通りの意味です……。たぶん僕を誘拐しても義父は交渉に応じませんし
 あなた方の要求が金銭ならたったの一銭も払わないと思います」

冷静でよどみのない口調で男に話しかける。
が、男は鼻で笑うと屈み込み、銀貨の髪をわしづかんで顔を引き上げる。

奥野晴明 銀貨 > 髪が引っ張られる痛みに多少顔をしかめるがそれでも特に恐れたりはしない。
対する男は子供に言い聞かせるようにひどく血走った目で話しかけた。

「悪いが俺たちはお前の父親に直接要求なんぞしないぜ。
 この島にいる異能者の内いくらかは世界中から欲しがられているって知っているか?
 コレクション目的の好事家とか、俺達には全く理解ができない研究とか
 軍事利用に、資源確保なんかもできるんだと。
 お前が求められた品かどうかは分からないがとりあえず異能者の臓器だってだけでありがたがられたりするからな」

後ろで事の成り行きを見守っていたもう一人の男がしかしどこか哀れっぽい表情で言う。

「しかしお前の親父さんてのはそんなに非情なのかね。異能者の家っていうのは親も冷たいのがザラだとか……?」

銀貨はそれに答えなかった。やがて髪を掴んでいた男が乱暴に手を離すと再びコンクリートの床に頭が落ちる。

「とにかく、俺達は後戻りできないんだ。
 適当に煙に巻こうとはしないほうが身のためだぜ」

そう吐き捨てると男は相棒に顎をしゃくって指示を出す。

「もう一度眠らせとけよ。騒がれたら面倒だ」

相棒が隣の部屋へ小走りで戻っていった。おそらく眠らせる道具を取りに行ったのだろう。

奥野晴明 銀貨 > 「では」

一度息を吸い込みながら、男を見上げて銀貨は言う。

「僕からあなたがたにいくらかの金銭を払うということなら交渉の余地はありますか?」

かといって男は取り合わずに尻ポケットからクシャクシャになった煙草を取り出して火をつける。

「どうせはした金だろう。なんだ、僕ちゃんはどっかの御曹司か何かか」
「ええまぁ、義父が資産家の奥野晴明ですが」
「はは、適当言いやがって。んな嘘に騙されるかよ」

はなから信じまいとバカにした様子で見下ろす。
わざとらしく指に挟んだ煙草の灰を銀貨の上に振り落とした。
やがて相棒が持ってきた筆箱ほどの大きさの銀色のケースを受け取ると
その中身、注射器とアンプルを取り出して不慣れな手つきで薬を吸い出す。

「なぁに眠っていればあとはすぐに別の場所だ。暴れるなよ」

鋭く輝く注射針を見せつけながら銀貨の腕を取ろうとする。
もう一人の男がその体を押さえつけた。万が一にも危害が加えられないようにというのと、男の手元が狂わないようにだろう。

奥野晴明 銀貨 > やめたほうがいいのに、と言いかけて銀貨は口をつぐんだ。
掴まれた腕にひどく下手な注射をうたれ、痛みに顔をそむける。
やがてすっかり薬が流れ込んだのを確認すれば男たちは手を離して床に銀貨を放り捨てた。

頬を床で汚しながらとろりとした紫の目がそれでも男たちを見上げる。
その口が夢見るように動いた。

「一つだけ。

 この島では見た目が女性や子供などの弱者ほど警戒した方がいいんですよ。
 大体が手ひどい効果のある異能や魔術を持つものばかりですから」

訝しげに二人の男が眉を寄せたその瞬間、銀貨の体がばらりと解け、一斉に何かが中空に舞った。
男たちがとっさに拳銃を構えるが、その舞ったものをよく見れば青い羽根を持つチョウチョであった。
チョウチョの群れが狭い廃屋の中に一斉に沸き立ち、鱗粉をこぼしながら男たちのそばをすり抜けていく。

「もう一度だけ、交渉しますけれど」

少年の声が部屋中に響く。やがて蝶たちが廊下に一斉に羽ばたきするすると床の一箇所へ留まる。
折り重なりあった蝶が密集しやがてすっかり銀貨の元の体を構成しなおした。

「今あなた方の依頼者を裏切って、僕の側についたのならば
 あなた方の要求通りの金銭を用意しますしその後の衣食住の保証と
 犯行未遂の罪をもみ消せますよ」

茫洋とした紫の瞳が男二人を射抜く。

ご案内:「スラム」にヨキさんが現れました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拷問具めいた黒ローブ、黒手袋、黒ストッキング、黒ハイヒールブーツ、右手人差し指に魔力触媒の黒い金属の指輪>
ヨキ > 廃屋の天井の上から、ごと、ごと、ごと、と音がした。
何か重い音が転げるような――いや、違う。それは二足の足音だ。
会話する者たちの声に向かって、真っ直ぐに向かってくる。

部屋中に満ちた蝶の、ひときわ大きく響いた声をしるべに近付いてくる。

屋根を叩いて立ち止まる、鋭い靴音。
天井越しに“闖入者”が吐いた溜め息は、廃屋の中までは届かない。

「止しておけ」

低い声が響くと同時、鈍い音が響き渡って廃屋の天井に穴が開く。
外部との隔たりを貫いたのは、黒いピンヒールだった。

男のうちのひとりの頭に、崩れた壁の破片が直撃する。

駆け引きの一切もなく、まったくの力技で天井をぶち破って現れたのは、黒ずくめの大男――美術教師ヨキだった。

男らと銀貨の間に着地したヨキが、背後の銀貨へ鋭い視線を投げる。

「奥野君。安物買いをするでない」

じろりと二人の男を睨みつける。
怒気を孕んだ金の相貌が、棚引く残像を残して強く輝いた。

奥野晴明 銀貨 > 少年が蝶に姿を変えて消え去ったその派手なパフォーマンスに気を取られ、
どうやら男二人は天井から聞こえる物音まで気が回らなかったようだ。
ヨキが壊した壁の破片が男の頭に降り注げばその衝撃で男は痛みに呻いて地面に這いつくばった。

唐突に現れた大男、ヨキに対してもう一人の男は怒りと警戒を露わに銃を構え
一方銀貨はすこしばかり目を見開いて驚いたように声をかけた。

「ヨキ先生」

見知った教師がまさかこんな場所に現れるとは思ってもいなかった様子で視線を交わすが
男たちへの交渉に一言言われれば肩をすくめる。

「すみません、他に穏便に済ませる方法が思いつかなくて……。
 彼らを生かしておいたまま、この後に島への害なく、犯罪にも走らせないってなると
 どうしてもこういうやり方しかできなかったんです」

そんな二人のやり取りの間に、我を取り戻したのか男が勇敢にもヨキの異形の相貌を睨みつけちっぽけな拳銃をヨキへと振りかざして向けた。

「くたばれぇ!!」

鬼のような形相と決死の覚悟で叫ぶと躊躇なく引き金を引いた。
弾丸がヨキへとまっすぐに撃たれる。

ヨキ > 正面の男らを見据えたまま、後方の銀貨へ声を投げる。
これまで交わした言葉のいずれよりも、ずっと強い怒りが含まれているのが分かる。

「役員の子から、ヨキのところに相談があってな。
 いつまで経っても君と連絡がつかないと」

目立つことを嫌う銀貨とは言えど、連絡のついた形跡さえないと――
それでヨキが動いたのだ。

「……穏便に済ます必要などない。
 ヨキの子に手出しをする者に、微塵の慈悲をもくれてはやらん」

男の上げた叫び声は、けだものにとっては単なる合図だった。

銃声と同時、土埃を舞い上げてヨキが前方へ跳躍する。
ぎん、と金属を弾くような音が響いたかと思うと、軌道の逸れた弾丸が銀貨の傍らの壁に突き刺さった。

発砲した男に迫るのは、頬を弾丸のかすり傷で窪ませたヨキの顔だ。
一筋の傷に廃油のようにどす黒い血を散らして露になった頬骨は、くろがねの色をしていた。

生き物の血液とは異なる鉄錆の臭い、そして風を切る音。

男の小脇をすり抜けて滑り込むヨキの右手から、艶やかな黒刃が現出する。
さながら死神の大鎌めいて反った切っ先が、拳銃を持つ男の首を刈り取らんと閃く。

奥野晴明 銀貨 > 常ならぬ怒気を発するヨキになおも涼しい顔を向ける。
が、男の叫びと銃声、ヨキの音も置いていくような速さの跳躍、
自分の真横を弾丸がよぎっていった瞬間が一挙に襲ってくる。

錆のような匂いに僅かに険しい表情を見せるが、傷を追ったヨキのその後の行動を目で追えば

「いけない」

そう発した声も掻き消えるばかりに再び羽虫の姿形に別れて舞い飛び
男とヨキの間へと立ちふさがった。
男は当然、ヨキの獣じみた速さに立ち向かうことはできない。
必死の形相で目ばかりがその影を捉えるが無防備に銃を構えたまま
驚愕したままの表情で固まっている。

そして黒刃が斬りつけようとしたその瞬間に銀貨の姿が現れた。
両手を広げ、男をかばうような立ち位置。そのまま刃を振るえば男よりも先にその首が飛ぶだろう。

ヨキ > 凝り固まった男の動きが、まるで止まって見えた。
人の肉を泥ほどに柔く切り落とす刃が、銀貨とヨキとの視線がかち合った瞬間にぐんと止まる。
銀貨の首筋にひやりとした空気の感触だけを残して、振るった右手は退けられた。

「……ちッ!」

それは苛立ちと憤怒の声だった。

動作の衝撃で蝶番の緩んだ扉を、咄嗟に足でがつんと打ち付けて閉じる。
殺しはせずとも逃がすまい――あるいは、命を奪うまでの時間に少しの猶予が加わっただけ、とも言う。

声は発さなかった。
ただヨキの冷淡な眼差しだけが、銀貨を睨む。

衣擦れと共に、金属の鋲の擦れる音がする。
いつでも瞬間的に、次の攻撃に移る準備が出来ていた。

奥野晴明 銀貨 > ヨキの振るう刃の風圧が銀貨の首筋と男にのしかかる。
だがそれを受けてもなお銀貨は彫像のような無表情さと涼し気な眼差しでヨキを迎え撃ち
対する男は寸止めされたとはいえ、本当に斬られたと錯覚したのかその場にへたり込んで後退る。
遅れて喉の奥から呻くような悲鳴が漏れ出てきた。

苛立つヨキと塞がれた扉のけたたましい音に多少首をすくめ
少しばかりホッとした様子で再び話しかける。

「ヨキ先生。
 多分、この人は島の外の人です。さらに言えば無能力者でしょう。
 たとえここがいかな無法地帯であり、彼らが暗部のもので犯罪者であっても
 島の外にいるものに手を出されるのは違うでしょう。
 彼らが裁かれる場は島の外での、司法の場です。
 
 このまま、風紀に連絡をして本土に送り返しましょう」

詭弁ではあると己でも自覚はあるが、それでも言葉を絶やしてはならない。
それに、と若干の哀れみと寂しさを含んだ表情で言う。

「ヨキ先生は、人間でありたいのでしょう?
 人は無闇矢鱈と殺しをしません。それは獣のすることです。


 ……先生が殺人を犯すところを、僕は見たくないな」

ヨキ > 「……この街は、公には存在しない場所だ。
 表通りからやって来た者らが、常世島どころか本土でまともに裁かれると思うかね?
 ここは確かに日本の海の上だが、日本ではない。

 彼らの最たる罪は、このヨキの逆鱗に触れたことだ」

立ち上がって、銀貨と向かい合う。
ゆっくりと身を寄せて、相手の顔へ向けて優しく手を伸べる。

「見たくなければ――見なければよい」

ヨキの両腕が、銀貨の頭を柔らかく包み込む。
黒い手袋に包まれた左の手のひらが、銀貨の瞼をそっと塞ぐ。

銀貨が大人しく目を閉じているような、素直な子どもだとは思っていない。

つまりヨキが手を下すべきタイミングは、この一瞬……。



――そして。

巨大な獣が吠え猛る落雷のようなひと声と、天井を踏み抜いたよりもずっと大きな、崩落の轟音。
外気がいっぺんに廃屋に流れ込んだかと思うと――

そこにあるのは、もともと壁など存在しなかったと思わせるほどの大穴と、戦慄した表情で失神する二人の男。
そうしてその傍らで、困ったような顔をして立ち尽くすヨキの姿だった。

「……………………。
 とりあえず、罪状は不法入島といったところか。……」

頭をぽりぽりと掻きながら、壊しちゃったな、と力なく呟いた。

奥野晴明 銀貨 > 先ほどの怒りのこもった一撃とはひどくかけ離れた、学園の教師として見せる優しい手。
それが自分へと伸ばされていくのを、銀貨はひどく冷めた目で見ていた。

「たとえ目を閉じ耳をふさいでも、見たくないものを見なかったとしても

 それが無かったことになるわけじゃないです」

瞼を覆うようなヨキの大きな手のひらの下で、それでもじっと眼差しを注ぎ続ける。
何一つ、見逃さないようにと。

だが、その一瞬でことは急変した。
轟く轟音と崩れゆく瓦礫、土埃が巻き上げられて外に流れてゆく。
目を見開いたままの銀貨はヨキのしでかしたことに瞬き、
ただ伸びている男たちが未だ存命であることを確かめると、よかったと呟いた。

「はい、あとは風紀なりに連絡して任せたいところですね。
 事件現場は研究区だったから、一応犯罪として立件できると思うんですけど……」

そういいかけて銀貨の体がぐらりと傾ぐ。
猛烈な眠気に襲われているようで、いつもの夢見るような目がさらに閉じかけている。
気を張ってここまで保っていたが、薬が効かなかったわけではないらしい。

「先生、……すみませんが、あとお願いしていいですか。
 3時間後にここから南の海岸へ、船が留まるらしいです……。
 たぶん、これを指示した相手の協力者、だと思うんですけど……

 その旨を風紀と公安に伝えて……あと、蓋盛先生に、言わないで……」

心配かけちゃうから、そう弱々しくヨキを見上げてお願いする。

ヨキ > 一陣の風。

銀貨の視界を過ぎったのは、大きな、ただ大きな黒い影。
“何か”の輪郭を悟らせるまでもなく、金色の光を纏ったそれが通り抜ける。

手のひらで塞ぐなどという無力なやり方を補って余りあるほど、事は一瞬のうちに過ぎ去ってしまった。

「……そうだな。
 あとは……君の父君が、せめて子が攫われたという表情をちらりとでも見せてくれればよいのだが」

小さく息をつく。
バランスを崩す銀貨の身体を、咄嗟に腕を伸ばして抱き止める。

「三時間後に?…………。
 さあ、停まった船が幽霊船だったりするやも知れんな。

 “風紀と公安が着くころには、誰も乗っていなかったりして”」

未だ怒っているような顔でわざとらしく小首を傾げ、銀貨を見下ろす。

「……全く、君といい、蓋盛といい、君ら二人にまともな恋人をやるつもりはないのか?
 心配を掛けるから言うな、などとは」

呆れたように眉間に皺を寄せる。

「――だめだ。
 我々教師は、子どもが籍を置いているうちは君ら学生の心配をするのがいちばんの仕事だ。
 彼女がどれだけ取り乱そうと、仕事はしてもらわねばならん。

 それに、たとえヨキが黙っていたとしても、残念ながら教師の間には事件の通達が出回るだろう。
 話が明るみに出るのは、時間の問題だ」

奥野晴明 銀貨 > ヨキの大きな腕に抱きとめられれば安堵したように、あるいは自嘲気味に笑みを見せる。

「……義父は、この人達と同じようにしか僕を見ていませんから」

つまるところ、奥野晴明氏が家族というくくりで囲った異能者という名前の”財産”である。
この結果が父に知られたところであの人は眉一つ動かさないだろうと言う予感はあった。

「……先生のいじわる」

拗ねるように唇を尖らせて、ヨキの返事に不満を表わす。
それはこの後の事件の始末であったり、蓋盛へと知らせることであったりに対しての文句であった。

「だって、蓋盛先生もきっとこの場にいたら殺しちゃう側だから……
 そういうの、嫌じゃないですか。でも、お仕事じゃ仕方ないですよね……」

やだなぁ、大人ってずるいとひとりごとのように呟いて
いよいよ体を支える力が抜けて、ヨキへともたれかかる。
だが、その体は大した重さもないように感じられた。蝶の羽のような軽さ。

「先生、信じてますから」

そう言って薄い瞼が完璧に閉じられ、あとには整った寝顔と穏やかな寝息が聞こえてくるだけになってしまった。


そう、今だけはいかなる手段でも銀貨は起きないだろう。
この後横で伸びる男二人を、ヨキがいかようにしてもだれも咎めるものがいない。
罪に対する罰を与えるのなら、今が絶好の機会であろう。

ご案内:「スラム」に蓋盛さんが現れました。<補足:亜麻色の髪に黒いトカゲのヘアピン、安物のコート>
ヨキ > 「だろうな」

穏やかに、そうして少しだけ寂しげに笑う。

「君は……君の身を案じてくれる“教師”には恵まれたが、どうやら“まともな教師”ではなかったらしい。
 蓋盛にとっても、ヨキにとっても。罪を犯したものは、万死に値する」

睦言のように低い声が、ごくささやかに語られる。
脱力する銀貨の身体をそっと降ろし、壁に凭せ掛けて横たえる。

「……意地悪だよ、このヨキは。
 君に嘘を吐きたくなくて、首を縦に振らなかった」

立ち上がり、倒れ伏した男たちを見遣る。
しばし黙って、――ローブの懐を探る。

取り出したのは、シャンパンゴールドのスマートフォンだ。
片手で手早く操作すると、暗がりに光量を抑えた画面がちらりと点る。

知った番号に、発信する。

蓋盛椎月。

蓋盛 > 「…………」

スラムの廃屋の影、蓋盛の足元で瓦礫が微かに音を立てた。片手には銃。
この場所を突き止めた経緯は、ヨキのそれと大きく違いはない。
大凡の状況は察していた。
だがヨキが介入するのを確認すれば、彼にすべてを任せるつもりではあった。
その程度には信頼していた。

苛立ったように眉をしかめていた。
このまま一部始終が確認できるなら、この場所で二人の前に姿を晒すつもりはなかった。


なかったが――自分のコートのポケットからヨキに聞こえるほどに電子音が鳴り響けば、
姿を見せずにいるのは無理があった。

「…………迷惑をおかけしました」

銃をしまって、ヨキの前へと姿を見せる。
ちら、と意識のない悪漢どもとを見比べた。

ご案内:「スラム」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。<補足:《軍勢》を操る物憂げな少年/ミルクティー色の髪に茫々とした紫の瞳、制服姿>
ヨキ > ヨキにもまた、蓋盛が既に動いているだろうという予感があった。
背後の空間に電子音が鳴り響くや否や、発信を切って振り返る。

「……やあ、蓋盛。君も到着していたか」

スマートフォンを仕舞う。

「報告してから仕留めるつもりだった。
 ……あるいは、君が望むなら取っておいてやるつもりだった」

ヒールを鳴らして、男のひとりに歩み寄る。ヨキに向かって発砲した方だ。
身を屈めたヨキの、肉を削られたはずの横顔は、既に薄らと赤みが残っているばかりだった。

「このまま大人しく突き出すだなんて、ヨキには出来そうにない。
 ……こんな最奥まで、踏み込んでくるのが悪いのさ」

右手の指輪に触れた左手の中に、鋭利な牙に似た短剣が現れる

蓋盛 > 「ヨキ先生も銀貨くんも、
 大事はないようで何より……」

頭を下げる。
無表情に廃屋や悪漢を観察していた蓋盛だったが、
ヨキの異能で生み出された短剣がまさに執行の牙とならんとする直前に、
「待った」、と、静止の声をかけた。

「その子は彼らの死を望まなかったのでしょう。
 あたしのやり方で、やらせてくれませんか?
 ……最近、実験していなかったし」

左手に白い光が宿った。
“治療”に用いられるはずの異能の弾丸。

「堂々と、“彼らは死ななかった”と伝えられますよ」

それを行使しようとしているというのに、蓋盛の声や表情には慈悲の光は宿っていない。

ヨキ > 「ああ。
 ……ヨキのことは構わん。奥野君が無事ならば、それだけで」

左の逆手に握り締めた短剣が、今にも振るわれようとしたときだった。
蓋盛の言葉に、ぴたりと動きを止める。

銀貨や男たちには見せることのなかった、冷厳な殺意だけが篭もる眼差しで蓋盛を見る。
白い光の弾丸を目にして、左手をだらりと落とす。

「……判った。
 蓋盛、君に任せるよ」

乾いた声を発し、にやりと笑う。
唇が笑みに震えた瞬間、ヨキの頬からは傷跡が掻き消えた。

役者のような無音の足取りで立ち上がり、後退して男たちと距離を置く。

蓋盛 > 刺すような眼差しにもさして動じることなく、
許可を得れば、弾倉へ白い弾丸を吸い込ませる。

「ありがとうございます」

小さく言って、引き金を二度引くと
クラッカーを鳴らすような小気味良い音が鳴って、
瞬時に倒れ横たわる二人の男の負っていた傷があっけなくすべて快癒した。
――肉体と精神に“蓋盛の望む均衡”を齎す異能。

「済みました。
 船の始末はまぁ、……ヨキ先生に任せますよ。
 手伝ってあげてもいいんですが、こっちは銀貨くんの面倒を見ないと」

本当にただ“治療”を終えただけのような、平静とした佇まい。
くるりとその場で踵を返し、ヨキに背を向ける。
その背を折り曲げた。笑いを堪えるように。

ヨキ > 男たちに弾丸が撃ち込まれる一部始終をじっと見ていた。
命中すればそれまで――あまりにも強力なその異能は、脅威とさえ言っていい。

「奥野君のことは、君に頼みたい。
 ヨキよりも君が面倒を見てやった方が、彼には良いだろうから」

外へと続く壁の大穴を背に、緩く両手を広げる。

「“海岸に流れ着いた無人船。中はもぬけの殻。
 誰が乗っていたのか、どこからやってきたのか、誰にも判らない”」

南の方角を一瞥する。

「……それで目出度く、一件落着だ」

ふんと小さく鼻を鳴らす。

「礼を言う。有難う、蓋盛」

蓋盛 > 治療とはこの世で最もおぞましく残酷な行為だ、と蓋盛は信じて疑わない。
自身の行いが治療と呼ばれるものとはかけ離れているものであっても。

「くく。
 溜飲が下がらなかったらすみませんね。
 いまいちこれは、派手さに欠ける」

こみ上げる全能感に、耐え切れずに喉が鳴った。
なんでもないふりをして、営業用の薄い笑みで振り返る。
ヨキが掃除してしまうであろう犯罪者に関しても、別段憐れみは覚えることはなかった。
自分が手を汚さず消えてくれるなら、それに越したことはない。

「では、そのように。
 この子にはあとでお灸を据えておきます。
 なに、礼を言われるようなことは……」

壁に凭れる銀貨のもとにしゃがみ込み、背負って立ち上がる。

ヨキ > 「いいや」

目を伏せる。

「君ほど暴力的な力の持ち主を、ヨキは他に知らん。
 ヨキが手を下すよりも、ずっと酷薄だ。
 ……だから礼を言った。

 ヨキが自分で手を下すのは、他に動く者がないからだ。
 自分よりずっと大きな、圧倒的なまでの罰を下せる人間を前にして――

 溜飲の下がらぬはずがないだろう」

笑う。
自分はやっと、待ちに待った光景を目にしたのだとばかりに。

踵を返し、廃屋の敷地から表へ出る。
地面でブーツの爪先を叩きながら、蓋盛へ顔を向ける。

「ではな。
 常と変わらぬ、平穏な夜を過ごすがいいさ」

地を蹴る。
ヨキの大きなシルエットが、風に巻かれたかのように掻き消える。

瞬きののち、夜空を四足の巨大な獣の影が横切って、そのまま南の方角へと飛ぶように姿を消した。

ご案内:「スラム」からヨキさんが去りました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目/鋼の首輪、拷問具めいた黒ローブ、黒手袋、黒ストッキング、黒ハイヒールブーツ、右手人差し指に魔力触媒の黒い金属の指輪>
蓋盛 > 「それは重畳。
 あたしの異能のことを、よく理解しているらしい」

ヨキの笑みに合わせたように、目を細める。
いずれ男たちは意識を取り戻すだろう。
その後のことは、蓋盛ですらどうなるか、完全には知らない。

別れの言葉を交わし、獣が疾走するのを見送った。

「しかし、害虫を一匹一匹潰したところで
 キリがないなぁ、全く」

そういう地味で報われない仕事は、やはり風紀や公安、
あるいはヨキのような趣味人に任せるべきなのだろう。
そういった思いをあらたにして、銀貨とともにスラムを後にする。

ご案内:「スラム」から蓋盛さんが去りました。<補足:亜麻色の髪に黒いトカゲのヘアピン、安物のコート>