2016/08/13 - 21:09~03:21 のログ
ご案内:「国立常世新美術館」にヨキさんが現れました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目、黒縁眼鏡、目尻に紅、手足爪に黒ネイル/墨色の浴衣、白の兵児帯、中折れペーパーハット、黒ハイヒールサンダル、異能製のシルバーリング・ネックレス・バングル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング/【恒常的な餓え+首輪なし】>
ヨキ > 正午過ぎ。
自身の個展が開かれている、展示室前の廊下。
ゆとりある間隔で置かれたソファの一つに、浴衣姿のヨキが寛いでいた。
海沿いの風景に面した広いガラス窓を正面に、展示室や通路に背を向けた格好だ。
ヨキは背凭れに身を預け、膝に帽子を載せた格好で天井を仰ぎ、目を瞑っている。
元から呼吸の浅い男であるから、眠っているのか、はたまた瞼を閉じているだけかは判然としない。
午前中にいくらかあった人の入りも落ち着いて、今は通る人も少ない。
ヨキに声を掛ける者は、今のところないようだった。
ご案内:「国立常世新美術館」に獅南蒼二さんが現れました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。光を放つ指輪はつけていないようだ。>
獅南蒼二 > 芸術と文化の結晶とも言える美術館で,一際異彩を放つ白衣姿。
無論館内は禁煙なので,その右手はポケットの中で煙草を弄ぶのみ。
普段なら決してこんな場所に足を運ばない獅南蒼二は,静かにソファに近付き・・・
「・・・・・・わざわざお出迎えとは,光栄だな。
しかしその服装にその帽子は,あまり良いセンスとは言えんぞ?」
・・・眠っているのだとしても一切構う事はない。
貴方のすぐ前に立って,声を掛けた。相変わらずの悪態を交えて。
ヨキ > 獅南の言葉を、聞いているのかいないのか。
降りかかる声に、眉根に小さく皺が寄る。
「………………、」
薄らと開いた金の瞳が、相手を見上げる。
夢うつつのあわいを漂う、魂が抜けたように茫漠とした眼差し。
まるで知らぬ顔を見る、別人のような顔をした一瞬ののち――
双眸に、命の焔がふっと点った。
「――そりゃあ。
世にも珍しい客のお出ましだからな。
……しかしこの格好は、お前の好みには合わなんだか。
せっかくめかし込んできたのに、残念だ」
胡乱な表情を垣間見せたのが嘘のように、普段どおりぽんぽんと話しながら立ち上がる。
にんまりと笑んで足を向けるのは、件の展示室だ。
「それにしたって、相も変わらず美味そうな顔をしているよ、獅南」
獅南蒼二 > 自分を見上げる瞳を見下ろし,僅かに目を細めながら,獅南は嗤った。
「まるで不勉強な学生のようだ・・・まったく。
だが,確かにアンタの言う通り,こんな場所に来るのは初めてでな。
・・・・・・ここではそっちが正解か?」
普段どおりの白衣姿と,普段は見せぬ浴衣姿。
対照的でさえある2人だが,同じ歩幅で,展示室へと静かに歩む。
「そりゃ光栄だな…まったく,物好きな事だ。
しかし,ここで私を食い殺せば,アンタと私はその身をもって異能者の危険性をこの世に知らしめることになるだろうなぁ?」
物騒な言葉を並べながらも,獅南は穏やかな表情を浮かべていた。
展示室に自分が送りつけた花が飾ってあれば,まず視線はそちらへ向けられるだろう。
ヨキ > 「さあ、街中では自分の好きな服装、似合う服装をするのが定石だぜ。
お前がその恰好を好いているなら、何だって正解さ。
ヨキは夏だから、涼しいから、洒落込みたいから、これを着た。
生憎と、見かけほど不勉強には落魄れていないから、安心してくれ」
抑えた話し声でくつくつと笑う。
「本当にな。今だって、ヨキは自分の精神力を大いに褒めてやりたいくらいだ。
良くもまあ、こんなにも長く『待て』が出来るものだと感心する」
展示室へ足を踏み入れると、通路よりもやや天井の高い空間が開ける。
部屋の中心に大型のオブジェ「落花図」を据えた、ヨキだけの展示空間だ。
獅南から贈られたフラワーアレンジメントは、受付の机に堂々と、
まるで見せびらかすかのように飾ってある。
「――ヨキの作品展へ、ようこそ」
まずは芳名帳にお名前でも、とばかり、冗談めかして小首を傾ぐ。
獅南蒼二 > 「昔はそうだったのだろうが,いつの間にやら他に服が無くなってしまってな。
似合う服装か……まぁ,アンタにそれが似合っているかどうかは,兎も角として。」
自分のものはあまり想像できんな。なんて,楽しげに笑う。
「私の研究室まで食い殺しに来てくれれば,手間が省けたのだがなぁ。
…まぁ,しかしお陰でこうしてまた友人として会話ができるのだから,私もアンタに感謝すべきかな?」
思った以上に目立っているフラワーアレンジメントを一瞥してから,
芳名帳に手を翳した。風も無いのにふわりとページが捲れて…
「手書きも味があるのだろうが,このほうが私らしいだろう?」
…宙に浮いたペンが,一点一画も疎かにしない精密な文字で獅南蒼二の名を書き記す。
それから,改めて獅南は展示室の中心,見上げるほどに巨大なオブジェへと目を向けた。
尤も獅南にはその花の種類さえ,分からない。
それぞれ違う表情を見せる9つの花を,上から順に眺め・・・4つめの花で視線をとめた。
・・・生に溢れた花に死の陰が差している。
「生憎と,芸術を理解できる感性を持ち合わせてはいないのだが・・・
・・・こんな瞬間を切り取って固めるとは,いい趣味をしているな。」
受付に飾られたフラワーアレンジメント。
そこに施した術式は“生に溢れた花”をそのまま固めるものと言っていい。
・・・両者の隔たりは生きた時間の差か,それとも“生”への価値観そのものの差異か。
ヨキ > 無言で獅南をじろじろ眺めて、
「…………。お前が違う服装をしているところ、想像がつかんな。
見目は悪くないのだから、少しは整えれば格好も付くだろうに」
何とも不躾な調子で笑った。
「作品展のお陰で、ヨキは平静を保っていられるのだと思っていた。
だがそれ以上に、やはりヨキはお前個人が大切であるらしいよ」
だから食わずに居られるのだ、と。
“獅南らしい”手法で名が記された芳名帳に、満足げに頷いた。
獅南に背を向け、先導するように室内を進んでゆく。
まず目に入る「落花図」の前で、足を止めた。
作品を表する言葉に、目を伏せて小さく笑う。
「有難う。
この作品のために、椿の枝を何本も買い込んでな。
飽きるほどスケッチして、眺めて、写真に撮って、いくつも作り直したよ。
実物らしいと、あまつさえ実物よりも見どころのあるような――
そういうものを作りたいと、いつも思っていた」
獅南の、視線の先を見定めるように。
ヨキの目は、その横顔を柔らかく眺めていた。
獅南蒼二 > 「その言葉はありがたいが,その一方で私を食いたいのも事実なのだろう?
難儀なものだ・・・善良な友人としては,アンタを殺してその苦しみを終わらせてやるべきか。」
冗談交じりにそう呟きつつ,横顔を眺める貴方に視線を向けた。
窪んだ目元は相変わらず疲労の色が濃く,しかし瞳は澄み切っている。
それこそ,一抹の迷いも無いとでも言わんばかりに。
それからまた「落花図」へと視線を向けて・・・
「・・・服をアンタのセンスに任せるのも面白そうだが・・・駄目だな,信頼できん。」
・・・苦笑した。
「実物よりも・・・なるほど,芸術というのは奇妙なものだ。
絵画もそうだが,多くは実物を模写したに過ぎんのだろう?
模写はあくまでも模写だ。実物を超えることなど,本来,ありえない。」
貴方の言葉で,はじめてそれが椿であると認識する。
だが,そんなありふれた存在である椿を模写し,金属によって成形したに過ぎないその巨大な作品が,
確かに,この獅南にも“何か”を感じさせる。
「・・・・・・意見を聞かせてくれ。
勝手な憶測だが,私が“最高の魔術”を目指しているのと同様に,アンタは“最高の芸術”を目指しているのだろうから・・・」
貴方に視線を向けることもなく,視線は最後の花へ。
死の陰が生を駆逐し切ったのだろう,その哀れな花は地面に落ち,文字通りに朽ちている。
「・・・その道に,終着点はありそうか?」
ヨキ > 「いいね。その調子で、お前にはヨキを殺す術を究めてもらいたいが――」
元から人気のないこともあって、声のトーンを落としているとは言えども、
語り合う内容に憚りはない。
「ヨキがお前の教え子から狙われるのと同様に、
このヨキを討てばお前は少なくない人間から恨まれることになる。
お前は、他人の恨みを買うことなど慣れっこやも知れんが――
ヨキは愛する者たちに、同じように愛するお前を恨んで欲しくはないのさ」
軽んじる調子もなく、大真面目に言い切る。
服のセンスが信頼できないと言い切られてしまうと、くは、と可笑しげな声を零す。
帽子を手にしたまま腕を組み、真っ直ぐに獅南を見た。
「単に外面を写し取っただけならば、実物を超える『何物か』を引き出すことは出来んだろう。
それを可能にするのは――
対象についての深い理解と、作品に表れるだけの作り手の感情と。
それから、鑑賞する者のうちから感慨を呼び起こすための手腕だ」
その確かな語り口からは、平素のヨキの講義が“そういう風”に行われていると察せられる。
そして獅南から向けられた問いに、
「終着点は――」
金属の花へ目を向けて、
「ない」
一片の淀みなく、言い切る。
「……だが自分の中で、『通過点』を定めることは出来る。
例えば、ヨキにとっては――
お前がこうして、ヨキの展示を見に来てくれたこと。
ヨキの作品について、お前の言葉で語られること。
お前が、ヨキの作品を褒めてくれさえすること……、
…………。
それだけで、この空腹がひととき紛れるくらいには、ヨキは嬉しいんだ」
作品を見上げたまま、小さく笑った。
獅南蒼二 > 終着点は───ない。
その言葉を聞いて,獅南は安心したように目を伏せ,そして笑んだ。
魔術,芸術,まったく異なる分野を極めんとする2人の共通点。
互いにその道は険しく遥かに遠く,そして,終着点は存在しない。
「……………。」
一つ,大きな相違が立ち上がる。
眼前に立つのは,この獅南にさえ何かを感じさせた“芸術”の結晶。
多くの有名な作品がそうであるように,優れた芸術は後世に残り,人々に影響を与え続ける。
それは魔術が明確な“形”をもたず,一方で芸術が常に“作品”という“形”を伴うことによる相違だ。
「なるほど“通過点”とは良い表現だ。
…アンタにとっての“通過点”がこの個展であるように,
私にとっての“通過点”は…」
羨望。嫉妬。そんな言葉で表現できるようなものではない。
眼前の芸術家は永遠とも言える時間を生き,そして芸術という形を残すだろう。
それは,僅かな時間を生きることしか出来ぬ“凡人”には,到底手の届くはずもない地平。
「……アンタだよ。」
獅南は朽ちた最後の花から,視線を貴方へと向ける。込められるのは憎しみでも怒りでもない。
そこに居るのは,己の道を極めんとする魔術師,魔術学者,そして,誰にも認められることのかった凡人。
「私のとっての通過点は・・・・・・お前を,私の魔術で殺すこと。
それなのに,こうしてお前と話していると,このまま共に歩くのも良いかと思えてしまう。
…だが,やがて私は老い,この花のように朽ち果てる時がくる。
知識は失われ,魔力の火は消え……永遠に残るお前の作品と違い,私はやがてその価値を失うだろう。」
「……そうなる前に,私は,お前を殺す。」
澱むことなく,獅南はそう言い切った。
一切の憎しみも怒りもなく,そこにあるのは友への信頼。
獅南は小さく笑って,
「だが,今日はまだ“待て”でいてくれ。
・・・・・・もう少し,お前の“通過点”をよく,眺めていきたい。」
ヨキ > 獅南の言葉が一貫して真摯であることは、もはや重々承知していた。
この男の前に、自分の命が潰えるであろう未来を想像して尚、ヨキは笑う。
顔を観なかった一月の合間にも、その信念がおよそ変わりはしないのだと。
これからはるかな時を生き延びるであろうヨキが、
今日この日を一日千秋の思いで待ち侘びたかのように。
「分かっているさ。今日も明日も、……少なくとも、この夏の間は待っていてやる」
柔くはにかむ。こつりと小さな靴音を鳴らして、次の作品へ足を踏み出す。
「……ヨキが想像しうる未来は、最低でも二つ。
一つは、もし来るべき未来、万が一にもお前がヨキを殺し損ねて死んだとして……。
その頃、この常世島には――いや、地球上の、決して狭くない範囲には。
お前が広めんとした魔術学が、きっと浸透していて。
そんな世界で、ヨキは変わらず暢気な顔で、のうのうと生き延びることになる。
……形ある“作品”と違って、まるで空気のように遍く根付いた“お前の魔術”の只中で」
獅南に背を向けたまま、ぽつぽつと話す。
「……もう一つは、お前がその言葉の通りにヨキを“通過点”と成したとき。
お前の“限りなく最高に近い魔術”は、必ずや手厚い称賛を受けるだろう。
ヨキよりも賢く、ヨキよりも魔術に詳しい者たちが……、
……ヨキよりずっと正確な、数多くの言葉で、お前の魔術を褒め讃える」
進む先の空間には、いくつものオブジェが並んでいる。
動物。人物。自然物。抽象的なモチーフ。
魚眼レンズで覗いたように歪曲した、どこか意図して誇張されたようなつくりの像の合間から、ヨキが振り返る。
「……困ったよ。
どれだけ考えても、その二つの未来は、どちらも選びたくはなくて。
――しかし、何より最悪なのは、ヨキが死のうと死ぬまいと、お前の魔術が本当に風化し、
跡形もなく消えてしまうことだ」
眉を下げた微笑みの中に、声が渇く。
「芸術の在りようと同じくらい、ヨキはお前の成し遂げようとすることを信じてるのさ。
……笑っちまうよ。
どう足掻いても、ヨキにははじめから、お前に勝算などなかったんだ」
獅南蒼二 > 「最低とは言え,随分と極端だな……別の未来もあるだろう?」
時折足を止めながら,獅南はヨキの後に続いた。
獅南は象徴的なモチーフより,自然物の造形に惹かれるらしい。
単純にそれは,獅南の感性の限界であるのかもしれないが。
「例えば,だ。
…お前とこうして時折会話しながら,互いにありもしない終着点へ向かうこと。」
「私でさえ何かを感じるのだから,お前の作品は遠く未来まで残るだろう。
それを見た誰かが,また,私と同じように何かを感じ取って帰るのだろうな。
私の魔術は・・・さて,本当に賞賛されるのかどうか,異端児として誰からも相手にされんかもしれんし,
もしかしたら,次の時代の基礎を築くかもしれん。
私たちは今と同じように,酒を飲み,馬鹿な話をして…時折,こうしてお前の個展に私が足を運ぶ。
私が学会で発表する時には,お前も顔を出すか?」
獅南が語るそれは,誰の目にも,幸福な未来像として映るはずだ。
確かに,死を最大の悲劇とするのなら,ヨキの想像する“どちらかが死ぬ”未来よりもより幸福である。
……少なくとも世間一般的にはそのはずなのだ。
「…だが,お前は永遠に餓えに苦しみ,私はやがて老いて力と信念を失う。
お前だって,信念と力を失った私など,食いたいとも思わんだろう?」
振り返った貴方を見つめ返して,そうとだけ語った。
それはいずれの悲劇も選ばず,全てを先延ばしにした1つの未来。終着点。
それは,獅南にとっても,そして貴方にとっても,幸福な終着点ではないはずだった。
・・・・・・どちらの未来も選びたくはない,そう語る貴方に,獅南はさらなる飛躍を強いる。
「お前に勝算が無いのは当たり前だ……私を相手にしたのが悪い。
だが,私はまだ,お前の本音を…聞いていないような気がしてな?」
「ヨキは……いや,“お前”は,どうしたいんだ?」
意図的にか,それとも偶然か,獅南は“ヨキ”という呼び方をし,そしてそれを徹回した。
ヨキという名を得る前から存在する“お前”の本心を聞かせろとでも,いうのだろうか。
ヨキ > 「馬鹿を言え。
凡庸で無難な未来など、ヨキとお前の間にあって欲しくはない」
相手が語る、さながら朽ちて枯れ果てるかのような無残さに満ちた未来像に聞き入る。
静かに話す顔を真っ直ぐに見据えたまま、口を引き結んで。
「………………、」
視線が重なる。
おまえ、と呼び掛ける声の前に、表情は微動だにしない。
「ヨキは、」
ヨキ。斧の意。人間の営み。文明の刃。金気の化身。
「ヨキは……」
顔が泣き笑いに似て歪む。
普段のヨキならば、言わせるな、とでも笑い飛ばすところだったろう。
笑った口の形で、歯を食い縛る。「……ちがう、」
首を振って――再び歩き出す。
ヨキにしてはひどく長い、発声までの逡巡。
「――お、」踵のない足が、硬い床を踏み締める。
「………………、“おれは”――」
“常世学園のヨキ”とも、どこか遠い異世界の“けだもの”とも、
さらには未だ得体の知れぬ僧――“妙虔”とも異なる、
この取り返しのつかない十年余りのあいだに培われた“ただ一人”の人格。
その人物のみが想起しうる思いが、ようやく声として絞り出される。
「人間になりたい」
涙など出ようはずもなかった。人間の眼ではないのだから。
「おれは……
――俺も、お前と同じ人間として、老いて死にたいよ、獅南。
俺はこの常世島で、これでもかってほど学んだんだ。
たとえ俺が永劫生き延びずとも、人間は繰り返し巡りながら、
きちんと継いでゆけるってことを、…………。
だから、」
持っていた帽子で、目元を隠す。
「……獅南、お前の“最高の魔術”で、俺を助けてくれよ。
俺を、錆び付いた金気の中から解き放ってくれ」
震えて笑う大きな唇だけが、陰から覗いていた。
「俺のなかに巣食う『怪物』を、殺してくれ……」
獅南蒼二 > 獅南は瞬き一つせず,貴方を見つめていた。
貴方が言葉を紡ぎ切るまで,その全てを吐き出すまで,じっと待っていた。
そして,表情一つ変えることはなく,静かに口を開く。
「今の“お前”が何者なのか,私には分からん。
土地神か,怪物か,それを討伐した聖職者か……そのどれでもないのか。
………だが,まぁ,お前はお前だな。」
小さく肩をすくめて,柔らかく笑む。しかしそれから,大袈裟に溜息を吐いて,
「全く,随分と格好付けて未来など語りやがって。
最初から選ぶつもりの無い未来など語る価値も意味も無いだろう?
これでやっと,晴れて互いの思いが一致したわけだ。」
見上げれば,対になった裸婦の像。
どちらが異能で作り出されたものなのかなど,獅南の目には分からない。
「私はアンタを……“ヨキ”を殺す。
勿論,お前の言う“錆び付いた金気”とやらも“怪物”とやらも。わけ隔てなく,だ。
重ねて言っておくが,アンタに勝算は無い。この私を相手にしたのが間違いだ。」
静かに手のひらを貴方へと向ける。
魔術の炎を燃え上がらせる指輪は無く,そしてこの男の魔力での再現は到底不可能だ。
だがそれでも,獅南の表情は自信に溢れていた。
その手を引っ込めて,貴方の方へ向かって真っ直ぐ歩く。
「前に言っただろう……魔術学は,全ての不可能を可能にする。
そしてそれは,努力と研鑽によってのみ得られる力だ。
安心し給え…私は何が起ころうと,どんな壁だろうと乗り越えてみせる。
だから,お前は何も心配するな……私に任せろ。」
擦れ違いざまに,貴方の横で足を止め,獅南はそうとだけ語った。
帽子で目元を隠した貴方の方へ視線を向けることもなく,ただ進行方向を,展示室の出口を見据えたまま。
言い終われば,ぽん,と貴方の肩を叩き,出口へ向かって歩きだす。
「あっと,そうだ,一つ言い忘れたことがある。」
出口の直前で立ち止まって,くるりと振り返った。
「帽子とのバランスどうかと思うが,その服は,案外と似合っているよ。」
それだけを言い残して,獅南はまた貴方に背を向けた。
今度は決して振り返ることなく,そのまま歩き去って行くだろう。
より明確となった“通過点”に向けて,真っ直ぐ突き進むように。
ご案内:「国立常世新美術館」から獅南蒼二さんが去りました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。光を放つ指輪はつけていないようだ。>
ヨキ > 顔を隠していたところで、向けられる声ははっきりと耳に届いていた。
獅南の揺るぎない言葉に、顔を覆っていた帽子を滑り落とすように手を下ろす。
「…………、有難う、獅南」
どことなく気恥ずかしげに、困ったように笑いながら、歩み寄ってくる“宿敵”を見据える。
「このヨキ独りでは……もはやどうしようもないことだった。
誰かに助けを求めようにも、この地では誰もが何かに苦しめられていて、」
自らのゆく先だけを見つめる獅南の隣で、微笑んで目を伏せる。
「……お前になら、預けてもよいと思ったんだ。
お前となら、――」
言い掛けて、止める。
「このヨキは、受け取った信頼と評価は絶対に裏切らん。
ヨキもお前の魔術を、知恵を、信念を、……お前自身を、信じている」
そうして、獅南の背を見送る。
最後に振り返った相手の言葉には――ふっと吹き出した。
「…………、たわけ。
言うのが遅いわ、捻くれ者めが」
遠ざかってゆく獅南の背を見えなくなるまで見つめながら、ぽつりと呟く。
「――ありがとう」
その一言は、獅南がこれまで培ってきたものを認め、称える言葉としては、全く足りないだろう。
それでも、そう言わずにはおれなかった。
静寂に包まれた空間で、ひとり振り返る。
ヨキの眼前に立つ、鏡写しの像――“対比”。
いわゆる“ライフワーク”として自分の傍らに在り続けた像を見上げたまま、目を閉じる。
(お前が見てきたものを、この俺の目に焼き付けてくれ。
不全たる犬の眼ではなく、お前と同じ人間の瞳に)
一対の像は、どちらが異能で、どちらが手ずから作られたものなのか、一見して判別がつかない。
つまり――
この金属を操る異能から解き放たれたとて、己が腕のみで生きてゆけるのだという、
経験と知識の証明でもあったのだ。
「……救われるための準備は、いつだって出来ていたんだ」
ご案内:「国立常世新美術館」からヨキさんが去りました。<補足:人型/外見20代半ば/197cm/黒髪金目、黒縁眼鏡、目尻に紅、手足爪に黒ネイル/墨色の浴衣、白の兵児帯、中折れペーパーハット、黒ハイヒールサンダル、異能製のシルバーリング・ネックレス・バングル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング/【恒常的な餓え+首輪なし】>