ご案内:「魔術学部棟第三研究室」にヨキさんが現れました。<補足:【女性化中】人型/外見20代半ば/180cm/黒髪金目、黒縁眼鏡、目尻に紅、手足爪に黒ネイル/襟刳りの広い濃灰七分袖カットソー、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > 研究室の獅南宛てに、「近況報告」と題されたメールが届く。

「ヨキだ。先日は個展へ足を運んでくれて有難う。
 お前とはまたゆっくり話をして過ごしたい。
 それと同じくらい、お前がヨキを殺しに来る日を心待ちにしている。

 それはさておき。

 突然だが、ヨキの身が少しばかり楽しいことになったので知らせておく。
 魔法の力を借りて、ひと夏の思い出というやつだ。

 呆れて殺す気が萎えないことを祈る」

メールには、写真が一枚添付されている。
機嫌のよさそうな顔でピースサインをする、ヨキの自撮りだ。
自宅のソファに腰掛けて撮ったものらしい。

よくよく見れば、ヨキにしては肌の輪郭が柔らかく――

それは女の姿をしたヨキだった。

姿かたちのパーツや要素はそのままに、女の姿へ変じている。
斜め上から見下ろすような構図も、若い女を真似たものだろう。

襟刳りの広い、薄手のトップスから白いデコルテを晒して、大きな胸のラインが布地越しにも目立っていた。

ご案内:「魔術学部棟第三研究室」に獅南蒼二さんが現れました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。>
獅南蒼二 > 最初に,「お前は一体何をやっているんだ。」と題名に打ち込まれた本文の無いメールがすぐに送られてきた。
流石の獅南蒼二もきっと,驚いたのだろう。
それからしばらくしてから,2通目の返信が届いた。

「・・・呆れるどころか今すぐに殺してやろうかと思ったよ。
 外見だけの性転換か,それとも中身まで女になったのか。
 誰に何をされたのか知らんが,たちの悪い魔術師につかまるなよ?

 私も冷やかしに行ってやりたいところだが,今は研究室を出られん。
 まぁ,せいぜい馬鹿をやりすぎんようにな」

・・・・・・獅南は相変わらず研究室に篭っているらしい。
それにしても,“出られない”とはどういうことだろうか。

ヨキ > 「わはは。お前にはいつも負かされてばかりだから、
 たまにはヨキが驚かすのもよかろう。

 安心しろ、相手は学園の教師だ。
 一週間で綺麗さっぱり元通りだとも。

 見分する限りは、中身まで隅々女であるらしい……
 腹まで裂いた訳ではないから、実際のところは判らんが。
 ひとまずのところは、女を満喫してやるとするさ。

 そちらは変わらず多忙のようだな。
 こうして気侭にメールを交わし合うのも悪くない。

 冷やかしに来るのが無理なら、こちらから手料理でも差し入れたっていい。
 斯様な美女の差し入れなら、さぞかし滋養が…… 摂れない?無理か。

 それにしたって、研究室に缶詰めとはな。
 手が離せなくなるような、研究の糸口でも見つかったか?」

幸いにも、新たな写真は添付されていないようだ。

獅南蒼二 > 「まったく……お前らしいよ。
 しっかり服まで仕立てるとはなぁ。
 それから、それを素直に堪能できるあたりがな。
 私には真似できん。

 おいおい,女の姿で来られては妙な噂が立つじゃないか。
 ……冗談はともかくとして,今は研究室に近付くな。
 あまり芳しい状況ではない。

 返信が途絶えたら,力尽きて死んだか眠ったと思ってくれ」

……研究室にこもって何をしているのだろうか。

ヨキ > 件名に、にっこりと笑った顔文字。

「こう見えて、服はほとんど新調していないんだ。
 普段使いでどうにかなってしまったよ。
 ヨキがこんな変身を素直に堪能できるようになったのは、
 自分を見失ってしまうかも知れないという恐ろしさから解放されたからさ。
 どうあってもヨキはヨキ。守るものも捨てるものも、そう多くはないと気付いてしまった。

 要らん噂でも立てられてみるのは面白そうだが、お前の研究の邪魔になってしまうのはいかんからな。
 それに、誰あろうお前の忠告だ。うかつに部屋に近付くのは止しておく。

 ……倒れて眠るくらいならいいが、くれぐれも怪我はせぬように。
 お前はヨキの餌食になるまで、五体満足で居てもらわねば。

 どうせ喫緊の連絡でもなし、手の空いたときで構わん。
 返信しそびれたとて、どうせそのうち会う仲だ」

獅南蒼二 > 「人の苦労も知らんでたのしげにしやがって」

返信にはそう一文だけ。苦笑している相手の顔が浮かんでくるだろう。
しかし,妙なことに,一文の中でも後半は漢字変換すらされていない。
それは,どことなく異様なメールだった。

ヨキ > 獅南がメールを返信して間もなく、ヨキからの着信がある。
録音に残された声は、低く艶のある女の声だった。
だが声は違っていても、その語調は紛うことのないヨキのものだ。

「獅南?どうした?獅南?大丈夫か?

 落ち着いたらでいい。
 もし落ち着いたら、また連絡をくれ。

 …………(しばし無言)、くれぐれも危ないことだけはしてくれるな。
 待ってるから、」

動揺を押し隠すような声。

獅南蒼二 >


http://guest-land.sakura.ne.jp/cgi-bin/uploda/src/aca1149.htm



獅南蒼二 > それからしばらく……

……待てども、獅南蒼二からの連絡は無い。
メールの文面が正しいのなら、恐らく研究室に居るのだろうが……。

貴方は様子を見に行ってもいいし、忠告通りに研究室には近づくことなく、連絡を待ってもいい。

ヨキ > ――留守番電話のあと。

研究区の自宅に、どこかそわそわとしたヨキの姿がある。
ヨキは時間を潰す楽しみをいくつも心得ていたし、
歓楽街の諸お姉様方から施されたナチュラルメイクは品良く決まっていて、
現にいくらでも返事を待つつもりだった。

「…………、」

だがテーブルの上のスマートフォンをちらちらと見遣る顔は物憂げで、
何事か手を付けても全く集中出来なかった。

「……近付くなと、言われても」

獅南から届いた最後のメール。
文言さえ整っていたなら、ヨキが惑うことはなかったろう。
もしも文字の打ち損じさえなかったら――

実際のところ、ヨキはそれほど獅南蒼二という男を高く評価していた。

ソファから立つ。
スマートフォンと最低限の荷物が入ったショルダーバッグを引っ掴み、アトリエを出る。

着慣れた細身の男物の服で向かう先は、魔術学部棟だ。

獅南蒼二 > 魔術学部棟第三研究室前。

鉄の扉はかたく閉ざされていて、中の様子はおろか、僅かな物音さえ聞こえてこない。
……いや、本当に物音がしないのだ。
どれほど超人的な聴力をもってしても、内部に人の気配は感じ取れないだろう。
そして相変わらず、獅南蒼二からの連絡は無い。

扉をノックをしても、常識的な範囲でなら声をかけても返事は返ってこない。
そして、もし貴方がノブに手を伸ばせば、鍵が開いていることに気付くだろう。

……さて、どうしたものだろうか。

ヨキ > 間もなくして、辿り着いた研究室の前。
人目を憚るように通路の左右を見渡したのち、扉を叩き、声を掛ける。

「……獅南?居るのか?」

録音したものより明瞭な、女の声。
返事も、電話への応答もない。
獅南のことだから、どこかへ休憩へ出ているのだろうと思いながらも――

ほっそりとした四本指を、ドアノブに掛けずには居られなかった。
扉に施錠がされていないことに気が付いた瞬間、ヨキの顔はたちまち青褪めてしまう。
常にない不用心さに意を決し、扉に掛けた手に力を込める。

ごく小さな声で、済まん獅南、と謝ってから、恐る恐る研究室の扉を開く。

獅南蒼二 > 扉を開けば……

一見するに普段通りの部屋だが、奇妙な痕跡がある。
壁際の棚が力任せにもぎ取られて破壊されており、
テーブルの上に無惨な姿で置かれている。
破壊して強引に中身をぶちまけたのだろう。その時のものか、血痕が付着している。
床にはその棚の引き出しに入っていたのだろう指輪が無造作に散らばっていた。

「………………。」

そして、ソファには獅南蒼二が横たわっている。
……血色は悪く、いつもながらに疲れはてた表情。
右の手の甲を酷く怪我していて、血が床にまで滴っていた。

彼は、静かに静かに、寝息を立てている。
声を掛けるか何かすれば起きるだろうが……何があったのか、今は疲れはててぐっすりと、眠っているようだ。

ヨキ > 刹那。
室内の荒れた様子とともに、視覚と違わぬほど鮮やかにヨキへ届いたのは、空気に満ちる血の匂いだった。

「……し、」

獅南、と、呼ぶことが出来なかった。
何しろこの一月というもの、その匂いだけに飢え、探し求めてきた。

形のよい鼻が、ついにその臭気を嗅ぎ当ててしまったのだ。

「……………………、」

室内へ足を踏み入れる。
床に散乱したものを踏まぬように注意しながらも、どこか浮ついて覚束ない足取り。

「し……しなみ、……」

時間を掛けてゆっくりと、ソファに横臥する獅南のもとへ辿り着く。

眠る相手の傍らに立ち、血溜まりを避けて跪く。
血を流す右手の甲から不自然なほど目を背け、彼の顔だけを見下ろし、二の腕に柔く触れる。

「……しっかり……しろ。大丈夫か、獅南。獅南……」

息を殺して堪える、弱々しい声だ。
傷付いてもいないのに蒼白な顔の眼差しは、微かな酩酊にも似た――どこか異様なよろめきを湛えていた。

獅南蒼二 > 貴方の声が耳に届けば、獅南は静かに瞳を開く。
血の匂いなど、人間の鼻には感じられないほど微細なものだろうが、
入り口からそれをかぎ分けられるほどに鼻が利くのなら、獅南に近付くほどにより濃くなっていくだろう。

二の腕に触れる貴方の腕を、獅南は、まるで何かにすがるように、左手でがしりと掴む。
…………そのまま周囲を見回し、静かに貴方を見上げて…

「……来るなと、言ったはずだ。」

…大馬鹿野郎。と、続けたかった言葉は喉元で塞き止められた。
もちろんそれは、貴方の姿のせいもあったかもしれない。
だか、それだけではない。

自分を見下ろす貴方の瞳が、血の匂いに惹かれる怪物の瞳ではなく、
人間らしい複雑な感情を湛えた、これまでに見たことの無いような眼差しだったから。

ヨキ > 微かな身じろぎ。

「ヨキだって」

咎められて、声が掠れる。

「来るつもりなど、なかった……」

悪目立ちせぬほどの、質のよい口紅が塗られた唇はそのくせ乾いて、小さく震えていた。

獅南と向き合った、金の瞳が揺れる。
平素のヨキよりも僅かばかり大きく、睫毛の長い目は、しかしヨキ本人の眼光をそのまま残している。

「だがお前のことが、……どうしても心配で、」

いっぺんに吐き出してしまうのを堪えるような声音だった。
人間よりも遥かに鋭敏な嗅覚は、滲む血と、空気に触れて乾いた血痕さえ嗅ぎ分けている。

「心配だったからに、決まってるだろうが」

獅南に捕まれた腕とは逆の、空いていた手を伸べる。
あれほど欲した血に濡れている右手を、労るように包み込まんとする。

伝わるのは、しっとりとした肌触りに、冷ややかな死人の体温だ。

「……もう、ヨキはすっかりおかしくなってしまった。
 お前の身に何か起こるかも知れないと思うと、居ても立ってもいられなくなる」

そうして、獅南の右手を両手の中に包み込む。

自分まで血に汚れるのも構わず、乞うように縋り付く。
睦言を囁くような声の合間に、獣性を押し殺す息遣いがか細く響いていた。

獅南蒼二 > 死人のように血色は悪くとも、獅南の右腕から伝わる体温は、貴方のそれよりもずっと温かい。
獅南は抵抗することもなく、僅かにその目を細めてから……僅か、微笑む。

「獲物に、勝手に死なれては困ると……?
 それとも、女の体になって私に惚れでもしたか?」

そして、普段通りの軽口を叩いた。
……貴方の瞳が、貴方の息遣いが、普段通りのそれとは異質なものであると、気付きながら。

「…………まったく。」

貴方の言葉に、獅南は瞳を閉じて苦笑する。
人ならざる出自の貴方が見せた、人間らしい表情と感情。
獅南がそこから何を感じ取ったかは定かでないが、それは彼にとって、笑い飛ばせるものではなかったらしい。

「安心しろ……怪我くらいはするかもしれんが、
 お前に喰われる以外の死に方をするつもりはない。」

もっとも、お前に喰われてやるつもりも無いがね?と、そこで始めて、獅南は冗談じみた笑みを浮かべた。

ヨキ > 小さく吹き出す息遣い。

「…………、ばーか」

眉を下げ、呆れた笑みを作る。
声は相変わらず、弱々しいままだったが。

「……女からしたら、お前、全然魅力ないよ。
 見た目からして大概だし、魔術以外に見向きもしないし」

ずけずけと言いながら、掴んだ手を握り締める。

「それに……お前は、ただの獲物などではない。
 友人の身を気遣うのは、普通のことだろう?」

安心しろ、という獅南の言葉に、ふっと目を細める。

「……ありがと、獅南。
 お前が無事でいてくれて、よかった……」

だがその微笑みが、やがて小さく引き攣り、震えて、保っていられなくなる。
ぐらりと頭が傾ぐ。重い頭が、ソファの縁に力なく凭れて、遂には起き上がれなくなってしまう。
絡めた指から、徐々に力が抜けていた。

「………………。済まない。
 ずっと……我慢して、いたんだが……」

具体的な説明も、腹の音もない。
ただ干からびてゆく様に似た脱力だけが、ヨキの飢餓がもはや限界であることを示していた。
血と、肌の匂いと。最たる馳走に触れながらにして口を付けずに居ることは、
見かけより強い苦痛を伴い、その精神を摩耗させていたらしい。

「…………、血を……」

耳を澄まさねば聞き取れないほどの声。

「……血……だけでいい。……少し……」

視線だけで獅南を見る。
理性的に宿していた瞳の金色の光が、今にも消えかかっていた。
明らかな死の淵に立たされながら、死ぬことの叶わない生き物の目だった。

辛うじて掴んだ右手の甲へ、徐に顔を近付ける。
欠片ほどに残った躊躇が、寄せた唇を小さく震わせた。

獅南蒼二 > 「……そんな姿のお前にだけは言われたくないな。」

苦笑混じりに呟きつつ、瞳を閉じる。
静かに息を吐いてから……握りしめられた手を、柔らかく握り返した。

「ははは、はっきりと言ってくれる奴だ。
 私の友人としては正解だが、女としては配慮に欠ける発言だな。」

仰向けに天井を見上げて、瞳を閉じたまま。

「……そうか。そうだな。
 こんな状況でありがとうだなどと……初めて言われたよ。
 普通、こういう時に礼を言うのはこちらだろうに。」

獅南は瞳を閉じたまま。
しかし傍らの貴方がふらりと揺らめき、背凭れに頭を押し付けるように倒れれば……

「……どうした?」

……貴方へと視線を向けた。
貴方が倒れぬようにか、手を強く握る。
仰向けに倒れていた獅南は、左手をついて上体を起こした。

「……あぁ。」

静寂に包まれたこの空間では、その微かな声さえも明瞭に聞こえる。
そしてそれ以上の説明などなくとも、獅南は貴方の苦痛と欲望と、そして躊躇を読み取ることができた。

「そんな顔をするな……お前にとってはチャンスじゃないか。
 出来れば命くらいは残しておいても欲しいが、な。」

そんな軽口を、ヨキの悩みを笑い飛ばすかのように。
……けれどそれから、静かに、息を吐いて、

「お前の好きにしろ……そのままくたばることは無いのだろうが……
 ……その代わり、夕食にでも付き合えよ?」

ヨキ > 頭が小さく揺らぐ。手を握られて、辛うじて意識を保つ。
好きにしろ、という言葉に、赦された子どもの泣き笑いで目を伏せた。

「……だめだよ。お前は死んじゃだめだ、獅南。
 このヨキが、お前を絶対に死なせはしない」

獅南の手の甲へ口づける。
唇に血の赤がこびり付いた瞬間、伏し目がちの金色に昏い欲望の光が差したように見えた。

「……夕食?ふふ……喜んで。
 お前と行く食事なら、きっと何でも美味しい……」

そこまで言って、言葉を切る。
再び触れた唇が柔く肌を食み、小さな音を立てて雫を吸い取る。

続けざま、大きな舌が傷を舐め上げ、尖らせた舌先で傷口を押し広げるかのようになぞる。
牙が肌を引っ掻き、甘く噛みつきながらも、肉を食い破ることまではしなかった。

「…………、は……」

眉を顰める。
友の傷を労るよりも、我欲に従ってしまう浅ましさを恥じながら。

吐き零す息は生温く、体温を感じさせない。
だがその息遣いは明確な欲情の熱を孕んで、衝動に突き動かされるまま血と肌とを舐り、指の関節に口づける。

傷口から相手へ伝わるのは、沁みるばかりのありふれた痛みだ。
怪我が増えることも、呪いに侵されることもない、ただ傷口を玩ぶだけの愛撫。

女の姿であることは、初めから関係なかった。
例え男のままであってもそうしただろうという自然さで、ヨキは獅南の前に跪いていた。

「……獅南……」

血を舐めるごと、土気色の肌に赤みがごく薄らと差してゆく。
眼鏡の奥に、これまで見せたことのない恍惚とした眼差しがあった。

亡者に似た緩慢な動作で床に膝を突き、左手で獅南の右腕に捕まる。
伸べた右手が、獅南の背に縋り付いて抱き寄せんとする。

獅南蒼二 > 貴方に今、欲望のまま牙を剥かれれば、抗う術は無い。
ならばそうさせてはならないと、そんな打算はもちろんあった。
だが、一方で、貴方の苦痛を和らげ、それを癒せるのなら、腕の一本くらいは安いものだとさえ思える。
……おかしくなっているのは、自分の方かも知れない。内心に思いながらも、獅南は無表情に貴方を見る。

「……私を喰い殺したがっている男のセリフとは思えん、な。
 まったく,本当に……物好きなことだ。」

手の甲に這わされた舌が、新しい傷口を撫ぜる。
乾いているが柔らかな唇が肌を食み……牙が突き刺さることはなかった。
貴方の葛藤と、羞恥心、様々に表情から漏れ出す感情のひとつひとつを、読み取り……しかし、何も応えはしない。
魔術学にも異能学にも、癒すことの出来ぬだろう、貴方の苦しみ。
それを和らげられるのなら……傷口の痛みなど、些細なものだ。

「……もう少しだけ、待ってくれ。
 お前を殺してやるには、まだ、時間がかかりそうだ。」

眼前に跪く貴方を見下ろし、その肌に血の気が満ちゆくのを見守りながら、
獅南は小さくそうとだけ、貴方に伝える。
貴方の瞳に宿った新たな光には僅かに目を細めて。

「……程々にしておけよ。」

……その光に気付きながらも、抵抗はしない。
静かに瞳を閉じて、貴方の腕にその身を委ねた。
貴方が女の姿をしているから、などという邪な感情ではない。

「……火傷では、済まされんぞ。」

貴方と同じ感情かどうか定かではないが、確かに此処が心地よいと、そう感じていた。

ヨキ > 深く笑んではいたが、ひどい顔だった。
唇を相手の血で汚し、化粧では隠しきれない疲弊が顔に浮かんでいた。

「……待ってる。ヨキはお前を、信じてるから。
 お前が生きている限り、ヨキの時間はいくらでもお前にくれてやる」

近くなった顔を見上げる。
相手の身体を捉える腕の力は、包み込むように柔らかかった。

「だから……生きてくれ。
 ……自分や、自分が心安らぐ何ものかのために、生き延びてくれ……」

そこに獅南の存在が確かにあることを確かめるかのよう、腕が相手の背を這い上ってゆく。
床の上に膝で立った格好から、相手の首に手を回して引き寄せる。
相手の衣服が血に汚れることなど、ちっとも構ってはいないらしい。

「……今さら、後戻りなんかするつもりはないんだ。
 火傷など、生温い。このまま、跡形もなく溶けてしまうくらいが丁度いい……」

獅南を見上げたヨキの首に、隷属の首輪は最早なく。
刺すほどに迷いなく真っ直ぐな眼差しは、盲目的な服従の矛先を変えたか、
あるいは心の自由を手に入れたことの証左か。

蕩けるように目を閉じる。
小首を傾ぎ――ゆっくりと、唇を重ねる。

獅南蒼二 > 酷い顔をしているのは獅南も同じだろう。
極限に達した疲労は肌から生の色を奪い,窪んだ目元には隈と皺が刻まれている。
この男をそこまで駆り立てるのは単なる野心か,好奇心か,それとも嘗て貴方に語った出自の枷か。

「……困った男だ。いや,今は女か。
 私は,魔術学を究めることならともかく,生きることになど,あまり興味も無いというのに。」

・・・女に抱かれるなど,何年ぶりの事だろう。この場合は女と言っていいのか定かではないが。
抱かれることに慣れない獅南では,貴方に身を委ねる以外にできることは無い。
引き寄せられ,互いの顔が近付けば…獅南は一度,静かに瞳を開く。

「だが,いいからまずはお前自身の通過点をしっかりと踏みしめろ。
 いかに利害が一致したからといって,私とお前の道が重なったわけでは無いだろう?」

貴方に釘を刺すように,告げる言葉は教師であり魔術学者の獅南蒼二としての言葉。
貴方がきっと,それを聞き入れないだろうということも,承知していた。
獅南の澄んだ瞳が見つめる貴方の瞳は,それはそれは真っ直ぐで,どこまでも深い。

…妙な事になった,と思う。だが,不思議と悪い気もしなかった。
どうせどんな言葉を投げたところで,今の貴方を止める事はできないだろうから。

「……この,大馬鹿が…。」

だから,小さくそうとだけ呟く。
自分でも驚くほど自然に,貴方の唇の柔らかな感触を,受け入れていた。

ヨキ > 「……だからお前に惹かれた。
 お前の在りようが、どうしようもなく強かったから」

瞼を開いた獅南の、真っ直ぐな眼差しを見つめる。

「……お前とヨキの辿る道は、一度として重なることはないだろう。
 それでもいいんだ。ヨキはお前を見ている。

 ……だからお前も、ヨキが前へ進む姿を見ているがいい。
 ヨキとお前とは、互いに手にしなかったものを持っているはずなんだ」

譫言めいて、けれど語調はしっかりしていた。

そして、数秒か、あるいは数十秒か、どれほど口付けていたかは定かではない。
口腔を侵すことも、唇や舌を噛むようなこともせず、唇を離す。

「…………、」

離すことを恐れるように、顔をそろりと遠ざける。

「……有難う」

大馬鹿が、という声が、聞こえていないはずはなかった。
だがそれでいて、謝ることはしなかった。

ややあって、ずるずると滑り落ち、へたり込んで、床に尻を突く。

「……………………。
 夕飯に出かける時間になったら、……起こしてくれ……」

少しずつ重みを増す瞼を落としながら、変わらず勝手なことを口にした。
獅南の隣の、空いた座面に頭が無造作に乗っかる。
今にも眠りに落ちそうな顔をしていたが、左手は獅南の右腕を掴んだままだった。

朦朧と揺れる眼差しが獅南を見つめ、その姿をぼんやりと焼き付ける。

獅南蒼二 > 貴方の顔が静かに離れてゆく。
獅南は貴方が視線を外すまで、瞳を閉じたまま動かなかった。

「…………。」

そして、こぼれる小さな小さなため息。
文句の1つや2つや3つや4つくらい言ってやりたかったが、
貴方が「有難う」などと言うものだから、言葉に詰まってしまった。

「……強くなどないさ。
 ただ、負けず嫌いで……いつまでも大人になれないだけのことだ。」

床にへたり込んだ貴方を見下ろし、握られたままの腕を見る。
見た目こそ大人の女だが、言動も行動も、まるで子供のようだった。

「……もうすでに、とうの昔から……見ているよ。
 芸術家としてのお前も、教師としてのお前も。
 異能者としてのお前も,それから,怪物としてのお前も。」

「……もっともそれは、お前を殺すためだったが、な。」

掴まれたままの右腕、貴方の腕を振り払うことはせず。
朦朧と見つめる貴方の瞳を、澄んだ瞳が見つめ返す。
過去形で語ったのは何を意図してのことか……貴方には分かるはずだ。

獅南は貴方を殺すだろう。
だがそれは、貴方を呪いから救うために。
貴方に人と同じ“終着点”を与えるために。
そこへと至る決して重ならぬ道を、どこまでも並び歩くために。

「………分かった。
 もし起きなかったら、電流でも流してやろう。」

2人の奇妙な関係は、より混迷を極め、誰の目にも不可思議に映るだろう。
けれど少なくとも獅南は、自分でも驚くほどにそれを受け入れて、貴方にその身を委ねていた。

今だってほら……貴方より先に、寝息を立てている。
一人だった時より、ずっと安らかな、寝顔。

ご案内:「魔術学部棟第三研究室」から獅南蒼二さんが去りました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。>
ヨキ > 足を緩く曲げ、しな垂れかかった姿勢。
寝物語でも聴くみたいに、心地良さそうな半眼が獅南を見上げる。
耳に届く声と言葉とに、全身を充たす紛れもない幸福。
相手をまるきり信頼しきった、それこそ子どもの見せる表情だ。

自分が獅南に殺される未来は、これからも変わらない。

だがその意味合いが変化していることを、今ここに流れる時間のなかにはっきりと自覚していた。
薄絹の向こうに遠く透かし見るばかりだった人の機微に、己の手のひらが確かに触れているのだ。

くすくすとはにかみながら、獅南の膝に額を寄せる。
安らかに目を閉じた相手の顔を見上げて、自分もまた瞼を閉じた。

「……おやすみ」

小さな呟きが零れたのを最後に、あとは静かな寝息が続くばかり。
その眠りに自分の輪郭を手放すような不安はなく、ただひたすらに柔らかな安堵の中へ落ちてゆく。

優しく寄り添った身体の感触は、目が醒めるまで片時も離れることはない。

ご案内:「魔術学部棟第三研究室」からヨキさんが去りました。<補足:【女性化中】人型/外見20代半ば/180cm/黒髪金目、黒縁眼鏡、目尻に紅、手足爪に黒ネイル/襟刳りの広い濃灰七分袖カットソー、黒サルエルパンツ、黒ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>