2016/10/01 - 20:51~07:05 のログ
ご案内:「ヨキのアトリエ」にヨキさんが現れました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰色デニムジーンズ、黒ショートブーツ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > 研究区の一角。清潔感のある、事務所のような建物が立ち並ぶ路地。
その中の一軒から、区画には不似合いな香りが漂ってくる。
煮込まれたトマトと野菜の、家庭的な料理の匂いだ。
そこは美術教師ヨキの工房である。
表札の代わり、扉の傍らには鉄の花のオブジェが飾られている。
インターフォンの上部に掛けられた秋の草花をあしらったリースが、
この無機的な景観にささやかな彩りを添えていた。
ご案内:「ヨキのアトリエ」に獅南蒼二さんが現れました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。光を放つ指輪はつけていないようだ。>
獅南蒼二 > 獅南は何の前触れも無く,初めて訪れる貴方の家の扉を叩いた。
普段どおりの服装に普段どおりの疲れ果てた顔。
いつもと1つだけ違うことがあるとすれば,紙袋を提げていることくらいだろうか。
「……………。」
こんな場所にアトリエを構えていることは,研究区にはよく足を運んでいた獅南にとって,多少意外なことでもあった。
こんな場所では画材も手に入れづらいだろうし,芸術を極める場所というには殺風景だ。
貴方が扉を開けるか,声を掛けるまで扉の前で待っているだろう。
ヨキ > 返事はすぐに返ってくる。
はいはい、と声がして、こつこつと靴の音。
「――やあ、獅南。いらっしゃい」
顔を出す。
普段着姿のヨキが、にんまりと笑い掛ける。
今までのヒールの高い靴とは異なる、こじゃれたショートブーツを履いていた。
どうやら、室内は土足らしい。
「そろそろ来るだろうと思って、支度は出来てる。
あとはつまみを少し仕込むくらいで」
入ってくれ、と相手を招き入れる。
まず目に飛び込んでくるのは――整然と片付けられた金工の道具の中に立て掛けられた、一枚のキャンバスだ。
正方形に仕立てた大きな画面に描かれた、日の出の風景。
荒々しい筆致で色が爆発するかのような、荒野の姿だ。
壁際の床に置かれた油絵の道具は、ブーツと同じく使い始められて間もない新品だった。
獅南蒼二 > 洒落た服装に…新しい靴,自分と全く対極に立つ相手を見て…
…その笑みにも,獅南は呆れたように苦笑するだけだった。
「邪魔させてもらおう。
しかし,アトリエなんてのは雑然としてるものだと思ったが…」
貴方に招かれるままにアトリエに足を踏み入れて,
獅南は物珍しげに周囲を眺めた。
無論,画材やら資材は転がっているのだろう。
けれど,整然としているその部屋は,獅南の想像した“アトリエ”のイメージとはやや違ったようだ。
「…ほぉ。」
そして獅南は,キャンバスに目を留める。
その絵が何を表現したものなのか,正確に理解できる者は少ないだろう。
だが,芸術を知らぬ獅南には,その絵に込められた思いがすぐに分かったのだ。
「…………。」
言葉には出さなかったが,獅南はその絵を見て,僅かに微笑んでいた。
ヨキ > 鎚に鋏、金床に何やら大小の電動工具。鉄のオブジェ、紙束、材木に地金。
それらがサイズ別、種類別にきっちりと整頓されているのがヨキらしさといったところか。
油絵のように、“色を扱う道具”が新品であることを除けば、みな丁寧に使い込まれている。
「ふふ。お前の方こそ、初めは研究室を随分と散らかしていそうなイメージがあったがね。
ヨキのやっていることは、何かと扱う道具も多いから……、整頓していないと不便なんだ。
アトリエなど、今までまったく無縁だったろう」
笑いながら、部屋の奥へ案内する。
その途中でキャンバスに目を留めた獅南に気付いて、振り返った。
「少しばかりな。色が視えるようになったから、練習がしたかったのと……。
あとは、……覚えておきたかったから」
ふっと笑う。
――ヨキの趣味らしい、異国の織物で仕立てたのれんを潜れば、そこは私室だ。
広めの一部屋で、キッチンもリビングもベッドルームも兼ねている。
獅南に予め送っていた写真に映っていたとおりに、清潔感ある家具の並び。
どこかショールームめいた、作られたかのような生活感が横たわっていた。
獅南蒼二 > 「なるほど,お前にはこう見えたか…。」
良い絵だ。と思った言葉を口にする事は無かった。
絵を品評するなど,らしくもない上にそもそもそんな心得は無い。
「あぁ,……だが,アトリエなぞ殆どの人間には用の無い場所だろう?
研究室か,アレは教え子の所為でな…元は随分と酷い有様だった。
どこに何があるのか全て覚えていれば問題ないだろうに…。」
苦笑を浮かべながらも,ヨキに招かれるまま私室へと。
その部屋を眺めた獅南の感想は,特筆すべきものでもなかった。
「……犬小屋にしては豪華じゃないか。」
冗談を吐きながら楽しげに笑い,ソファか何か,適当に座れそうな場所を見繕って勝手に腰を下す。
ヨキ > 「本当はもっと、いろんな色も見えていたかも知れない。
だがヨキにはまだ、ここまでを表すのが精一杯で……。まだまだ、練習しなくてはな」
感想を述べられずとも、その顔を見るだけでヨキには充分らしかった。
照れくさそうに頬を掻く。
「何だ、やっぱり散らかっていたのか?
ははは。覚えていれば、って、散らかす奴はみんなそう言うんだものな」
可笑しげに笑いながら、私室へ。
壁際の調理台、クッキングヒーターの上で、両手鍋から香ばしい湯気が立ち上っている。
その傍らには、既にいくつかの料理が出来上がっているらしい。
「これだけ揃えるのに、時間と金が掛かっているからな。
今後は犬小屋ではなくて……人間らしい部屋にしていかなくては」
部屋の中央に敷かれたラグの上に、ローテーブルがひとつと、二人掛けの赤い布張りのソファが向かい合わせに一組。
「ああ、適当に座ってくれ。すぐに準備できるから」
言いながら、調理台に置かれていた皿をテーブルに並べてゆく。
小鉢や木製のプレートには、ナッツやチーズにクラッカーやら、乾き物のつまみ。
それから、小ぶりのボウルに盛り付けたラタトゥイユ。
そうして最後に――例のウイスキーの瓶と、グラスを二つ。
獅南蒼二 > そんな貴方の言葉に,獅南は僅かに首を傾げて・・・
「さて,案外と“初めて”を表現しただけの絵の方が,
表現を練り上げた絵よりも印象に残るものかも知れんぞ?」
それは獅南の素直な意見だった。
ヨキの感動そのものを絵に凝縮したような,その作品は獅南の印象にも強く残ったのだろう。
「人間らしい部屋か……まったく恐れ入ったよ。
私より人間歴は短いだろうに,私よりよほど人間らしい暮らしをしているじゃないか。
私など,少し前までは魔道書と魔石に埋もれていたからな。」
座ってくれといわれる前に座っていた獅南は,
持ってきた紙袋から,小さな箱を2つ取り出した。
そしてそれを,ヨキが並べたグラスの横に置く。
「中身が良いものなら,その“入れ物”も相応のものをと思ってな。」
言いつつ,箱を開けて中身を取り出した。
中に入っていたのは,非常にシンプルなデザインのロックグラスだ。
光の当たり方によって僅かながら輝きの変わるそれは,
飾り気が無いにも関わらず,内面に炎を秘めた,実に獅南らしい選択だといえるかもしれない。
「………しかし,よくもまぁ,これだけ用意したな?」
・・・グラスにウィスキーを注げば,全ての準備が整う。
ヨキ > 「そうかな。……ふふ。お前の印象にも残ってくれたら嬉しいな。
ヨキにとっては一生に二度とない感動だったから、お前にもそうだったら良いのに、って」
てきぱきと配膳をする姿から、一人暮らしの長さが見て取れる。
部屋の有り様についての話には、ううん、と半ば大げさに首を傾げてみせる。
「人間らしい、か。そりゃあ比較対象が獅南ではなあ。
だけどこの部屋、女の子には大層評判が悪くてな。
暑いとか寒いとか、色味がおかしいとか、冷たい感じがするとか……。
一緒に住みたくないとか言われたりして。
だからここのところ、少しずつ模様替えをしてるんだ」
ソファに座った獅南が取り出したグラスには、飛び上がらんばかりに目を丸くする。
「それ!……お前が?買ってきてくれたのか?
――ありがとう、獅南!」
途端に顔を輝かせて、あまつさえウィスキーの注がれたグラスをボトルと並べてスマートフォンで撮ったりする。
でかい図体をして、子どものような喜び方だ。
「本当はもっと食事らしい食事にして、お前の腹を満たしてやろうと思っていたんだがな。
せっかくウィスキーの日だから、今日は酒をメインに楽しむことにした」
自前のグラスはさっそく片付けて、獅南の向かいに座る。
ぴかぴかのグラスをゆったりと掲げて、首を傾いだ。
「……さて。何に乾杯しようか?」
獅南蒼二 > 「ははは,それは難しいだろうな…私にとっては何度もみた夜明けだ。
それを言うならお前も一度死んでみるか?人生観が変わるぞ?」
そう嘯いて笑う獅南はもはや“死”さえも道具の1つとしてしまっている。
獅南はもはや彼の言う“凡人”の領域を遥かに逸脱しているのだが…
「…私にも部屋くらいはあるよ。
といっても,もう半年は鍵を開けていないが…。」
…苦笑しつつ,貴方の言葉を聞いて,肩を竦める。
人間の家に行くつもりが犬小屋ではな。なんて失礼な事を言いながらも,
「……私がこの部屋にさほど違和感を感じない所を見ると,
模様替えの観点が良いか,もしくは私も犬小屋がお似合いだということかな。」
さらに失礼な言葉で上塗りした。
そんな中でも獅南が思った以上に喜んでくれる貴方の素直な言葉は,
単純だがそれゆえに獅南を喜ばせる。
「お前の趣味など分からんからな,私が気に入ったものを買っただけだ。
気に入ってもらえたなら良かったが……まったく,お前は学生か?」
苦笑しつつも,もう片方のグラスを手に取って,少し考え…
「私の初めての命日と,お前が“私と同じ世界”を初めて見た日に。」
…なんてのはどうだ?
ヨキ > 「だよなあ。普通は何てことのない光景だと言うのだから、贅沢なことだ。
だからヨキがどれだけ感動したか、あのキャンバスに留めておきたいのさ。
死ぬ?はは、またとんでもないことをさらっと言う。
そしたらお前が使っていた、あの時間を戻す魔術を教えてもらわなくてはね。
お前よりいい使い手になれるかも」
獅南に部屋がある、と聞くと、これまた驚いた顔。
「…………。お前、てっきりあの研究室しかないのだと思っていたよ。
もしかして、家賃とか払っているんじゃなかろうな」
やれやれ、と呆れた素振りを作って、「犬小屋に住みたくなったら、ヨキが掃除しに行ってやるよ」。
飽かず叩かれる憎まれ口にさえ楽しげだった。
「ふふ。人間になってから、感情が次から次へと溢れ出してくるようでな。
嬉しいのも悲しいのも、ついでに魔力も、コントロールが難しくて」
どこか困ったような顔を作って、頭を掻く。
そうして、グラスを手ににやりと笑う。
「いいね。それじゃあ――乾杯」
言って、ウィスキーをちびりと口へ。
「……そう、あとはアルコールも。
もう前みたいに、無茶な飲み方は出来ない」
ウィスキーの強い酒気が、じわりと染み渡る。高価なだけあって、味と香りは申し分ない。
取り分けたラタトゥイユを食べて、んむ、と咀嚼する。
「お前の舌に、合うといいんだが」
獅南蒼二 > 「何だってそうだ…それが“慣れる”ということだからな。
だからこそ,あの絵はあれでいいんだ…
…きっと,朝日に慣れた未来のお前や,そこらの人間には決して描けんだろうからな。」
お前よりいい使い手になれるかも,と言う言葉には苦笑を漏らす。
人間となった貴方の内包する無尽蔵の魔力は,獅南にとってどれほど羨ましいものだっただろう。
異能という才能を失ってなお,貴方は“天才”だったのだから。
「……残念だが,あの術式だけは教えられん。
下手に発動させてあの日より過去に戻れば元の木阿弥だからな。」
そこに僅かな嫉妬心が介在したことに,貴方は気付けるだろうか。
「教師が住所不定では不味いだろう?家賃は…払っているだろうな。
なに,あの部屋は犬小屋というより空き家だ。何も無いよ。」
そう,本当に何も無い。ベッドも冷蔵庫もライトさえも。
何か使い道はあるか?なんて,聞いてみたりしつつ……
「感情も魔力も,暴走させるなよ……理性と知識で押さえ込め。
私と違って,お前は魔術にも感情が乗りそうなタイプだからな……暴走させるなら私の目の前でやってくれ。
……私が責任をもって潰してやる。」
最後の言葉に重みがあったのは,無尽蔵の魔力をもっていた獅南の両親や弟と,貴方が重なって見えたからだろうか。
「……乾杯。」
控えめな声と,軽く掲げられたグラス。
グラス越しの光は美しい琥珀色の水面を描き出した。
一口,ほんの僅かに口に含んだだけで,熟成され角の取れた,それでいて存在感のある香りに包まれる。
「……お前と,こんな風に酒を酌み交わすことになるとはな。
人生というものは,本当によく分からんものだ。」
楽しげに笑いつつも,ラタトゥイユを一口頬張り,そのまま無言で戸惑わせてやろうかと思ったのだが…
…素直に,美味しかった。 思わず,ふふっ,と笑ってしまう。
「…参った,私と違ってマトモに料理もしてきたようだな。美味いよ。」
「・・・・・・さて,晴れて人間となったお前の近況でも聞かせてもらおうか?」
ヨキ > 「今はまだ、この目で見る何もかもが楽しくてさ。
それをスマートフォンのカメラで撮ると、また違った風合いで映って……、
慣れたり、見飽きたりする日の来ることが、今はまだ想像がつかない。
磨り減っても構わないから、その感性だけはいつまでも生き永らえて欲しいよ」
笑いながら、ぽつぽつと話す。
時間操作の魔術を教われないことには、予想していたかのように眉を下げて軽く笑う。
「駄目か。残念だな……だがあの魔術は、お前にもここぞというときにしか使えんのだろうから。
それだけ扱いも難しいのだろうな。ヨキにはとても……使えそうにはない」
獅南が覗かせた嫉妬心には、気付けなかった。
借りている部屋が空き家だと聞くと、ふうん、と少し考えて。
「使い道ね。悪くない部屋なら、ヨキが使いたいくらいだよ。
ここ、住むには向いていなくて。人間になって、やっと気付いたんだ。
夏は暑いし冬は寒いし、何しろ風呂がない、洗面所も作りが簡単すぎる。
汗を掻いたり、髭が伸びたりするようになって、こりゃあ不便だ、とな」
どうやら模様替えだけでは不便は尽きず、転居を検討しているらしい。
にこやかに話していた顔には、続く相手の言葉に真摯さが宿った。
「…………、ああ。
ヨキの魔力は、もともと“恵ませる”ためのものだった。
それで害を為してしまっては、元も子もない。
お前の手を煩わせるようなことはしない。……だが、信頼はしてる」
かつて相手から聞いた身上。思い起こして、目を伏せる。
獅南とその家族、自分がそのどちらの側に立つ可能性があるかは、承知していた。
喉を流れ落ちるウィスキーと、脳裏へ上ってゆく酒気と香り。
息をついて、手料理を口にする獅南の様子をじっと見る。
まるで教師の講評を待つ学生だ。
「――美味い?やった!ほら見ろ、だから言ったろう?
バレンタインにやった菓子だって、腕によりを掛けたのだからな。
ふふふふ、」
酒で、笑みが少しだけ柔らかくなる。
「近況?近況か。……うん、」
唇を結ぶ。舌先で舐め、少し迷う。
「……クローデット・ルナンに会ったよ。
少し……話をした」
視線が小さく揺れたのは、決してアルコールのためだけではないだろう。
獅南蒼二 > 「今のお前はまるで……新しい玩具を手に入れた子供のようだな。
お前がそれを望み続けるのなら,お前の中にあるその力は,決して死にはしないだろう。
で,芸術というのはそれをまた表現するのだろう?……お前の道はまだまだ険しそうだな。」
1杯目のウィスキーを早々に飲み干して,笑った。
その険しい道のりも,恐らく貴方は乗り越えて見せてくれるのだろうと,
「……術式そのものは単純だが,制御と構成は面倒だ。
何せ,不用意に時間を戻せば“時間を戻した”という事実さえも消滅してしまう。
下手をすればそのループに気づかず,同じ時間を永遠に繰り返すことになるだろうな。」
嫉妬心とは無関係に,時間操作術に関する危険性は多くの魔術学者が論じている。
無論,時間を逆行させた時点で魔力は消費されるため,通常であれば“繰り返す”ことは不可能だ。
だが,無尽蔵の魔力を有する今のヨキにはそれさえも可能であろう。
「この家が住みづらいのは分かった…
…だが,私が住所を置くためだけに借りた部屋に,何を期待しているんだ?」
なお,ヨキの淡い期待は無情にも一瞬で打ち砕かれることになる。
それこそ団地の一室であり,狭い部屋にユニットバスと小さなキッチンがついているだけだった。
諦めてここを直すか,不動産屋でも探すんだな。なんて言って笑ってから…
「…お前が不勉強な魔術師でないことは知っている。
だから私も,信頼をしようと努力はしているよ。」
…少なくとも己の力を理解している貴方の表情を見て,小さくうなづいた。
やっと自由を得た貴方を縛り付けるつもりはない。
だが,少なくとも…両親や弟と同じ結果をたどってほしくはなかった。
今,目の前で無邪気に喜んでいる貴方には,そのままで居てほしかった。
人は成長するもの,変化するものだと,知りながら。
「あぁ,そう言えばそうだったな…
…不味そうな顔でもしてやろうと思ったのだが,お前が料理上手なのを忘れていたよ,迂闊だった。
と言うわけだ,多めにもらうぞ。」
自分の皿にラタトゥイユをひょいひょい取り分けながら……
……貴方の口から,よく知る名が零れるのを,聞いた。
獅南の手が止まる。
その名を聞いたからだけではなく,貴方が明らかに,それを躊躇ったからだ。
「……そうか,私も久しく顔を見ていないな。
で,随分と暗い声だが,あの女に振られでもしたか?」
ご案内:「ヨキのアトリエ」に獅南蒼二さんが現れました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。光を放つ指輪はつけていないようだ。>
ヨキ > 「今までの自分が、文字どおり『生ける屍』だったと痛感したよ。
人間のことを、何も分かっちゃいなかった。
子どもの肌や髪は何と柔らかいのだろうと思っていたが……。
人間の触覚になってから、自分は本当の意味で人に触れたことがなかったんだと思った」
すごかったんだ、などと、幼い子どもの頭を撫でるような仕草。
中身がまだ少し残っているグラスを片手に、相手のグラスへ二杯目をゆっくりと注ぐ。
「ループに気付かない、か。恐ろしいな。
……逆に考えれば、魔力さえあれば、楽しかった時間の中に永遠に居続けることも出来る、か」
言わずとも、このヨキがそんな無為に手を染める人物ではないことは明白なのだが。
軽い調子で笑う。
何しろ誰あろう獅南蒼二が“借りただけ”の部屋なのだから、住むに向かない家であることは想像がついた。
そんな相手からの評価と信頼に、グラスを口元に寄せたまま微笑む。
滲む喜びに噛み締めた唇を隠すよう、最後の一口を煽った。間を置かず、手酌で二杯目を満たす。
「作り置きするつもりで作ったから、お代わりは沢山あるぞ。
それに、有り合わせで何か拵えるくらいの腕もある」
そうして、ふふん、と自慢げに笑ったのを最後に――獅南の、“元・手駒”の話題。
「…………。彼女さ、」
一杯目よりも、少し多めの一口。
抓んだナッツを噛み砕いて、唇を尖らせる。
「お前に対して、ずっと黙っていてくれたんだ。ヨキの本当の姿を見たこと。
お前から、どんな風にヨキを調べるように頼まれたかも、口にしなかった。
ルナン君は、口を割らなかったよ。それを……お前は。
……ヨキに言ったな。彼女が手駒だった、ってこと」
ソファに凭れる。目を逸らして、ウィスキーを飲む。
「お前は、彼女を裏切った。
お前らの関係なんて、ヨキには知ったこっちゃないよ。
だがお前は――教え子を裏切った。
教師として、最低だ」
吐き捨てるように言い切って、グラスを持つ手を膝の上に置く。
長い沈黙。
「……それでも、ヨキは……庇って、しまったんだよな。お前を」
視線を力なく落とす。ぽつりと零した声は、掠れていた。
「ヨキは、最低のことをした……」
獅南蒼二 > 「獣の手足でもあり,金属でもあったわけだからな…お前がどんな世界を見ていたのか,逆に想像もつかん。
……だが,まだお前の感覚は人間と大きく隔たっているよ。
少なくとも,人間はそのくらいのことで感動したりはしないからな。」
お前にとっては最高の武器になりそうだ。なんて,肩をすくめて笑う。
貴方は人間の五感をもちながら,人間より純粋で鋭敏な感性を持ち合わせているのだから。
「…理論上は可能だろう。尤も,当人は永遠に気づかぬまま囚われるのみだ。
それに,時間操作を永遠に繰り返すことによって何が起きるのかは分からない。
……当たり前だが,そんなことは誰も実験したことがないからな。」
それを理解したうえで,獅南は実現可能性と,不確定要素を並べた。
知的好奇心を煽るようでもあったが,それは貴方が手を出さないだろうと信じてのことだ。
「それは心強いな……こうして美味い料理を食べると,
日ごろ人間らしい食事をしていないと痛感するよ。」
苦笑しつつまた一口頬張ってから……貴方の言葉を,静かに聞いた。
裏切った。
確かにその通りだろう。切り捨てた,という表現が適切かもしれない。
獅南とクローデットは,同志でありながら,互いを利用し合う間柄でしかない。
獅南には膨大な知識と学園における権限があり,クローデットの“豊かな才能”を利用した。
クローデットには豊かな才能と意欲が備わっており,獅南の“権限と知識”を利用した。
そう思っていた。
才能に溢れるクローデットにとって,自分など,取るに足らぬ存在だろうと。
そうだろうと決めつけていた。
つい先刻ヨキへの言葉に見え隠れした嫉妬心が,己の視界を歪めているなどと,思ったこともなかった。
天才
凡人
そうして世界を2つに分けて,理解しようともしなかったのは,誰だ?
まさしく天才だった両親を,そして弟を恨み……
誰にも見向きもされぬ己を凡人と決めつけて……
「…………………。」
ウィスキーを飲み干して,グラスをテーブルに置いた。
静かに,静かに,息を吐く。
「違う……お前は,悪くない。
お前は,私を信頼してくれたのだろう…?
いや,少なくとも…そう,自分に言い聞かせてくれたのだろうな。」
ポケットから煙草を取り出して…火をつけることはせずに,それを指先で弄ぶ。
「………………。」
黙り込んだ獅南の指先はわずかに震えていて,やがてその煙草を,取り落とした。
ヨキ > 「こんな感覚でものを見ていただなんて、と感動してさえ、
まだまだ世界中にはどんな視界をしているのか判らないような芸術家が沢山いる。
ヨキはこれから、そいつを実際に学んでいくことが出来るんだ。
嬉しくて、楽しくて、わくわくする」
マニキュアを施した五本の指を、握っては開く。
時間操作術の説明を聞く顔は、教えを乞う学生というより、夢物語に目を輝かせているかのようだった。
とてつもない好奇心と、それを抑制するだけの理性。
「お前になら、いつでも弁当なり夕飯なり差し入れしてやるさ。
その顔の血色も、少しは良くなるかも」
――獅南の顔を注視する。言葉に耳を傾ける。
よく見えるようになった目で。拾いたい音だけを適切に、あるいは都合よく拾えるようになった耳で。
顔を顰めて、目を閉じる。
背凭れに身を沈め、頭を乗せて天井を見る。
唇を噛む。
深く息を吸い込み、長く長く吐き出す。
徐に上体を引き起こし、怒ったような顔でウィスキーをぐいと飲む。
グラスをテーブルに置き、しばし床を見た。
アルコールが染み渡るのを待ってから、立ち上がる。
「……獅南、」
歩み寄って、相手を見下ろす。
煙草を落としたまま震える手首を掴んで、もう片方の手が肩を掴む。
「どれほど魔力が備わったって、ヨキは二度と戻れないんだ。
不老不死の獣人で、どこまでも倫理に忠実だった頃のヨキには。
学園と自分を裏切った人間を、みんなみんな葬ってきたヨキには」
唇を小さく震わせながら、ふつふつと滾る激情を抑え込んで言葉を続ける。
「もう、ヨキは食えないんだよ。人の肉が。
簡単に殺すための異能も、無茶の出来る体力もみんなみんな失くなった。
それだけ人を殺すことが難しくなった。
身も心も、今は全部めちゃくちゃだ。何ひとつ整理がついてない」
獅南の目を、強い眼光が真っ直ぐに見据える。
「こんなにも馬鹿で、単純で、間抜けで、騙されやすい相手はそうそう居ない。
隠すなら、隠し通してくれ。騙すなら、騙し通してくれ。
それが出来ないのなら、ヨキに隠し事はしないでくれ……」
酔いと感情の昂ぶりに、目が潤む。
「お前を恨まないと言った。今のお前を信じる、と言った。
ヨキはお前を独りになどしない。
だからお前も、このヨキを置き去りにしないでくれ」
獅南蒼二 > 取り落とした煙草を拾い上げようと,手を伸ばした…
貴方を見ていた視線を,床へと向けて…
手と肩を掴まれてなお,獅南は顔を上げなかった。
貴方の言葉が耳に届いてなお,獅南は顔を上げなかった。
二度と戻れない,そんな言葉が獅南の視線を,引き上げる。
疲れ果てていながらも常に迷いが無く,澄んだ瞳。
……いや,そうは見えないだろう。
ヨキという異能者,ヨキという天才,クローデットという天才。
彼らを前にして,己の信念にさえ疑問を抱き,澱んだ瞳。
「……私は戻れるぞ。
全ての異能者を排斥し,世界に秩序を取り戻すために戦う獅南に。」
……嘘だった。
貴方にもそれは分かるだろうし,自分自身でそれを自覚していた。
静かな,静かな……溜息が零れる。
それから獅南は,静かに,静かに,口を開いた。
「……すまん,嘘だ,私だってもう戻れはしない。お前の所為だぞ?」
獅南の表情とその口調は,驚くほどに穏やかだった。
獅南はかつて,ヨキを殺すつもりで近付いた。
だが,ヨキは獅南が一番欲しかったものを,与えてくれた。
誰にも認められなかった獅南を,ヨキは認め,称賛した。
「私は恨んでいたんだな…私を,私の努力を認めなかった“天才”たちを。
異能者を恨んでいたんじゃない…異能者も,魔術師も,才能ある者たちを,恨んでいた。」
逃げやしない,あまり強く掴むな。と苦笑してから…
「…今だって,才能に溢れたお前を……妬んでいる。
クローデットをさえも,妬んでいるのだろう。」
ヨキがその手を放してくれたならば,改めて,煙草を拾い上げる。
それをポケットへ戻して……
「お前の所為で,気付かされてしまったよ。
……そうして“天才”の努力を認めなかったのは,私の方なのだ,と。」
背もたれに体重を預けて…瞳を閉じ,長く長くため息を吐く。
しばらくの沈黙の後に,獅南は静かに瞳を開いた。
「……お前にだけは全てを教える。
お前も人間になったのなら,人間らしく,どうするかは自分で考えろ。」
疲れ果てた瞳が,まっすぐに,貴方を見る。
「私は常世学園所属の魔術学者,獅南蒼二。」
「……もう一つの肩書がある。私は【レコンキスタ】極東支部構成員,獅南蒼二。
その名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「私は学園の裏切り者だ…」
………だが,ヨキを裏切ることは,できなかった。
この場所が,心地よいと思ってしまった。
「私の話はこれだけだ。
見ての通り指輪も無い,お前の…好きなようにしろ。」
ヨキ > 人間になって、得たものも、失ったものも多かった。
すべてを見透かすまではゆかずとも、言葉を額面どおりに受け取るだけの愚鈍さも、失われたもののひとつだった。
苦笑する獅南から、ゆっくりと手を離す。
相手の静かな言葉を、もう自ずから光を放つことのない、それでいて燃え立つような碧眼で見下ろす。
――レコンキスタ。
この地球で、常世学園で、ひとりの大人として生きる以上、その名をヨキも知っていた。
唇を引き結ぶ。眉間に力を込めても、零れる涙を留めることは出来なかった。
ぱたり、ぽたり、ぽたぽたと、雫が落ちる。乱暴に拭って、荒っぽく息を吐く。
転移荒野で流した、あの澄んだ涙とは似ても似つかない。
「……馬鹿みたいだ。お前の前で、二度も泣くなんて」
呼気までもが震え出す。
グラスの中身を飲み干しながら、獅南の隣へどっかりと座り直した。
「ヨキはさ。ここに来る前も、来た後も。
いろんな人間に、沢山ひどいことをされたよ。お前にだって言えないようなことも。
それでもヨキは、人間を相手にすることを諦めなかった。
それはヨキの愚かさではなく、美徳だと思っている。
……そう信じていないと、いけなかったんだ」
感情に任せて吐き出す言葉遣いは、まるきりヨキらしからず砕けていた。
もう一度目元を拭って、隣の相手へ振り向く。
「判ってるだろう?
そんなヨキにまで恨まれたら、もう終わりだぞ、お前」
潤んだ目が、半ば据わっている。
鼻先から耳まで酒に赤くした顔は、これまでのヨキでは到底体験し得なかったものだ。
「…………。馬鹿だよ、お前。最低だ」
好きにしろ、と判断を任されて、二度目の罵倒を吐き捨てる。
「何度も言われなきゃ、判らないのか。
“何があっても”、ヨキはお前を信じるんだよ」
向かい合った顔。その内側で、心が引き裂かれていく様子が見て取れるかのようだった。
「それくらいのこと、屁でもない。
例えお前が裏切り者だって、……レコンキスタだって、そんなの、……大したことない。
お前は……お前なんだから」
まるで自分に言い聞かせるような言葉を吐き出すごと、再び涙が溢れる。
ヨキが堪えていないはずはなかった。
レコンキスタほど、常世島の理念と真っ向から対立する組織はない。
これまでのヨキの在りようからして――そう答えることが何を意味するかは、明白だろう。
「……選べよ。ヨキは、お前を選んだんだぞ。
戦うことに“戻る”と言うほど、進んできてしまったお前は……
これから、何と戦うんだよ?
お前も――選んでみせろよ!」
獅南蒼二 > 獅南は,何一つとして反論をしなかった。表情一つ変えずに,貴方の流す涙を見る。
その涙の粒一つ一つは,貴方の言葉の一つ一つは……まるで貴方の心がそのまま溶け出したかのようだった。
倫理に忠実に生きた貴方の心が,やがて,その形を変容させていく。
獅南はそんな貴方を見て……軽く,手のひらを握りしめた。
「……お前こそ,どうしようもないほどに,大馬鹿者だ。」
口をついて出た言葉は,相変わらずの悪態だった。
……だがその声は,どうしようもないほどに,震えていた。
「何があっても私を信じる……などと,都合のいい時ばかり“犬”のようなことを言いやがって。
正直に言ったらいいんだ,騙しやがったなこの糞野郎……ってな。」
天井を見上げて……静かに息を吐く。
「………私は,常世学園の魔術学者だ。
すべての不可能を可能にする…“最高の魔術”を生み出すためにここに居る。
だが,そんなことはどうでもいい……。」
瞳を閉じて,一呼吸置いた。それから,隣に座る貴方をまっすぐに見る。
その瞳にはかつてのような鋭さは無く,信念に殉じる澄み切った瞳でもない。
「…お前のお陰で,やっと分かった。
私は,何者とも戦わない。」
頬を,たった一筋,涙が流れた。
「お前も,私も…異能者も魔術師も…天才も凡人も,異邦人も,全てを受け入れる,真に平等な世界を目指す。
……覚えているか?いつだったか,お前が言った世界だ。『魔術学が異能の欠点を補い…異能は魔術学を高める礎となる』」
「二度と言わんが,お前が私を認めてくれた時……素直に,嬉しかった。
お前を殺すための研究は,いつの間にか,お前に認められるための研究になっていた。」
長い沈黙。
「ヨキ……こんな大馬鹿者に,ついてきてくれるか?」
ヨキ > 「……足掻いてる人間相手に、これ以上悪い言葉をぶつけられる訳ないだろう?
過ぎたことは、いいんだ。……もう、いい」
涙を流しながら、唇を不恰好に歪めて笑う。
初めて目にした獅南の涙が落ちるのを見届けて、無言で頷きながら相手の言葉を聞く。
手で涙を拭って、手がびしょ濡れになって、拭いた頬がまた濡れる。
立ち上がることさえ煩わしくて、衣服を掴んで両目を拭いた。
飾る以外に用のない眼鏡を外して、裸眼を晒す。
“騙しやがったなこの糞野郎”の代わりか、どこか恨みがましい、それでいて泣き腫らした半眼で相手を睨め付ける。
「……………………、」
二度とは聞けない、一度きりの言葉に、犬の唸るような声が漏れ出る。
鼻を啜りながら俯いて、ぼさぼさになった髪を直す間もない。
沈黙ののちの――
ついてきてくれるか、という言葉に、獅南ほど理性的な台詞は返せなかった。
「ああ、」
応答か感嘆か、判然としない声。
口を開くと同時、獅南に腕を伸ばしていた。
片足をソファに乗せて身体ごと相手へ向き直り、左腕でその背を強く抱き寄せる。
血の匂いに浮かされて吸い寄せられたあの日とは異なり、明確な意志を持った手だった。
俯いて、獅南の肩口に額を寄せ、右腕で目元を覆う。
奥底から滲み出る感情に引き起こされるまま、静かな泣き声を途切れ途切れに響かせる。
相手の肩口で無言のまま何度も頷く感触と、その衣擦れの音が答えだった。
獅南蒼二 > まるで幼い子供にそうしてやるように,獅南は貴方を受け入れた。
ぼさぼさの髪を何度も何度も撫でて…
…何度も何度も頷く貴方を,ぎこちない手つきながらも,優しく抱きしめた。
「お前が居れば,心強い。
……が,お前は泣きすぎだ。」
子供を泣き止ませる方法など分かるはずもなく,
貴方が顔を上げるまで,ずっとそうしているだろう。
「……人生は,本当に,分からんものだな。」
ただ,小さく,そうとだけ呟いた。
ヨキ > やがて息を吐き、顔を上げる。
泣きすぎ、と評されるであろうことはヨキも承知していた。
自らめちゃくちゃだと言ったとおり、表出する感情のバランスを崩しているらしい。
魔力よりも、烈しい感情のコントロールこそが身に着けるべきものに違いなかった。
「――済まない。大丈夫だ。
このところ、ちょっとしたことで涙が止まらなくて」
人間になってからの半月足らずで、ヨキは既に映画を観て泣き、ゲームで遊んで泣き、漫画を読んで泣いた。
いわゆる“男が人生で泣いていい回数”など、とうに使い果たしていた。
「でもこればかりは、“ちょっとした”ことではないから」
晴れやかに笑う。
人生ががらりと変わっていたのは、ヨキばかりではなく、きっと獅南も同じなんだろう。
照れくささを誤魔化すように、グラスにウィスキーを満たす。
「――もう一度、乾杯するよ。お前の、決意の日に」
ふっと吹き出して、相手の杯を待たずに一口煽る。
獅南蒼二 > こと,魔術学に於いては右に出る者の無い知識量を誇る獅南だが,
その他の分野は軒並み平均以下である。
心理学にでも詳しければアドバイスもできようが,獅南にはそんな貴方をどうすることもできなかった。
だが,今ばかりは何もしないことが最適解だったのだろう。
顔を上げた貴方が,明るく笑うものだから…
「………そうかも知れんな。」
…獅南もつられて,柔らかく笑んだ。
勝手に乾杯をしている貴方を,肩をすくめながら眺めて…
「さて,新たな決意も良いが,目の前には美味い酒と料理がある。
……飲み直すとするか。」
…同じようにグラスにウィスキーを注ぎ,軽く掲げた。
「2人の大馬鹿者に。」
ヨキ > 「赤ん坊は、泣くのが仕事って言うだろう。
大真面目に言うのも馬鹿馬鹿しいが、……そういうことなのだと思う。
すぐにきっと、落ち着くさ」
酔いと心地よさに浮かされて笑う顔は、ひどく緩い。
どうやら顔の赤みが目立つタイプの酒飲みらしいことも、新たな事実のひとつだ。
いそいそと座り直して、乾杯、とまた掲げる。
独りで気ままに飲むのと同じくらい、人と調子を揃えて酒を口にすることは楽しかった。
この先、自分たちの前に立ちはだかる壁はいくらでも思い付くが、今はどうでもよいことだ。
飲んで、食べて、語り合い、そして笑う。酒も食べ物も、そして話題も尽きぬ夜。
このとき、ヨキはただ幸福だった――獅南より先に酔い潰れて、そのままソファで眠ってしまうまで。
起きた後にどれだけ凄絶な二日酔いが待っていようが、構いやしなかった。
ご案内:「ヨキのアトリエ」から獅南蒼二さんが去りました。<補足:くたびれた白衣を身に纏った無精髭の魔術教師。いつも疲れ果てた顔をしている。ポケットに入っている煙草はペルメルのレッド。光を放つ指輪はつけていないようだ。>
ご案内:「ヨキのアトリエ」からヨキさんが去りました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰色デニムジーンズ、黒ショートブーツ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>