2016/10/26 - 21:45~02:31 のログ
ご案内:「落第街/廃屋」にハーリッツさんが現れました。<補足:フードつきの外套を纏っている。>
ハーリッツ > 「あっ」

その時、ハーリッツは自分の目の前に小学生に相当する年齢の男児が喉から血を流して事切れているのを発見した。
温かい液体が、かがみ込んだ自分の顎から滴り落ちている。

ガラスの嵌っていない窓から外にぼんやりと目を向けると、曇り空が見えた。
秋の肌寒い空気が、外から流れ込んでくる。

歓楽街と落第街の境目で迷子になって、保護してあげて――
そうして気がついたらこうして彼は死んでいた。

(というのはウソで)

すべては彼の意思でやったことだった。
ハーリッツは常世の学生であり、男児を見れば喉を食い破らねばという欲求を高ぶらせてしまう怪物であった。

ハーリッツ > 前回、こうして欲求を満たしたのはどこでだったかしらん。
それはきっと常世ではなかったが、どうでもよかった。

ナイフを取り出す。手でやるよりもこちらのほうが効率が良い。
髪の毛、目玉、皮膚、内臓、骨。
人間には金になる部位が多いのだ。
それが異能持ちや異邦人であれば付加価値は尋常ではない。
そういうルートというのは存在するのだ。
常世に限った話ではない。ありふれたつまらない現実である。

そうして作業を始めた。

こんなことはしたくはなかった。
したくはなかった、というのは、もう少し遅らせたかった、という意味だ。
悲壮感も焦燥も興奮もない。
おそらくは海と時間の彼方、ハノーヴァーに置き忘れてきてしまったのだろう。

ご案内:「落第街/廃屋」にヨキさんが現れました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/カーキ色モッズコート、黒カットソー、細身の濃灰ボトム、黒ショートブーツ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > 息子を探してほしいの、と知った商売女に乞われたのが数刻前。
土地勘を頼りに、子どもが迷い込みそうな路地をどこまでも探し歩いた。

昼と夜、いずれの時刻に眠りに就くとも限らない街だ。
控えめな声で男児の声を呼びながら、古い建物が並ぶ通りを進む。

「………………?」

不意に吹いた肌寒い風に、小さく鼻を鳴らす。
人間の嗅覚であってさえ、それは自分にとっても色濃く馴染み深かった。

血の臭いだ。
まさか、とは思わないようにしている。

爪先の方向をくるりと変えて、探るようにハーリッツが潜む廃屋へと距離を詰めてゆく。
足音を殺したところで殺しきれないブーツの靴音が、こつりこつりと小さく響いた。

ハーリッツ > その時、ちょうどハーリッツは小分けにした各部位を
いよいよ袋に詰めようかというところだった。

(早い。つけられていたか? いや)

袋詰の作業を中断する。
逃走を検討したが、却下。足音は一人分だ。
持ち運びやすいように“加工”された胴体、四肢、頭部を――
あえてかつての姿がわかるようにハーリッツの潜む部屋の中央に並べ直す。
柱の陰の薄暗闇へと隠れ、足音の主が踏み込むのを息を殺して待つ。
余った切れ端を口に放り込んで、顔にべったりと血をすりこむ。

作戦はこうだ。
人間性を持ち合わせている存在ならば、
踏み込んだ瞬間に視界に入るその無残な有様に驚くはず。
――その間隙をナイフで突いて始末する。

ヨキ > 血腥さに空気が淀む廃屋へ歩み寄る。
扉の残骸を潜り、敷居を跨ぐと、踏み付けたガラスの破片が床に擦れて鳴った。

「……誰か居るのか?」

男の低い声。

「おい?そこに居るのは……」

声と足音が止まる。
立ち尽くし、今や分断された子どもの全身を真っ直ぐに見下ろした。

絶句し、青い目を見開く。

「……――!!」

驚きや恐怖、嫌悪といった感情など、この男のうちには産まれようもなく――真っ先に噴出したのは、憤怒だ。
ばちん、と漏電でもしたかのような音と共に、鮮やかな紫電がヨキの髪をひとたび跳ねさせた。

素早く踏み込み、男児の傍らで中腰の姿勢を取る。
いつでも動作に移れるだけの身のこなしではあったが、柱の陰のハーリッツの存在には気付く由もなかった。

ハーリッツ > 思惑は半分成功。
見るだにわかる怒る侠気は持ち合わせていれど期待したほどのスキは生じない。
死線を幾度も踏み越えてきた敵とわかる。

だが初志貫徹だ。気を引けたなら充分。
唇を歪ませ、笑いに似た音を漏らしてフードの人影が陰より躍り出る。
大柄な者には対応しづらい低い姿勢。
ヨキの両の腕の下をかいくぐるようにして、脇腹を抉り抜くハンティングナイフの一撃を放たんとする。

ヨキ > 横たわる男児の傍らで、真っ直ぐに見下ろすヨキの横顔。
自分の真横の方角から飛び込んでくるハーリッツへと、流れるように視線が映る。
まるで電灯でも翳したかのよう、視線の軌跡が青白い光の残像を残した。

一切の表情を失ったヨキの瞳が、煌々と光っていた。
足元から強い魔力の気配が迸り、周囲を取り巻く大気が聖性を帯びる。

「……――ッえかアア!!」

お前か、という言葉にならない激昂と共に、床を踏み締めて立ち上がる。
身を翻してハーリッツと相対するのと、彼の一撃が脇腹へ放たれたのは同時だった。

歯を食い縛り、男児から離れた方角へ受け身を取って転がる。

ハーリッツの一閃を横へ躱す形だが、刃先には布と肉の質感とを浅く破る感触が伝わるだろう。
床に手を突いて身を引き起こし、次にハーリッツの姿を見据えたとき、ヨキは獣の顔をしていた。

上着の脇腹の辺りに真一文字の傷が残り、布地に赤黒い染みがじわりと広がった。
犬に似て荒々しい呼吸を怒りに震わせながら、声を振り絞る。

「その子をやったのは――お前か!」

ハーリッツ > 「…………」

避けられ、互いに距離が取られる。
避けた体捌きは大したものだが、吐いた言葉は月並みなものだ。
別に、面白い反応を見たくてこのようなことをしているわけではないが――

「あら。ワタシでない、と言ったら信じてくださるのかしら?」

くぐもった無機質な声。フードが翻る。
ヨキへと向けられた面は、眼も鼻もない血の赤ののっぺらぼうだ。
異能を用いた変装であった。
仮に平時のハーリッツとかつて顔を合わせたことがあったとしても
見破ることは少し難しいだろう。
右手にかざしたナイフをわざとらしく指先で弄ぶ。
笑う気配。二人の足元に広がる血の池がこぽりと息づく。

「――結構、美味しかったわよ。
 それでどうする。ワタシとお喋りでもしたいのかしら?」

怒りに震えるヨキとは対称的な、嘲弄するような声。

ヨキ > ヨキの肌の上を、小さな紫電が奔って消える。
怒りがそのまま雷光として表出したようだった。

奇妙な顔を晒した相手の、軽口を信じる気がないのは明白だ。
だが意識的に押し殺さんとする激情の顔付きからは、ヨキが平静を失っていることが見て取れる。

ハーリッツの声に、歯を噛み締めた口が歪な笑みを作った。
それでどうする、などと問われて、頬を小さく震わせ、吐き捨てる。

「――殺す」

鉤爪のように力を込めた手の先に、一段と強い魔力が宿る。
籠もる先から漏出し、また溢れ出す、ひどく非効率で粗削りな魔力の使い方だった。

泡立つ血の池を飛び越えて、ハーリッツへ飛び掛かる。

その横っ面を殴りつけんとばかり、拳を振るう。
人間が腕を突き出す風圧を超える、衝撃波にも似た魔力を纏わせて。

その動きは明らかに人間を凌駕していたが、超常の者には及ぶべくもない。

ハーリッツ > 怒った人間の語彙は陳腐で狭いものになる。
だからハーリッツに人を怒らせる趣味はない。
ただ、怒りに任せた攻撃は直線的になりがちだ。

「やだね」

だから――この砲弾のごとき拳も、身を低くして躱すことができる。
掠めたフードの端と髪がちぎれ飛び、背後のスチール製の棚が砕ける。
想定以上の余波に、体勢が崩れた。が、

「オマエが殺されるのさ。“その子”にね」

ヨキの飛び越えた血のぬかるみ――ハーリッツの血液の混ぜられた――が、
蠢いて収束し、杭の形になり――ヨキの背後を貫くべく射出される。

ヨキ > この常世島で、ヨキほど平素と怒りの落差が激しい者もそうそう居ないだろう。
我を失い、言葉を忘れ、魔力を噴き零し、知恵のない獣のように飛び掛かる。

拳が避けられて、あっさりと空を切る。

かつてヨキは、金属を自在に操る異能者で、本当の獣にも成り代わることが出来た。
生成した金属を足場にし、盾として身を守り、刀を用いて戦っていた。
今はその異能も、獣化の力もない。

ハーリッツの不可解な言葉に顔を向けた瞬間――背後からの烈しい衝撃に、首がぐんと曲がった。
身体の向きを傾けた拍子に、右の肩口から血の杭が生えるのが見えた。

長身がそのまま押し出され、正面の壁へと放られてスチール棚の残骸ごと激突する。
目まぐるしく視界が回転して、一瞬目の前が暗転した。

けたたましい音を立てて地に倒れ伏したヨキが、くぐもった呻き声を漏らして身を捩る。
額と鼻から流した血の滴が、ぱたぱたと床に落ちた。

常人よりは頑丈らしいが、少なくない損傷が目に見えていた。

「ぐ……!止せ、…………、弄ぶな……」

身を丸めたまま闇雲に左手を伸ばし、床に広がった血の池に手のひらを突く。
ばしゃん、と子どもが泥で遊ぶような音が立つ。

未だ光が弱まることのない瞳が、ハーリッツを睨みつけた刹那――

雷光が、血の池とスチール棚の破片をを跳ね上げる。

魔力によって指向性を与えられた紫電が、真っ直ぐに血液を辿ってハーリッツへと迸る。

ハーリッツ > 現実感が希薄だった。
荒ぶる獣のごとくのヨキが、まるでどこかガラスを隔てた存在のように映っていた。
そんなヨキの怒りなどわかりはしないハーリッツだが、知っていることもある。

「楽しかろう? 怒るのは」

地を這う男に、止めを刺すべくナイフを振り上げ――たところで、
仮面の奥の表情が強張る。
雷光の奔るのを見た。
帯電した血の沼は剣にも盾にもならない。
瞬く間に電撃はハーリッツに到達し、けたたましい音を立てて弾ける。

「…………く!」

全身を痙攣させて跳ね、身体を転げさせる。焦げ臭さが漂う。
ふらつきながら立ち上がるが、手からはナイフが滑り落ちて乾いた音を立てる。
うまく力が入らない。

「楽しむのも大概にしないと、死にますわよ?
 ――オマエ、弱いんだから」

後ずさり、亀裂の入った壁を背にしながらそう嘯く。
――ハーリッツとて特別強者というわけでもなかった。
この程度の手品ができる異能者など、常世島には掃いて捨てるほどいるのだから。

ヨキ > 身体を苛むはずの激痛は、怒りからなる昂奮に遮られていた。
か弱い人間のように見えて、強大な獣のごとき不遜さを撒き散らし、それでいてヨキはやはり弱かった。
人の身体能力と、怒気に宿った苛烈さと、内在する魔力の膨大さが、全く嚙み合っていないのだ。

「楽しくなど、……!」

否定の声に、ごぼりと血の絡んで粘っこい水音が交じる。

ナイフが頭上で閃いた瞬間、破れかぶれなまでの電撃がハーリッツを打ち据えるのを見た。
笑いもせず血に汚れた眼鏡を掴んで外し、床に両手を突いてふらつきながら、徐々に立ち上がる。

「楽しんで――堪るか!
 ヨキはお前を殺す。この子と同じ死に方で殺してやる……!」

破砕したスチール棚の、細く薄い支柱を掴む。床に引き摺った先端が、耳障りな音を立てた。
鬱血の色合いを帯びるほど強く握り締めた手のひらから、金属がばちばちと音を立てて帯電する。

ハーリッツの身の丈に満たないほどの、緩くひん曲がった支柱を振り被る。
その動作には、美しさも、獰猛さもない。

支柱が纏った紫電と、ヨキの眼差しが放つ光だけが、ごく単純な殺意を示している。

ハーリッツの顔面目がけて、左手に掴んだ支柱を斜めに振り下ろす。

ハーリッツ > 首を傾げる。
赤い仮面の上を震える指でなぞると、笑みに弧を描く唇の形がそこに生まれる。
虫の翅の擦れるような耳障りな声が、たちまちその奥から漏れ出した。

「ワタシを? ……バラバラにぃ?
 ワタシが悪のお肉屋さんなら、オマエは正義のお肉屋さんか。
 結構結構――キ、キ、キヒヒヒ――イ!」

破砕音に、狂的な笑声が中断された。
粗野な振り下ろしに砕けたのは――ハーリッツの頭部ではない。
寸前で身を逸したその背後の、老朽化した壁。
細かい破片が散り散りになって舞い飛ぶ。
紫電がハーリッツの衣服や肌を焼くが――致命傷には程遠い。

「――じゃァな、また遊ぼォぜ――ヨキセンセイ!」

上ずった叫び。
猫のように身を翻すと、ヨキの一撃で生まれた壁の裂け目に
するりと身を潜らせ――あっという間に、廃屋の外へと逃れてしまった。

ご案内:「落第街/廃屋」からハーリッツさんが去りました。<補足:フードつきの外套を纏っている。>
ヨキ > 相手を叩き伏せんと、振り下ろした支柱。金属が壁を叩く甲高い音。
右肩に穴が開いていることも忘れて、両手で再び振り被る。
その構えにいくらかの剣術の腕を察することも出来るが――手練れにはとても見えないだろう。
それほどまでに、ヨキは冷静さを欠いていた。

嘲笑う声を振り払い、掻き消そうとするように、二度目を打ち下ろす。
ハーリッツを掠めるまでもなくまんまと逃して、支柱を床に叩き付けて放り捨てた。

勢い余って、地面に膝を突く。
崩れ落ちた壁の残骸に顔を伏せて凭れると、それまで紛れていただけの激痛が身体の奥から沸き起こってくる。

「……はッ……はあ、はあッ……糞が。次は……絶対に……、」

恨み言を吐きながら頭を抱えた手のひらに、ぬるりとした感触がある。
肩で息をしながら、それが頭部を切った出血であることを自覚する。
右肩を貫かれたとき、知らず頭をも打っていた。

「……こんなに、……」

弱いのか、と呟く。
背後に横たわる男児の死体を振り返ることもなく、ずるずるとその場にへたり込んで蹲った。

ヨキ > 頭痛のさなかに、己をヨキセンセイ、と呼ばわった声を反芻する。
あの作られたような声。あれが地声でなければ、学内や街中で判別するのは困難だろう。

耳の奥に残る声の記憶がが、憎悪に早くも音を歪めてゆく。
あの赤一色の仮面に対する怒りだけが否応なしに猛って、正しく覚えていられそうにはなかった。

だが確かなことのひとつには――
我々はどうやら、正義と悪の肉屋であるらしい。

ならばいつしか巡り合い、相見えるときが来る。
怒りに我を忘れ、相手を見つけ出すことが出来なかったとしても。

沸き起こる魔力が、出血を増大させ、無茶な治癒力を発揮し、肌を腐らせ、また蘇らせる。
ひどく要領の悪いやり方で無理やり傷を塞いで、よろめきながら立ち上がった。

「………………、」

再び男児の死骸を見下ろしたヨキは、何も言わなかった。
見据えたそれはもはやただの物体であって、自分が探した男児でありはしない。

指先の血を拭い、取り出した電話機を操作しようとして、諦める。
液晶画面が、すっかりひび割れていた。

踵を返して、廃屋を去る。
それから間もなくして、この場には風紀委員が駆けつけることとなった。

ご案内:「落第街/廃屋」からヨキさんが去りました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/カーキ色モッズコート、黒カットソー、細身の濃灰ボトム、黒ショートブーツ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>