2017/03/14 - 23:20~00:05 のログ
ご案内:「歯医者『板井歯科』」にステーシーさんが現れました。<補足:猫耳剣客。(乱入歓迎)>
ステーシー >  
色々あった一年だった。
一言には言い表せないくらいに。
楽しかったこと。悲しかったこと。
いろんなことが、今、脳裏に、走馬灯のように、浮かんで、いる。

ステーシー・バントラインは今、歯医者にいるのだ。

ステーシー >  
待合室でコツコツと刀の鞘で貧乏ゆすりのようにコツコツと地面を叩いている。神経質。
他に患者はいないようだ。

彼女にはプラーナという力がある。
使い方次第で強い治癒力を持つ、切断された腕すら接合できるという『自分がこの世界に存在できる力』そのもの。

嗚呼、なんということだろう。
プラーナで虫歯は治療できない。

ステーシー >  
虫歯が痛み始めたのは、一ヶ月前だった。
最初は何らかの呪いかとすら思った。
友達に虫歯だよソレと指摘された後は、今まで以上に歯磨きを徹底した。

それでも。
それでも。

虫歯は自然治癒はしない。

歯医者という文化があることを知り、一縷の望みを託したが。
今、治療を行なっているだろう部屋からは。

「ううううう………」

子供の悲鳴が、いやむしろ絶叫が響いている。
どんな拷問を受けているのだろう。
血を抜かれた豚でもこんな顔色はしないというくらい青褪めた半泣き顔のステーシー。
待合室にはクラシック音楽のオルゴールアレンジが無限に流れ続けている。

ステーシー >  
ガチャリ。
その音が待合室に響いた時、ステーシーは飛びのいた。
比喩とかではなく、マジに。飛びのいた。

『うわあああああああああああん!!!』

苦笑いする母親に付き添われ、子供がギャン泣きしながら治療を終えて出てきた。
その時、苦味を覚える薬品臭と血の香りに卒倒しそうになった。

なんだ。あの部屋は、なんだ。
私は何をされるんだ。

ステーシー >  
歯の根も噛み合わないほど震えていると、歯科助手が声をかけた。

『ステーシーさん、どうぞー』

死刑宣告。
思わず腰の刀『旋空』に手を掛けた。
自刃するなら今、このタイミングしかない。

『あの、ステーシーさん……?』

歯科助手が苦笑いをしながら人好きのする笑顔を浮かべた。

――――私、知ってる。天使のような悪魔の笑顔ってやつだ。

でも震えていても自害しても虫歯は治らない。
涙を親指で拭うと、ハイと上擦った声で答えて処刑場へ向かった。

私を知っている人。
どうか、私が戻らなかったらこのハイシャという場所の謎を解いてください。
それだけが私の望ウワアアアアアアアア嫌ダアアアアアアアア

ステーシー >  
診察台? のような? ソファ? のような?
とにかくメカニカルな悪魔の機械が並んだ椅子が見えた。
ああ、そっか。薬殺か。

ならどうか、苦しまずに殺してほしかった。

『ステーシーさん、どうも。今回の治療を担当させていただく板井です』
『……日本刀は置いてください、荷物置き場に…』

その言葉に心臓が喉から飛び出るかと思った。
逆意を悟られた謀反人のように旋空を普段バッグとか置かれてるであろう場所にセット。

縮こまった尻尾をそのままに治療台に座った。

『それじゃ少し倒しますねー』

倒す? 何を?
そう思った瞬間―――――嗚呼、神よ―――ソファが少し倒れた。

た、倒されたー!!?

『は、ははは……世界の終わりみたいな顔しないでくださいよ…』

歯医者は苦笑いをしながら先端に鏡がついた、戦争映画でよく見る曲がり角からスナイパーを覗き込むアレを持って私に近づいた。

『それでは口をあけてください、あーんです、あーん』
「え……それ口に突っ込むものなんですか…?」
『はい』

戦慄!! スナイパーは私の口の中にいる!!!

恐る恐る口を開くと、まだ開いてと促され大口を開けた。
ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

『あの……なんで耳を押さえてるんですか…?』
「人間のほうの耳を見られるの、恥ずかしいんです」
『治療しにくいので今は我慢してくださいねー』
「あ、はい」

恥ずかしさの二乗。

仕方なく手を下ろすと、口の中の診察が始まった。

ステーシー >  
しばらく口中を蹂躙されていると、歯医者が私の顔を見て残念そうな顔をした。
とはいってもマスクをしていてあまり表情が読めない。
こわい。
こわい。
こわい。

『ああ、C3ですね』
「…爆弾ですか」
『いえ、虫歯です』

知ってた。

『ひどい状態の虫歯です』

二度言わなくていい。

『とりあえず、症状がひどいみたいで…相当痛むでしょう?』
『今日のうちにできる限りの治療をしたいと思います』

なんだ……何が始まる…!?
剣客の、花盗人の、フェルパーの本能が告げていた。
ここからが地獄の始まりだと。

 

『削りましょう』

ステーシー >  
「!!!!???!?!!?!?」

削る? 削るって? 歯を?
死ぬ! 死んじゃう!! 殺される!!

『あの…相当緊張されているようなので、笑気麻酔を行ないますか? いわゆる笑気ガスです』

ガス殺される!!?

『ええと……とりあえず麻酔を行ないますね』

え?
ええ?
なんで、それ、歯医者って…ああそっか、医者だもんね。

歯医者はロクデナシ=サイズの注射器を取り出した。

「~~~~~~~~~~ッ!!!」

絶句した。
まだ何も始まっていないのに、ここまでの心的苦痛。
白髪になってない? 私、白髪になってない?
激痛と共に苦い薬液の味がちょっと広がり、歯の周りの感覚がなくなってきた。

ステーシー >  
感情の制動に体がついていっていない。
疲弊し、ぐったりした身体機能。

そして、歯の治療は始まった。

ステーシー >  
ガリガリガリガリ。
ギャリリリリッ。

ははは、私、口の中にドリル突っ込まれてる。
変な笑いが出そうになった。感情がバカになってる。
耳も丸出し、口全開、おまけに歯を削られてる。
涙が頬を伝った。

「痛かったら手を上げてくださいね」

手を上げれば……この地獄から開放されるの…?
薄ぼんやりとした意識の中で、根管治療前の下処理段階のステーシーは思った。

お師匠様。
孤児同然だった私を慈しみ、厳しく鍛えてくれたリルカさん。
四季を共にすごした、親代わり姉代わりの、優しいヒト。
ごめんなさい、刀を盗んで家を飛び出して。
今なら素直に謝がががががが

センチメンタルな妄想などすぐに吹き飛んでしまう。
それほどまでの暴治(暴力的治療の意)。

ステーシー >  
恐怖心。私の心に、恐怖心。
もう頑張った、だからもういいよね。
私はそっと右手を上げた。

『もうちょっと我慢してくださいね』

おいコラァ!!
痛かったら右手を上げてくださいって言うたやんけぇ!!
何……え、何?
どういうことなの!? やっぱり殺されるの!?

右手を歯科助手に下ろされて獄治(地獄の治療の意)は続く。

そして、時は流れた。
一時間くらい。

『お疲れ様でした、ステーシーさんよく我慢しましたね』

歯医者が労わりの言葉をかける。
魂が抜けた私は、言われるがままに頷く。
目が死んでる。絶対今の私、目が死んでる。

でもこれで治療は終わった……
明日から自分だけは自分を信じて生きていける。
だって、もう苦しみの刻は終わったのだから。

診察代を支払い、青空を見るために外に一歩を踏み出そうとした。

『あの、ステーシーさん。次回の治療の予約がまだですよ?』

 

ネバーエンディングヘル。
地獄はまだ、終わらない。

ご案内:「歯医者『板井歯科』」からステーシーさんが去りました。<補足:猫耳剣客。(乱入歓迎)>