2017/04/14 - 00:22~02:28 のログ
ご案内:「◆とある邸宅の一室」にヨミさんが現れました。<補足:体の線を隠す黒のフレアワンピース、丁寧に整えられた艶のある長髪、白い絹の手袋、タータンチェックのケープ>
ヨミ > 暗い部屋の中に薪がはぜる小さな音が響く。
その音に誘われたかのように衣擦れの音と共に
寝台でゆっくりと身を起こす影が一つあった。
それは上半身を起こし天蓋にかけられたカーテンを開けながら片手で胸元を押さえ身を震わせると
枕元に畳んであったケープを手に取り軽く羽織り、翡翠のような瞳を暖炉に向ける。

「……。」

そっと額に手を当てるとまだ少し熱があるよう。
熱で感じる喉の渇きを癒そうと枕元のナイトテーブルに手を伸ばし……
唐突に胸元を抑えると激しく咳き込む。

「……!」

暗い部屋の中、口元を覆った両手の隙間からどろりとした液体が滴り胸元を汚していく。
それを何処か冷静に見つめながら咳を抑えるかのように肩を何度か震わせるとゆっくりと息を整える。
口元を抑えていた両手は赤黒く染まってしまっていた。

「――……」

小さくため息をつくと染まってしまった手袋を外し、片手に柔らかく握りこむ。
それは一瞬大きく燃え盛ると瞬く間に灰になり、
その灰も炎を包むかのようにゆっくりと握りこんだ掌から忽然と消えていた。
それを確認するとただ無言で月夜を見上げる。
いつものようにこの場所は海と空が良く見える。
とても綺麗なこの場所はまるで絵画のようで、初めて見た時から今に至るまで
一度も飽きてしまう事がない……そんな景色。
お気に入りの、とても穏やかな場所。そこはまるで墓所のように静かな一室。

――やはりこの体はそろそろ限界なのだろう。
最近は一日の殆どを眠っているけれど、
それでも反動を抑えきる事など無理な話なのかもしれない。
その証拠に簡単な風邪すら拗らせ、体の中が滅茶苦茶になってしまう。
ちょっとした切っ掛けで拒絶反応が暴れだし、部屋中を赤く染めていく。
そうなると……そろそろ交換した方が効率がいい。

「――。」

掃除自体は嫌いではないけれど、意味があると思えるならばの話。
また新しい体に切り替える必要がある。
今回が初めてではない。むしろ定期的に何度も破棄、交換してきた。
その事自体にもう慣れてしまっている。いまさらその事に何かを思う事は無い。
今までと同じように、これまでもそうだったように、
また新しい物と入れ替えるだけ。そんな簡単な事。
何故、今までそうしなかったのかは……わからない。
この感情をどう呼ぶのかは、もう忘れてしまった。

ヨミ > この島に来てから随分と長い時間が経ったような気がする。
最初は実験と擬態にひたすら明け暮れていた。
今では変人と言われながらもクラスや研究室に溶け込んでいる。
それは今まで何度もしてきたことではあり、簡単な事のはずだった。
そう思っていた。

……この島は沢山のイレギュラーが入り混じり、独特の文化を形成している。
恐らく世界中の他のどこよりも異物である事を許され、そして同時に異物である事を強く自覚する。
そんな空気がこの島にはあった。
ある意味個を尊重し、同時にそれを飲み込んでいくようなこの島は
許容量とともに多くの問題の可能性もその身に孕んでいる。
だからこそ、小さな違和感も致命傷になりえた。
その事に気が付いた時は一日中笑い続けていた。
この島はどこよりも個が存在しうる分、それ以外で居る事は非常に難しい。
それはとても愉快で、忌むべき現実だった。

「……。――」

この島に来てからオーバーホールする事はほとんどなかった。
何故だかは自分でもよくわからない。というより思い出せない。
きっと何か理由があったはずだけれど、思い出せないのだから大したことではないのだろう。
そんな事を考えながらゆっくりと寝台から足を下し、衣擦れの音を響かせながら
服を脱ぎ棄てつつ、姿見の前へと歩いていく。

「…」

年齢の割には小柄で、それに反するように煽情的な体は……
自分の目にはとても歪に見えた。
彼女も、ワタシも、美しいものが好き。
自身がそれに成れないと、分かってしまっているからこそ
手が届かないからこそ、美しいものが好き。
永遠の刹那を感じられる何かが好きだ。

ヨミ > ……今回は良く持った方だ。
環境の変化も理由の一つではあるものの、今回は耐久実験も兼ねて敢えてサイクルを崩してみた。
耐久面よりも情操面での変化がみられたことは
今回の実験においては喜ばしい成果と言えるかもしれない。
最もリセットされるのだからあくまでデータにすぎないが。

「――」

今回はどんな処理方法が良いだろう。
姿見を眺めながらぼんやりと考える。
毒物は既にほとんど耐性が出来てしまっている。
確実に再起動するためには……やはり証拠を残さない方法にしよう。

小さく床をトントンと蹴ると地面に黒い波紋が広がっていく。
それは次第に大きくなり……それを見ると微笑みゆっくりと頽れていく。
その身が完全に床に倒れこむ刹那前にひときわ激しく波打ち、黒い大きな顎が床から飛び出した。
それは一瞬で彼女の体を飲み込み……ぐしゃりと何かがつぶれるような音共に
部屋の一角に飛沫が飛び散り床と壁を赤く汚す。
それは一瞬の事。出てきたときと同じように一瞬でそれは床の波紋の中へと消えていく。

ただ静寂に支配された部屋の中……再び床に黒い波紋が立った。
それは次第に大きくなり……
その中から一糸纏わぬ小柄な姿がゆっくりと身を起こす。
それは人形のようにぎこちなく体を起こすと、月明りに照らされる自分の体を眺める。
何処にも異常はない。しっかりと記録され、規定されたもののまま。
それは五線譜の上に記された私という存在そのもの。

「……」

小さく、けれど艶やかな吐息がその唇から漏れる。
この時間というのはとても苦しくて、痛くて……
そしてとても……キモチイイ。
メンタルはいたって穏やかだ。
既に前の体の感情はデータ(記録)でしかない。
想いなどというものはもう思い出せない。
けれどそれは些細な事。
彼女は私であり、無数のワタシの一つでしかないのだから。
それは既に過ぎ去り、再び新たな私の一部になるだろう。

ヨミ > そっと自身の体に触れる。
姿見に映るのは染み一つない肌、繊細で蠱惑的な四肢、少し癖のある長髪……
それらを確認するかのようにゆっくり…ゆっくりと指を這わせていく。
月明りの下、ある意味一人遊びにすら見えるような、そんな煽情的な様で検分を終えると
唐突に自らの爪を立てる。
そこからは鮮血が溢れ出し……けれど数秒後には傷一つ残らず消えていた。
それを見ると満足げにうなずき、床に脱ぎ捨てられた服をつま先で切っ掛け、
拾い上げながら寝台へと戻り倒れこむ。

「……。」

体内も胎内も異常はない。
勿論憂鬱だった咳も、当分煩わされる事は無い。
更新してしまえば病魔などなくなってしまうのだから。
代わりに別の場所が軋んでも、そんな事にはもう気が付く事すら出来ないようになってしまっていた。
ある意味短いスパンで死に続けているともいえる。

とは言え他の誰が彼女が更新されたなど気が付くだろう?
この時間も別の"私"が島のどこかで私として過ごしているはずだ。
恐らく女子寮の一室で笑みを浮かべながら空を見上げているはずだ。
彼女は、ボクは、そこにいる。
此処にいる私同様に。それは群であり、もはや概念に近い何か。
私は個であり、群であり、独りなのだから、その何れも私であり私ではない。

「――、――――」

その怪物はゆっくりと瞳を閉じ、その口元が三日月のような弧を描く。
何処までも純粋で、どこまでも純潔な
汚れきり、狂いきった笑みを浮かべ、それの形容詞にふさわしく
寝台の上で電源が切れたかのようにその動きを止める。
しかし、しばらく後唐突にその肩が震えるだろう。

「……っ。…」

それは寝台に倒れたまま声なき声で笑っていた。
過去の自身が抱え込んだ感情と、理解もどう呼ぶかわからない感覚を。
そして己が身を、これから出会うものを。
月明りに蒼く照らされる部屋の中、その小さな吐息だけが静かに響いた。
それは次第に小さくなり、いつしか規則正しい吐息へと変わっていく。
小さな体に見合う様な、小さく、儚げな吐息はそれが眠りについたことを如実に表している。

それは例えるなら吐息というよりも、まるで潮騒の音のようだった。

ご案内:「◆とある邸宅の一室」からヨミさんが去りました。<補足:体の線を隠す黒のフレアワンピース、丁寧に整えられた艶のある長髪、白い絹の手袋、タータンチェックのケープ>