何時も通りでは無く、歩く。 様子は別段変わっている訳ではない。 違うのはそう、考え事をしているという一点のみ。 学園で起きた事。 カフェテラスも少なからず被害を受け。 幸いそこに私は居なかった。 居なかっただけだ。 幸いなのか不幸なのか、枠の外。 恐らく、幸運だったろう。 聞いた話だと相当に酷い事になったと聞くし、今もまだ一緒に働いたことの ある子が生活に戻ってきていない。 それが私だった、と思うと。 その子には悪いとは思う。 ゾっとする。私で無くてよかった、そう思う。 「ん……」 思考が途切れ改めて周りを見る。 どうやら気づかない内に入った事の無い方の道に入ったようだ。 見覚えが無い。   「……」 まあ、たまにはいい。 位置が分からなくなれば、跳べばいい。 それだけだ。 歩きながら、思考がまた元に戻る。 一般的な考えなんだとは思う。 よかった、と思う自分に罪悪感を覚える事も。 そこまでひっくるめて嘆息する。 「あー……こういうのはヤだなあ」 はああ、と息を吐く。 ネガティブになればなるほど気も、足も重くなる。 趣味の夜歩きも、全く楽しめたモンじゃない。 ……いや、元々楽しんでいるのかと言われるとそれも疑問であるんだけども   趣味ではあるが楽しんでいないというこの行為自体にいう程意味はあるのか、 と言うとこれもまた無い。 始めた理由なんて強いて言うなら放任主義の両親に対する反抗心がアレでコレ でソレになった結果の要は非行への第一歩だったというこれまた話題にすらな らないオチだ。 まあ、結果はやっぱり何も言われないし、ムキになって朝帰りしても「帰らな いのなら一報を入れろ」そう言われただけであったので更にムキになり一週間 ぐらい友人宅を歩き回り、これで流石にと思って帰れば「居なかったのか」の 一言で反抗心も何も全て呆れ返って放棄された。 思えば怒られたかったのか、心配されたかったのか。 「どっちなんだろなぁ」 歩くのを止めて適当な所に腰掛ける。 胡乱な思考。 元々考えていたコトを考えないようにしようとしている、そんな自衛行為。 これ自体にもやっぱり意味は無かった。   「……」  巡回していた警備機械を避けて、路地に入り込んだチタは、思わず 独り言を言ってる少女を、探るようにじっと見てしまった。  ちょっと、びっくりしたのである。 顔を顎にのせ、ぼーっとする。 ォに戻るのも、このまま歩くのも今は気が乗らない。 余計な事を考えたせいだろう。 何してんだ私、という思考と。 ちょっとネガティブ入ったぐらいで今まで続けてきた事を止めるって?何てい うこれまたムキになった思考。 その訳の分からない二つの思考に縛られてどうしたモンかとなっている現状に 何やらよく分からない手詰まりを感じる。 だからこその停滞を選ぶこの現状。 非常に悪手と言わざるを得ない、が。 それでも身体は動くことを拒否するし。 頭は要らない事を延々と考え続ける。 心だけがそのもどかしさに悲鳴を上げる。  「ああ……」 段々とイライラしてきた。 次第に心が身体と頭を押さえつけ始め。 「……」 そこで目の端に映る人影に気づく。 「……」  夜のスラムの路地裏である。怪しい人間等はいくらでも見てきた。  しかし、酔っぱらいでもジャンキーでもなさそうな少女が、こんな 所で物憂げに独り言しているのに遭遇したことはない。  チタの行動は、動物的な所がある。  未知の存在に、当然警戒して、観察したのだ。 「……えーと」 こちらを見る少女(?)らしき人物に焦点を当てる。 全く気付かなかった。 そこには綺麗な銀髪と対照的に薄汚れた迷彩服を来た少女。 逆に言うと、こちらからすれば。 まさに未知の存在である。 が、こちらはそれに対する訓練など受けている訳も無く。 ただ、そのままの姿勢で眼だけは突然現れた少女を凝視していた。  危険な気配は、チタの感覚器には無い。普通の人間、学園の生徒と いう奴なのだろう。  チタは、この間同じように路地で遭遇した白衣の男を思い出す。  目の前の彼女も、アレと同じように妙な力があるかもしれない。  警戒は緩めないまま、また、警戒されないようにゆっくりと横を通 りすぎようとする。 努めて冷静に。 まず最初に声を掛けるかべきか否か。 この少女は危険ではないのか、と言われるとまず最初にでた感想は。 『恐らく争いになれば死ぬ』 という結論に達する。 状況が異常すぎる、そう感じる。 私自身も大概この場からするとイレギュラーなのだろうが。 ―――−−−。 「こんばんわ」 通り過ぎようとする少女に。 数秒の思考の後に。 きわめて自然体の挨拶の言葉を送った。   「こ、こんばんわッ」  ちょっと上ずった声で答えた。ほとんど反射的に。  ビビリな柴犬等が、撫でようと手を出したら後ずさって尻を地面に つけるのに、ちょっと似ていた。   思った以上の反応にこちらも一瞬だけビクリとする。 すぐに持ち直すが。 元々特に話題もなく。 酷く被虐的な思考から声を掛けていただけに。 その先の事を何も考えていなかったせいで。 「こんな夜に独り歩きは危険だよ?」 などと言う、「お前が言うな」という一言を盛大に送る。   「私は、問題無いです……」    不機嫌そうな、チタの瞳が少女を見た。チタは、いつだって不機嫌 なのだから、いつもの顔であるが。  私より、自分の心配をしろ、という表情に見えなくもない。  その実、さっさと逃げればよかったかな。等と困惑中である。   案の定という感じで睨まれ「だよね」 なんて顔をする。 ともあれ会話が通じる相手であり、いきなり襲われ、この世からもドロップア ウトする事はなさそうだ、とある程度の結論を付けた。 少し余裕が出てきたので少女を少しだけ観察し思考を働かせる。 私みて探るようにこちらを見ていた、のだから私は彼女の日常にとって非日常 だったんだろう。 つまり、この辺りが言ってしまえば縄張りのようなものか。 なので一先ずこういう。 「気にしないで、たまたま迷い込んだだけだから」 すぐ、出ていくよ、というニュアンスを込めて。   「私も、ただ通りがかっただけ」  それから、大通りへ続く方を指さして。   「迷ってるなら、あっちで助けて貰えるのでは」  彼女は、短く端的な言葉で会話する癖があるようで。   「警備の機械が、巡回してるので」  「心配ありがと。ただまあ」   よっ、と言いながら腰かけていた所から軽く飛び降りる。 「それには及ばないかな。迷い込んだワケじゃぁないからね」 空を見上げる。 コンクリートと鉄の樹海から覗く空。 「それに私も巡回してる機械に見つかりたくも無いしね」 単に夜歩きがバレて絞られるのが嫌だから、という軽い理由ではあるが。   「なら、ここから2ブロック先の路地なら。 これからの時間、朝まで巡回は無いです」  そう言った。  チタは、この島の非正規住人で、空を見上げる彼女はそうではないの だが。  夜のスラム路地で、人目に付きたく無い事情がある同士なら、幾分 緊張も和らぐというものである。  それで、彼女が不意に上を見上げたのだから。つられて見た。   「空って好きかな?」 唐突に全く考えても、言うつもりもなかった言葉。 「私はワリと好きだけど」 答えが返ってくるとも思わないし、ただ戸惑わせるだけだろう。 回りくどい、世間話のようなもの、なんて頭の中で言い訳をする。 夜歩きでは普段使わない。 興が乗った時しか使わないが、今日はその興が乗った日だ。 身体も頭も、今はとても落ち着いている。 「ご忠告どうも。とはいえそっちだと私が帰る所と逆方向だから」 トントン、と地面を蹴る。 使う時の合図のようなもの。   「空ですか?」  何故急にそんな事を聞くのだろう。  天候がどうであるか、あるいは敵がいるかどうか。そういう目的で 空を見ることはあっても、好きや嫌いで見たことはチタに無い。 「何でも無い独り言だから気にしないで」 苦笑しながら言い繕う。 「さて、とお邪魔しました、ありがとね」 少なくとも気がまぎれたし、今はさっきのあのイライラした感じも無い。 これまた意味が分からないと思うが感謝の意だけは伝えておく。 「気と何かがあえば、またこの辺で」 会う事があるのか、そもそも会って何かあるのか。 至っては会うなのか遭うなのか。 とりあえず今は気にしないでおこう。 トン、と空を蹴る。 あくまで飛ぶのではなく跳ぶ事しか出来ないこの能力。 一気に空を跳び上がり、街を見下ろす。 見慣れた道がある。帰りはそっちだ。 初めての道で初めての少女と出会い。 久々の空中散歩で今日の夜歩きは締めるとしよう。 そういえば名前も聞かなかったな、と思いつつ。