2020/06/13 - 18:51~02:01 のログ
ご案内:「常世博物館」にディカル・Grdさんが現れました。<補足:半袖アロハシャツ半ズボン下駄風サンダル>
ディカル・Grd > 夕暮れの閉館間際に時間にディカル・グラッドピードはこの博物館に辿り着いた。
別に今日訪れる予定はなかったが、たまたま目についた巨大建造物――この大博物館に引き寄せられるようにやって来た。
ここにあるのは、《大変容》による地球だけの変化に留まらない。《異世界》からのその物品、記録が残されている。
恐らくそれも、全てではないのだろうが。
しかして、今の現代をその当時に現れた「異物の複製品(レプリカ)」を解説付きで見て知ることが出来るのは貴重だ。
受付で収蔵物の一覧、この場所の解説を目にした彼は感動を覚えた。
「歴史の記録、先の見えない《大変容》に対したそれぞれの歩み。素晴らしきかな、これは喝采ものだ。喝采を送るしかない」
そう独り言ちながら、閉館時間まで少し歩くかと考える。
ディカル・Grd > 【東館】そこにあるのは《異能》《魔術》――《大変容》後の現代に関するテーマだ。
《異世界》の展示がある【西館】は、未知への好奇心が擽られるものであるが、こちらは学園の授業でも習っている事の教科書だけではなく歴史的な「実物」を含めた解説になる。
この「地球」で生まれ学習する機会を得たのなら触れておくべき内容かと考えてこちらを選択した。
「Miracle(秘匿されていた奇跡)は、陽の前再び現れたか……」
考えさせられる内容だ。
「Reborn(復活)、Re birth(再誕)……ここでは『復活』と言われているのか」
お陰で自分も上手く構築できる時は魔術がちょっとだけ使えるようになったりした。
ディカル・Grd > 記録を見ていて一つの疑問が浮かぶ。
自分が思いつくのだから既に多くの碩学も至っている内容だとは思うが、その疑問を明確にすべく言葉にする
「……like(あれだ)、that like(あれのよう)……そう、これはアジアであった言葉の『卵が先か』ってやつだ。《魔術》や《異能》は《大変容》を経て世界に広まったが、その前はどうして《魔術》はともかく《異能》は一般的でなかったのか。今こそ異邦人でなくとも《異能》持ちはかなりの数がいる……」
ヒトとは環境に適用し変化する生物だとする話がある。
その理論で言えば《大変容》を経た人類は変化する必要がある環境に《大変容》で『なった』のだと考えられる。
――確かに、世界を襲ったその災害を思えば当然と言える。
しかして、世界をそのように変質させた『何か』は元々世界にあったものなのか。
それとも《異世界》からもたらされたものなのだろうか。
「Professor(教授)でもない我が身では、答えはないな」
難しいことは偉いヒトに任せよう、そうぼやいて顔を振って思考を一度リセットしようと思った。
この手の謎についてでは覚えてれば後日、書物でも読み漁ってみよう、と。
ディカル・Grd > 難しい事は止めにして、ここからどうするかを考えたが館内を走らずに西館に行くには時間が不足している。
だからといって暇つぶしのように訪れたこの場で他に何か真剣に見ようという気はない。
となれば、思考は最近の事になる。
ちょっと先にある学園の考査試験のことだったり、日本の神に謝罪する時はどうすればいいのかだったりだ。
何か宗教の敬虔なる信徒と言う訳ではないが、神性がこの世にある今は目に見えていなくとも隣人のように扱え、である。
あーだこーだ考えているうちに日は沈み、閉館の時間になる。
真剣に今の時代について考える彼の後ろ姿、アロハシャツは知的に見え―――ない。
アロハシャツが知的に見えることはない。
ご案内:「常世博物館」からディカル・Grdさんが去りました。<補足:半袖アロハシャツ半ズボン下駄風サンダル>
ご案内:「常世博物館」にシュルヴェステルさんが現れました。<補足:人間初心者の異邦人。人型。黒いキャップにパーカーのフードを被っている。学生服。>
シュルヴェステル > 夕暮れの博物館。《異世界》にまつわる展示のある西館。
そこに、キャップの上からフードを被った青年が足を踏み入れた。
しんと静まり返ったそこは、閉館間際だからか職員の足音ばかりが聞こえる。
「……特集展示、異世界」
大きく置かれたパネルの前で、異邦人の青年がそれを読み上げる。
白い前髪の下から、上目遣いのようなかたちで赤い瞳が覗く。
異国趣味をいくらか誇大したようなポップやポスターを順に見ていく。
足音は立てない。綿の上を歩くように、静かに青年が歩みを進める。
はた、と足を止め。
学生向けの簡単な概要を見上げながら、青年はほんの僅かに唇を噛む。
――曰く。様々な世界から異邦人たちが訪れるが、「門」は非常に不安定であり、
異邦人たちを送り出した後はすぐに消えてしまうことが多い。
また、異邦人たちも突如「門」の解放に巻き込まれ、
この世界に転移してくる者が殆どであり、その多くは元の世界に帰る手段を持たなかった。
「持たない、で、現在進行系だな」
展示に話しかけながら、少しだけ笑った。
シュルヴェステル > わざわざ準備されたであろう橙色に近いライティング。
夕暮れとよく似た色。分厚い硝子の向こうには、見覚えのある物品が並ぶ。
自分は硝子のこちら側。あれらは硝子の向こう側。
恐らく、同じような場所から来たはずなのにこんなにも隔たれている。
(確かに、この色はよく似ている)
異世界の光のいろ。
白色が中心の「この世界」とは異なる色合いをした光。
自分が寝込んだ二週間前に説明された、白い光とは異なった色。
屈折がどうだ、ああだ、と言われたが、一つも理解できなかった。
ただ、そういうことでしかないんだなという納得をする以外に術を持たなかった。
硝子越しに、古びた分厚い本が照らされている。
それを訳す言葉が横に添えられているが、それを見て眉根を寄せる。
(……そんなに小難しい話ではないと思うが)
見覚えのある《異世界語》が、やけに尊大な言葉で訳されている。
首を傾げながら、ゆっくりと隔たれた向こう側を眺めていく。
シュルヴェステル > 《門》が開いたのは、なにも地球だけではない。
こちらでいう《異世界》から《地球》に飛ばされるだけの一方通行ではなく。
《地球》から《異世界》へと入れ替え子のように飛ばされる者もいた。
青年のいた《異世界》にも、《異邦人》は確かに存在していた。
それが、ここからやってきた者だと知ったのは、自分が飛ばされてからだった。
「……これを持ち込んだのは、同郷の誰ぞであるやもしらんのか」
“やけに尊大な”言葉遣いでそう呟いてから、寂しそうに視線はそれに注がれ。
子供騙しの四角い小箱を見てから、小さく鼻を鳴らして笑う。
「誰にでも見られる場所」に異世界由来のものを展示するなど。
シュルヴェステルの故郷では、あるはずもなかった。
見る権利など、一般市民に与えられるはずもなかった。
《異世界人》は、託宣の占い師であるとしてすぐに権力者に囲い込まれる。
それに比べて、自分の自由さたるや。こうして五体満足に出歩けている。
なんなら牛めしを二杯食べる自由すら与えられている。首輪すら、つけられない。
シュルヴェステル > 《異世界》に、異能などない。
ぐるりと翻った《異世界人》――すなわち、地球人は。
シュルヴェステルが、生まれてはじめて識った『異能者』は。
託宣の占い師であった。あらゆる可能性を見通す少女であった。
「こちらが正しい」と、常に「正解らしき」道を常に示し続ける。
結果、シュルヴェステルのいた《国》は、その世界を手に入れた。
ありとあらゆる紛争戦火の中で、唯一損害を出さずに世界の覇者となった。
ここではこんなにありふれた異能一つで、文字通り《世界》がひっくり返った。
それを見て、青年はおそろしいと思っていた。
異能というものが。超常の力というものが、既存の枠組みを破壊した。
誰も血を流すことはなかった。文字通り預言者の到来によって、争いばかりだった世界は救われた。
異邦人の手によって。
シュルヴェステル > 分厚い硝子の向こう側に、丁寧に保存されているそれは。
展示されている「子供騙しの小箱」は、それにまつわるアイテムだ。
この中に、いくつかの「可能性」を閉じ込めて、一つを選ぶための小道具。
この世界でいう《御神籤》と変わらない。
死した託宣の占い師の代わりに、架空の山羊を祀り上げるようになった。
ただそれだけのためのアイテムで、ここにやってきた《異邦人》は、
きっとその占い師のことを知っていたのだろうと思う。が、真実は知らなかった。
占い師の真実は、たった一つ。
あらゆる可能性など見通してなどいなかった。ただ。
「魅了」という、ありふれた異能を振り回して世界を救っただけだ。
異世界の進歩の可能性を、冗談半分で踏み潰した、ただの異能者の女だ。
シュルヴェステルは知っていた。
自分の妃となることになっていた女の正体を。
自分が初めて手を汚した女のことを、シュルヴェステルはよく覚えている。
橙色の日差しに目を細める姿も。
緑色の果実に舌鼓を打つ姿も、よく覚えている。
忘れたことなど、一度もない。
「……馬鹿馬鹿しい」
鼻を鳴らしてから、自嘲するように笑う。
足音を鳴らして、見覚えのあるアイテムの並んだ一角を辞す。
並んだ展示を見ていけば、どうやら自分のいた《世界》が遅れた場所であったことは一目瞭然。
静かに目を伏せてから、薄く笑った。
ご案内:「常世博物館」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
日下部 理沙 > 笑った先の視界に現れたのは、純白の翼だった。
真っ直ぐ広げられた、一対の巨大な翼。
別に比喩表現ではない。
ただ別に本当に、それこそ展示物のように翼が広がっている。
常世博物館は様々な展示物がある。
このような不可解な展示物があったとしても全く不自然ではないだろう。
それがちゃんと展示スペースにあったならの話だが。
「……」
その翼は展示スペースにはなかった。むしろ順路にあった。
もっと言えば、順路を塞いでいた。
翼の根元にいるのは、茶髪を後ろで短く結んだ眼鏡の青年。
青年は蒼い瞳を不機嫌そうに細めながら、じっと展示物を睨んでいた。
本人としては恐らく、熱心に見ているつもりなのだろう。
熱心すぎて周囲が見えていないのだ。
ついつい、熱心すぎて、周囲に人がいる事など気付かず、無意識のうちに翼を大きく広げてしまっているのだ。
死ぬほど通行の邪魔というか、たまたま扉の前にいるもので、少し手狭なその通路を完全に塞いでしまっている。
だが、翼の持ち主は全然気づいていない。
閉館間近ということもあるせいで油断してるところもあるのだろうが……何にせよ、完全に迷惑客と化している。
シュルヴェステル > 「……」
自嘲するような笑いのすぐあと。
キャップのつばで狭まっていた視界が更に狭まる。
というよりもなにも見えない。最初は剥製かなにかか、と思ったが。
どうやらどうにもそうではないらしい。規則正しく呼吸音も聞こえる。
そして、先程までここには何もなかったのだから答えは明らかだ。
「……もし、貴君。
すまないが、少しばかりどかしてはもらえないだろうか。
少し、通してもらえると幸いなのだが。構わないだろうか」
邪魔だ、という言葉を二重も三重も覆って声を掛ける。
背の高い彼より少し上から、いやに堂々とした物言いが降った。
日下部 理沙 > 「はい……?」
若干怪訝そうに、青年の目が向く。
蒼い瞳に不釣り合いな、東洋人の顔。
何を言われているのかわからないといった風に少し首を傾げ。
「いや、好きに通ればいいじゃ……」
声を掛けてきた長身の男に視線を向け、一度溜息をついてから。
「……」
自分のやっている迷惑千万に気付き、顔を紅くする。
「……す、すいません……!」
極力小さな声でそう謝罪をして、翼を急いでひっこめる。
しかし、羞恥と罪悪感と焦燥が入り混じったことでその動作は驚くほど雑になってしまい。
「いっだっ!!!」
強かに翼の先を扉の角にぶつけてしまう。
羽根の先ではない。翼の先だ。
つまり、ガッツリ神経が通っている。
そこから導き出される答えは。
「……ッ!! ッ!! ッ!!!」
顔を真っ赤にしながら、足の小指の先をタンスの角にぶつけた子供のように蹲る青年の醜態だった。
微かに舌打ちまで漏れてくる。当然、目前の長身の男に向けたものではない。
自分自身のアホさ加減に向けたものだ。
シュルヴェステル > 「……」
視線が一度だけ交差してから、溜息が落とされる。
不快な思いをさせてしまったろうか、と取り繕おうとするも、
そこからは目の前の青年が一人で顔色を赤くしたり赤くしたり。
何も言わずに通り過ぎるのも不義理だろうか、と少しだけ考える。
「ああ、ええと……」
こういう場合に出くわしたことはない。
目の前で人間が蹲り始めるなど経験がない。初めてのことだ。
「……すまない、救急の、保険課へのコールは何番だったろうか」
いまも蹲っている相手に対して、余裕綽々で問いかける。
それどころではないのだが、知ったことではないと言わんばかりに。
日下部 理沙 > 「い、いや、ほんと、そんな大事じゃないんで……骨折とか多分してないんで……!
多分、せいぜい打ち身なんで……そ、その、大丈夫です……!
すいません……!」
ひとしきり呻いてから、脂汗を額に浮かべながら立ち上がり、ずり落ちた眼鏡を中指で直す。
なんとか平静を装いつつ、余裕綽々で声を掛けてくる男に青年も向き直る。
全然装えてない。
前髪はちょっと乱れてるし、痛みで浮かんだ汗はそのままだ。
「……えーと、すいません、御迷惑おかけしました」
改めて、そう頭を下げる。
合わせるように、翼も首を垂れる様に畳まれた。
「ちょっと、展示に夢中になっちゃって……いや、悪い癖なんですけどね、ほんと……」
取り繕うように、ヘタクソな笑みを浮かべる。
口元が少し引きつっている。まだちょっと痛いらしい。
シュルヴェステル > 全然装えてない。
対面している青年も心の底からそう思ったが、触れない選択はできた。
自分も昼間に装えていたかいなかったかわからない事件に出くわしている。
こういうときは触れないという優しさが沁みることを知っていた。
「ああ、いや、ただ通りたかっただけで」
と、続いた言葉に少しばかり間を置いてから問いが続く。
「おもしろいのか、これらは」
言葉少なではあるが、端的で明快な質問だった。
大きく広げられた翼。人間には翼など生えるはずがない。
だからこそ、同じ異邦人であるのではと踏んでから、青年は問う。
「……夢中になれるほどに、おもしろいのか」
日下部 理沙 > 「え? あ、ああはい、面白い……ですね」
控えめに言いながら、目前の展示物……《異世界》から常世島にきた品々に再び視線を向ける。
眼鏡越しの青い瞳が、少しだけ細まった。
そして、軽く眼鏡を掛けなおした途端に。
「向こうとこっちで全然解釈が違うのかとおもったら、なんというか……全部そこまでぶっ飛んでるわけじゃなくて。
想像の範囲内というか、まぁ、そう思うよな……って範囲内の解釈の物ばっかりで。
あと、ほら、形とか装飾もそんな派手に違わないじゃないですか。
むしろ、どっちも古代の奴とかになると大差なかったりするし」
青年は饒舌に語り始めた。
触って良いと書かれている類の展示品には遠慮なくべたべたと手で触れながら。
「そうなると、なんだかんだでまぁ一緒に住めてる時点で違いなんてやっぱりそんなにないのかなとか。
実際、『こっち』の世界でも全然関りも何もないはずの文明同士の遺産が驚くほど似てたりすること結構あるんですよ。
これって想像って結局収束するのかなとか思っても面白いし、逆に未発見の《門》が昔から一杯あって、そこを通して文明が《門》越しにこっちにも向こうにも飛び火したりしたのかなとか。
文字通り《門》がポータルの役割を果たして、そのせいで世界中に似たような文化や芸術が拡散した例もあるのかなー……とか。
いろいろ想像出来て楽しいんですよね」
そこまで、ぺらぺらと若干早口に喋り倒したところで、また己の行いに気付き。
「……すいません、ちょっとまた夢中になってました。
いや、これも受け売りでしかないんですけどね……恩師が異邦人の美術教諭だったもんで」
少し顔をまた赤くして、申し訳なさそうに頭を下げた。
シュルヴェステル > 「……そうか」
様々な感慨の籠もった返事は、たった一言だけだった。
詳らかに語ることはせず、密やかに一呼吸二呼吸と息をする。
食事のように、黙りこくってからその言葉を咀嚼する。
遠慮一つなく触れられる展示品には少しばかり目を細めたりはするが。
「それは、」
余計なことだろうということはわかる。
それに、一概に全てがそうであるとは決して言えるはずもない。
異邦人の教諭がいるのに対して、自分がこうして学生の身分であるのと同じ。
それでも、言っておかなければ気が済まなかったが故に。
「何者かと何者かが文化的接続を果たしたなら。
……運ばれるのはものだけではないだろう。画一化されていくのもある話だ。
少なくとも一例はその好例をよく知っている。
それは、想像するまでもなくただの事実にほかならない」
「……違いが、ないはずがない」
面白くなさそうに、その言葉に冷水を浴びせた。
頭を下げられたとて、何をするでも言うでもない。
ただ、冷ややかな声色でそれだけ言って、半身を捻って青年の横を通り過ぎる。
日下部 理沙 > その言葉に、青年は少しだけムっとした。
いや、そんな立場にない事は分かっている。
最初に邪魔をしたのは自分だし、長身の彼が言う事も全く尤もだ。
画一化。それによって「本来あったはずのかけがえのない物」が「十把一絡げの同一化」をした例もきっとあるだろう。
これも教師からの受け売りでしかないが……そういった文化侵略によって失われた文化や芸術もきっと少なくない。
だが、しかし、それでも。
「それによって、言葉を交わして同じように会話できたりもするわけじゃないですか」
青年も、言っておかなければ気が済まなかった。
青年の知っている一例は……その恩恵に預かったところが大きいから。
無論、不利益も少なからず被った。
それでも、それで得た利益を無い事になんて絶対に出来ない。
冷水を掛けられても、それで「すいません」とへらへら笑えるほど、青年は大人ではなかった。
「何か……嫌な事でもあったんですか?」
迂遠な物言いだった。
そも、初対面の相手に言うようなことでもない。
それでも、言わずにいられなかった。
シュルヴェステル > 青年の主観からすれば、自分は被害者である。
《門》だのというわけのわからない超常によって齎された「未来」は。
一つの計画違いすらもなく正しく記録され、その通りをなぞるのみ。
「言葉を交わすことも、会話することもできなければ守られたものもある」
まさに売り言葉に買い言葉。
そう言い捨てれば、赤い瞳が長い前髪の間からちらと覗いた。
「善かったことなど、一つもない。
……失礼。無関係の相手にする話ではなかった」
スニーカーの底が、硬い博物館の床を踏む。
「貴君は、善いことがあったのだろうな」
感情の籠もった言葉を落としながら、目を細めて翼を見る。
人間らしくない外見の彼は、少なからず「言葉と会話」に救われたのだろう。
これ以上冷水を浴びせる必要もない。自分の頭ももう冷えた。
「……では。邪魔をした」
最初に通る邪魔をしたのは向こうで、時間を取らせたのは自分だ。
双方同じだけの邪魔一つずつ。これでトントンだろうと。
短い詫びの言葉を一つ残して、双翼を視界から外して足早に立ち去る。
青年は、彼のことを羨ましいと。素直に、そう思うほかなかった。
ご案内:「常世博物館」からシュルヴェステルさんが去りました。<補足:人間初心者の異邦人。人型。黒いキャップにパーカーのフードを被っている。学生服。>
日下部 理沙 > 「……」
善かったことなど、一つもない。
赤い瞳の彼の言葉に……青年は眉を顰めた。
重く、感情が籠った言葉だった。
推測する事しかできないが……それでも、それが「彼の大事な何かを奪い去った」ということだけは、それほど頭の巡りが良くない青年でもわかった。
青年も知らないわけではない。経験がないわけでもない。
なまじ、言葉が通じるばかりに被る『面倒』や『行き違い』だって、いくらでもある。
己の背にへばりついている翼がまさにその源泉だ。
この翼は『ついているだけ』だ。
ただの人間の背中にバカでかい翼が生えたからって飛べたりするわけじゃない。
初歩の物理学どころか、理科レベルの知識でだって十分わかることだ
……それでも、なまじ「異能」なんて言葉が通じるばかりに「飛べないの?」とか言われたりする。
そのせいで、別に覚えなくても良かったはずの飛行魔術を覚えることになった。
まぁ、意地を張っただけなので、それも含めて全て青年の自由意思で自責でしかないが……それでも、「こんなものなければ」と思わなかったことがないわけじゃない。
「……彼にとっての『それ』が、『これ』だったって事なんですかね」
展示品をみる。遅まきながらやっと気づいたその推測。
我ながら嫌になる。
やらかしてから気付く。
やらかしてから悔む。
いつかと何も変わってない。
あのベランダで『取りこぼした時』から、何も。
……いや、今更だ。
「俺の『復讐』は一段落ついたけど……彼の『復讐』は終わってないんですね」
自分勝手な物言いと解釈をする。
目前の展示品の数々が、きっとそうされたのと同じように。
……知ったことか、もうここには自分しかいない。
「……チッ」
舌打ちを一つ残して、青年もその場をあとにする。
先ほどの彼とは正反対の方向。順路から外れて堂々の逆走。
今度は翼をぶつけないように、身を縮こませながら。
眉間に深く刻まれた皺は……暫く消えることはなかった。
ご案内:「常世博物館」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>