2020/07/01 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」にヨキさんが現れました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒ジャケット、白カットソー、濃灰チノパン、焦茶革靴、黒革クラッチバッグ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」に幌川 最中さんが現れました。<補足:腰で風紀委員会の赤い上着をツナギのように結んでいる。人好きのする見目。>
ヨキ > 俗に言う、ドタキャンである。
こればっかりは、ヨキにもどうにもならないのである。
だがしかし、折角の座席とコース料理を無下にする訳にもいかない。
そこで新たな連れに選んだのが――風紀委員会の幌川最中である。
誘いのメッセージに曰く。
『幌川君。たまには美味い食事を満喫しないかね?
……というのは建前で、ヨキを助けると思って来てくれ』
歳の頃が近いこともあって、ヨキは幌川を気に入っていた。
そんな訳で、店の前で幌川を待っているヨキなのである。
彼が一体服装をしてくるやら、内心心待ちにしながら。
幌川 最中 > 幌川、裸一貫(文字通り)。
なんてことはなく。扶桑百貨店、11階展望レストラン「エンピレオ」。
そう。誰でも気軽に行けるような店でなく、ドレスコードまである。
ドレスコードって何? と、一回り年下の後輩に尋ねた結果。
「スイマセンスイマセン。遅くなりまして」
麻雀やっててそこから一日のスケジュールが全部滅んだとは言えない。
委員会の仕事の事情で、と誰でもわかる嘘一匙。
幌川は軽い調子で頭を下げた。
……白いタキシードに、薔薇の花束を添えて。
「深くは聞かんでください。
あと、これ選んだの俺じゃなくて2年の堤下なんで、あいつの責任です」
ヨキ > ヨキの目が点になる。
「……くっ。ぶふッ」
ぶふって言った。
「いやいや。こちらこそ呼び立てて悪かったな。
君がどんな服装で来るか楽しみにしておったもので……ッはっはっはっは!
堤下君か、してやられたな。
やはり君はアロハシャツの方が似合っておるのう。
その薔薇の花束は、どうだ、ここで気に入ったウェイトレスにでもプレゼントしてみては」
はあ、と息を吐く。笑いすぎて涙まで滲んでいる。
店の案内係に連れられて通されたのは、窓際の夜景が美しい二人席。
幌川の連れが女性であったなら、さぞ絵になっただろうというような。
幌川 最中 > 「…………」
あっ笑った。幌川の表情がスンとなる。
俺ですらなにもかもおかしいことわかってるのに。
俺だって笑うの我慢してたのに! 神妙な顔してたのに!
「いやあ、どうせ本庁で管を巻いてるだけですしね。
いよいよ追い出されるまで秒読みのとこだったんで、助かった」
ヨキの甘やかな言には「あんたが渡すほうが洒落てるでしょう」と笑う。
そんなことでもして噂を流されたらウェイトレスが可哀想すぎる。
「で、ここに本来座るのは誰の予定だったんで?」
30手前の男が二人。
無論、幌川もこの席に座って指輪を渡すような女性はいやしない。
だが、この席を取っていたヨキはどうだ、と、遠慮なく笑う。
ヨキ > 「いやはや失敬。
君が真面目な顔をしておるものだから、余計に可笑しくてな……。
管を巻きながらも後輩を育てるのが君だろう。
ふふ。あとで委員にヨキがどやされることがなければよいがな」
向かい合って座り、人心地つく。
整然と並べられたカトラリーはまるで儀式めいている。
「ふふ、女性だよ。
誕生日が近いというし、食事でもどうかと思ったんだがな。
斯様なレストランに誘うには、まだまだ付き合いが浅かったようだ」
肩を竦めて苦笑する。まるであまり堪えていなさそうな顔。
「そこで、話し相手に君でもどうかと思った。
こういう機会でなければこのような場で会うこともなし、普段なら出来ぬ話も出来ようと思ってな。
さて、酒でも頼もうか。何か希望はあるかね?」
幌川 最中 > 「じゃーあどういう顔してれば可笑しくなりませえーん?
ええ? 自分がどんな服も着こなせるからと? いやあ恐ろしい恐ろしい」
右と左に分けられた、銀色に輝くカトラリー。
案外こういう場は慣れていないものの、マナーに問題はないらしい。
「あのヨキ先生からの誘いを断れる女子がいるとは。
そいつ、多分大物になりますよ。今から予言しておきます。
名前教えといてもらっても? 知り合いになっておいて損ないな……」
ミーハーな話題には勢いよく食いつく。
食事も運ばれていなければ食前酒の注文すらもまだなのに、
もう既に満足げな表情を浮かべて笑った。
「……生中とか置いてないですよね?
アッハハハハ、おまかせで。エスコートはヨキ先生スペシャルコースで。
普段だと出来ない話ってのも難しいこと言いますなあ。
俺、普段出来ないような話の持ち合わせが全然ないの、ご存知で?」
ヨキ > 「普段の君を知っておる時点で手詰まりだな。
もし知らぬ者が今の君を見れば、あの方格好いい……お名前は……?
などという展開も期待出来たやも知れんがな」
入れ食い状態の最中の反応に、くつくつと笑って。
「それはプライバシーの問題でな。
ここで君に情報を流したとなれば、ヨキはますます嫌われてしまうよ。
どこぞで委員をやっている、ということだけは言っておこう」
学生主体で運営がなされているこの常世島である。
委員というだけでとてつもない数の女性が居ることは明白だ。
「ははは。それではヨキに任せてもらって……と、」
やってきた給仕に向けて、アルコールのメニューを示す。
「この……メ……ええと……マトュ……これで。」
発音を諦めた。どうやら異邦の果実酒であることだけは判る。
給仕が去ると、目を細めてにやりとした。
「よく知っておるとも。君はどこでもマイペースを崩さんからな。そこが好ましい。
だが酒やうまい肉に中てられて、ポロリと口を滑らすこともあるやも知れん……。
ふふ。そんなことでいちいち口を滑らせていては、風紀は務まらんか」
幌川 最中 > 「最近俺、手相占い覚えたんですよ」
神妙な顔をして、物憂げな溜息とともに視線を上げる。
そして、ヨキの手元にすら視線を向けることなく大真面目に。
「モテない男の妬み嫉みに気をつけないと死ぬ。
それはもう、どうもならんくらい、超死にますね。俺は分かる」
1から10まで私怨の籠もった恨みの言葉を携えてから、
目の前に置かれたメニューを目を細めながら順に追いかけていく。
カタカナが多くてわからない。後輩の申請する異能名くらいわからない。
噛みそうになる名前の異能名を付けている後輩たちは、舌のつくりから違うのかもしれない。
「ここの料理がそれほど美味かったらわかりませんなあ。
それに、委員会の生徒なんて独り言が多いことはよく知ってそうですけども。
人と一緒にいるときに独り言を言う癖はどこの委員も共通の特徴ですわ」
ハハハ、と豪快に笑う。
店内に穏やかなジャズピアノのメロディーが流れる。
これが男と女の睦言であればどれだけよかったろう。
硝子の向こう側を眺める。常世島の景色。遠くには規則正しい高速道路の灯。
ヨキ > 「……やばいな」
思わず自分の手のひらをじっと見てしまう。
相手が手相を見てさえいないことを余所に、真面目に考え込む。
「君が言うことだからな……それは心しないといかんな……」
こういうとき、ヨキは相手の話を物凄く信じる。
何しろ疑うことを知らないのだ。
だからといって、節制するということもまた知らないのだが。
程なくして、給仕がボトルを手に現れる。
名前のよくわからない酒は、白ワインに似ていた。
すっきりとした飲み口で、食べ始めに最適という。
「ふふ、ヨキも独り言は大変好むところであるが、対話の方がよほど好みでのう。
一般の教員は委員の仕事を知る由もないゆえに、君らの仕事には興味がある。
乾杯しよう。今夜は君に」
酒が注がれたグラスを手に取り、軽く掲げて笑う。
「して、近頃風紀の仕事はどうだ。新しい人員が増えて、さぞ仕事も増えたろう」
幌川 最中 > 「本当の本当に考えたほうがいい。
明日から行いを正して襟を正して口をもう少し軽くしないと、
……そう、転移荒野から、“来”ますからね」
常世島に伝わる、こう、……古の、何かが。
大振りなジェスチャとともにやはり真面目な顔でそう続ける。
騙せている相手は一生騙し続けるのが幌川という男なのである。
節制を知らないヨキに対して、遠慮を知らない幌川。どっちもどっちだった。
「乾杯」
飲み物が運ばれてきたかと思えばすぐにナプキンをふとももの上に二つ折りに。
人員の話を振られれば、「ああいや」と軽く笑った。
「俺よりも大変なのは事務やってくれてるコたちで。
もう会うたびに『奢れ』って言われて俺の財布は冬模様。そっちのが大変。
やっぱり人数が多いのはいいですよ。一人の背負わねばならん責が軽い。
そのくらいじゃあないと、仕事にゃあならんですし。
それに、仕事が多いのなんて俺が入ってからずっと変わりゃしませんよ」
風紀委員会。常世島において、警察の役割を果たす組織。
その全てが学生主体で行われているのだ。10年間変わらずずっと。
担当する生徒こそ変わっても、仕事の量はそう変わらない。誤差のようなもの。
肩を竦めてから、グラスを傾ける。
「これ、異邦酒って言うんでしたっけ?
いやあ、案外飲めるもんだな。どこも酒は変わらんのかもしらん」
ヨキ > 「…………!!」
ピシャアン。頭上にカミナリが落ちる。
その“騙し”が暴かれるのは、果たしていつのことやら。
そうして乾杯ののち、グラスをついと傾ける。
グラスのラベルには見たことのない果実の絵が描かれていたけれども、ワインと似て非なる味わいは軽やかに胃を刺激した。
「ふふ、それなら今日、君に馳走するのは正解だったな。
外から見れば、この島は『若者たちに責を負わせすぎる』と見えるらしい。
そうはならぬように、君や、君の後輩たちが頑張ってくれているというにな。
……大人だろうが、子どもだろうが。背負うに軽い社会などない。
ああ、君にはいつまでも風紀に居て欲しいと願ってしまうな。
その軽さと理知が、どれだけ周りの支えになっているか」
笑いながら、再び酒を一口。
「どこの世界でも、酒は不可欠なのだろうよ。
友とのひとときに華を添え、あるいは憂いを忘れさせてくれる酒というものが」
それから、間を置かずしてオードブルが運ばれてくる。
白身魚と野菜のソテー……なのだが、夏野菜が使われているということしか判らない。
魚の名前がこれまた聞き取れない。ヒュ……何とか。
幌川 最中 > 「アッハハハ……外から見りゃあ、そらなあ」
鼻を抜ける異邦酒の香り。
この島の外では味わうことのできない妙味。
清濁も異邦も入り交じる常世島でしか楽しむことのできない、大人の味。
「それなら、ありがたく子供はご相伴に預からせてもらっておこう。
いやあ、これいつまで通るか本当に。ハハハハ。
三十越えたら島の外から見たらどう見えるんだか、想像したくもない」
二十代だからこそギリギリのラインで長いモラトリアムを楽しんでいると言い張れる。
もとよりこの地球に住んでいた学生が三十も越えて学生を続けているとあらば、
きっと島の外から見ればどう思われるかなど想像は容易い。
「いやはや、俺はなんとも。
フラフラ遊んで留年生活続けるだけのただのダメな大人。
それに、人身御供にも見えるくらいには上の学生は働き者ですよ。
自分がそうしたくてしてる、なんて言って飯の一つも付き合ってもらえない」
首を小さく左右に振ってから、運ばれてくるオードブルに瞬く。
もうなにも聞き取れないことがわかったので、白身魚と野菜という認識にとどめた。
美味しければそれが何であっても味は変わらない。恰好をつけた諦めの姿勢。
「ほう、こら美味い。
いやー、異文化交流様々で。こんなの、本土じゃ食えんですからね」
大きめに切って白身魚を口の中に運ぶ。舌触りがいい。
魚を生かした、どちらかといえば淡白な味ではあるが素材がいい。
「背負うに軽い社会。……ううむ。
そらあ、確かにそうだ。吹けば飛ぶような社会は、そうありはしない。
まあ、俺の憂いはどちらかといえば『風紀の看板が重すぎる』くらいのものよ」
ヨキ > 「ヨキと君はそう変わらぬ歳のくせ、『教師』と『生徒』という壁で隔てられておるからのう。
本当なら気さくに肩を組み、酒を酌み交わし合っても不思議はないというに。
ふふ、何も言わせぬよ。君は何も、悠長に楽しんでいるばかりではない。
そんな大切な人材を、何も知らぬ者たちに侮らせてはならん。
外へ伝えることがヨキの仕事なら、外から君らを守るのもまたヨキの仕事よ」
運ばれてきた料理に、“いただきます”と行儀よく手を合わせる。
一口大に切って口へ――なるほど美味だ。
馴染みある地球の野菜と、見も知らぬ異邦の魚の調和。
口中で柔らかくとろけて、舌先に神経を集中しなくては通り過ぎてしまうような滋味が幾重にも。
「普段は食費だ時間だと、斯様にゆっくり味わうことはないからな。
明日からも仕事が頑張れると、単純ながらに元気も出る」
最中の言葉に、小さく笑って。
「看板が重すぎる、か。
確かに――『学園の風紀を正す』。その一文が、どれだけシンプルで居て難しいことか。
街の“広さ”に反して、風紀委員会は規模が限られている」
広さ。単純な面積の話ではない。
学生街。異邦人街。落第街――この街は、あまりにも広すぎる。
そんな会話の合間に運ばれてくる、澄んだスープ。
肉や数々の野菜から取られた出汁が、繊細に舌と胃へ染み渡る。
「だが君は、その看板の重さに負けるつもりも、負けるような人の育て方もしていないだろう?」
幌川 最中 > 「雇ってくれませんかね、学園。
俺もそろそろ教師陣より年上だったりするのなんとかしたいんすわ。
……でもこのまま雇われても生徒指導の先生とかいう超旧時代ワード。
いやあ~耐えられん。俺も美術教師目指しますかね」
熱すぎず、冷たすぎず。
恐らくこのテーブルの両名のスープの温度も違うのだろう。
ヨキの舌と幌川の舌で感じ方が違う、それぞれに合わせているという噂。
それならば、学生には厳しい高値のコースなのも当然だ、と思う。
「中間試験前は教師陣も大変って聞きますからなあ。
こないだも、もう飲めんもう飲めんって言いながら愚痴に付き合わされましたよ。
ほら、あの第四異能学の。どっちの大変なとこもやりたくない」
くい、と一杯を示すジェスチャ。
困ったように笑いながらも、やはり楽しかったのだろう。
酒が入れば、いつもよりも饒舌に舌が回る。唯一の武器を見せびらかすように。
「『風紀委員だからちゃんとしなきゃ』、なんてないと思うけどもね。
……いや~俺の反面教師っていうなら俺が悪い以外の何もんでもないですし。
どっからどこまでが学園か、なんて全員違うしやりたいことも違う。
みんな好きにやりゃいいと思うけどもそうはいかない。
まあ確かに、俺もあのコたちくらいの年齢のときはそうだったかもしらんなあ」
舌でぺろりと唇についたソースを舐め取る。
皿舐めていい? と冗談を挟んでから。
「育てているつもりでも、最後に戦うのは自分。
俺がそうしてたとしても、できるできないは本人次第。
逆説、俺がそう教えてなくてもできるやつはできる。……ハハ、これは怒られる言い回しだ」
グラスを傾け。
「俺はそんな看板、背負ってるつもりはないんでねえ。使いよう。
いやあ、10年も学園生活してたら怠惰になってしまって困ってしまうな」
少しも困っていなさそうに、笑う。
ヨキ > 「美術は食えんぞ。金を食うばかりでなかなか入って来ん。
そこで伊達を気取るのが、ヨキのせめてもの意地だがね。
生徒指導以外に何か得意なことはないのか?
それがあれば、生徒を教えるに足るやも知れんぞ。
ふふ、第四異能学か。とりわけ難儀なところだな。
そこで愚痴に付き合ってやるのが君の良いところさ。
試験は誰をも落としたくはないが、甘やかすことはしたくない。
何とも匙加減の難しいことだよ」
スープを味わいながら、酒を一口。酒気のためか、雰囲気は柔らかい。
言葉の選びこそ硬いが、声には友を前にしたかのような安堵がある。
「委員というのは、常世学園独自の顔だからな。
それゆえに気張ってしまう者も少なくはない。
委員を続けたとて卒業後の本土でキャリアに繋がる保証はないが、彼ら彼女らはどうしたってこの島が価値観の基準になる。
『好きにやればいい』が迷走することも、尺度に迷うことも、ある意味では致し方ないのやも」
皿を舐めていいか問われれば、どうぞ、と平然と笑う。
冗談であると判っているからこその軽さ。
「――ふ、ははは。ヨキは怒りはせんよ、他の教師ならいざ知らず。
ヨキはむしろ、君のその機転に感心するばかりでな。
怠惰というよりも、君は身のこなしが巧みだな。
重さを分散させ、負担を軽くする術だ」
続けて供される料理は、貝や水棲生物のフリット。
タコに似た触感が、軽い衣によく合う……果たしてどんな姿をしているやら。
「もしも君が早くに卒業していたら。
風紀や職務を抜きにして、『歳の近い話し相手が一人減る』というさみしさの方が勝つだろうな。
ふふ。生徒を引き止めるなど、教師にあるまじき言動だ」
幌川 最中 > 「麻雀……の胴元、かな……」
教師には本当に何の役にも立ちそうにない得意なことだった。
それ以外はない、と堂々を胸を張った。
少しの恥じらいもなく、少しの躊躇いもない。This is me.
「ま、最前線と裏方とじゃ感じ方も違うのやもしらん。
それなら俺は一生、理解はしてやれんでしょうな」
理解しないということを当然のように口にする。
わかりあえる、誰かの考えていることがわかる、なんて幻想は信じない。
理解しようとして足元を掬われるなぞ、たまったものではない。
軽やかというよりは、動くつもりのない大木が近い。天動説のごとく。
「責任を取りたくないんすよ、俺は。
自分一人分の責任しか取る気がないから、こうしてるだけ。
最初から自分一人の手の届く範囲以外に興味がないからこうしてる」
頬を幾らか赤らめたまま、酒気を帯びた息を吐く。
目を細めて、やや首を傾げながら――少しばかり挑戦的に。
フォークにフリットを突き刺したまま、くるくると宙で遊ばせる。
「みんな、優しいんですよ。
そう。ちゃんと他人に興味があるから、誰かを見て行動を変える。
誰かの行動に対して反論を持つ。誰かの行動に賛同する。
……俺は、俺に関係ないからどうだっていい。……アハハハ」
へらへらと笑ったまま、口の中にフォークを放り込む。
酒が回って、いよいよ周りを気にすることはやめたらしい。
フォークをくわえたまま、もごもごと咀嚼しながら喋り始める。
「安心していいですよ。死ぬ予定は当分先。
それに、卒業の予定も未だ目処は立たず。立っても、どうせ居座りますよ。
こんな島に慣れきったら、『外』でなんて暮らせるはずがない」
《大変容》を迎えて、変わってしまった世界の中で。
混沌を飲み込み、詰め込んだかのような超常の楽園に10年も暮らしていたら。
もう、常世以外では生きていけない。変わる世界で暮らせるはずなど、ない。
幌川は気安い調子で笑ってから、なんでもないように。
「死なないために、こんな島にいるんですから」
ヨキ > 「麻雀と酒か……。………………。ら、落第街で一攫千金かな……?」
顔の広いヨキでも、流石にそれらを教える教職の伝手はなかった。
気安さゆえに、落第街、なんて。委員の前で、ぽろりと口にしてしまう。
「時には無理解なくしては物事が進まないこともある。
大袈裟な遠慮と気遣いは、時に停滞のもとになる」
これはヨキの私見だがね、と。
多くは言わなかったが、異邦人ならではの経験がそこにあった。
「この学園の生徒は、みなどこかしら優しい。
だから君の『責任の取りたくなさ』も、どこかで良いように言い換えられる。
放任主義だとか、ドライだとか。
『こんなことを言うと叱られるかも知れませんが』などという枕詞も多いが――
ヨキは怒らぬ。君のように無責任とて、君が己自身のポリシーに従うならば。
少なくとも己の責任を取るつもりがある以上は、ヨキには変わらず君が好ましい」
それすらしなくなったときには判らないけれど、と。両手を広げてみせる。
眼差しと声は、最中に倣っていくらか緩さを帯びている。
「ふ。それは一安心だな。
……そうだ。外はあまりに目まぐるしく、日々常にその姿を変えてゆく。
『常世』とはよく言ったものだ。常に混沌。常に活況。そういう形の安らぎがある」
フリットが空になる頃、運ばれてくるのは肉とソースを絡めたパスタ。
コース料理らしいこじんまりとした皿ながら、コクのある香りが食欲をそそる。
グラスを片手に、にやりとして。
「そういえば、君の過去の話は聞いたことがなかったな。
『外』で死ぬような思いでも味わったか?」
幌川 最中 > 「やはり強硬策には強めの反対を……」
自分の進路ごと焼き払われてはたまらない、と言わんばかりに。
大真面目な表情で、ヨキの双眸をじっと見ていた。
まるで進路指導に乗ってもらう子供のように。
「本当は自分の責任も取りたくないですよ。そらね。
俺も同意見ですわ。この肉が何の肉かわからんのと同じで。
美味いと思って食えるなら、それが何の肉であっても構わんでしょう」
好ましい、と言われれば女になってください、と返した。
これが少し年上の色気のある豊満なバストの女性だったら、きっと。
ウェイトレスに預けた赤いバラの花束はきっとヨキのものになっていただろう。
「長いこといる場所じゃあないと思いますよ。
『外』がどうなっているか、恐ろしくて仕方ない。
それに甘い。優しさはときに毒だ。離れられんからこそ毒ですけども、」
と。瞬きを数度。
フォークでパスタを持ち上げてから、くるくると皿の中で巻きつつ。
問われた過去の話には、やはり笑いが返るのだ。
「いやあ、逆ですよ。逆。『外』に出れば、俺は三日の命です」
とっておきの秘密のワインを見せびらかすように。
子供のように笑ってから、内緒にしてくださいよ、と添え。
「異能……っちゅう程度じゃあねえですがね。
体質的に、老化がどうにも早くてね。ヤマカンの上手い副作用。
『この島の医療』があるから生き延びてるだけで、いつ死ぬかもわからない。
それに、それがあったとて治るもんでもなし。ほら、俺老け顔でしょう」
口の中にパスタも一緒に放り込んでから。
様々な思いもまとめて咀嚼して、まるっと一通り飲み込んで、
「特急券、握ってるんでね」
『はや和了り』。約束されたイチ抜け。
麻雀では喜ばれるそれも、人生に置き換えてみれば喜べたものじゃあない。
生まれたのとほぼ同時に『先端治療』のあるこの島へとやってきた男。
過去もなく、約束された終点だけが見え続けている男は楽しげに笑った。
ヨキ > 「そうだな……。あすこにはヨキの教え子も多いのでな」
真面目な顔には真面目に返す。
存在しないはずの街。けれど、そこには確かに自分の『教え子』たちがいる。
「美味いと思ったとしても――出所と美味さに罪悪感を感じてしまう者も居るのだろうな。
何の肉なのか、構わずにはいられないような。
今日誘った相手がそうと知れたのも、間際になってからのことだった」
それは余談だがね、と付け加えて。
女になってくださいと言われると、黙ってスマートフォンを取り出す。
以前、魔法で女になったときの写真をすっと見せる。
ヨキと変わらぬ顔立ちのまま女性となり、何とも持て余しそうな胸を二つ、寄せて上げている。
ウィンクと上目遣いがどうにも堂に入った自撮りである。
にこ、と笑って、スマートフォンを仕舞う。
「ヨキは最早、この島に骨を埋めるほかにない。
信念は元より――『外』で教鞭を執るには、些か価値観がズレすぎているようでな。
それなら開き直って、この島で君の言う『甘い毒』を振り撒いていた方がいい。
異邦人が『外』に出るには、まだまだ数十年は早いようだ」
パスタを口へ運ぶ。咀嚼する。最中の話に、その動きが止まる。
「…………。そうだったか」
無論、秘密だ。そう笑って。
「君はこの島に救われたか。ここに友が在ることを、島に感謝しなくてはならないな」
額を掻く。
「この怪異だらけの島で、いつ命を奪われるとも判らぬ仕事をして。
そうでなくとも限りある、とはな」
パスタを食べ終われば、肉料理。本土で名品として名高い牛肉のグリルだ。
ナイフとフォークを手に取り、ふっと微笑む。
「ヨキは君との時間を楽しむ。君もまた、そうしてくれ。
ヨキが君の力になれることは、あまりに少ないから」
幌川 最中 > 「そんなことを言い出したら、何も食えんでしょうに。
まあ、女子はそういうコも少なくないですもんなあ。
タピオカだのクレープだの、そういうのが安牌と学べてよかった」
もし。もし、明日から食用とされていない肉ばかりが並んだら。
もし。もし、明日《大変容》の再来で今日までの食肉種が滅んだら。
もし。もし、明日食べるものすらなくなって、誰かを食らわねばならなかったら。
その全てが、生を諦める理由として足りるのであれば異論はない。
その全てで、今日と変わらず呼吸をするために変化を必要とされたのなら。
無関心というのは、生存本能に最適化された人間の機序の一つなのかもしれない。
「…………。
いやあ~~。安い。安いよミスタヨッキ。
やすい。おっぱいってのは、高嶺の花じゃなけりゃ、……。
ミスタヨッキは男のことをわかっとらん……」
男のヨキに対して、ようやくいつものあだ名が顔を出し。
酔いが回って、顔を真っ赤にしながらあれやこれやと説明をする。
幌川の胸を持ち上げるジェスチャに、ふたつ隣のテーブルの女性が嫌そうな顔をした。
「それがいい。外になんて、出さなくていいんすわ。
出す理由がない。学園は俺みたいな留年生も『いてもいい』なんて言ってるんだから、
独り立ちなんて一生しなくたっていいってのに、ハーまったく」
メインディッシュの味は、もうアルコールでわかっていないかもしれない。
意図的に、わざとらしく普段よりも飲む速度が早かった。
「そういう免罪符」を用意して、ようやく舌を回すことができる。
「変わりませんて。全員生まれて全員死ぬ。
俺は少しも仲間外れじゃないし、それこそ個性の範囲内。
俺ほどこんなに楽しんで生きてるやつ、ミスタヨッキは何人思い当たる?
悩まずに、苦しまずに、酒飲んで麻雀打って後輩と戯れて」
もっもと勢いよく口に牛肉を放り込む。
柔らかい肉質に、僅かに感じる溶けるような甘やかさ。滲む肉汁。
「ほら、俺なら本庁の奥に洗牌の音と一緒に地縛霊になれそうでしょ。
生きてるも死んでるも、多分変わりゃしませんよ。俺はね」
にかっと笑って、ナイフをくるくると回した。
なんせここは、常世島であると言わんばかりに、得意げに。
ヨキ > 「異邦の戒律は何とも難しいものでな。
清貧で在れ、命を奪うなかれ。ヨキはそれらの信仰を軽んじることは出来ん」
つまり、今夜の約束を阻んだのは『信仰心』であったと。
相手がそのルールに従った以上、ヨキもそれに倣ったのだ。
「……………………。それは済まなかった……。
次に撮るときは、もう少し考えよう……」
“安いおっぱい”に対する真面目な説明ぶりに、つい頭を下げてしまった。
果たして、女性になるなどという経験に“次”なんてものがあるのかどうか。
何とも神妙に聞き入るあまり、女性の嫌そうな顔には気付けなかった。
「ヨキもまた、それを見越しては居るのだがな。
みな巣立っていく。この島を忘れてしまうかのような者も多い。
本当に住むべき場所へ帰れたとばかりに。
斯様に優しい『善き先生』が居るというになあ」
肉を食べ進める。
美味とアルコールが綯い交ぜになって、とろりとした眼差し。
「く、ふは。
安心したよ。君の言葉にヨキはいつも励まされてしまうな。
ああ、君ほど楽しみ――そして楽しみ方を知っている人間は、そう居ない。
君の“楽しみ方”が、時に不真面目と一蹴されようともな。
ヨキはだからこそ、君を貴重な人材と見ているのやも知れん。
ヨキもまた、美術室の地縛霊となれればいい。
およそ大往生で安らかに成仏、なんてことは出来そうにないから」
メインディッシュのあとには、さっぱりとした柑橘のシャーベットが供される。
すっきりとした甘味が口中の脂を落とし、満腹の胃にもするりと入る。
幌川 最中 > 「郷に入っては郷に従え、なんて諺が不適切だと言われ始めたのはいつだったか。
今やもう、恐ろしいくらいにごちゃごちゃしてますからなあ。
郷なんて言われ方は時代遅れだ」
婉曲的な肯定の言葉を示してから、軽やかに笑う。
きちんと冷えたガラスの器に手をつける。夏場にはこの温度がどうにも心地よい。
「俺たちが化けて出たら悪霊でしかない。常世島から追い出されるかもしらん。
『帰る場所』がなくなっちまえば、帰らないでいてくれるのか、とかね。
『善き先生』が必要なくなるのなら、『善い子』ばかりなんでしょうよ。
『悪い子』には『善き先生』が必要でも、『善い子』は自分で学んで巣立っていく」
先よりも、少しばかりシャーベットのように冷ややかな声色。
そして、どうとも取れるだろう曖昧な表情。
「『悪い子』ばかりなら、よかったものを」
肩を竦めてから、口の中でシャーベットを溶かす。
熱の入った語らいも、食事と同様にゆっくりと温度を下げていき。
「ほら、俺の適当が全部“ヨキ先生”のためと言ったら?」
冗談は冷えていた。
何も面白くないし、女生徒が言えば可愛げもあったろう。
どこからどう見たって、幌川最中は男で28歳の成人男性である。
「いやはや、ご馳走様です。
はー食った食った。忘年会毎年ここにならんかな……」
両手を合わせて、ヨキに軽く頭を下げた。
ヨキ > 「その手本のようなこの島だ。
ヨキは異邦人に寄り添ってきたつもりで居たが、いつの間にか“郷”に染まっていたのかもな」
氷菓を口へ。
酔いが醒めるかのような冷たさ。
「君の言うとおりだ。
ヨキは紛れもなく、この島に囚われた悪霊だとも。
悪霊は悪い子を好き好み、悪い子ほどヨキの傍に居てくれる。
まるで君のような、ね」
最中の冗談には、何てことのない風に笑みを深めて。
「さあ?
ヨキがいちばん好きなのは、『ヨキのため』だ。
そう言われるだけで、ない尻尾をぶんぶん振り回すさ」
小さく鼻を鳴らす。
それを気にしないほどには、幌川最中はヨキの教え子で、友で、貴重な話相手だった。
食べ終わったあとには、さて、と腹を擦って。
「気に入ってくれたようで何より。
ヨキも君に馳走をした甲斐があるというものだ」
テーブルの上に両手を載せて、で、と言葉を続ける。
「あの薔薇の花束、ヨキが貰っても?
誰ぞ他の女性へやるのは、どうにも惜しくなった」
幌川 最中 > 「この島にいる時間が増えれば増えるほど、
きっとその“郷”に身体が慣れていくんでしょうよ。
それこそ、最初は猛毒でも少しずつ飲み続ければそれは毒ではなくなる」
逆説、その少しの猛毒に馴染めなかったとしたら。
その猛毒で死んでしまったのならば、そこに人は残らない。
ある種、現状我々が「見えている」世界は生存バイアスの結果でしかないのかもしれない。
人知れず死に、人知れず朽ちる。
そういったものは、本当に「目につかない」からこそ表に上がらない。
それがたまに顔を覗かせているだけで、それは氷山の一角だ。
きっと、その顔を出す氷山の下にはいくつもの目につかなかった死が横たわっていよう。
「取り憑かれる! 助けてくださーい!!
悪霊に、かつて犬だった悪霊に取り憑かれまーーーす!」
冗談交じりにそう笑ってから、奇妙な距離感の相手を見る。
そして、その提案には気さくな笑みを浮かべ。
「赤いバラは、あんたのほうがよく似合う」
「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」。
そのどれもが、幌川最中からは程遠い。どうぞ、とジェスチャをしてから。
「花束一つで“エンピレオ”のフルコースなら、安いもんだ」
至高天に、常世の悪霊ふたり。冗談のような会合は、しめやかに幕を下ろした。
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」から幌川 最中さんが去りました。<補足:白いタキシードに、薔薇の花束を添えて。幌川最中、風紀委員会の後輩による対エンピレオ礼装。>
ヨキ > 「常世の毒に染まって、生き永らえて。
取り込んだ者たちを歓迎しながらに――
それでもなお、子どもたちの巣立ちを歓迎せずには居られない。
悪霊で教師とは、何とも難儀で素直でないものだ」
苦笑する。
知られることのない死。それを限りなく減らしたいと思うのがこのヨキだ。
生存を。そうでなければ、己の手の内における死を。
それで“善き先生”を名乗るのだから、外へ出られぬのも道理というもの。
「あははは! ヨキはしぶといぞ。取り憑かれたら最後だ!
身が惜しくば逃げるがいい、島の果てまで追いかけてやるがのう!」
明るく大笑い。
花束の求めが了承されると、嬉しげに微笑んで。
「有難う。
これしきのこと、ヨキにとっては安いものだ。
君からかけがえのない時間を貰ったからにはな」
受け取った薔薇の花束を、いかにも格好つけて高々と掲げて。
夜景を見下ろす高所から、あの光の中へ帰ろう。
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」からヨキさんが去りました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒ジャケット、白カットソー、濃灰チノパン、焦茶革靴、黒革クラッチバッグ、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>