2020/06/21 のログ
ご案内:「常世スタジアム」に戸田 燐さんが現れました。<補足:女子野球部のユニフォーム。(乱入歓迎)>
戸田 燐 >
私たち、常世学園女子野球部は。
常世スタジアムで、魂を競っていた。
今は5-1で大差の負けムード。
熱い時期の試合に体力的にもボロボロで。
六回表。
長年の宿敵……対戦相手、落儀園高校の攻撃が始まる。
みんなが俯いている。
今までの練習がまるで、全部無駄だったと悟ったかのように。
「カントク……」
こういう時に監督に縋ってしまう。
いつだって彼は私たちを鼓舞してくれた。
カントクは“その場にいる無関係の生徒を女子野球部の部員に仕立て上げる異能”を野放図に使う以外は最高の指導者。
全く、兄のバレー部コーチと合わせて洗脳異能だなんて。
しょうがないヒトなんだから。
カントク >
「いよいよ持って六回表でこの点差か……」
「だが、一番怖いのは俯いたまま守備に入ることだな」
カントクは私たち一人一人の目を見て話してくれる。
「チーズみたいに穴だらけのチームだが、美味しくいただかれるわけにはいかない」
「むしろ、熱くなれるところをラクエンの奴らに見せてやろうじゃないか」
そう言って円陣を組もう、と提案する。
「こっからが正念場だ!! 行くぞ!!」
戸田 燐 >
そうだ。
今までの練習を思い出せ。
今まで流した汗は。今まで流した涙は。
絶対に無駄じゃない。
「カントク、例え話が下手ね」
クスリ、と笑ってみんなで円陣を組み。
「トコガクーーーー!! ファイッオーーーーー!!」
声を張り上げた。
こんな絶望で壊れるほど、私たちは冷めてはいない。
ピッチャーは松田さん。二年の裁縫部、副部長。
疲労が大きいけど、彼女の緩急合わせたピッチングがなかったら…
私たちはコールド負けだってありえた。だから。
今は、信じる。
戸田 燐 >
相手バッターは今回は神宮寺琴音さんからだ。
鋼鉄の肩、と言われる強肩ピッチャーにして、
バッターとしても高いアベレージを誇る最強のライバル。
遊撃手……ショートの私はまだ体力が残ってる。
私が声を張り上げるんだ!! みんなの士気を、守るんだ!!
松田さんが投げた外角ギリギリを落ちる変化球。
それを神宮寺さんは……カットした。
あれに当てられる選手がいるのも驚くけど。
それ以上に……次は打つ、という殺気染みたものを感じて寒気を覚える。
「ナイピッチー!」
ナイスピッチング、と声を張る。
いける。まだいける。だから、私たちは大丈夫。
戸田 燐 >
次の投球。
神宮寺さんの長い髪が、キラリと煌いた。
悪夢のような快音と共に。
彼女が打った球はレフトとセンターの間を割った。
「二塁ッ!! 来る!!」
神宮寺さんは既に一塁を蹴っている。
センターが拾ったボールをセカンドに放る。
そのボールは寸分違わず二塁手に……間に合って、お願い!!
今まで諦めていった選手たちがいた。
もう勝てないからやめようって。
いつまでも女子野球にしがみついてても仕方ないって。
彼女たちにも伝えたい。
私たちは思い通り進めない夜を幾度だって乗り越えてきたって。
戸田 燐 >
神宮寺さんのヘッドスライディング!!
ラクエン女子……彼女たちも、必死なんだ!!
勝つために積み重ねてきて、今も勝つために努力をしている!!
その想いを、上回る!!
砂埃が舞う中を、審判が裁定を下す。
どっち!? どっちなの!?
『アウト!!』
観客から、歓声が上がった。
たった一回、アウトを取っただけ。
それでも、エースから勝ち取ったアウト。
私たちの心に希望の火が点る。
戸田 燐 >
それから、私たちの猛反撃が始まる。
守り、攻め、勝ち取る点。
それでも、足りない。
たった1点、届いてない!!
どんなに良い試合でも、どれだけ頑張っても!!
負けていたら今までと同じなのよ!!
九回裏。5-4。四番がヒットを打ち、ノーアウト一塁。
五番の私……戸田燐の打順。
終われないんだ!! あの日、そう空に叫んだ日と同じように!!
カントク >
「戸田」
燐の背中に声をかける。
六番の金子は消耗が激しい。とてもじゃないが出塁できる状況じゃない。
交代はいない。いつだってギリギリだった。
「気負うな、とはもう言えない……」
この場面で緊張しないほうが嘘だ。でも。
「でも、楽しんで来い」
野球は辛いだけじゃない。野球は……楽しいものだから。
そうじゃなかったら、今日まで辛いトレーニングを乗り越えられたわけがない。
九回裏。今日より熱い夏は、二度と訪れないかも知れない。
だから。
戸田 燐 >
「……わかってるって、カントク!」
笑顔でバットを持って行く。
私の最後の攻撃(ラスト・アタック)が始まる。
「行ってきます」
相手のピッチャーは神宮寺さん。
息は乱れている様子はない。
徹底的に走りこんで、体力をつけてきたんだ。
でも。それでも。私は。
負けたくない。
私が取ったフォームは、バント。
神宮寺さんの表情は強張った。
ライバルだった私を見限ったのかな……ふふ。
戸田 燐 >
ラクエンの守備が前に寄る。
予定調和の送りバント。
────だと思った?
相手が放った球を、すぐにバットの姿勢から戻して。
私は。
打った。
バスター。一回こっきりの奇襲攻撃。
これが通らなかったら、私にできることはもうない。
ちょうどレフトとショートの間にボールは転がる。
私は破れそうな心臓を宥めながら、走り出した。
戸田 燐 >
またいつか。
また今度。
その言葉に後に、都合よく勝ちが拾える幻想。
そんなものを私は!! 私たちは!! 求めない!!
出塁していた四番も走る!! 走る!!
私も一塁を蹴り、二塁を踏み抜く!!
脇目も振らず走ろう。
後悔だけは、しないように。
四番が本塁を踏み、私は────三塁を蹴ってさらに走った。
カントク >
「ラ、ランニングホームラン……いや」
スタジアムには。ダイアモンドがある。
それは時に泥濘に塗れ、時に砂埃に隠れ。
それでも、時に熱い意思に呼応して。姿を見せる。
「栄光の輝宝石(グロリアス・ダイアモンド)…!!」
泣くな。涙で目を滲ませるな。
最後の最後まで。覚えておかなければならない。
それが監督の責任なのだから。
戸田 燐 >
『バックホォォォォォォォム!!』
神宮寺さんが叫ぶ。
私は走る。
観客からの大歓声が、スタジアム一杯に広がっていく。
小さな心臓が破れそう。
でも、走らなきゃ。
約束が、あるから。
白球が飛んでくる。それでも。
本塁に、私は。頭から突っ込んだ。
戸田 燐 >
アンパイアが拳を振り上げる。
『セーフ!! ゲームセット!!』
勝った………の…?
六番の金子ちゃんが私に飛びついてきて、泣いていた。
「大げさだって……」
酸素が足りない。薄ぼんやりとした意識の中で私は思う。
どうして私は野球なんてしているのだろう、と。
異能による洗脳が解除され、ラクエン女子とトコガク女子…
まぁ、どっちも常世学園の女生徒で。
全員からカントクは袋叩きに合っていた。
『アンタはまた! 洗脳異能なんか使ってるんじゃないわよ!!』
『サイテー!! 普通に女子部員集めなさいって!!』
……あ、はい。
私は死んだ目で一部始終を眺めていることしかできなかった。
夏の風物詩を見終えた観客は満足げに帰っている。
今年の夏も、熱くなる。(私に関係のないところで)
ご案内:「常世スタジアム」から戸田 燐さんが去りました。<補足:女子野球部のユニフォーム。(乱入歓迎)>