2020/06/29 のログ
ご案内:「落第街大通り」にアルン=マコークさんが現れました。<補足:167cm58kg/金髪紅眼。細く靭やかな四肢に平凡な顔つき/悪を許さぬ光の勇者/後入り歓迎>
アルン=マコーク > 黄昏とよぶにはまだ明るい仲夏の夕まぐれ、西日を受けて黄金色に輝く髪の少年が、大通りの一角で掃き掃除をしている。
演劇の衣装であるような真紅のマントを着けたまま、唇を真一文字に結び、淡々と。

「おっと。人通りの邪魔にならないよう、気をつけなければ」

そんなことを呟きながら、掃き集めたゴミを、できる限り通りの端、人の通らないであろう角へと更に集めてゆく。
落第街の雰囲気から明らかに浮いた、小綺麗な格好をした少年に、好奇と侮蔑、敵意と嘲笑、多種多様な感情の入り混じった視線が向けられる。
因縁をつけてやろうとわざと身体をぶつけようとする者もいるが、背中に目でもついているかのごとくするりと避けられ、目を白黒とさせている。

アルン=マコーク > 「掃除かい。感心だねえ」

そんな少年――アルンに、通りがかった老婆が話しかける。

「ああ、どうもこんばんは」
「一人でやってるのかい?」

声をかけられて振り返ると、アルンは軽く会釈をした。
老婆はそれには応えず、質問を投げかける。
見たところ、何らかの組織だった行動ではない。
しかし、この落第街の大通りを、一人きりで掃除できるはずなどない。
お前の意図は何だ。
何を企んでいる。

大通りでアルンを観察していた周囲の人間たちが抱える疑問、それを代表するかのような問いかけだった。

「ええ。協力者はいません」

そんな意図を知ってか知らずか、アルンは笑顔でそれだけ答えた。
毒気を抜かれたような奇妙な間があって、それから老婆もつられたように笑い出した。

アルン=マコーク > 「ひっひ、そうかい。あんた、変わり者だねえ」
「異邦の出なもので」
「そうだろうねえ。どこかズレてる」
「よく言われます。しかし、勇者というのはそういうものですから」

べらべらと自分のことをよく喋る、と老婆は頭の片隅に書き留めた。
御しやすい。実力はともかく、取るに足らぬ。
そんな評価をおくびにも出さず、人の良さそうな表情の皺をさらに深め、世間話という体裁の情報収集を続行する。

「勇者! そいつはたまげたね。その勇者様が、どうしてこんなところで掃除をしているんだい」
「僕の故郷の言葉に、『荒れ畑はヤム畑』という言葉があって。えっと……こっちで言うと『割れ窓理論』でしたか。荒んだ環境では、そこに相応しいものが集ってくる、というような」

宙を睨むようにして、たどたどしく説明をしようとしているアルンに、演技の気配はない。
それじゃあ何か、このガキは。

「だから、まずは掃除をして、環境を整えようと思いまして」

本当に、ただ掃除をするためだけにここにいるのか?

アルン=マコーク > 「一人きりでかい」
「一人きりでです」

心の底からの呆れを、隠すことはできなかった。
そんな視線に、アルンは輝かんばかりの笑みで応える。
沈黙に耐えかねるように、老婆は言葉を継ぐ。

「そうかい、それは……でも、一人でこの通りを掃除するのは、無理じゃあないかい? ここの通りは広いし長い。路地も多いし、毎日汚れは積み重なっていく。あんたが一人で掃除しても、一日で元通りだ」

そして、喋りすぎたと舌打ちする。この脳天気なガキの相手は、妙にやりづらい。

「僕にできることはこれしかないですから……それにほら、」

アルンは竹箒でゴミ山の向こう側、ほんの一畳にも満たないようなスペースを指し示す。

「あそこ、少し綺麗でしょう。あれは昨日掃除したところなんです」

それは老婆にしてみれば、全体から見れば絶望的なまでの進捗であるとしか思えなかったが、金髪の少年は誇らしげに紅い瞳を輝かせた。

アルン=マコーク > 「そう、かい」

老婆はこの頭の弱そうな勇者様との対話を終わらせることに決めた。
これ以上聞き出せることはないだろう。
何らかの組織が背後にいる気配もない。
ただの頭のおかしな異邦人が、狂ったルールで動いているだけだ。

老婆は人好きのする笑みを消し、樹木のような無表情へと変わる。
変化した気配に、気付いたか気付かないのか、首を傾げるアルンの背後に、多数の人影。
明らかにカタギの者ではない、統制された暴力の気配を纏ったごろつき達。

「それじゃあ、本題に移るとしよう」

アルン=マコーク > 「本題?」
「一昨日の夜。雷を落としてこの辺りを壊して回ったのはあんたか?」
「はい。僕の神聖雷撃魔法ですね」

世間話といった空気ではない。屈強な男たちが7,8人。アルンの背後に立っている。
老婆の口調は固く、解答次第では実力行使も辞さないといった覚悟がある。
それなのに、アルンは先程までと同じ、どこかのんびりとした口調で肯定した。

「『悪』と戦っていました。彼が取るであろう回避行動、その予測される全てを潰すために、広域に雷撃を放つ必要があって」
「それで、ウチの者が怪我をしてね」

アルンを囲む男たちの中から一人、包帯で腕を吊った男がアルンの前に歩み出た。

「どう落とし前つけてくれるんだい」
「神聖治癒魔法」

アルンは眉を顰めた。

「おかしいな。怪我は治っているみたいだ」

アルン=マコーク > 老婆の言葉は完全に嘘というわけではない。
あの夜、流れ雷に撃たれた男の腕は、ひどい火傷を負っていた。
しかし、十分もしないうちに、その傷は冗談のように回復させられていた。
強力な回復の魔法によるものだ、という見立てだったが、まさか。

「あんたが、」
「ああ、そうです。周りの方で雷が当たってしまった人もいましたからね。治しておいたはずです。まだ後遺症が?」

家の扉の立て付けが悪いから直しておいた。
そんな気軽さで、重度の外傷を、目視もせずに完治させるようなことが、できるのだろうか?

「っざけんなてめェ!! てめェは、俺の腕をなんだと思って!!」
「おやめ」

包帯の男は、腕力だけで吊った包帯を引きちぎり、アルンに向けて飛びかかろうとして、老婆の一言で動きを止めた。

アルン=マコーク > 「よく、わかった。わかったよ。だが、怪我が治ったからいいってもんじゃない。治ったからと言って、傷つけたという事実は消えないんだからね」
「そうなんですか? それは……申し訳ない。どうお詫びをすれば」

困ったような表情でそう言ってのけるアルンに、老婆は唇を歪めて囁いた。

「目には目を。腕には腕を……腕一本、斬り落としてもらおうか」

その言葉に応じるように、激昂していた包帯の男に、無骨な鉈が手渡される。
腕一本を切断するのに、十分な刃渡りとは言い難い。
何度も叩きつけるようにして、ようやくバラすことができるか否か、といったところだろう。

「構うまいね?」
「わかりました」

淀みなくそう答えて、アルンは一歩前に出た。
攻撃に備え、老婆を守るよう、包帯の男が鉈を構える。

アルンはそんな男に目もくれず、老婆の目を見つめている。
左手を前に差し出し、右手をつい、と振る。
湿った音を立てて、アルンの腕が地面に落ちた。

アルン=マコーク > 息を飲む、音のない音を聞いた。
吹き出した血が、男の、老婆の靴を赤くまだらに染める。

「これをもって謝罪とさせていただきたい。済まなかった」

服ごと斬り落とされた左腕を、左手で拾い上げ、差し出してくるアルンを見て、男たちも、老婆も、自分の目を疑う。

「腕、は、生えて……」
「トリックだ! それは、お前の腕じゃないんだろう!」
「治しただけですよ。神聖治癒魔法で、こうやって」

再びの湿った衝突音。小さいはずの音が、こびりつくように耳に残る。
震える声での糾弾も、もう一度目の前で腕を落とす少年を見て、勢いを失った。
老婆は目を大きく見開き、大きく息を吸うと、アルンに向き直った。

「……謝罪を受け入れよう」
「ボス! こんなイカサマ野郎を、どうして」
「黙りな! お前は余計な口をきくんじゃないよ」

困惑と、怒り。
感情を抑えられない包帯の男を一喝し、老婆はアルンから腕を受け取った。

アルン=マコーク > 「だけど俺の腕はあいつに焼かれたんだ! 俺が、この手であの腕をぶった斬ってやらなきゃ」
「『治ったからと言って、傷つけたという事実は消えない』」

辺りはすっかり日が落ちて、暗くなっていた。
そんな中、少年の紅い瞳だけが爛々と輝いている。

「そちらの御老体はそう言った。僕に、まだ何か必要が?」
「いいや、十分だ。もう十分。ただ、目立つような真似は避けてもらいたいね」

老婆は首をしゃくって背後に控えていた男たちに合図を送り、今にも暴れだしそうな包帯の男を抑えさせる。

「善処します。しかし、僕は光の勇者。悪を許すわけにはいかない」
「……そうかい。それならそれは、その時だ。あんたとあたしらが、潰し合いにならないことを祈るよ」

下手のように見えたアルンが、一歩も譲らないと見て、老婆は説得を諦めた。
いずれ、この厄種は潰さなければならない。
十分な準備が必要だ。今は、何もかもが足りなすぎる。

アルン=マコーク > 老婆と、それに付き従い去っていく男たちを見送ると、アルンは落ちたままの腕をゴミ山に放ると、雷を放った。
聖なる雷はゴミもろともアルンの腕を灼き尽くし、僅かな灰だけがそこに残った。

「今日はあまり進まなかったな」

ぼそりとそう呟くと、竹箒を担いで学生寮の方へと向かう。

「でも……少しずつ、綺麗になっていく。今日もこの世界は少しだけ、良くなったかな」

左腕だけが半袖になったシャツのまま、少年は大通りを歩いていく。

ご案内:「落第街大通り」からアルン=マコークさんが去りました。<補足:167cm58kg/金髪紅眼。細く靭やかな四肢に平凡な顔つき/悪を許さぬ光の勇者/後入り歓迎>