2020/07/06 のログ
ご案内:「学生街 七夕飾りエリア」に簸川旭さんが現れました。<補足:黒髪痩躯の青年。制服姿>
簸川旭 > 学生街の一角、綺羅びやかな七夕飾りで埋め尽くされたエリア。明日に七夕を控えた夜。
およそ祝い事などには無縁であるかのような不景気な表情を常にしているような青年が、幾つもの短冊が風にさやぐ様を見つめていた。
「……七夕か」
遠くを見るような目で、一人ごちる。
その表情は、とても懐かしいものを見るようでもあり、そしてもう二度と手に入らぬ何かを嘆くかのようでもあり。
「前はろくに書いたこともなかったが……」
短冊から視線を外し、近くに置かれていた机に向かい、用意されていた短冊を手に取ると、これまたすでに用意されていた筆ペンで乱雑に文字を描く。
――『いつか世界が元に戻りますように』と。
書いた短冊を手に取り、青年はそれを笹竹に結びつける。
それは、青年が心の底から願うことであり、そして絶対に叶わない願いであるとも自覚しているものであった。
笹竹に短冊を結びつけた後に、自嘲気味に笑う。
「……そうだよな。七夕があるってことは……やはり、ここは、現実に違いないんだな」
簸川旭 > 青年の名は簸川旭。あの《大変容》以前の「地球」に生きた男である。
《大変容》が始まるとともに異能が発動し、氷の棺に閉ざされる形で深い眠りについた。
目が冷めた頃には全てが終わっており、彼の家族も友人も何もかもが、《大変容》に伴う災異でこの世を去っていた。
それだけではない。
旭が生きた時代にはあり得なかったはずの――異能、魔術、異世界の存在。
そんなものが世界に満ち溢れていたのである。架空の存在だと思っていたものが、《大変容》によって現実に出現したのだと聞かされた。
旭は家族や友人を失うとともに、自分が信じてきた「世界」さえも失ったのである。
「……ここが異世界だというのなら、どれほどよかったか」
かけられた短冊の一つに目をやる。異邦人の学生が書いたと思しき短冊で、『元の世界に帰れますように』と記されていた。
それを見て、悲しげに旭はまたつぶやく。
この時代にも「七夕」が生きている。
旭が生きた時代と同じ風習が根付いているのだ。
それはとてもなつかしく、嬉しいもの。つい、子供の頃以来書いたことのなかった短冊まで書いてしまうほどに。
だが、それと同時に。
どうしようもなく、今の「世界」が、自分の生きた「世界」の延長にあるのだとも気付かされた。
旭にとってはこの世界は異世界も同然だが――それでも、家族や友人は、明確に死しているのだ。
夢だと思いたくても出来はしない。それが悲しくてならなかった。
いっそのこと、完全な異世界に飛ばされたのだと信じるほうがいくらか心の慰めにもなった。
近くのベンチに腰掛け、空に輝く天の川を見上げる。
星は今もかつても変わらない――そうであってほしいと願う。
簸川旭 > 異邦人からしてみれば、贅沢な悩みかと思われるかもしれない。
自分は、ただ数十年の間眠り続けていただけである。世界を移動したわけでもない。
《大変容》があったとはいえ、故郷の日本では言葉も通じるし、自身の生きた時代の文化も生きている。
生きていこうと思えばいくらでも生きていけるのだ。
だが、それでも。自身が生きてきた世界の常識が全て打ち砕かれたということを認識するのは耐え難い。
他の人間がどうであれ、それで自身が救われるわけでもない。
異能も魔術も、異世界の存在も、全ては小説や漫画の世界での出来事でしかなかった。
それが現実に存在して、《大変容》をきっかけに世界の表舞台に出てきたなどと――
笑い話にもなりはしない。ただただ、ふざけるなと思うばかりであった。
やり場のない怒りや憎しみ、絶望を、目覚めたときはひたすらにわめきたてた。
しかしそれも、今は慣れた。誰を恨んでも仕方ないのである。
異能に目覚めた者も、異世界からやってきた者も、その多くは自分の意志でそうしたはずではないはずで。
誰も彼もが理不尽を享受し、この世界に生きているのだ。
旭のような境遇とて、珍しいものではないだろう。
「くそ……」
久しぶりに七夕を通じて過去を思い出してしまえば、ふつふつとやり場のない感情が去来する。
旭は悪態をつき、ベンチに座ったまま地を蹴る。
ご案内:「学生街 七夕飾りエリア」に四十九 ニ三さんが現れました。<補足:和服姿の扇子を持った赤髪の女性>
簸川旭 > 目覚めてから五年ほどが経った上、この常世島にいるのである。
異能使いや魔術師、異邦人や怪異などはもう見慣れていた。
されど、それらに慣れることはなかった。
超常の力を操る者たちや、魔導を極めた術を使う者たち、異世界から来た人間とは違うカタチを持つ者たち――
どれも恐ろしくてたまらない。
腹の底からの震えが来るほどに、それが異常だと思えてならない。
たとえもしこのまま日本に帰ったとしても、世界は変わってしまったままだ。
常世島でなくとも、異能や魔術、異邦人の影はある。
それらを目の当たりにすれば、どこにいようともまたこの恐れがやってくるだろう。
だから、この学園に入学したのだ。
変わってしまった世界でも必死に生きようとして、死した者たちの分までも生きようとして。
現実を受け入れ、異能も魔術も異邦人も普通のものだと思おうとし続けたのだ。
――ああ、だけど。駄目だった。
今も目の前の通りを歩く、異能を使って軽く空を飛んで見せる者が。
魔術を使い、自らの姿を变化させて遊ぶ者が。
おとぎ話の中でしかみたことのなかった、二足で歩く獣の姿が。
恐ろしくて、おぞましくてならないのだ。
四十九 ニ三 > テテン、テン、テン。
街の一角、学生街の七夕エリア。
夜空に願いを叶えるロマンチストたち。
緑の笹に短冊を掛けて、いざや願いよ後程天まで煙一本。
淀みの淵に気が沈む青年に、謎の効果音(きこえない可能性もある)と共に
笹をかき分け現れる赤髪の女。
ご丁寧に身長的アドバンテージをとるために、足場にダンボールまでセット用意周到。
テテン!段ボールの上でビシッ、と扇子を構えている。
「────はい!"笹"ときましたら、"天の川"と説きます!」
\その心は?/
「どちらもサラサラ流れるでしょーーーッ!!」
テテン!余りにも青年の雰囲気とは不釣り合い、もうそりゃもう180度真反対の明るい明るい声とさっむい噺が響いたとも。
ぴょいん、とダンボールから飛び降りるとてってってー、とベンチの前まで移動。
「なぁなぁ、今のどやった?どやった!?」
絶賛落ち込み中の青年に躊躇なく採点を求めに言ったぞ……!
簸川旭 > 思考に沈みつつ、通りを歩く学生や、綺羅びやかに靡く七夕飾りをぼんやりと眺めていたときである。
笹をかき分けるようにして、珍奇な何かが現れた。
「……ああ?」
と、思わずあからさまに不機嫌な、そして若干引いたかのような、困惑した声を上げてしまう。
現れたのは赤毛の女である。ダンボールを足場に扇子を構え、まさに一席小噺を打とうとするかのような有様。
彼女の溌剌とした声にさえ苛立ちを覚えてしまう。
何か洒落のようなものを言ったらしいのだが、沈んだ気持ちの旭にはそれを笑う気力などなかった。
「……どうって、いや何なんだよ……?」
ダンボールから飛び降りて、てててと音を鳴らすかのように女がこちらに近づいて来、よりにもよって今の噺の感想を尋ねてきた。
旭は明らかにやりづらそうな様子を見せ、面倒な女に絡まれたなという表情を見せる。
「悪いけど、全然笑えねえよ。ただの駄洒落みたいな……何だ、修行中の芸人か何かなのか、アンタ」
四十九 ニ三 >
「う"……っ!!」
そらそうよと言わんばかりの感想が飛んできた。
グサッ!と正論のナイフが胸に突き刺さり
がっくし、と肩を落とす落語家崩れ。
よよよ、と和服の袖を目元に当ててすすり泣く(?)
「いーん……!ごめんなぁ~……!なんや落ちこんどるみたいやから、ちょっと一発景気づけやと思ったんやけど……面白くないかぁ~……そうかぁ~……。」
しくしく。
何はともあれ、彼女は善意で行動したようだ。
落ち込む姿を、嘆く姿を笑顔にしたくて、文字通りその体を張った。
問題は非常に実力が追い付いていない事だが……。
「……それで、どーしたん?短冊でも落としたん?彼女に振られたん?」
ケロッ、と立ち直って小首を傾げた。
中々喜怒哀楽の激しい女のようだ。
隣、ええかー?と尋ねつつ、許可をされればそのまま隣に座る心算だ。
「短冊落としたっちゅー、落ち込み方じゃあらへんよねぇ。
学園中お祭り気分やのに、えらい人生ドン詰まり~って顔しとったし。
なんや、本当に自分大丈夫なん?あちき、エチケット袋にはなれるし、こーみえてセンセーやから、ドーン!と相談乗れるでぇ~!」
フフーン、と得意げに胸を張る。
とにかく明るく元気な声音だ。
自分まで暗くならないように、せめて彼の暗闇がちょっとでも立ち退くように
例え道化と誹られても、女は元気を振りまいていく。
簸川旭 > 「ええ……」
率直な感想をつい述べてしまったからか、赤毛の女は目の前で崩れ落ちすすり泣き――の真似さえし始める。
目の前で突然異様な劇場が開幕したことから、あるいは役者か何かなのかとも思い始める。
彼我のテンションの落差があまりに大きいため、旭はついていけていない様子であり。
旭にとってあらゆる異常が満ちたこの島だが、たとえ異能や魔術などを見せられなくても奇妙なものは見ることができるのだと実感する。
変に絡まれないようにと立ち去ろうともしたが、彼女が話し始めれば、上げかけていた腰を下ろす。
「……そうか。教師だったのか。にしたって、さっきのはどうかと思いますがね。落ち込んでいる人間にすることじゃない」
どうにも彼女は教師であり、ふさぎ込んでいた様子の自分を笑わせるために先程の噺を飛ばしたとのことらしい。
悪気もなさそうであり、心からの善意ではあるのだろう。それはよくわかった。
この往来でいきなりあのようなことをするのは尋常ではない。
隣に座ってもいいかと尋ねれば、好きにしろとばかりに肩を竦めた。
相手が教師と知れば、一応は口調は丁寧語に切り替わる。
「……別に、どうというわけでもないんですがね。今のこの世界なら珍しくもない悩みですよ。悩みとしては異邦人のそれと近いですかね……僕は「地球」人ですが」
異様に元気に振る舞う女を見て、変に苛立った言葉をかけるのも馬鹿らしくなったのか、見ず知らずの自分を笑わせようなどという旭では考えられない善意に多少なりとも絆されたのか。
フ、と皮肉めいた笑みを作ってみせる。
「聞いたってどうしようもない話ですよ、解決もできない。まあ、あれですよ……この今の世界が恐ろしいというんですかね」
ぽつりぽつりと語り始める。
「……僕は、《大変容》が起きる前の時代に生きてたんですよ」
四十九 ニ三 >
教師なのか。そう言われた途端かなり得意げな顔をしている。
所謂"ドヤ"顔と言う奴だ。
少なくとも彼女は彼女なりに、教師と言う職に誇りを持っていることが見て取てる。
隣に腰を下ろせば、ス、と背筋を伸ばした綺麗な座り方。
言動はともかく、正された居住まいは何処となく育ちの良さを感じさせる。
「う、うぅ~。そ、そんなにあかんかった?い、いやほらぁ~。
落ち込んでる顔ばっかしてると、なんか運気まで落ち込んでまうやん?
笑った方が、ええかなぁ~……って……ごめんなさい。」
しゅん。がっくし。アホ毛もしんなりしている。
なんやかんやそう言う所は素直らしい。
それもそうだ。飽く迄目的は笑わせる事であり、不快にさせる事ではない。
自分の行動が裏目に出たなら素直に謝る。
そう言う所はキッチリしてるらしい。
それはそれとして、なんやかんや話してくれるそうだ。
「(なんやぁ、素直やないなぁ~。)」
と、胸中独り言ち。決して口には出さない。
それこそ口に出したら速攻で帰られそうだからだ。
ふんふん、と相槌を打ちながら彼の話を聞いていった。
成る程、異邦人に近い問題。慣れない世界に困惑していると言う事か。
だが、彼は地球人だと自称する。
ん~?と不思議そうにニ三が首をかしげると、驚くべき言葉に目を丸くしてしまった。
「な、なぬっ!?そ、それってかなーり前やないの!?もしかして、その見た目で結構年上!?あちきより!?」
適当に見積もっても間違いなく自分より年上、おじいちゃん。
豆鉄砲どころか顔に鈍器を受けた面くらい顔。
まじまじと青年の姿を見ると、どう見ても若い……。
「えらい長生き……っちゅーわけでもなさそーやねぇ……?なんや、事情がおあり?」
少なくとも何かしらそう言う異能と言う雰囲気ではなさそうだ。
特別な事情と言うのは、此の学園にとって珍しい話ではない。
別世界の人間さえ入り乱れる、混沌の島なのだ。
人の事情こそ十人十色どころか百人千色まである。
そんな個人個人の事情に踏み込もうとすることこそ、途方も無い話だが
"教師"に"矜持"を持つ女。おずおずと、彼の悩みに触れようと言葉が踏み込む。
簸川旭 > 得意げになったり落ち込んだり忙しいことだ、と彼女を見る。
隣に女が座れば、スペースを開けるように少し身体をずらす。
もともとは旭は普通に暮らす人間だったのだ。あまり相手を落ち込ませていくのも気が引ける。
別にいいですよ、とフォローを入れて。
「まあ……実年齢としてはそうなるんだろうけど」
身の上を話し始めれば、彼女が驚きの声を上げる。
無理もない。《大変容》から数十年が経っているのだ。それ以前から生きているとなれば、老齢に入ってもおかしくはないはずである。
あまり人に話すことでもなかったため、相手の反応は新鮮だった。
正直思い出したい話ではない。それ故に落ち込んでいたのだ。だが、わざわざ身を張ってこちらを励まそうとした「お人好し」に、話してみようと思った。
たとえそれがこの世界への呪詛であったとしても、誰かに話さなければ耐えられそうになかった。ただただ、孤独のままになってしまう。
その点から言えば、この女の存在は救いだと言えるだろう。
「僕は《大変容》が起こる直前、高校生だったんですよ。まあ、普通に暮らしてましたね。で、《大変容》が起きた日――俺に、異能が目覚めたらしい。正直その瞬間の事も覚えてはないんですがね」
と、自嘲気味に言う。
「俺は氷の棺の中に閉じ込められて、そのまま眠りについて――目覚めたときには、全てが終わっていた。俺の家族も友人も誰もかもが死んでいて。まあ、浦島太郎ですよね。そして、世界を見渡してみれば、異能だの魔術だの異邦人だの……俺の生きた時代ではあり得なかったものがわんさかいた……で、今もそれに慣れていない」
そういう、珍しくもない話ですよ、と告げる。
四十九 ニ三 >
「お、お~……。」
此の学園に来て色んな人間の身の上話を聞いた。
異邦人と上手くいかない地球人。
地球に馴染めない異邦人。
或いはもっともっと、人間としてこまごまとした悩み。
しかしどうだろうか。確かにそう。
本人が言うには、異邦人と似たような悩みでは在る。
だが、同じ地球人としての身の上。その重い事実が、妙に生々しくて
すっかり先程の明るさを失っておろおろ、うろたえて居る。
言葉を、失っている。
「えっと、その、あんなあんな。……えっと、そら、辛かったなぁ……。」
子どもの頃に聞いてしまえば、浦島太郎の結末なんて首をかしげるものだ。
だが、今となって聞けば無常とも言えるものだろう。
時の流れは残酷とは言うが、その残酷さを一身に受けた被害者がありありといる。
掛ける言葉を失った。本当に月並み程度の言葉になってしまって、また自己嫌悪。
アホ毛もへこたれている。
「そ、そらねぇ。今でも《大変容》っちゅーんがおきてねぇ、びっくらしてる人いーっぱいおるよー?
きっと、あんさんと同じように慣れてへん人も……。」
凡その事は時間が解決するとは言う。
特に若い世代はその時代に生まれてきた。
例えこんな混沌とした世界でも、"慣れてしまう"のだ。
「あちきもけっこー慣れへんことも多いけどー……あーうー……あー!ちゃうちゃう!御託はやめやめ!」
ぶんぶん、と首を振ってキリッと相手を見据える。
だが、その表情はすぐに不安に塗り潰された。
「あんなあんな、あちきな。あんまりこーゆーの上手くいえへんねん。……だから、ストレートに聞いてまうから、不快にさせたらごめんな……?」
「君は……生きづらく感じて、その……思い詰めてるから、"死にたい"とか、考えてたりする……?」
おそるおそる、訪ねた。
そりゃもう精一杯の勇気で、訪ねた。
緊張でちょっと泣いちゃいそうだ。だって、こんなこと本当なら尋ねるべきではないのかもしれない。
けど、放っておいて本当に消えちゃったら、嫌だ。
自分のエゴに、自己嫌悪。
簸川旭 > 「……なんで先生が泣きそうになってるんです?」
旭の話を聞いて、先程の彼女の明るさが急速にみるみるうちにしぼんでいく。
こちらが気の毒になるほどだ。泣きたいのはこっちだというのに、調子が狂う。
そのせいか、思わず苦笑めいた笑いも浮かべてしまう。
旭の話は決して軽いものではない。故にこそ、彼女もおろおろとしてしまっている。
真面目に受け止めようとしている証なのだろう、と旭は思う。
珍奇な人物ではあるが、悪い人間ではない。普通、このような面倒な話をいきなりしかけられれば、困り、話をはぐらかそうとするものではないだろうか。
なにせ、解決方法などないのだから。
それでも、目の前の女は泣きそうな声色で、旭が「死」を望んでいるのではないか、などと心配すらしている。
成程、この人はまさに教師なのだな、と旭は心のなかでつぶやく。
「……まあ、死んで元の時代に戻れるなら……もしくは、あの世で皆と会えるなら、それもいいかもしれませんけどね」
そう言って、天を見上げる。
皆の魂はどこへ行ったのだろうか。この、神も悪魔も実在する世界で。
ともすれば、本当に天国も地獄も実在しているのかもしれないが――
「でも残念ながら、僕は天国も地獄も信じてないんですよ。きっと、この世界にはそれが実在するんだろうけど……だから、別に今は死にたいとは思いません。そりゃ、目覚めて色々聞いたときは死にたいとも思いましたよ」
笹の葉にかけた自分の短冊を手にとって、彼女に見せる。
「僕の願いは『世界が元に戻る事』です。どうやったって無理な願いですよ。もし過去に戻ったとしても、未来で《大変容》が起きたら何の意味もない。
いっそのこと死んでしまえばこれは全部夢で終わるんじゃないかと、いつも思います。でもね、やっぱり怖いですよ、死ぬのは。……だから今は死ぬつもりはありません。今の世界はクソみたいに生きづらいけど、希望も何も持ってはいないけど……不合理と不条理に負けて、逃げ出して、死ぬのは嫌だ。皆が突然現れた理不尽に死んだことを無駄にしたくない……と、そんな大層なことじゃないですが、思っています」
「だから、死にはしませんよ、今のところはね」
四十九 ニ三 >
「そ、そらぁ……ね……?悲しい話、やもん……。」
嬉しいに和み
憤りに怒り
哀に悲しみ。
楽に笑う。
正しく喜怒哀楽を教授し、表現する。
それが人間だと思っている。だから、だからそんな悲しい話。
"悲しそうにしてる君を見てると、とても悲しくなる"。
眼鏡を額に上げ、ごしごしと袖で強引に拭えばふるふる、と首を振った。
「…………。」
そりゃ、そうだろうさ。
聞いててなんだけど、そうだろうさ。
そう思ってしまう位に彼の言葉は腑に落ちてしまう。
余りにも変わり果ててしまった世界は、確かに自分がいた世界のはずなのに
余りにも慣れるには、"文字通り変わりすぎている"。
彼を支えるものは何もない。ただ一人
たった一人そこに立たされている。
死にたいと思って、当然だ。それでも必死に、泥土を這って生きている。
そんな彼を前にして泣いてどうする、四十九 ニ三。
その為には、何が必要なんだ?
自問自答の答えは、既に出ている。
グッ、とガッツポーズをとればにへーっと先程と同じように明るい笑みを浮かべた。
「な~る~ほど?成る程。確かに天国も地獄も、なんや天使様や悪魔様もおるような世界やもんねぇ~。
案外、天国なんてどこにもないんやろねぇ。」
楽園と呼べるような場所もただの異世界で、人間にとっては異質な世界かもしれない。
そう言うのを"現実"として突きつけてくるのが、此の世界だ。
うんうん、と頷けばずいっと上目遣いで顔を近づけてくる。
「なぁなぁ、"今の所"やなくてな!ずっと死んだらあかんと思うねんね?そら、君にとっては生きづらい場所かもしれへんけど……。」
「このままうだうだ泣きながら生きててもしゃーないと思うやんか!?だからな、だからな!」
両手を伸ばした。小さな両手で、彼の両手を握ろうとした。
触れることが叶うなら、陽だまりのような温かみを持った体温がお出迎え。
「センセーがな、面白い事いーっぱい教えたるわ!やっぱ人生、楽しくてナンボやろー?」
どれだけ暗がりの人生だろうと、悩めるというのであれば手を差し伸べる。
それはきっと、途方も無いほど大きな悩みかもしれない。
そんなものを一人で支えて切れる程、人間は出来てない。
だったら、それを支える人間だって必要だ。
人生、たまには逃避も必要だ。
そんな彼を支える人間に、たった一つでもいい逃げ場所になる。
それが、教師と言うものだ。
「"死んでみるのは、また今度や"!あちきな、四十九 ニ三(つるし ふみ)いいまんねん!君は?君は!?」
心は悲しいに泣きそうでも、自分まで泣いちゃダメ。
最初に在った時と同じように、ずっとずっと明るい笑顔と声で、彼の心に少しでも明るみの兆しを向けようと声を張り上げる。
簸川旭 > 目覚めた世界が異世界ならどれほど良かっただろう。
異邦人が聞けば怒りを発するかもしれない。だが、そう思うのだ。
自分の信じていた世界はまだどこか別にあって、家族も友人も皆その世界の中で生きているのだと思えるのだから。
だが、やはり、どこまでもこの世界は自分の世界の延長なのだ。自分の世界のはずなのに、終わらない阻害の中で生き続けている。
実のところ未練などない。異常としか思えない世界で生きるよりは、死ぬほうがマシなのかもしれない。
それでもなお、死ぬことは怖い。希望も何もないはずなのに、世界を呪詛しながら生き続けている――
「……」
手を握られた。暖かな手だ。このような手に触れたのはいつ以来だろうか。
幼き頃に、母に握られた手の温もり。
子供の頃に、思いを寄せ合っていた異性と握りあった手の温もり。
そういったものを思い出す。
「……全く。デカいことを言いすぎなんですよ。いったでしょうに、僕には希望なんてないんだと。何もかも失ったんですから」
一体彼女が自分に何をできるのか、と思う。
だが、絶望の世界の中で、こんな自分の話を真摯に聞いて、悲しんでくれる者でもある。
これまで、自分にはもてなかった考えだ。どこまでも自分の悲しみの中に沈んでいたのだから。
なるほど、これが教師というものなのかと旭は思う。彼女が責任を負うべきことではないはずなのに、生徒の支えになろうとしている。
「……まあ、そこまで言うならやってみてくださいよ。この何もか変わってしまった世界で、夢も希望もない男に楽しいことを教えて見せてください。
僕は今、何も笑えそうにない。この世界も何もかもが嫌いだ。……そんな僕を笑わせてみせてください――どうか」
相手の手を握る力が強くなる。
涙など遠に涸らしたと思っていたはずなのに、涙があふれる。とめどなく。
この世界にも変わらぬものはあったのだと、思えてしまったから。
今は亡き、母の笑顔を思い出す。無償の優しさを。
「……僕は簸川旭(ひのかわあきら)。……そこまでいうなら、まだもう少し生きてみますよ。先生が僕を笑わせてくれるというなら、少しは期待してみます」
涙を吹き、皮肉げな笑いをあえて作ってみせた。
四十九 ニ三 >
"いっそのこと死んでしまえばこれは全部夢で終わるんじゃないか"。
だとすると、きっとこれはとんでもない悪夢なんだろう。
覚めることない極上の現実(ゆめ)。
途方も無く夜の砂漠を歩き続ける永遠の徒労。
半端な希望を持たせることは、きっとそれは呪いなのかもしれないと思う。
それでも彼は、信じてくれた。手を、取ってくれた。
────自分でも大きすぎた事を言ったと思う。
今更になって、背筋にはい回る脂汗が酷く不愉快だ。
もし、彼を失望させてしまったら?
もし、結局彼に希望をもたせられなかったら?
彼を不用意にまた傷つけてしまうのが、怖い。
その原因になりかけている自分が、怖い。
口八丁で通じる世界に居た四十九にとって
それは途方も無いものだと、手を取ってわかってしまった。
果ての無い宵闇の地平線。
……逃げ出してしまいたい。こういう時に、落語家のままならきっと逃げられたんだろうに……。
「せやろぉ~?せんせーなぁ、こーみえて胸も結構あるんやでぇ~?
あんま下品に見えるのイヤやからサラシまいとっけどね!触ってみる?」
ナハハー!と、普段のペースが戻ってきたのかすっかりお調子者の笑顔で言ってのける。
そう、自分は"教師"だ。生徒でも…生徒で無かったとしても
目の前の"迷子"を見捨てれはしない。
「任しとき!せんせーお笑いならめっちゃいけるから!安心せえや!な!な!?」
笑顔の裏で、虚弱な自分が怯えてる。
それでも、もう言った以上切った這ったの大一番。
この席に座ったら、口八丁でも乗り切ってみせるのが落語のだいご味。
だから笑う、笑う。明るく照らす。自分の不安を全て打ち消して、彼の暗雲を晴らすために。
四十九 ニ三は勇者でも何でもない。一流にすらなれなかった落語家崩れ。
初手ですら、彼を笑わせれなかった二流も二流。
一般人もいい所の身心だ。
「旭クンなぁ~。へへへ~、任せときぃ~!あー、そやそや!せっかくやし、短冊にお願い事かいてこうね。あんなあんな」
「『旭クンが、楽しく過ごせるように』って書くのどう?って、早速神頼みかいな!」
バシッと決めたセルフツッコミ。
さぁさぁ、ご覧になって頂こう。
そんな四十九 ニ三。一世一代の十八番。
簸川旭、笑顔計画。手始めに天の川作戦なんて、悪戯っぽく笑ってみた。
彼の不安を安らげるように、握った手をぎゅっぎゅっ、て何度も何度も、握り返したりもする。
本当に不安なのは自分なのに。それを和らげようとしてるだけなのに。
いやな先生で、ごめんね。
胸中吐き出す、舞台裏。
簸川旭 > 何もかも変わってしまった世界で。
変わらない人の優しさに触れた。
何をどうされれば自分を救ってもらえるのかなどわからない。
何も信じておらず、何も希望を持っていたわけでもないはずなのに、優しい言葉を掛けられ、真摯に話を聞いてもらえれば、それだけで希望をもってしまいそうになる。
もし成功しなければ? もし嗤うことが出来なければ?
今はそんなことは考えられなかった。
ただ、この時代に目覚めて、少しでも生きる希望が芽生えたような気がしたのだ。
自身にとって、何もかもが虚構に思えるこの世界で、世界が変容する前と同じ手の温もりに触れられたのだから。
「僕は風紀に引っ張られたくないんでね。お断りしますよ」
快活な笑いが戻ってきた。
眠りにつく前ならば、思わず顔を赤くしてしまいそうな冗談も、今はどこか冷静に返してしまう。
まだ、心からの笑いには程遠い。やはり、心は冷えたままなのだ。
だが、目の前の、自分を笑わせようとする、楽しませようとする彼女の姿は好ましい。
彼女が心に抱えるプレッシャーも、今はただの「生徒」となった旭には感じ取ることは難しい。人のことを考える余裕など、今もないのだから。
「今日の洒落のセンスを見てると、あまり期待できませんが」
そう言って、皮肉めいた言葉をかける。
無理にでも笑みを作れば、いつか人は本当に笑えるのかもしれない。
とにかく明るく笑う彼女の姿を見れば、昔誰かがそんなことを言っていたのを思い出す。
故にこそ、虚無的であっても笑みを作って見せて。それでもまだ、笑顔には遠い。
「……まあ、さっきよりは面白いかもしれませんね」
セルフツッコミを行いながら、快活に笑う彼女の姿を見て、またそんなひねた言葉を返す。
どこか、この時間を楽しいと思える自分がいた。
そんな気分になったのは久しぶりだ。きっと、目覚めてからは初めてかもしれない。
流石に何度も手を握り返されると恥ずかしさもあり、顔を背けた。
「明日は七夕。まあ、そういうささやかな人並みの幸せぐらいは、祈ってのもいいのかもしれないな」
――こうして始まった一舞台。
人は皆、己の悩みや不安を心に秘めて生きている。
偽りを表して、それでも健気に明るく生きようとしているのだ。
そんな彼女が果たして、冷えた心の青年を笑わせることができるのか。
それとも諸共地獄へ堕ちるのか。
それはまだまだ、先の話で。
短冊を前にして、生徒と教師のときは過ぎていった。
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