2020/07/03 のログ
ご案内:「違反部活の拠点――とある孤児院」に神代理央さんが現れました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>
神代理央 > はてさて。療養明け最初の任務は、中々に厄介な代物だった。
あらゆる魔術、異能、その他諸々を駆使して安価に出来の悪い合成獣を造り出し、他の違反部活に販売している違反部活。
その悪質さと脅威度の高さから速やかに殲滅させる事が決定し、風紀委員会によって迅速な包囲、避難と降伏勧告が行われた。
周囲の住民は"概ね"退避完了しており、既に何時でも突入出来る状態。風紀委員会の精鋭達は、とうに準備を完了している。

それでも尚突入に至らない理由は二つ。
一つは、単純に敵の守りが固い事。物理的なバリケードから魔術による障壁まであらゆる防御策が講じられていること。
それ故に、火力に特化した己がこうして呼ばれているのだが。
もう一つは――敵の拠点地表部は孤児院となっており、人質代わりなのか未だ孤児達が敵拠点から解放されていない事にある。

「……包囲してから既に30分、か。敵に時間を与えたくは無いのだがな」

孤児院から少し離れた広場に展開した異形達。
他の風紀委員は包囲に取り掛かっているため、悲しい事に護衛らしい護衛は周囲にいない。何時もの事なのでもう慣れたが。
兎も角、未だに発せられない攻撃命令を待ちながら、溜息交じりに缶コーヒーを啜る。

【砂糖は人類の友。友を煮詰めた糖度3000倍(当社比)の佐藤珈琲】と長々銘打たれた缶コーヒー。少し甘過ぎなくも無いがそれがまた良い。

神代理央 > まあ、上層部の気持ちも理解は出来る。
何せ、落第街の住民とはいえ、子供。孤児。力無き者。彼等諸共違反組織を処理するというのは、実に見栄えが悪い。
色々と嗅ぎつけてくるマスコミもいるだろう。人権派だの国境なき何とかだのといった連中が現れる可能性もある。

「…それで、連中に脱出の準備を行う時間を与えているのだから救われぬ。連中が野に解き放たれれば、再び危険に晒されるのは我々であり、一般生徒だと言うのに」

忌々し気な舌打ち。
此の組織が製造している合成獣は、個体の戦闘力は高くないもののやたら数だけは多い事で有名。それと"子供程度の知能"を持っている事も、他の違反部活で現れた合成獣との交戦記録に残されている。

「……まあ、流石に突入する前衛の連中には同情を禁じ得ないが」

缶コーヒーを傾けながら、深々と溜息を吐き出す。
押し付けてしまえば良いのに。己に命令すれば良いのに、と思うのだ。
良心の呵責などこれっぽっちも感じない己に命じれば、事は済むというのに。

ご案内:「違反部活の拠点――とある孤児院」に幌川 最中さんが現れました。<補足:腰で風紀委員会の赤い上着をツナギのように結んでいる。人好きのする見目。>
幌川 最中 >  
風紀委員の仕事はやはり多岐に渡る。
こういう「汚れ仕事」や、「やりたくない仕事」というのは山程ある。
その上、誰かがやらなければいけない仕事であることは間違いない。

「……理央ちゃんさあ、信じてるものってある?
 神様とか、それ以外とか、まあなんだっていいけど」

最前線には似ても似つかない男が、理央の隣で呟く。
攻撃命令を出すのは、現場にいる当人たちでは決してない。そして、それはまだ出されていない。
風紀委員の上層部がゴーサインを出してから、ようやく暴力という手段を使うことになる。

「ここの孤児院、『かみさま』がいるんだってさ」

違反部活群に存在する、とある孤児院をじっと見やる。
子どもたちを救う偶像としての「誰か」がここにはいるらしい。
その『かみさま』は現状、人質の子供たちを救わなかった以上、「そういう」ことなのだろうが。

幌川は、理央を見て首を小さく傾げた。

神代理央 > 「何を言うかと思えば。ありますよ。私は私自身を一番信じています」

己の横に立つ年上の風紀委員。幌川最中。生徒指導課に席を置く、年上の同僚。
そんな彼が呟いた言葉に、甘ったるい缶コーヒーを流し込みながら答える。一体、何を言っているんだと言わんばかりの視線と共に。

「『かみさま』ですか。生憎無神論者なもので偶像を崇拝する気にはなれませんが。我々に天罰でも与えてくれるのならば、是非今からでも宗教地区に駆け込もうとは思いますがね」

他者が神を信じようが信じまいが、己には関係無い。
一度命令が下れば『かみさま』とやらの加護も空しく、孤児院に籠る子供達は己の放った砲火に焼き尽くされる。ただそれだけ。
首を傾げる幌川に、だからどうしたのだと言いたげな視線と共に淡々とした口調で言葉を返す。

幌川 最中 >  
「アハハハハそうだよねえ。
 俺理央ちゃんがそう言わなかったら病院連れ込むところだった」

肩を竦めながら、安っぽい缶コーヒーを飲みながら笑う。
目の前で何人が死ぬかもわからないのに、日和った調子で。
そして、続いたのはなんとも「らしくない」世間話だった。
慌ただしく交渉担当の風紀委員が拡声器を持ち、大声を上げている。
携帯端末で委員会本部と連絡を取る委員も忙しない。

「そうじゃなくてさ。この調査資料読んだ?
 ここにいるコたちの『かみさま』は、『地獄』からやってくるんだってさ。
 もし理央ちゃんが突入したらさ、理央ちゃん、神様になれるかもしれないぜ」

書類を挟まれたファイルを手渡してから、またコーヒーを傾け。
信仰の自由は、この常世島では強く認められている。
だから、誰が何を信じていようが、誰が何に祈ろうが許される。
どうやら、この違反部活のルーツは、《大変容》の前。
くだらない人間同士の紛争をしていた、中東と呼ばれた地域の新興宗教が由来らしい。

「理央ちゃんって、なんで風紀に入ったんだっけ?」

神代理央 >  
「…人を何だと思っているんですか?先輩って時々……いや、何時も結構失礼ですよね」

鉄火場に似付かわしくない世間話。雑談。
彼に向けられるジト目は、此処が風紀の本庁かと錯覚させる様な"いつもの"表情。
孤児達を助ける為に。立て籠もる違反組織の者達と交渉の手立てを繋ぐ為に。懸命に走り回り、行動する委員達の中で、此の場所だけは気味が悪い程の平穏が漂っていた。

「地獄から……?またけったいな宗教観もあったものですね。まあ、何を信じようが誰を信じようが、個人個人の勝手です。
どんなに神を信じたところで、救われる訳がない。それは、歴史が証明しているのですから」

手渡されたファイルをパラパラと眺めるが、興味を示した様子は無い。どのみち死ぬ可能性が高い者達の些細な宗教観など興味が無い、と言わんばかり。
寧ろ、祈る時間があるのなら生き残る為に行動するべきだろうとまで思う有様。

「決まっているじゃないですか。学園の治安を守り、人々を守る為です。社会の規律と法を。秩序を守る為です。それが何か?」

今更何を、と僅かに首を傾げながらも聞かれた事には素直に応えるのだろう。
幌川に対しては、特に悪感情があるわけではない。同僚から聞かれた事で有ればと言わんばかりに、淀みなく答えるのだろうか。

幌川 最中 >  
「理央ちゃんだって同じくらい失礼だろ。
 人を守るため。ああ、そうか。予防なのか、これ。納得」

ほらトントン、と言わんばかりに瞬きを数度。一人で納得して頷く。
いつも通りの視線には、少しだけ悲しげな表情で笑った。
風紀委員会としても、「全てを焼き払って解決」などは本来不本意なのだろう。
どうやら、いつもより今回は時間が少しばかり与えられているらしい。

「死は始まりにすぎないんだってさ。
 『生まれる』ために必要な儀式でしかないから、地獄から神様が迎えに来るって。
 多分これもさ、宗教側が環境に合わせてそういう物語に書き換わったんだろうなってさ。
 第四宗教史の講義、単位取るのはクソ難しいけど面白いからオススメ」

それこそ、カフェテラスや教室で行われていてもおかしくない会話。
じきに戦場になるだろう(どうやら交渉はうまく進んでいないらしい)地で男は言う。

「少年兵っていうのが、昔は流行ってたんだってさ。
 旧時代は「そういう」のを組織して、敵が殺すのに抵抗を持ってくれるように、って。
 その一瞬で少年側が大人を殺す、なんてのがあった時期が古い世界にはあるらしい。
 そういうのの名残みたいだね。この違反部活ってさ」

「そういう少年兵って、最初に何やらされるか、知ってる?」

神代理央 >  
「予防…まあ、そうですね。此処で彼等を逃がしては、今後考えられる生徒と風紀委員への損害は憂慮すべきものになりますから。
叩けるうちに、叩いておいた方が良いでしょう」

一瞬、考える様な素振りを見せるが、曖昧な笑みと共に彼に頷く。
確かに、この違反部活の逃亡を阻止する為の戦闘行動は予防足り得る。では、孤児たちを巻き込む事の意義は何か。幌川の言う様に、予防という言い訳が成り立つかも知れない。
しかし己にとっては、本当に孤児達の事など"どうでもいい"のだ。殺そうとも思わないが、救おうとも思わない。違反部活への攻撃の妨げになるなら、一緒に砲撃してしまおう、程度のもの。
それが他者には些か過激な発言、行為として捉えられている事を理解するが故の、曖昧な同意。

「死が始まりに過ぎないのなら、生は終わりなんでしょうかね。
彼等の宗教観では、始めの生物は最初から死んでいたとでも言うのでしょうか。面白い話だ。
宗教史、ですか。まあ、後期のシラバスを確認してみます。興味が無い訳では無いので」

へえ、と言わんばかりに相槌を打ちながらの会話。
死臭が漂う様な此の場所で、交わされる朴訥な日常会話。奔走する委員達も、怪訝そうな視線をちらちらと向けているだろうか。

「少年兵はコスパ良いですしね。というか、今でも島の外にはいるんじゃないですか、少年兵。彼等が最初にすること?さあ――」

「――自分の親でも殺すんじゃないですか?」

小さく肩を竦め、彼に視線を向けて、笑う。

幌川 最中 >  
「そういうときは都合よく『そうです』っつっときゃいいの!」

多少鈍い幌川にもその意図は伝わったらしく、
困ったような表情を浮かべながら、無理矢理理央の肩を組んだ。
つまるところの真意も少し、一端ばかりは指先で感じる。

「死んでるから、死ぬのも怖くないってね。
 この違反部活は『そうやって』子どもたちと接してきたんだろうし、
 きっと彼らからしても『そう』なのかもしれないよね。
 俺はそういう神様を信じてないから、全然わかんねえ話だけど。
 こういう話してくれるし、先生カワイイから。27歳彼氏なし。浮いた話なし」

コーヒーの缶を揺らしながら、ぼんやりと前線の距離が詰まっていくのを見る。
無理な突入はしないが、どうやら事態が少しだけ進んだらしい。
いい方向にか、悪い方向にかはここからでは知れないが。

「君のやってることは正しいよ、って丁寧に教え込むんだってさ」

全部がそうとは言えないけどね、と付け足してから軽く笑った。
笑えないこの場で、不謹慎極まりないのだが。

「今でも『島の外には』ってことは、
 理央ちゃんは『島の中』にはいないと思ってるのかい。
 どうなんだい理央ちゃん。理央ちゃん。理央ちゃん。……理央ちゃんって、ご両親は健在?」

後輩の挙げ足を平然と、干支で言えばひとまわりほど違う相手に。
しれっと、明日の天気を聞くように問いかけた。

「孤児院のコからしたら、親を全員奪われるようなもんだよなってさ。
 自分の親を殺されても、子どもたちは銃を持つようになったらしい」

神代理央 > 「…まさか先輩から処世術を教えられるとは…不覚です。今度麻雀してるとこ見つけたら刑事課に通報しておきますね。ラムレイ先輩に怒られれば良いんです」

肩を組まれれば、何なんですかと言わんばかりのジト目を向けるも振り払う事は無い。
相変わらず距離感の近い先輩だな、程度のもの。

「私にも理解出来ませんよ。死への恐怖が無い事は結構ですが、彼等が死してまで成し遂げようとしている事は余りに下らない。
…いや、下らない事だから、そういう『かみさま』を与えているんですかね。順序が逆なんでしょうか。
先輩はもう少し浮いた話を作って落ち着いて下さい。その27歳の先生とでも構いませんから」

突入部隊は、未だ子供達の解放を諦めてはいないらしい。
防御魔法の薄い場所を。突入出来る場所を、懸命に捜索している様子。それは、交渉担当達も同じ事。孤児院が完全に包囲されており、幾ら時間を稼いでも脱出は不可能だと訴えながら降伏を勧告する。

「いないと良いな、くらいには思っていますよ。直接相対した事はありませんが実際に戦うと面倒そうですし」

取られた揚げ足には、のしをつけて返礼を。
もう慣れたものだと言わんばかりの態度。

「健在ですよ。両親ともに健在でいるのは喜ばしい事です。
まあ、そうやって復讐心だのなんだのを焚き付けた方が、色々とやりやすいでしょうしね」

幌川 最中 >  
「俺からなんか言われんのそんな嫌……?
 ……レイチェルちゃん起こるとこえーからなあ!
 勉強代と思ってうまいこと勘弁してくんねえかなあ!」

肩を組んだまま、一息をついてから解放する。
趣味を没収されては困ってしまう。それは嫌だ。勘弁して欲しい。

「『下らなく』なかったら、理央ちゃんは理解しようとするもん?」

単純な、どうにも興味本位の質問だった。
視線の先では、『何らか』の理由と信念を持っている誰かが大声を上げている。
違反部活の信念・理念……なんてものは、十把一絡げに押し潰されるというのに。
書類上にそれを記されて、その報告書を掘り起こして読むような物好きも多くない。
『それ』を知る者は、こうして現場の最前線で『それ』に触れた者のみ。
きっと、この違反部活もそうなのだろう。じきに、それがあったことも忘れられる。

「それなら、『親を奪われる子供』の気持ちはわかんねえわけか。
 ううむ。これ、俺流の理央ちゃんへの説得なんだけどさ。
 『死人を出さないで』、この一件、上手いこと片付けてくれねえかなあっていう。
 っていうか俺がここにいる理由、それなんだけど。理央ちゃんの説得。
 委員会側はどうしても子供を傷つけたりはしたくないみたいだしね。被害はできるだけ抑えたい」

それで、と息継ぎをしながら笑う。

「理央ちゃんならできたりしない?
 適当に頼まれるんじゃ、理央ちゃん、頷いてはくれないでしょ」

神代理央 > 「冗談ですよ。麻雀してたら通報するのは流石に控えます。報告書上げるだけにしておきますから」

解放された肩や首をコキコキと鳴らしながら、呆れた様に笑う。
報告書は、結構真面目に書くつもりであった。

「どうでしょうね?結局は、自分の命を投げ出して迄成し遂げたい事など、或いは全て下らない事なのかもしれません。
まして、あの孤児院の子供達は結局のところ自分の意思で選択した道では無く、与えられたレールの上で死んでいこうとしている。其処にどんな大義や理由があっても、興味はありませんよ」

彼に合わせる様に視線を向けても、決してその視線に色が灯る事は無い。結局のところ、違反部活にどんな大義があれ。其処で死ぬ者達に信念があれ。
死ななければ成し遂げられない。或いは、成し遂げられないかも知れない事など、己にとってはどうでも良いのだ。

「そんな事だろうとは思っていました。被害がゼロ、という訳にはいかないかも知れませんが、あの建物を消し飛ばすよりは穏便に済ませる事も、まあ、出来なくはないかもしれません」

「でも、間違いなくあの孤児院ごと、籠る連中を吹き飛ばした方が犠牲もリソースも少なくて済むのです。それをせずに得られるものは、一体何なんでしょうか?」

己の深紅の瞳が、じっと彼を捉えて離さない。
ある程度の犠牲を是認した上で、子供達を助ける事は不可能ではない。しかし、其処まで風紀委員が 骨を折り、危険を犯してまで助ける価値が、あの孤児たちにあるのだろうか。
そう問いかける様な瞳が、静かに、しかし苛烈な焔を灯して、彼に向けられていた。

幌川 最中 >  
「真面目に仕事しなさい!!
 ……って冗談は置いといてね。
 俺が知りたいだけなんだけど、理央ちゃんの思う『下らなくないこと』ってどんな?」

“どうでもいい”。無関心。
大いにそれは自分が賛同する主義ではあるが、“どうでもいい”ならば。
なにもせずに放ったらかしておいて勝手に死ぬのを待つほうがラクだろう。
わざわざ出張って、相手の庭に踏み込む理由。

「あ、やっぱ? バレてたかあ~。
 まあ、俺がこんな現場に呼ばれる理由なんてそんくらいのもんよな」

そして、赤い瞳に視線を合わせて笑う。
理央がこうして質問をしてくるのは珍しいな、と胸中思いながら頷き。

「……理央ちゃんって、二級学生までちゃんと葬ってるって知らない?」

常世島関係物故者慰霊祭。
祭祀局を中心として、各種委員会や部活の協力の下、喪われてしまった
常世島・常世学園関係者のための「関係物故者慰霊祭」が毎年行われていること。
そんな物故者たちの慰霊のために、様々な宗教の祭式作法に則り、
あるいは「無宗教」形式にて、慰霊のための祭祀が数日に渡って行われる大きなイベント。

「犠牲も、リソースも。
 感情をエネルギーと捉えるのなら、よっぽど少なく済む。
 恨みも、憎しみも処理するのは面倒だし大変だし、“もとに戻す”のも面倒だ」

年上ぶりながら、そう言って笑う。
なにかを喪ったものの心のケア。それに伴う二次被害の増加。
そのどれもが、“面倒”であると幌川は言い切った。
燃えるような視線に対して、フラットで――平坦で、平等な冷ややかさを孕んだ視線。

「これは、『レールを壊す』仕事なんだよ、理央ちゃん。
 レールは、なにも全てを更地にしなくても壊してやれる。
 レールさえ壊しちゃえば、嫌でも自分の意思で考える『キッカケ』になるっしょ」

神代理央 > 「私にとって『下らなくないこと』ですか?それは偏に、私自身の選択に介在するモノ足り得るかどうか、ですかね。
先輩だって、明日の昼食を決める時に、何処かの国の大統領の発現など考慮しないでしょう。多くの人々は、隣の国で戦争がおきても、それが明日の仕事に影響が無ければ自然と忘れていく。
自分の生活。自分の選択。自己決定の材料足り得ぬ事は、極論全てどうでも良いのです。
だから、私は孤児達の事はどうでも良いですが、孤児達にとっては私の行動がどうでも良くは無い。不思議なものですね。私と孤児達の決定に介在するのは、中に籠る連中の決定だというのに」

ふあ、と眠たそうな欠伸。結局は、孤児達が生きようが死のうが己にとっての目的を果たせれば良い。だから、孤児達の事はどうでも良いし下らない。と、彼に告げる。
つまり、少年と孤児達の行動を決めるのは、拠点に立て籠もる違反部活生達。それが可笑しくはないかと、緩やかに唇を歪める。

「私の行動は中々賛同を得られませんから。先輩が出張ってきてるという事は、何かしらのストッパーなんじゃないかと流石に勘ぐりますよ。先輩が前線でアキレウス宜しく戦ってくれるならまだしも」

「……ええ、知っていますけど、それが何か?」

二級学生を葬っている事は、単純な知識として理解している。
それがどうかしたのかと、僅かに眉を上げて――

「感情をエネルギーとして捉える、ですか。興味深いご意見ですね。
しかし、感情は数字として捉える事が難しい。先輩の言う事も理解は出来ますよ?積もった恨みは、何れ実害となる。風紀委員会への憎悪が、新たな違反部活の萌芽となるかもしれない。
怒りや憎しみは、容易に数字に成り得る感情です。しかし、それでも」

向けられた平坦な視線。残酷なまでの平等さを灯したかの様な視線を見返す。

「彼等の為にレールを壊す労力を、何故我々が追わねばならないのですか?私達は彼等の親でもなければ、友人でも無い。
彼等の為に注ぐ労力は。私達自身の。共に戦う仲間の為に注がれるべきだ。孤児達を救うために、危険な突入任務を行わなければならなくなった時、それを先輩は待機する皆に強要するのですか?
『彼等のレールを壊す為に。自分の意思で考えるきっかけの為に。危険な目にあってこい』と、仲間に命じるのですか?」

幌川 最中 > 「なるほどなるほど。
 理央ちゃんは頭よくてこら大変そうだな……骨が折れる。
 理央ちゃんを言いくるめようと思ったら全身複雑骨折まで覚悟せにゃならなさそうだ」

冗談のように笑いながらも、その声音は至極真剣であり。
事実として、理央の言うことは正しいだろう。単純明快でわかりやすい。
神代理央という少年の主観的な感情を揺らせなければ、それはもう「どうでもいい」こと。
他人であるからして、「こういう」結論が出る以上は、このアプローチはもう終わりだ。

「ストッパーってわけじゃあねえけどな。
 だって、現に理央ちゃん止まってない時点でそれとはちょっと違う。
 ……ま、『現場仕事』に出ていくには丁度よくはあるからねえ。
 アキレウスほど戦えるとは言わんが、……言い得て妙ではあるな。理央ちゃんは勘がいい」

肩を竦めたところで、幌川の携帯電話に着信が入る。
困った表情を浮かべながら、「はい、はい」という相槌をいくつかしてから、
「仕事ですからね」とあっけらかんと笑い、通話を切る。そして、現場の風紀委員に対して。

「アーアー、突入。突入命令。
 子どもたちには手出しを極力しないこと。死者は極力出さないこと。
 それから――理央ちゃんも、ほれ」

幌川は、理央に防弾ベストを投げ渡した。
このご時世でも、大量生産品の風紀委員の文字の入ったベストは「現場仕事」には欠かせない。
理央のような異能を持たない者が「現場」に出るためには必要不可欠なもの。

「異能を使用せず、鎮圧せよ。
 ……『それ』を命じるのは、俺じゃなくてもっとずっと偉いやつだよ。
 俺も命じられる側。異能があろうがなかろうが、ここに立っている時点でその覚悟はできてるさ」

なぜ、我々がやらなければいけないかなんて単純明快で。
アイドルを準備するわけでもなく、誰が見てもわかる『パフォーマンス』のためには。

「――風紀委員、だからな」

幌川のような、無能力者すらも前線に立たせ。
圧倒的に不利であるにも関わらず、そのリスクを現場の人間が背負って立ち。
『旧世代』の警察のように振る舞うこと。
「ノリで」風紀委員会にいる面々ではなく、そこにいることに意味がある面々は。
――『彼等のレールを壊す為に。自分の意思で考えるきっかけの為に危険な目に遭う』ことを、躊躇わない。

神代理央 > 「全身複雑骨折なんて物騒過ぎませんか。というか、別に私も孤児達を皆殺しにしたい訳じゃありませんよ。その方が効率が良ければそうするだけで」

僅かに肩を竦めつつ、最中の言葉に声を重ねる。
仲間の被害を最小限に。最も犠牲の少ない方法で。それを己が実践しようとした場合、異能による大火力の砲撃が一番では無いかという結論に至っただけ。
ただ、それだけ。そして少ない犠牲の中に、孤児たちが含まれていないだけ。

「私とて、上からの命令で此処に来ているのです。私個人の判断で現場に出たりなどしませんよ。
…勘が良い?それはどういう――」

はて、と首を傾げた時。最中の携帯が鳴り響き何事かを話す彼の姿。漸く突入命令でも来たか。或いは、己に対しての命令か何かか。
其処まで思い至った時、どうにも嫌な予感が走る。己を現場に送り出すのは、基本的に風紀委員会でも落第街に対して厳しいスタンスの面々。所謂『過激派』と呼ばれる様な上層部の一部。
その面々が、最中に何かしらの指示を出すとは思えない。指示を与えるなら、直接己に来るはずだ。
ならば。今回の任務、管制室の権限を手に入れたのは――

「……本気で言っていますか?非効率的だ。異能を使わず鎮圧するなど、メリットが一切無い。
それが命令ならば従いましょう。突入命令そのものも、まあ理解は出来ます。しかし、それは無駄だ。不必要な犠牲を強いるものだ。リソースの無駄遣いだ」

投げ渡された防弾ベストを着込みながら、憮然とした表情で彼に言葉をぶつける。
異形達が掲げていた砲身は未だそのままではあるが、鳴り響いていた不吉な金属音は停止しているのだろう。

「…御立派な事です。だからこそ、私が力を振るっているというのに。
私が落第街の連中に容赦しないのは、先輩達の様な風紀委員を守る為だ。尊ぶべき精神の持ち主達が、1箱数千円の弾丸で命を奪われる事を防ぐ為だ。無辜の一般生徒に必要な人材を守るためだ。
私が守るのは、落第街の連中では無い。一般生徒であり、先輩方の様な同僚であり、学園のシステムそのものだというのに」

防弾ベストを装着し、腰にぶら下げていた拳銃を取り出して残弾を確認。そのまま腰のホルスターへと戻せば、近くにいた委員からアサルトライフルを受け取ってコッキングレバーを引く。
淡々と、突入の準備を整えながら彼に向けるのは、感情の籠らない独り言の様な。或いは、最中に共感しながらも同じ理想を抱けない事への呪詛の様な。そんな言葉なのだろう。

幌川 最中 > 「世の中、効率だけじゃあなんともならん感情ってのがなあ。
 未だに……《大変容》を迎えたこの時代でも、淘汰されきってないんだよ」

効率だけを見るのであれば、異邦人も、異能も、その全てを排除するほうがいい。
それでも、現状排除などしきれず、治外法権じみた常世島なんて島も存在し続けている。
この楽園は、《外》から見れば《モデル都市》だ。
《モデル都市》である以上、パフォーマンスとは切っても切れない関係性にあるが故に。

恐らく、幌川や理央の見えない場所で対立する派閥が議論を尽くしたのだろう。
その結果、理央を手駒として動かす『過激派』が、幌川を手駒に数える『穏健派』に譲歩したのだろう。
この譲歩は、きっと全ての風紀委員会の仕事で行われている。
目的こそ同じではあるが、手段が異なる人間たちが同じ仕事をしようとするならば、
どちらかがその方法論の中で妥協し、譲歩し、歩み寄らねばならない。
思惑はわからないが、今回の答えは『こう』だったのだろう。

「運が悪かったねえ、理央ちゃん。
 これは『無駄遣い』じゃなくて『適切な運用』って『上』が判断したわけだ。
 だから、ここで「子どもたちが死ぬ」よりも、「俺たちが死ぬ」ほうが安いってわけだ」

無論、死ねと言われているわけではない。100点を取れ、というだけの指示だ。
風紀委員である以上、幌川も訓練は受けている。当然、10年間。欠かさず。
分厚い特殊樹脂で造られた盾。それを担いでから、幌川は笑って前線へ歩いていく。
理央と同じようにホルスターに一度触れてから、上機嫌に。さも、やっと仕事ができると言わんばかりに。

「それなら、理央ちゃんの敵は本当は落第街にはいないのかもしらんな。
 学園のシステムは、俺たちを守らないっていう結論を出した。でも、理央ちゃんはそうじゃない。
 ……ここにいる全員が、理央ちゃんが守るべき人物であると同時に、誰にもこの場では守られない。
 俺たちは運がよかったのかもわからんな」

最前線では、幌川の担いだ特殊樹脂シールドと同じものを持った隊員が歩みを進める。
後方では、交渉役の委員が今も大声を上げている。そして、幌川は一度だけ理央の顔を見る。

「俺たち全員、殺さないでくれよ。理央ちゃん」

『穏健派』の手駒のひとつは、そう言ってから――走り出した。
『穏健派』は立てこもっている違反部活生と子どもたちを守る。理央は、『穏健派』の思想から風紀委員を守る。

防衛戦が、始まる。

神代理央 > 「…下らない。どんなに科学と文化が進歩しても、所詮人は変われないと言うのですか」

忌々し気な舌打ち。しかし、強く反論する事は無い。
彼の言葉は十分に理解出来、己もまた似た様な感想を持つが故に。
それを覆そうと努力しても――所詮、唯の少年に出来る事など、限られて"きた"のだから。

『穏健派』の言い分や行動理念も理解出来なくはない。
第一に、己が異形で孤児院を焼き払えば風紀委員会の評判は大きくマイナスになる事だろう。落第街のみならず、事件が表に出れば一般生徒からの評判も芳しいものが得られるとは思えない。
だからこその穏便な解決。或いは、過度な火力を行使しない突入。
理解は出来る。しかし、それで血を流すのは現場の風紀委員だ。上層部の政治的な判断で傷付くのは、己の同僚だ。

「下らない。本当に下らない!存在すら認められていない街で、戸籍すら無い孤児達を救う事に、風紀委員の命を捧げる等!
風紀委員を育成するコストも!支給する装備も!学園への……いや、人々を守るという想いそのものも!一人一人が得難い人材であるというのに!」

一人の風紀委員を現場に出すまでのコスト。何より、孤児達を救う為に命を惜しまない様な――彼の様な人材の損失より、有象無象の孤児達が大事なのだと。
それは、許しがたい事だった。効率より何より、彼等の想いを踏み躙る様なこの決定が、何より不愉快極まりないものであった。

「……私の敵は、多数派の利益を害する者。システムと秩序の敵。それだけです。先輩達の運が良かったかどうかは、私の射撃実習の点数を見てからにして欲しいですね」

異能を使うな、との指示であれば、彼等を守ると言っても己が用いる事が出来るのは通常火器と肉体強化の魔術くらい。共に突入しても、劇的な戦果を挙げることは難しい。彼等を守れる切り札とは成り得ない。

「勝手に死ぬ事など許しませんよ。先輩の机の上に、どれだけ始末書が溜まっていると思っているのです?
他の皆さんも同様ですよ。私のキャリアの為に――死ぬんじゃないぞ!この馬鹿者共!」

走り出した彼等の少し後ろから後に続き、己の貧弱な身体に魔術を付与。鍛え上げられた風紀委員達に続く疑似的な体力を手に入れれば、彼等の僅かに後方の瓦礫に飛び乗ってライフルを斉射。
突入する彼等を狙う敵を、的確とは言い難いまでも弾幕で牽制しながら打ち倒していくだろうか。
此方にヘイトが集まり、銃弾が集中しても気にする事は無い。何せ、落第街で得た此の魔術の防御力は折り紙付き。かの怪異の一撃すら耐えてみせたのだ。普通の銃弾など、多少痛いだけだ。

幌川 最中 > どんなに科学と文化が進歩しても、所詮人は変われないというのか。
……変われないよ、と、幌川は言うだろう。ただ、この騒乱の中でそれは口に出ない。
科学と文化が進歩しても、それを生み出すのが人間だったとしても。それを使うのは人間だ。
拳銃と同じ。科学も文化も、引き金を引く者がいなければ何の意味もない。
その引き金を引く者が変わらない限り、銃弾も、科学も、使われ方は変わらない。ほれこのように。
カキン、と銃弾を弾くわけでもなし、特殊樹脂がそれを受け止め、衝撃を盾を持つ生徒に伝える。
この使い方は、《大変容》の前から、少しだって変わっちゃいない。自分たちの腰に下げたそれ然り。

「存在しないからこそ、『気付く機会』を与えるから!
 こうして、波風を極力立てないように、誰もが『見ないふり』をできるようにするのが!
 ……『穏健派(おれたち)』の掲げる、『風紀』だもんでなあ!」

理央の掲げる『過激派』の正義のほうが、きっと正道たる正義なのだろう。
だが、幌川の掲げる『穏健派』の正義はこれまた違う邪道の正義だ。そのどちらもが、目標は同じなのに。

――こんなにも、遠い。同じ人間同士であるのに、こんなにも。

「『代わりはいくらでもいる』からなあ。始末書を書ける人員も、育てられる人員も」

応、と周りの委員から答えが返る。
理央の行いは、風紀委員内にも知る人は少なくない。だからこそ、こうして。
だからこそ――その理央が、こうして声を荒げて、自分たちと肩を並べていることが嬉しいと。
冗談交じりにそう言って、幌川をはじめとする彼らは理央に背中を預けた。
違う正義を掲げていても、同じ道を歩めるということが、彼らにとっては何よりも安堵する話で。

『穏健派』は、これを見越していたのかもしれない。
『過激派』も、予想がついた上で理央をよこしたのかもしれない。
――風紀委員会という委員会は、強固で、想像がつかないほどに、大きな組織だ。

「正面突破! 抑えた違反生は拘束!! 怪我一つさせるな!」

前線は徐々に押し上げられる。物量というのは、単純なる暴力である。
一人二人で抑えられないのであれば、十人で押さえ込めばいい。幌川もシールドバッシュの要領で進んでいく。
正面玄関が制圧される頃には、幸い大きな怪我など出ることなく、勢いのままに廊下に流れ込む。

「理央ちゃんバテてないな!?」

前線から、幌川の大声。

神代理央 > 過去の話。
父親に連れ添って参加したパーティで、若い武器商人の男が言った。
『異能や魔術が蔓延る世界でも、我々は変わらない。銃を売ろう、剣を売ろう、ナタを売ろう。鉄を封じられたなら、こん棒を売ろう。人が人を殺せる道具を幾らでも提供する。それが我々武器商人だよ』と。
世界平和などあり得ない。人は、皆違うからこそ人足り得る。そして、その違いを許容出来ないのもまた、ヒトなのだ。
だから世界は変わらない。御大層な異能や魔術の持ち主が現れようが、神や仏が顕現しようが、何も、変わらない。

「……ほんっとうに、下らない!見ないふりも、見ないようにすることも、社会が望んだ事だというのに!
貴方達の行いは、民衆に偽善の悦びを与えるだけだ!
『かわいそうだなあ』
『今日のお釣りは寄付しよう』
『募金活動をしよう』
『署名活動をして、彼等が幸せになれるように嘆願しよう』とな!
見たところで、聞いたところで!そこにリソースは割かれないし、割くべきではない!それが何故分からない!」

貧しい者が貧しい儘でいるから、多数派の社会は維持される。
全ての人間が平等な富を得る事などあり得ない。社会のルールとは"ルールが定められた時点で幸福な側"の為に存在し、それが多数派の。主派となる倫理と秩序を構成する。
落第街の住民を皆幸せにする事は出来ない。それでも、彼等は住民の為に駆けるというのだ。
理解出来ない思想。尊敬はすれど、その意見を認める訳にはいかない。だからこそ、彼等に死んで貰っては困るのだ。少なくとも、彼等の意見に理解が及ぶまでは、その身で示し続けて貰わねばならない。

「…代わりなどいるものか!そんな軟弱な思考だから始末書が減らぬのだ!孤児達を救うのだろう!此処の連中のレールを壊すのだろう!それに代わりがいるというなら、その程度の理想、私の砲火で焼き尽くすぞ!」

吠える。背中を預ける彼等に吠えて、叱咤する。
己に『風紀』を掲げたのだから、そんな情けない言葉は聞きたくない、と。

結果として『穏健派』と『過激派』も、同じ風紀委員会なのだ。思想を違え、理想が交差しても、それでも、頂くべき理想の根源は変わらない。

「誰がバテますか!寧ろ先輩こそ息が上がっているんじゃないんですか!年寄りは下がっていても良いんです…よ!」

押し上げられる前線を追いかける様に、長物を構えた己も後に続いて駆ける。撃ち尽くしたマガジンを放り投げ、リロードしている間に襲い来る敵には足元の瓦礫を蹴飛ばして対応する。
再装填されたライフルが再び火を噴く間に、小綺麗な制服は敵の銃弾によって既に穴だらけ。防御全振りで展開した儘の魔術は未だ耐えているが、己の息は次第に荒く、集中力も乱れ始めるだろうか。

幌川 最中 > 理央の慟哭に、幌川は笑う。
ひどいことをするものだ、と、笑うほかない。
わざわざ、他の穏健派の学生でもよかったろうに、幌川最中を呼び出した。
……言い得て妙ではある。理央ちゃんは勘がいい。

『幌川最中』が現場に喚ばれる理由は、それは、きっと。
この、『神代理央』という学生ただ一人のために、委員会が用意していた。
この仕事そのものが、最初から『そのため』にあったかのような。
幌川はくつくつと喉を鳴らしながら、廊下を駆ける。分こそは悪くないが博打だ。
これだから、『風紀委員会』はやめられない。この組織は、自分よりも博打を愛している。

『自分』を賭け金にする、ひどい胴元だ。離れられるわけがない。
幌川最中は、『だから』風紀委員会を愛している。

代わりはいない。――ああ、そうだ。代わりなどいない。
軟弱な思考。――ああ、そうだ。そうやって、言い訳をしている。
『反面教師』をわざわざ彼に充てがうとは、風紀委員会は本当におそろしい。

『違反生確保、クレアボヤンスが正しければ残りの違反生は恐らく3名。
 奥の部屋に人質とともに立てこもっていると考えられます。どうしましょう』
『そうですね……まず、交渉を試みます。こちらで最終交渉を』
『我々は武力の使用を望んでいません。この場において子供たちを解放した場合は、
 一種情状酌量が認められる可能性もあります。これは、司法取引です』
『風紀委員会から、違反部活生へと――』

そこまで言ったところで、乾いた拳銃の音が響いた。
誰も彼もが黙りきって、喇叭を吹き鳴らすように幌川は大声を上げる。

「突入ッ!!! 子供たちの保護を最優先!! 武力だけは使うなよ、絶対に、武力だけは――」

前線で、そんなやり取りが行われている隙に。
最後尾付近にいた理央の制服の裾を、小さい少女が引っ張る。
理央の背後には、人が人を殺せる道具を握った、まだ幼い少女がいた。

理央には、誰も気付かない。

誰も、見ていない。

切れ始める集中力の中を、意図的に狙ったかのような小さな刺客が。
理央は『それ』を売る者を知っていても、そんなことを知りもしない少女が握っていた。

神代理央 >  
結局の所、所詮は大人達の手の上、だったのだろう。
大人とは、風紀委員会を統括する上層部であり、穏健派であり、過激派であり、そして、この幌川最中という男。
落第街の孤児、という絶対的な弱者を前にして、恐らくそれでも砲火を振るったであろう己へのメッセージ。風紀委員の一つの形を示すモノ。
人々が真に親しみ憧れる。風紀委員の姿を己に知らしめる為の劇場。であれば、己は観客か役者か。
少なくとも眼前を走る幌川は、主演男優賞くらいは取れるかもしれない。腹立たしい限りだが。

そんな思考を巡らせながらも状況は進んでいく。
士気高揚する風紀委員達の圧力は、一人、また一人と違反生を無力化していく。危険な賭けではあったが、結果として最適解を導き出したということだろうか。
それすらも腹立たしい。何だか、彼等の言い分が。理想が。己の行動を全て否定している様にすら感じられる。己の理想は間違えているのだと、此の空間が叫んでいる様な――

「……交渉など。此処迄くればとっとと突入してしまっても構わないでしょうに。時間と労力の無駄でしょう」

ぜいぜい、と前線に追い付けば、最後の交渉に当たろうとしている真っ最中。今更彼等が交渉を聞き入れるだろうか。
元より、大分非合法な違反部活。それでも、彼我の戦力差を考慮すれば投降は有り得なくはない、のだが。

「……言わんこっちゃない。まあ、後ろは固めておくので精々頑張って――?」

くい、と裾が引っ張られる。
見下ろした視線の先の、幼い少女。幾つくらいだろうか。希よりも、少し小さいだろうか。随分と痩せている様にも見える。ちゃんと食事を取れていないのだろうか。
――その手に握られた物は、幼い少女でも英雄を殺し得る道具。旧世紀から、あらゆる悲劇の幕開けを描いてきた血濡れの絵筆。小さな、拳銃が一つ。それに気付いた時には、既に最中達に声をかけるタイミングを失っていた。

「…………っ…!」

ほんの一瞬。ほんの刹那、迷いが生まれた。それは、この少女を救えないかと思う様な気の迷い。
己に銃を向ける少女が恐らく落第街の住民。この組織の構成員。己に放たれた、刺客。であれば、殺しても問題は無い。正当防衛なら、流石に上層部も己を責めたりはしないだろう。
にも拘らず、救えないかと考えてしまった。それは、過ちだ。少女を救うデメリットが多過ぎる。少女を救う事に――リソースを割くべきではない。

そして響き渡る、一発の銃声。
どさり、と何かが倒れる様な音と、ぽた、ぽたと雫が零れる様な音は、周囲の騒音に掻き消えてしまっているだろうか。

「……フ、ン。この私を、殺そうというのなら、装甲師団を3個軍分は用意、しておけ。本当に、不愉快だ。敵にも、侮られるなんて、な――」

銃を構えた少女を抱き締め、腹を撃ち抜かれた一人の風紀委員が。
少女の手から拳銃を払いのけた後、何時もの様に尊大に。力無く、笑う。

幌川 最中 >  
だから、幌川も、理央も。
二人共「学生」でしかなく、「大人」なんかじゃない。
「大人」は、もっと強くて、もっと悪辣で、もっと狡賢くて、もっと―― 

「アンタが『見なかったふり』をしてもらえるかもしれない。
 ……今なら、まだ『なかったこと』になるかもしれない。今なら、取り返しがつく。
 幸い誰も死んでもいないし、何もしなくたって治る怪我だ。だから、投降を」

幌川が、前線で腰から下げた拳銃を砂の混じった床に放り捨てて。
靴先でそれを蹴飛ばしてから、盾さえも降ろす。両手を上げて、違反部活生に近づいていく。
ゆっくりと。生身の身体で、静かに距離を詰め。手に持ったわかりやすい武器を、違反生は握りしめる。
その手は震えている。であれば、と。幌川は距離をつめる。
「後ろ」は任せてしまったから、絶対に振り返ることはない。自分のやるべき仕事は「こっち」だ。

――

年の頃は10歳にかかるかかからないかほど。
背の低い少女は、首元で髪を縛ってこそはいるもののぼさぼさで、
満足いく暮らしなどできていないことが見ればわかる。きっと、好きな食べ物なんて聞かれても答えられない。
ただ、やるべきことは。……ただ、自分が何をやらなければいけないかということは、わかっている。
盲目的に、「こうしろ」と言われたことを繰り返している少女は、理央に押し付けた銃口から。
ひとやまいくらの銃弾でもって、風紀委員会の――狂犬、なんて呼ばれることもある少年に引き金を引いて。

「……ぁ、」

抱きしめられる瞬間。恐らく、こんな「愛」なんて知らなかったろう。
「死ぬ」ことでようやく「はじまる」はずの自分の人生は、始まっていない。
少しだけ、意識を逸らせばいいという仕事だったはずだ。なのに、なのに。逸らすどころか。

「……なんで……?」

理央の前で、膝をつく。本当だったら、彼に反撃されて自分は死んでいたはずなのに。
どうして息をしていて、どうして、なぜ、彼は、

「……わたしの、お兄ちゃんにはやさしくしてくれなかったのに、」

少女が絶叫する。少女が、先程の理央のように。大粒の涙を落としながら。

「わたしにだけ、……わたしだけ、どうして……!!!!」

きっと、過去にも「こういう」事例はあったのかもしれない。
きっと、同じように物語が紡がれたことはあったかもしれない。
それでも、この一瞬だけは。この慟哭は誰のものでもなく、少女のもので。

『見て見ぬ振り』ができない、正直者の少女の口からは、どうしようもない怒りだけが飛び出した。

――

前線では、仕事は最善最良の形で終止符を打っていた。
投降。自分たちは「子供たちの面倒を見ながら、風紀委員会の新設部隊」への加入で手打ち。
子供たちへの学生登録と生活場所の提供を誓い、誰一人。

誰一人、被害など出ていないはずだった。

「……理央ッッッッ!!」

理央が倒れたことを前線――幌川が知ったのは、この瞬間だった。
異能にも似た直感が、「まずい」と初めて告げた。間違ってから。間違えてから。
「だめになってから」でないと、気付けない。わかれない。使えない、終わったあとに聞こえる虫の知らせ。

少女へ向けて、思わず委員の一人が拳銃を向けてしまう。向けてしまった。
理央のように、「味方を守る」ためにこの場に立っている風紀委員会の学生が。

『発砲許可を……申請します。彼女は、神代委員を撃ちました』

神代理央 >  
己に銃を向けた少女は、本当に、何処にでもいる様な落第街の子供、といった風体。
みすぼらしく、汚らしく、飢えていて、生気が無い。己が尊ぶ『自己選択』を一度も行った事が無い様な少女。
そんな少女に、こうして見事に腹をぶち抜かれたのだから、ざまあないなと。自嘲する様に笑みが零れる。

それでも。抱き締めた細い少女の身体を離す事は無い。
締め上げる事も無い。殴り掛かる事も無い。突き放す事も無い。
ただ、とうに魔術の効力など掻き消えた身体で、少女を抱き締めていた。

「……そんなこと、知るものか」

言葉と共に、鮮血が零れる。苦い。鉄の味だ。甘いものが欲しい。

「貴様だけ、何故。というのなら、兄を救えなかった貴様自身を呪え」

「私を殺し損ねた事を憤れ」

「私は、また。貴様の兄を、姉を、弟を妹を、友達を殺す。だから」

「精々みっともなく足掻いて、生き延びて。私を殺すと良い」

憤る少女の瞳を見据えて、静かに笑って。とさり、と床に倒れ伏した。


――遠くで、声が聞こえる。
喧しい。俺は今、次に小金井に頼むスイーツのメニューを考えるのでいそがしいんだ。それに、ちょっと寒い。さわぐひまがあったら、毛布でももってこい。きがきかないな。
だからさわぐな。ふうきいいんが、たかがこれしきのことでさわぎたてるなぞ、みっともない――

「……発砲、は。許可、しない」

床に倒れ伏したまま。ぼんやりと瞳を開いて。
最中と、少女に銃を向ける仲間に視線を向ける。

「……子供達を、救った意味を、理解しろ。私に異能を使わせず、砲火を掻き消して、お前達が救った事実と、功績と、理想を、穢すな。
……私は眠いんだ。此れ以上騒ぐな。銃声一つ、響かせるのは、許さ、ない――」

そう言葉を締め括ると、ごぽり、と口から血を吐き出して。
ソレを忌々し気に眺めた後、静かに瞳を閉じた。

幌川 最中 > 恐らく現場の指揮をとっていた学生が、銃を向けた生徒の銃口に手を当てた。
無理矢理、引き金から指を外させてから力づくで銃を降ろさせ、銃口は地面に向く。

『発砲は許可しない。すぐに保健課に連絡を入れろ。
 それから、――止血処理だ。何のための異能だ。裏津!『結べ』!』
『は、はい。わかりました、すいません、理央さん……。
 ちょっと失礼しますね。許可は……後から取ります。勝手に治療、します』

異能治療。風紀委員会に所属する生徒が、限りなく軽傷で済む理由。
裏津という少女の異能は『結ぶ』異能。縁も、血管も、途切れたものを『結ぶ』だけの異能。
それを、理央の承知すら抜きで施す。ただの応急処置でしかないが、彼女も戦闘などできないが、前線にいる理由。
華奢で、しずかで、どちらかといえば嫋やかな淑女がこの風紀委員会の前線を張っている理由。

自分にできることを、全てやるため。

これは、この場にいる風紀委員の生徒全員の統一意思でもある。そして、理央も、そう。
たったの子供一人で、存在しない人間かもしれないけれど。いるはずのない人間を守るために、こうして血を流している。
その結果だけが静かに横たわっていて、それ以上も以下もない。少しも、ない。

幌川は、舌打ちを一度だけしてから声を上げる。

「撤収!! 担架もってこい、オールクリア! 目標達成!
 ……『誰一人、死んでない』!!! 当初の目標は達成してる! 帰投!」

こうして、風紀委員会の仕事は一旦、一段落の形を取る。
当初の風紀委員会の被害予測は、「幌川最中という一委員の重傷」である。
それがどうだ。結果は、蓋を開けてみれば「神代理央という個人が被害を負った」。こんな結果。

「誰も予想つかんだろ、こんなの……」

一先ずの指揮を終えた幌川が立ち尽くす。
予測も、何もかもが覆る。想像の外側から、脳を強く揺さぶられる感覚。
「そうなるはずだった」ものが、「ならなかった」。

揺さぶられたのは、現場の面々だけではない。
風紀委員会という大きな組織の中にも――この噂は、じわじわと広がっていくことだろう。

神代理央 > 騒ぐなと言ったのに。わいわいきゃあきゃあと喧しいものだ。
腹に穴が一つ空いただけで大袈裟な。特段死ぬ様な怪我でも無い。
ただ、ちょっとさむいから、はやく毛布でももってきてほしい。

「………うるさ、い。とにかく、にんむが終了したなら、幌川先輩、に、しまつしょをかたづけておくように、いっておいて、くれ。
それと、わたしの明日のにんむを、だれかおしえてくれ。すらむだったと、思うんだが、ちょっと、きつい…かもしれない、から。――まあ、みな、ごくろうだった。こういう仕事も、わるくは――」

その言葉は、誰に向けたものだったのか。止血を施す少女か。指揮を執る委員か。それとも、幌川最中に向けて、か。
意識を失う寸前まで偉そうに、尊大に。"何時もの様な"口調の儘、ゆっくりと意識を手放した。
幸い、治療の指示が迅速だった事。裏津と呼ばれた少女の異能が的確に、適切に機能した事もあり、多量の出血以外には大事に至らなかったのだろう。

結果として、今迄意識すらしていなかったモノを。『書類上存在しない』と切り捨てていた命を。己の身を傷付けて救った。救ってしまった。
その決断が過ちだったとは思わない。任務に参加していた委員全ての意思を、己も違えず守り抜いたのだから。
だからこそ、少女に向けられた銃口は止めねばならなかった。少女に銃弾が放たれれば、それはあのアキレウスの。最中への侮辱になってしまう。彼の、彼等の想いと行動に泥を塗る事になる。
自分の理想と信念が間違えているとは、決して思わない。それでも、彼等の信念を尊重するくらいはきっと。許される我儘だろう。



この一件は、『穏健派』と『過激派』双方にも漣の様な影響を及ぼす事になる。
『穏健派』は、その政治的判断によって風紀委員に重傷を負わせてしまった。恐れていたマスコミの対応に、今から苦慮する事になるのだろう。得意の政治的な駆け引きは、委員会内部へ発揮する余裕が無くなるかもしれない。
『過激派』は、穏健派に屈した結果、貴重な手駒を暫く利用出来なくなってしまった。まして、負傷した委員はよりにもよって神代理央。都合の良いスケープゴートが無辜の少女を救って負傷したとあっては、今後の行動に大いに頭を悩ませる事になるのだろう。

それらが複合し、絡み合えば。暫しの間、落第街には平穏が訪れるのだろうか。無論、摘発や手入れが無くなる、というわけではない。
細やかな幸せを享受する人々に向けられていた砲声が、少しの間止む。それくらいの、些細な平穏。
それを勝ち得たのはきっと。幌川最中という男の、行動の結果。

幌川 最中 >  
 
だがしかし。
これを『選んだ』のは――確かに、神代理央であった。
この事実だけは、絶対に変わることはない、……『真実』である。
 
 

ご案内:「違反部活の拠点――とある孤児院」から幌川 最中さんが去りました。<補足:腰で風紀委員会の赤い上着をツナギのように結んでいる。人好きのする見目。>
ご案内:「違反部活の拠点――とある孤児院」から神代理央さんが去りました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>