2020/06/26 のログ
ご案内:「転移荒野」に人見瞳さんが現れました。<補足:緋色の瞳に長髪の女子生徒。セーラー服にカーディガン、フードつきのジャケットという姿>
ご案内:「転移荒野」に山本 英治さんが現れました。<補足:風紀委員の腕章/長銃/防塵防砂対怪異戦装備(待ち合わせ済)>
人見瞳 > 転移荒野には、過去の転移の余波で生まれた大小無数の穴が開いている。
落とし穴くらいのサイズのものから、クレーターみたいな大きなものまでさまざまだ。
そこに雨水がたまり、地下の水脈とつながって湖になる。
やがて草木が生い茂り、鳥や小さな生き物たちが集まってくる。
転移荒野にはそんな風にして、不自然に生まれた自然が広がっている。
そんな中でも最大の「転移湖」のほとりに私は立っていた。
『ほんとにいるのかなー?』
「それを確かめに来たんでしょ」
私の頭上、偵察用ドローンが唸りをあげて駆け抜けていく。
『常世島に潜む謎の首長龍《とっしー》……か。ふざけた名前だ』
ヘッドセットから別の私の声がした。
やっぱり気になるのかな。常世島が誇る謎のUMAとっしー。
未知の存在と接触するかもしれない時は、かならず複数人でモニタリングを。
というかそもそも、よい子は転移荒野に近づいてはいけません。
なぜならとっても危ないから。
お姉さんとの約束だ!
人見瞳 > ドローンの行方を目で追っていると、唐突に別の私から通信が舞い込む。
すべての私に同時発信できるオープンチャンネルの入電だった。
『どなたか、転移荒野の近くにいませんか!?』
『うわぉ! 何何どうしたの?』
『今ならひとり現地にいるが』
「………とっしーより大切なこと?」
『たぶん、はい。「お客様」がいらっしゃいました』
私たちのあいだに緊張が走る。
異界からの客人。
本来であれば、決してこの世界に現れるはずのないものたちだ。
彼らにとってもこちらは異世界。
転移直後は混乱の極致にあって、ひどく怯えていたりもする。
私たちの常識や善意が、そのままに通じると思ってはいけない。
文化も価値観も、そもそも種族からして違う存在がこの荒野には現れるのだから。
『Valut 3に熱源反応アリだ。近くだな』
「うん。私に任せて」
『単独行動は推奨されませんが……大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃないけど、装備は揃ってるから。みんなもモニターしてくれるでしょ?」
『ん~~~~? どうしよっかな~~?』
『ふざけている場合か!!』
『わかってるってば。このままドローン回しちゃうねぇ』
観測機器を背負いなおして、地図アプリを頼りにVault 3へと歩きだす。
人見瞳 > Vault 3。
《ブルーブック》が転移荒野のあちこちに設けた避難所のひとつ。
この世界に飛ばされた人々のために開かれた、最初の文明のともしび。
小さなシェルターの中には、快適に寝泊まりができる施設が備えられている。
水や食糧の備蓄があるほか、テレビに本に雑誌に漫画に……と至れり尽くせりだ。
そこは招かれざる客人のための場所。
誰が来てもいい様に門戸が開かれているのだけれど―――。
「中の様子はわかる?」
『すこしお待ちを。映像出しますね』
ビデオチャットの画面のひとつが監視カメラの映像に切り替わる。
不鮮明な映像に目が慣れてくると、滅茶苦茶に荒らされた様子が見てとれた。
『NANIGOTO!!?』
『これは酷いな………お客の姿は映っていないのか?』
シェルターの中で竜巻が発生したみたいな惨状に私たちが言葉を失う。
監視カメラの映像が巻き戻されて、シェルターが異変に襲われた前後へとさしかかる。
『……………なにこれ…?』
人見瞳 > 監視カメラに写っていた「お客様」。その姿は異様そのもの。
遠目に見えるシルエットは人型に近く、けれどそれだけ。
顔のような部位は大きく縦に裂けて、棘のように鋭い乱杭歯が無数に突き出ている。
青みがかった肌は分厚い筋肉の鎧で覆われ、虚ろに濁った瞳は深海魚のそれに似ていた。
副腕のひとつが大きなテーブルを軽々と持ち上げ、壁に投げつける様子が映りこんでいて。
『わー!! 絶対ヤバいやつじゃん!!!!』
『あっ、奥の部屋にいました!』
『封鎖しろ! 今すぐにだ!! 僕は風紀に一報を入れる!』
「うーん…行きたくないなぁ……」
映像が切り替わり、奥まった部屋に閉じ込められた「何か」の姿が映し出される。
怒りにかられて猛り狂い、異世界の言葉のような何かを叫んで壁面を乱打している。
『ジェット機が突入しても傷ひとつつかない特殊合金だ。破られる心配はない、が……』
『接触は避けて、風紀の皆様にお任せした方がよろしいのではなくて?』
『かもねえ』
Vault 3の建物に近づくと、鐘を突くような、銅鑼を打ち鳴らすような異様な物音がしていた。
「こわっ。誰か来るまで外から見張ってる感じでいい……?」
『さんせーさんせー大さんせー!!』
『……………ん、待て……おい、あいつはどこにいった?』
山本 英治 >
なんだかんだで最近、転移荒野にいることが多い。
防塵防砂対怪異戦装備も装着に慣れて。
今はジープに乗って転移荒野を見て回っている。
昨日は帰りが遅くなった。
転移荒野に舞い降りた金色の龍、ヒメを襲ったロリコン疑惑が長引いたからだ。
疲れが残るほどではないが、精神的にはもう帰りたい。
その時。
「うん……?」
通報だ。どうやら怪異らしい。
生活委員会共々、現場に急行せよ、か。
「じゃあ行くしかねぇよなぁ…」
今日も帰りは遅くなるかもな、とひとりごちながらジープを走らせた。
人見瞳 > 『嘘……シェルター内部のどこにもいません!』
『えー? 封鎖したじゃーん。貸してみ貸してみ??……あーほんとだ。消えちゃったみたい』
監視カメラの映像が目まぐるしく切り替わる。
そのどこにも映っていない。あんなに大きな存在が。煙のように消え失せてしまった。
「待って。諦め早くない? ちゃんと探した…?」
『脱走されたのでないとすると……サーモグラフィーに切り替えてみろ』
『光学的に透明になってるってこと?』
監視カメラが室内の熱分布を色づけして可視化する。
私たちが手分けをして複数台同時にチェックして、それでも異常な点が見つからない。
『マズいぞ。中にはもう……いないのか…?』
『壁をすり抜けちゃうマンだったとか』
「…………はー……見てこなきゃダメかな……」
『ふぁいとー!』
さっきまでの大騒ぎが嘘みたいに静まり返ったVault 3。
対BC装備に身を固めて、気密性を確かめてからぽっかりと空いた入口へと踏み込む。
異邦人を歓迎する映像を流していた液晶パネルが真っ二つになっていた。
照明も設備も破壊され、真っ暗になった空間をライトの明かりだけで進んでいく。
自分自身の吐息と鼓動と、調度品の残骸を踏みしめる音だけが大きく聞こえる。
―――そして、封鎖したばかりのドアの前へとたどり着く。
山本 英治 >
さっきから聞こえる通信機が慌ただしい。
通報者は人見瞳。ヒトミ・ヒトミ……確か、偏在する女学生として有名だ。
分裂して。活動して。合併して。同期して。分離して。
そんなことを繰り返している、とか。
ブルーブックという異邦人関係の組織に所属しているとか。
俺も遠目に見たことがある。
二人組(一人だけど)の可愛い女の子だった。
「それで、人見瞳はなんだってこんな僻地に?」
通信機から返答はなかった。
誰も知らないのだ。
行ってみればわかる、か。
アクセルを強く踏み込んだ。
人見瞳 > 『どうでした? やっぱりもういませんか……?』
「わからない。けど……」
平和的なコンタクトはもう望めない気がする。
こんなにもはっきりと攻撃性を示す「お客様」は滅多にいないから。
『開けてみるか?』
「……………開けたくないんだけど!!」
『そのまま誰かが来るのを待つ方法もありますけど……』
『僕らではなく、別の犠牲者が出る可能性がある』
私が口にした言葉にびくりと身体が反応する。
そう、風紀の人が対処すれば別の誰かが傷つくだけ。
もしかしたら、たったひとつの生命まで失くしてしまうかもしれない。
―――それだけは許せない。絶対にあってはいけないことだ。
「開けてみて。ちょっとずつね。何かあったらすぐ閉めて。いい?」
『りょーかーい! 気をつけてね』
銀行の金庫室みたいに、ドアを固定していた杭が遠隔操作で引き抜かれる。
たくさんの私が固唾をのんで見守る前で、少しずつ少しずつドアが開いていく。
人見瞳 > そして異変は、隔壁の隙間が人間の頭ひとつ分くらいまで開いた瞬間に。
闇の奥から大きな手が突き出され、隔壁に爪を立てる。
『わーーー!! やっぱいるじゃーーん!』
『馬鹿な! 完全な熱光学迷彩だと!?』
「いいから閉めて!!! 早く!」
油圧式の動力が作動して、大きな手のひらごと圧し潰す勢いで封鎖を始める。
扉の向こうからさらに二つ三つと手が突き出され、四つ目で拮抗する。
「………………ぁ、あ………!」
青い肌がぐんぐんと盛り上がる。機械の軋む音がする。
ガコン、と何かが外れた音がして、隔壁が一気に開け放たれる。
気付けばどこかの壁面に吹き飛ばされ、視界に極彩色の星が乱れ飛んでいて。
生暖かい血潮が前髪を濡らし、どろどろと額から滴り落ちていた。
「―――――――………」
山本 英治 >
連絡の通りなら。
怪物だ。怪物が女の子を襲っているとしよう。
どうするべきか………考えるまでもない!!
『それなら、「目の前で人を殺しそうな相手で、殺しでもしないと止められない」相手がいたら。
もしみんなが警ら中で、それを見かけることがあったとしたら、みんなはどう判断する?』
幌川先輩のあの日の言葉が頭の中に浮かぶ。
俺の答えは、もう決まっている!!
NPC > 「ピザの配達でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!!」
山本 英治 >
ギリギリで制動をかけ、ブレーキをかけた。
飛び降り、シェルターの中へダッシュ。
人が倒れている。
人見瞳と思われる少女の元へ。
「大丈夫か!? 今、人を呼ぶ! 死ぬな、人見瞳!!」
抱き起こして、意識の確認をする。
人見瞳 > 全身の細胞が悲鳴をあげて、経験したことのない痛みを訴えていた。
喉の奥からこみ上げた血の塊が器官をふさいで激しく咳き込み、更なる痛みに襲われる。
「ごほごほっ……!!」
『やっば!! まだ生きてる? 聞こえてるー?』
流れ落ちてきた血液が目に入り、視界が塞がれてしまう。
ガンガンと耳鳴りがして、身じろぎさえもできないまま誰かの声を聞いた。
遠のいていく意識をつなぎとめ、頭蓋の中を乱れ飛ぶ声に集中する。
それは、その声はあの客人のものではなく―――。
風紀の人だ。「あれ」はまだここにいる。警告を発しないといけないのに。
「…………………」
私の声はひゅうひゅうとかすれた風音が漏れただけ。
背後から大きな腕が迫り、私を助けに来てくれた誰かを枯れ木のように投げ飛ばす。
山本 英治 >
「指、何本に見える? 美しい顔が台無しだ、セニョリータ」
彼女の前で指を三本立てて軽く振る。
まずはペインキラーか、それとも止血か。
その時。
俺の巨体が持ち上がった。
嵐の過ぎ去った後のようなシェルターの中を。
サッカーボールでも転がすかのようにバウンドしていく。
「がッ!!」
起き上がって構えを取る。
───化け物め!!
「美少女傷害罪は重いぜ、ストレンジャー!!」
全力で崩拳を打つ。
この単なる中段突きには、俺の七年の鍛錬が込められているぜえッ!!
人見瞳 > 「……………」
返事をする代わりにごぼごぼと溺れるように鮮血を吐く。
肋骨が何本か折れて、内臓が傷ついてしまったのかもしれない。
私は……今ここで生きていた私は、もう長くはもたないのだろう。
それでいい。それでもいい。私の代わりに、この人が助かるのなら。
『おい!! そこのお前、何してるんだ!? 退避しろ!』
『ごめん邪魔! ちょっと出てってくれるー?』
シェルターの壁面から武装モジュールの機械腕が吐き出され、「お客様」に攻撃を加え始める。
暴徒制圧用のワイヤーといった非殺傷武器も効果がないわけではない。
ほんの数瞬でも動きを制約して、その間に風紀の人の一撃が叩き込まれる。
異形のマレビトは半歩よろめき、膝をつく。しかし衝撃は分厚い筋肉の鎧に吸収されてしまう。
歯向かう者の全身を砕かんと、副腕のひとつが怒号とともに打ち下ろされる!
『硬い、ですね……これならどうでしょう?』
マニュピレータに接続された機関砲が火を噴き、秒速100発の銃弾を叩きこむ。
青い体液をまき散らし、異形の腕がひとつちぎれ飛んでいった。
山本 英治 >
「退避だぁ!? まだお前を助けてねーよ!!」
元気なほうじゃなく、こっちで死にかけてるほうの!!
異形をワイヤーが拘束し、機関砲が腕を千切り取る。
それでもまだだ!! まだこいつは生きてる!!
まだ俺はこの人見を助けてねぇ!!
「お前……カタいな…!!」
怯むことなく、拳と蹴足を繰り出していく。
八極拳。形意拳。心意六合拳。翻子拳。陳氏太極拳。
全て、全てを出してなお、相手の筋肉を貫けない!!
「人見!! 早く救助を呼べ!! 俺が時間を稼いでる間に人見を助け出させろ!!」
連打、連打、連打。
重く、鋭く、打つ。人見瞳 > 『とっくに呼んでるってば!』
『だが、救助されるのは僕じゃない。お前がくたばったら何の意味もないんだよ!!』
『あまり言いたくはないのだけれど、どうして一人で来たのかしら?』
高圧放水を浴びせて怪物の姿勢を崩しつつ、風紀の人を巻き込まないように苦慮して。
『今ならシェルター爆破できるし、あたしもそれを望んでるんだよ。わっかんないかなー?』
はやく。はやくここから出て行って。
犠牲者を出してはいけない。それは最悪の結末だ。痛みと絶望で視界が歪む。
「―――――――」
今にもバラバラになりそうな身体に鞭打って立ち上がる。
凄まじい打撃戦の音だけしか聞こえなくても、この人が命を賭けていることだけはわかる。
止めないと。荒れ狂うけだものの咆哮に塗り潰されないように、精一杯声を振り絞る。
人見瞳 > 「…………………もう、いい……いいから………!」
山本 英治 >
「良い訳あるかッ!!」
全力で化け物に冲捶を撃ち込む。
「ごちゃごちゃうるせぇー!! 黙って助けられてろ!!」
「死んでいいからって、死んで良いワケないだろう!?」
正中線の急所に、常人なら即死の打撃を数度撃ち込む。
クソッ、堅ぇ!!
こうなれば、武術より暴力に頼るしかねぇのか!!
「お前らがお前を見捨てることを、俺は絶対に認めねぇ!!」
オーバータイラント・フルパワー。
こうなれば拳法もへったくれもない。
全力で右手を、大雑把に打ち下ろした。
人見瞳 > 『いいんだよ、僕らは!!』
『残機∞だもん』
骨格も筋肉の付き方も、まして内臓の機能さえ違う異邦人に武術が通じるとも思えない。
それはあくまで「こちら側」の常識に基づく戦闘技術であるゆえに。
「……………っ…………」
身体が冷たい。意識が遠のく。何度目かの波に抗えず、糸の切れた操り人形みたいに倒れ込む。
私がここで終わるのはいい。けれど、この人の無事を確かめるまでは―――。
暴力と暴力が噛み合い、正面衝突して無数の衝撃波を発する。
言葉の通じない者同士でも、相手の肉体を破壊せんとする殺意だけで通じ合っていた。
頭ひとつ抜きんでたのは、風紀の男だ。
世界の理を超越した暴力が振るわれ、鋼鉄にも劣らぬかと見えたマレビトの肉体は唐突に爆ぜた。
打ち下ろされた拳は異形の生命を文字通りに叩き潰し、致命の傷を穿ってみせた。
『………………んん……やったか…?』
『これは内臓グッチャグチャだねー………』
山本 英治 >
オーバータイラントは、通じた。
至純の暴力が、相手の暴力を上回った。
それがただ、悲しい。
「残機があったら無限に死んでいいのか!?」
「死んで人の役に立ったら本望かぁ!!」
「そうじゃ……ないだろ…………」
目の前の生命を完膚なきまでに否定して、泣きそうな表情で振り返る。
「お前は生きてるんだ…………生きてるんだよ…」
そう言うと、アフロから滴る返り血を拭って。
彼女を抱き上げた。
投げられた時に拉げた長銃を拾い、首にかけて。
「絶対に死なせねぇ。無駄と笑いたきゃ笑え!」
「俺は俺のためにお前を助ける」
人見瞳 > Vault 3の前に大型二輪が滑り込み、ライダースーツの少女が降り立つ。
ヘルメットを外せば栗色の長髪が溢れだす。それも私だ。
「どうも。お疲れさまでした」
腕の中の私はすでに昏睡状態に陥っていて、体温が急速に失われていくところで。
「すみません。ちょっと失礼しますね」
赤黒い染みに染まった襟元の、眠るように穏やかな口元に顔を近づける。
吐息はすでに、微かにも感じられないほどに弱まっていて。
躊躇なく唇を重ねた。
今は献身に報いる言葉をかけることさえできない。カサついた唇の感触さえも愛おしい。
粘膜接触をトリガーとして、ふたりの私がひとりになる。
知識と経験と、主観さえもそのままに引きついで私たちは完全なる統合を果たす。
ボロボロの私は消えて、ライダースーツの私だけが残った。
改めてみれば、すごいアフロの人だった。風紀にもこんな人がいたんだ。
「大丈夫。そう簡単には……死なないから。けれど、あなたはそうじゃなかった」
山本 英治 >
ライダースーツの少女は、また人見瞳。
お疲れさまでした、と言われれば。
「オウ、お疲れ様でした」
と返すしかできない。
自分自身からの口づけと同時に統合がなされる。
これが彼女の異能。
誰よりも奇妙な性質。それが人見瞳の本質。
「……俺は風紀だ」
「戦えない人の代わりに戦う義務がある」
「そして……あんたらの誰かが同じことを繰り返したら」
「何度だって助けに行くし、その度に叱るからな」
手の中から消えた重みを、ようやくその場から手放すように。
抱きかかえたままの構えから、手を下ろした。
人見瞳 > 「風紀に通報をしたのは……被害を最小限に留めるため」
「なのにあなたは、たったひとりで強引に解決しようとした」
この人さえいなければ、私なりの方法で事態を収められたはず。
決して褒められた方法ではないとしても、犠牲が出るよりずっといい。
―――そう考えていたのだけれど。
「私にも」
「命を使えない人の代わりに、命を使う義務がある」
私たちは《ブルーブック》。この奇妙な世界でさえずる炭鉱のカナリアだ。
空の果てからやってくる客人たちを出迎え、脅威の有無を確かめる役目を負っている。
「………それでも」
「必要に応じて、通報はします。ありがとうございました」
治安当局との連携は、財団との合意事項のひとつ。引き続き遵守はすると言明して。
「あなたのお名前は?」
山本 英治 >
「お互い、信念があり……ぶつかるのにどちらも正しいというわけだ」
化け物の青い血は粘る。それをハンカチで拭った。
「……こっちこそ、邪魔をして悪かった」
ぺこりと頭を下げると、アフロが揺れた。
名前を聞かれると、口の端を持ち上げて笑って。
「英治だ、山本英治」
「あんたは知ってるぜ、人見瞳サン」
そして。
通信機が鳴る。単独行動。始末書。報告義務。早く出ろ。
そんな言葉が飛び交っているのだろう。
「それじゃ、俺は報告があるのでこれで」
「またな、美しいカナリアさん」
そう言って外に出ると。完全に包囲されていた。
完全武装の風紀と、怪異対策装備の生活委員会だ。
もう怪物は死んだぜ、と笑うと。
死ぬほど怒られた。
ご案内:「転移荒野」から山本 英治さんが去りました。<補足:風紀委員の腕章/長銃/防塵防砂対怪異戦装備(待ち合わせ済)>
人見瞳 > こうしてまた一人、招かれざる客人が命を落とした。
この世界に馴染めなかったが為に、出会い方を間違えてしまったために。
遺骸の一部はラングレーの研究施設に送られ、またいつか訪れる脅威への対策に活かされることになる。
私たちのささやかな暮らしが混沌に呑まれぬように。
薄氷の上の平和を維持するために。
「よければ、また今度……」
財団の職員が遺骸の標本採取にとりかかる。
遺伝情報のひとかけら。体内の細菌叢。細胞組織を形づくる未知の化学物質。
胃袋の残留物さえも同じ重さの黄金以上の価値を持ちうるという。
私のパトロンと財団は、互いに出し抜きあうのではなく―――山分けにすることを選んでいる。
少なくとも、今のところは。
「お食事にでも、行きましょうか」
この人には、またいつかお世話になりそうな気がする。
そうでなくとも、別の形でお礼がしたい。
なぜって、この人は―――最愛の私を助けてくれたのだから。
ご案内:「転移荒野」から人見瞳さんが去りました。<補足:緋色の瞳に長髪の女子生徒。セーラー服にカーディガン、フードつきのジャケットという姿>