2020/07/04 のログ
ご案内:「歓楽街」にヨキさんが現れました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > 夜の歓楽街。咥え煙草のヨキが、通りの隅に佇んでいる。
雨上がりの週末、往来は活気に満ちていた。

店の客引きにしては、誰かに声を掛ける気配はない。
ナンパ狙いにしては、男も女も平等に目をやっている。

外見の身綺麗さは夜の街に相応しいが、その佇まいはどこかやはり教師然としている。
ヨキを知ってて声を掛けてくる者があれば、目が合った途端に視線を外す者もある。

実際に教えているにせよ、いないにせよ、彼ら彼女らはみなヨキの“教え子”なのだ。
そういう人通りを、ただ眺めている。

ご案内:「歓楽街」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
日下部 理沙 > 「げ……」

露骨に「会ってしまった」という顔をするのは……背中に翼を生やした研究生、日下部理沙。
眼鏡の奥の青い瞳を顰め、後ろで軽く結んだ茶髪を揺らしながら……理沙はその「良く見知った恩師」と目を合わせてしまった。

「あ、あー……お久しぶりです、ヨキ先生」

控え目に、頭を下げる。
何処か気まずそうに。
いや、気まずい事など何もないのだ。
以前より会う頻度は減ったとはいえ、別に全く会わないわけではない。
少なくともお互いの近況をある程度報告できる頻度では会っている。
とはいえ、久しぶりに違いはなかった。
その程度には……以前会ってから間が空いていた。

「相変わらず、見回りですか?」

分かり切った問い掛けをする。
「今日はいい天気ですね」と大差ない。
理沙は自分のボキャブラリーの無さを呪った。

ヨキ > 「おお、日下部君ではないか」

目が合った。ヨキはその大きな瞳でしっかりと理沙を見つけてしまった。
学生だった理沙と師弟の縁を結んで以来――それが解かれた後も、ヨキは彼のことを気に入っていた。

悪霊めいたヨキの甘い毒から逃れ得た、この日下部理沙という青年を。

気まずそうな理沙に反して、こちらはにこにこと変わらない笑みを浮かべている。
腕を組んで煙草を指先に取り、相手へ被らない方向へ煙を吐き出す。

「そうだ。季節の変わり目には、良いことも悪いことも多いからな。
君の方こそ、斯様な場所で会うとは珍しい。
ついに夜遊びを覚えたか――それとも何か、ゼミの一環か?」

日下部 理沙 > 「覚えるわけねーでしょ!
 相っ変わらず、アンタの冗談は返答に困りますね……!」

露骨に舌打ちをする。理沙はこの教師の前ではあまり素直になれない。
いや、むしろ、こちらの方が自然体とも言えないでもない。
少なくとも、理沙が「アンタ」などと呼ぶ年上はヨキ以外に存在していない。
それくらいには……色々あった相手であり、恩師である。
ヨキが居なければ今の理沙はない。
それくらいには……世話になった。いや、今だってなってる。
とはいえ、それが素直に認められるほどに理沙は大人では無かった。
 
「……個人的な用事ですよ」

そういって、了承もなく隣に移動して、またしても了承もなく煙草に火をつける。
二人並んで紫煙を吐き出して……理沙は気難しそうな顔で言葉を吐き出した。

「人探しですよ。まぁ、空振り続きですけどね」

ヨキ > 「くく、ふ、ふふ……いや、失敬。
君も遂に大人になったかと、『先生』としては嬉しくなってしまってな。
真面目な君のままで居るのも、それはそれで好いことだ」

隣り合った理沙の言葉に、ほう、と相手を見る。

「人探しと来たか。
それはまた、この広い島の中では大変そうな仕事だ」

こうして話している間にも、幾人もの人びとが二人の前を通り過ぎていく。

「君の知己か、それとも頼まれごとか?
どのような経緯があって、その相手を捜しておるのだね。

よかったら、ヨキに話してみんかね。
君の困りごととなれば、黙っては居れんでな」

ヨキはそういう教師だ。
理沙からどんなにつれなくされようとも、見過ごす素振りも見せない。

日下部 理沙 > 「……」

物凄く、物ッ凄く嫌そうな顔をする。
いや、別に心底嫌なわけじゃない。
むしろ、嬉しいところもある。かなりある。
理沙にとって、ヨキは一度身を離した相手だ。
自立したと言い換えたいところだが……それを堂々と言えるほどの図々しさは、流石の理沙にもなかった。
故に、強いて言語化するなら……「べったり甘えて心酔しないように距離を取った」と言うのが、まぁ、おおむね適切だ。

そんな「失礼」を働きたくなかったからだ。

理沙にとってヨキは恩師だ。何度でもいう。恩師だ。
故にこそ……理沙は、この恩師と「一人の男」として向き合いたいのだ。
いつまでも甘やかされる子供ではカッコが付かない。
いや、そう考える事こそがヨキからすればまだまだ「子供」という事なのだろうが……それにしたって、理沙からすれば申し訳ない。
折角、「教え」を受けたのだ。自立しなければ示しがつかない。

故に、ここでまるきりヨキに頼っては「あんまり」だ。
しかし、行き詰っていることも事実であり……何より

「……学術大会での異邦人の暴力沙汰、知ってますよね」

日下部理沙は、ヨキと話がしたかった。
この懐の深い恩師と。知己の彼と。
話が……したかった。
結局、それには抗えなかった。
……抗うのも違うと思った。
自立する事と、徒に突き放すことは絶対に違う。
だから、出来る限り……「ヨキという個人と話をする」と意識をして、理沙は話をつづけた。

「あの異邦人を……探してるんです」

ヨキ > 「ああ。異能学会でオークが暴れたという、あの一件か」

ヨキもまた、ニュースでその一報を聞いていた。

「……その異邦人を? それはまたどうして」

興味深そうに目をやる。
口の傍に持ったままの煙草が、香のように煙を細く立ち上らせている。

「あの騒ぎでは、確か怪我人も出なかったろう。
風紀委員会に拘束されたと聞いたが、それきり続報は聞いていないな。

探し当てて、どうするのだね。
そのオークに、何か訊きたいことでも?」

小首を傾ぐ。

日下部 理沙 > 「……わかんないですよ、それもまだ」

紫煙を燻らせながら、理沙は答える。
視線は揺れていない。曇ってもいない。
だが、そこにあったのは……悔恨のような微かな光だった。
ネオンの反射する歓楽街。
道行く人並みの流れを睨むように見つめながら、理沙は煙草の灰を携帯灰皿に落とす。

「訊きたいことは一杯あるんです。喋ってみたいことも一杯あるんです。
 でも、そのどれもが取り止めが無い上に……もう、何となく結果も分かってるんですよね。
 きっと、どれも届かない。
 きっと、どれも伝わらない。
 きっと、どれも……傷付ける」

調査の過程で……理沙はオーク種の特徴についてはある程度詳しくなっていた。
武威に優れる種族であり、実際的な結果を重視する種族。
誇り高く、武に真摯で、『その結末』こそを誉とする。
それが文化によるものなのか、それとも逃れ得ない種族的本能であるのかはまだわからない。
資料が足りない。
いや、何より。

「……彼個人を個人として見れる自信がないんです」

理沙の中の偏見を……理沙はまだ見つめ切れていなかった。
いや、いってしまえば……こうして血眼になって探している時点で、「特別扱い」していることは確かでしかない。それこそがもう立派な偏見だ。
奇異の目を向けていると言われても全く否定が出来ない。
しかも……よりによって、行動動機は理沙個人の義憤と学術的興味とやるせなさが源泉だ。
どれもこれも……礼節のある動機とは言えない。
どれもこれも……まるで相手に寄り添ってない。
言い訳すらできない。
そう、言うなれば。

「……俺の『偏見』が、彼を『探せ』といってるんですよ、多分」

全て、己のワガママ。
しかも、恐らくは最低な類。
「自分は頑張りました」と自分や周囲に言いたいだけ。
……理沙には、そう思えてならなかった。

「見苦しいなって……自分で思ってやめられないんだから、始末に負えないですよ」

零れた言葉は……悔しさに満ちていた。

ヨキ > 理沙の瞳の奥を見据えるような視線。
見守るでも、引き出すでもなく、彼自身の内側から言葉が沸き上がってくるのを待つように。

「…………。
確か、壊されたのは『階段の手摺』だったな」

彼の言葉をすべて聞いてから――ぽつりと、口を開く。

「この島の学術大会と言えば、風紀委員の警備体制も万全だ。
あの場に入れる立場の者が、そのような騒動を起こすなど。
ヨキには、何らかの悲鳴に思えてならない。

誰をも傷付けず、『手摺だけを』破壊する。
ヨキはそこに、かのオークの理性と理知を思った。

そして、そうすることでしか『何か』を訴えられなかった、異邦人としての混乱を」

煙草をひと吸い。煙を吐き出して、一拍。

「そのオークを『騒ぎを起こしたオーク』としてしか見られないのなら、捜すのは止した方がいい。
彼の内面を『こうであろう』と想像するなら、その考えにはブレーキを掛けた方がいい。

君のやりたいことは、“取材”か? それとも“対話”か?
止めることが出来ないのならは、まずは冷静に見据えることからだ」

日下部 理沙 > 「……それも、自信をもってまだ答えられません」

“取材”か? それとも“対話”か?
口先ではいくらでも答えられる。
対話がしたいと。話を聞きたいと。その悲鳴の理由を教えて欲しいと。
だが……それが本当に『対話』だろうか?
 
「俺は言葉を使わなければ……相手の事なんてわかりません。
 いや、使ったってわからない。表層が少し攫えるだけです。
 普段はそれでいいんだと思います。
 この社会は……会話を前提に作られているから」

言葉が万能でない事など誰もが知っている。
同じ言葉、同じ単語、同じ会話ですら……擦れ違う事などそれこそ日常だ。
そう、いうなれば……常識だ。
そして、その常識は……前提が違えば容易に偏見へと様変わりする。

「だけど、彼はその言葉を放棄したんです。
 放棄してまで『伝えたかった事』があるんです」

それを……理沙はまだ察することが出来ていない。
想像くらいはできる。
だが、その想像が偏見でしかない事もまた、理沙にはわかっていた。
……言葉を用いようとする時点で、もうコミュニケーションは取れないのではないか?
相手がそれを……望んでいないのだから。

「……それを言葉で暴こうとすること自体、もう冒涜じゃないかって」

それは……強制だ。
ただの暴力だ。中でもいっとう始末が悪いものだ。
まだ、剣を振るって敵として前に立つ方がマシなくらいだ。

「……そこまで、わかっても、いや、わかったつもりになっても……」

理沙は……歯を食いしばる。
それしかできない。

「……手も足も、止まらないんです」

今、『こう』しているように。

「冷静に考えるって……どうするんでしょうね、ほんと」

ヨキ > 吸い終えた煙草を、携帯灰皿へ。
二本目を取り出すことはしない。
身体は正面の往来へ向けたまま、顔だけで理沙を見る。

「……異邦人は、この地球の言葉が通じぬことが殆んどだ」

周囲は喧騒に満ちている。
人びとの話し声。店舗から流れるBGM。スピーカーから流れる音声。

「発声される言語、身振り手振り。
それらが伝わらないことは、今の我々にはそれなりの覚悟と想像が出来る。

真に恐ろしいのは、『伝わりそうで伝わらないこと』だ。
それはまるで、怪物とでも相対したような恐怖さえ起こさせるだろう。

そのオークはきっと、少なくとも二度傷付いている。

一度目は、この常世島へやってきたその日に。
二度目は、学術大会へ出席するほどにこの社会へ交ざりながら、力でしか訴えることが出来なかったときに。

……異邦人は、誰しも多かれ少なかれ傷を負っている。

地球人に出来ることは、その傷と如何にして寄り添っていくかだ。
近付くだけで毒となり得ることを覚悟しながら、それでも。

ヨキはそれでたくさん傷付いたし――地球人の心を傷付けたもした。

冷静に考えるとは、手段と対策を講じ、それらが通用しなかったときも別の術を思い付けること。
覚悟を決めるとは、いっときの興味ではなく、人生と時間を掛けて相手と付き合っていくこと」

目を伏せる。

「自分の手段が相手を傷付けると想像するなら、相手が有利になる手段をもまた講じることだ。
たとえば、君がオークの言葉を解し、相手が話し易い場を作るなどしてね」

日下部 理沙 > 「■■■■■」

ごく短い単語を、理沙は告げた。
少なくとも、公用語ではない。海外の言葉でもない。
いや、きっとこれは。
……どの言葉でもないのだろう。
調べはした。発音を無理に似せはした。
それでも。

「……片言にすら、多分なってないんですよね」

届かない。骨格からして違うせいもあるかもしれない。
そもそも、発音に必要な器官が備わっていないのかもしれない。
感覚器からして違えば、もうお手上げだ。

「覚悟、決めてるつもりなんです。
 これは……全然他人事じゃない、俺にとっては一大事なんです。
 だって、だって俺は……もう……!!」

拳を握り締める。
爪の先が白くなるほどに。
火の消えた煙草のフィルターがねじ切れるほどに。
それでも、それでも。

「……何度もアンタを傷つけてる……!!」

恩師ですら、自分にとって間違いなく大事な異邦人ですら……この有様。
近づくだけで毒になる。
人同士ですらそうなのだ。
人は傷つかず寄り添うことなどできない。
そんなことは当たり前だ、当然だ、理沙だってそれを繰り返してヨキと懇意になった。
それを繰り返して常世島と向き合った、自分と向き合った。
だが、それは……結局、理沙個人の身の上話でしかない。
酷くちっぽけな……たった一人の懊悩でしかない。

「想像する限りの手段は準備します……考え抜くつもりです。
 でも、そのつもりが……本当につもりでしかないんじゃないかって」

人は失敗する生き物だ。
「つもり」はどこまでいっても「つもり」で、何度だって間違える。
その間違いが自分だけで済むならいい。
だけど。

「アンタ一人にも、俺は寄り添えてない」

もう理沙は……その「間違い」で、最も大事な恩師を傷つけている。

「寄り添いたいのに……それすら出来てない!」

もうそれは、絶叫だった。
声量こそ押し殺されている。
この通りの誰もが気に留める事などない。
それは……目前に居るヨキに対する、どうしようもない理沙の泣き言。

「本当はもっとアンタとだって喋りたいんだ!
 同じものを見たいんだ、同じ音を聞いて、同じ匂いを嗅いで、同じ話で笑いたいんだ!!
 だけど……!!」

それは、もう答えが出ている。
そんな事は。

「……そう思う事自体が、もう傲慢なんだ」

そう、傲慢。
土台無理な話。
人同士ですら、感覚の共有などできない。
まして、体構造からして全く違う異邦人と……どうしてそれが出来ようか。
多様性といって奉じることは出来る。貴ぶことは出来る。
だが、その多様性を重んじるという考えからして……偏見の一種でしかない。

「すいません……取り乱しました」

目元を覆い隠すように手を広げて……眼鏡を掛けなおす。
ネオンの光に反射して、眼鏡の奥まで光は届かない。

「……愚痴聞いてくれて、ありがとうございます」

何とか絞り出した言葉は、それが精一杯だった。
理沙も分かってる。
恐らく、理沙の知性では及ばないところに答えがある。
そして、ヨキにそれを訪ねて聞いたところで……それはタダの受け売りだ。
理沙の理解でも理知でもない。
だから、理沙がヨキにいえることは……それが精一杯だった。
それすらも……悔しくてたまらなかった。

ヨキ > 「……近頃知り合った異邦人の青年は、『呪われた』と言っていたよ。
この島で呪いを受けて、言葉を話していると。

つまり、魔術ないし異能。
せっかく君は魔術を学んでいるのだから、そういった手段から言葉の壁を乗り越えるアプローチもあるのではないかな」

奇しくもそれが、今しがた話題に上っているオーク本人のことだとは知る由もないままに。

そうして。
理沙の悲鳴に、ヨキはひととき黙り込んだ。

「……………………、」

ふっと笑う。柔和な教師ではなく、ひとりの男としての顔で。

「ふふ。……君は、馬鹿だな」

“馬鹿”。ヨキがあえてその語を口にするのは珍しい。

「君はもう、ヨキから『卒業』したろう。
それでいて、こうして今も言葉を交わしている。

“寄り添う”ことが叶わずとも、“付かず離れず”が癒しになることだってある。
人と人とが共に生きていくためのかたちと距離感は、それこそ人の数だけ在るのだから」

手を伸ばす。
乞うような理沙の叫びを突き抜けるように――軽々と。

ぽん、と相手の肩を叩く。

「確かに、君は傲慢だ。君の傲慢さは――考え過ぎていることから来るものだ。
ヨキは君が思っている以上に君を大事に思っているし、傷付けられたとも、その傷が残っているとも思わない。

君は、相手をきっとこういうことなのだ、と想像しすぎる。そうして、その想像にすっかり囚われ切ってしまう。
だから、ふとした答えさえ大発見のように見えてしまう……“相手”をよく見ていれば、取り零すこともないのにな」

眉を下げて、明るく笑う。

「どういたしまして。
君はもう少し、相手をよく見た方がいい。自分の想像をまずは一度手放して、挨拶から始めてみるんだよ」

日下部 理沙 > 「……」

肩を叩かれながら……俯いて、大人しく言葉を受け入れる。
ああ、敵わない。
本当に……このヨキって教師は、いや、この色男は。
……とんだ、人誑しなのだ。

「ええ、馬鹿ですとも……だから、馬鹿なりにそれでも考えるんです。
 居直っていい事じゃないですから……俺だって、アンタは大事ですよ」

実際、ヨキの言う通りだ。
自分の考えの外から出ることが、理沙は大の苦手だ。
ヨキからすれば大したことの無い事でも……理沙からすればいつでも大発見だった。
相手をよく見ようとしても、それすらも……色眼鏡が外せない。
取り零しっぱなしで……全く情けない限りだ。
……でも、そんな情けないところまで含めて、このヨキという男は全部知って、理沙と付き合いを続けてくれている。
心地よい距離でいてくれている。
大事に思ってくれなきゃ……絶対できない事だ。
それくらいは……理沙にもわかってる。
 
「……御助言ありがとうございます。
 すっげぇ癪だけど……アンタのそういうところ、いつも、助かってます。
 アプローチはどっちにしろ増やすつもりなんで、頑張ります」

誤魔化すように軽く咳き込みながら、ついでに鼻を啜る。
多分、バレてる。
知ったことか。
これ以上、堂々と醜態を晒して居直れるか。
理沙だって男だ、見栄くらいある。
既にズタズタでも、見栄は見栄だ。

「一回……顔洗って出直してきます。それじゃ、また」

今この時に限りは、視界が曇っている理由も原因もわかっている。
だが、今まさに溢れんばかりのその原因をヨキの目の前で取り除くことは……絶対にしたくなかった。
それこそ、男子の沽券に関わる。
故に……捨て台詞のようにそう言って、少し紅くなった顔を背けながら……人並みに消えていく。
まぁ、消えようにも大きな白い翼は隠せないので……非常に目立つのだが。
生憎と理沙は後ろに目がついていないので、そんなことは分からなかった。

ご案内:「歓楽街」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
ご案内:「歓楽街」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
ご案内:「歓楽街」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
ヨキ > 「嬉しいね。だからヨキは、いつでも君とこうして話をしたくなる。
君はきちんと考え抜いて、最後には答えに辿り着いてくれると信じているから」

だから。

「……だから、今回の件も、ヨキは君を信じてる。
君が真摯でいようとする限り、“最悪の結果”などというものはそうそうやって来ないから」

不器用さが抜けない理沙の様子に、くすくすと笑う。

「行き詰ろうと、よい結果に結び付こうと、次は酒でも酌み交わすのが良いやも知れんな。
君もそろそろ、そんな歳だろう? ……ふふふ。時が過ぎるのは早いものだ」

挨拶する理沙に、会釈で応える。

「ああ。またたくさん話そう。
ヨキはいつでも、いくらでも君と話したい。
あとは君が、ヨキを素直に受け入れてくれればいいだけだ」

微笑んで、理沙を見送る。

寄り添えなくても。つかず離れずの距離でも。それが決して近付かなくても――
自分たちはこうして、向き合い続けることが出来る。

ご案内:「歓楽街」からヨキさんが去りました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>