2020/07/12 のログ
ご案内:「落第街・スラム廃施設前」に武楽夢 十架さんが現れました。<補足:黒髪赤目、足元が土に汚れた橙色のツナギを来た細身の青年>
武楽夢 十架 >  
今日は少し出遅れた。
梅雨明けして天気はいい。
出遅れたのは、炊き出しに向かう時間だ。

昼が近い。

この時間になると色々なヒトが増えて中々面倒だ。
止められることはないが、風紀や公安っていう手合と遭遇すると大荷物の一人ということで面倒だったりする。
事情を知ってる人が相手だと楽だが、そうでないとただひたすら面倒だ。

今日も一人で荷車引いていつもの場所を目指す。

「……こう暑いと一人でやるのにも限界を感じそうになる」

梅雨は明けたが、カラッとした陽気かといえばそうでもない。
愚痴の一つも出る。

ご案内:「落第街・スラム廃施設前」に幌川 最中さんが現れました。<補足:腰で風紀委員会の赤い上着をツナギのように結んでいる。人好きのする見目。>
幌川 最中 >  
――本日は快晴なり。熱中症には気をつけよう。
――星座占い、本日の一位は蟹座。ラッキーアイテムは茄子の馬。

ありきたりな占いを垂れ流す学生街の液晶ビジョンの横を通り過ぎて。
もっとおすすめするなら、縁起のいいものを選びなさいよと笑って。

欠伸混じりに、昼の落第街を歩く。
風紀委員会の隊服を腰から引っ提げたまま。
片手には、甘ったるいフレーバーの違反部活謹製の葉巻。

ギイ、と何かが軋む音がした。
瞬き数度、視線を音の主へと向ければ、手押される荷車。
ああ、そうか。そういえば、このあたりはそうだった。

一般学生による炊き出しが定期的に行われているという話。
おかげで飢えない二級学生も多いと聞く。
風紀委員などの公の力を借りることはせず、落第街内での自助を行う。

幌川最中という風紀委員は、ありがたいな、と思っていた。
ゆえに。

「よ、そこの。荷物、半分くらい運ぼうか」

気安い調子で片手を挙げてから、十架の背後から声を。

武楽夢 十架 >  
いつもと違ってしまった日だと思ったが、
こうも違ってしまうと何かあるのでは良くも悪くも期待をしていなかったか、
と問われればノー。

しかし、これは想定外。
あまり関わりはないが知らない色ではない赤。

だから、悪いことをしているわけではないが場所が場所。
条件反射で出る声は「げっ」と小さな声。

振り返って。
その赤をツナギのように気軽に扱う男―――幌川 最中に対して一瞬見せた顔は大凡この場で一般生徒が見せるだろうよくある反応だろう。

しかし、あまりそういう反応はもし自分がされたら嫌だとは思うから一瞬顔を見て一呼吸してから表情を和らげ返事する。

「……えっと、まあ、お手伝いしていただけるなら」

まだ大通りから見えるこの場所で見つかったのは運が良かったのか悪かったのか。

「目的の場所は、ここから幾つか道を曲がってのところですから
 そこまで手伝ってもらえれば」

比較的歓楽街よりも異邦人街寄りのその場所。
元々は教会だったと思われる廃施設前。

幌川 最中 >  
あくまで職務質問らしきテイで――
といってもこの島は職を聞いたところでほとんどが学生であるものの、
風紀委員会が落第街にいる生徒に声を掛けるときは声掛けの三文字で済むのだが。

「いつもおつかれさんだな」

その赤色は、手伝うにしては邪魔すぎる。
この場所にとってこの赤色は、明確に「邪魔者」の証。
して、このあたりで慈善活動を行っている学生がそれと一緒に並べば。

「……リバーシブルになったら便利なのになあ、これ」

面倒そうに呟いてから、隊服を丸めて荷車の荷物に放り込む。
あくまで風紀委員としてではなく、一個人としての行いである、と相手にも、
周りにも無言で示す。こういう「気遣い」なしに、風紀委員は落第街を歩けない。

「はいよ」

荷車に積まれていたダンボール箱を二つ重ねて持ち上げる。
口の端に葉巻を咥えたまま、世間話のように。
どうにもこの少年のことが、頭の隅に引っかかっている。どこかで見た。

「キミさあ、なんか昔悪いことして風紀に捕まったりしてない?
 ……これは俺の脳が通常の3倍の速度が老化しているのか、
 もしくはメチャメチャ下手クソなナンパをしているだけかの二択だから。
 もし後者ならナンパだと思って諦めて不審な年上の男に手伝われてほしい」

武楽夢 十架 >  
てっきり、何をしてるんだとかなんだと聞かれると思ったものだから
投げられた言葉もまたこの出会いのように想定外。
しかし、逆に……ああ、いやこれは素直に受け取っておこう。

「……ありがとうございます。
 ま、趣味みたいなもんですから」

赤を脱ぎ捨てる彼に本当に気軽に扱う噂通りの人なんだな、と笑みを浮かべた。
風紀委員会生徒指導課・課長代理、四年の幌川 最中。知ってる『噂』で彼を表すなら『変わり者』。
特徴的であるが故に、分かりやすく誰であるか推測は出来る。
というか、数年もこの学園にいれば何度か顔くらいは見たことがあるだろう。顔と名前が一致させられるかはともかく。

「はは、先輩みたいな風紀もいるんですね
 すみません。野菜ばっかりなんで結構重いかと思いますがお願いします」

風紀だけあって日頃から鍛えているんだろうな、と思う豪快さだ。
最近まじめに鍛えはじめた自分では、ああ気軽にはいかない。

「さて」

―――なんの事でしょう、ととぼけて続けるのは楽であるがこの先輩はとても勘がいいと情報提供をしてくれた二年T氏も言っていた。

「悪いことはしてないと思いますが……
 そうですね、農業系部活動なんで風紀とか各委員会には結構顔を出してると思いますよ」

納品書とか報告書類の提出、トラクターなどの農業機械の使用するので運転免許登録だとか。
真実を言うに限る―――全てとは限らないが。

「あ、そこを曲がったらですね……」

目的地へと到着する。スラムの中でも比較的に明るくにぎやかになっている場所へ。

幌川 最中 >  
「……あ、すまん一個だけ。
 一般学生がこんなところで何してるんだ?
 落第街なんて君のような普通の学生が近寄るような場所じゃあないぞ。
 オッケ。これやっとかないと仕事してましたって言えなくなるから。悪いね」

おおよそ二行くらいを一息で言い切ってから、ワハハと笑う。
あくまで見回りという割り当てられた仕事が嫌で暇を潰そうとしただけなのを、
少しも隠す気もなく頭の上にダンボールを置いて、左右に揺れながら歩く。

「悪いことしてないならそれでいいや。じゃあ俺のナンパね。
 俺、幌川。4年の……6回目? 大体そんな感じ。
 まあ、こっちまで出張るような風紀委員はみんな血の気が多いからなァ。
 もし不当な扱いを受けた場合は申し立てれば謝ってはもらえるだろうから」

これを、このあたりで活動している彼に言うことは。
「このあたりで活動している」誰もに言っていることと概ね同じだ。
落第街における過剰な活動について、懐疑的な風紀委員もいるというのを暗に伝えて。
あくまで幌川最中という男のスタンスをわかりやすく示した。

「――こりゃ予想よりも多かった。
 なるほどこれだけ野菜が必要になるわけだ。
 ……人手が邪魔じゃないってんなら、手伝わせてもらっても?」

興味深そうに目を細めてから、十架に視線を向ける人々を見た。
「余所者」の姿に訝しげな視線を向ける者も少なくないが、
恐らく見慣れた十架と同行しているのであれば、という妥協でもって見なかった振りをされた。

ありがたい。「見ない振り」をしてもらわないと、
自分も「見ない振り」をしなければいけない街を覗き見ることはできない。

深淵を覗くために深淵と目を合わせるわけにはいかない。
深淵が別の所を見ているうちに、深淵の居ぬ間に深淵のつまみぐい、一つ。

武楽夢 十架 >  
ああ、なんて今さらな。
狙ってやってるとしたら中々の曲者だが、どうにもそういう感じはしない。

「ナンパ、俺として一般学生の不審な行動を監視とされない辺り
 こういう行動に変な絡みが今後もなさそうで助かりますよ、幌川先輩」

警戒はするに越したことはないと考えるが、
警戒をしないのであれば相手は風紀だ知り合っておくのは今においてベストか。

「先輩のことは長年風紀にいる人って有名ですからなんとなく察してました。
 俺は農業学科三年、武楽夢 十架です。
 あ、ここでは『ヤサイノヒト』で通ってます」

 改めてどうぞよろしく、と笑顔で悪手を求めて手を差し出した。

「何時もそれなりに多いは多いですけど、今日はそうですね
 少し初見が多いですね……最近の『活動』で暮らしてる人の生活圏が少し変わったのかな」

――事が起きれば、ヒトは流れる。
風紀や公安にとって、処罰せねばならないとなる大きな行動を起こす組織の支配する地域、その庇護下で暮らすヒトもいる。
そういったヒトは、支配者が居なくなれば別の支配者が暴力やなにか面倒事を引き連れて来る前に逃げる。
ここは偶然にもこの炊き出しを都合が良いとする複数の小さな違反部活と組織が作り出した空白地帯。
この炊き出しによって得られている仮初の楽園とも言える場所だ―――故に、ヒトが流れ着くことが多い。

「手助けは非常に助かりますが、ちょっと時間かかりそうですけど大丈夫ですか?
 男と二人で共同作業なんて」

と笑って茶化した。

周囲には幌川の事を知るものもいるだろうし、逆に幌川―――風紀委員だとを知っているが見逃している『アイテ』もいるだろう。
ここは争う場所ではないと相手も幌川の対応に合わせることだろう。

幌川 最中 >  
「『ヤサイノヒト』」

重かったダンボールを地面に置けば、ちらりと彩り鮮やかな野菜が覗く。
なるほど、たしかに彼は「ヤサイノヒト」であることだ。
握手の前に少しだけ目を丸くしてから、へらりと軽薄な笑いを浮かべて握り返す。
ごつごつと角張った男の手が、十架の手を握った。

「やることっつったって料理するくらいだろ?
 この間に違反部活……食品系部活に風紀の手が入ったって聞いたけども、
 こんだけ新鮮で出来の良い野菜に文句つけるほうが難しかろうよ。
 ナンパしながらご相伴に預かれたらそっちのほうが俺もありがたいからなあ」

度量の広い受け皿だ、と胸中で少しばかり思う。
落第街の住民を風紀委員会に、というどこかの黒猫の活動よりも、
一般的な風紀・公安委員会の引き上げ活動よりも、どこか自然に見える。
「変化」がなさそうに見えるからだろうか。「現状維持」を選んでいるように見えるからだろうか。
文字なき法。誰が決めたわけでもない、暗黙の了解。いい場だな、と小さく呟いて笑う。

「どうせ働きたくな……暇だから。
 そう、仕事の一環。仕事の。そういうことにしといてくれる? くれるね。
 おおよそ今の荷運びが俺を使って『どうも』を言える最低ラインだけど、気楽に言ってくれ」

ある風紀委員がいた。
その風紀委員は、肩で風を切って歩くような、凛とした男だった。
ある事件で発砲許可を待たずに対峙していた相手を射殺してしまった男がいた。
その男はいっときから姿を消して、どうやら落第街に居場所を移したということを風の噂で耳にした。
「こういう」場に、「そういう」委員はいたのかもしれないな、と、ほんの少しだけ思いを馳せる。

武楽夢 十架 >  
大人の手、と表現すべきか。
ゴツゴツと角張った手と比べれば、青年の手は非力だと感じるだろう。
しかして、どこか真新しい引っ掻き傷などがある手。
農業をしているならあっても不思議ではない、非力なりに努力しているそんな手。

「ええまあ、ポトフ作って適当に買ってきたタブレットとか飴なんかも一緒に配ったりですかね。
 食品系部活に……それは仕方ないですね」

ここの人には大変なことですけど、と周囲に聞かれない程度の小声で苦笑しながらささやいた。
触れてはならない苺にでも手を出していたのだろうか、と考えるがそっち系の情報はあまり精査しちゃいなかった。

「承知しました」

あまりの自由っぷりにクスクスと笑いながらそう答えた。
ここではやはり笑える。

「……良かった。
               ・・・
 ここをこういう場所にするのに二年も掛かった」

側にいる幌川に言うでもなく、ただこの場を見て青年は心情を吐露していた。
無害な風紀委員ならば、普段警戒し合う者同士でも争うこともない。

ここは、笑顔になれる場所でなければならない。
静かで誰も寄り付かないような場所であってはならない。
そう、武楽夢 十架にとっては。

幌川 最中 >  
――二年。

「ほいきた。ポトフなら作り方は知ってる。
 こう、野菜を、切って、鍋に入れて、煮込む。終わり。
 形が崩れない程度にうまいこと煮込んで、トマトがあるならミネストローネになる。
 ……多分。ミネストローネになるかどうかは、諸説あるが……」

――二年も掛かったと。
「ここ」の作り方を、レシピをまるで知っているかのように。
記憶を遡る。きっと、彼を見たのはこの二年の間より少し前だろう。
その頃に何があったのか。思い当たる節はある。それでも、確信には至らない。
……『勘』で他人の人生に土足で踏み込むのは、礼儀がなっちゃいない。

「確か、教会だったろ。
 このあたりは割と多いんだよなあ、こういうの。
 教会って言っても放ったらかしになってる場所もあるのに、よく、」

よく、ちゃんと人がいるな、と。独り言のように呟いて。
打ち捨てられた廃教会を違反部活の部室代わりにする例だってあるのに、と。
感心したようにそう言ってから、ダンボールの中の野菜に刃を入れていく。
ざくざくと切り分ける。慣れた調子で、完成品目指して一歩ずつ。

「そいつは、十架ちゃん一人で?」

こちらの呟きには、しっかりと宛先を書き足した。

武楽夢 十架 >  
「そうそう、そこにこれを入れれば完璧ですよ」

農業区の直売所からよく貰うソーセージを取り出す。
別に大雑把でもいいのだ。
美味いと思える食事を提供出来ることが大切なんだ。
食事は人を笑顔にして、自分が作ったものが好きな人を笑顔に出来るということは素晴らしいと青年は知ったから。

「幌川先輩って実は結構料理できる感じですか?
 正直、俺料理って美味しく食べれればいいかなってレベルで」

危なっかしくない程度に包丁は扱えるが、これほど上手く出来ない。
鍋にミネラルウォーターを入れながら、
少し沈黙する―――つい、漏らしたココロ。これは油断、一つの達成感からの。
水を入れ終えて、ガスコンロに火を付ける。

「そうですね、二年くらい前までは一人の女子生徒がそこの住人で……
 今は俺とそこを一晩利用してる人が綺麗に使ってる感じ、ですね」

この廃施設は綺麗に使う。 誰がそう言い始めたかは知らないが、宿にする者には近くにいる者がそういう風に教えるようになったちょっとした決まりごと。
鍋の水が湯だつには時間がかかるか。 


「ここをこうできたのは、ここに住んでた子のお陰ですよ。
 余計なお世話かもしれないですけど」

幌川 最中 >  
「一人暮らしが長いと嫌でもできるようになる気はするな」

逆説的に、誰かに手料理を振る舞われる機会はなかった、と笑って。
どっちつかずの誰つかずを長く続けているとそういう弊害がある。いいことではあるが。
とはいえ、今はそれでよかったなと思える。ポトフも作れない男と思われなくて済んだ。
これはこれで、相手が男の十架で得をした。
相手が女子なら「あっ幌川さん料理できるんですね(意訳・作りに行くみたいな話できませんね)」、だ。

「まあ女子みたいになあ。こう、いい感じの料理はできねえけども。
 食える料理なら、まあそれなりにってとこだな。男は大体そんなもんだ」

頷きながら、全人類の半分を一つの鍋に突っ込んでから小さく笑う。
そして、ほんの少しだけそれを覗き見てしまった。一端を。尻尾の先を。落ちる水滴を。

――思い出す。
――思い出す。
――思い出してしまった。

「……ああ、」

『住んでた子』。『二年くらい前までは』。
風紀委員会の窓口で、行方不明になった二級学生を探したい、と声を上げていたその人が。

彼だと。

遠巻きに大変だねえと眺めていた相手だ。その落ち着きようで、印象がうまく繋がらなかった。
俺は、知っている。

「そりゃあ、いい。
 そういう感じで、この街全体もよくなってくれりゃいいんだが……難しいわなあ」

踏み込んではいけない。
踏み込んではいけないことを、俺は知っている。

「俺も友達がこっちにいるって聞いたけども、見当たらんくてな」

わざとらしくないだろうか。わざとらしくない程度に。
俺『も』と。人を探しているんだ、と。きっと触れてはいけないかもしれない。
でも。……このくらいなら、『世間話』で、『言い間違い』の範囲内だ。

武楽夢 十架 >  
一人暮らしで自炊か。
いつからかしなくなった。
たまには家の台所を汚すのも悪くはないかと少し考えた。

「女の子は凝った料理、好きですもんねぇ」

さて、材料は適当に入れた。
あとはいい感じ茹で上がれば完成。ここまで来たら暇になるし、ここまで完成したらこの場をまとめてる人たちに任せても全く問題はない。

「全体をこういう風にって、割と夢見がち(ロマンチスト)なんですね」

そうはならない。
しかし、ならないから願うのか。

「先輩のお友達は……元気だといいですね」

そう言ったのは本音から。
その時僅かに微笑んだはずだが、それがどう見えるかは分からない。

「そうだ、最後にそこの施設内に保存食を運ぶんですけど手伝ってもらってもいいですか?」

逃げるように、話題を切り替える。
荷車の中に残った未開封の箱、中には缶詰や乾麺といったものが入っている。
大体置いて翌日にはなくなるが、無いよりはマシと何時も置いていく食料。

幌川 最中 >  
「そりゃあ、」

そりゃあ。「そう言ったほうが」聞こえがいいからだ。
当たり前のように染み付いた癖に、どうしようもなく笑う。
「そう思われている」ほうがよっぽど都合がいい。その懐の最中に潜むためには。

「なあ。……『こうしてる』ほうが俺もラクだしな。
 それに、下手な内輪揉めをしなくて済む。最近はちょっとの火でも引火する。
 火のないところに煙は立たない、なんて言うけども。
 火がついたとして、消すよりも油を注ぐような連中も、少なくないもんでなあ」

内部事情を平然と口にしながら、困ったように眉を下げた。
少しだけ緩んだ口元に目線を遣って、それ以上彼については何も言わなかった。
だが。踏み込んだ分だけ。相手のためなんかじゃあない。
自分の満足のためだけに口を開いてから、ほんの少しだけ唸るように呟いた。

「ま、『呪い』を背負っちゃあ、長生きはせんだろうからな」

人間を信じている男だった。
人間のありかたを信じている男だった。
いつだって足掻いていた。風紀委員会という大海の中でも。

きっと、噂によれば『此処』に流れてきたらしい。
であらば、きっと。あれだけの想い(のろい)を抱えた男ならば。
……今頃きっと、その呪いに内側から食い破られているかもしれない。

顔を上げる。

「よっこい、……アハハハ。歳取ると立ち上がるのも掛け声が必要だよ。
 はいよ、そんじゃ、十架ちゃんパーース。
 ……いやあ、悪いね。あれこれと、おっさんに構ってもらっちゃってさ」

荷車から箱を一つ取り出してから、思い切り遠慮なく十架に放り投げた。
二、三を積み上げてから、また自分の肩の上に置く。

武楽夢 十架 >  
いい人なんだろう。
きっと、この人は今の在り方が好きな人で大きな変化というやつは望んでいない。


「――…ああ、なんとなく幌川先輩と話して軽く理解しました。
 風紀も色々大変なんだなぁと……」

派手にぶっ放すのもいれば、全裸で説得するようなのもいるらしいし、ヤンキーみたいな人から美人だけど凄い強い人、後はそうあの変わった格好の彼も風紀に入ったとか噂は色々だ。
何にせよ、派手に動く者がいるのは悪いことではないが制御が効かなければ今の均衡は容易く崩せる。
そういう人材が風紀委員会にはいる。
火元が何も全てここからとなるとは限らない。

少し声色が変わったその言葉は断片的に拾った。

「背負った『呪い』次第じゃないですかね
 俺は……望んで背負う『呪い』は『願い』と同じだと思いますよ」


だからその果てであれば満足はしちゃうかな、
なんてぼやいた。



「俺の方こそ、先輩に仕事ほとんど任せちゃった感じあるんで
 ありがとうございます」

そう、言いながら投げられたダンボールを受け取って軽くよろめく。
危ないなぁと思いながら。


施設の中は、元教会の小さな礼拝堂といった感じで奥にはちょっとした居住区もありそうではある。
ステンドグラスは綺麗に残っている場所などなく、割れた場所には板やシートが貼られている。
奥には砕かた十字架と思われるものの残骸。

さて。

「ほんと、助かりますよ先輩」

今、この場には二人しかいない。
ここを宿にする者も今は外の炊き出しの周りだ。

荷物を置いて、振り返る。

砕かれた十字架の残骸を背にして、


「よければ、幌川先輩―――少し情報いただいたり出来ませんか?」


赤い瞳が幌川 最中を映した。


「この街の事とか……ちょっと知りたい人の事がありまして」

幌川 最中 >  
「アハハハハ、なるほどなあ。
 ……望んで背負い込んだら『願い』か。なるほど、それは。
 本当に『そう』なら、ちょっとだけ困っちまうな」

切り取られたイコンが、かつては「誰か」がいたことを静かに示す。
神は不在だ。いま、この会話を見ている相手も、中身を知っている者も。
目の前の青年と、自分だけだ。

「いやあ、楽しかったよ。久々に力仕事した、って感じでさ。
 ……こういう仕事ばっかりだったら毎日楽しいんだろうけども、
 きっと管轄は生活委員のほうが近かろうしなあ。隣の芝生が青い青い」

青年の背負った十字架に、ほんの少しだけ目を細めた。
血の滲むような赤い双眸は、肉食獣のような瞳で自分を見ている。
ああ。つまり。……首を、緩やかに横に振った。

勝てないのだ。『こういう』相手には。
誰かに導いてもらうことを望んでいない相手には。自分の道を持つ相手には。
降参、と言わんばかりに軽く笑ってから、その首を縦に振った。

「俺は独り言、結構多い性質でさあ。
 偶然、なんか変なこと言ったりする悪癖があってなあ。口が滑るかもしれない。
 俺は何も教えないけど、十架ちゃんの知りたいことには興味がある。教えてくれる?」

神はいない。――此処には、人がふたりしか、いないのだ。

武楽夢 十架 >  
ほんと、どうしようもない『願い』を抱えてしまっているなら
笑うしかない。

祈りは誰にも届かない。
 声は祝福を授けない。

呪いは誰も救わない。
 願いは天に受け付けられない。

だから、彼の言葉には十架は笑みを浮かべる事しか出来ない。


風紀の先輩に何でもかんでもやらせて嫌な思いをさせた、
なんてなったら今後の生活に響きそうだ。

「そう言っていただけるなら、よかった」

よかった。
だから、ここからはこの場にいる者だけで話をしよう。

「……無茶言ってすみません」

だから、最初に謝った。
この人の甘さにつけ込んだ事に。

「俺はちょっと前に知り合った一人の女の子の事を知りたいんですよ、
 その子がやろうとしてること。

 日ノ岡 あかねって子が何者で何をしようとしてるのか……」

少しだけ赤い瞳を泳がせて、
ああいう真っ直ぐな子は嫌いじゃないんですけど、と笑ってから
視線を戻す。

「彼女がやろうとしている『面白い事』を場合によっては」

声は冷めきって、
瞳はただ赤く。
ハッキリとした声で知りたい理由(ワケ)を口にする。

「―――否定しなきゃいけないから」

幌川 最中 > 男も、返すように笑ってみせた。
神が此処にいなくとも、彼は祝福されるべきだと笑った。
もし、誰一人として彼の行く路を祝福しなかったとしても、
自分だけは彼の行いと選択と想いを、肯定し、祝福せねばなるまい。

「あかねちゃんはどこでも人気者で羨ましくなっちゃうね」

そう笑ってから。謝られれば、「何のこと?」なんて気安く言って。
そして、聞かなかった振りをした。この島お得意の、十八番の『見ない振り』。
ことなかれ主義の極地。そこになにもなければ、意を向ける必要すらない。

祈りを向ける相手も、とうにいやしない。
呪いを向ける相手は、他ならぬ自分自身。

ああ。実に――ばからしい。
ああ、実に――、それは、晴れやかで。

「まあ、『女の子のこと』を知りたがるなんて、
 他のヤツには知られたくないわなあ。俺だったら、俺も同じことしたよ」

ここには男しかいないから。
「可愛い女の子」の噂話をするにはぴったりで。

「十架ちゃん、携帯持ってる? メアド教えてくれる?
 ついでに可愛い女の子の一人や二人、紹介してくれる?」

そんなことを言いながら、自分の手元で携帯端末を遊ばせて。
わざとらしく、十架の方へと放り投げた。

「ああーーーっと。手が滑った! ミステイク!」

画面に表示されているのは。
風紀委員会の《書庫》。かつてあった事件の残滓の寄せ集め。
違反部活、《トゥルーサイト》が摘発された理由。そして、彼女が背負う部隊の名。

《トゥルーバイト》。
そして、その触れ込み。『真理に噛み付く』。
どうしようもない『願い』が、そこには単調に記されていて。

「俺もねえ。……『こういうの』は、困んだよな」

肩を竦めて、実に仕方なさそうに――やはり、笑うのだ。

武楽夢 十架 > 彼女は人気者という言葉には、でしょうねと笑った。

――この人はお人好しだ。
――全く、ああ、全く、そのお人好しはまるで『呪い』だ。

この人の『呪い』を利用している自分に嫌悪しそうになる。
しかし、それを飲み込み背負う覚悟など二年前からしている。

それでも、何も感じない訳ではない。
知り合ってしまえば、揺れる気持ちの一つや二つ出来る。

だとしても、どんな『悪』であろうと必要であればしよう。

投げられた端末を赤い瞳はスローモーションのように捉える。
画面に映された内容、

受け取る際にワザと指が画面をスクロールさせるように動かして、
僅かな時間に表示された内容を記憶する。

ほんとに。
もっと早く出会っていたかったな。
そんな事を考えた。

「危ないですよ、幌川先輩。 ……先輩もこういうのに困る人で良かった」

雰囲気をわざとらしく同じようにして。けれど、続く言葉は感謝するように。

「手元が狂うなんて熱中症には気をつけてくださいよ?」

手に持った彼の端末を返す。
画面は星座占い。

――星座占い、本日の一位は蟹座。

幌川 最中 >  
ああ、悪とは。
ここに神がいない以上、純粋悪の神話は崩される。

あるふるい宗教では、悪をこう語っている。

――悪とは、神を見捨てた結果である。
転じて。神に祈らないことは悪である、という単純な理屈。

それであるならば。神の居ぬ間にこんなことをしている互いは。
とんだ悪人だ。敬虔な神の徒を改めさせようだなんて。
――ああ。どうしようもない『悪』というのは。
スナック菓子を添えたくなってしまうほどにありきたりで、手の届く場所にある。

「画面割って怒られるのが俺っての、おかしいよなあ。
 割れる画面のほうが悪い。そうさなあ、熱中症かもしらん。
 ……最高気温、34度っつってたからなあ。……ハハ、自販機でも探すかね」

端末を受け取って。
へらへらと笑いながら、ほんの少しだけ目を細め。
懐かしむような表情をほんのいっときだけ――きみへ。

十字をその名に背負った背教者へと。

「協力は惜しまん。……というよりも。お互い、『良いよう』に使ってこうや」

くるりと踵を返す。
十架に習って、その背をかつて誰かが祈ったイコンへ向けて。

「……ほんじゃ、一般生徒がこんなとこ、出入りするんじゃあないぞ」

お決まりの文句を口にしてから、ひらひらと片手を振る。
振り返らない。自分は、落第街に出入りする一般生徒を『注意』しただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。だから。

「ああ、十架ちゃんから茄子の一つでも貰ってくりゃよかったな」

ぼそりと呟いて、
開きっぱなしの画面をちらと見やる。

――蟹座のラッキーアイテムは、縁起でもない茄子の馬。

武楽夢 十架 >  
――故に、悪など存在しない。

それはただの目印でしかない。
都合のいい幻想を作るための。

しかし、自分の行いを正しくないと断ずる者はそれでも自身に悪を感じるものだ。
存在しなくとも、それでも世に悪は生まれる。

この世は矛盾にある。

「帰る際は気をつけてくださいね、ここで熱中症で倒れたら結構危ないですからね」

そう返す時の顔は、感謝/謝罪の笑みを浮かべて

「あんな事言いましたが、俺に出来ることなんてあんまりないんですよ。
 だけど―――」

 目を閉じた。

「今度は同じ夢の話をしましょう」

何を目指しているか、何が好きなのか。


彼の注意にそのままで一言はい、と応えてから
誰も居なくなった場所で一人、誰かに話しかけるように口を開いた。


「いい先輩だったね……
 ああいう人が居るってことをここでなら君も見れたかな……」


ここはかつて武楽夢十架が出会った少女が住んでいた場所。
ここは、彼が彼女の墓とした場所だ。

ご案内:「落第街・スラム廃施設前」から武楽夢 十架さんが去りました。<補足:黒髪赤目、足元が土に汚れた橙色のツナギを来た細身の青年>
ご案内:「落第街・スラム廃施設前」から幌川 最中さんが去りました。<補足:腰で風紀委員会の赤い上着をツナギのように結んでいる。人好きのする見目。>