2020/07/13 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に『拷悶の霧姫』さんが現れました。<補足:違反部活群の近く、違反部活『ヴレーデゥ・ワンデレン』の拠点から近くに位置する、とある路地裏。先まで降っていた雨は止み、其処かしこに水たまりができている。>
ご案内:「落第街 路地裏」に山本 英治さんが現れました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>
『拷悶の霧姫』 >  
夜風が心地よい。
夜闇に混じる喧騒も彼方。

誰も寄り付かぬその暗闇で、壁を背に預けた一人の少女が佇んでいた。
何も意味もなく、此処へ立っているのではない。

落第街大通りに走らせた、魔術的監視網。
そこで目撃した『あの男』の姿を追って、
拷悶の霧姫――白髪の少女エルヴェーラは此処へやって来たのだった。

昨日頬にできた小さな傷跡を人差し指で撫でながら、
昏い瞳を路地の外へ向けて、エルヴェーラは一人物陰に潜む。
傷は、たとえ引っ掻いたとて痛いなどとは感じない。
そのような感覚は疾うの昔から、『あの日』から消し去られている。

先日の一件、風紀による違反部活生の殺害。
その当事者である『あの男』。
そして、『あの男』が放つ力。

彼には、どうしても尋ねたいことがあった。
他の誰でもない、自分自身の口で。

山本 英治 >  
夜風が肌にまとわりついて気持ち悪い。
夜闇に僅かに耳に入る喧騒が俺の心を騒がせた。

弔花を手に夜の落第街を歩く。
自己満足とはわかっていても。
花を供えたかった。

俺はこれからも失敗するかも知れない。
俺はこれからも殺すことになるかも知れない。
それでも……俺は未来に会いたい。

路地裏に来て、彼が……ヨゼフ・アンスバッハが絶命して落下した場所へ歩く。

暗闇で壁に背を預けた小さな影がいることに気付く。

「誰かいるのか?」

声をかけた。そこは、ヨゼフの遺体が回収された場所のすぐ近くで。
胸騒ぎがする。

「こんな夜更けに………? あ、あんた…」

俺の予感は。外れたことがない。
未来が死んだ、あの時と同じだ。

『拷悶の霧姫』 > 「……なるほど、殺した相手への弔いとは――」

その手に抱えられた花を見れば、エルヴェーラは目を細める。
その声は何処までも冷たく、まるで氷のようだ。
ただ一声発しただけで、背中を鋭利な氷柱の先で撫でられるような、
そんな感覚を覚える者も居ることだろう。
それほどまでに、彼女の声には色が感じられなかった。

「――『殊勝な心がけ』ですね、山本 英治」

やはり、その言葉には色はない。感情がない。
故に突き刺すような音となって、目の前の男に突きつけられるのである。

「……私を見るその目。やはり、知っているようですね。私達のことを」

彼女は漆黒の面をつけており、黒い服に身を包んでいる。
噂に聞いたことがあるだろうか。
表には決して現れぬ、影の中で蠢く噂。
そして話に出せば、嘘だ作り話だと、嘲笑を受けるであろうその存在を。
ましてや、その名。
風紀委員や落第街に通ずる人間ですら、一部の者しか知り得ていない、その名を。

それは、違反部活を狩る違反部活、『裏切りの黒』の身につける
漆黒の仮面だ。

山本 英治 >  
一瞬、心が萎縮した。
演劇部の公演警備を担当した時に聞いたことがある。
どんなに演技が達者でも、声から完全に感情を消すことはできないと。
なら、どうして。
どうして。
この女性の声は。無色なのだ。

背筋が凍るような恐れを意思で捻じ伏せて。

「……俺が殺したことまでご存知とはな…」

空いた手で腰のホルダーに手をかける。
こんなオモチャみたいな……ただの拳銃で止まる相手じゃない。
そう、だって。相手は。

「ネロ・ディ・トラディメント………!!」

踏み込んだ一歩が、水溜りを踏んでぱしゃりと小さな音を立てた。

「……お仕事の帰りかい、ジュンヌ・フィーユ」
「それとも人を待っていたとでも?」

黒い人型の霧。
いや……霧の形に刳り貫かれた人型の闇。

息を呑んだ。

『拷悶の霧姫』 > 「ええ、現場を見ていましたからね」

腰のホルダーに手をかける目の前の男に対し、
重ねて声を放つ。
少女ほどの背丈を持つ人型の影。
かろうじて、少女の姿であることは認識できるが、
その輪郭は常にぼやけている。

「貴方を、待っていたのですよ。少し、話をしたかったのです。

拳銃に手を添える男を前に、少女の影は一歩、前へと踏み出す。

「貴方の異能、拝見しました」

こつり、と心臓を突くような鋭い靴音が路地裏に響く。

「圧倒的――」

足音が、小さく地を蹴る。
格闘の術と経験に優れた英治なら分かることだろう。
この女、まだ仕掛ける気はないらしい。
そういった、足の動きはしていない。
そして、微塵の殺気も感じない。

「破壊的――」

続く足音は、湿った音と共に、水溜りを揺らす。
ぴちゃり、と黒い水が踊る。

「そして、どこまでも暴虐的な、あの力――」

そうして男の目の前に立てば、少女の影は彼を見上げる。


「――あの、破壊衝動」

そこで、立ち止まる。
手も足も動かさず、何もせずに立っていることが逆に不気味ですらある
だろうか。

「とてもとても素敵な、闇を感じましたよ」

山本 英治 >  
「あんた…あの場にいたのか………」

風紀の摘発の真っ最中に、こんな存在がいて誰も気づかないのか?
いや、気づかなかったんじゃない……気づけなかったんだ…!!
この存在は、闇に紛れてあの場で俺がヨゼフを殴り殺す瞬間を見ていた!!

「俺を……? 名前まで調べて、ご丁寧なことだな…」

相手の足音が路地裏に響く。鼓動が早鐘を打つ。

「止まれ」

撃つべきか。この距離なら脚と思える部位を狙える。
でも、相手は……少女で、まるで敵意が感じられない。

「止まれ……!」

拳銃を抜くことが、できなかった。
そうすれば、撃つか撃たないか以外の選択肢がなくなる。
それは己の魂の敗北に等しい。

「…………」

構えを解く。上半身をリラックスさせ、脚に大地を感じる。
上虚下実。いつでも相手の行動に反応できる立ち方だ。

その上で……相手の話を聞く姿勢を取った。

「俺に……闇が………?」
「いや、言わなくてもわかっている。俺の異能は精神を蝕む」

水溜りに二人分の影が映っている。

「そんなことを指摘しに来たのかい? ジュンヌ・フィーユ」

見下ろすその異質な存在。畜生、また予感が当たった。

『拷悶の霧姫』 >  
「いいえ、もう少しだけ踏み込んだことを……聞きに来ました」

小さく頭を振る。
男の目の前で、人の形をした闇が蠢く。
纏う空気は何処までも冷たいそれだったが、
その輪郭からはまるで迸る炎のように影が散り、踊る。

「……やはり、精神を蝕む異能でしたか。
 貴方の異能は振るえば、その心を削り取り、堕としていく。
 そして貴方の奥底にあるものは、紛れもない破壊衝動」

少女の影は小さく、頷く。
そうして、目の前の男を、影の奥の瞳でじっと見つめる。

「その点を踏まえた上で、風紀委員である貴方に、
 私はどうしても問わねばなりません。
 ああ、悪意はありません。純粋な興味なのですが……」

冷たい声が、重みを増していく。
透明なまま、確かな意志を持って。


「この世には、この都市には、対話が通じぬ悪が存在します。
 貴方も、見たように。決して分かり合えぬ、相容れぬ存在が
 居ます。貴方は、彼らにどう立ち向かうのでしょうか」

淡々と、ただ淡々と、凍てつく声で少女は語る。
やけに生ぬるい風が、少女の放つ雪の音が響く路地裏を吹き抜けていく。

「また『あの力』を……振るうのですか?」

何の抑揚もない声が、英治に向けられた。

「また……『殺す』のですか?」

少女は更に一歩、踏み込んだ。
最早、両者は目と鼻の先である。

山本 英治 >  
「そうかい? ジュンヌ・フィーユに興味を持ってもらえて光栄だ」

頭を振ったのがわかる。
これはただの異形じゃない。認識阻害だ。
それがわかってもどうしようもない。
相手があまりにも異質で、一手先の考えもまとまらない。

「……それは否定しない」
「いや、否定できないというのが正しいな」
「俺の心には悪魔が住んでいて、いつだって最後から二番目の歌を歌っている」

最後から二番目。それは破滅。

相手はさらに近づきながら俺に問う。
どうするかを。同じことが起きたら、どうアクションするかを。

「人と人が分かりあえるようになったら、いなくなった人ともまた会える」
「その日のために、俺は人と分かりあうための努力をやめない」
「それでも………生きているだけで悲劇を生む悪と相対したら」

「俺はこの拳を必ず振るう」

隣を向いて、少し窪んだ部分に花を供えた。
雨の名残が、垂れて花の一輪を打った。

「その度に苦しむし、悩むし、後悔する」
「けど……もう歩みは止めたくないんだ」

「あんたはどうだい?」

立ち上がって“彼女”に向き直る。

「悪を殺す悪であり続けるのか」
「その先に何が待っていても……その手を汚すのか?」

それは裏切りの黒《ネロ・ディ・トラディメント》に問う。俺自身の言葉。

『拷悶の霧姫』 > 「誰の心にだって、悪魔は住んでいます――」

影は男の言葉を肯定し、更に語を付け足す。
誰の心にも。

「――ただ、貴方の悪魔は他の人間が持つそれよりも、強力すぎる。
 力が強大な分、その闇もまた深い。貴方もよく分かっている通り、
 御すことができなければ、待っているのは、取り返しのつかない破滅のみ。
 そしてその破滅はきっと、貴方だけでなく多くの者へ波及することでしょう」

水溜りに、木の葉から滴り落ちた闇の雫が落ちて、波紋を作る。
二人の影が、水溜りの中で揺れ動いて、蠢く。

「それでも。
 何度傷ついても、何度倒れても、立ち上がるというのですね。
 その身に受けた呪いに蝕まれても、抗ってみせると、そう言うのですね――」

目の前の男に、彼女がよく知る男の影を見た気がした。
その男はいつだって、人を信じて対話をすることを止めなかった。
人間の在り方を信じ、愛していた男だった。
そして、ここぞという時には命を懸けてその拳を振るい、
そして――この世界から居なくなった。

『分かり合うための努力をやめない』と。
堂々と口にして見せる、目の前の男も、きっと。
影の奥で、その口元が少しだけ、ほんの少しだけ緩んだ。

「――です、か」

その言葉を受けた少女の影は、少し黙った後に、自らの仮面を軽く叩く。
すると、彼女を纏っていた影は消え去り人型の影は、少女の姿へと変わった。
そこに立っていたのは、白髪の少女だ。
顔の上半分を黒の仮面で覆った彼女は、右手で仮面をすっと軽くずらせば、
その瞳を、彼に向けて、問いに答える。
『拷悶の霧姫』が、その瞳を合わせる。
それは、彼女なりの最上級の敬意だったであろうか。

「ええ、それが私たちの矜持ですから」

宝石の如き昏く紅い瞳は、目の前の男を映し出している。
ぱちり、と瞬きをしなければ、人工物だと勘違いする程に
精巧な瞳が、じっと彼を見つめている。

「私たちのような悪は、穢れも呪いも、背負うものです。
 いや、背負わなくてはならない。
 光なくして影は在り得ないように、影なくして光は在り得ないのですから」

少女は、少しだけ素顔を見せていた仮面を元に戻す。
再び影に戻ることはない。そこに居るのは、仮面でその顔を覆った、
ただ一人の少女だ。

「貴方の言葉、信じても良いのでしょうか。
 貴方の信じた道を歩み続けると、『約束』してくれますか?」

仮面の奥で、少女は目を細めれば、男を見上げて、契る言葉を放つ。
雲は流れ、月の光が二人を、照らし始める。

山本 英治 >  
「………そうかも知れない」

それでも。ああ、それでも。

「それでも俺は信じた未来に後悔したくない」
「破滅を恐れて行動しないまま、目の前で悪意が命を食めば」
「俺が……俺たちが信じた未来が遠ざかる」

ふと、周囲の喧騒が途切れた。
一瞬だけ、相手の声が今までよりはっきり聞こえた気がした。

彼女は仮面を外し、美しい紫水晶の双眸を俺に向ける。

「……いいのか? 俺は風紀だぞ」
「カメラを隠し持っているかも知れない」
「あんたの可愛い素顔を、指名手配するかも知れないぜ」

自分でも言ってて笑いそうになるくらい。
それくらいの嘘だった。
カメラも、彼女の正体を強引に探る気もなかった。
俺は……風紀失格なのかも知れない。

俺の黒と、彼女の紫。二つの視線が交差する。

「俺たちは似ているのかも知れない」
「光と影、二つの立場で照らされざる闇を追っている」
「誇りがあり、信念があり、目の前の悪意を見ている」

「感傷的に過ぎるかな、ジュンヌ・フィーユ?」

器用に片目を瞑って見せた。

「あんたが素顔を見せてくれたように」
「俺も覚悟を見せよう」

「約束だ、裏切りの黒《ネロ・ディ・トラディメント》……」
「俺は俺の信じた道を進み続ける」

月光は俺たちを照らす。
明日は晴れる。俺は何故かそう確信していた。

『拷悶の霧姫』 > やはり、似ている。
白髪の少女――エルヴェーラは彼の顔に、『あの男』を重ねて見た。

目の前の男は、似ている。
裏切りの黒を立ち上げた男――裏切りの律者《トラディメント・ロワ》に。

しかし彼が、山本 英治がロワと違うのは、その瞳だ。
その瞳は、まだ死んでいない。
それは、大きな枷を背負っていても。
それでも倒れず前に進もうと『未来』を見る目だ。


「嘘をつくのが下手な人……なのですね、山本 英治」

ぱちぱちと、瞬きをしながらそう口にする白髪の少女。
口元だけ仮面で覆っているものだから、声がくぐもっている。

交差する視線。
ほんの僅かな時であったが、それはとても長い時間に思えただろうか。

「ええ、感傷的に過ぎますね。あと、キザも過ぎます」

細目でじっと目の前の男を見て、虚ろな瞳はそのままに、
氷の張った水面の如き抑揚で、少女はそう返す。

「『約束』は確かに交わされました、山本 英治」

英治が約束を交わしたその瞬間、彼女の瞳、仮面の奥に隠れたその瞳が、
金色の輝きを見せたように見えた。


「拷悶の霧姫《ミストメイデン》。それが私の名です。
 聞きたいことは聞けました。ですから、後は。
 貴方の、そして風紀の行く道を、影から見守っていますよ、山本 英治」

マントを翻して、拷悶の霧姫《ミストメイデン》と名乗った少女は
男に背を向け、歩きだす。
ただただ静かな風が吹き抜けて、彼女の髪とマントを揺らしている。


「ゆめゆめ、道を違えぬよう――」

そうして。
彼女が去り際に発したその言葉は再び、背筋の凍るような声に戻っていたのだった。

山本 英治 >  
全然似ていない。立場も違う。なのに。何故。
俺は彼女の言葉に、遠山未来を思い出しているのだろう。

「レディーを嘘で丸め込む男は、より破滅に近いだろうさ」

感傷的とキザと言われればアフロをぐしぐしと触って。

「そりゃないぜ」

と、言って口元に笑みを浮かべた。
最初に感じていた緊張は、もうなかった。

相手の瞳が一瞬、金色に輝いた。
ように見えた。
気のせいだっただろうか……?

金色の眼の女。La Fille aux yeux d'or───
その色の瞳は特殊性の高い異能者が持つと言われるものだ。
もはや常世学園において伝説に近い。……まさか、彼女が?

「見てな、拷悶の霧姫《ミストメイデン》」
「俺が……俺たちが紡ぐ未来を」

互いが背を向けて去っていく。

「違えたら、殺しに来い」

それが俺の言葉。俺の覚悟。そして俺の約束だ。

ポケットに手を入れて路地裏を歩く。
残されたものは、月光に浮かび上がる弔花のみ。

ご案内:「落第街 路地裏」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。<補足:違反部活群の近く、違反部活『ヴレーデゥ・ワンデレン』の拠点から近くに位置する、とある路地裏。先まで降っていた雨は止み、其処かしこに水たまりができている。>
ご案内:「落第街 路地裏」から山本 英治さんが去りました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>