2020/07/16 のログ
ご案内:「紫陽花之園」に紫陽花 剱菊さんが現れました。<補足:紺色のコートに黒髪一本結び。紫陽花を彩った竹刀入れを携えた男性。>
ご案内:「紫陽花之園」に山本英治さんが現れました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>
ご案内:「紫陽花之園」に神代理央さんが現れました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>
紫陽花 剱菊 > 常世神社付近、鮮やかに彩る紫陽花の花々。
肌に纏わりつく小糠雨の中に、男は一人佇んでいた。
傘もささず、纏わりつく水泡を一身に受けた。
男は元々仏頂面ではあったが、今日はより一層眉間に皺が深く。

「…………。」

この、曇天よりも浮かない表情だった。

山本英治 >  
暗い色の傘を差して。紫陽花の園に足を踏み入れる。
本日は生憎の雨模様。空が泣いている。そう思った。

「どうした、紫陽花さん」

深刻な表情をする彼にこそ、明るく話しかけて。

「水も滴るってやつかい、今日は何事だ?」

肩を竦めて言う。傘は雨垂れを足元に仕向けた。

神代理央 > 纏わりつく様な小雨の降りしきる紫陽花の園。
先に訪れていた二人の後から現れたのは、霧雨を拒絶するかの様な、上質な漆黒の傘を構える少年。

「……公安の狗が、やけに情緒的な場所を指定したかと思えば。何ともまあ、愉快な面子ではないか。懇親会の続きでも企画したのかね?」

傘もささずに立ち尽くす黒の剣士と、年上の後輩の姿に少し目を見開いた後。
呆れた様な声色で声をかけながら、その場に足を踏み入れるだろうか。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

見知った気配が二つ。
男は背を向けたまま、振り返ろうとはしない。
濡れた黒糸のような髪は、此の曇天の中でも女性の髪の様な艶やかさを保っている。

「……其の方等、息災で何より……。」

何時もと変わらない静かな声音。
其れでも、男の表情は浮かばない。

「ただの顔合わせ……其方等の近況が知りたくて、な。」

思い思いに邂逅し、特に片割れとは命を凌ぎ合った仲。
気を掛けた以上、互いに命ある内は……と言うのも、建前なのだが。

山本英治 >  
神代先輩も呼ばれていたのか。

「懇親会、ねぇ………」

鼻の頭を擦って、一歩前に出た。
雨は今も花を濡らしている。

「近況かい? ああ、構わないが……風邪、引かないか紫陽花さん?」

ガリガリと頭を掻いて。

「とりあえずヒメと呼ばれる少女を探している、異邦人だ」
「これくらいの子で………見つけたら一報くれ」

「あとは……………そうだな…トゥルーバイツの……」

言葉尻を濁す。機密を勝手に覗いたこと、立場を危うくしそうだ。

神代理央 > 「近況、と言うてもな。最後に貴様とあってから、さして変りなど無い。特段腕がもげた訳でも無ければ、種族が変わった訳でも無い。強いて言えば、第一級監視対象の監査役に収まったくらいか。まあ、日々平凡と、違反生を刈り取る日々よ」

陰鬱、と言う程では無いのかも知れないが。
少なくとも己が知る紫陽花剱菊という男が、普段浮かべてはいない陰を纏う様な表情。
そんな表情を眺めながら、僅かに吐息を吐き出して言葉を投げ返す。

「そういう話題を切り出す時はな。貴様自身に何かあったのだと言う様なものだ。態々風紀委員を二人集めてまで。貴様は一体、我々に何を話したいのだ、紫陽花?」

漆黒の傘を天幕の様に。その彼方から投げかける様に。
霧雨に濡れる男に言葉を紡ぐ。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

「懇親か……慰めを求める程に惑うているのは違いない……。」

理央と英治の言葉に、ゆっくりと振り返る。
何時もと変わらない仏頂面。濡れた前髪が、額を隠す。
但し、水底の如き黒の瞳。二人と出会った時、生き様を再び定めた時、底に僅かに光は在った。
……だが、如何だ。底は見えぬ、奈落の黒。険しい顔も、弱気なものだ。

「……二人は、先達ものを見つけたか……?否、済まない……嗚呼、そうだ。そうだな……。」

理央の言葉に、苦々しく頷いた。
そうだ、何か在ったから呼んだ。
人を呼ぶ事だけは心得ていたらしい。
何も知らぬと言ったくせに、"そう言う温もり"を求める心を。

「……『トゥルーバイツ』か……。」

真理に噛み付く……いや、自分は知っている。
ただの狂信集団では無く、其れが純粋な"願い"であったことを。

「…………。」

「……其方達も風紀委員。志は違えど同じ屋根の下……彼奴等について、如何思う?」

山本英治 >  
「神代先輩、例え話が尽くシリアスプロブレムですって」
「第一級監視対象の………」

それから続く言葉には、僅かに眉根を顰めた。
刈り取られている違反生。命だ。

それから紫陽花さんがトゥルーバイツについて聞けば。
何でもないという風に。

「命を賭して真理に噛みつこうとしている、という感じでしょうか」
「………聞いた感じだと、命を捨てるも同然の結果が待つ」
「そんな集団だ………」

「本音で言えば、止めたい」

園刃先輩や、あかねさん。
それだけじゃない。隊員一人一人の顔が思い浮かんでいく。
上手い例えが見つからないが……彼女らが死んで終わり、でもなさそうだ。

神代理央 > 懐から薄い金色に輝くケースを取り出し、中から手元に収まるのは一本の煙草。口に咥え、愛用する仏蘭西製のライターで火を付ける。
オイルライターの蓋が、カキンと小気味良い音を立てた。

「トゥルーバイツ、か。まさか、公安の狗からその名を聞くとはな。構成員に知り合いでもいるのかね。それとも、部隊長たる日ノ岡あかねと交友でもあるのかね」

どうでも良い事だが、と肩を竦めながら吐き出す紫煙。
千切れた糸の様な小糠雨に、白煙は消える。

「シリアスプロブレ……?お前の例えは何というか…独特だな。
とはいえ、先日腹に穴が開いた身だ。笑い話として聞いて欲しかったのだがね」

眉根を顰める年上の後輩に、小さく苦笑い。
彼の表情の理由も何となく分からなくも無いが――それは、此処でする話では無いだろう。

「さて、トゥルーバイツについて、だったか。山本は私と異なる見解の様だし、あくまで個人の意見、としての話になるが」

「アイツらは、二度目のイカロス。太陽に向けて羽搏く愚者。欲しい玩具を目の前にして足掻く子供。それ以上の感想は無い。
学園の体制に。システムに。大きな影響を与えるものではない、と考えている」

「故に、彼等の行動を止めたりはせぬさ。真理で世界は変わらぬ。変わるのは、人だ。彼等が命をかけて変わりたいというなら、体制に歯向かうまでは好きにさせておくさ」

紫陽花 剱菊 >  
「─────……。」

雨足が少しばかり、強くなる。
紫陽花の花弁に水泡が弾け、弱々しく枯れかけた花弁は見るも無残に散っていく。
差ながら其れこそ、『トゥルーバイツ』に対する世間の表れだと言わんばかりに。

「……止める、か。止めるともすれば、"其方如き"では其れも敵わないだろう。」

「私が、懐刀でも在るが故に。」

英治の言葉に、淡々と返した。
公安で在りながら監視対象とも言える其れ等に手を貸す事に微塵も躊躇しない背刃の言葉。
そして、余りにも不釣り合いな言葉、力の誇示。
紫陽花 剱菊と言う男が吐くには、余りにも不釣り合いな虚勢。

────現に如何だ。二人に出会った時の鋭さも、覇気も無い。

あの刃の様に鋭く、静かに道を示した言葉も、道を違えぬように対峙した眼光も
何もかもが、弱々しい。

「……無謀と言うので在れば……私も同じ意見だ。」

そう、余りにも無謀だ。武に生きた男である以上、"負け戦"の匂いには敏感だった。
無論、彼は勝ち続けてきた訳では無い。戦いの中で生き残ってきたのは、そう言う機敏があったからだ。

「負け戦自体は……慣れている。生き残る術も心得ている……だが、如何だ?」

「私は、個人の喪失を恐れている。……己のいた世界で、御時の隙間を縫うが如き、幾度の個を奪い続けた。私は、そう言う人間だ。」

「……胸中を明かせば、私は其方達を好ましく思うが、斬る事に"躊躇い"が無い。」

乱世の世に生まれ付いた異邦人。
斬ったのは無辜の命ならず、其処には戦友、親しき者、家族さえいたかもしれない。
余りにも膨大な命を奪ってきたが故の忘我。
そして、生きる為に悲しみはすれど、"躊躇い"はない。
同じ世界の人間と同じ姿だが、覇を競い合う世界に居たその価値観は、紛れもない異邦人。

「……唯一、虚像にしても斬れなかった少女がいる。其れが、『日ノ岡 あかね』だ。」

静かに、二人を見据える水底の黒。

「……彼女を知った、教わった。故に、手を伸ばした。"刃"に無き"手"を使う為に、"人"として……全てが終わった時も彼女を『待つ』と誓った……。」

「……彼女を恐らく、愛しているのだろう。だから、私は彼女やる事を止めはしない。阻む者、一切合切斬り捨てる。……つもりだった、が……。」

「…………良いのを、貰った。私は手が早いらしい。人の愛すら知らぬ、破廉恥な男だと。」

自らの頬を、撫でた。今でもあの痛みが、残っている。
ぽつぽつと語る、自らの変化。刃と生きたが故に人を愛する事も知らない。獣と相違ないといえばそうだが


この男の語りは、ただの軟弱な弱音と切って捨てる程に、語るに落ちている。
あかねを愛したと言った男は、其の水面に少女の姿も、ましてや打ち明けた二人も映してはいないのだろう。
何も見えない、水の底。余りにも惰弱な、"甘え"である。

山本英治 >  
「確かに……あの怪我も大変だったでしょう、ほら、彼女さんが泣いたりとか」

色男も大変だぁと困ったように笑って。

「イカロスの物語は終わった後だが……彼らは終わっちゃいない」
「止める方法もあると思うんですけどね………」

そして紫陽花さん……いや。
一振りの刃、紫陽花 剱菊の懐刀という言葉に。

「へえ」

と顔を歪めた。意外な関係もあったものだ。
しかし。

「そういう言葉は……胸を張って言うもんだ、男ならな…」
「理由を伺っても?」

そして詳らかにされる感情は。

「あかねさんを……愛している…?」

表情が険しくなる。もう色男と巫山戯ることもできない。
何故。どうして。紫陽花 剱菊という男が。
一瞬で感情が沸騰した。こいつが語ることは、納得いかない。

「ならどうしてトゥルーバイツを! あかねさんを止めない!?」
「真理に触れたらどうしようもなく人は死ぬんだぞ!!」

「惚れた女が死ぬ儀式───それを守るのが男かよォ!!」

「女はどうでもいい男に対して、痛むほど殴らん!!」
「その意図がわかっているはずなのにどうしてだよ!!」

神代先輩に振り返る。

「神代先輩も何か言ってやってくれよ! アンタだって人を愛する気持ちがわかるだろ!」

神代理央 > 「……あー…その、何だ。トゥルーバイツ云々は全く関係無く。
随分と意気消沈しているから何かあったかと思えば。貴様、日ノ岡とそういう関係になった挙句、何かしら揉めて気を落としているだけなのか?」

最初は、紫煙を煙らせながら彼の言葉に真面目に聞き入ってきた。
しかし、個人の喪失を恐れている、という件からちょっと首を傾げ始めた。愛している、辺りから肩を落とし始めた。
こんな場所に態々呼び出された挙句、深刻そうな表情と態度なので何か大きな事件でもあったのかと思えば。
当人にとっては大事件かも知れないので、深く言及することは無いのだが。

「実に下らん。惚れた腫れたで悩むなら一人でも出来る事だろうに。なあ、やまも――」

と、振り返りかけて。真剣な表情で紫陽花に叫ぶ後輩の姿に口を噤んだ。情に厚い男なのだなあ、とちょっと思考を放棄する。

「……まあ、その、山本。言ってやるな。恋愛に限らず、人の関係性というのは他者が口出しするものではない。コイツとて、何かしら思う所があって日ノ岡に協力して――それを今更後悔しているのだろう。彼女を喪うという未来を、畏れているのだろう」

「お前が叫んだ様にコイツが惚れた女の死に情を抱かぬ様な男ならな。こうも女々しく、我々を呼び立てたりはせぬさ。決意が揺らいだか、或いは抱える恐怖に耐えかねて、我々を呼び出したのだろう?」

此方に振り返った後輩に、溜息交じりに言葉を返す。
恋愛相談の類なら、間違いなく人選ミスではないだろうか、とちょっと項垂れながら。

「私から言える事など余り無いぞ。第一、私が惚れた女を死なせるものか。傷つけさせるものか。私の女を傷付ける輩など、その存在すら許さぬ」

「貴様も、それくらいの気概を持って…いや、持ってはいたのだろうな。それでも尚悩んで、悩んで。日ノ岡と初々しい喧嘩でもしたか」

雨粒が煙草に染み込む。吹かしていた紫煙が、僅かに鈍る。

「それで?我々にどうして欲しいのだ。彼女を止めて欲しいのか。悩みを聞いて欲しいのか。軟弱な男だと、責め立てて欲しいのか。
――彼女を喪う勇気を、もう一度手に入れたいのか」

煙る紫煙の中から、三人の中で一番幼さを残す声色が、傘の中から投げかけられる。

紫陽花 剱菊 >  
さんざめくような雨が、身を濡らす。
元々冷たい体温が、心が、更に冷え込むような気がしていた。
英治の激情に任せた言葉の拳も
理央の冷徹な弾丸の声音さえ
今の己には耳朶が千切れそうなほどに痛い。
何方も其の通りだ。其の通りなのだ。
だからこそ、酷く悲痛に剱菊の顔は歪んだ。

「──────……わからない。」

理央の言葉も、英治の言葉にも、剱菊は答えを見出せない。
女々しい考えと誹るなら尤もだ、そう言う自覚もある。
愛する女を死地に生かす愚者に相違ない。そう言う自覚がある。
ありとあらゆるものが拮抗する中、彼が行ってきた事は須く──────……。

「……止めろと言えば、出会いの中で彼女を殺そうとはした事は在った。……其れが怪物で在れば殺していたとも。」

そう、事実刃を向けた。だが、其れを通す事は出来なかった。
何故ならそこにいたのは、日ノ岡 あかねとは……『ただの少女』に過ぎなかったのだ。
斬れはしなかった。"悉く全てを斬り捨てる事を選択した刃を捨ててまで、手を伸ばした"。
そこに残った、紫陽花 剱菊と言う"人"は──────……。

「……如何なるものでも、斬って捨てて見せた。"それしか"知らない……。」

乱世の世で、男が出来た事はそれしかなかった。
故に、"人"として選んだ所で、何もそこには残らない。

「────罵詈を並べて解決するなら、是非ともしてほしい位だ。理央……。」

「後悔をすれば、如何にかなるのか?懺悔をすれば、私は許されるのか?」

濡れる手を、強く握った。
己を苛めるが如く強く、拳を握った。

「────すべからく、如何すれば良かったのだ……!?私とて、彼女を失いたくは無い……!無謀と分かって送りつけるものの辛さを知ってしまった……!」

「血染めの生涯には、余りにも自分勝手だと理解している……事ともせず、彼女の願いを、理解してしまっている……!」

「私は、人を斬る事しか能が無かった。私なりに彼女を愛そうとして……なら、私は如何すればよかったのだ……?」

「平気な顔のまま、彼女に"黄泉路を辿れ"と送り付けるべきだったか……?」

「……どうすれば、良かったのだ……。」

声を、荒げた。
"人"として残ったものは、余りにも不器用なものでしかない。
其れもそのはず、刃とは、人に握られるもの。
そう、大局の意志に流されるもの。『選択』せずに、流されるままに。
結局の所、何も"自分の事は"選んでいない。在るがまま、成すがままに斬ってきた。


……そんな男だと、二人の前暴かれた。刃失くしては弱きもの、と。
あれ程までに迷いを払った言葉も、正道を正すべく立ち塞がった力も



今は失く、其処にいるただ情けない男に、何とする……?

山本英治 >  
「神代先輩………」

そうだ、彼の言う通りだ。何も事情を聞かず、怒るのも。
人の関係に口出しをするのも。筋違いだ。
そして紫陽花さんも迷っているんだ。

そうだと言ってくれよ、紫陽花さん。

その後の絞り出すような言葉に。
俺は……後悔の臍を噛んだ。
わかってないはずがない。
理解してないはずがない。

なのに、自分勝手な言葉をぶつけた。

「紫陽花さん…………」

ごめんな、園刃先輩。レイチェル先輩。あかねさん。
俺にはこうすることしかできないんだ。

「それでいいのか?」

問う。悲痛なまでに表情を歪めて、傘を放り捨てて。
せめて、同じ雨に打たれたかった。

「俺の言葉に従うんじゃなくて自問自答してくれ」
「それでいいのか?」

「今のままだとあかねさんは死ぬ。コインを真上に放ったら足元に落ちてくる確率に等しい」
「それでいいのか?」

くしゃくしゃに歪んだ表情のまま、問い続ける。

「ちゃんと考えてくれよ、紫陽花剱菊」
「俺は何度だって問うぜ……アンタの大切な人は、まだ生きてるだろ…」
「俺とは違う」

それでいいはずがない。
今のまま終わって。いいはずがないんだ。

「大体、真理ってなんだよ」
「嫌なことを消し去ったり、世界を捻じ曲げて自分の望みを叶えるのが本当に真理なのか?」

「それは希望でも未来でもねぇ!!」

「誰もが欲しいものは、存在しちゃいけないものだろ!!」

なぁ……紫陽花さんよ………
本当にそれでいいのかい………?

神代理央 > 「雑言を浴びせて解決するかなど、貴様次第であろう。罵声を浴びせても貴様自身が解決の糸口を見つけなければ、此方も浴びせ損だ。無駄なカロリーを使わせるな」

フン、と彼の言葉に高慢な吐息と共に言葉を返す。
しかし、人を愛するということに、こんなにも深く悩むものなのか、と思考を走らせかけて――己も大差無い事に気付き、その思考を停止させた。

中々に難儀な悩みを抱えているのは理解出来る。
想い人の決意を揺らがせる訳には行かず、かといって死地に送り出す決意を固める迄もいかず。
"初めて"の恋に悩む男は、以前対峙した時よりも随分と小さく見えた。人の左腕を貫いておいて、此の様とは。
笑い話にも、なりはしない。

「どうすれば良かったか、だと?軟弱な言葉だ。唾棄すべき言葉だ。自らの選択を悔いるなど、自己に矜持無き者のする事だ。
大体、そんな問い掛けを投げかけられたところで私が知った事か」

恐らく、年上の後輩はきっと彼に優しい言葉を投げかける。
情に厚いからこそ、彼を再び前に進ませる為に。立ち上がらせる為の言葉を投げかける。
なら、己が投げかける言葉は嫌われ者だ。こんなもので奮起するかどうかは。彼の"選択"次第だが。

「そもそも。その問い掛けは我々にするべきではなかろうに。話すべき相手は、日ノ岡あかねであって、むさくるしい風紀委員では無い。貴様は要するに、愚痴を吐き出しに来ただけだ。自らの選択が誤ったのではないかと怯え、その不安を吐き出しに来ただけだ」

「その上で答えてやろうか、公安の狗。選択に後悔しているのなら。未だ進む道を悩み、怯えているのなら。
――諦めろ。何もせず、彼女の終わりを見届けろ。どうすれば良かったのか、どうすれば良いのか、などと腐り、行動を躊躇う男を、日ノ岡あかねと言う女が求めるものかよ。
思い出に浸った儘、刀と共に錆ついていけば良かろう」

根元まで灰になった煙草を、ポケットから取り出した携帯灰皿に捻じ込んで。何時もの様に。いや、何時も以上に。尊大で傲慢な言葉を、彼に投げかける。

紫陽花 剱菊 >  
「──────……!」

それは反射的な行動だったかもしれない。
二人の言葉に、体動いた。空が、裂けた。
其の手に持つのは、鈍色の刃。異能で生成された、打刀。
翳した片腕は、既に振り切った後。其の証拠に、遅れて次々と地面へと落ちる紫陽花の花々。
足元を染める見事な藍色たちは、無残に雨に濡れ、流されていく。
よもや、武に生きるものが間合いを見誤る事も無いはずだというのに
愚かな感情のままに振るった刃は、二人の体に傷一つ付ける事は無い。

「……聞いた様な口を利くなッ!!英治!貴様が彼女の何を識って其れを吐いた!?」

「彼女はッ!!『持ち得て』すらいなかったのだぞ!?"当たり前"に胡坐を掻いていたまま物申すとは笑止千万ッ!!」

「私とて途方が付かない位に、彼女はあらゆる事を試した事が"真理"だ!得体の知れぬ魍魎だッ!?」

「────そんなものに頼るべきでも無い事位、私自身が身に染みて理解を得ている────!」

激情。感情の吐露。
今迄押し込めていたものを一度に吐き出すかのように
雨音をかき消すかのような怒声が響き渡る。
切っ先を二人へと向け、本来ならあり得ない、持ち得るはずの無かった激情を二人へと、ぶつけた。

「このまま錆び付く事が正解だと言うのか!?貴様はッ!!そんな事を求められていないのは、私自身が知っている!!」

「黙って終わらせる事も出来るはずもないのに、"それしかない"と言われた此の事実をすずろのまま流せと言われて、いいはずも無い!!」

「あかねの願いが終わりに近しいのは、私とて理解している!?見届けろだと!?出来るはずが無いッ!!」

抑えの利かない激情を、臆面も無く吐き出した。
紫陽花剱菊が、抱いてしまった赤心そのものだ。
普段の彼とは想像もつかない程感情的で、肩で息を切らし、睨みつけた。
そして、"知っている癖にこの様だと言うのは、愚かしい"。

山本英治 >  
散華する、美しかったものに目を向ける。
風紀にいてこの男の噂を聞くこと三度や四度ではない。
鮮やかなりし公安の白刃。
それが……苦悩しているのだ。

「わかんねーよ!! 持ち得ていないあかねさんも!! 何もなかった園刃先輩も!!」
「俺にゃわかんねーよ!!」

「それでも俺はアンタに問い続けるぜ!! それでいいのか!?」

「理解しているなら、考えてくれ紫陽花剱菊」
「俺は決めたぞ……トゥルーバイツの邪魔をする」
「園刃先輩を連れ戻して、必ずレイチェル先輩に会わせる」
「アンタも考えてくれ」

「悩んで、悩んで、悩んで……気が遠くなるような思索の果てに答えを出してくれ」

「それは余人に委ねちゃいけない」
「自分だけの真実のはずだろ」

「俺よりわかってるんだろ!?」
「俺より強くて俺より頭が良いんだろうさ!!」
「だったらちゃんと悩めよ!!」

息を切らして、足元の花を一輪、拾う。
青い紫陽花。花言葉は『無情』。

「俺は親友を喪ったぞ!!」
「七年塀の中で後悔して、今も後悔し続けてる!!」
「アンタはその辺を誤魔化してるんだ!!」

「……大切な人を失った世界で、何度………朝を迎えるつもりだ…!!」

雨が降る。虹なんて、期待できそうもない。そんな雨だ。

神代理央 > 大地に落ちる、紫陽花。
まるで罪人の首が落ちるかの如く大地に打ち捨てられ、流れていく花びらを醒めた瞳で見下ろす。
あの夜、己を追い詰めた刃の煌きは、そこには無い。

「そうだとも?だって貴様は、それしか出来ぬでは無いか。
日ノ岡は自らの目的の為に行動している。それが何なのか、知る由も興味も無いが、彼女は間違いなく、目的の為に行動している。
さて、それで貴様は。彼女を愛していると言った貴様は、何か行動を起こしたのかね?彼女が貴様に求めている事を、何か実行に移したのかね」

「大体な。悲惨な過去も耐え難い苦痛も、皆が皆等しく持ち合わせているに決まっている。他者が聞けばそんな事か、と思う様な悲劇も、当人にとっては世界を揺るがす様な悲劇足り得る。
貴様も日ノ岡も、落第街の住民も、持ち得る苦痛に差があるものか。貴様は神格化し過ぎているのではないか?日ノ岡あかねという女を、悲劇の聖女とでも思っているのではないか?」

激昂する男に向かい合う己の瞳は、冷たく、醒めていて、見下げている。此れが己の役目(ロール)だ。
真直ぐな思いを。彼の為に、と真摯な感情をぶつけるのは、隣の奇抜な髪形の後輩に任せるとしよう。

「終わりを見届ける事は出来ない。しかし、彼女は貴様が見届ける事を望んでいる。だからどうすればいいか分からず、駄々を捏ねている訳だ」

「彼女を終わらせたくないのなら、彼女の目的に刃を向ければ良い。彼女を見届ける覚悟があるのなら、その刃を終わりの日まで彼女の隣で振るえば良い」

懐から取り出した二本目の煙草。

「それだけ。それだけの事だ。悲劇を言い訳にした物語など、その程度の終わりでしかない」

小気味よい金属音と共に灯された火が、傘の奥から蛍の様に揺らめいていた。

紫陽花 剱菊 >  
「…………ッ!」

理央の言葉に、悲痛さが襲う。表情が、歪む。
そうだ、其の通りだ。あのあかねの一撃と共に、理解している。
彼女が"そう言う扱い"を望んでいなかった事を、彼女が"普通の少女"である事を。
神格化、そうだ。其の通りだ。彼女を思う余り、何も見えていなかった。
彼女が望んだ関係は、そう言うものでは無かったはずだ。彼女自身がそうなる『出会い直し』の約束では無かったのか?

「……──────ッ。」

もっと言えば、自分自身が其れを知っている。
悲劇など、誰もが持ち得る。
そして、自分自身が"災禍"とも民草に忌み嫌われていて、悲劇の種になっていたことを。
人を思う余りに、人に忌み嫌われた"天災"。

……彼女にしたことと、何が違う……?

自らも変わろうとした矢先、結局何も変われてはいなかった。
そして、気づいてしまった。


"自分自身の二律背反に"


酷く、軋む音が胸中に響く。
息が、酷く荒くなる。

「……違う、違う違う違うッ!!私は、"刃"として育てられた!!父に!!『乱世の世を治めて太平の世を目指せ』と言われ、願いのままに、平和の為に"剱"となって……──────。」

「物心つく前にそうであったとッ!!戦火がそうだと言っていた!!斬った先に未来が在ると!!悩む暇など、在るものかッ!!」

「今だってそうだ!!最早一刻の猶予も無いうえで、私は─────私が、私が生命に対して誤魔化す等……!!」

「万に一つ─────!其の様な朝、当の昔に何度も迎えた!!貴様にわかるのか!?私の心が!?」

「刃で在れと言われ、人を、魍魎を、親兄弟を、合切を斬り捨て────……!」


<……■菊は■■が麗■……本当──■■なんて似■■■い……■■は■■です……。>


「……ッ!?」

斬った命を覚えきれない程に散らした。
だからこそ、彼等を尊いと悲しんだ。
親兄弟もそうだと言ったのに、自分が最も大切にしていたあの思い出が、霞んでいる。


……脳裏に響く言葉が、反響する。


此の女の声のみならず、無数の老若男女の悲鳴が木霊する。

「──────……!?」

声にもならない慟哭が、雨の中に響いた。
刀を手放し、頭を抑えた。膝をついた。
今迄誤魔化してしまったものを、"ついに直視"してしまった。
二人の言葉に、酷く、酷く、全身が悲鳴を上げる。
雨の中、頭を抑え、嗚咽を吐き捨てた。

濡れる鈍色の刀に、己の姿が見える。


……ああ、何とも無様だな……。

山本英治 >  
手の中にある青い紫陽花が、雨垂れを。涙を。流した。

「誰を何回斬っても……変わらないさ………」
「喪失の痛みは……変わっちゃくれない………」

「そうか……アンタは刃だったんだな…………」
「あまりにも鋭利すぎた白刃」

「紫陽花剱菊」

彼の名前を呼んだ。
今、俺に何ができる。彼のために、どんなことが言える。

「アンタが感じている痛みを絶対に忘れるな」
「その痛みが削り出す形がアンタそのものなんだ」
「今はわかりづらいかも知れない……けど」

「痛みまで麻痺させたら、死んでしまった人は浮かばれない」

手のひらを見る。血で汚した拳を。
先週、人を殺したばかりの掌を。
今は、優しく凜花を包むその手を。

「アンタは人間だよ、紫陽花剱菊」
「ただの刃が苦しんで、悩んで、未来を欲しがるわけがないんだ」
「だから………」

だから、なんだ? 俺は彼じゃない。彼の苦しみはわからない。
それでも、言うんだ。

「だから、立ち上がってくれ。もう一度、その手に刃を蘇らせてくれ」
「アンタにしか出来ないことが、絶対にある」

神代理央 > 男の慟哭に感じるのは、奇妙な既視感。
自己への矛盾。存在意義の肯定と否定。思い出と記憶が、己を呪う様なその様は。

「…何ともまあ。無様、とは言えんな。それに、気付いただけまだ良かったじゃないか。気付けぬ儘終わりを迎えるよりはな」

同じ様な慟哭を、己もした覚えがある。
彼と己の違いは、それを受け止めてくれる存在、だろうか。
己が抱えていた闇は、己の想い人が受け止めてくれた。では、彼の抱える呪いは、矛盾は、自己の矜持の崩壊は。果たして、誰が受け止めるべきものなのだろうか。

「貴様のその叫びを、慟哭を、嘆きを、怒りを、戸惑いを。俺達二人が分かる訳ないじゃないか。大体、こんなむさくるしい髪型の男と、生意気な年下の男に理解されて貴様嬉しいのか?」

「本来であれば、その慟哭は日ノ岡に吐き出すべきものだったのかも知れないが……まあ、男として恰好をつけたい事もあろうな」

そして、彼に向かって立ち上がれと告げる後輩に。何処までも真直ぐな男に一度視線を向ける。
嗚呼、やはり彼に救いの言葉を投げかけるのは、此の男でなければならない。己はもしかしたら、彼に、彼女に。不器用な恋人達に、砲火を向けなければならない立場なのだから。
しかし、まあ、それでも。多少は自分の彼女の事を惚気るくらいの事は、しても良いだろう。

「……私の女はな。私がどんな結末を迎えようと、きっと傍にいる女だ。喧嘩をして、意見を違えて、擦れ違う事があっても、私の女はきっと私の傍にいる。アイツは、それが出来る強い女だ」

「さて、紫陽花。紫陽花剱菊よ。貴様は私の女よりも女々しく、さめざめと泣き崩れるしか出来ない男だったか?
私に王道を説いた男は、こうも情けない男であったか?」

「私は別に構わんぞ。選択肢を違えれば、日ノ岡あかねの終わりの引き金は、私の異能が引くかも知れんのだ。その際、邪魔建てする刃は少ない方が良いからな」

深々と吸い込んだ紫煙が、唇から零れ落ちる。
甘ったるい紫煙が、地面を漂う紫陽花の花びらと、膝をつく男に纏わりつく。

「……先ずは話をしたまえよ。日ノ岡あかねと。それすら畏れる様な男ならば、最早公安の狗とも呼ばぬぞ。
彼女とて、唯の少女である"日ノ岡あかね"と唯の男である"紫陽花剱菊"で向かい合って欲しいのではないのかね。
やれ終わりの時だの、真理だの。そんな下らない事が優先される様な恋心なら、端から諦めろ、馬鹿者」

フン、と偉そうに、尊大に。
紫煙を燻らせながら、膝をつく男を見下ろしていた。
飴と鞭、というにはちょっと華が無い面子だなと下らない思考を紫煙の中に煙らせながら。

紫陽花 剱菊 >  
降りしきるさめざめとした雨の中、動く事すらままならなかった。
何と、何と無様なのか。
乱世の世を駆け、数多の武士を屠り、生き残り、そして今も尚刃で在ろうとした男が
たった"一振り"捨てただけで、己の存在意義さえ見失いかけるとは、何と言う体たらく。

──────あかねの行いは、然るべきだった。

情けない男だ。腹を切って詫びるべきだろう。
だが、まだ此の生命を捨てる時ではないのは、分かっている。
だが、如何詫びるべきか。決めかねていた。
決めかねていた時に掛けられる言葉は
朗らかな陽の日差しの言葉と、冷淡だが確かな真実。
『陰陽以て、人と成す』最早、誰の教えかも覚えていない。

「……………。」

しとどに濡れた黒髪が、解けて地面に垂れた。
男の髪と言うよりは、雨に濡れても艶やかさを失わない女性の髪。
泥に塗れ、血に塗れた己の手を、友の血で汚した陽の手を、一瞥した。


<もう一度、"その手"に刃を蘇らせてくれ>


「…………嗚呼。」

そうか、そうだな。そう、在るべきだ。
人々に握らせていた刃<おのれ>を、今度は己の手で握るべきだ。

「……"人刃一体"……。」

刃の己と合わせて、陰陽合わせて"人"と成す。


──────何かが、研ぎ澄まされる感覚が胸中から沁みる。


優しく包む、硬い手を、そっと握り返した。
鉄の様に冷たい、其の体温で。
ゆるりと、濡れた体を起こし、顔を上げた。

「…………本来で在れば…………そう在るべきなのだろう。」

理央の言う通りだ。然れど

「……然るに、彼女に"此れ以上"背負わせるつもりは無い。」

静かに開いた、黒の双眸。
水底に"光在り"。

「…………泣き崩れ、誹られて然るべきだろうが…………此処迄お膳立てされて、立ち上がらない訳にもいかない。」

「確かに私は阿呆だった様だ。……英治、理央。」

「"もう、大丈夫"だ。」

英治の手を離すと同時に、此の胸の"熱さ"を重い、其の手を振るった。

──────"互いの雨が、止んだ"。

正確には、"頭上の雨が、斬れていた。互いにかからないようの、ほんの暇"。

「……ありがとう……。」

雨音に邪魔されぬ為に、しかとその礼を二人に届けて、深々と頭を下げた。
生真面目な、"何時もの"態度だ。
程なくして、再び三人の頭上に雨が降り注ぐ。

山本英治 >  
彼を立たせるのに、ほとんど力はいらなかった。
紫陽花さんは、自分の足で立ち上がったのだから。
俺の手はほんのきっかけにすぎない。

そして。
空は。雲は。暗闇が。
斬れた。

「ったく……とんでもない人を奮い立たせちまったかな…」

雨が再び降り注ぐ前に。
彼の口から出た言葉は。

「止してくれ、次は敵同士かも知れない」
「アンタはあかねさんを守るんだろ?」

「いや……違うな………」
「紫陽花さんはあかねさんの心を守るんだろう」

「そして俺は園刃さんを取り戻しに行く」
「いよいよもって進退窮まったな……」

冗談めかして笑って。
自分の傘を拾い上げる。

「紫陽花剱菊は漢だった」
「それがわかっただけで十分さ」

神代先輩に空いた左手を広げて見せて。

「てか、神代先輩も彼女さんいるし? ロンリー男子は俺だけかよぉ」
「ああ、やだやだ……独り身に雨が染みるとくらぁ」

ずぶ濡れになったままその場を去っていく。

「じゃあな、二人とも」

これ以上の言葉は野暮だ。
後は……それぞれの答えと意思があるのみ。

神代理央 > 雨が、止んだ。
ほんの一瞬。ほんの刹那。だが、確実に雨は止んだのだ。
彼の心に降り注いでいた雨は、止んだのだ。

「…大丈夫だ、ではないわ馬鹿者。貴様の悩みを聞く為だけに此処迄足をかけた私達をもっと敬え。この山本など、彼女欲しさに女を漁りに行く途中……だったかも知れないのに」

多分違うが。まあ、折角彼の気は晴れて、再び前に進む事が出来たのだ。多少捻くれた軽口を叩くくらいは、きっと許されるだろう。

「しかし、物理的に雨を切ってみせるとはな。その力が、我々に――いや、私に振るわれぬ様に祈るばかりだ。
其処の愉快な髪形の男の散髪くらいにしておいてくれ」

小さく肩を竦めつつ、広げていた傘を畳む。
未だ雨は降り注いでいる。しかし"雨は止んだのだ"
ならば、傘など不要だろう。あっという間に湿気っていく煙草を、再び携帯灰皿に捻じ込んだ。

「お前も気の良い男なのだから、直ぐに彼女の二人や三人くらい出来るだろう。…髪型をもう少し普通にしてみるのも良いと思うのだが」

「まあ、個人の趣味に口出しはせぬがね」

傘を拾い上げた後輩に小さく笑みを浮かべつつ、水分を吸って重くなっていく制服の儘、紫陽花に視線を向ける。

「ではな、公安の狗。再び手にしたその刃を精々大事にすることだ。貴様と日ノ岡の物語が、互いに納得のいくものになる事を祈るよ。太陽に挑むイカロスの結末を、私に見せてくれ」

最後迄尊大で、傲慢な儘。
緩やかに唇を緩めた後、山本とは反対方向へと足を向けて立ち去っていく。
此処に集った三人は、恐らく進む道も理想も違える者達。
しかし、それでも。此の瞬間だけは。同じ方向を向いていたのかもしれない。

紫陽花 剱菊 >  
「……敵同士かは定かではない。しどけない様を見せたのを申し訳ないと思うが……。」

「そうだな、仮に二人と今一度相対した時は……」

「─────私が『選んだ』道だ。恐れ多い事だが、"惑い"は無い。」

其れは、己の価値観の惑いとは違う。
『選んだ』からこそ、迷いなく其の先へと進める。
此の先、二人を斬る事に成れば後悔はする。
だが、"迷いこそ"無い。
憂いを帯びた、はにかんだ微笑みは、覚悟の証。

「御足労頂いた事には感謝している。……事においては、英治には大変な苦労を掛けた。」

だんだんと、何時もの調子が戻ってきた。
そして、男は、背を向けた二人に手を伸ばす。

「────少し、待って頂きたい。。」

静止の言葉。

「此れほど世話を掛けた上で、恥の上塗りを承知で願いたい。」

男は静かに、泥の上に膝をつく。

「……私は彼女を大切にし過ぎた。だが、其の気持ちに偽りは無い。故に……」

「"私なりの考えがある"。英治が望む形に近しいやも知れないが……公安は私の方から話を通す。」

「故に」

「どうか」

「どうか……」

「風紀も"手出し無用"と、其方から声を掛けてはくださらぬだろうか─────。」

「……"危険ではない"と分かれば、互いに手を引くと踏んでいる。だからこそ」

「私が、"そうする"。」

其の言葉がどれほど荒唐無稽かは、己が一番理解している。
何が起こるかわからない禁断の箱を開けようとしている者を、公安も風紀も無視するはずも無い。
危険ではないと、自らが証明すると言った所で、其の言葉をどれだけ信用出来る?
天秤に測るまでも無いだろう。公平に見てしまえば、個人と大衆の命を比べるまでも無い。
二人がこれに応じたとしても、全員が全員、止まるはずも無い。
必ずどちらも、何名かが其の"対処"に出向くだろう。
一度荒れ狂った波を、止める事は不可能だと知っている。
だが、自分一人ではどうする事も出来ない事は分かっている。
地道、余りにも地道すぎる声掛け。

「……どうか……。」

「私に『力添え』をお願いしたく、些細な事でも良い。私は、其の為なら、如何なる道を『選ぶ』つもりだ。」

額を泥の上に、添えた。
全霊を以て、二人だからこそ、頼み込んだ。
下手をすれば二人の立場も危うい、激流への挑戦。
無視して立ち去るも、罵声を浴びせるも、如何様に自由だ。

山本英治 >  
振り返る。
男が頭を下げることの意味。
それを噛みしめる。

「元より風紀は動かないさ……」
「トゥルーバイツは風紀だからな」
「きっと動けるのは全部終わった後だ」

「だから、俺は俺の、アンタはアンタの道を征け」

ニカっと笑ってサムズアップ。
ああ、野暮だ野暮。俺ってやつはこれだからモテない。

そして俺が認めた漢に恥をかかせる趣味はない。

それ以上彼を見ることなく、去っていった。

神代理央 > 「……元より、不干渉のつもりだ。その旨は、既にある程度私からも話を通している」

「山本の言う通り、そもそもが味方の組織であるからな。明確な反旗。風紀委員会や学園都市への敵対行動が無ければ、貴様達の行動は黙認するまでもない。そもそもが、手出しする案件では無い」

一度だけ、彼に振り向く。
その視線は、僅かな憐憫が含まれている――

「……真理で世界は変わらない。惑星は平面では無く球体だと知り得ても、人は何も変わらぬ様にな。
だから、動かぬさ。墜落するイカロスに、態々手を出す意味は無い」

僅かな溜息と共に彼の"頼み"を聞き入れると、今度こそ、静かに其の場を後にするのだろうか。

紫陽花 剱菊 >  
静かに立ち上がる。

「ありがとう……。」

本日、二度目の礼。
そして、理央の言葉に首を振った。

「そんな、大した話じゃない……此れは、もっと"個人的"な事だ……。」

世界だのなんだの、大袈裟な話じゃない。
二者対極の姿を、雨の中見送った。
此の冷たさを、一身に受け、目を瞑った。

「…………さて。」

啖呵を切った以上、やるしかあるまい。
自信のほどなど、実の所ハッキリ言ってなかった。
其れでも、やるしかあるまい。今は、此の手に握った。
己自身が振るう一体の異能<やいば>がある。
……自ずと晴れた空を一瞥し、己も踵を返し、別方向へと去っていくだろう。

ご案内:「紫陽花之園」から山本英治さんが去りました。<補足:アフロ/風紀委員の腕章/草臥れたシャツ/緩めのネクタイ/スラックス(待ち合わせ済)>
ご案内:「紫陽花之園」から紫陽花 剱菊さんが去りました。<補足:紺色のコートに黒髪一本結び。紫陽花を彩った竹刀入れを携えた男性。>
ご案内:「紫陽花之園」から神代理央さんが去りました。<補足:風紀委員の制服に腕章/腰には45口径の拳銃/金髪紅眼/顔立ちだけは少女っぽい>