2017/08/14 のログ
ご案内:「職員室」にヨキさんが現れました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/拘束衣めいた細身の袖なし白ローブ、黒ボトム、黒革オープントゥのハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > 夏休み中の職員室。
普段より静かな室内で、バニラ味のアイスバーを齧りながら独り端末のキーボードを叩くヨキの姿がある。

島外へ帰省する者、島内で部活に精を出す者、寄る辺なく島で夏休みをやり過ごす者――各々事情はさまざまで、学内も全くの無人ではない。
ヨキはと言えば、集中して仕事に打ち込めるこの時期を選んでわざわざ出勤しているという訳だった。

「……………………、」

薄く大きなディスプレイに映し出されているのは、「常世大ホール」の図面である。
毎年秋に行われている学園祭――「常世祭」に向けて、作品展示の計画を立てているのだ。

ヨキ > 異能や魔術を用いた、ないしは超常の能力者が手掛けた作品の展示には、常に細心の注意が払われなければならない。
展示される環境や鑑賞者、あるいは作品同士の干渉によっては、いかなる不測の事態が起こらないとも限らない。
指導者たるヨキには、参加する学生らの特質を把握し、適切な展示を行う義務があるのだ。

真剣な顔で画面を見据えながら、片手で書類を繰り、もう片手でアイスを齧る。

「……………。む、」

最後の一口を舐め取ったアイスの棒に、今時めっきり少なくなった「あたり」の焼き印が捺されていた。

「……………………!」

勇んで室内を振り返る。
当然ながら、誰も居ない。

ヨキ > 普段なら誰かしら目の合う者が居て(ヨキの図体が目立つだけなのだが)、よかったですね、とかおめでとうございます、と一言掛けてくれるところである。
廊下の遠く向こうにほんの小さな声や楽器の音が聴こえてくる以外、今のところ職員室に居るのはヨキただ独りだった。

心なしか残念そうな顔をして、作業中の画面へ顔を戻す――程よく煮詰まってきたところで、一旦休憩を取ることにした。

自席を立ち、備え付けのポットで沸かしていた湯を使って、コーヒーを淹れる。
とっておきのお取り寄せで手に入れた豆の香ばしい匂いが、整った空調に乗って室内に広がってゆく。

ヨキ > コーヒーポットとマグカップを手にデスクへ戻ってくると、アイスの当たり棒を隅へと寄せて、持ってきた一式を机上に置く。
休憩と言いながらも、考える頭までは緩めないのがヨキの性格だった。

コーヒーを啜って、チェアの背凭れに体重を預ける。

「…………、うん。美味い」

そのうち職員室にも同僚か学生か、誰かがやって来るに違いない。
無人の隙に、ほっと独り言を漏らした。

ご案内:「職員室」に藤巳 陽菜さんが現れました。<補足:一年生制服姿 後天的なラミア >
ヨキ > 懸案事項のいくつかは、異能そのものを研究領域としている教師に意見を仰ぐべきだと考えていた。
ヨキはあくまで異能芸術に造詣の深い教師であって、異能に直接対処するだけの技術や知識を持ち合わせている訳ではない。

一杯目のコーヒーを飲み終え、二杯目を注ぐ。
職員室の出入口に大きな背中を向けた姿は、静かな室内ではさぞ目立つだろう。

藤巳 陽菜 > 「…失礼します。」

職員室に一人の生徒が顔を出す。
それから少し遅れて入ってくるのは長い蛇の尻尾…。

不安そうな様子で中を見る、どうやら彼女の目当ての教師は見あたらなかったらしい。
…開けて入った扉の中で少し悩んで、立ちすくみ、…何を思ったか取り合えず扉を閉める事にして。

また、しばらく間を空けて…

「あ、あの!ミザリー先生はおられますか?」

教師、一人しかいない職員室でそんな風に声をあげる。

ヨキ > ややあって、職員室を訪れた陽菜を振り返る。
日本人のように見えてどことなく彫りの深い、異邦人らしいヨキの顔がぱちぱちと瞬きした。

「――おや。こんにちは」

彼女が尋ねて来たらしい教師の名を聞くや、頭を掻いて立ち上がる。

「ミザリー……ああ、魔女の。
 彼女なら、今日は姿を見ていないよ。このところ夏休みの間は、休みを取っている教師も多くてな」

長身がミザリーの席を一瞥して、陽菜へ笑い掛ける。
獣人の学生も見慣れているらしく、相手の姿を気にした風もない。

「彼女に用事があって来たのかね?
 暑い中、ご苦労だったな。少し休憩してゆきたまえ。

 麦茶と、好ければアイスもある。
 先ほどヨキが当たりを引き当ててしまったのでな、ハズレやも知らんが」

藤巳 陽菜 > 「あ、はいっ、こんにちは…えっと…。」

…見たことはあるけど関わりの無い教師。
今までみた人間?の人の中では一番身長が高いのではないだろうか?

「で、ですよね…どこ、行ったのかしら?
 それじゃあ、すいません失礼しま…
 えっ、じゃあ、はい…。」

見れば分かる質問に帰って来たのは当たり前の答え。
よし、帰ろう!と一度蜷局を巻くようにして来た道を戻ろうとすると追加で掛けられた声。
このまま、帰ろうかとも思ったがアイスはともかく喉は乾いてしまっていて…。

「じゃあ、その…麦茶をいただいても良いですか?」

そういって、その教師の近くに寄る。
…既に生まれついてのラミアと区別のつかないほどに自然な動き。
慣れなどではなく恐らくこれは異能の作用によるものだろう。

ヨキ > 既に残り少なくなっていたコーヒーを飲み干して、机上をざっと片付ける。

「あはは。急ぎでなければ、で構わんよ。
 朝からほとんど一人で仕事をしていたから、ちょうど話し相手でも欲しいと思っていたところだ」

麦茶を求められて、壁際の棚からガラスのコップを二人分、取り出してくる。
冷蔵庫で冷やしていた麦茶を注ぐと、氷がからりと融ける小気味よい音がした。

「さてと……普通の椅子では、ともすれば座りにくかろう。
 応接用のソファが空いているから、そちらの方が座りやすいかな?」

職員室の隅に置かれたローテーブルと、ゆったりとした広さのあるソファを示す。

「さまざまな事情に配慮して設計された学園ではあるが、ヨキには気付かぬところで、君や学生らには不便を掛けているところもあろう……おっと。
 そういえば、互いに知らぬ顔であったな。

 名をヨキというよ。長いこと、ここで美術……金属を使った工芸を教えている」

君は?と尋ねて、首を傾ぐ。

藤巳 陽菜 > 「あっ大丈夫です。
 今日ここに来たのもついでにみたいなものですから。」

図書室での調べ物のついでに。
久しぶりに顔を見せておこうと思ったのだけどいなかった。
…まさか、里帰りとかではないだろうし。

「大丈夫ですよ。
 むしろ、こっちのほうが慣れてますし。」

普通の一人用の椅子の背もたれが側面に来るようにして深めに座る。
前から尻尾を出して、椅子ごと蜷局を巻くようにすれば安定して座る事が出来る。
…他のヒトがやってるのを見て覚えた座り方だ。

「いえ、本土の方と比べると何をするのにもかなり使いやすいですよ。
 この間、実家に帰った時も何もかも狭くて凄く不便でしたし。」

ラミア型の異邦人は比較的似た性質の生徒が多くいる為配慮された所も多い。
学校内であるならば大抵、困る事はない。

「えっと、藤巳陽菜。一年生です。
 こう見えて4月まで普通の人間だったんですよ。 」

美術の先生、それは関わる機会もなくても仕方がないなと納得する。

ヨキ > 陽菜が見せた座り方に、ほう、と感心した声を零す。

「いや、これは畏れ入った。どこにでも知恵はあるものだな?
 次に不便そうにしている者があったときには、参考にさせてもらおう」

明るく笑いながら、手近で空いているデスクに麦茶のコップをどうぞ、と並べる。
自席の椅子を引っ張ってきて、陽菜の向かいに座り直した。

「便利に使ってもらえると、教師としても有難い。
 ただでさえ大変な思いをしている者たちには、せめて負担なく生活を送ってほしいからな」

教わった名前を復唱して、麦茶で喉を潤す。

「藤巳君か。……四月まで?
 そうか……、それは大変だったな」

穏やかに微笑んで、頷く。

「それは、君自身に発現した異能かね。
 それとも何か、魔術的な出来事に巻き込まれて?」

藤巳 陽菜 > 「はい、是非おしえてあげてください。
 私も他の人がこうやって座ってるのを見た時は鱗が落ちる思いでした。」

麦茶を受け取ると、早速口を付ける。
乾いた喉に吸い込まれるように勢いよく減っていく。

「はい、大変でした。
 だから、この身体になってから早めにこの島に来られて良かったです。
 …初めの内は歩き方も分からなくて杖ついて身体引きずって歩いてたんですよ。」

この島の設備やノウハウのおかげで生活できていたようなものだ。
異形の身体に対して外の世界は厳しく、そして無関心だ。

「異能です。朝起きたらこんな風になってたんです。
 それで制御できたら元の足に戻れるかも…ってこの学園に来たんですよ。
 4か月たっても異能の制御の仕方とかはまるっきりなんですけどね…。」

憎々し気にその鱗に覆われた下半身を見つめながら尻尾の先を床に打ち付ける。
ピシリと音がするがそれだけだ。こんな事をしてもこの蛇の身体に痛みすら無い。

ヨキ > 「……魔術ならばまだ手の施しようもあったやも知れんが、異能では……、」

言い掛けて、首を振る。

「いや、失敬。早計だった。異能の研究が進めば、何かしら手立ても見つかるだろう。
 そのために存在しているのが、この常世島なのだから」

持って産まれたように自然な尻尾の動きに目を向ける。
最初とは打って変わって、陽菜を案じ、言葉を選びながら話している様子が見て取れるはずだ。

「……君ほどの年齢ならば、本当は将来の夢や、人付き合いや、好きな遊びに向かって真っすぐに進んでゆくべき時期だ。
 突然の無理難題を突き付けられて、余計な知恵や遠慮や、悩みを抱える羽目になってしまったな」

困ったように笑って、相手を見る。

「済まないな。そうした事情は、さぞかし飽きるほど人に話して来たろう?

 ……異能で姿が変わったということは、今も変容は進んでいるのかね。
 君の家族も、大層嘆き悲しんだだろうね」

藤巳 陽菜 > 「それは…大分、時間がかかりそうですね。
 こんな風に体が変形したりする異能あまり多くないみたいですし…。」

そんな事を誰か先生が言っていた。
実際、そういう話は聞いたことないし、そんな異能の人に出会ってもいない。

「でも…もしかしたら、あの日急に異能でこの姿になったみたいに
 明日になったら戻ってるって事もあるかもしれません。
 それに、魔術の勉強をしてるんですよ姿を変えたりする魔術の…。
 それなら元には戻れないでも形だけなら何とか出来るかもって…。」

異能が理不尽なものであるのはこの身体をもってして知っている。
それでもその目は希望しか見ていない。

先ほど探していたミザリー先生も魔術の教師。
悩みは快方へと進んでいるようだった。

「家族は初めの内は驚いてましたし泣いてくれました。
 でも、この前帰った時には身体が変わった私の為に色々調べて過ごしやすいようにしてくれて…
 父さんなんてもし、このまま戻らなかったら家族みんなで島の方で暮らそうかなんて言うんですよ!
 …母さんに仕事はどうするの?って言われたら黙っちゃいましたけど。」

飽きるほど話して来ただろうと言われれば困ったように笑って頷く。
が、家族の話になると楽しそうに語り始める。

「…変容はどうなんでしょう?身体の方はあんまり変わってないみたいですけど…。
 でも、食欲はどんどん増してきてる気がします。」

あれから外見は変化していない。中身は詳しい検査をしてみないと分からないが…。
多分大きく変わってるという事はないだろう…。

ヨキ > 「ヨキもそういった変化に見舞われた学生は、何名か受け持ったことがあるが……。
 根本的に解決出来ぬまま卒業を迎え、本土へ戻ったり、そのまま研究者として残った者もある。
 若者が若者で居られる時間はとても少ないと言うに、酷なものだ。

 ――なるほど、魔術の勉強を?
 それでは、そのために先ほどもミザリーを尋ねてきたのか。

 まったく君の言うとおりだ。打ちひしがれているばかりでは、心までむやみに擦り減ってしまう。
 知り合えたからには、今この時からヨキも君の味方だよ」

歳相応に輝く陽菜の瞳を見据えて、にっこりと笑った。

「ああ、君の話を聞いてとても安心したよ。
 家族が味方で居てくれることは、何より心強かろう。

 学内には、異能が原因で独りぼっちになってしまった者も少なくない。
 君のように楽しい顔で家族のことを話してもらえると、ヨキの方まで気持ちが明るくなってくる」

胸に手を当てて、ほっとしたように目を細める……、
だが食欲の増進について話を聞くと、一転して眉を顰めた。

「……食欲が増してきている、と?女性には憚られる話ではあるが……。
 もしも“四月以前の体型”に比べて大きな変化が見られないならば、活動に必要な熱量が増している、ということになる。

 人間はもともと雑食ゆえ、食性にそう変化はないと思いたい。
 ……万が一にも『今まででは考えられなかったもの』に食欲が湧いてしまうような事態があれば、心配だな」

藤巳 陽菜 > 「はい、ミザリー先生には色々教えて貰ってます。
 それで、簡単な魔術なら結構使えるようになったんですよ。」

簡単でシンプルな魔術。
ものを動かしたり、明かりを付けたり。
普通に自分でやった方が早いものも少ないが満足している。

「ありがとうございます、先生。」

この島に来てから色々な人に支えられている自覚がある。
…助けられてばかり、いつかは報いることが出来たらならいいな。

「自分でも恵まれてると思います。
 家族だけじゃなくて、他にも助けてくれる人が頼れる人がたくさんいて…。
 私の味方って言ったからにはヨキ先生にもこれから何かあったら頼らせてもらいますからね。」

家族、友人、教師。
こういったものにはかなり恵まれていると思う。
特にこの島に来てから強くそれを思う。

「はい、冗談みたいですけ結構困ってるんですよ。
 食べても、食べても何かお腹が空いてしまって…。
 多分、身体が大きくなったからその分たくさんいるんだと思ってるんですけど。」

…初めは学食で食べていたがあまりにも食べるものだからお弁当に切り替えたりした。
最近はそれでも足りずに更に学食で定食を頼むこともある。
お金のない学生としてはかなり困った状況であった。

「『今まで考えれなかったもの。』ですか。
 確かに…野菜よりお肉とかが欲しくなることが増えてきましたけど今のところないですね…。
 ラミアの人たちってどんな物を食べるんだろう…?」

(蛇だからカエルがおいしそうに感じたりするのかしら?
 …ないわね。)

少し、考えてみるも今のところはそんな兆候はない。
又、今度調べたりしてみよう。

ヨキ > 「見かけは年若くとも、やはりミザリーも教師だな。
 ゼロから習得出来るとは、君の特訓も大したものだ。

 ふふ。ヨキにとっては、この島の人びとの力になることが仕事であるし……それ以上に、生き甲斐なのだ。
 学校生活というのは、将来のために自分を磨き、人との繋がりを強く培う期間のことさ。
 いつでも素直に頼りたいと思える相手と、一人でも多く縁を育んでゆきたまえ」

ヨキの表情には、常世島と、目の前の学生を誇りに思う事実が滲んでいる。
不敵だが、明るく盤石な笑い方だ。

それでも、陽菜の今後に考えが及ぶと些か真剣な面持ちになった。

「ラミア……、」

その一語に、相手の尻尾を一目見る。

「門外漢が不安を煽るべきではないが、やはり心配ではある。
 ……君の身体が頭のてっぺんまで“蛇”に変わるならば、いっそそちらの方がまだマシだろう。
 だが“ラミア”は、一歩間違えば魔物の呼び名だ。

 半人半獣の一種として、蛇の獣人を“ラミア”と呼ぶ世界もあるやも知れん。
 だが君がもしも“魔物としてのラミア”に変じるようなことがあれば――
 単なる大喰らいだけでは、済まされない話になってしまう可能性もある」

落ち着いて、出来る限り平静を保って、声のトーンを落とす。

「……魔物とは、他者を害する生物のことだ。
 だから君はこれからもずっと、身も心も人間で在り続けなくてはならん。

 ラミアと聞いて、悪い想像ばかりが先走ってしまったが……。
 どうということのない杞憂に過ぎないと、信じているよ」

悪かったな、と笑い掛けて、陽菜の肩を軽く叩く。

藤巳 陽菜 > 「そうですよ、ミザリー先生の教え方が良いんです。
 分からないところも何回も教えてくれますし。

 先生はこの島が好きなんですね。
 私もここが好きです。ここに来なかったら色んな事を知らないままで普通に生きてたと思います。
 私もこの島にこれた事とかいろんな人に会えたって事だけはこの異能に感謝…は出来ませんけど…。
 異能が制御出来るようになった後なら良い風に思えるかもしれません。…今は無理ですけど。」

確かにこの島には来なかったかもしれないがそれでも、素直に異能を好きになれそうにはない。
少なくとも自分の思い通りに動かすことの出来るまでは…。

「魔物ですか…。」

その一言を聞けば一気に顔を曇らせる。
今まで蛇の獣人としてのラミアだとばかり考えていたが確かにそういう可能性もある。

蛇の下半身と女性の上半身を持つギリシャ神話の怪物。
この世界でその言葉は元々それを指す。 
それに近い特徴を持つからといってラミア種なんて言う言い方もあるが元は怪物、魔物である。

「…そんなの見た目を少しくらい取り繕ってもなんの意味もないじゃないですか。」

むしろ、それは人にとって害悪でしかない。
人に害をなす怪物であるにも拘わらず上手く人の振りをして人の世界に混ざるなんて…。
それに、習っている魔術も人を効率的に襲う為の手段となるだろう。

「そ、そうです。あくまで先生の想像ですしね。
 流石に考えすぎですよ。まだ、全身蛇になる方が可能性高いです!
 ドア開けるにも苦労しそうですけどね全身蛇!」

努めて明るい口調で話す。
なるべく自分が不安にならないように。なるべく不安を悟られないよう。
それでも、やはり一度生まれた不安は抑えきれるものではない…。

「でも、もし、もしですよ?
 もし私が私じゃないそんな…魔物になりそうなら。
 そんな事になってしまったら…誰か食べちゃう前に止めてくださいね。
 先生身体大きくて力もありそうですし、お願いしますね?

そんな事を冗談っぽく言ってから…。

「こんな事こそ考えすぎですね…。
 やだな、先生が変な事言うからですよ!」

喉が渇いたような感じがして氷が解けてすっかり薄くなったその麦茶を流し込む。
いくら、軽いふうに言ってみても心の中にずしりと乗った不安は動かない。

「ふう、ごちそうさまでした。
 …そろそろ私、行きますね。」

ヨキ > 「無理に異能の存在を受け入れる必要はないんだ。
 人間の性格と同じで、異能はあまりに細分化しすぎている。
 人と人に相性があるように、異能のすべてに感謝するなど、土台無理のある話なのだ」

自分の予想に顔色を変えた陽菜へ、そっと椅子を近付けて寄り添う。

「済まない。
 異能が発現したばかりの藤巳君に、軽々しく話してよいことではなかった。…………、」

空元気で飾られた言葉を聞きながら、目を伏せて頷く。
冗談交じりの求めに応じて、相手の目を見る。

「判った」

短いが、はっきりとした声だった。

「……実のところを言えば、ヨキも以前はほとんど魔物の側だった。
 それを、人間に助けられた。まるで夢みたいな話だ」

やや日本人離れした顔立ちと長身以外、まるきり人間の身なりをしているヨキではあったが、その口調は真剣そのものだった。

「だからヨキは――『人間が人間でないものを救える』と、身を以て知っている。
 君に余計な不安を抱かせてしまったのはヨキの責任だが……これだけは、信じていてほしい」

眉を下げて、けれど明るく微笑む。
相手の不安を引き受けるように、力強く頷いてみせる。

「ヨキは、強いよ」

そう笑い掛けて――自席から、名刺を一枚取り出してくる。
公用の連絡先が書かれた味気ない名刺の裏面に、何事かさらさらと書き付けて、陽菜へ差し出す。

「……これを持って行きたまえ。何かあれば、いつでも連絡を」

そこには流れるような筆跡で、プライベートの電話番号とアドレスが記されている。
言わば、この教師へのホットラインだ。

「ヨキのところへは、いつでも遊びにおいで。
 明るい話も、そうでないことも、分かち合えるようになりたいからね」

辞去を申し出た相手を見送ろうと、椅子から立ち上がる。

藤巳 陽菜 > 「…いえ、あるかもしれないの話ですし。
 実際にあったとして知ってるのと知らないとでは違いますから。」

実際に怪物となるにしても、それを知った上の事であれば。
…犠牲が出る前に自分でも終わらせることが出来るかもしれない。

「お願いします。
 …でも、そんな事が起こらないのが一番ですけどね。」

その答えが聞ければ少し安心したように表情がすこし緩んだ。
…怪物になっているのを止める。
それがどういう結果になるかそんな事には思い至らない。

「でも、実際に魔物の側から今みたいになったんですよね。
 …私もそんな風になれますよね?ヨキ先生みたいに。」

確かに特徴的な服装をしているとは思う。
それでも、この学園においてはまあ人間的な格好だろう。
かつてのこの教師がどのような姿だったかは想像するしかないがそれでも人に成ったという。

…ならばと陽菜は期待する。

助けてくれる誰かを…人に、普通に、戻れる可能性を。
希望を持つことが出来る。希望があるなら強くあることができる。

「…じゃあ、信じますよ。
 信じますからね。」

そして、その一言を受ければより、希望は強くなる。
成功の希望と失敗へのフォロー。
この2つが見えていれば前に進むことが出来る、立ち止まらずいける。

「あ、ありがとうございます。大事にします。」

人生で初めて名刺なんてものを受け取った。
それを受け取ればそれを大事そうに財布へと仕舞って…。

「それじゃあ、ヨキ先生今日は色々と…ありがとうございました。
 …今度は明るい話ばかり出来たら嬉しいです。」

椅子に巻いていた身体を解いてストレッチをするように少し波打たせるように動かして
最後に一度頭を下げると職員室から去っていく。

胸の中には新しく生まれた不安とそれと同じくらいの期待、希望それらを持って

蛇の身体を持った少女は廊下を進んで行く。

ご案内:「職員室」から藤巳 陽菜さんが去りました。<補足:一年生制服姿 後天的なラミア >
ヨキ > 「そうだ。何も起こらず、単なる思い過ごしだったと……いつか、そう笑い飛ばせるのがいちばんだ。
 ヨキには知識も、技術もない。それでも、君の力になりたいという気持ちだけは本当さ。
 ……少々、頼りないやも知れんがね」

陽菜の問いに、改めて頷く。

「きっと……戻るすべは、どこかにある。
 それを見つけるために、ヨキと君を含めたみながこの島に集まっているのだから。

 その決定打を見つけ出すのは、他ならぬ君自身やも知れんし、あるいはヨキでも君でもない、全く違う誰かとも知れない。
 だからヨキは言ったのだよ、縁はひとつでも多い方がよい、とな。

 ……どう致しまして、藤巳君。
 あと半月、よい夏休みを過ごしてくれたまえ」

会釈する相手へ頭を下げ、その背を見送る。
独りその場に残されると――小さく息を吐き、天井を仰ぐ。

麦茶のコップを片付けて、再び元の仕事に戻ってゆく。

ヨキがやるべきことは、沢山ある。

ご案内:「職員室」からヨキさんが去りました。<補足:27歳/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/拘束衣めいた細身の袖なし白ローブ、黒ボトム、黒革オープントゥのハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>