2020/07/18 のログ
ご案内:「実習試験会場【イベント】」に簸川旭さんが現れました。<補足:黒髪痩躯の青年。制服姿>
簸川旭 >
基本的に用のないところだ、自分にとっては。
――演習場や訓練施設。「異能」を持たない自分には訪れることがまずない場所であった。
正確に言えば異能を持っていないのではなく、発現したことは確認されている。
だが今は使えない。仮に使えたとしても自分自身を氷の棺に閉じ込める能力だ。何の意味があろう。
しかし、そのようなことはあまり問題ではない。
自分の「時代」――表立っては存在していなかった、架空の存在とされていた超能力の類、「異能」。
この演習場では特にその「異能」を使う者たちが集っている。
今は試験期間である。「異能」を制御できているかどうかの実習試験が、演習場にて行われていた。
旭はその試験が行われている演習場の見学席に腰掛け、試験の様子を眺めていた。
なんとも恐ろしいものだ。
炎を操る生徒、水を操る生徒、浮遊する力を持つ者、自らの身体を変質させる者――
どれもこれも、恐ろしい。自分の時代にはあり得なかった、架空のものだ。
今までは、彼らのことがただ恐ろしく、おぞましく思えていただけだった。
彼ら自身に非などないことは十分すぎるほどわかっている。
わかっていても直視するのを避け続けていた。
しかし今は違う。
恐ろしく、吐き気を催しながら、彼らがどういう心で「異能」を扱っているのか理解しようとしていた。
その超常の力で何を成そうとしてるのか――それが知りたかったのだ。
旭は顔色を悪くしながら、試験が行われている様子を眺め続ける。
簸川旭 >
現れたターゲットに炎を的確に当て、うまく制御できていると喜んでいる生徒がいた。
なるほど確かにうまく制御できているに違いない。
だが、そうだといってそれに何の意味があるのか旭にはわからなかった。
彼はもしかすると、「異能」を用いて戦う仕事を将来の夢として希望しているのかもしれない。
それならばまだ、こういった結果で喜ぶのもわからなくはないが――
人をいつでも傷つけ、殺せてしまうような力だ。少なくとも、自分のような人間はそうなってしまうだろう。
そのような力を突如得て、彼らは何を思うのだろうか。その力とどうやって折り合いをつけて生きていくつもりなのだろうか。
「異能」の多くは自ら望んだものではなく、ある日突然降って湧いてきたような力と言われている。
事実、自分がそうである。「異能」の存在など知らなかったというのに「異能」に目覚め、長き眠りに就いていた。
別に欲しくもなかった力だ。異能学の授業では個々人の個性、才能のようなものとする説も聞いたが、自分としてはそうは思えなかった。
どこまでも、突然降って湧いてきたような力。そう思えた。
自分の「異能」は一度発動した以降は発動していない。検査でもそういった兆候はないとも言われていた。
いつまた発動してしまうのかわからないとあれば、制御云々よりも完全に封印するか、消してほしいとさえ思う。
「異能」のランク付けが生徒の間で流行しているという話も聞いたことがある。
彼らにとっては「異能」も脚の速さやそういったものと同次元に思えることもあるのだろうか。
そんな考えが頭を巡っていく。
異能者ならば異能者なりの苦しみがあり、社会から排斥された者もいるだろう。一概になど言えるはずはないのはわかっているが――
簸川旭 >
ただひたすらに試験の有様を眺めていく。
常世学園の建学の精神から言えば、当然ながら「異能」は戦いのために使う力と限定されてはいないはずだ。
扶桑百貨店でも「異能」を持つものをどのように今後の社会の中に収めていくかという実験のようなものが行われているらしいと聞いた。
だが、超常の力をどのように世界の未来に活かしていけるというのだろう。
自分は目覚めてからは島の外に出ていない。だから、実際に異能者がどういうふうに外で扱われているのかは知らない。
「異能」のなかにはいつでも人の命を刈り取ることができるものもある。
そんな人智を超えた力を持った彼らが島の外でどのように生きていけるのか――
「異能」のない時代いた自分には想像もつかない話である。
彼ら自身がそれをどう考えているのかが聞きたかった。
彼らを知ることで、この世界の今も知ることができる。
自分にとっては、狂ったおぞましい世界ではあるが、それでもその世界で生きようとする人の考えをなんとか知ろうとしていた。
一歩前へ出れば良い。
かなり失礼な……不躾な質問にはなるに違いない。
だが、それでもぶつかっていかねば。試験の終わった生徒一人を捕まえて聞いてみなければ。
……そう思いはすれど、身体は動かない。
やはり、超常の力を持った者たちがおそろしいのだ。
座席を立ち、震える手を抑えながら、超常の力を発動していく生徒たちの有様を眺める。
今は、それぐらいしかできない。
ご案内:「実習試験会場【イベント】」に高坂 綾さんが現れました。<補足:制服/ローファー/赤いリボン>
高坂 綾 >
「あの」
青年に声をかける。
どうしていいのか、わからないけど。
彼は、あまりにも。
「顔色が優れませんが……体調が悪いのでしょうか?」
「そうでなければ、差し出がましい真似を謝りますが」
実習試験を終えた、その証。
提出書類を出し終えたペンケースだけを持って。
手持ち無沙汰だったから、というにはあまりにも人情味に欠ける。
「医務室なら場所がわかります」
具合が悪いのなら、そう思って声をかけた。
簸川旭 >
声をかけられて、そちらの方を向く。
制服姿の女がいた。
「……いや」
それほどまでに具合が悪そうな様子を見せていただろうか。
具合が悪いなら医務室まで案内できると、制服姿の女はいった。
「大丈夫だ。そういうわけじゃない。これはいつものことなんでね」
ペンケースだけ持っているということはちょうど試験を終えた生徒なのだろう。
まさに、今自分が求めていた存在だ。
この世界の何もかもが嫌いで、おぞましいが。
しかしそれでも、未知を既知としようとしたのだ。今はその絶好の機会の一つだ。
「……いいや、違う。そうだな……やはり気分が少し悪いかもしれない。医務室に行くほどではないが……休める所があれば教えてくれると助かる」
青白い顔を女に向けて、そのようにお願いした。
このまま大丈夫だと去ってしまうこともできたが、それでは意味がない。
異邦の仲間との約束があるのだから。
高坂 綾 >
「いつものこと………?」
さっき、手が震えていたような。そんな気がした。
緊張、いや、違う……何か別種の感情を抱えているようにも。
「そうですか………では、あちらに休憩室が」
ここには自販機が並ぶ、休憩室があったはず。
そしてここのジュースはちょっと高いので誰も利用してない。
「こちらへ」
先を歩きながら考える。自分のしていることは正しいのかと。
要らないお節介を焼くことが、シノビの役割なのかと。
顔を左右に振る。人助けに理由などいらない。杞憂ならそれでいい。
休憩室につくと長椅子を勧めて。
簸川旭 >
「ありがとう」
何の変哲もない女だ。ただの女子学生に見える。
だが、ここにこうしているということは異能者なのだろう。よもや、自分のように見学のみに来たわけでもあるまい。
医務室の場所を知っているほどには、この演習場のことを知っているのだから。
案内するかのように女生徒が先を歩き始める。
それに続くようにして自分も歩き始めた。
女生徒との距離は空いている。別に彼女個人に思うところがあるわけではない。ただの親切な女生徒のように思う。
だがしかし、異能者は恐ろしい。
すべてがすべて、破壊的な力を持っているわけでもないだろうが、自分には未だ理解できず、納得も出来ていない存在なのだから。
未だ、震えは消えていない。
「……君は、試験を受けていたのか?」
歩き初めてしばらく経った後、不意に尋ねてみた。
努めて自然な会話であるようにと心がけて。
高坂 綾 >
「はい?」
試験を受けていたのか。まぁ、それは受けていたけど。
確かに彼は見学席にいたわけで。
つまり、彼は試験を受けていなかった……というわけ。
「はい、受けました……完全にコントロールできている、という評価でしたね」
「出力や破壊力とか、そういうのを求められるわけじゃなくて良かったです」
頤に人差し指を当てて、考え込む。
どうにも、距離を取られている気がする。
「……何か非礼とか……しちゃいましたかね」
あ、今の発言が相当な非礼だ。
でもそういうのじゃないのかな?
簸川旭 >
完全にコントロール出来た異能。
この学園の理想を体現したかのような存在と言えるだろう。
出力・破壊力――そういったものを誇るような生徒ではないということはわかり、多少の安堵を覚える。
それならば、嫌悪感は多少なりとも減ってくれる。
「非礼……? ……ああ。いや、そういうわけじゃない。君を……アンタを嫌ってるとか、非礼だとか、そういうのじゃない」
と自分で発言した後に、露骨に距離をとって歩いていた事を再度認識する。
得心が行ったとばかり頷き、首を横に振る。
「気を悪くしないでほしいんだが……その、なんだ。苦手なんだ、異能を使う者が。怖い、というほうが正しいな」
隠し立てしても仕方があるまい、と正直に告げることにした。
嫌われてもおかしくはないだろう。差別的な発言だとも言われるかもしれない。
だが、自分はそういう存在だとはっきり示した上で、相手と交流しなければ理解に近づくことはできないだろう。
「だから、つい距離を取ってしまった。アンタが悪いわけじゃない。具合が悪いのもそうだな……苦手なものを見すぎたせいだ」
すまなかった、軽く頭を垂れる。
そうしているうちに、件の休憩所が見えてきた。
高坂 綾 >
相手の言葉は、少し不思議に響いた。
ここは異能者の島。世界が隠していた奇跡の集積地。
常世島だから。
「異能者が……怖い?」
手をブンブン左右に振って。
別に頭を下げてほしいと思ったわけじゃない。
「いえ、全然構いません。私も好きな異能者とそうでない異能者がいますしね」
「ただ……気分が優れなくなるほど嫌いなものを、どうして見学に?」
純粋な好奇心で聞いてしまったけど。
今の発言を引っ込めたい、と純粋に願った。
お父様も天にツバを吐いても戻ってくるだけだから発言には気をつけろと日頃から言っていた。
意味はわからないし例えが汚い。
「答えにくいことなら……」
と、言いにくそうに言った。
簸川旭 >
「……まあ、そうなるよな」
気分が優れないものをわざわざ見に来る物好きなど普通はいない。
自分も好んで見に来たわけではなかった。
だから彼女の疑問は当然のことだ。
「知りたいからだよ、「異能」を持つアンタたちのことがね。僕にとっては……何もかも理解できない存在のことを」
言葉をまっすぐ告げる。
正直、相手の事を慮るほどの余裕があるわけではない。
この先を語れば、自分がこの世界にとって異常な存在なのだと認めていくことになる。
間違っているのは世界ではなく、自分なのだと。
それでも言葉を続けようとするのだから、余裕はない。震えだした腕や身体をなんとか奮い立たせようとする。
「僕は《異邦人》みたいなものだ。異能も魔術も存在しない「時代」から来たんだ……《大変容》が起きる前、20世紀に生まれた。それが色々あって《大変容》直後に眠りについて……5年前にこの常世島で目覚めた」
率直に自分の過去を告げた。
本来ならばもう少し色々と交流してから語ることだろう。
だが、余裕がない。ごく自然に会話などできはしない。
「だから……僕の生きた現実には「異能者」なんていなかった。全部架空の話だった。だからアンタたちが恐ろしい。理解できない力を自在に操るような、アンタたちが……」
目を伏せていたが、スッと彼女の方を見上げて。
「……でも、知りたいんだ。この世界の何もかもが嫌いだが、それでも生きてはいたくてね。だから今努力している。こうしてアンタたちの力のことも、ようやく見に来たってわけだ」
高坂 綾 >
「理解………できない……………?」
彼の腕は震えている。尋常ではない。
相手の心情を考えれば、憤るような感情も出てこない。
そして、語られた言葉は。
時間旅行者。違う。取り残された者。
周りが死んでしまったのに、一人だけ生き残って未来に来た存在。
目を瞑る。気安く踏み込んでいい領域ではなかった。
それでも、暴いてしまったのだから。私には責任がある。
彼に自分のことを話す。その責任が。
「私は忍者よ、クノイチと呼ばれることもある」
あなた以外から見ても荒唐無稽かも知れないけど、と付け足して。
「昔は修行して得た力を試したくて仕方がなかった」
「ある日、仲の良い友達が怪異に連れ去られた時、私は忍装束も着ずに彼女を助けに山に入った」
「結論から言えば。彼女は助けられたわ」
「ただ、怪異の返り血に濡れた私を見て彼女は言った」
「来ないで、化け物……って」
視線を下げた。このことを忘れようと努力していた。けど。
「あなたの境遇を悲しいと思う」
「でもあなたの感じている恐怖は……誰だって持ち得るものなの」
「異能者が決して忘れてはならないこと」
「自分がおぞましい力を持った存在であるということ、その一点」
表情を歪めた。口布があるなら、覆って隠したかった。
簸川旭 >
「……忍者、クノイチ」
彼女の話に耳を傾ける。
忍者などと自称するような人間は、自分の時代には、少なくとも周囲にはいなかった。
いれば笑いものか、おかしなやつだと思われただろう。
忍者などが実在したのは遠い昔で、現代に生きる忍者などフィクションの中にしか存在しない。
しかし、彼女の言葉を笑い飛ばすことなどできない。
確かに荒唐無稽に思われるが、この島に来てからはそういう存在も実在するのだと無理やり納得するしかなかった。
彼女の話は続く。
修行して得た力を試したかった。
友人が怪異に攫われた結果、その力で怪異を打倒したということなのだろう。
そして彼女は友人に言われたのだ――「化け物」と。
自分と同じく異能を恐怖する者もいるということなのだ。
「正直、アンタを傷つけてしまうかもしれない。言いたくないことだろうに、わざわざ語ってくれたアンタを」
言葉を聞き終えると、これから告げる言葉について予め謝罪を行う。
「……わかっているよ。そういう苦しみをアンタたちが持っていることは。外の世界には、まだ「異能」を恐れる者がいるということも。だからこんな学園だって存在してるんだ」
「だがな、そんな事実を聞かされたところで、僕には救いにはならない。異能者だって好きで力を得たわけじゃないだろう。アンタみたいに、自分の力が恐ろしいものだと自覚し、制御しようとしている人だってたくさんいるだろう。そんなことはわかってる。わかってるんだよ」
「でも、僕は理解できない。この「異能」が存在する世界そのものが、現実感のない、意味不明なものなんだよ。単に異能者が怖いとか、そういうものじゃない……この恐怖が普遍的だったとしても、それで僕の心がやすらぎはしない」
「そして、同情もいらない。きっと、僕の苦しみをアンタが真に理解することはない。そして、逆も同じだ。僕もアンタの苦しみを、悲しみを、理解出来はしない」
「……なあ、教えてくれ。アンタは「異能」を持っているんだろう。だから僕は理解したいんだ。アンタは自分の力が怖くないのか? どんな「異能』だかは知らないが……その強さとかじゃない、その修業で手に入れた「異能」は本当にアンタの力なのか?」
「いつなくなるともわからない力を使って……アンタたちはどう生きていくつもりなんだ?」
きっと、問われても困るに違いない。
彼女たちにとっては、「異能」というのはすでに世界に存在していたもので。
社会との軋轢はあるにしても、存在は当然であったはずだ。
「異能」が果たして自分のなのかどうか。それを制御して、どうしていくつもりなのか――
高坂 綾 >
表情を歪めたまま、口角を持ち上げた。
「あら、ズレていたかしら」
「同情が要らないなら、私から言えることも随分シンプルになるわね」
やめろ。やめろ、こんな物言いは。
自分を止めるけど、なかなか上手くいかない。
「私は私」
「あなたはあなた」
「よって私がその『いつなくなるともわからない力』で何を成そうとも」
「究極的に言えばあなたには関係ないし、あなたの心は動かないのよ」
「私は大成すればスパイ業になるだろうし、しなければ地元の忍者村で大道芸」
「シンプルでしょ? あなたを傷つけてしまうかも知れないけど」
「あなたは本当はわかっているはずだわ」
「自分は永遠に異能者を理解できないことを」
「理解しようとする心は尊いわね?」
「でも、あなたは差し伸べられた手を拒む意思の力がある」
「その意思があれば、どこででも折り合いをつけてやっていけるわよ、きっと」
失礼しました、同情はいらないんでしたね。
と敬語で付け加える。
当てこすりしか言えない、自分の心根の醜さに辟易する。
時代の異邦から来た孤独の客人に、これだ。
私の善性も高が知れている。
簸川旭 >
怒りのような感情が湧いてくるわけではなかった。
彼女の当てこすりのようなことばを受けて、感じるところがあったからだ。
「――そうだな、アンタの言うとおりだ。僕は結局の所、理解をしようとしていなかったのかもしれない。
なまじアンタが僕と同じ「地球」の人間で、姿形も同じだからこそ。
本当は理解しようとしてもできない。こいつは「化け物」なのだと諦めたかったのかもしれない。
そうすれば、この世界で生きていこうなんて希望はなくなって、楽になれるからな。
そうしないためにアンタと話してたというのにな」
なるほど、彼女の言うとおりだろう。
自分は永遠に異能者を理解できないだろう。
このままでは。
善意でこちらを慮った女より差し伸べられた手を払い、ただただ自分の疑問ややるせなさを彼女にぶつけただけ。
相手の苦しみを知ろうとせずして得られる理解があろうか。
彼女は明確に、自分のその態度に怒りを覚えたのではないか。
それはすなわち、彼女がこの世界で生きている「人間」だという証だ。
自分と同じ、感情を持った存在だということだ。
自分はまだ恐れていた。そうだ、彼女を「人間」だと思えていなかったのだ。
理解の及ばない、化け物だと思っていたのだ。
――だからこそ、一種の安堵があった。
これでまた、同情など向けられれば違った感情を得ていたかもしれない。
世界が変容しても、異能を持っていたとしても、感情をぶつけあえる同じ人間なのだと、知ることが出来たのだ。
彼女が大成したらスパイ業、しなければ忍者村で大道芸――そんなことも、悪い冗談にしか思えない。
この世界のことが理解できない。どれだけおかしい、狂っていると思ったとしても、それはあくまで自分が生きた時代に照らしてのことだ。
行き場のない理不尽さ、怒り、そういったものを彼女にぶつけている。
そんなことはわかっている。だからこそ、どうしようもない。救いがない。
だが、それを受け入れなければならない。理解しようとしなければならない。
そうするために、ここに来たのではなかったか。
「だが、折り合いなどはつけられない。このままでは」
「僕には居場所などない。この世界の何もかもが偽りとしか思えない。神も悪魔も実在して、異能も魔術も存在するなどと言われれば、死後の世界ですら信用できない。死の先の安寧すら約束されていないと思う」
「そんな世界で普通に生きようとしているアンタたちが理解できない。おそろしい。おぞましい。そうだな、あんたの友達と同じく「化け物」とさえ、どこかで思っていたはずだ」
「突然出現した「異能」なんて力を受け入れようとしているアンタたちが、ひたすらに異常に見えた」
「だから、僕は忘れていたのだろう。アンタもまたこの世界で生きる「人間」ということを」
「僕は、僕と同じく世界から弾かれた《異邦人》の仲間を一人、この間持つことが出来た。その男と約束したんだ、この世界のことを少しでも好きになれるような出会いを持つと」
「……すまなかった」
やはり、彼女のことは恐ろしい。ただ、「異能者」であるということだけで、だ。
今この瞬間、殺されるのではないかという恐れさえある。
だが、きっとそうはならぬという確信めいた思いもある。
一人の感情を持つ人間なのだ。化け物でないからこそ、こうして言葉を交わしているのだ。
そして、頭を垂れた。
「アンタの……君の心からの優しさを、信じることができなくて」
彼女の善性を信じずに、互いの理解など不可能だと決めつけたことを、謝罪した。
高坂 綾 >
相手からどんな罵声を浴びせられても仕方のないことを言った。
そう思っていたのに。
どうして。
どうして。
謝るのよ?
「謝らないで………」
「私、言われて一番傷ついた言葉をあなたにぶつけただけなの」
「────あなたなら折り合いがつけられるでしょ?」
「この言葉が大嫌いだった………」
頭を抱えた。もう自分のことも、相手のことも信じられない。
その感性が自分の中にあることが頭を掻き毟りたくなるほど嫌だった。
折り合いなんてつけられるはずがない。
未熟と成熟の中で蠢く、この想いに。
「異常だって、化け物だって、断定してくれれば良かったのに」
どうして、あなたは理解しようとするのよ。
私は……あなたの理解を早々に諦めたのに。
「やめてよ! そんな風に……!!」
頭を下げるなんて。
化け物。化け物。化け物。
あの頃から何も変わっていない、力と自己顕示の化け物。
ああ、私は。この人が望む出会いではなかった。
芯から。底から。頭から。嫌悪感が染み込んでくる。
それも、自己嫌悪という拭い難い形で。
「ごめんなさい、さようなら」
一方的に謝罪(あるいは拒絶)と別れの言葉を告げて、ペンケースを痛いくらい握りしめて去っていった。
私はあの時から何も変わっていない。
血に濡れた化け物。だから……ちゃんと私を嫌って………
ご案内:「実習試験会場【イベント】」から高坂 綾さんが去りました。<補足:制服/ローファー/赤いリボン>
簸川旭 >
「……どうやって異常だと思えって言うんだよ」
彼女は去っていった。
「そんなにも感情をむき出しにするやつを」
彼女のことは何も知らない。
彼女がどういう苦しみを得ていたのか。「折り合いがつけられるでしょ?」と告げられた彼女のことを、理解するには至れない。
だから、彼女を追うことは出来ない。
言葉を掛ける資格はない。
「僕は、化け物だなんていうことはできない」
だからこそ、こうしてすれ違うこともできる。
本当に化け物ならば、このようなことはありえない。
今は、不要に彼女を苦しめたという自己嫌悪があった。
彼女が「異能」の力に溺れ、それを誇るような人間だったならば、罵詈雑言を浴びせたかもしれない。
結局、この世界の人間はもう自分の知るそれとは違うのだと諦めもついたかもしれない。
自己嫌悪など得なかったろう。
――だが、そうはならなかった。
「異能者」もまた、一人の真に苦しむ「人間」であると知れたのだから。
「……僕は、この世界の何もかもが嫌いだ。すべてがイカれていて、壊れていて、恐ろしくて、おぞましくて仕方がない」
「だが、それでも……それでも」
「正しく互いを恐れ、感情をぶつけ合うことができるという希望を持つことが出来た。《異邦人》だけではなく、この「地球」の人間とも――」
だから、諦めない。
どこまで理解し難くとも、おぞましくとも。
真の理解には至らないのだとしても。
「――次は、アンタの話を聞かせてくれ」
一人の「少女」を傷つけてしまったのならば。
行うことは、ただ一つだ。
自分だけが残る廊下に、虚しく声は響いた。
ご案内:「実習試験会場【イベント】」から簸川旭さんが去りました。<補足:黒髪痩躯の青年。制服姿。後入り歓迎。>