2020/07/21 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。<補足:前髪アップにアシメアレンジ。本性スタイル。黒オーバーチェスター。ノースリ/ショーパン。30分程待機予定。>
群千鳥 睡蓮 > 高架下を潜り、ちかちかと明滅する灯りを受けて。
うらぶれた落第街の路地裏。スラムよりは未だ、明るい場所に。
翼のように、黒いコートの裾を揺らして歩く――それを摘む。
「――急に暑くなってきやがったな……なんか買わないと」
顔の前にもってきて、渋い顔。
大きいサイズの上着を羽織るのは、趣味と実益を兼ねたものだ。
薄手のサマーニットのチェスターコート。
歓楽街の東っ側で買ったものだ。気に入ってるが、通気性にも限度がある。
「夏休み明けたら倭文で冬モノも揃えないと。
――夏休み、夏休みか」
えらく懐かしい響きな気がする。
裾を払い、片手に持ったブラックコーヒーの缶を宙に放ってキャッチ。
泥水と言った奴がいる。この泥水のわざとらしいすっきりした苦味がわりと好きだ。
群千鳥 睡蓮 > ここに来てから一ヶ月余り、じぶんは「ふつうの学生」で居られた――とおもう。
幾分か変われたとおもう。おそらくは良いほうに。
本当にそうなのか? それは、絶えず考え続けなければいけないことだ。
プルトップを開けて泥水を喉に流し込む。
「泥水って程じゃねーだろっての」
渇いた喉には良く効くので、何処ぞの甘党に毒づいておいた。
「……此処とも少しの間おわかれか」
すこし感慨深げにつぶやいた。
既に、船舶のチケットは取ってある。
両親もきょうだいも働いているから、帰省は必然的に盆休みを狙うことになる。
少し早めにずらしてはあるが、まあ誤差だろう。
編入してきた時は時期が時期だったからすいていたが、帰りの船舶はすし詰めになりそうだ。
群千鳥 睡蓮 > "此処"。 常世島。
ふわりと壁に体を預け、思索する。
顔のすぐ横には下品めのポスターが貼られている。
「変なトコだよな。 かんがえてみても」
落第街だけを切り取っても、奇妙な話だ。
日向と日陰がある。それは考えてみれば当たり前のこと。
いわゆる都会暮らしだった自分からすれば、こういう場所もあるのだろう、と。
「ここには戦場もあって……」
唇に指先を滑らせた。
――指を離す。ティーカップの取っ手に毒を塗るなんてトリックの本を読んだばっかりだった。
「荒野もあるんだっけ。 ……国境みたいなもんまである」
まだ足を運んだことはないが、異邦人たちが暮らす場所。
あの漆黒の男のような、「じぶんたち」に近いナリの奴のほうが珍しい、とか。
思いを馳せる。この島の在り方。帰ろうとしている場所が、どれほど静かで安らぐ場所かと。
群千鳥 睡蓮 > 「まだ――生き返るわけじゃない」
自分は未だ、学ぶもの。大人になれない何者か。
ひとたび死して、常世島という名の冥府で這いずっている。
人間社会という場所に戻るために。
これは適性試験のようなものだった。おまえはほんとうに 『人間』なのかと。
「…………あたしはまだ、おとなじゃない」
家族は今の自分をみて、なんと言うだろう。
既に、「後期」以降のことについて、電話でいくらか相談済みだ。
快く請け負ってくれたし、それを理由に少し長めに帰りたいといえば。
思い上がりでなければ、電話口の声はうれしそうだった。
「気を抜けばいいのか、気を抜いちゃいけないのか。
……そのうち慣れるのかな」
群千鳥 睡蓮 > 「いろいろ申請書類とか書いて……ああそうだ試験もあるのか。
そりゃそうか。あと面談と……そーだ、小金井先輩にも伝えないと。
――んん、やることいっぱいだな。 夏休みって暇なもんだと思ってたけど」
小学生のころ。自分にはそれなりにともだちがいた。
自分はすこしだけふつうと比べて『ずれ』ていたが、
大なり小なり、全員どこか『ずれ』ていて、それが少し大きかっただけだと弁えている。
携帯を取り出す。そこにはまた会う約束がある。
むかしお世話になった、親身になってくれた先生は、結婚報告のときにまた縁ができて。
いつか帰る場所。 まだ、此処は自分にとっては暗き底。けれども。
「面白いひとたちばっかだもんな……」
この島にはやさしいひとが多かった。
そうでないひともたくさんいるはずだ。
問えと言われた。問い続けよと。
そして待つと約した。――だから、というわけではない。
「まあ、少しばかり『長く』いることになりそうってのは予想外だけど。
――きっと、だからこそ、あたしはこの島のことも」
もっともっと好きになれる筈だ。携帯をポケットにしまい込む。
ご案内:「落第街 路地裏」にヨキさんが現れました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>
ヨキ > ヒールの靴音。
女のそれよりも重い、堅実な響き。
睡蓮の正面から、ゆったりと歩いてくる男の姿がある。
美術教師ヨキ。
毀誉褒貶相半ばする、長身の男だ。
「やあ、こんばんは」
奇しくも、彼は睡蓮と同じ缶コーヒーを手にしていた。
「君は夏休みを島内で過ごすのかな。
それとも、外へ帰る予定がある?」
まるで天気の話でもするみたいに。
そう切り出した。
群千鳥 睡蓮 > 音にか、匂いにか、影にか、味にか、肌に触る感触にか、
それともより深い感覚にか。
きっと、聞き慣れない男性のヒールの硬質な音が一番強い。
自然に顔を上げて――ああ、そうだ。
探していた顔だ。 自分は美術を取っていないから、普通は会えない人。
「あ、ヨキせんせ……ッッ」
大きめの瞳を開いて、会いたかったんだ、とも言いたげに。
多分、自分が一方的に知っているだけかもしれないけども。
言って、唇を手で覆う。気まずそうに顔をそらす。
出来れば制服姿の『睡蓮』で会いたかった。此処に居ること自体素行不良だ。
(ていうか裏路地に先生居すぎだろ……!)
そらした先には飲みかけの缶。
それを掲げながら、壁から体を離し、通りの邪魔にならないように寄りながらも、
正対した。会釈する。――怒られるかな。
「――あ、と。 こんばんは……?
実家に……帰ります、家族がいて。両親と、あとおねえちゃんがふたり……
これ、美味しいです、よね」
ヨキ > 「おや、ヨキのことを知っていてくれたのだね」
こんな場所で会ったというのに、ヨキは叱る素振りも見せない。
「安心したまえ。ヨキはこの街に居る者らにも、何も言わぬよ。
何しろ、落第街にもヨキの『教え子』はたくさん居るのでな。
今晩は彼らを、一人ずつ訪ねておった。夏休みに入ったことだしな」
睡蓮に会釈を返して、そう話す。
ゆったりとしたテンポ。低く構えた声。笑み交じりの息遣い。
「そうか、君は帰省組か。この島の土産話を、たくさん持って帰りたまえ。
ふふ、ヨキもコーヒーが大好きでなあ。お互い飲み過ぎないようにしなくてはな」
中身が半分ほど減った缶を、軽く揺らして示す。
「……それにしても、君の瞳はどこか力があるね。
油断すると、ヨキの深い奥底まで見透かされてしまいそうだ」
目線はかち合っていなくとも――何か、感じるところがあったように。そう笑う。
「それで、君はヨキに何か用事でもあったのかね?」
群千鳥 睡蓮 > 深く体に染み入って、ずしりと響く声を受け止める。
正対すればわかる。その存在感。物理的なものではない体軸のつよさ。
昼休みに言葉を交わす子たちの評判が良いわけだ――と少し唇が綻ぶ。
なんたって、『安心』してしまった。
一言で緊張を解されてしまえば、こちらは何も隠せない。
「そうよく言われてたから、普段は眼を隠してるんです。学校では……。
あたしからしたら、ひと目で色々見抜かれちゃったなー……
ってのはこっちのほうなんですけど。
……先生の眼、きれいですね。 晴れた夜の海みたいで」
真っ直ぐ見つめた。失礼にならないようにはするけれど。
だから視線をできるだけ緩める――否、自然に微笑んじゃっただけだ。
「噂の"かっこいい先生"とぜひお近づきになりたいな、っていうのがひとつで」
ひとさしゆびをたてる。
「もうひとつは、ヨキ先生のことを知りたかったから。
コーヒーがすきで、落第街にも『教え子』さんがたくさんいて。
こんなとこに居る不良娘にも優しく話しかけてくれるってのはわかりました。
……一年の群千鳥 睡蓮(むらちどり すいれん)です。先生。
――さいきん、効きが悪くなってるんですよね。エスプレッソ飲むようになっちゃったからかな」
中指を立てた。ふにふにと二指を曲げて。
先生相手だ。フルネームを名乗る。肩越しに背後を振り返る。
彼の進行方向だ。
「ご用事、とか。教え子さんへの――あいさつ回り?だいじょうぶですか?」
ヨキ > 「いいや。君の目がどこまで見抜けるか、ヨキにはまだ知れぬよ。
だから、未だ何も気づいていないに等しい。
綺麗な瞳には力がある――それを褒めただけのこと。
ふふ、晴れた夜の海、か。嬉しいな、そう評されたのは初めてだ」
実際、ヨキは何も与り知らない。
睡蓮が持つ力のことを。秘めたる性分を。
芸術家として人と相対する――その眼差しが、ほんの上辺を掬い取ったに過ぎない。
「ほう。ヨキのことを知りたいと? 勿論構わないとも。
群千鳥君、だね。ああ、綺麗な響きの名前をしている。
なあに、こうして挨拶を交わした以上、君もヨキの教え子の一人だ。
ヨキは教え子ひとりひとりに、十二分に時間を割く。安心して話したまえ」
壁に背を預ける。
埃っぽい街でも、構う風もなしに。
さながら自分の家のような気楽さで。
「ヨキも君のことを知りたいと思うよ。
言葉でも、何でも。存分に知り合おう」
深く深く。穏やかに、微笑む。
群千鳥 睡蓮 > 「……ども。
うん、きれいな海――此処の浜辺もそうなのかな。
家族にむかしつれてってもらった、コートダジュールなんか、思い出します」
まっすぐ褒めてくれるひとだ。
自分の能力は全般的に高い――とは思っている。自信もある。
しかしどうにも弱かった。控えめに受け取り頬を赤くして。
隣あって背を預けた。気を使ってくれたのかな、と横目でうかがう。
「なんだかめちゃくちゃ忙しそうで……」
苦笑して、学校では話しかけられなかった理由を打ち明けた。
前期終了の時、ヨキに限らず、解放された生徒たちと打って変わって大忙しだ。
それを、睡蓮はじーっとみていた。邪魔にならないように。
「『教え子、ひとりひとり』……。 すごいことですけど。
なんか、全然大変じゃなさそうです。たのしそうで――。
そうですね、なんでも聞いてください。
この綺麗な瞳が、家族であたしだけだった不思議とか。
ラ・ソレイユで、常世苺のパイが数量限定で出る!という噂ばなしも」
容姿には自信がある。ふにふにした二指で、片目を上下からひろげてみた。
それでも家族からもらったものだ。
少し考える。 そして。
「ヨキ先生って、どうして先生になろうとおもったんですか?
美術の、先生。 あたしからすると、けっこうおしゃれな……響きですけど」
顔を振り向かせ、微笑みには真面目に、まっすぐな表情を見せた。
ヨキ > 「あはは、嬉しくなってしまうね。
君にもっと目を褒めてもらいたくとも、笑うとつい細めてしまう。
鏡を見るのが、もっと楽しくなれそうだよ」
笑うと、歳相応の男性らしい笑い皺。くしゃくしゃとした笑い方は、明るい。
「ああ。正直、とってもとっても忙しい。でも、ちっとも苦ではないんだよ。
どれだけ忙しそうに見えても、話し掛けられたときには手を止めるから。
遠慮せず、声を掛けてやって欲しいな。
ラ・ソレイユって、スイーツの部活だろう。
いいね、すごく気になっていたんだ」
睡蓮が押し広げた瞳を、正面から見据える。
金色の奥に、何が秘されているのかを見定めようとするみたいに。
「ヨキが先生になろうと思った理由、か。
そうだな。斯様な場所で――普段隠す瞳も露わにしている君には、ヨキも正直に話そうか。
『普通の先生』とは、とても言えないから」
一拍置いて。
「ヨキはこの見目のとおり、異邦人でな。
今でこそ人間だが、初めは犬と人との混ざりものだった。
……この島に辿り着いたところを、『悪い者たち』に捕らえられてな。
それはそれは手酷い目に遭わされたところを――委員会に救われた。
それからだ、ヨキが真面目に教師になろうと思ったのは。
この学園と島に、お返しがしたかった」
群千鳥 睡蓮 > 「そこなんですよ。 あたし、勉強してるときとか集中してる時。
話しかけられると、けっこう乱れちゃって――怒っちゃうときも。
……最近は治ってきてはいるんですけど、どうにかしなきゃかなあ」
考え込む。そこが、『おとな』と『こども』の違いなのかなと。
結局くせで、人差し指を唇に乗せてしまう。ぷにぷにと指先で叩く。
実はラ・ソレイユ部員なんですよー、なんて、笑っても見せたりしながら。
先生とじっくり話すというのは、『先輩』と話すのとは、また違ったものがある。
あの黒猫のひととはまた違う、包容力、力強さ――暖かさ。
おとうさんと話すときと、どこか似ている。
「――…………」
海に映る夜空を覗き込みながら、その瞬きに見入る。
ごくあっさりと告げられた彼の物語のその裏には、
随分な悲痛があったように思えた。唇をひらきかける。
――どうしてそんなことがあったのに、そんなに優しく在れるんですか。
飲み込んだ。大変だったんですねとか、かわいそう、だとか、浮かばなかった。
それさえ目の前の男性を構築する要素として、まじまじと見つめて受け止める。
「……異邦の方にまつわる諸問題については、
いまも世界史とかは、ほぼ毎週記述が変わってるくらいの話だって……
でも、肌にふれたことはない……知って、知らなきゃ。
…………受け取った、恩を、返す……ために」
少しだけ、じくりと胸が痛むものがあった。
――自分も、似たような感覚で生きているから。
「……そう思わせてくれる、出会いがあった……『だれか』との、
たくさんのかかわりがあったから……?」
彼を"ヨキ先生"たらしめるものは、なんなのだろう。
そこに何かが視えた気がして、黄金を見開き、輝かせた。
ヨキ > 「それは人によって、向き不向きがあるところだからな。
ヨキが手を止めて、別のことに向き合えるように……。
君にとっては、“集中すること”の方が向いているのではないかな。
怒ってしまって喧嘩に繋がる……ということがなければ、ゆっくり己の性質と向き合えばよいさ」
相手がラ・ソレイユの部員と聞くと、おお、と目を瞠って。
覚えておこう、と相手の名前を復唱する。群千鳥睡蓮。ラ・ソレイユ。
そう口にするとき、ヨキは後日必ず店へ出向く。
「……………………、」
睡蓮の逡巡に、黙して金の瞳と向かい合う。
ヨキの水底めいた瞳の奥に、似て非なる金色の光がちらりと瞬いた。
「……そう。ひとつだけではない、たくさんの出会いがあったよ。
ヨキは元から地球の人ではなく、今や異界の犬でもない。
どこにも馴染めぬ身ならば、せめて身の置き場所を与えてくれる常世島に、尽くそうと――そう思った。
どれほど裏切られようとも、傷付けられようとも。
この島でしか生き方を知らぬヨキは、他に手管を持たん。
無論、順風満帆などという訳にはゆかなかった。
数えきれないほどの成功と失敗を繰り返して、今がある。
だからヨキには……一日だって、無駄に過ごす時間はない。
知りたいから。学びたいから。覚えたいから。
良いことも、悪いことも。どこかで何かが起こると――知っているから」
群千鳥 睡蓮 > 「………ありがとう、ございます。
先生、やっぱりその瞳。 ―――すっごく、よく視えてます」
静かにじぶんの現状を肯定してくれる言葉に。
一番、貫かれる痛みを与えてくれる真実に、眼を大きく見開いて。
少しだけ泣きそうになりながら笑った。
"集中すること"――そうしていなければならない自分の実存の在り方。
「"常世島(ここ)"だから――」
彼の言葉を受け止めれば、そういうことだ。
この島には、多くの現在の世界がパッケージングされている。
ありとあらゆる異常自体が箱詰めされた特異点。
――存在を赦す場所。地獄のようでいて、あるいは視る者によっては楽園なのか。
続く言葉たちに、少し身を乗り出した。早口になる。
「先生も――先生なのに。 おとななのに――。
いまも、たくさん学んでいるんですか。 たくさん失敗も……?
多くのひとから。できごとから。おとなだから、先生だから?
それでも今も、ヨキ先生は"ヨキ先生"で……、いる。いてくれる。
そういうことがあって、そういうあなただから、あたしにも付き合ってくれてる」
確かめた。認識した"ヨキ"という存在。
その強靭な在り方に対して、ほんの一端に触れただけでも痛ましいものがあるのに、
いまなおどこまでも真っ直ぐな姿。少しだけ近づく。
「先生は、"ヨキ先生で在りたい"……?」
真っ直ぐ問うた。そして。
少し、申し訳無さげに視線を反らしながら。
「……。 ……時間がないとお聞きしておいて、あれなんですけど。
じゃあ、あたしのほうの話も――ちょっと、聞いてもらっていいですか。
ちょっとの昔の話と、これからの話」
ヨキ > 「ふふ。そうかな? 単なる当てずっぽうやも知れんぞ」
軽やかにウィンクする。
そうして、身を乗り出す睡蓮に。
臆することなく向き合って。
「……“こう在りたい”という『望み』と、“こう在ってみせる”という『誓い』と。その両方だ」
言葉を続ける。
「獣は己の生き方を定めることなど出来ない。そこにただ、そう在るだけ。
そこから突然――人の言葉を得た。社会に入ることを強いられ、金を稼がねば生きてゆけなくなった。
……で、あれば。
ヨキは強いられたとおりに、望まれたとおりに……それ以上に、己にしっくりと馴染んだとおりに。
“ヨキ先生であること”を、体現し続ける」
静かながらに、惑いのない台詞。
話を切り出そうとする睡蓮に、迷わず頷いた。
「ああ、いいとも。
ヨキでよければ、いくらでも話を聞こう。付き合うよ」
どうぞ、と続きを促す。
群千鳥 睡蓮 > 「…………"誓い"……」
その言葉に、感銘を受けたように、眼を輝かせた。
ぜんぶ教えてくれた"ヨキ先生"。
獣から人へ生まれ変わった者。彼はその瞳の語るよう、星だった。
暗夜が導いてくれる。波打たぬ海の如き雄大さ。
ならこちらも、教えられる限り。
「この瞳は、――"あたしが殺そうとした"場合の運命が視えます。
どうやって相手が死ぬか、自分が死ぬか……ってのがはっきり。
……天命が視える。本当にそうなのか。
相手が"あたしに殺されるために生まれてきた"のか。
自分が"あなたに殺されるために生まれてきた"のか。
――はっきり視えるもんだから、確かめたくなっちゃうんです。
視えちゃうから……実際、さっきも嫌な気分させたかな、って」
胸襟を開く。とはいえ、彼の道に比べれば、遥かに易き人生だ。
申し訳無さそうな顔は晴れなかった。つい先日も、二人ほど自分の眼を見抜いた者がいる。
「……『だれかの命をうばう』ときが、あたしは一番ラクなんです。
なにも考えずにラクな姿勢が自然体っていうなら、
あたしの本質は『それ』なんです。あたしって何なんですかね。
暴力は嫌い。誰かをきずつけることも。なのに殺生への抵抗が全然なくて。
――『在ろう』と、"集中"してないと、あたしは『人間』でいられない」
悲観的な調子ではなくて。真っ直ぐ話してくれたから。
こんな自分に伝えてくれた先生に、『返したい』と思った。
「まあいろいろあって……おとうさんにぶん殴られて『娘』に戻ったし。
きっと、ともだちと一緒に過ごせればあたしは『生徒』で『ともだち』。
ヨキ先生とか……ソフィア先生とかと話してるときは、あたしは『教え子』。
じぶんをみてくれる『だれか』が……あたしに『心』をくれてて。
……あたしはたぶんまだ、『人間』のフリをしているだけだけど。
まあその――先生の話聞いて……もっと、がんばろうっておもったっていうか」
恩を返さなきゃいけないのに、もらってるんだなって気づいて。
自分の髪の毛ぐしゃぐしゃかき混ぜて顔を背けた。
異邦の獣が、激動の物語を経て、こうして"ヨキ先生"でいる事実。
自分が置かれている状況は、彼よりきっと遥かに恵まれたものだ。
けど、長い途のはず。きっと死ぬまで学び続ける途。
そこに、精強で力強い先達がいるという事実が――なんだか、嬉しい。
ヨキ > 「……そうだったか」
運命が視えるという目。
それを聞いて尚、ヨキは真っ直ぐに睡蓮の目を見ていた。
ひとたびもぶれることなく、まるでその運命を退けようとするように。
「いや。
学園には、目にまつわる異能を持つ者も多い。
君に何が視えようとも、ヨキは気にせんよ。
……否。何が視えても気にしないだけの生き方を、ヨキはしているから」
空いた片手を伸べる。
大きな手のひらを、睡蓮の手の甲に重ねる。
“だれかの命をうばう”手を、包み込むように。
そうして、睡蓮にそっと額を寄せる。
距離を狭め、自分が確かに生きて立っていることを証明するように。
「……抵抗がなくとも。君自身が、暴力や殺生を『嫌い』と言うなら。
それは君が持って生まれてしまったわざわいに他ならない。
己を委ねてしまえば、それは楽に違いない。
それでも――心が“嫌だ”と悲鳴を上げる行いを、ヨキは君の本質とは呼びたくはない」
静かに、静かに。二人の間でだけ届くほどの、微かで確かな声。
「ヨキは傷付けられても、何度だって立ち上がるさ。
君の衝動も、苦しみも、抑えきれない分は受け止める。
それが大人で、男で、先生であるヨキの役割だから。
……群千鳥君。だから、“頑張れ”。頑張る君を、ヨキは応援する。
ヨキがヨキで在ろうとするように、君も群千鳥睡蓮で在れ。
君の内から湧き上がる衝動も……君に楽であれと囁く、外からの毒牙も。
それらはみな、ヨキや他の者らと共に跳ね除けよう」
群千鳥 睡蓮 > 怖がらずにいてくれる。
――いや、違う。それだけこの人が強いのだ。腕っぷしの話じゃなくて。
成程、きっと、落第街に居る『教え子』たちも、同じ光景をみているのだろうか。
嬉しかった。どうしようもなく。
「……――え、あ……ぅ」
包まれた。熱を感じる。思わず顔を上げて、白い肌を赤くする。
相対的に見れば、手の大きさの違いは瞭然だ。
指は長いほうだと思っていたけど、性差の理屈にとどまらないものがある。
言葉は遠雷のように、鐘のように響いて――。受け止める。
「"嫌だ"…………か。 ……あたし、そう、言ってるんですかね。
うん、だったらあたしは、そっちに居たいです。
そう"在りたい"。こんな手でも……ふつうで。ふつうがいい。
だから――だから、ヨキ先生を、みんなを、暴力で傷つけません」
ぐっと喉に飲み込んで、彼の言葉を請け負った。
「それは"嫌"だから……頑張ります。
あたしは……"強者"で、"在ってみせます"」
自信をもって、笑う。素敵な先生に。
真っ直ぐ向き合ってくれる。自分がまだ『こども』だと教えてくれる。
だから胸を張ろう。
「……あなたの『教え子』として、恥ずかしくない群千鳥睡蓮でいたい。
頼ったり……甘えたり、しちゃうし、ぜったい失敗もするけれど。
そこは譲りたくない。あなたからも、多くのものをもらって……!
おとなになります……あたし、」
彼の大きな手を、小さい手で必死に握り返す。
高架の上に、きっと大型の車両が通った。声は二人の間だけに閉ざされる。
「 」
群千鳥 睡蓮 > 「だから、その……これから、たくさん頼ると、思います。
しんどい時はもしかしたら弱音言うかもだし、あれだけど……
今日のこと、これからのこと、色んな人からもらう御恩を。
学びながら、頑張りながら、返していけるように……
……あたし、頑張るので、これからぼちぼち……。
お、お願いできたら……コーヒーも淹れられますしお話くらいはね……」
色々ぶちまけてしまって、ちょっと照れが先に来た。
さっきまではっきりしてた言葉は消え入るものになって、もじついた。
まだまだ子供だ。大人がいるから、子供は自分を子供だと気づけるのだ。
ヨキ > 「ああ。ふつうがいいと、強者で在ってみせると、そう言える君は強い。
その強さを支えるために、ヨキは君と共に在る。
独りきりで体現する強さもあれば、他者と共に在るからこそ実現できる強さもある。
ヨキは、そのいずれも認めるよ。
案ずるな。ヨキは揺らがん。
そのようにして、ヨキも成長してきたのだ、ずっと。
いつ何時しくじろうと、受け止めてくれる者がある――その心強さによって、支えられてきた」
重ね合った手は、温かい。
騒音で掻き消された睡蓮の声は――確かに、ヨキに届いた。
「…………、」
笑う。
ぱっと花開くように。大きな喜びが、顔いっぱいに広がって。
「……嬉しいよ。有難う。
その言葉を聞けて、ヨキは幸せだ」
コーヒーの缶を、鞄のポケットに突っ込んで。
空いた手で、睡蓮の背を抱き締めるように柔く叩く。
「判った。これからも、ヨキを大いに頼ってくれ。
ヨキは君の指針で、支えで、道具で、武器となろう。
何も、ヨキを物のように扱え、と言っているのではない。
こうして繋がれた縁は――必ずや、君を救うから。
そしてそれと同じように……ヨキもまた。
君との出会いによって、新たに学び直すのだ」
群千鳥 睡蓮 > 「……ほんとうに、先生"も"素敵な出会いを重ねてきてるんですね。
そうだ、だからその心強さを、無碍にしちゃいけないんだ……。
じゃあ……そうしたらこれから、もっと"ヨキ先生"になっていくんだ……。
――うううん、遠いなあ……でも……」
これだけ強い人さえ、誰かに支えられているという自覚を持ってそこに立っている。
眩く、遠いようでいて――しかし、手を伸ばさねば、歩いていかねば届くということもない。
染み入る言葉ひとつひとつを自らの餌と、糧と食らう。
だからこそ、彼の笑顔に。少しの間、呆気に取られてしまったけれど。
にっと笑い返すことはできた。星の眩さをこそ、闇の中の杖とする。
「此処で、ヨキ先生と出会えたことも――
これまでとこれからの出会いもすべて、必然の運命。
『望み』と『誓い』を胸に……けれど、
それに溺れずに。すべてを一縷も無駄にせずに。
考え続けます。集中し続けます――より良きあたしになるために。
あなたにとってのあたしが、良き縁であったと証すために」
きっと支えてくれた手には、この背は随分小さく感じるはず。
だからこそ、せめて両足はしっかり地面について、
教わったことを反芻した。教え子のすべきは、まずはそこから。
そしてこれから、教示を活かして前に進まねば。
力強い腕と、温かい手の名残惜しさより、
貰ったものを胸に歩き出す誇らしさが勝る。
「あらためて……ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします、ヨキ先生」
歩を下がる。深く、頭を下げる。
ばっと顔を上げた。死を視る瞳は尊敬の輝きで、恩師を視る。
「よっしゃ、やる気沸いてきた……! 今日は寝るまで勉強しよ!
お話聞いてくれてありがとうございます……会えて良かった。
ふふ……『教え子』さんたちに、先生お返ししますね、なんて。
――じゃ、きょうは、おやすみなさい。 またっ!」
駆け出した。まだあなたを待っている人はたくさん居る。
そのひとりであった自分もまた、一日たりとも無駄にできない。
今度はドリップしたのをごちそうしますね、と振り返りざま手を大きく振って。
ひとまず帰路、そして望む場所に、確かな歩を刻んでいった。
ご案内:「落第街 路地裏」から群千鳥 睡蓮さんが去りました。<補足:前髪アップにアシメアレンジ。本性スタイル。黒オーバーチェスター。ノースリ/ショーパン。30分程待機予定。>
ヨキ > 「ヨキはいつでも、ここに立っているとも。
遠くもあり、近くもある。それが師の在り方というもの。
君の瞳は、死線を視るためだけにあるものではない。
輝かしいものを。うつくしいものを。星のように微かに瞬くものを――
そのいずれもを、その瞳の中に収めていってくれ。
そうすることで、君の支えは少しずつ増えてゆくから」
するりと手を離す。
頭を下げる睡蓮に、会釈を返す。
「こちらこそ、どうぞよろしく。
ここに結ばれた我々の縁を、これから末永く育んでゆこう。
――ふふ。勉強、頑張れよ。
せっかく期末試験が終わったのだ、息抜きも大事にな。
お休み、群千鳥君。よい夢が見られるように」
手を振り返す。
「コーヒー、楽しみにしてる」
にっと笑って、ヨキもまた路地の奥へ消えていった。
ご案内:「落第街 路地裏」からヨキさんが去りました。<補足:29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒七分袖カットソー、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手人差し指に魔力触媒の金属製リング>