2020/07/10 のログ
ご案内:「大時計塔」にーーーさんが現れました。<補足:少女の姿。甘い香りが漂っている。緑のレインコートと黄色の長靴、ずぶ濡れ>
ーーー >
それは目をつむり、時計塔のテラスのそのさらに上、最上部の避雷針を背もたれに風の音に耳を澄ませていた。
灰色だった空を見上げると降りしきる雨はいつしかやみ、雲の切れ間から早くも星がその姿をのぞかせている。
ぐっしょりと濡れた髪を伝う雨雫がレインコートに当たり、ぽたりぽたりと音を立てる。
何時間ほどここにいただろうか。
ゆっくりと目を開け水平線に目を向けると、足元で鐘が鳴り響きはじめた。
島中に時を知らせ、ひそかに名物となっている鐘の音は雨上がりの風に乗り島中へと流れていく。
急な鐘の音に驚いたのか雨宿りしていた数羽の鳥が飛び立ち
夕暮れの空へと羽ばたいた。じゃれるように、競うように巣へと戻っていく鳥を見送り、町へと視線を向ける。
見下ろした常世島は、雨上がりの澄んだ空気の中ぽつぽつと明かりが輝き始めている。
「……」
それはしばらくそれを眺めた後息を吸い込み、僅かにせき込んだあと
風に紛れるほど小さな声でゆったりと口ずさむ。
『God be with you till we meet again……』
民謡的かつ感傷的と言われたその曲はかつては多くのヒトに歌われていたと聞く。
ーーー >
ゆっくり瞳を閉じ、体重を避雷針に預けながら小さく胸元を抑えそれはただ歌っていた。
風の吹くリズムに合わせるように途切れ途切れに。
『With His sheep securely fold you--』
自分の声は他人には複数人が同時に喋っているように聞こえるらしい。
クスリと笑う。つまりこれを聞いたなら合唱でもしているように聞こえるのだろうか。
歌っているのは一人なのに合唱できるなんてなかなか便利ではないかしら。と思うと少し愉快だった。
……その直後に忘れ去られるのだろうけれど。
それほど長い曲でもないそれを歌い終わるとそのまま残響に耳を傾けるように黙り込む。
遠くからわずかに聞こえてくる歓声のような声、吹き抜ける風切り
そして時折動く時計塔の針とその歯車が軋む音。
そのどれもが何度も繰り返され、そしてこれからも繰り返されるであろう日常の音だった。
ーーー >
雨具に溜まった雫を指先でなぞる。
雨を通さない生地は潤沢に雨水をため込んで、レインコートのフードにもいくらか雨水がたまってしまっている。
立ち上がればそこそこの量の雨水が足元へと落ちていくだろう。
それだけの間身じろぎもせずにじっとしていたということだ。
急速に下がっていく気温に合わせて張り付いた服や髪も冷たくなっていく。
今日の風はそこそこ強い。人の体ならばあっという間に風邪をひいてしまうだろう。
けれどそれはそれを着替えようとは思わなかった。
少し下に降りれば雨に濡れることなく外を眺められたかもしれないけれど
雨が屋根や服を打つ音も、少し強めに吹き抜ける音もそれはとても心地が良かった。
雨具を着ているのは濡れないためというよりその音を聞きたかったがためかもしれない。
雨の日は下を向いてしまうヒトが多いけれど見上げてみれば思っているよりもずっときれいだ。
そういえばそんな映画があったなぁと思う。
この島に来て、初めて直接見たように記憶している。
「くふ」
そういえばあのタップダンスを踊っていたおじさんはあの時すごく楽しそうだったなぁと
そのワンシーンを思い出して微笑む。
確か警察に訝し気に見つめられてばつが悪そうにしていたっけ。
一応この場所も立ち入り禁止だ。……生徒はおろか学生も良く来る場所だけれど一応。
見つかったら似たように訝しげに見られるだろうか。
……そもそもこちらを認識できるかも怪しいしもう学生ではないのだけれど。
「らーららったー、らららららったー…」
座り込んだまま指先でタップを刻みとんとんと屋根を弾く。
まだ濡れた屋根と腕を伝う雫が指先に弾かれ空中を舞い、きらきらと輝く。
今はもう止んでしまっているけれど、止んでいるからこそ夕空の光の反射がとてもきれいだ。
あっという間に沈んでしまう太陽はもう既に地平線へと隠れ、
空の色は紫から深い紺色へと色を変えていく。あっという間に夜が来る。
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。時間や細かいシチュはお任せ。>
神樹椎苗 >
「――悪くねー歌声ですね」
歌声に紛れ、小さな足音と、平坦な声。
「こんな天気に、こんな時間に、こんな場所に来るなんて、とんだ物好きもいたもんですね」
階段を上り、扉を開け、外に出れば聞こえたのは誰のものかも定かでない声。
リズムを刻み、楽し気な空気を感じ取れた。
いつものように柱へもたれかかり、いつものように腰を下ろす。
雨によってまだ濡れているそこは、ひんやりと冷たくジワリと水気がしみ込んできた。
「少しお邪魔しますが、どうぞ好きに続けやがれです。
しいも好きにしますけど、文句はねーですね」
そう言って答えを聞くでもなく、本を広げる。
アガサ・クリスティの『And Then There Were None』だ。
ーーー >
「……くふ、ありがとぉ」
扉のきしむ音と足音。
こちらを確かめるでもなく投げかけられた声に
こちらも下に目を向けることなくにこりと微笑みながら言葉を返す。
ああ、どうやらこの子はこちらを認識できるらしい。
そういえばここがお気に入りの子がいたように記憶している。
「うん、そうするよぉ」
恥ずかしいから歌はやめにするけどね。
そう呟いて指先の雫を飛ばす。
一瞬街の明かりを反射し煌めいたそれは音もなく時計塔の下へと落ちていく。
それを見送って再び目を閉じた。
風の音に混ざるページをめくる音が混ざる。
そうして黙ったまま、ただただ夜空を見上げて。
「……それ、読めてるの?」
辺りはずいぶんと暗くなってしまった。
普通のヒトにはなかなか文字を読みづらい明るさだなぁと
思いついた疑問をそのまま口に出してみたり。
神樹椎苗 >
「しいは、目が良いですからね。
まあ、これ以上暗くなるとさすがに読みづらいですけど」
そう言いながら、十数秒で一ページが捲られていく。
リズムが崩れる事もなく、一定でさらり、さらりと。
「部屋で読んでもいいんですけどね。
どうにも騒がしいんですよ。
それに――寮じゃ気軽に死ねねーですし」
まあ最近は。
随分と『癖』が出る事も減ったが。
それでも発作的に、衝動的に、やってしまう事もある。
やってしまったときに、見つからないように処理するのは面倒臭いのだ。
「――お前こそ。
歌はやめちまうんですか?
随分とご機嫌にしてたみてーですが」
邪魔をするとは言ったが、実際に邪魔してしまうと気にはなるのだろう。
それが楽し気だったとなれば、なおさらだ。
ーーー >
「あは。歌はあんまり得意じゃないから」
聞いた曲を完璧に再現することは可能だけれど
自分で歌うこととそれはまた話は別で
……妹達に唄っていた時と同じようには思えない。
やっぱり少し気後れしてしまった。
「いいじゃない。
細やかなれど死ねない理由ができた。
……そういうことでしょ?
騒がしいのはちょっとわかるけどねぇ。
キミみたいなタイプは特に放っておいてはもらえなさそうだしね。」
ああ、あの子か。と下にいる人物に思い至った。
確かにあの子ならそういうかもしれないと。
あの子はとても面倒くさがりでそして……自分で思っているよりも寂しがり屋だ。
「……馬鹿だね。目が悪くなっちゃうよ。
死んでも視力が戻るかはわからないんだから。」
立ち上がるとレインコートの雫を払う。
足元に大量の水がこぼれるが頓着せず、飛び降りた。
とっと軽やかに着地したその手には古ぼかしいオイルカンテラ。
暖かい光が無表情な少女を照らす。
「……貸してあげる。
必要になったらだけど」
神樹椎苗 >
「得意じゃなくても、好きなんじゃねーですか?
まあしいには関係ないですけど」
聞いておいて、答えはこれだ。
理由が分かればそれでいいとでもいうように。
ただ――もう少し聞いていてもよかったようには思っていた。
「死ねねー理由なんてないですよ。
ただ、邪魔をする連中が多いのです。
――どいつもこいつも、しいに構いすぎなのですよ。
しいなんかにかまけてる暇があんなら、もっと別の事に時間を使いやがれってんです」
椎苗は、救いを求められれば、困っている人間がいれば、見捨てない。
それは椎苗が『端末』としての機能でなく、『椎苗』として唯一決めたことだ。
けれど、そうして相手にした人間が、いちいち余計な親しみや恩義を感じてくる。
椎苗にとって、そういう関わりはひどく、面倒だった。
「ふふん、しいの視力は遠近どちらも優秀です。
けどまあ、気づかいは受け取ってやりますよ」
下りてきた相手から、暖かなカンテラを受け取る。
視力は悪くならなくとも、明かりの有無は読みさすさに直結するわけで。
心遣いを無下にする理由も特にない。
「しっかしお前、ずいぶんとずぶ濡れですね。
いつからここにいたんですか。
そんな恰好でいて、風邪ひいてもしらねーですよ」
そう言いながら、バッグから薄い桃色のフェイスタオルを引っ張りだす。
それをカンテラのお返しとばかりに、目の前の相手に放り投げた。
ーーー >
「あは、好きってよくわからないから。
ああ、濡れてるのは気にしない、で?
多分そんなに長く……ニ、三時間くらいかなぁ
ちょっと雨に降れてただけだから平気だよぅ」
にこりと微笑む。
この体が風とかそういったものに弱いのは確かだが……
動けなくなれば破棄すればいいだけなのだけれど、まぁ好意は受け取っておこうと思う。
投げられたタオルを空中でつかむと髪を伝う雫をタオルで抑える。
思っていた以上に水を含んでいたようでぽたぽたと地面を濡らしていた雫が大分減った。
「くふ、それだけキミの周りにイイヒトがあふれてるって事なんじゃない?
キミも心当たりあるでしょ?」
至極興味なさげにしているけれど……しっている。
この子がいうよりもこの子は放っておけないのだ。
そして”めんどくさい”事にそれがまた人を引き付ける事にもなる。
「”時間をかけたからこそ失ったときに泣くんだ”って誰かが言ってたよぅ。
『何かの間違い』で死んじゃったらきっとその人達も悲しんじゃうんだろうね。
……君にとっては迷惑かもしれないけど。」
そしてどうしようもない柵が増えていく。
かかわった者は勝手に親しみ、そして勝手に願いを持つ。
それは酷くそのヒトを縛る。それが望みでなかったとしても。
「……”そして誰も居なくなった”
名訳だよね。」
実に偉大な命名であり、そして素晴らしい訳だ。
日本語はなかなか覚えるのが面倒だったけれど
こういう言い回しは嫌いじゃないとそれは思う。
神樹椎苗 >
「――そうですか。
それだけ雨に打たれてたら、今更でしかねーですね」
多少拭ったくらいで、どうにもならないだろう。
まあ、少しは不愉快さは減るかもしれないが。
見た目には大差はなさそうだった。
「まったく、お前の言う通り迷惑なのです。
勝手に関わりに来て、勝手に悲しむとか、あほくさいったりゃありゃしねーのですよ。
しいは、『生きて』すらいねーってのに」
柵か、檻か。
すでにどうしようもなく縛り付けられているというのに、これ以上なにに囚われろというのだろうか。
縁という束縛は、椎苗から自由を奪い続ける。
それでも――。
「しいは、『死にたい』ですけどね」
心の底から。
自分が本当に救われるには、『椎苗』として生きるには、それしか望みがないのだと。
けれどそれも簡単ではない。
椎苗はただの不死ではないのだから。
たとえ不死殺しであっても、ただ殺すことはできないだろう。
椎苗を作りだし、維持している、あの神木が消えない限り。
「――わかってるじゃねえですか。
本文の内容もさることながら、やっぱりタイトルの訳が秀逸です。
まあでも、しいは最初の『死人島』も好きですけどね。
『死人島』から『誰もいなくなる』。
訳者の頭を覗いてみたくなるくらいには、いいセンスですよ」
本の評価なんてものは、読まれなければゼロだ。
そして読まれるためには、タイトルがほぼすべてと言っていい。
これだけ人を引き付ける言い回しは、日本語という言語だからこそできたことだろう。
「一人になって、首を吊る。
――しいは兵隊さんにはなれねーですね」
『それでも誰もいなくならない』。
最後に一人だけ、いつまでも取り残されるのだろう。
そもそも、殺人ミステリに死なない存在が出るのは反則でしかないのだが。
ーーー >
「そっか。
君にとって生きるって明確に定義されたものなんだねぇ。
……一応聞いてみていい?参考までに知りたいんだけど。」
明確に生を定義する。それは死ねないものによくみられる。
往々にしてそれは現状の課題でもある。
それが解決されたなら、生きることに希望を見出せるのだろうか。
「不死って利用価値が高いからねぇ。
雑に扱っても死なないし、普段できないような実験もできる。
島外だと私達はモルモットで、そして玩具。美形なら尚さら。
……まぁここも大差ないけど。
君を見つけたのが最初から”ソウイウヒト”達じゃなかったら
君はその異能を誇れたのかな。
まぁ、たらればなんて意味のない問いかけだよね。」
そう。たとえ話なんてなんの解決にもならない。
強いて言うなら、それで何かを慰めるくらいにしか使えないもの。
そして、この場にいる誰もがそれでは癒されない渇きにあえいでいる。
ただ、自分とは違うなとも思ってしまう。
何故ならこの子は優しすぎる。
「確かに兵隊さんにはなれそうにないね。
だって君がいたら、真っ先に犯人に言いそう。
好きに殺していいから自分を使えって」
まぁ、あの犯人がそれで納得するかはわからないけどね。と肩をすくめながら
テラスに寄り掛かり、空を見上げる。
神樹椎苗 >
「――『死を畏れ、死を想え』。
――死は安寧であり、祝福である。
――生は死と共に在り、生の果てには揺り籠の眠りが待つ」
生きる事の定義を問われ、椎苗はそう答える。
椎苗にとってそれは、終着であり、原点だった。
「かつて、黒き神に言われたのですよ。
『死を想え』と」
生と死はどちらかでは成り立たない。
あの日、あの場所で、黒い霧の中で、白い指先が椎苗を指したのだ。
それ以来、椎苗にとって『生とは死』そのものだった
「不死の利用価値、ですか。
――その話は、あまり気分がよくねーですね」
実験、モルモット、玩具。
椎苗はそのどれでもなかった。
あの場所での椎苗はただの■■――
「――っ、そう、です。
たらればなんて、意味がねーのですよ。
それに『こんなもの』、どうあったって、邪魔にしかならねーです」
異能も、能力も。
最初からそうであったならきっと、違ったのかもしれないが。
今はただ、椎苗を縛り付け、囚える『鎖』でしかなかった。
心が冷え、体が震える。
かじかんだ指先でページを捲りながら、堪えるように息を吐いた。
「お前のほーこそ、どうなんですか。
お前にとっては、死ぬとか生きるとか」
そう問いかけながら、馬鹿な問いをしていると、ページを捲る手が止まり自嘲が漏れた。
ーーー >
「そっかぁ、君はその”神様”を信じてるんだねぇ」
クスリと、けれどわずかに寂し気に微笑む。
幾らでも解釈は出来る。それこそ、生きる事を肯定するようにも。
けれどそれに何の意味があるだろう。
縋る物無しでは生きられない。不死者ともなれば尚更。
そしてそれは理屈ではどうしようもないもの。
そう、隠そうとしてこの言葉に怯えるこの子の様に。
「苦手だった?
ごめんね。」
この子が実験という言葉に反応するのは覚えている。
不死は多かれ少なかれ、似たような経験を持つ。
あまりにも便利すぎるそれは研究者の目から見れば魅力的だ。
不老不死は人類の夢であり続けてきたから。
けれどそれはそれだけ残酷になりえるとも言い換えられる。
この言葉に反応する。それだけで碌な目に合わなかったと想像するに難くない。
「……そう、意味のないこと。
あんなに近くに見えるのに星に手が届かないのと一緒だね。」
ああ、そういえば餌でもあったなぁと思い出しながら夜景へと目を向ける。
その目はそれらを見ているようでその向こうをぼうっと眺めていた。
目の前の少女のにじみ出るような諦念と切望の中にそれは別の物を見出していた。
同じような境遇だからだろうか。同じような願いを持つからだろうか。
きっと伝えるべきなのだろう。けれど、それは今、私の役割ではない。
だって、この子には……そんな言葉は届かない。
この会話も、思考も、何もかも別れた数分後には都合よく書き換えられ消えてしまう。
「……さぁ、私はそんなこと考えたこともないからわからないよ。
私は馬鹿だからね。わかっているはずの答えにも納得できないくらい。」
だから困ったような笑みを浮かべてはぐらかす。
普段であればもっと突き詰めただろう。笑って答えたかもしれない。
目をそらすモノ、それは何よりも受け入れがたいものだったから。
けれど……この子をこれ以上追い詰めたくなかった。
神樹椎苗 >
「さあ――信じているかはわからねーですけど。
『本物』を前にしちまったら、信じる信じないとか、意味がないですね」
椎苗がどう思うかなど関係なく、それが一つの真理であると確信させられたのだ。
だからこそ、偽りようのない絶対的な価値観の基準として、椎苗の中に刻み込まれている。
「別に、謝る事はねーです。
お前が言ってる意味は、分かりますしね」
普通の人間には、得ることのできないもの。
これだけ異能にあふれた世の中でも、不死というのはそれだけで価値があるのだ。
研究動物としても、それ以外、としても。
「『私をあなたのところへ連れてってください』
まあ、しい達みてーなのは、星にもなれずに堕ちるだけですが」
よだかの星。
けれど、どれだけ飛んでも、飛び続けても、椎苗は星にはなれない。
ただ力尽きて、堕ちて、這いずりまわるだけだ。
ふと、相手の顔を見上げる。
遠くを見ていた。
はぐらかすような笑みは、誰に向けたものだろうか。
「お前が馬鹿だったら、しいは大馬鹿かもしれねーですね。
――やっぱりお前はいい奴ですね、マシュマロ」
『彼女』の笑みに、椎苗も悲し気な笑みを返した。
ーーー >
「そうだろうね。
信心深い人はこの世に多かれど
本当にあったと言える人は少ないもの。
疑念なんか挟む余地がなければ信じざるを得ない。
……くふ。まるで聖書みたいだね。」
圧倒的な存在は疑問を抱かせてはくれない。
疑うとかそういった次元で話せもしない。
そういうものだと納得せざるを得ないのだ。
……それが本当はそうでなかったとしても。
「ほんとうの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない……。
……そういって美談になるのは一度焼かれたら死ぬからだよ。
届かないから、願っても叶わないから許される。
不死者がそれを言えばそうすることを要求されるだけ。
みんなのほんとうの幸のために。
好意とやらも一緒。酷く窮屈でめんどくさい。」
そう、彼らは溢れんばかりの希望と正義感を持って
誰かを幸せにするために全力を傾ける。
不死者に夢と希望を託して。
「……忘れてしまえば楽なのに。
キミは難儀な道ばかり選ぶんだね。
本当だよ。”ボク”が優しいなんて色んな人に怒られちゃうよ?」
少し変わった遠慮のないあだ名を口にする彼女に
困ったような笑みを向ける。
神樹椎苗 >
「まあしいはその昔は『神子様』でしたからね。
聖書でなくとも、宗教くせえ話になっちまうのは勘弁しやがれです。
それに、ロマンチストですからね」
あの頃は。
自分という存在はなかったけれど、それでもきっと幸せだったのだろう。
何一つ不自由もなく、人に求められ、崇められていた。
ただ――人が神で居られるのはほんのわずかな間だけなのだ。
「死ねないなんて、ただそれだけの事だって言うのに、期待しすぎなんですよ。
どいつもこいつも、人に勝手な期待をしやがって、好き勝手に振舞うのです。
ああ、心底面倒くさくて、鬱陶しい――」
夢を求めるのも、あこがれるのも好きにすればいい。
けれど、それを自分勝手に押し付けられるのは耐えられない。
淡々とした椎苗の口調に、わずかに感情の色が乗った事だろう。
「残念ながら、しいは物事を忘れられるようにできてねーんですよ。
収集して、解析して、記録する。
そういうふうにできてるんです」
諦観に満ちた笑みを浮かべたまま、自分の頭を人差し指でたたいた。
忘れていないわけではない。
ただ、椎苗という『端末』が忘れても、神木という『記録装置』に思い出させられるのだ。
「優しいなんていってねーですよ。
ただ、いいやつだって言っただけです。
でもまあ――優しくもねーやつが、わざわざ言葉を選んだりはしねーのですよ」
それでも、復元された記憶と、目の前の『彼女』が同じものなのか、そこに確信はなかった。
それほどに『彼女』の持つ何かの影響は強い。
今こうして言葉を交わし、やっとのことで辿り着いたのだ。
「仕方ねーですね。
それじゃ、甘いもんでも食いに行きますよ。
――約束、しちまったですからね」
他愛もない約束。
お互い守るつもりも、守れるとも思っていなかっただろう、吹けば飛ぶような口約束。
『ふつー』の人のように『ふつー』の学生のように。
ただ、他愛のない『日常』の真似事をしよう、と。
ーーー >
「神子様……ふふ。
今のキミを慕う子たちはなんていうかな。
酷く純粋な子ばっかり。
キラキラして世界に無邪気に期待してる。
みんなそう。願いを君と君の向こうにみている。
ああ、本当に眩しくて困っちゃう。」
その残酷さをどれほど自覚しているだろうか。
平穏に、純粋に生きてきたそのまっすぐさがどれだけ心をえぐる重荷になるか
……けれどそれは浮遊した自我をつなぎ留める蜘蛛の糸にもなる。
そしてきっと、この子にはそれが必要なのだろう。
本人にとってどれだけ煩わしかったとしても。
縛る代わりにつなぎ留める縁。けれど幸せと称するのはきっととても難しい。
そして似たようなものが今この瞬間この少女と自分の間に繋がってしまった。
「本当、どうしてキミは覚えているんだろうね。
忘れてしまった方が”楽”なのに。」
はぁ、と一つため息をつくと同時に何層にも重なった声が一つになる。
そう定義されるならそう在ろう。私はそういうことが可能なモノだから。
けれど、この子は違う。
定義されることに苦しんでいる。いや、与えられた定義が枷そのものなのだろう。
いやになるほど”似た”存在だ。
「……そうだね。」
だから言い淀み、言葉を途切れさせる。
万の言葉を尽くしても思いも願いも変えられない。
他の事ならいくらでも扇動できる。
願いを何とでも言い換えて見せる。
けれど……そうしたいとは思わなかった。
似ているけれど、大きく違う場所がありそしてそれは今や大きな溝となってしまった。
「”そっか。約束したんだったね。
けど……もうお店もしまっちゃってるよ”」
酷く優しげな笑みのままゆっくりと首を振る。
自分は怪異であり、そして学園にとっては移籍すべき異物。
陳腐な言葉を使うなら、”悪”だ。
こちらがわに寄る辺は無く、そして許されるべきでもない。
記憶の改変を使えばまだ日常を模すことは出来るだろう。
けれどそれはただ、この子にとってのリスクにすぎない。
こちらに踏み込めば否応なしに安息をも失う。
そうなってしまえば、場合によっては実験生物に逆戻りだ。
繋ぎとめてくれるものがあるならこの子はまだ……そう、まだ間に合うはずだから。
「”また今度にしよっか”」
これは彼女にとって過去、もしくは未来の一つかもしれない。
けれど今は違う。ならばそう、今はこれ以上交わるべきではない。
だからそっと首を振る。
そのまた今度、は多分もう来ないだろうけれど。
ゆっくりとテラスの柵の上に立つ。
月を背負ってそれは郷愁にふけるような笑みを浮かべていた。
神樹椎苗 >
「眩しいだけなら、いいんですがね」
純粋さは、毒だ。
毒は薬になることもある。
けれど、薬が再び毒に転じないとは限らない。
椎苗が『椎苗』たりえるのは、椎苗を『端末』として扱わない『誰か』がいるからだ。
黒き神の残した言葉と、その『誰か』たちが居なければ、椎苗は本当にただの『装置』でしかない。
けれどそれは、けして救いではない。
新たな苦しみがもたらされるだけなのだ。
「本当、お互いずっと『楽』なんでしょーね」
『彼女』がため息を吐いて、ようやく椎苗は確信を得る。
『彼女』がもう、『彼方』へ行き去ってしまった存在なのだと。
「――そうですね、『また今度』」
それはきっと訪れないべき『今度』であり、果たされてはいけない『口約束』。
「ああ本当に、お前はやっぱり」
『彼女』は解析できない。
椎苗が観測した事実を記録はできても、神木はエラーを返して沈黙するだけ。
それでも、わかることはある。
「『いいやつ』ですよ、マシュマロ」
本を閉じ、柱にもたれ空を見上げる。
屋根の向こうは見えないが、そこには星があるのだろう。
柵に立つ『彼女』に目は向けない。
見送りはきっと、必要ないのだ。
ーーー >
「……きっといつかキミの願いに答えが出る日が来る。
けどそれは今ではないし、今でなくていい。
その時が来るまで悩み、迷い、間違うことが君が君である限り、許されている。
……だからね、今はそれで良いんだよ。
ボクはそれを肯定するよ。
例え君がそれを出来なくても。」
余計なお世話だけどね。とくすくすと付け足しながら
それは空を見上げる”友人”に微笑み、空を見上げて目を閉じた。
きっと彼女も気が付いている。とっくにもう壊れていることに。
そしてその”私”の中に自らもあり得る未来を見るだろう。
けれど、それはいま彼女の答えではない。それだけは良かったと思う。
「だからね」
それは願う。
彼女がこうならないように
願いに心を殺されないように……
「……それ”だけ”覚えていれば十分だよ」
それがだれかわからなくても。
目を閉じたまま後ろに一歩踏み出す。
重力にひかれた体はけれど直ぐに夜に溶けるように薄れ消えていく。
……まるでそこには何もいなかったかのように。
神樹椎苗 >
「――それ『だけ』なんて、器用にできねーですよ」
誰もいなかった。
気配もなく、消えてしまった。
それでも確かに、『記録』されている。
そこにいた『誰か』の事。
「お前が勝手にしいを肯定しやがるのなら。
しいも勝手に、お前を記録し続けてやりますよ」
どれだけ薄れても、消えても、忘れない。
それは機能としてでなく、椎苗の意思で。
きっと『友人』と言えただろう相手へ、最大限の敬意と――最低な好意と共に。
「でももし、『また今度』が来ちまったら――」
その時は、『椎苗』を失ってでも。
「お前を『祝福』してやりますよ、■■■■■」
それからしばらくの間。
傍らに置かれたカンテラが弱まるまで、椎苗は一人、風に吹かれ続けた。
ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。時間や細かいシチュはお任せ。>
ご案内:「大時計塔」からーーーさんが去りました。<補足:少女の姿。甘い香りが漂っている。白いシャツにチェックのスカート、緑のレインコートと黄色の長靴、ずぶ濡れ>