2020/06/23 のログ
武楽夢 十架 > 照りつける太陽―――、
同じ学園都市の歓楽街の一部とされている場所でも、ここに華やかさはない。
空を見れば同じ日差しが落ちているはずなのにここではその陽射も届いていないように感じる。
「ふぅ……ヨシ」
引っ張ってきていた荷車を止める。
ツナギを来た青年が首に巻いたタオルで顔を拭く。
荷車を見れば、折りたたみの長机、ガスコンロ、野菜や調味料といった道具が積まれている。
正午までに辿りつけたのは良かったと青年は笑みを浮かべる。
青年がやって来たのに合わせて、周囲にこのスラムのヒトたちが近寄ってくる。
「やぁ『野菜の人』」「今日はなんだい?」「準備を手伝うよ『野菜の人』」
彼らはこの場には不似合いな明るい笑みを浮かべ青年に近づく。
この光景は週に二度ほど見られる昼頃の無償の炊き出し活動。
――農業をやってる青年で野菜をくれる人、通称『野菜の人』。
武楽夢 十架 > 最初はそれこそ厄介扱いされたり暴力沙汰なんかもあったが、
今ではそれなりに歓迎されている。
そうして得られるのは、最近の『この場』での話だ。
大体炊き出しが落ち着きはじめた頃に会話は盛り上がり始める。
「―――へぇ、ちょっと俺も気をつけるとします」
ここ最近になって色々と物騒―――、寝泊まりしてた無人ビルが倒壊したと思ったら綺麗になった―――、風紀委員の巡回が増えると厄介なことが増える―――とぼやく。
この街のヒトたち。
そう言った住んでるヒトたちの何気ない言葉に耳を傾ける。
中にはどこかの違反部活に所属する者もいるようだが、ここでソレを持ち出すのはナンセンスという暗黙のルールだ。
武楽夢 十架 > 美味しかった、という礼の言葉。
またよろしくな、という期待の言葉。
この場に来た者たちから投げかけられる言葉はとても明るい。
「いいんですよ。俺が好きでやってることなんで」
幾度となく既に繰り返されたやり取りの一つ。
「でもなんかあったら助けたりしてくれたらありがたいです」
『野菜の人』はヒョロいからな、と誂われるまでがよくある流れだ。
武楽夢 十架 > 「今回も乾パンと乾麺とか適当に作ってきたのはいつものところに置いていくんで、ちゃんと食べてくださいよ」
学業だとか色々あるのもあって毎日は無理だから、と用意している保存食。
半壊した施設にいつも置いていくが、残ってた試しはない。
大体この辺のヒトたちで翌日くらいまでには食べ尽くしてしまうらしい、とは聞いている。
前回まで見たことのない顔の人が増え―――これまで居た誰かはいなくなっている。
居なくなった人は、たまたま今日居ないだけかは分からない。
人の入れ替わりが激しいこの場所だ。
不思議に思うことはない。
ひょっとしたら、しばらくしたらまた顔を見せるかも知れない。
けれど、
―――この場所で、消えたヒトの心配をするほど愚かなことはない。
武楽夢 十架 > 「……分かってるよ『僕』はこういう事しか出来ないんだ」
ぽつりと零した言葉は、誰かに向けたものか。
ただその瞬間、彼の顔からは感情が消えていた。
しかし、遠くから彼を呼ぶ声を聞くと、何事もなかったかのように笑みをそちらに向けた。
『野菜の人』の炊き出しは週に大体二度ほど行われる。
来るものは拒まないが、ここは争いの場ではない。
そんな平和な日常がここには儚くもある。
ご案内:「落第街・スラム廃棄施設前」から武楽夢 十架さんが去りました。<補足:黒髪赤目、足元が土に汚れたツナギを来た細身の青年>