2020/07/24 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に日ノ岡 あかねさんが現れました。<補足:常世学園制服。軽いウェーブのセミロング。首輪のようなチョーカーをつけている。左腕に腕章。腕章のエンブレムは林檎に噛み付いて絡みつく蛇。>
日ノ岡 あかね > 空が、茜色に染まる頃。
その女……日ノ岡あかねは、廃神社の縁側に腰掛けて、ぷらぷらと足を揺らして歌をうたっていた。
古い童謡。
それをのんびりと歌いながら、空を見上げていた。

誰かを待つように。
 
 

ご案内:「青垣山 廃神社」に武楽夢 十架さんが現れました。<補足:黒髪赤目/幾つかの手当の痕がある/黒い格好/細身の青年>
武楽夢 十架 >  
夕陽と変わるように東の空は闇が迫る。
茜色を避けるような鳥居の影に黒い霧。
最初は目の錯覚とも思えるソレは次の瞬間には、ヒトの形を見せる。

左手に黒い動物――狐――の面を手にして、不格好な黒い男一人。

少女が歌い空を見ていたから、逡巡するようにして斜め下を見てから
――同じように空を見上げた。

折角の歌を聞いてからでも別に遅くはない。

二人の距離は、互いに視認は出来るだろうが遠い。

日ノ岡 あかね > 童謡を最後まで歌い終え……あかねは笑う。
嬉しそうに、楽しそうに。
いつもと同じように。 
 
「待ってたわ、トカ君」
 
ゆっくりと目を細め……軽く片手を振った。
真っ赤な光で蹂躙された、夕空の元。
二人は再会した。

「ちゃんと、止めに来てくれたのね。ふふ」

武楽夢 十架 >  
あの日、宣言した日の顔が嘘だったというように笑みを浮かべながら
拍手をして会話出来るだろう距離まで歩む。

「どうやら、待たせたようで。
――どこまでやれるか試してみたけど、ご覧の有様だ。
 全く、全員、凄い奴らだったよ……」

あんなメールを送られれば来ざるを得ない。
そして、色々と探してようやく『ここ』だ。
夕陽に照らされる身体はボロボロの黒い服装で隙間から幾つか包帯とか手当の痕が見える。

「ま、ちゃんと交わした訳じゃないけど『約束』みたいなもんだからね」

そう応えて苦笑する。

日ノ岡 あかね > 「嬉しいわ。約束を守る男って好きよ」

くすくすと、あかねは笑う。
あの畑で出会った時と、全く同じ顔で。
あの時とまるで変わらない笑顔で……あかねは笑う。
満身創痍の十架とは、まるで違う。
あの時と同じ格好。同じ笑み。同じ瞳で。
日ノ岡あかねは……嫋やかに笑った。

「本当は話し合いたいんだけど……聞くに、トカ君は基本的に無理矢理『デバイス』を壊してばかりいるそうね。私にもそうするつもり?」

あかねは小首を傾げて、尋ねる。

「命より優先する『願い』……それが私達全員にある。アナタはそれを砕いて回っている……理由はどうあれ、土壇場でやられて慌ただしくなるくらいなら早いうちのほうがいいと思ってたから、来てくれて嬉しいわ」

武楽夢 十架 > 「全く、よくご存知で……」

壊して回ってる。 少なくともソレが彼ら彼女らの悲願を叶えると信じられていたから。
壊してやれば、いい。
そう思った。

「……"来ていい"って言うなら行くけどさ」

茜色に背中を押されるように、彼女の方へと足を動かした。
彼女の『願い』はまだ、続いている。

最終確認、二人の距離は実に三歩とないくらいか。
思えば、この少女と話す時はいつも距離感というものが怪しかったな、と昔ばなしを思い出したように微笑んだ。

「で、素直に『デバイス』とかソレに関するものを破壊させる気はあるのかい?
 壊させて、実はもう一個ありましたっていうのもご遠慮願いたいんだけど」

日ノ岡 あかね > 「勿論、そんなつもりはないわ」

あっけらかんと、あかねは笑う。
軽く、クラスで男子と喋る程度に。
茜色の空の元、日ノ岡あかねは普段と変わらず……ただ笑った。

「これは、『私』が『私』だから『私』を行う話……私は私の『願い』が命より大事。誰も叶えてくれないから。誰も救ってくれないから。だから、私は私で私を救う。『真理』なんて……結局、ただの計算機みたいなものよ? ちょっと危ないだけでね。それでも……トカ君は『私』の『話』と『願い』を叩き潰すの?」

小首を傾げて、とても、とても……楽しそうに。

「『救い』も『助け』もせず、ただ、『壊す』の? それって、とっても……『悪い事』じゃない?」

じわりと……滲むような笑みを浮かべる。
真っ赤な夕日に染まった顔は……鮮血のように紅い。

武楽夢 十架 > 彼女の言葉に思わず、瞬きをして一瞬の硬直。

まるで今更、当たり前の事を聞かれたから。

「『悪い事』……
 そうだな、他の誰かが見たらそう判断するかも知れない。
 君は君のやりたいことを君がやりたいようにやっている。
 それを個人の勝手という人は俺を含めて結構いると思う」

ただ純粋に彼女は理解出来ないのだろう。
なんで、そんな『武楽夢十架』がする必要もないことをしているのか。

「君の言葉を借りるなら、
 『俺』が『俺』だから『俺』を行う話がある。
 『選んだ道』がある」

左手に、
手にしたままだった右目の部分の欠けた黒い、黒い狐の面。
染まらぬ揺るがぬ黒色を。

「君が彼らを風紀へ、表の世界へ導くだけなら良かった。
 なんなら世界に絶望して集団自殺ってだけなら俺が止めることもない。
 ちょっと危ないだけ? 声を聞けば無差別に死を撒くようなモノをちょっとというのは無理があるぜ

 彼らを率いて触れれば何を起こすかも分からない『真理』の生贄になるのは認められない。
 それに―――」


狐の面を被る。



「俺は、ただ君たちの『願い』を砕く―――『悪』だ」

日ノ岡 あかね > 「……」

あかねは、ただ、その目をみた。その顔を見た。
仮面で隠された顔。狐の面。
黒、黒、黒。
それで塗りつぶされた武楽夢十架を。
『武楽夢十架』が『武楽夢十架』だから『武楽夢十架』を行う話を。
彼が『選んだ道』の話を。
それを、味わうように……『日ノ岡あかね』は見届けて。

「あははははははははははは!!!」

笑った。
楽しそうに。
嬉しそうに。
……心の底から。

「そう……アナタ、そうだったのね」

何か、得心したように。

「嬉しいわ、諦めてたの。だけど、見れるのね……ちゃんと」

あかねは、笑って。

「『悪』が『悪』だから『悪』を行う話」

目を、細めた。
真っ黒な瞳。夜の瞳。宵の瞳。
常闇を湛える瞳。光を宿さない瞳。
『真理』を見据えるその瞳は……今、改めて、武楽夢十架を見つめて。

「『楽しい』わ、私」

凄絶に――哂った。
そして、あかねはその首……真っ黒なチョーカー。

「アナタが初めてよ。トカ君」

委員会謹製の異能制御リミッターに手を掛けて。

日ノ岡 あかね >  
 
「私に『話し合い』を諦めさせたのは」
 
 

日ノ岡 あかね >  
 
躊躇なく、それを『引き千切った』。
 
 

武楽夢 十架 >  
今になってもつけているそれを『似合わない』と思っていた。
言ってやろうか、と思っていたが。

 良かった。

"制限があるから、ダメだった"とか
そんな遠慮をしないヒトでよかった。

彼らは全力だった。
彼女らは必死だった。

だから、これでいい。

「それでいい……」

君も全力でなければ許さない。

日ノ岡 あかね >  
 
「教えてあげるわ、私が『願う』理由を、私が味わう『地獄』を、私が『こんなもの』を付けられていた理由を……その身をもって、『味わい』なさい」
 
 
チョーカーの下。
真っ黒な首輪に隠されたあかねの首元にあったのは。


――生々しい、まるで、デタラメに縫い合わせたような手術痕。
 

喉に刻まれた無数の傷、恐らく一生消えることはない。
それが、日ノ岡あかねが『今まで試してきたこと』の一部。
今まで『差し出したもの』の一部。
そう、『真理』なんて頼る前に……あらゆることは試している。
『願い』を叶えるために、『願い』に踏み込むために。

成功率10%未満の手術に何度も挑んだ。
失敗すれば異能が暴走すると知って何度も、何度も、何度も。

何度も。
何度も。
何度も。
何度も。

最低限まで影響を抑えるために麻酔無しですら行った。
最高効率を叩きだす為に精神安定剤すら削りに削った。

それでも、それでも。

それでも。

ダメだった。

 
それこそが、あかねの異能。

 
あかねを、『欠損』させた、全ての元凶。

 
その異能を躊躇なく……あかねは『随意』で、一切の我慢をせず……発動する。


途端。 
 
 

日ノ岡 あかね >  
 
「********」
 
 
周囲から。
武楽夢十架の知覚から。

一切の――『音』が消えた。
 
 
正確には……あかねの周囲半径500m全域全てから。
根こそぎ、あらゆる『音』が、あらゆる『声』が、あらゆる『気配』が。


「――****」


十架の身に、突如『何か』が襲い掛かってくる。
無音の世界で、迫る『何か』。
見てからなど、間に合わない。

武楽夢 十架 > 「―――、――?」

彼女口が動いたが何も聞こえず、なんだ、それ?

と口にしたはずだった。

しかし、喉から音は出ない。
一瞬、目を離せば何も分からくなりそうな―――混乱による無防備。

この一瞬は、恐らく致命的で……

日ノ岡 あかね > 途端、飛来したのは無数の礫。
恐らく、弾丸。
どこぞに仕込まれたトラップか何か、だが、発生源たる『音』がない。
完全な無音の中で迫る『それ』の事前感知は野生動物ですら困難だ。

おそらく、あかねは最初から『仕組んで』いたのだ。

ここは山中の廃神社、『仕掛け』を施す暇も場所も山ほどある。
その全てが……機を伺い、時を伺い、十架に襲い掛かる。
今のこれですら、その『仕掛け』のほんの一つでしかない。

いつだって、そうだ。
あかねは徒手空拳でなど戦わない。
盤面を整えずに脅威と相対するわけなどない。

今までも、これからも……日ノ岡あかねは、一切の手を抜かない。
『話し合い』だろうと、『奪い合い』だろうと。
日ノ岡あかねは、手を抜かない。

「*****」

無音の世界で、躊躇なくあかねはずっと隠し持っていた拳銃の引き金を引く。
それも、当然発砲音などしない。
あかねの牽制射撃が十架に躊躇なく行われる。

武楽夢 十架 > 一瞬の視認、明らかな致命の連撃。
刹那、考えたのは自分の死―――のビジョンではない。

"なんだよ、最初からやる気満々じゃねーか"

という愚痴だ。

ならば、最初に聞かせてくれた歌は鎮魂歌とでもいうつもりか。
常人のそれでは間に合わない。

黒い仮面に―――身体能力を向上するような仕掛けなどない。


弾丸は、身体を貫いた。

    撃ち込まれた。

    肉を裂き。

    骨を砕く。


致命傷になる顔への射撃を防いだのは狐の面で、
音を起てることもなく、石畳の上を転がる。

痛覚が麻痺して膝をついた。
即死、していてもおかしくはない。
辛うじて生きているのは、
彼が自身の異能で延命措置として血を正常に巡らせているからに他ならない。

「―――、――――――……」

"今回は、俺の負けだわ……"

最早、維持するので手一杯で そう晴れやかな笑顔で口を動かす事しか出来なかった。

日ノ岡 あかね > にこりと、あかねは笑って。

「*****」

『返事』をした。
あかねには、問題ない。
いつも通りだ。
だって、あかねには。

「****」

この異能が発現したときから、『音』なんて一切聞こえていないのだから。

この異能があかねの世界から『音』を全て奪った。
『声』すら奪った。
何も音が聞こえない、発せない。
だが、喉だけは……無茶苦茶な手術で何とかしただけ。

他は全部ダメだった。
何をしてもダメだった。
あらゆる医術、異能、魔術、技術が……あかねに『音』を返してくれなかった。
異能制御用のリミッターですら、あかねの周囲への無音領域の拡大を防げただけ。
あかね自身の不随意出力までは……ゼロに出来なかった。
あらゆる現在の技術では……あかねの『異能疾患』を治療することは不可能だった。

それでも、あかねは努力した。

不自然に聞こえないようになるまで時間をかけて『自分の声どころか心音も聞こえない』のに『声を出し続け』、日常会話を可能にした。
口元を読み、視線を読み、思考を読み、表情を読み、無音の世界でも言葉を『見て聞き取る』術を手に入れた。
それでも……そんなものは紛い物だ。
元々、異能が発現する前は……あかねは普通に全てが聞こえていたのだ。
その世界を知っているのだ。五感の揃う素晴らしく、美しい世界を。
そこで生きて……歌っていたのだ。
だが、その全てが。

理不尽に奪われた。
不幸にも異能疾患を発症した……言い換えれば『運命』。
そんな『運命』などという下らない『真理』に奪われた。

だから、あかねは戦う。あかねは願う。あかねは手を伸ばす。
全てを……取り戻すために。
故にこそ、あかねは……いつも通りに笑って。

「****」

笑ったまま、引き金を引く。
『追撃』をくわえる。
少なくとも、『計画』を遂行するまでは……自分の邪魔を出来ない程度までの重傷にするために。
この常世島では、その程度で『死ねない』ことはあかねが身をもって知っている。
麻酔無しの喉部手術などという、常軌を逸した手術を何度も受けたあかねが生きているのだ。
落第街でも荒事は日常茶飯事だった。
故に『どの程度までは死なないか』など、それこそ……あかねは熟知している。
熟知したうえで、普段は使わないだけ。
こんな非効率、『話し合い』が出来るならする必要はない。
下策も下策。
だが……『それしか』ないのなら、他の手段がないのなら。

あかねは手を抜かない。
『真理』に挑むのと同じように。
好む好まざるに関わらず、研鑽も努力も出来る。
しなければならない。
誰もがそうだと……あかねは信じている。
だから。

「****」

念入りに、十架に銃弾を撃ち尽くす。
音もなく……空薬莢と弾倉が、地面に落ちた。

武楽夢 十架 >  
あーあ、残念だったな。
どうやら、『俺』はここまでみたいだ。

どうやってもどうにもならないことがあると分かる。
やけに自分がヤバいっていうのに第三者みたいに致命的だ。

炸裂音はないし、
自分の呼吸すら聞こえてないからか。

容赦がない。

ほんとに……。

これから先は、夜だ……夜明けは遠い。



武楽夢十架は、血を撒き散らして倒れた。

武楽夢 十架 >  
意識が、消えかけた時、彼の右手に握っていた石が光りだす―――。

日ノ岡 あかね > 目を細め、無音の世界でリロードを済ます。
まだ……物語は終わっていない。
なら……まだ、あかねも止まれない。
観察し、様子を伺う。
異能戦は情報戦だ、一つでも多く相手の『手の内』を知り、先を読み、機を拾えた方が生き残る。
あかねはそれを……良く知っている。

武楽夢 十架 >  
――条件が満たされて、石が発動する。

身代わりの石。
同じ組織の仲間から渡された万が一。

沈みかけた意識は逆再生するように浮上していく。

―――植物が育つように、種から芽が出て青白い光が彼の肉体を蘇生する。

―――巡れ、巡れ、生命の樹。

失われるモノを修復する奇跡の植物。


ヒ ト 一 人 分 の 血 は バ ラ 撒 か れ た。


彼が動き出そうとする瞬間、血が目くらましのように少女へと飛ばされる。

日ノ岡 あかね > 目を細め、無音の世界であかねは――笑う。
『読み通り』の行動。
あかねの異能の性質を知ったなら、その手を取る事は予測済み。
予測しないほうが可笑しい、あらゆる手は打っている。

躊躇うことなく、あかねは音もなく近隣の雑木林へと駆け込み、身を隠す。

『音』のない世界、四感だけで無数の障害物に隠れたあかねを見つけ出すことは至難の業。
だからこそ、あかねは常に……何かしら障害物のある場所になるべくいた。
これから『争う可能性』がある場合、それを徹底した。
今回もそれをするだけのこと。

あかねが姿を消すと同時に、どこぞに仕掛けられたトラップがまた起動する。
無数のベアリング弾。
別段、十架が血霧の向こうの何処に正確に居るかなど、確かめる必要などない。
面ごと薙ぎ払えば済む。

身を隠したまま、容赦なくトラップによる弾丸の雨を見舞う。

武楽夢 十架 >  
「―――」

"だよな"

しかし、今回はもう決している。
奥の手を切った時点で、俺の負けだ。
彼女を追う必要はない。



そして心得―――『走り』『隠れ』『戦う』だ。
 
 
 
彼女が雑木林に駆け込むように、青年もまた崩れた鳥居まで―――その先の降りを全力で目指す。
その速度は常人の走る速度を超越している。落ちた、仮面を血を伸ばして拾うと全力で逃げる。

ベアリング弾が撃ち込まれる場所には僅かな血が残されているだけだ。

日ノ岡 あかね >  
 
唐突に、音が戻った。
 
 
世界が『雑音』で満たされる、雑木林のざわめきが、鳥獣と虫の鳴き声が、心音が、吐息が、全てが。
唐突に、元に戻る。
それは、宛ら……ミュートしていたヘッドフォンから突然大音量が鳴らされるようなもの。
一瞬、そんな『大音量』が十架に無理矢理叩き戻され。

直後にまた消えた。
無論、飛来するのは弾丸。
発生源の特定は難しい。

あかねは、十架の位置を把握しているようだ。
当然だ、あかねからすれば『音が聞こえない』などは常のこと。
そして、それを補うために……『他の四感』は『常人より自然と発達』する。

視覚、触覚、味覚、嗅覚、その全てで相手の位置を特定する。

無論、化外や獣のそれに比べれば劣る。異能者の異常知覚にも劣る。
だが……『相手の行動を予測し、観察するだけ』に使うなら、それで十分だ。

これこそが……かつて、落第街という無法地帯でも生き残った違反部活生の戦闘能力。
ただ、女一人の身でも自衛を続けるために身に着けた知識と技術。
違反部活『トゥルーサイト』所属の異能者……日ノ岡あかねの爪と牙。

普段は、見せびらかす必要も理由もないだけ。
だが、振るわねばならないというのなら……あかねは躊躇わない。

武楽夢 十架 > 足の裏に張った血がスケートのように滑って駆けていたところに戻る音―――爆音。

理解、処理を越える音とは苦痛だ。
想定外の状況にバランスを崩すのはまた仕方ないというものだ。

彼は、昨日今日で初めて死闘をしているのだから。

赤が足りない。
相手の方が上手、逃してもらえない。

奥の手で全回復したばかりの左腕に痛みが走るが―――完全に命中したわけではなかった。
痛みに顔を歪めつつ、鳥居の影に不格好ながらに転がり込む。



赤が足りないなら?


増やせばいい。



農業用魔術をだって侮ることなかれ、印を結び、常世島にいる精霊に"意志"で呼びかける《水呼びの魔術》。
そこに腰のソケットから赤の染料の瓶を取り出せば、赤い水は増やせる。

それを赤い霧として拡散すれば、この目は支配できる赤の領域を見極める事ができる。
ただ、時間がかかればかかるほど領域は広がるだろうが、問題は時間。このまま真っ直ぐ鳥居から逃してくれる相手とも思えない。

日ノ岡 あかね > 十架の試みは功を奏し、確かにあかねの射撃やトラップの命中精度は落ちている。
元からあかねに殺意がないせいもあるのだろうが、ダメージは確実に低減されている。
続けて、トラップがまた炸裂し、音もなく鳥居が落とされる。
炸薬が仕掛けてあったのだろう、木片が即席の弾丸となってまたしても無音の世界で鳥居ごと飛来する。

あかねからの射撃はない。
トラップだけの応酬。
あかねも、十架の位置を探り続けているのかもしれない。

いくら四感に優れるとはいえ、所詮は人並みのそれ。
限界はある。まして、あかねは戦闘員ではない。
仕方なくある程度の知識と技術を得ているだけだ。
確かな好意や熱意をもって獲得した暴力ではない。

退路は……恐らく、僅かながらある。
その退路に十架が飛び込むまでに重傷を与える。
数日、いや、一日動けない程度でいい。
それが、あかねの勝利目標。
『計画』が終わるまで、あかねを一時的にでも阻めなくなれば……それでいいのだから。

武楽夢 十架 >  
爆風、制御を上回る"破壊力"で動かされた赤い霧に即反応はするが、
散弾とも言えるそれをこのタイミングで完全に回避する手段はない。

致命傷となり得るものは赤い水膜で防ぐが、肩や腕など防ぐための必要経費は出てしまう。

赤い霧と土煙で視界は今、悪い。

しかし、これは好機でもあるかもしれない。
鳥居の先は比較的に人が通れるように整備されてはいる道。

であれば、かつては血の海の上で使えた超高速移動。
それを一本道の赤いレールを作り上げて麓までの超特急便として使う。

道以外の林に逃げるのも考えられるが、相手が用意した戦場でそれは悪手としか思えない。

青年にとってこれは最後の逃げるための手札だ。

日ノ岡 あかね > 直後。
鳥居の先の道、その地面が……音もなく爆発する。
地雷。恐らくはモーションセンサーの類い。
『神社に来るとき』は動かなかったところを見るに、十架が境内に入ってから起動をしたのだろう。
これなら、あかねが十架の位置を把握していなくても問題ない。
手動操作は相手の位置が概ね分からなければどうにもならないが、センサーで自動起動するならそんなものは関係ない。
炸薬の量は抑えられているとはいえ、それでも……足には大きなダメージを与える。
あかねにとっては『そこ』こそが、最も奪い去りたい機能を持っている場所。 
数日、動けなくなればいい。
それだけでいいのだ。
その炸薬が確かに起爆し、十架に襲い掛かったが。


……直後、音が戻った。


また、『音』による襲撃が始まるが、追撃はそれだけ。
恐らく……あかね側もこれで『タネ切れ』なのだろう。
既にあかねの気配はどこにもない、結末を見届ける必要がない。
これで『ダメ』なら、もうあかねも即座に打てる有効打はないのだ。
あかね側も時間に制限がある現状、撤退する以外の理由はない。

 
そして……音が戻ってほとんどすぐに、けたたましいサイレンの音が響き始めた。
恐らく、風紀か公安のパトロール。
……あかね自身が通報したのだろう、二重の足止めであると同時に、重傷を負うかもしれない十架に即座に治療を受けさせるためだ。


束の間の異能戦は……あっけなく、幕を閉じた。

ご案内:「青垣山 廃神社」から日ノ岡 あかねさんが去りました。<補足:常世学園制服。軽いウェーブのセミロング。首輪のようなチョーカーをつけている。左腕に腕章。腕章のエンブレムは林檎に噛み付いて絡みつく蛇。>
武楽夢 十架 > 走り出した超特急―――廃神社はこのまま小さく消えるはずだった。
気がつけば視界が回転していた。

そして―――爆裂音。

あ、これ死ぬかな―――?
最早、策はない。

視界はスローに見えるが、思考と行動はそれに追いつくことはなさそうだ。
ああ、『後片付け』は頼まれてくれてないんだけどな……。



―――なあ、■リ■。




『相変わらず不器用で、馬鹿ね』


視界に一瞬緑色の髪の毛が見えた気がした。

武楽夢 十架 >  
二十四日、夜。
常世学園 農業系部活動所属 武楽夢十架が青垣山 廃神社近くにて
服装の損傷具合の割に意識不明で軽傷で発見される。
特徴は発見時、緑色の長髪が現在、黒髪に戻っており、恐らく異能が関係していると思われる。
所属部活動への報告は駆けつけた風紀委員より連絡。

翌二十五日、朝現在 意識不明のまま回復せず。

ご案内:「青垣山 廃神社」から武楽夢 十架さんが去りました。<補足:黒髪赤目/幾つかの手当の痕がある/黒い格好/細身の青年>