2020/07/27 のログ
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。包帯を巻いた右腕を首から吊り下げている。時間やシチュはお任せ【乱入歓迎】~朝までいるよ>
神樹椎苗 >  
 時計塔はこの日も静かで、空が近かい。
 椎苗はいつものように柱へ凭れかかり、ぼんやりと虚空を見つめていた。

 時間制限は三日。
 今日を含めた三日間が、椎苗が『友人』を記憶していられる限界。
 それ以上時間が経てばほとんど思い出せない、という状態になるだろう。

 そして、数日もすれば完全に忘れる。
 顔も声も、交わした言葉も。
 その最後の瞬間すらも。

 ──それは、いい。
 それはまだいいのだ。
 それは『友人』が望んだことなのだから。

 けれど、それでも、椎苗は忘れたくなかった。
 そこに永劫ただ一人の『友人』がいた事を。
 その事実だけは、他のすべてを忘れても譲れなかった。

 それが、椎苗の妥協点。
 『友人』の願いと自分の願いの。
 まあ、叶うなら全て覚えていて、ざまあみろと言いたい気持ちもあったが。

 なんにせよ三日である。
 三日の間に、記憶を保持するための手掛かりを見つけなければならない。
 そうしなければ最悪、『友人』がいたことすら忘れてしまうのだ。

 しかし、その手がかりが思った以上に見つからない。
 日が昇ってから、この場所で幾度となくと『演算』を繰り返したが。
 まだなにも見つからないのだ。

神樹椎苗 >  
 忘却の術式にも、種類がある。
 ただ記憶や記録から『消える』のか、記憶や記録に穴を残さないために『書き換える』のか。
 当然後者の方が高度であり、より強固だ。

 『友人』が仕掛けたのは、この世界全てへの忘却、そして『書き換え』。
 誰の記憶からも、最初から存在しなかったように書き換える。
 どんな記録も、不整合がないように書き換える。

 神木に蓄積された情報は、まだ書き換わっていないものの。
 今もずっと連続した干渉を受け続けている。
 けれどこの調子で続けば、すぐに防壁は崩れるだろう。

 なるほど、三日というわけだった。
 あと三日以内に防壁は破られる。
 その後も、書き換えられた情報を『修復』し続ければ、一日程度なら処理が追いつくだろう。

 けれどそこまでだ。
 『友人』を記録し続ける事はできない。
 どれだけ思い出して、想い続けても、書き換えられれば一瞬で『忘却』してしまうだろう。

 しかし、どれだけ強力な忘却術式だとしても、だ。
 完全無欠に、完璧である、という事はあり得ない。
 記憶という連続した情報に修正を加える以上、どこかに齟齬、違和感は生じるはずなのだ。

 だからこそ、椎苗は朝からずっと神木に繋がる機器――財団と学園上層部により取り付けられた機材に接続していた。
 本来は情報を神木へ書き込むためのものだが、これらを足掛かりに学園中の情報を閲覧する事が出来る。
 しかし、そうして閲覧した情報の中で『友人』がいたはずの記録は、綺麗に『書き換え』られていた。

ご案内:「大時計塔」にカラスさんが現れました。<補足:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。>
神樹椎苗 >  
 ただの消去でなく、齟齬が出かねないところは別のものに『置換』してある。
 そう、『置換』されているために、それを後から違和感として観測するのは困難だ。
 一度忘れてしまえば、それが『置換』されている事にも気づけない。

「――ああああ!
 『置換』とか厄介すぎますよあのバカやろー!」

 左腕で額を抑えながら声を上げた。
 べつに奇跡を信じていないわけじゃない。
 けれど、それはできることをやり尽くしたからこそ――。

 久しぶりに処理能力を限界近く引き出していたからか、頭に熱を感じた。
 少し休憩すべきだろう。
 椎苗は徐に、柱に繋げたロープを、自分の首へとひっかけた。

「――はあ、やっぱりこれが落ち着きますね」

 そして、息をゆっくりと吐きだしながら。
 リラックスするように脱力して、瞳を閉じていた。

カラス >  
それぞれが様々な思いを抱え、島は今日も一日が過ぎていく。
消えたモノ、忘れられたモノ、残ったモノ、

そして、残されたモノ達へ。

「―――さん、……ぃなさん」


聞こえる声は、遥か遠く。

覚えた音は、過ぎる時に遠のいていく。

だが


「しいなさん、何、してるの……っ!?」

今日聞こえた声は、いつかの臆病な音だった。

神樹椎苗 >  
 一休みし始めたところで、ぼんやりとしていたら。
 どこかから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「――あー、チキンやろーですか。
 またこんなところまで来やがって、暇なんですか」

 そう、瞳は閉じたまま、声に対してだけ返事をする。

カラス >  
「暇って訳じゃないけど、その、
 今日はもう外出ても大丈夫だって言われて……。」

バタバタと慌てた翼の音と共に近寄って来る。

黒い腰翼、黒い髪、赤い瞳。
耳羽根を臆病な感情のままに下に向けた青年。

椎苗に何が起きたのかもしらないまま、
この島で何があったのか、誰が生き、誰が死に、誰が消えたのか知らないまま、
青年は平和を甘受し、こうして少女の前にいる。


ロープに手を伸ばす。

これ解けるのかな、と、長い爪の手がかりかりと引っ掻く。

神樹椎苗 >  
 近づいてくる羽音。
 うっすらと目を開ければ、ぼんやりとした視界に黒黒赤。
 特にこれと言った反応を示すわけでもなく、再び目を閉じた。

「まあここ何日かは騒がしかったみたいですからね。
 普通の保護者ならあまり、外に出したくはないでしょうよ」

 まあそれも、このあたりでは何の関係もない。
 大多数にとっては、日々の喧騒に埋もれるような、なんてことのない事件でしかなかったが。
 そしてもう一つは――すでに終わり、忘れられている。

「――それより、なにしてんですか」

 ローブを引っ掻く青年へ目をやる事もなく。
 咎めるわけでもなく。
 ただ、一つだけ息がこぼれた。

カラス >  
「そうだね…お父さんも何だか怪我して帰って来てたぐらいだし…。」

一歩足を踏み入れなければ体験し得ぬことだ。
誰とてそう。この青年とてそう。
なんてことない日々の悲劇の一部は、当事者で無ければ分からない事だらけだろう。

この島で平和に生きるモノにとっては、関係の無いことなのかもしれない。

「んぇ、あの、やっぱりそういうのをするのはダメだって…。」

だからこそ、青年は今日もこうして椎苗に手を伸ばしているのだ。
平和が、日常が、こちらへおいでと誘うように。

ロープから椎苗を離すように。

神樹椎苗 >  
「こういうのはだめですか。
 お前は、こういうのの、何がどうダメだと思うんですか」

 ふと、自然と漏れるようにたずねていた。
 目をまた薄く開けて、けれど青年は見ずにまた虚空を見上げ。

「そいつが、心から『死にたい』と願って、『死ぬ事』を選んで。
 そいつがいくつもあった選択肢から、それでもと前向きに選んだ『死』でも。
 お前はやっぱり、だめだ、って言うんですか」

 そう、青年に聞いていた。

カラス >  
「え。」

青年の耳羽根がびくっと跳ねた。

道徳観念とかそういうモノから遠くあるモノ。
普通に生きていれば、選ぶ理由の無いモノ。
定命のモノの常に隣に居て、最も遠いモノ。

それが死。

「……俺、難しいことは、よくわからないけど…。」

稚拙な雛鳥は紡ぐ。

「…死にたいって言うのは、生きることより、難しいと、思う。
 でも、生きてるとさ、どんなにそれまでが辛くても、
 どこかで、何か違うモノが見えるんじゃ……無いかなって。」

視線を落とせば、鳥に似合わぬ緑色の鱗に包まれた足と、鋭い爪。

「……だから、俺はダメって言う。
 お父さんが、最初に、俺に違う世界を見せてくれたから。」

神樹椎苗 >  
 青年の答えを静かに聞いて、椎苗は一つ頷いた。

「なるほど、お前はちゃんと『生きて』いますね」

 そう呟いて、自分の首からロープを外した。

「その死生観は間違っていねーですよ。
 きっと、普通に『生きてる』モノとしては、正しい価値観です」

 そうして、左手に握ったロープを弄ぶように振りながら。
 横目で流し見るように、青年へ視線を送る。

「それでも――『死』を選ぶことが最も救われる。
 『死ねない』という事が苦しみである、そんなやつもいるんです。
 あまねく全てから忘れ去られて、自分の存在を消してしまう――そんなやつもいるんですよ」

カラス >  
「……。」

青年は返答に困る。

「しいなさんは、そうなの?」

それでも、こうして自殺という死への道を止めている。

「俺の……俺の知ってることとは、真逆なんだと思う。」

今日はナイフ等をもっていないかと注意深く見ながら、
椎苗が死ぬのを結局して止めようとしている。

「そういうことに対して、軽く言うのは…失礼なんだと思う。
 俺は、俺の知ってる事しか、話せないから。」

そう青年は俯いて、己の首にある大きな首輪に触れた。

「自分なんか消えてしまえって、思ったことは、何度もある。
 俺がいるから、悪いことが起きた。
 お父さんが、それで苦しんでるのを知ってる。

 ……でも、俺まで居なくなったら……。」

顔を上げて、少女を見る。
血のように赤い、紅い瞳が。

「…しいなさんが死んだら、俺、哀しいよ。」

死が遠いからこそ、雛鳥は知り合った誰もの死を惜しむ。

神樹椎苗 >  
 ――死は哀しい。
 青年はそんな当たり前のことを、当たり前だと感じられる。
 それは生き物として、間違いなく正しい。

 間違っているのは自分。
 生命から外れているのは、自分の方だと再確認することになった。

「お前が軽い気持ちで言ってるわけじゃねーって事くらい、わかりますよ。
 お前が真剣に考えた上で、哀しんでくれると言ってるのはわかります。
 ――でも、そういうのは、しいにとっては邪魔なのです」

 左腕で持っていたロープを、青年に向けて放り投げた。
 そして、動かなくなった右腕をさすりながら、どこか心此処にあらずと言った様子で、視線が流れる。
 左へ、右へ、行き場をなくしているかのように。

「しいは、『死にたい』のですよ。
 『死ねない』と、『生きる』事すらできやしねーのです。
 前にも言いましたね、しいは『死にたい』から『死にたい』んだって」

カラス >  
「……ごめんね。」

青年が消えたいと思うのは、何よりこういう時だ。

「…分かってる。俺なんかの言葉じゃ、どうにもならないの。」

自分が無力だと思えた時、
自分が役に立たないと思えた時、
自分が必要とされていないと分かる時。

「お父さんだったら、もっと上手く、言えるのかも…しれないのに。
 
 だけど、……だからこそ、
 君に届く言葉を持ってるヒトが…誰か、現れるまで、死なないで欲しいんだ。」

結局もって、臆病だ。

青年は立ち尽くす。泣きそうな顔で。

神樹椎苗 >  
 青年はまた泣きそうな顔をしている。
 臆病な青年は、弱虫で泣き虫だが――心優しい。

「軽々しく、自分なんか――なんていうもんじゃねーですよ」

 白々しく、高く高く棚上げにして言葉にする。

「お前が、しいが死んだら哀しいって言うように。
 お前が消えたら哀しいって思うやつもいます。
 そんな奴らがいるのなら――お前は『なんか』じゃないのです」

 たとえどれだけ、自分を貶そうと。
 そんな自分に価値を見出す誰かがいるのなら――それは『なんか』ではない。 

「誰かなら、あいつなら、そう思う気持ちは理解できなくはありません。
 でも、ここにいるのは『誰か』でなく、『お父さん』でもなくて、お前です。
 お前がお前の言葉で、お前の思いを伝えるからこそ、意味があるんですよ」

 実際に、青年の気持ちは椎苗に伝わっている。
 青年の優しさは、感じられているのだ。

「お前はちゃんと、『自身』を持っています。
 自信はなくても、自分の考えを、誰かを想う心を持っているのです。
 だから、もっと胸を張って、堂々とすればいい」

 青年に気だるげな視線を向けながら、左手の拳をそのしょぼくれた頬に押し付けるように伸ばす。

「お前の気持ちは伝わってますよ。
 お前が本心で、しいに死なないでほしいって言ってくれることも。
 ただ、それでも――しいにはそれが、煩わしくてたまらねえのです」

 そう、疲れたような薄い笑みを浮かべながら。

カラス >  
最後の言葉で、耳羽根がしょげる。
まったくもってどれほどに顔をどうにかしようとしても、
他に分かりやすい感情を表す部分があると素直すぎる。

「でも……ごめん……。」

頬に触れられると、泣くのを我慢しているせいか、
僅かに彼は熱かった。

触れられる手に自分の手を重ねようとしたが、
自分の爪では相手の肌に簡単に傷をつけてしまう。

それがたまらなく嫌だった。

それ以上言葉が出て来なくなって、
口をきゅっと横に結ぶ。


自分はなんと無力なのだろう。
戦う力も持たず、保護され、上辺だけの平和に生きるしかない。
真っ黒な鳩。

神樹椎苗 >  
「まったく、ほんとに困ったチキンやろーですね」

 呆れたように言いながらも、表情は歪んでいない。
 延ばした左手は、青年の頬を優しく抓んだ。

「お前にはちゃんと自分がある。
 お前はちゃんと『生きて』いる。
 お前には確かな『未来』がある」

 そして、青い無気力な瞳で、赤い泣き出しそうな瞳をのぞき込む。
 奥底をのぞき込むように、全てを見通すかのように。

「お前は、どうしたいんですか。
 今の自分を好きになれないお前は。
 どんな自分になりたいと、願うのですか」

カラス >  
「……わかん、ない………。」

口を結ぶのを阻害されては言うしかない。

自分が何に"成れる"のかすらも分からない。

保護されているから精神が安泰に近いだけ。
未来の展望を聞かれても、青年から答えは出てこない。


「でも、君が死ぬのは、止められない…。」

けれどそこに嫌だと我儘を言えなかった。
泣きそうな表情なのに、涙は零れない。

「死ななきゃ生きられないのが分からない……。」

神樹椎苗 >  
 青年の赤い目は、揺らいでも、澄んでいる。
 ああほんとうに、自分の周りには純粋なヒトが多すぎる。

「わからないなら、考え続けるのです。
 考えて、考えて、わからなくても、ずっと考えて。
 そうして考え続けた先に、お前の『未来』があるはずです」

 考えるという事は、足を止めない事。
 それは、常に前へと進み続けるという事。
 たとえ気持ちが後ろ向きでも、後悔ばかりだったとしても、考える事は進む事なのだ。

「しいが、『こういう事ですよ』って説明するのは簡単です。
 でも、それじゃあお前はいつまでたっても納得のいく答えには辿り着かない。
 だから、しいの事も、お前自身の事も、考え続けるしかないのです」

 そうして、抓んでいた手を離すと、人差し指を立てて青年の唇へ押し当てる。

「お前はそうやって、『生きられる』ヒトですよチキンやろー。
 考えるのをやめない限り、お前は必ず『なにかに成れます』」

 そう、青年を咎める事も否定することもせず、ただ。
 『お前はそれでいい』と言うように、薄く微笑みかける。

カラス >  
「………うん。」

こくこくと頷く。

そうだ、結局ヒトの身体を持つ限りヒトは思考せねばならない。
それは自分も相手も同じこと。

そうして生きる限り、ヒトは考え続ける。

いつか辿り着く答えを見つける為に。

「………しいなさんも、考え、られない?」

そうして言葉を告げられるなら、
大切なモノを失ってしまった貴方にも、歩む道は無いだろうか。

 『未来』に君も居て欲しいとは、言えなかった。

青年の唇の動きが、椎苗の指に伝わる。

神樹椎苗 >  
「――――はあ」

 仕方ないな、とでも言うように息を吐いて。
 人差し指ごと押し込むように、体ごと青年に近づいた。
 目と鼻の先の距離で、赤と青の視線が混ざる。

「そういう台詞は、大事な女にでも言うのですね」

 無気力な、けれど穏やかな表情で青年を見上げる。

「しいに言ったらお前、本格的にロリコンやろーですよ。
 まあ、しいは美少女ロリですから、仕方ねーかもしれませんが」

 そう揶揄うように言ってから、眩しそうに目を細めた。

「――考えていますよ、ずっと。
 しいは、考え続けています。
 『生きる』方法を、ずっと、ずっと」

カラス >  
あまり自分に雄と雌というのは分からない。
青年は大元では獣だった。
人間に近い育てられ方をして、中途半端に人間性を得た。

雛鳥は少女の近くで、困ったような顔をする。

「じゃあ……っ…。」

そう口が動きかけて、それは違う言葉だと気づき、口を噤む。
そうして後悔するのだ。自分の短絡さに。

大きく開けた口から鋭い牙が覗いた。

「……ごめんなさい。」

勢いに任せて失礼な言動をしかけた。

「………せめて、今日だけ、でも。」

そうして青年が言えたのは、ほんの小さな我儘。

神樹椎苗 >  
「――ふ、ふふ」

 その半べそで必死な様子に、思わず笑い声が零れた。
 左手を青年の羽根耳に伸ばして、優しく触れる。

「まったく、お前はかわいいやつですね」

 可笑しそうに笑って、思わず閉じていた瞼を開く。

「安心しやがれ、ですよ。
 しいはそう簡単には死ねないのです。
 今日も、明日も――もしかしたら、永遠に」

 だから、そんな顔はしなくていいというかのように、優しくささやくように言葉にする。

「ああ、ほんと、おかげで気分転換になりましたよ。
 ちゃんと役に立てるじゃねーですか、チキンやろー」

 そう言って、青年から体を離して、再び柱へともたれかかった。
 そしてまた、どこか遠くの空を見上げるようにして、視線を飛ばし。

「――お前は。
 大切な『友達』が、望んでこの世界から消えてなくなろうとしていたら。
 お前だったら、どうしますか」
カラス >  
黒い耳羽根は、そこから翼が生えてる訳ではなかった。
本当に羽根が集合しているのだ。
大きな一枚の羽根を軸に、根元に行くにつれて細かい羽毛が密集している。

それは、それぞれが音の感覚器だった。
触れられればぴこっと跳ねる。

「そう、なら……良かった……。」

"死ねない"にせよ、まだ少女が生きてくれると思うと、
失礼であっても青年は安堵するしかなかった。


「………わから、ない。俺も消えたいって思ったけど…。
 けど、俺は、やっぱり……生きて欲しいって、思ってる。
 悪いことかもしれない、でも。

 消えちゃったら、………のこされるのは、いやだから。
 のこされたヒトを、見るのが、いやだから。
 その子が見るかもしれない、"次の世界"が見られないのが、いやだから。」

大切な友達が今は何かまだ分からない。

けれど、もしそれが、己が失ったことのあるモノと同じなら。

神樹椎苗 >  
 椎苗は、その答えに視線を横に流すように青年をみた。

「いやだから、いきてほしい――」

 それはきっと、ただの我儘なのだろう。
 誰かの望みを足蹴にできるような、そんなものではないのだろう。
 けれど、遺されるのはやっぱり、いやなのだろう。

 本当なら、椎苗だって――

「――お前はやっぱり、それでいいんでしょうね」

 そして、どこか寂しそうに眼を閉じる。

「ならお前は、お前自身が消えないように、前を向くのですよ。
 前を向いて、考えることを、歩むことを止めるな。
 怖くても、一歩踏み出すことをやめるな」

 ふう、と長く息を吐いて、肩を落とす。

「それがお前に、いつか必ず。
 迷って悩んだだけの答えをくれます。
 この超絶可愛い美少女ロリが、保証してやりますよ」

 そんなことを、本気で、冗談のように言った。

カラス > 「…俺、お母さん、消えたから……。」
カラス >  
「……うん。俺は、そう思う……ごめんね。」

足蹴にしたい訳じゃ、ない。
だから少女には本気で言えずに、中途半端に言いかけて、言葉を切り取った。

「……ありがとう。」

少女の言葉に、青年は呟いた後、下手くそな笑みを浮かべる。

これは我儘にもならない。
願いですらない。祈りにも似た何か。

失われた誰かにもどうか、永遠に残ることは叶わずとも。

神樹椎苗 >  
 小さなつぶやきは、風に流されるだろう。
 それでもわかる、それくらいは。
 青年もかつて、大切なモノを失ったことがあるのだと。

「――ほら、いつまでもこんな場所にいるもんじゃねーですよ。
 いつまでもしいに構ってると、お前が泣くまで意地悪するかもしれねーですよ」

 そう言って、もう話は十分だろうとばかりに、左手で追い払うようなしぐさをして見せる。

カラス >  
「う、…君に、泣かされるのは…やだな…。」

精神年齢でいえば逆転状態と言えなくすら無いのだが。
見た目だけでいうと少女と青年である。

そして彼女はやると決めたら容赦しなさそうである。
いや、印象だけで述べているのだが。

「……ん、じゃあ…気を付けてね、しいなさん。」

困ったように笑う。
とりあえず今日は生きてくれるというなら…と。


「"またね"。」

けれど、青年は少しだけズルい言葉と共に、その場を去った。

――羽音がする。

ご案内:「大時計塔」からカラスさんが去りました。<補足:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。>
神樹椎苗 >  
「はいはい、気を付けますよ。
 ――そうですね、また」

 と、一息、言葉に詰まりそうになりながら返して。
 見送る事もなく、羽ばたく音が去っていくのを聞いていた。

神樹椎苗 >  
 羽ばたきが聞こえなくなって、再び時計塔は静かになる。
 椎苗はまた、虚空を見上げながら、『演算』を続けた。

 『のこされるのは、いやだから』

 『その子が見るかもしれない、"次の世界"が見られないのが、いやだから』

 泣き出しそうな青年の言葉が、耳に残っている。
 吐き出した吐息は、床に吸い込まれそうなほど、重い。

「またね、また――また、ですか」

 ぽつ、ぽつ、と。
 去り際の言葉を繰り返す。

神樹椎苗 >  
 『またね』と言えなかった相手がいる。
 『またね』と言いたかった相手がいる。

 空を仰いだ目の上に、左腕を載せた。
 目を覆うように、零れ落ちるモノがないように。

『――――――』

「後悔なんか、してませんよ」

 椎苗はすべきことをしたのだ。
 『友達』として、椎苗に出来ることを。
 そして今も、やろうとしている。

神樹椎苗 >  
 自分は間違っていたのだろうか。
 本当は止めるべきではなかったのだろうか。
 もっと一緒に居たいと、わがままを言うべきだったのだろうか。

 ――答えは出ない。

 そして、今更なのだ。
 もうすべては終わって、たった一人の『友達』は終わりを遂げて。
 『友達』がいた痕跡はすべて消え去り、誰一人として悲しむ人はいない。

 遺されてしまったと思うのは。
 置いて行かれたと思うのは。
 ――連れて行ってほしかったと思うのは。

 ただ一人、椎苗だけなのだ。

「ほんと――バカですよ」

 溢れ出した声は、泣き出しそうなほど弱弱しかった。

ご案内:「大時計塔」に橘 紅蓮さんが現れました。<補足:赤髪、灼眼、白衣、煙草、黒手袋、白衣>
橘 紅蓮 > 「……。」

煙草をふかしながら扉を開ける、何やら泣きそうな声が聞こえて、忌々し気に携帯灰皿に煙草を押し込んだ。
もうそろそろ筒上のそれも中に入りきらなくなる。

「ちっ……これだからガキは嫌いなんだ。」

完全な八つ当たりを少女に聞こえないように独り言ちり、歩を進める。
子供は嫌いだ、ずうずうしくて泣き虫で、ついでに分かったような口をきくから。
まぁしかし、それでも放置してやるのは職務怠慢というべきなのだろう。
仕方なく、仕方なく少女の背後に立った。

「ダチでも死んだのかい? そんな泣きそうな声出して。」

少女を見下ろして、尋ねる。
今は慰霊祭の真っ最中だ、そういう事があってもおかしくはない。
軽いジョークのつもりではあるが、いや、この年代の子供には少々重いだろうか。

神樹椎苗 >  
 扉を開ける音がする。
 今日もどうやら、ここは人気のスポットのようだ。

「――なんですか、お前は」

 左腕を降ろして、怪訝そうな青い目を向ける。
 目の前の人物には見覚えがなかった。
 学園の教員、関係者であることは間違いないのだろうが。

「ああ、別に嫌々構ってくれる必要はねーですよ。
 しいも、誰かさんのお節介なんか望んでねーですしね」

 降ろした左手で、木乃伊の右腕を叩きながら情報を拾う。
 名前と所属、仕事――この女はカウンセラーのようだ。
 それにしては、不愉快そうな様子を隠そうともしないのはどうかと、同じように不愉快そうな顔を向ける。

橘 紅蓮 > 「口の効き方がなっていないガキもいたもんだね。 人がせっかく見に来たっていうのに。
 質問の答えもなしかい。
 ずうずうしいガキだよまったく。」

怪訝そうな目を見返す、邪険にされるのは慣れているつもりだ。
そう、慣れている、こういう子供もよく見た事がある。
異能があるかないか、という違いは大きいのだろうが。

「お前が望んでいようが居まいが関係ないんだよ。
 私が興味を持った、お前は無視できずに答えを返した。
 それが全てだお嬢ちゃん。
 お節介が要らないというのなら、あぁ、しないとも。
 私も好きにするだけさ。」

少女の隣を通り抜けて、時計塔の縁に立つ。 飲むつもりだった安物の赤ワインを取り出して、コルクを無理やり引き抜いた。
いつかのように、またそれをただ真下に流す。
血の雨のように降り注ぐワイン。
この高さなら、下に届くころには霧か雨粒か。
まぁ、下の連中には精々べたついた気分を味わってもらうとしよう。

神樹椎苗 >  
「それは悪かったですね、しいは口の利き方なんか、習ったこともありませんので」

 好きにするさと言われれば、椎苗もお好きにどうぞとばかりに肩をすくめる。
 女の行動も特別、気を引くものではない。
 少々、奇抜な行いではあったモノの、その意味を問うほどの関係性は椎苗と女にはないのだ。

「――それで、こんなところまで何しに来てんですか。
 仕事をさぼるんなら、邪魔でしょーから消えてやりましょうか」

 『消えて』と言葉にしながら、自嘲するように笑いつつ。

橘 紅蓮 > 「だったら誰か教えてくれる先生でも探すんだね。」

墜ちていく雫を見ながら、あぁ、勿体ないと呟く。

なんとも不愛想で、その上無駄に自分を卑下するものいいをする少女の言葉が背中を突き刺してくる。
別にそれに何かを感じるというわけでも……ない。
少なくとも、彼女は私に救われることを望んではいないのだから。

「これも仕事の内さ、この学園一人ひとりのメンタル状況を逐一確認しておく。
 まぁ現実的には無理な話だから? こうして一応は見ておきましたよ、っていう形式的な物言いをするための。
 あぁ、高みの見物ってやつさ。」

最後の一滴がしたたり落ちて、空になった瓶を適当に転がした。
高い場所だからか、風に白衣が引っ張られる。
バタバタと騒がしい音は、不思議と心地がいい。

「消えたいならお好きにどうぞ、止めもしないさ。
 質問にくらい答えてほしいものだがね。」

神樹椎苗 >  
「なんだ、仕事熱心な事ですね。
 高みの見物ご苦労様ですよ」

 それも仕事のうち、というのだろう。
 質問に答えろという女に、椎苗は腰を上げながら――『友達』の顔がちらつく。

「――別に、ただ、最近お節介が多すぎて、死ぬ事もできないと嘆いてただけですよ」

 柱に結んだロープを示して。
 スカートの下に収めていた短剣を抜き、柱の結び目を切り落とした。

橘 紅蓮 > 「そりゃぁ気の毒なこと。 なんだい、お前死にたいのか?」

バカですよ、と聞こえた言葉に、何か関係があるのだろうかと思案して。
いや、そう考える必要もないなと首を振った。
もし、そのバカの願うことが彼女が死なない事だとしたら、それはもう十分に叶えられている。
死にたいからこそ、そんなロープを括っていたのだろうが、それも彼女にはできなかった様だ。

「別に、死にたければ死ねばいいんじゃないか?
 あの馬鹿共、日ノ岡あかねがおこしたみたいに、お前も『真理』とやらに頼めばいい。
 そうじゃなくてもそのロープを使えばよかったじゃないか。
 他人に遠慮する必要あるのかい?」

ふと、代案を提示する。
死ぬ方法が零なわけではないのだろうと。
何かにつけて反論は還ってきそうなものではあるが。
おそらく本当に死にたいのであれば、そうするはずだ。

神樹椎苗 >  
「真理――口にするとなおさらあほらしいですね。
 トゥルーバイツでしたか。
 連中はしいからすれば――『生きてる』くせに、贅沢なやつらですよ」

 ロープを片腕で、少しばかり苦戦しながら巻いていく。
 作業をしながら、酷く疲れたように息を吐き、頭が下がる。

「しいは死にたいですが――他人の泣き顔を見たいわけじゃねーのです。
 半べそかいて死なないでほしいと言われれば、その気も失せるってもんですよ」

 先刻やってきた青年の顔が浮かんで、一度手を止めた。

「――しいのこれは癖みてーなもんですから。
 死ねないくせに、死ぬ事がやめられない、でも我慢は出来る。
 お前がタバコを吸っているのと変わんねーですよ」

 そう答えて、再びロープを片付け始める。

橘 紅蓮 > 「あぁ、確かにアホらしい。仕事の増えるこっちの身にもなってほしいね。」

ヤレヤレと首を振る。
……少し苦戦している様子の少女の腕かたロープを取り上げて、せっせと引き上げていく。
この少女は大人に頼るという事を知らないのか、頼る理由がないだけか。

「そういうもんかい。 分からんね、生死観の狂ってるやつのいう事は。
 半べそをかかれる程度で失せる『死』か。
 まるで娯楽感覚だな。 私の煙草と同じっていうなら尚更。」

たばこ臭いかね、と自分の体臭を嗅ぐ。
確かに、少々酸味のある煙の臭いはするかもしれない。

「生きているくせに贅沢……か、生きているからこそ悩めることもあるんだろうがね。
 死んじまったらそれもできなくなる。
 あぁ、私には奴らの気持ちはわからんよ。
 お前のこともわからん、まったく、難儀な時代になった物だ。」

昔なら、もう少し寄り添いあうこともできただろうに、そう口にこぼす。
人類には、互いに分かり合えなくなる要因が増えすぎた。
だから、誰もが見て見ぬふりをして、そして誰かが死にたがる。
紅蓮の仕事は無くなることはない。

神樹椎苗 >  
 ロープを取り上げられると、複雑そうに表情をしかめながら、左手でひったくる様に奪い返した。

「――まあ、感謝はしてやります」

 と、むすっとした釈然としない様子で目をそらした。

「他人の事なんて、結局どこまで行ってもわかりはしねーでしょう。
 理解したつもりにはなれても、相互理解なんか夢物語です。
 それでも、ほんの一部だって理解しあえたのならそれは――」

 『友達』と呼ぶのだろう。

「――、なんにせよ、しいにとって自殺は『そんなもの』なんです。
 生死観、狂ってるんでしょうね。
 まともに道徳も学んでませんからね、初等教育の敗北ですよ」

 撒いたロープを左肩に担ぎ上げる。
 椎苗の体格には随分と不釣り合いだが、それをなんでもなく担ぐのは、魔術か異能の恩恵だろうとわかるだろう。

「それで、質問には答えましたが。
 せんせーさまにはご満足いただけましたかね」

橘 紅蓮 > 「ふぅん……」

ひったくられたロープが担がれるのを見送る。
そこまで不機嫌そうにしなくてもいいだろうに。
どうしたら10歳そこそこに見えるこの少女がそこまで歪んでしまうのか。

「……世の中には、そんな一部すら見ようとしない奴らであふれてる。
 見ようともしないから、見逃して、後で後悔する。
 理解することを拒むから……、手遅れになって気がつくんだ。」

ふと、例の『真理』の一件に巻き込まれた少女を思い出す。
同じ年ぐらいだったな、とそれだけの理由。
死を視たショックによる気絶だったか、そんな報告書があったっ筈だ。
まぁ、この子には関係あるかないかもわからないが。

「そう思うなら学べばいいだろうに、ここは学校なんだからな。
 ……その狂った倫理観に巻き込まれた女子児童が居るらしいよ。
 ちょうどお前ぐらいの年の女の子だったか。
 何を考えてあんな場所にいたのやら、それこそ、誰を理解したかったのか。」

だから子供は嫌いだ、誰かが心配するという事を考えないから。
この子も、その子も、どいつもこいつも、救えない。

「あぁ、満足だよ。 私はこれで、視て見ぬふりをしたわけではなくなったからね。
 お前の価値観に触れることぐらいはできただろうさ。」
 

神樹椎苗 >  
「なんだって、気づいたときには手遅れなんですよ。
 ――違いますね、気づいてほしいとサインが出た時には、もう遅いのです」

 そして、サインが出なければ――気づくことは難しい。

「これでも、理解しようとは務めてるつもりですけどね。
 それでもわからない事だらけだから、頭を抱えたくも、嘆きたくもなるのですが」

 他人よりも、よほど多くの情報と高い処理能力を持つ椎苗ですら。
 他人どころか自分の事すら、解らないのだ。
 それでどうやって理解しあえるというのだろう。

「学んでますよ、現役学生ですし。
 ぴちぴちの一年生、十歳、美少女ロリです。
 しいのステータスの高さに驚きやがれですよ」

 ふん、と鼻を鳴らしながら、より一層不遜な態度で女を見上げた。

「まったく、不運なやつがいたもんです。
 カウンセラーなら、そういうやつのところへ行くべきなんじゃねーですかね」

 そう答えながら、踵を返す。

「せんせーさまも、難儀な商売ですね。
 しいみたいな歪んだクソガキなんて、ほっときゃいーでしょうに。
 ――それじゃ、どうぞごゆっくり」

 そんな言葉を投げ捨てて、椎苗は時計塔から去っていこうとするだろう。

橘 紅蓮 > 「……ほっとけ、というには会話に付き合いすぎなんだよ。クソガキ。」

去っていく子供を見送って、再び階下を見下ろした。

「大人ぶっちまって……かわいそうな奴もいたもんだ。 言うと怒るんだろうけど。」

煙草に火をつけて、ぼんやりと光る赤い灯を見る。
彼女の命は、この小さなものか、それとも大樹に燃え移った大火なのか。
まぁ、どちらでもいい。
此処から飛び降りないというのであれば、自分の仕事が増えることもいない。

「……理解しようとしている、か。」

わたしには、そうは見えないけれどね。
独り言は、煙と共に宙に消えて行った。

ご案内:「大時計塔」から橘 紅蓮さんが去りました。<補足:赤髪、灼眼、白衣、煙草、黒手袋、白衣>
ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。<補足:黒基調の衣服、スカート。怪我だらけの自殺癖。包帯を巻いた右腕を首から吊り下げている。時間やシチュはお任せ【乱入歓迎】~朝までいるよ>