2020/08/01 のログ
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 宗教施設群」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:喪服。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
日下部 理沙 >
蝉の鳴き声が、煩かった。
「……あっつ」
研究生、日下部理沙は……昨今、全く袖を通していなかった背広を羽織り、殺風景な献花台の前にいた。
宗教上の問題で、「どのように弔えば良いか分からない死者」は大勢いる。
そんな死者の為の献花台。
そこに、理沙は花屋で見繕ってもらった花束を置いて……一人、祈りを捧げた。
日下部 理沙 >
暫し瞑目し、黙祷を捧げ……ゆっくりと目を開く。
茹だるような暑さにも関わらず……不思議と、汗は出なかった。
木陰から差し込む強い八月の日差し。
熱気に蒸された花や草木から、青い匂いが強く漂ってくる。
理沙は、毎年此処に訪れていた。
此処には……かつての風紀時代の同僚や、それらの活動で「取りこぼした者達」が眠っている。
日下部 理沙 >
全てが理沙の責であるなどとは、流石に理沙も驕りはしない。
理沙がいようがいまいが、助からなかったものは助からないし、助かったものはやはり助かっている。
理沙一人がいようがいまいが、大局に影響を与えることはない。
だが、それでも。
「……すいませんでした」
彼等が死んだ時、彼等が取りこぼされた時。
その場に理沙がいた事も当然……少なくない。
理沙が何かできたら「違う結果」だった者も、きっといる。
だから、理沙に今できることはそれだけだった。
今となっては、それしかなかった。
「……本当に、すいませんでした」
蝉が、ただ鳴いている。
ただ……喧しく鳴いている。
日下部 理沙 >
日下部理沙は、翼を持っている。
異能によって生えた真っ白な翼。
不可逆な変異。
だが、その翼は本当にただ、そこにあるだけ。
ただ、人の背に翼が生えただけ。
それだけ。
だが、その翼があるだけで……「何を期待されるか」は分かり切っている。
幾度か、その「期待」を裏切った結果が……此処にある。
魔術によって無理に飛行を可能にはした。
だが、そうなるまでには長い時間が必要だった。
今ですら、自在に空を飛べるとは到底言い難い。
しかし、それが出来なければ……救えないものも多くあった。
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 宗教施設群」に羽月 柊さんが現れました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと手に様々な装飾品。真新しい喪服。小さな白い竜を2匹連れている。>
日下部 理沙 >
人が出来ることは、いつだって限られている。
その限られた手札の中で、何が出来るかを考え続けるしかない。
手札を増やすことも勿論できる。
だが、往々にして……必要な手札を即座にその場で増やすことは、余りに難しい。
手札は、事前に揃えなければいけない。
それを怠った結果が此処にある。
理沙には、そう自戒することしかできない。
……死した彼等に出来ることは、最早何もない。
戒め、次の機会の為に経験を生かすことはできる。
だが、死した彼等にとって……それが、何の慰めになろうか。
最早、何の感慨を持つことも叶わない彼等に……何の関係があろうか。
だから、こうして悔むことも……結局は理沙の為でしかない。
生ける理沙の心を一時慰める為でしかない。
羽月 柊 >
時折ぽつり、ぽつりと共同の献花台へヒトが現れ、
死を悼み、想い、また帰っていく。
《大変容》の後、一部のモノは死という概念を失った。
あるいは、生まれた時から死が訪れぬモノも珍しくは無くなった。
それでもやはり、『死』は誰の隣にもあるモノだった。
全てが永久の存在であるならば、理沙のような思いもせずに済むのだろうか。
……そして、この男が抱く思いも。
コツリ、と、平たい革靴が音を立てた。
理沙の隣に現れて、献花をしようとガサリと音を立てる包装の音と、
視界の端に映る見覚えのあるだろう紫髪。小さな羽ばたく音は、理沙のそれではなく。
「…日下部。」
遠くからでも目立つ真っ白な翼に、彼を認識した。
不可逆な異能であるそれは、彼の存在を浮き彫りにさせてしまう。
やはり君か、というニュアンスのまま、声をかけた。
日下部 理沙 >
「あ、羽月先生……お疲れさまです」
いまや憧れの学者から雇い主となった男に、軽く頭を下げる。
お互い、正装で顔を合わせるのは珍しかった。
「先生も……ですか」
何が、とは言わなかった。
言えなかった。
この場に来る理由なんて、明白だ、分かり切ってる。
全てを言葉にすることは……理沙には出来なかった。
羽月 柊 >
「ああ、君もな…お疲れ様。」
花が台から滑り落ちないように、他のモノ達のそれに紛れ込ませるように。
目立たないように、埋もれさせる。
男の喪服は真新しかった。使った形跡が無いほどに。
道中に小竜を肩に乗せたのか、その部分に少しだけ皺があるぐらいだった。
「……この間言っただろう、人命救助に奔走したとな。
本来は"魔術師"や"研究者"である俺がこのような場所に来るのは、不釣り合いなんだがな。
墓の方にも献花してきたが、多いモノだな。」
言葉に詰まり青眼を彷徨わせる理沙に、自分の方から理由を口にする。
日下部 理沙 >
「不釣り合いでも何でもいいじゃないですか、人命救助はいいことですよ」
羽月の助け舟に乗るように、何とか笑みを浮かべる。
きっと、ヘタクソな笑みになっているに違いない。
蝉の鳴き声が、ずっと木霊している。
「……この島は人死にが多いですからね。
仕方ない事なのかもしれませんが」
落第街のような場所が半ば公認のものとして存在し、異能や魔術の実験場としての側面も存在する島。
この島は……死に溢れている。
常世の名に恥じぬほどに。
羽月 柊 >
青年の笑みに呼応するように、男は苦笑を浮かべる。
それは雇い主となったことで、僅かばかり距離が近くなり、
普段の淡白で表情の変わらない男ではなく、一部へ見せる柔らかい表情の柊だった。
献花台から少しばかり逸れ、他に来たモノへ配慮しながら、
パチリと指を軽く鳴らすとふわりと理沙から夏の暑さを遠ざける。
自分が普段よく使う夏場用の冷気の魔術を、強さを大分緩めた形で。
陽が放つ熱を吸収する黒い服は、それでもこういった場所には必要で。
「それでもだ。俺のようなモノは、本来は生死すら冒涜し、弄ぶ側だからな。
今まではこのような行為……自分の後悔と自己満足のエゴでしかないと、来なかった。
そこに『死』を認識すれば、今までの自分でいられなくなりそうでな。
今までずっと逃げて来た。
……君や、こうして献花に来る他のモノの方が、余程強いと思えてしまう。」
男もまた、そんな死に近い人間だ。
だからそんなモノから目を背け続けて生きて来た。
理沙から尊敬されたりしているのは知っている。
だが、自分は、そこまで良く出来た人間じゃあない。
日下部 理沙 >
「……先生」
理沙も、羽月の事が少しは分かるようになっていた。
彼は……端的にいえば、不器用なのだ。
決して悪い人ではない。
だが、羽月は「己は魔術師である、冒涜者である」と、どこか言い聞かせているようなところがあると……理沙は感じていた。
己の善性を、まるで遠ざけるかのように。
だが……理沙は知っているのだ。
彼が、人命救助のために駆けずり回れる善人であるということを。
「逃げてきたのは、俺も同じです」
羽月は、大恩ある教師の一人である。
だが、同時に……同じ人間なのだ。
弱さを抱え、懊悩し、それでも……歩み続ける、一人の先人なのだ。
「……ただ、俺は背を押してくれる人がいただけです」
理沙の脳裏を過ぎるのは、理沙も羽月も互いに知己の男。
異邦人の恩師……ヨキ。
彼がいなければ、理沙はきっとまだ腐り続けていただろう。
悩みながらも何とか歩むなどという真似は……到底できなかっただろう。
だからこそ、理沙は羽月を尊敬しているのだ。
理沙から見れば……羽月は、理沙よりも独力で前に歩いているように思える。
勘違いかもしれない、ただの色眼鏡かもしれない。
だが……あくまで理沙には、そう思えて仕方ないのだ。
「先生は、強いですよ。胸を張ってください。
己の弱さを自覚できる人が……強くない筈がない」
羽月の作り出した冷風に涼みながら、理沙は笑った。
羽月 柊 >
「…ありがとう、日下部。」
問題を直視しないから歩んで来れた。
何もかもから目を逸らして、自分の殻に籠って。
自分の抱えられるものだけを抱えて。
自分が罪人であると思い、自分に罰を与えるように、灰色の世界を歩いてきた。
今まではそれでよかったのだ。
「……最近君と同じように言われたよ。
『あなたの物語を、誇ってください』とな。
君の言葉でもよくよく思うよ。やはりヒトは独りでは生きられない。
君の背を押してくれたモノが居たように、俺にも居て、
俺もまた、誰かに触れて生きている。
だからこそ、そうしてすれ違った命に、取りこぼしたモノに、
死に、最終的には対面せねばならない。」
傍らの小竜を肩に留まらせて、その長くてふわふわした尾を撫でやる。
少し遠くなった献花台を、桜は見つめた。
散り行く花びらを見て、夜の下咲く樹は、何を思うか。
「……しかし、俺は教鞭を取れるような身でもないのに、
よく皆『先生』と言ってくれるモノだな。」
教職というのは、もっと綺麗なヒトが就くモノだと考えている。
理沙の恩師でもあり、己もまた背を押してもらったヨキを見たからかもしれないが。
日下部 理沙 >
「羽月先生は教鞭も似合うと思いますよ」
努めて、気安く笑う。
気付けば、すでに日は落ちて、宵の始まり。
未だ明るい夏の夜、散る花弁を背景に……男二人は語り合う。
「独りでは生きられないと、先生は知っているじゃないですか。
自分の物語を誇り、語るだけでも……それはきっと教示になりますよ」
小竜を撫でる羽月に、笑みを向ける。
まだ、ヘタクソな笑みだ。でも、作り笑いではない。
「先生は……取りこぼした経験があるじゃないですか。
それは、まだ取りこぼしていない若者にとって、きっと糧になります」
賢者は、歴史から学ぶという。
だが、歴史を語るのはあくまでその歴史を知り、歴史を持つものだけだ。
ならば……その歴史を、物語を持つものは。
きっと……教師足り得るのだ。
誰かの教師に。
「それに、先生は善い人ですからね。
胸張ってくださいよ、尊敬してる俺の立場がありません」
冗談めかして笑って見せる。
献花の前、かつては己の殻に籠っていた男二人。
見ているのは、最早……昇り始めた月だけだ。
羽月 柊 >
「そう言われてしまうと、むず痒くなってしまうな…。」
なんだか気恥ずかしさを感じて、視線が献花台から外れる。
ひらひらと風に舞う桜が揺れる。
後ろ指をさされても仕方の無い人生を送って来た。
本物の魔術師であるが故に、叩けば埃が出る所もある。以前理沙が垣間見たようにだ。
それでも世間に貢献している比率が高いからこそ、まだ自分は表舞台に居られた。
常世学園のかつての生徒、卒業生。
そしてこの島の職員であることは変わらない。それは職員証が男の立場を証明している。
しかし、それは書面上だけの話で教師となるとまた、職員とは別だ。
「理屈では理解しているんだがな…己を卑下することは、
君を始めとした、俺に関わってくれたモノ達に失礼に当たるというのは。
…ただ……急に舞台にあげられてスポットライトを浴びた、木っ端役者のような気分でな…。」
口元に拳の人差し指をあて、ううむと唸った。
こうして身近になると、柊にもきちんとした感情があることが良くわかる。
ただ、素直に表現するには仮面が多いだけで。
男もまた、笑むのは下手なのだ。
もしかしたら、理沙よりも、誰よりも一番下手かもしれない。
再び飛び立つ小竜に尾の先でするりと肩を撫でられる。
日下部 理沙 >
「気持ちは分かります、俺も卑屈な方なので」
気恥ずかしさにつられ、理沙も笑う。
理沙もまた、自分に自信を持ってはいない。
持とうと努力はしている。
だが、結果が伴っているかどうかといえば……まぁ、見ての有様だ。
そう言う意味だと、羽月と理沙は……根はどこか似ているのかもしれない。
「まぁ……それでも、舞台に上がらなきゃいけない時は来ますからね」
そう、土壇場は……いつでも突然訪れる。
事前準備が出来るのは……幸運な時だけ。
だからこそ、常に研鑽する必要がある。
いつ、その時が来てもいいように。
「そろそろ、俺は帰ります。明日早いですからね。先生もでしょ?」
その仕事の雇い主に気安く笑って見せて、理沙も帰り支度をする。
献花台の照明も、いずれ落とされる時間だ。
「先生、それじゃ……また明日」
丁寧に頭を下げてから、理沙は去っていく。
背中の翼は、いつものように揺れていた。
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 宗教施設群」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:喪服。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
羽月 柊 >
「…まぁ、そうだな。明日は届いた魔石の属性ごとの仕分けもあるしな…。
魔力組の食事になるから、君にも新しく覚えてもらわねばならん。」
仕事の話が出ると、ついつい誤魔化すようにそこに飛びついてしまった。
どうにか調子を取り戻す。
本当に、いつ舞台の上に立つことになるかというのは分からない。
蝶の羽ばたきが、遠くで嵐を起こすかもしれない"バタフライエフェクト"のように。
何が要因になって、誰が引き金となって、運命は巡り始めるのかというのは、
それこそカミサマだけが知っていることでしかない。
だからこヒトは惑い、翻弄され、そうして物語という軌跡は出来上がる。
「…あぁ、また明日な。」
――己の道筋を伝えることそのものが、誰かの教師たり得る。
彼らは似ているからこそ、近くにいることが出来たのかもしれない。
ある意味、互いに支え合うことになっているのかも、しれない。
柊から遠のけば、陽が落ちても暑い夜が理沙に纏わりつく。
どんな時でも存在を主張して止まない白い翼を見送る。
…自分は果報者だな、と。
今一度献花台を見てから、その場を後にした。
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 宗教施設群」から羽月 柊さんが去りました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと手に様々な装飾品。真新しい喪服。小さな白い竜を2匹連れている。>