2020/07/28 のログ
ご案内:「風紀の一室」にレイチェルさんが現れました。<補足:【ソロ】金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>
レイチェル > いつもより多く積み上がった書類を隅に置いたデスクの上、
肘をつくレイチェル。
誰も居なくなったこの一室で、静かに時を刻み続ける秒針の音。
その胸に微かに響く心地の良い音を受け入れながらしかし、
彼女は小さくため息をついた。

「しっかし、らしくねぇこと、しちまったかな……」

落第街を走り回るなど、何年ぶりのことだったろうか。
机の上とトレーニングルームが主戦場となった彼女にとって、
落第街の空気は、久々に吸った空気であった。
かつては、毎日のように吸っていた空気だった。
先輩から、無闇に近づくなと忠告されてから、
あまり足を伸ばしていなかった場所だ。

無論、業務上必要な場合は向かうこともあったが、深入りはしなかった。
あの街の空気が湛える独特の影の色は、
レイチェルがかつて暮らしていた場所に、とてもよく似ていた。

「……計画もなしに人助け。昔の悪い癖が出ちまったな」

それはかつて、気に食わないという理由で
落第街を駆け回っていた頃の話だ。

誰かが傷ついているのが気に食わねぇ。
誰かが泣いているのが気に食わねぇ。

本当に、ただそれだけの理由でレイチェルは、前へ前へと走っていた。
語り合い、行き違い、剣を振り、銃を抜いた。
そして何度も血を流し、流された。
それは、彼女が幼い頃から送ってきた日常そのままだった。

レイチェル > 「鋼層都市アーヴェント。今はどうなってるやら……」

元居た世界、アーヴェントと呼ばれる都市。
悪魔と異形が蔓延り、暴力と殺しが日常だった世界。
そこに生きていた時なら、それで良かった。
気に食わねぇ。
ただその一語だけで生きていても、何だかんだで生きていけた。
アーヴェントではそういう生き方を教えて貰って来たし、
そうして生きてきた。
今は亡き師匠の顔が浮かぶ。
幼い日の、彼とのやり取りもまた、脳裏に浮かんだ。

『レイチェル……? それが、私の新しい名前……? 結構いいかも……』
『そりゃ良かった。オレの飼ってた犬の名だよ』
『もう、師匠! ひどいよっ! 
 まぁ……でもいっか。私、『アマリア』を捨てなきゃ、だもんね』

家族を悪魔に殺されたあの日。家族を撃ち殺したあの日。
過去を捨て、安寧の中で平和に暮らしていた自分を捨てた。
過ぎ去った日々。師匠に自分を貫く生き方を教わり、
銃の扱い方――地獄で生き残る術を叩き込まれた。
血と硝煙が友で、自分の願望《エゴ》が拠り所だった。


そして、ここ数年。レイチェルは再び自分を捨てていた。
風紀の先輩――今はこの島に居ない五代先輩に忠告を受けてから。
常世に来てから初めてできた親友、貴子を沢山心配させてしまってから。
色々と自分なりに考えて、朱に交わる選択を行うに至った。

己の願望と組織の立ち位置。
その折り合いをつけることができれば一番だが、
生憎と今までのレイチェルはその点、そこまで器用ではなかった。
だから、『目の前で困っている誰かを救いたい』という自分を否定した。
否定して、砂浜の砂の一粒になろうと徹した。

かつて、違反部活との戦いを全国中継された身でもある。
なるべく目立たず過ごすのが、賢明なのは間違いないと彼女は考えていた。

レイチェル > そうして、自分を騙して過ごしてきた。
机の上に戦場を移した。
願望を御するのは一つの美徳であり、
社会や組織に溶け込む為には必要なことだ。
誰かの意志を尊重することも、必要なことだ。

しかし、時にその『配慮』は行き過ぎれば、
取り返しのつかない事態を招く。
今回の件で、レイチェルはそのことに改めて気付かされた。

もし、華霧と出会うのがあと少しでも遅かったら。
もし、山本が来なかったら。
取り返しのつかない代償を払っていたかもしれないのだ。

『親友相手だからこそ言えるワガママがあっていい』

山本の言葉が、重く脳裏に響く。

デスクの上を、人差し指で軽くトントン、と叩く。
叩いた後に、自らの額へ手をやって、髪をくしゃくしゃと数度撫でる。

「もっと、オレが華霧のことを考えてやれていれば……」

今回のような件は、起きなかった筈だ、と。
華霧はあそこまで、追い詰められることなどなかった筈だ、と。
レイチェルは一人、静かに拳を握りしめる。

華霧には相談しろと言った。それは今でも、そう思う。
友達なら、本当に追い詰められる前に、きちんと相談して欲しい。
しかし。
自分は自分で、彼女のことを察して声をかけてやるべきではなかったか。
そんな悩みがここ数日彼女の思考を時折鈍らせ、書類の山を積み上げていった。

レイチェル > 『アタシだって、頼り、たくて……
 別れを、つげに、いったんだ、ぞっ
 この、ばかっっっ!!!』

落第街での、華霧の心の叫びが脳裏に響く。
ここ数日であの言葉を、何度頭に響かせたことだろう。

あの日の浜辺。
親友の覚悟を前にして、それを否定する勇気が出なかった。
かつてのようにワガママを言う勇気が出なかった。
彼女は、困っていたのに。
    頼っていたのに。
    苦しかったのに。
    手を差し伸べて欲しかったのに。
頼ってくる友に対して、手を差し伸べてやることすらできなかった。
自分なんかが、園刃 華霧という一個人の抱えた大きな覚悟を前にして、
本当にそれを否定してしまっても良いのかと。
そんな権利があるのかと。躊躇いがあったのだ。

ずっと。
否定して戦い続けてきた。
否定して走り抜いてきた。
否定して、否定して、否定して――。
そして、親友の願いは遂にあの場で否定しきれなかった。
自分勝手な定規《エゴ》は、それを許すことができなかった。

レイチェル > 「親友一人満足に助けられなくて、何が風紀委員だ、クソったれが」

自分はとんだ、馬鹿野郎だ。どうしようもねぇ、馬鹿野郎だ、と。
脳裏に浮かべて、嘲笑う。ここ数日、何度もそうしたように。
唯一の救いは、彼女を救えた――

「――救えた、か。ふざけろ。まだだ。
 オレはまだ、何も救えちゃいねぇ」

レイチェルは頭を振る。
まだ終わってなどいない。
寧ろ、これからだ。あの一夜だけで、彼女を救える筈がない。
彼女の心の穴は、そんなにちっぽけでは無い筈だ。
レイチェルは、大きなことを成し遂げただなどとは思っていない。
自分はただ、失いたくないものを引き寄せただけだ。
ただ、それだけだ。
だからまた、華霧としっかり話をして、
『これから』のことも含めて、
お互いに話していかなければいけない。

「……これからだ、何もかも」

窓の外を見やる。すっかり暗闇だ。
レイチェルはデスクの上のネコマニャンペン立てへペンを投げると、
重ねた両手をぐっと頭上へ持ち上げて大きく伸びをし、席を立つのだった。

ご案内:「風紀の一室」からレイチェルさんが去りました。<補足:【ソロ】金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>