2020/08/07 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にフレイヤさんが現れました。<補足:ロングスカートのゴスロリ服、ロリータシューズ、鞭。首には革のチョーカー。>
フレイヤ >  
「~♪ ふふっ」

鼻歌を歌いながら路地裏を歩く。
時折首元のチョーカーに触れ、幸せそうに笑って。
その後ろを、男が三人歩いている。
揃いの銀のブレスレットを付け、先を行く少女を見て肩をすくめたり雑談したり。
何のことはない、日常の風景。
――ここが落第街の路地裏でなければ、だが。

ご案内:「落第街 路地裏」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪眼帯の風紀委員。学園の制服に腕章をつけ、外套を羽織っている。>
レイチェル >  
「しっかし、久々だな。こうして落第街を歩くのも」

何年ぶりのパトロールだろうか。
書類仕事に回ってから、もう随分とこの地を巡回していない。
契機となったのは、後輩――凛霞からの一言だった。

『私の、後輩からのお願いです。レイチェル先輩、風紀委員活動の現場へ復帰していただけませんか』

後輩からの頼みを断る訳にはいかない。
その場では承諾をして、
ひとまず久々にこの地をぐるっと見回ってみようと、歩き出したのが10と3分前。
やはり、あの頃と少し様子は変わっている。
歩きながら彼女は、今の現場を知る必要があると改めて感じていた。


特に何もなければ、ぐるりと回って引き返せば良いのだが、
さてどうなるか。

目の前からは、楽しげに鼻歌を奏でる少女が現れる。
何処と無く変わった雰囲気を感じながら、足は止めずにちらりとその顔を見やる。

フレイヤ >  
「――あら?」

歩いていれば、前方に女性の姿。
風紀委員の制服。
自身は彼女に見覚えはないが、後ろの三人はそうでもないらしい。
げっ、なんてうめき声を上げて脚を止めてしまう。

「……貴方達、私は立ち止まっていいなんて言ってないわ」

鞭で地面をパシンと叩く。
猛獣使いのような仕草に三人は怯むも、しかし明らかに前方の彼女にビビっている。
もう二級学生ではないのだが、未だ「時空圧壊《バレットタイム》」に対する苦手意識はあるらしい。

「もう! あの女がなんだって言うのよ! 早く歩きなさい!」

再び鞭を振るって地面を叩く。
空気が弾けるような音。
せっかくいい気分だったのに。
八つ当たりの様に彼女の顔を睨みつける。

レイチェル >  
――何だ、こいつは。

落第街の路地で鞭を振り回すその少女を見た時、
抱いた言葉がそれであった。
この錆びついた落第街に不釣り合いな格好をしていると感じていたが、
その所作もまるで――お嬢様だ。しかも、たちが悪い方の。

後ろの男三人の自分に対する反応は、
既に擦り切れるほどに慣れていた。故に、特に何も感じない。

対し、少女に睨みつけられれば――
レイチェルは困ったようにやや視線を落とし、やれやれと
言わんばかりに首を振った後に、彼女の方へと言葉を投げかける。

「こんな路地裏で武器を振り回すなんざ……感心しねぇな、お嬢様」

フレイヤ >  
なんだかイライラする。
役に立たない後ろのペットもそうだし、余裕綽綽な態度の彼女もそうだ。
タンタンタン、と不機嫌そうに靴の底で地面を叩く。

「なによ、別に誰にも迷惑かけてないわ」

彼女を挑発するようにもう一度鞭を振るう。
後ろの男たちはいよいよ焦り出し、ヤベェってお嬢!とかソイつ「時空圧壊《バレットタイム》」だぞ!とか汗だくでやいやい騒いでいる。

「うるさいわね! バレットタイムだか何だか知らないけど貴方達のご主人さまは私よ!」

どうやら自分よりも彼女の方が畏れられているのが気にいらないらしい。
男の一人を鞭で叩く。
叫び声。

レイチェル >  
「あぁ、オレの見てる範囲じゃあな。後ろの……男共はともかくとして。
 だから、誰か他の奴に迷惑をかける前に、
 声だけはかけさせて貰ってるのさ」

タンタン、と踏み叩かれる地面の音を聞きながら、淡々とした口調で返す。
挑発を意図した鞭が振るわれれば、無表情で頭を掻いていたレイチェルだったが、
目の前の男が鞭を振るわれれば表情が変わり、真剣な表情となる。

「ご、ご主人様って……って、おい! 
 やめろよお前。
 その男が何かしたってのかよ……?」

一歩。
前へ出て、少女の目をじっと見つめる。
大方、自分よりもこちらへ注目をしている男たちに不満を持っている、といったところ
であろうか。
こういった手合は、自分が注目されていなければ気がすまないタイプであろう。
復帰早々、面倒な奴に出会ってしまったもんだと、内心ため息をつくレイチェル。

フレイヤ >  
「――ふん」

ひゅん、と鞭を振って手元に戻す。
慌てた様な彼女の様子に、少し溜飲が下がったらしい。
鞭で打たれた男は、しかし血を流す様子はなく、だが確かに痛みにのたうちまわっている。
――鞭で打たれたとは言え、過剰に、大げさに見えるほどに。

「何をしたか、ですって? 何もしなかったからよ。私のモノなのに、私の言うことを聞かなかったからよ」

ふん、と偉そうに腕を組んで下から見下してみせる。
そういう契約なのだ。
相手が風紀委員だろうが二つ名持ちの有名人だろうが、自分と彼らの間で交わされた約束事についてどうこう言われる筋はない。
そう言いたげな態度。

レイチェル >  
「モノってお前……そいつは人間だろ?
 悪ぃな、知らぬ他人の関係に必要以上に
 とやかく言うつもりはねぇが――」

目の前で大袈裟に見えるほどに痛がっている男を見て、
困ったように柳眉を下げるレイチェル。
レイチェル・ラムレイはこの件に口出しする気にはならない。
というよりも、あまり深く踏み込む気にならないというのが、
より正しいだろうか。

しかしだ。
風紀としてパトロールしている以上は、言わねばならないことがある。

「――その鞭しまえって。危ねぇからさ」

す、と鞭を指さすレイチェル。
風紀委員として、これだけは伝えておかねばなるまい。

フレイヤ >  
「っ!」

再び頭に血が上る。
髪が逆立つような感覚。
ぎり、と鞭を握る手に力が入る。

「うるさいって言ってるでしょう! 貴女なんなのよ!」

思い切り腕を振るう。
彼女の目の前の地面が高音を放つ。
イライラしてはいるが、風紀委員に直接攻撃するほど状況が見えなくなっているわけではない。
とは言え風紀委員に反抗していることには変わりなく、後ろの男たちはこれ以上ないくらい慌てていた。

「危なくないわよ! 誰もいないし、居たとしても関係ない人に当てるほど下手じゃないわ!! 私強いもの!!」

子供の癇癪である。

レイチェル > ――やれやれ。やっぱりこうなるか。

ならばと、目の前の少女を見つめたまま、優しく言葉をかけていく。
恐らく外見年齢が幼い、というだけでなく実際に子どもなのだろうと、
ここで察したからだ。

「あー……わかったわかった、オレが悪かったって」

まずは謝罪。宥めつつ、それでもレイチェル・ラムレイが彼女へと
伝えるべきこと、伝えたいことは言葉にしていかなければなるまい。

「お前は強いんだな。ま、そうだろうさ。その歳で
 この落第街をふんぞり返って歩ける奴なんざそうは
 いねーからな。
 でもな、本当に強い奴ってのは、そんなことはしないと思うぜ」

言葉を継いでいく。本心だった。この落第街を、男を連れているとはいえ、
我が物顔で歩いているこの少女は、只者ではないのだろう。そもそも、大の男
三人を引き連れている所からして、並の少女ではない。

自分が目の前の少女と同じ年頃だった頃も、
粋がっていたな、なんて思い出しながら。
それでもと、語を継いでいく。

「本当に強い奴ってのは、無闇矢鱈と武器を振り回さねーんじゃねぇか。
 武器を振り回して強いんだ、なんて自負……あー、
 自慢してるようなのは、はっきり言って弱っちく見えちまうのさ。
 『分かりやすく』自分を強く見せなきゃ、不安でしょうがない。
 そんな奴に見えちまってしょうがねぇ」

そこまで口にして、再び彼女の目をしっかりと見つめて問いかける。

「お前は……どうかな?」

フレイヤ >  
「ふん、わかればいいのよ」

再びふんぞり返る。
謝られてすこし満足したらしい。
まだ靴底でタンタン地面を叩いてはいるが、後ろの男たちはホッと胸をなでおろす。

「――なにそれ。なにそれ、貴女私が弱いって言うの!?」

しかし、続く言葉にまたヒートアップ。
再び慌てる男たち。
けれど下手に割って入れば被害を受けるのは自分たちなのでそれも出来ないらしい。
後ろでひたすらあわあわするだけ。

「私は強いのよ! 弱くて怖がって縮こまるような弱虫とは違うのよ! 貴女私の事何も知らないくせに知った様な口聞かないで!!」

頭に血が上り切った自身はそんなことに気付かない。
視界が狭くなって、見えているのは目の前の彼女だけだ。

「馬鹿にしないでよ!! 貴女、――跪きなさい!!」

そうして、鞭を振るう。
今度こそ、彼女を直接打ち付けようと、まっすぐに鞭の先端が彼女へ向かう。
――当たっても怪我はしないだろうが、代わりに想像以上の激痛が彼女を襲うだろう。

レイチェル > 「あぁ、お前のことは何も知らねぇさ。
 名前も、何で此処に居るのかも、今は知らねぇさ。
 だから、そう『見えちまう』って言ってん――」

癇癪を起こす少女に対し、落ち着いた声色で言葉を返す。
瞬間、彼女の腕が閃くと同時に、放たれる鞭の一撃。

無言のまま、軽快な最小限のステップを右に踏む。
続いて先程までレイチェルが居た虚空を撃つ鞭。
その鞭に手を伸ばし、掴む。
彼女を一度、無力化する為に。
しかし。

「何だッ……!?」

皮膚が僅かに裂ける。
と同時に、拳に奔る、凄まじい痛み。掌、手首、腕、肩までの、
骨という骨が砕けたかと思うような、激痛に脳が焼ける。
同時に、思わず鞭を放してしまう。

この程度の鞭であれば、然程痛くはない筈だった。
この身には何度も痛みが刻まれてきたし、
その中で鞭で打たれたことだってあった。
だから、この程度の痛みには慣れている。その筈だった。

しかし、この鞭の痛みは、これまで経験してきた鞭の痛みとは、
全く異なる質の痛みだ。ただの、物理的な痛みでは、ない。

瞬時にそう判断したレイチェルは、二歩分の距離を飛び退る。

「ただの鞭……って、訳じゃねぇな」

フレイヤ >  
「――逃げるの? ふん、言うことの割に大したことないのね」

大げさに飛び退いた彼女に、勝ち誇るような笑み。
そんな表情をするのは早すぎるのだが、戦闘経験の少ない自身には仕方のないことだろう。
皮膚が避けた程度でも、攻撃した相手に炸裂する魔術を込めた鞭だ。
異能の効果もあって腕全体がはじけ飛ぶような痛みがあっただろう。

「あんな大きなこと言っておいて、貴女弱いじゃないの。――ふん、あの子たち後で躾しなきゃ……」

ひゅんひゅんと鞭を結界の様に振り回す。
チラリと後ろを見れば、男たちは巻き込まれてたまるか、と言うようにさっさと逃げていた。
言うことを聞けないペットはお仕置きだ。

「もう一度喰らってみればわかるんじゃない――のッ!!」

鞭を振るう。
今度は彼女ではなく、地面。
そこから彼女へ向かって棘が伸びる。
地面から生えてくるように、高速で。
それを二度三度と繰り返し。

レイチェル >  
「言ってくれるぜ……」

鞭を受けた左腕の調子を確かめる。
まずは、中指の先――動く。続いて、他の指――問題なし。
手首も腕も、問題なく動かせる。骨は、折れていない。

どうやら痛みを与えられるのみで、
負傷が重くなる訳ではないらしい。
目を細めて、目の前の少女をじっと観察する。

目の前で、少女は勝ち誇っている。
あの調子でよくここまで生きてこられたものだと、
レイチェルは率直に感じた。
しかしそれも、彼女の持つ力故だろう。
強大な力があるから、傲慢で居られる。
それは、かつての自分と同じだ。
なら、きっと口で言っても分からないのは道理。

「お次は何だ……?」

一撃が来る。先程とは異なる攻撃だ。
どのような攻撃にも対処できるように、深く腰を沈めて地を踏む足に
力を込める。

間髪入れず、眼前に棘が迫り来る。
おそらくは、魔術。鞭を伝って放たれた鋭き暴力が、レイチェルの全身を
串刺しにせんと迫る。

凄まじい速度で空を切りながら迫る高速の棘。
レイチェルの身体は、路地裏の中央で無惨に串刺しに――

「――串刺しになって、たまるかよっ!」

――否。

彼女は、力を込めていた足で、地を蹴る。
目標は路地裏に並ぶ建物の壁だ。
大きく左手の壁へと飛び、壁を蹴って今度は右手の壁へ。
地に着くことなく、少女へと向かっていく。

「いい加減に――」

一つ目の波は、問題なく眼下を過ぎ去っていく。
壁を勢いよく蹴る――左へ。

「――大人しく――」

二つ目の波が、壁を飛ぶ金の髪、その束の端を僅かに切り捨てていった。
一瞬の間も置かず、更に壁を蹴る――右へ。

「――しや……がれッ!」

三つ目の波は、彼女のスカートを僅かに裂く。
最後に放つ脚は、更に力を込めて――

――眼下の少女へ。

己が身を叩きつけるように落下させながら、
彼女を取り押さえんと空中で腕を回す。

フレイヤ >  
「えっ――?」

姿が消える。
否、人間離れした速度で移動したのだ。
それに気付いたのは壁を蹴る音が聞こえたから。
慌てて追加で地面を叩き、空を駆ける彼女へ棘を伸ばすも、その悉くが当たらない。

「なんで――!!」

彼女を追って次々に棘を射出するが、全てかいくぐられる。
辛うじて彼女のスカートを捉えるも、既に彼女は自身の直上に居た。

「きゃ、ぁっ!」

頭上から落下してくる彼女。
思わず体を隠すように自身の前に置いた腕を取られ、押し倒されて動きを封じられる。

「やだ、離して、離しなさいよ!!」

ばたばたと彼女の下でもがくも、子供の力だ。
脱出など到底できるわけもなく。

レイチェル >  
――あの最中、瞬時に仕掛け方を切り替えやがった。末恐ろしい奴だぜ。

地面から棘を伸ばすだけでなく、射出までしてくるとは予想外だった。

ふぅ、と一息つきたくなる気持ちを抑えて、そのまま少女を拘束する。
そしてもがく少女に対して冷たく、しかしどこか穏やかに言い放つ。

「いーや、離さねぇ。
 このまま話を聞いて貰うぜ」

彼女を観察する。
この程度の緩い拘束を仕掛けたところで、油断できるような落第街ではない。
何か手を出してくる可能性はある。
常に注意深く相手を観察せよ、これが風紀の、そして戦いの鉄則だ。

「お嬢様、男どもはもうどっかに行っちまったみたいだぜ」

まず、彼女へ向けて口にしたのはその言葉だった。
彼女がペットのように扱っていた男達は、自分の身の危険を感じれば
すぐに逃げていった。
あの男たちも相当哀れな奴らだが、目の前の少女もまた、哀れだと
レイチェルは内心感じ始めていた。

フレイヤ >  
「うるさい、うるさいうるさい!」

逃れられないとわかっていても暴れるのをやめない。
その程度の力で逃れられないとわかっていても。

「知ってるわそんなこと! 役に立たないペットね! あんなに、あんなに愛して、与えてあげたのに!」

ぼろぼろと涙を流しながらもがく。
お金を与えた。
住居も与えた。
ペットとは言え、それなりの自由も与えた。
それだけ愛してあげたのに、その仕打ちがこれだ。
悔しくて情けなくて涙が止まらない。

「貴女、なによ、なんなのよ! 貴女が来なければこんなことにならなかったのに!!」

自分を押さえつける彼女を涙目で睨みつけながら叫ぶ。
自分は悪くない、悪いのは彼女だと。
叫ぶ。

レイチェル >  
「……まさしく飼い犬に手を噛まれたって訳だ」

やれやれ、と肩をきゅっと上げるレイチェル。
その顔には既に、先の戦いの険しさは無い。
もちろん観察は続けるが、それでも。

目の前の彼女はもう、こちらへ仕掛けてこないだろうと。
それだけの意志はないのだろうと。
そういう勘が、彼女の中で芽生えていた。
目の前の少女は、この状況から逃避する為に藻掻くだけだ。

「そうだな、お前はきっと、そういうつもりで、あいつらに
 接していたんだよな。お前なりに、大事に思ってたんだよな」

まずはゆったりとした口調で、彼女の言葉を受け入れる。
そしてその上で、伝えるべきことを、レイチェルは伝えるのみだ。
 
「でも、関係っつーのは、一方的な価値観で……あー、つまり……
 自分の感覚で、勝手に与えるだけじゃ成り立たねぇもんだと思うぜ。
 お前、本当にあいつらが望むもの……そいつを察することはできて
 いたのか?」

彼女が理解できるよう、飲み込めるよう、言葉と声色を選びながら、
レイチェルは少女に問いかける。
その問いかけは、自身にも重くのしかかるものだった。
親友の顔が、脳裏でちらつく。

「さて、と」

そうしてそこで、拘束を解いた。
すっと立ち上がれば、彼女の外套が路地裏の風に揺れる。

既に弱っている相手を、いつまでも拘束し続ける訳にはいかなかった。
彼女の目から涙がぼろぼろと出た瞬間、拘束は解こうと決めていた。
甘いな、と自分でも思う。それでも、それこそがレイチェル・ラムレイなのだった。

フレイヤ >  
「っ!」

彼女の言葉に目を見開く。
以前親から言われた言葉。
『自分のことだけじゃなく相手のことも考えろ』。
そう、言われたのを思い出す。

「私を――」

動きを止めた。
離された腕がぶるぶると震える。

「――私を否定しないでよっっっ!!!」

バン、と地面に思い切り掌を叩き付ける。
地面に魔力を流し、魔術を発動させる。
先ほど彼女に鞭で放った、棘の魔術。
ありったけの魔力を全て地面にぶちまけて、

フレイヤ >  
周囲の地面から無数の棘を、自分の身体ごと串刺しにするように彼女へ放つ。

レイチェル >  
「世話の焼ける……」

彼女がありったけの魔力を込めて叩く床。
床から何が飛び出してくるかなど、先までの戦いを見ていれば
火を見るより明らかだ。
そしてその魔力はレイチェルだけでなく、彼女の身体すらも貫いて、血塗れの
地獄を其処へ創り上げる――――抗えない。


この結末は否定できない。
レイチェルが串刺しになるのは、必定。
少女もまた同じ。自らの力に己が身を食い破られるのは、
確約された運命だ。
どのように身体を動かしても、どのように力を込めても。

できる訳が、ない。
できる訳が、ないのだ。
そんな荒唐無稽の奇跡は、この場には存在しない。




「時空《バレット》――」


一つ。ただの、一つ。



「――圧壊《タイム》」

レイチェル・ラムレイの異能《きせき》を、除いては。



レイチェルが己が異能の名を口にすると同時に。
時が、崩れ行く。
その刻み方をすっかり忘れてしまったかのように、
ひしゃげて――急速に減速を始める。

少女も、棘も、空を飛ぶ鳥、吹き抜ける風すらもも。
場にあるもの全てが、破壊された時の中に閉じ込められていく。
ただ一人、レイチェル・ラムレイを除いて。
彼女だけが、この破壊された時の中で、色を伴って動き続けていた。

「お前自身を否定は、しねぇさ……オレが否定するのは――」

レイチェルは、小さく言い放つ。
その言葉は、壊れた世界の中で誰にも届かず、反響するように空間に
染み渡って消えていく。



「――――この結末だけだ」



少女を抱えるべく、地を蹴る。
共に、彼女の魔術の範囲から逃れる為に。
視線を周囲へとやる。
思った以上に魔術の範囲は広く、彼女の脚力を以てしても、
届くかどうか。


――5秒。
彼女を抱えて、地を蹴り出す。

――4秒。
駆ける。少女を抱えて。

――3秒。
走る。先に受けた腕の痛みが、ズキリと軋むような痛みを脳まで与えてくる。

――2秒。
それでも、間に合わせる。間に合わせて、みせる。

――1秒。
地を、全力で蹴り出す。込められる最大の力を込めた跳躍。
動きを止めた風が、レイチェルの頬を掠めていく。


――そして、時はその刻み方を、思い出す。
鳥は再び空を羽撃き、風は優しく頬を撫でていく。

少女を抱えたまま地面に転がるレイチェルの目と鼻の先で、
鋭き刃の地獄が、開花した。

「時間切れ《バレットオーバー》……洒落にならねぇぜ……」

汗だくの自分の顔を反射する棘を見て、苦笑を浮かべるレイチェル。

フレイヤ >  
地面を叩くと同時、自身の異能を発動する。
怪我を痛みに変える力。
肉体的なダメージはなかったことになり、そのかわりに怪我の度合いに応じた痛みを与える力。
全身頭の先から足の先までぐしゃぐしゃに貫かれる怪我を痛みに変えるなどやったことが無い。
その過去最高の痛みに耐えるべくぐっと歯を食いしばり目を強く閉じて、

「――え?」

それがいつまでもやってこない。
それどころかいつの間にか棘の結界の範囲からすら逃れていて。
隣を見れば自分と同じように、しかし自分と違って苦しそうに地面に倒れる風紀委員の姿。

「――なに、やってるのよ」

身体を起こして彼女を見下ろす。
助けられた。
怪我なんてしないのに。
痛いだけで死ぬこともないのに。

「あなた、なにやってるのよ……」

何故そんな無駄な事を。

レイチェル >  
「……何って、そりゃあ」

荒い息を吐いて、呼吸を整えた後。
レイチェルは彼女に語りかける。
やはり昔と違ってこの異能、一度使っただけで身体にかかる負担が
段違いだ。

「辛そうな顔、してたからな。
 ま、算段はあったんだろうが……それでも、な。
 あのままだとお前、苦しい思いをしてただろ?
 最悪、死んでたかもしれねーんじゃねぇか?
 どうしても気に食わなくてな」

ふぅ、と再び息を吐けば。
レイチェルはゆっくりと立ち上がる。
少女から少し離れ、
すっかり汚れてしまった制服をぱんぱん、と軽くはたけば向き直る。

「オレは……もし、そいつが どれだけ辛い思いをしたとしても、
 自分自身を傷つけるようなことだけは、
 して欲しくなくてな。
 方法は他にあるだろって、そう思っちまうもんだからさ」

目を閉じるレイチェル。吹き抜ける風が、彼女の金の髪を靡かせる。

「ま、いうなればわがまま、ってやつだ。お前と同じだな」

太陽の下で、顔を緩めて今度こそ、レイチェルは笑いかける。

フレイヤ >  
「――べつに」

むす、とした顔。
助けられる必要もなかった。
怪我はしないし、それで死ぬことはない。
全く無駄な行為だ。

「つらくないもん。私、痛いの慣れてるし。怪我、痛みに変える力持ってるし」

強がりだ。
あれだけの「痛み」を受けたことはない。
頭を撃ち抜く痛みはこの間経験したが、それが全身となるとどうなるかわからない。
それでも強がるのだ。
だって、

「――私、強いし」

強いものは助けられる必要などないのだから。
わがままだと笑う彼女から目を逸らす。

「ばかみたい」

呟き立ち上がる。
そうして彼女に近付き、その手に触れて。
これからやることは気まぐれだ。
彼女の言うように、彼女がやったように、ただのわがまま。
彼女がわがままを通すのならば、自分もわがままを通す。
そうじゃないと自分の方が弱いように思えるから。
彼女がどういう力を使ってどういう反動を受けたのかはわからないけれど、肉体的なものなら肩代わり出来る。
だから、彼女の手を握り、迷いなく力を使う。

レイチェル >  
「そうか。悪ぃ、我儘に付き合って貰っちまってさ」

目を閉じて、口のみを少し緩めて謝罪する。
そう、思わず飛び出して誰かを救ってしまうこの、癖。
これは自分の悪い癖で、彼女を巻き込んでしまったのだから。

とはいえ、目の前の少女は強がっている。
そんなことは、彼女の顔を見れば分かることだ。
本来であれば、どうなっていたか。
それは、彼女自身にも分かっていなかったのだろう。
だからこそ、レイチェルは彼女に対して、言葉をかける。

「『怪我を痛みに変える異能』……」

戦いの中で見当はついており、予想の範疇は超えていなかった。
棘が異能ではないかという考えもあったが、やはり最初に受けた鞭の一撃は異質だった。
その違和感がもたらした予測であった。

しかしそれでも、力があるから、耐えられるから良いという訳ではない。
そのことを、伝えねばと、レイチェルは続けて口を開く。

「あぁ、確かにお前は強いよ。強いさ。間違いねぇ。
 だけどさ、強い奴だって誰かに助けて貰う必要はあるんだよ。
 どれだけ強い奴だって、誰かの助けなしじゃ絶対に生きられねぇ。
 だから、困った時は頼ればいいんだよ。信頼のおける奴にさ。
 頼ることは、弱さじゃねぇからさ」

弱い、などとは言わない。否定されることを恐れる彼女に、その言葉は
必要がない。故に、肯定しながらも伝えたいことはしっかりと伝える。
どれだけ強くたって、一人では生きていけないのだと。
そして、その頼る相手は、信頼関係を築き上げた相手でなければ
難しいのだと。

「っ……?」

身体を支配していた重みと軋みが、すっと消えていく。
今この一度の時空圧壊《バレットタイム》。その代償の一部が、消えてなく
なったのだ。

「何したんだ、お前……」

怪我を痛みに変える異能だというのなら、痛みが発生しなければおかしい。
まさか、と目の前の少女にレイチェルは目をやる。

フレイヤ >  
「っ、ぁ――ぐ、ぅ……っ!!」

力を使った瞬間、全身を激痛が襲う。
立っていられず、膝を付く。
身体が中から弾けそうな痛みに歯を食いしばって必死に耐えて。

「っ、……ひ、ぁ――ぁあっ……!!」

痛い。
痛い。
身体がバラバラになりそうな痛み。
こんな苦痛に耐えていたのか。
こんな苦痛を背負ってまで、彼女を攻撃した自身を助けたのか。
そう言えば、彼女は一度も自身を攻撃しなかった。

「ぅ。うぅう、うああぁあ――!」

ぼろぼろと涙を流しながら、しかしそれでも彼女の手は離さない。
全部が引き受けるんだ。
全部は無理でも、せめて彼女が自分を助けてくれた時に受けた苦痛だけでも自分で受けるんだ、と。
地面にへたり込み、嗚咽を漏らしながら痛みに耐えて、それでも手は離さない。

レイチェル >  
「お前、この馬鹿……!」

全てを察し、腕を放そうと力を込める。

自身の身体を侵す異能の代償。
それを、眼前の小さな少女が背負おうとしている。
時の法則を破壊する、その異能。
本来、その負担は人間が背負えるものではない。
ないのに。

しかし放そうにも、放せない。
それは少女の腕の力とは思えぬほどに強固な繋がり。

そしてそれは、ただの腕力だけの問題ではない。
そこには、確かな意志があった。
彼女の意志が、其処に確かにあった。
その意志の繋がりを、レイチェルは簡単に振りほどくことはできなかった。
そしてその末に、悟る。

「……そうか、そいつがお前の我儘、なんだな」

泣き崩れながらも、『負傷を肩代わりする異能』を使い続ける少女に、
レイチェルはそう口にすることしかできなかった。
そうして、一言だけぽつりと、口にする。

「悪ぃ、ありがとな……でも、もう、いい。
 もう、お前は全部一人で背負わなくていい。
 もう、いいんだ……」

痛みも寂しさも、少女一人で背負う必要はないのだと、
レイチェルは口にする。
これ以上は、少女の身が危ない。
これより先は『自分が背負うべき痛み』だ。
レイチェルは、彼女の手を振りほどいた。
その言葉を口にする彼女の目元は、
金色に隠れて見ることはかなわない。

「……ありがとな、一緒に背負ってくれて」

謝罪を続けるのは違う。彼女の勇気に対する無粋な行いだ。
だから、彼女の行為に敬意を表して、レイチェルは感謝の言葉を述べる。

フレイヤ >  
「――っはぁ! っは、はぁ、はぁ――っ」

手が離れる。
途端に痛みが消え、身体が楽になった。
地面に倒れ込み、荒い息を吐いて。
痛かった。
苦しかった。
親に頬を打たれたときよりも、銃で頭を打ち抜いた怪我と痛みを肩代わりしたときよりも、今まで受けたどんな痛みよりも痛くて苦しくて。
それでも、やめようとは思えなかった。

「わたし、は、つよい、んだから……」

痛いのは嫌いだ。
苦しいのも嫌いだ。
愛があれば耐えられるけれど、今回はそれもない。
けれどそれは自分が受けるべきだと思った。
何故かはわからない。

「きらいな、ひとに……たすけられるなんて、わたしがよわい、みたい、っ、じゃない……」

だからそれはプライドだと思うことにした。
嫌いな彼女に助けられ、自分が受けるはずだった苦痛を勝手に全部背負われるなんてプライドが許さない。
そう思うことにした。

「べつに、あなたのためじゃ、ないわ……っ」

彼女の言葉に感じる、どこか暖かい感覚は気付かないことにして。

レイチェル >  
「……ああ、本当につえーよ」

彼女がどのような思いで手を繋いだのか。
それは無論、レイチェルの中で定かではない。
しかし、一つだけ確かなことは、彼女が求めているもの。
それを僅かでも、与えることができたら、と。
レイチェルは、そう考えていた。それが難しいことだとしても。

「嫌い、ねぇ……ま、嫌って貰っても構わねぇし、
 オレの為じゃないってのも、よく分かったよ。
 だから、お前にお礼を言ったのも、オレの勝手な我儘だと、
 そう思ってくれていい」

宥めるように、彼女へ寄り添うように、
レイチェルは言葉を丁寧に紡いでいく。
そして。
 
「あー……そうだ。
 ここからはオレの独り言だがな。
 オレの名はレイチェル。レイチェル・ラムレイだ。
 困ったことがあったら、いつでも風紀のレイチェルに連絡を
 寄越しな。一緒に、背負ってやるからよ」

そう口にして、外套を翻す。
もう少し、落第街を見回らなければならない。

フレイヤ >  
「――ふん」

ぐしぐしと涙を拭う。
全部知っている様な事を言う大人は嫌いだ。
だから別にあったかくなんてない。

「私を誰だと思ってるの。アースガルズ家の長女、フレイヤ・アースガルズよ。貴女みたいな人に頼ることなんて何もないわ」

すっくと立ちあがり、離れたところに落としていた鞭を拾い上げる。
それをまとめて腰のホルダーへ吊るし、彼女の方へ振り返る。

「――次は絶対負けないんだから」

きっと睨みつけて言い放ち、小走りで駆けていく。
彼女とすれ違ってからも決して後ろは振り返らずに。

フレイヤ >  

――嫌いな人に自分の嬉しそうな顔を見られるのは絶対に嫌だったから。

レイチェル >  
独り言のつもりだったのだが、しっかり届いていたようだ。
少しだけ嬉しくなって、レイチェルは嬉しそうに笑う。

「……フレイヤね。しっかり覚えたぜ。
 また会った時、話してくれよ。お前のこと。
 そしたら、一緒に背負ってやれることもあるかもしれねぇからさ」

そこまで口にして、彼女の最後の言葉には静かに返す。
次は負けない、つまり次も会うつもりがあるということ。
ならばこそ、この言葉を、あたたかな口調で、
レイチェルはフレイヤに返すのだ。



「……ああ、待ってるよ」

ご案内:「落第街 路地裏」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪眼帯の風紀委員。学園の制服に腕章をつけ、外套を羽織っている。>
ご案内:「落第街 路地裏」からフレイヤさんが去りました。<補足:ロングスカートのゴスロリ服、ロリータシューズ、鞭。首には革のチョーカー。>