研究区内にある羽月 柊の個人研究所。竜、龍、ドラゴンを専門に研究している。
建物の規模はさほど大きくなく、大型の竜がここに居る様子はない。

2020/08/09 のログ
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に羽月 柊さんが現れました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと手に様々な装飾品。くたびれた白衣。>
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に紫陽花 剱菊さんが現れました。<補足:紺色のコートに黒髪一本結び。紫陽花を彩った竹刀入れを携えた男性。>
羽月 柊 >  
今日も羽月研究所内は騒がしい。
今はシャワーをした後、無邪気にタオルから逃げ回る小竜を追いかけている柊がいた。

若干最近、自分の動きが鈍い。
以前の怪我で傷痕がまだ残っているせいだろうと思いながら、
ようやく小竜をタオルで捕獲して一息つくと、わしわしと拭く。
隣で身震いして水分を飛ばそうとする個体に、
魔法障壁を展開して、自分がびしょ濡れになるのを防いだ。

息子は防ぐ手段がないので一緒にびしょ濡れだ。
まぁ最後に自分で風呂に入るだろう。

さて、そんな日常の風景だが、来客を小竜の何匹かが知り、男に知らせた。


柊はセイルとフェリアを引き連れ、
その他の小竜の居ない来客用区画へ行き、玄関の扉を開けた。

「はい……――君は。」

扉の前に、居たのは。

紫陽花 剱菊 >  
羽月研究所、来客用区画。
後程公安の情報網を下に、あの時の騒動で出会った彼の居場所を調べた。
其の結果辿り着いたのが此処だ。
柊自身の個別研究所らしい。
其の場に静かに佇み、静かに扉が開くのを待った。
開いた先、現れたのはあの時と変わらない研究者の姿。
そして、柊に見えるのはくびれたコート姿の、変わらず静かな雰囲気を纏った男。

「どうも……。」

其の姿を視認すれば二本指を立て、一礼。会釈。
其の手には後時より賜ったデバイスが掛けられている。

「何時ぞやぶりか。其方に借りたものを返しに来たが……覚えていらっしゃるだろうか?」

羽月 柊 >  
確かにデバイスを渡した時、名乗りはした。
その時の僅かな情報量で、良くここへたどり着けたモノだ。

『借りたものを返しに来た』というのに、男は目を細めた。
正直なところ、貸したモノが帰って来る確率は低いと考えていた。
自分だって『トゥルーバイツ』と相対して、拾い上げることが出来たのは1人だけ。
疑似的に起動したように見せかけるデバイスは、
使い方によっては相手の神経を逆撫でする手段であったし、半ば賭け同然で渡したモノだ。

「……あぁ、覚えているとも。
 外で話すのは暑いだろう、時間があるなら中で話さないか。」

そう言って、剱菊を客間へ通そうとするだろう。

中へ入れば、空調がしっかりされている。
踵を返した時に前に来た紫髪を手で払い退ける。

中へ招いたのは暑いというのもあったが、
あまり外で詳細に話すような内容でも無いのもあった。

紫陽花 剱菊 >  
「御随意に……。」

最初に在った時と変わらず、実に静かなで、穏やかな声音で返事をした。
炎天下の中、剱菊は汗一つかいていない。
雰囲気も相まって、非常に冷ややかな空気を纏っているようにも見える。
柊に言われるままに付いていき、歩くたびに、黒糸のような髪が細かく揺れる。
移動する最中の剱菊の視線は、やや忙しない。
彼が異邦人と言うのも在るが、一入『科学』とは無縁な世界で生きてきた。
この様な研究所は、剱菊から見れば未知そのもの。
あれは何か、此れは何か。子どもの様な好奇心のままに、視線が泳いでしょうがない。

「其方は、何時も此処で何をされておられるのだ……?」

なんて、訪ねてしまう程に、ここの全ては余りにも物珍しい。

羽月 柊 >  
客人区画内はシンプルなオフィスだ。
完全に人間用と割り切っている為、奥にある小竜たちを飼育している区画のように、
彼らが出入りできるような小窓などの設備は無い。

ただ、魔術と現代科学の組み合わせで、人間が過ごしやすい空間なのは間違いが無いだろう。
靴を脱ぐことも必要無く、客間まで剱菊を先導した。
ただ男は人間で、背中に眼がついている訳でもなく、道中の彼の好奇心の視線は伺い知れない。

客間の扉を開ける直前に声をかけられ、男は振り向いた。
そうして最初に出逢った時の焦りとは対照的な冷静さではなく、
好奇心のままに動く目線に、人間味を感じるのだった。

しかし振り向くのに頭を振った時にチリと
自分に走った違和感から僅かに眼を細めたが、無視する。


「…ん、ここを調べて来たのなら知っているのかと思ったのだが…。
 ここは竜の研究所だ。」

そう言いながら、以前逢った時も一緒に居た、傍らの小さな白い竜の一匹を指差す。

「とはいえ、ここは客人用の場所だから、他は居ないがな。」

紫陽花 剱菊 >  
「飽く迄、其方の居場所を探していただけに過ぎず、其れ以上の事は……。」

失礼に当たるだろう、と思った。
諜報機関にはそぐわない思考だ。
 
「龍……。」

言われるままに、傍らに寄り添う白竜に視線を移す。
水底のように暗い瞳が瞬きもせずに
好奇のままに、白竜の姿を観察している。

「私の知る龍とは、随分と違う。あえかな子のような見た目だ。
 龍とは、猛々しく、天災と忌むべき災厄と思っていた……
 言の葉は通じず、天が下を蹂躙する滅び、忌むべき力の象徴。」

「此の世界では、斯様な存在なのだな……。」

よく覚えているとも。
己の世界で、唯々ありありとその力を示す強大な存在。
何が悪い、憎いという訳では無く
"天地を焦がし、命を蹂躙する力の象徴が龍の在り方"。
斯様な存在で在るが故に分かり合う事が出来ず
数多の武士が振り払う生ける天災。
図らずして、天災と異名を持つ剱菊は其の龍に対しては憚りながら、同情的ではあった。
だが、どうだろうか。あの時は気にする余裕もなかったが
柊が指した"竜"とは、其れこそ愛玩動物のような愛らしさ。
此れがあの、"龍"だというのか。
白竜を見る表情は、何処となく憂いを帯び、何とも言えない様に眉を顰めた。

「……嗚呼、忘れぬ内に渡しておかねば……。」

柊へと向き直れば、彼から預かったデバイスを差し出した。
彼の付けた装飾も、何もかも預かった時と変わらない。

「……畢竟、出番は無かったが……あかねの場所までいけたのも、其方のおかげ……。」

「ありがとう。」

はにかみ笑顔で礼を述べた。

羽月 柊 >  
"竜"と"龍"、それから"ドラゴン"は、
それぞれ同じモノを指しているようで違う。

ここにいるのは竜ばかりだ。
一見すれば爬虫類とも区別つけ難い種もいる。

「いいや、そういった"龍"もこの世界には間違いなく存在する。
 うちで研究、飼育しているのはもっと下位の竜だ。

 ただの1人の人間が、そんな自然の権化を御し切れはしないからな。
 しかし、"この世界"か…他の世界を見たような言葉だな。」

右耳の金のピアスが揺れる。

大自然の体現者たる龍、神と一重たる龍、
破滅の象徴たるドラゴンは、ここには欠片しかいない。
小型化されていなければやがてそう言った種になりゆくモノもいるかもしれない。
だが、ここは所謂、下位の為に"品種改良"された小竜たちを飼育している。

それでも彼らは間違いなく、世界の申し子たち。

客間へ入る。
傍らの小竜たちは一匹は男の肩に留まり、
一匹は対面になっているソファの片方へ行くと、背もたれの上へ着地した。
その状態で、飲み物を準備する。珈琲、紅茶、普通の麦茶。
何が良いかと聞いてくるだろう。

男はまだ、剱菊が異邦人であることを知らない。

「あぁ、付随のモノが返ってくれば十分だが、…そうか、出番は無かったか。
 ……結局、結果はどうだったんだ。君は、生きて帰って来たが。」

笑顔を見る限り、悪い結果ではないとは思いたい。

自分が言霊に込めた祈りは、成就されたのか。


 自分と同じ苦しみを、彼は、背負わずに済んだのか?


 

紫陽花 剱菊 >  
「……あかねも無事だ。彼女は、『真理』に挑む事は無かった……。」

赤裸々に、静かに柊へと語る。
トゥルーサイト跡地地下で彼女と対峙した事。
多くの人間の縁が繋がり、そして彼女に届き
彼女自身が『真理』に別れを告げた事。
そして、騒動の"ケジメ"としてまた地下で補習を受けている事。
何一つ赤心のままに語った。大団円とはいかない。
だが、其の意地と我儘だけは通す事が出来た。
語る剱菊の表情は満足とはいかない。
然れど、笑顔で在った事は間違いない。

「斯様届いたのも、柊。其方のおかげでも在る。
 唯の通りがかりの私に手を貸して頂き誠、感謝している。」

渡されたデバイスもまた、彼女を紡ぐ縁だっただろう。
彼の出会いは偶然かもしれないが
日ノ岡あかねを救うには充分な糸だった。
だからこそ、気がかりとも言うべきか。

「……故に、其方の思う所が聞きたい
 ……と言うのは、些か小賢しいだろうか?」

デバイスをあの時持っていた彼なりに何か、思う所が在った。
其れは相違無い。あの時も語ったのは己の方だ。
故に、剱菊は柊の胸中、赤心を聞きたいと思った。

其の傍ら、肩に留まる白竜を一瞥した。

「……自然の権化も、斬れれば相違無く。
 私は、異邦人故に。余りこの世界の物を知らなんだ……。」

「しかし、成る程……下位……龍の子とは、違うのだな……。」

隠す事でも無く、己が異邦人であることを明かした。
隠すべき事だとも思っていない。
かくも、この世界には龍にも位が存在するらしい。
ともすれば、此れは人の手に懐かせる事の出来る獣と相違なく見える。
剱菊の知る龍とはあまりにもかけ離れた存在。
無論、剱菊は其れ等に品種改良がされてる事も知らない。
この世界ではそういうものだ、と分かっていても……。

「……あな、おかし……。」

自分の知る存在とかけ離れた在り方に、憐れむように言葉を零した。
因みに飲み物は割と何でも飲めるが麦茶にしておいた。
玉露無くば、此れが尤も馴染み深い。
静かに、静かに柊の対面に腰を下ろした。

羽月 柊 >  
「異邦人故の先入観は仕方あるまい…。
 だが、下位の竜でも、言葉は慎んだ方が良いかもな。」

ソファの上に居た紅い二角を持った方の小竜が、
剱菊の発言を聞きながらじぃっと見つめ、キュィ、という鳴き声と共にそっぽを向いた。

柊は、彼らの言葉を理解している。
客人であるそちらから見れば、
興味を失くしたか、機嫌を損ねたように見えるかもしれない。

――彼らには小さくても大人と変わらぬ知能がある。それを、剱菊は知らない。

憐れまれるのは、彼らにとって心外であった。


「――そうか。」

最後に出逢った"外見が同じなだけの少女"を見て、
もしかすれば祈りは成就されていないのかと気にかかっていた。

日ノ岡あかねが『真理』に挑まなかったと聞き、少し長めに息を吐いた。
喉奥につっかえていた何かが取れた気分だ。

自分が関わったモノでもう一つ、拾い上げられた命があった。

そう思うのは高慢なことかもしれない。
きっと、自分では彼女に手を差し伸べられはしなかっただろう。
きっと、彼でなければならなかったはずだ。

その役割(ロール)は、彼にしか出来なかったはずだ。

それでも、朗報だと胸を撫でおろす。

「……安堵しているとも。
 例え成功率が僅かにあろうとも、『真理』に手を伸ばさなかった事にな。
 
 言っただろう。俺は、"君の失敗例"だ。
 己の望みの為に、それまでの何もかもを投げ捨てて手を伸ばしたモノが、身近に居た。
 ……肩入れやエゴだとしても、君に同じ思いをして欲しくなかっただけの偽善だ。
 君に昔の自分を重ねるのは、無礼だとは思っているが。」

己の心中を問われれば、男はそう答えた。

飲み物を二人分出し、小竜たちへ小皿に飲みやすいよう林檎100%のジュースを注いで、
ソファの前にある低いテーブルの前に並べて剱菊の前に座る。

紫陽花 剱菊 >  
「……物を知らぬが故の失言、失礼致しました。」

言の葉を理解し、唄おうが其れは全て滅びの調べ。
己の知る龍はそうだが、如何やら柊の言葉と小竜の態度を見るに
人相応には意思と感情を用いるようだ。

……此れでは一入、愛玩動物では無いか。

そう思わずにはいられなかったが
此れが此の幽世の有り様なら受け入れない訳にはいかない。
世間の常識を是非を唱える程、剱菊は捻くれていなかった。
故に、生真面目に、視線を逸らした古龍にもしっかり頭を下げた。
唯、剱菊は嘘を吐けない正直な男。
未だ漠然と腑に落ちない幽世の常識に、訝しげな表情を浮かべていた。

「…………。」

つまり彼は、取りこぼしてしまったと言う事になる。
己の失敗例。我儘を通しきる事出来ず、取りこぼしてしまった、と。
剱菊は静かに、首を振った。

「……いえ、私も大層人の事が言えぬ程には"前に歩く"のが下手な人間と
 多くの友垣達に教えられた所存。其方の行いを偽善とは、私には到底思えない。」

「畢竟、斯様に他者を思いやった結果成れば、在るべき人の性、かと。」

有体に言ってしまえばだれもが持つ優しさ。
そう、言ってしまえば普通の事だ。
だからと言って、それで終わりと言う訳では無い。
いみじくも、剱菊は柊に不透明な共感を覚えていた。
推されるままにでも、我武者羅に進む前の己。
即ち、刃としての在り方で停滞を選ぶ薄氷の生き方。
暗い瞳が、細くなる。水底に差す僅かな光が、柊を見据える。

「……然るに、詳しく教えて頂けないだろうか?貴方の"失敗例"と誹るものを。
 私に影法師を思い馳せるので在れば、聞く権利は在ると存じ上げるが……如何だろうか?」

歯に衣着せぬ男故に、其の聞き方は全て真っ直ぐなものだ。

羽月 柊 >  
己の愛したモノへ
相対した言葉が一つでも違っていれば、
もっと早くその手を取っていれば、そう思わぬ日は無い。
どれほどの"もし"を繰り返しても、自分の隣に最早……愛するモノは居ない。

『トゥルーバイツ』の誰もが抱えた喪失と空白が、自分の中にも棲んでいる。

取り残された側だから、
自分のように取り残される思いをするモノが新たに出来ることが嫌だった。

――そこに、自分を見てしまうから。

だから、男は、己を偽善と言う。
どれほどに善人と言われようと、自分の知る多くの言の葉を持って、
森の中に隠してしまおうとするのだ。


「……君は、なかなか残酷な事を聞くな。」


過去を問われれば、剱菊からその桃眼を逸らした。
右耳の月が、照明で瞬いた。

羽月 柊 >  
「……――彼女は幼馴染だった。」

真っすぐに剱菊を見ることが出来ないまま、無為に壁を見つめて喋る。
その瞳の光は、どうしても濁った。

桜の樹が揺さぶられ、花びらが舞い散る。

「彼女も俺も、昔は何の力も持たないただの人間だった。ただの子供だった。

 彼女は人一倍努力家だった。
 力が無いから力を手に入れようとした。
 俺は彼女を追いかけて、隣に並び立った気になっていただけだった。」

彼女が何に苦しんでいたのか、失ってからしか理解出来なかった。
それだって、情報からの憶測と言う名の表面上だけのモノだと男には思えた。

右手が、己の右頬を撫でる。
そこにある金属の冷たい感触を確かめるように。

そこに、罪人の証を見て、己に罰を与えて安堵するように。


「どれほどに傍に在ると、共に歩むと言っても、俺の言葉は通じていなかったんだろう。
 彼女は大きな過ちを犯し、惨劇の中、"跡形もなく消えた"。

 ……後に残ったのは、過ちと罪の"象徴"と、変わってしまった"俺"だけだった。」

せめて骸さえあれば、せめてそのひとかけら、彼女が在れば、

まだ、諦められたかもしれないのに
まだ、理解できたかもしれないのに
まだ、納得して飲み込めたかもしれないのに

……目の前が霞む。思い出したくない。
そのまま右目を掌が覆う。

――右目は、過去を見る瞳だと言う。



「………嗤って、くれ。こんな、……こんな、無様な、男を………。」


そう、掠れた声が罰してくれと訴えて………"かすみ"、と、音の無い唇が紡ぐ。

紫陽花 剱菊 >  
「言葉の綯い交ぜ、かかずらうば、忖度を推し量る事も出来ぬもので……
 心眼持ちえども、心根を見透かせる程器用に非ず。どうか、ご容赦を。」

畢竟、何も言わずに語らえるので在れば
『トゥルーバイツ』の一件も、或いは己の故郷さえなかったのかもしれない。
"人"としての紫陽花 剱菊が、あの騒動で学んだ人同士のすれ違い
故に、真摯に、目の前の人物に問う。
其れが如何に残酷で在ろうと、傷つこうと
時には必要な痛みだと、理解する。

「…………。」

彼が語る過去は、さながら懺悔のように聞こえた。
或いは、本当に其の通りなのかもしれない。
ひた向きにな迄に突き進み、目的の為に走り続ける幼馴染。
成る程、似ている。ともすれば、"失敗例"を自称するのも理解出来る。
唯、静かに耳朶に懺悔を浸し、尚も黒の双眸が真っ直ぐ柊を見据える。
例え、柊が空言の海を見据えていようとも、紫陽花剱菊の姿勢はしかと、目の前の男を見据えた。

「……成る程。故に、偽善、と……。」

其れは、愛するものを止められなかった己への自戒か。
たった一つ、余りにも重大過ぎる取りこぼしが今も尚
彼の体を縛り付けている。覆った右目は、一体何を見据えているのか。
憶測を口にはしない。唯、嗤えと言われて、其れを嗤う程腐ってはいない。

静かに頭を振った。細かに揺れる黒糸は、さながら風に揺れるようだ。

「……"たられば"の話はしない。
 私が貴方に"成り得た"可能性は
 敢えて今は、口にはしない。」

故に今、此処にいる紫陽花 剱菊が、語らう。

紫陽花 剱菊 >  
「失った事が、止めれぬ事が咎とし、己が心を偽善と宣う成れば
 "あらゆる生命を悉く斬って捨てた私を、如何様に見ますか?"」

「無論、貴方の幼馴染と無辜の生命を比べようなど、烏滸がましい真似はしない……。」

「私は、異邦の民。乱世の世に、生まれました。
 群雄割拠、覇を競い合い、戦が絶えぬ世。
 吹けば散る生命は花びらの如く散る。」

「端無くとも、そうせねば生きていけぬ時代。
 私もまた、武士の一人として、多くを斬りました。
 無辜の民草、友、家族。太平の世を夢見、一切合切。」

「其れが"役割"成れば、八千代の間、己は"刃"として生きる所存……。
 しかし、私は世界に、民草に疎まれ、『門』を通じ幽世へと流された……。」

「流刑の遊子。其処で私は、多くの輩と縁を結んだ。日ノ岡あかねも、其の一人。」

「……彼女を想ったのは、彼女にかかずらう宵闇。
 音無き世界を憐れむが故に庇護。然れど……。」

「彼女の仕草、生き様、人。一人の女性として惹かれ、愛しました。」

「……"刃"のままでは彼女の手さえ取れはしまい。
 故に、"人"として生きると決め……多くの失敗を重ね……」

「多くの支えを、賜った。」

自分が此の幽世で紡いだ縁。
考えれば、余りにも身に余る幸運だ。
はにかんだ笑顔を浮かべ、言葉を続ける。

「……無論、貴方ともそうだ。
 然るに、あかね以外も救おうとし
 私も幽世を駆け巡った。」

「……結果は、あかね一人しか救えなんだ……。
 最悪の結果を避けても、多くの生命が、零れ落ちた。」

欲張りと言われればそうだ。
既にこの手は、多くの血に染まりすぎた。
其の道の人間が見れば、紫陽花 剱菊が纏う"死臭"は噎せ返るほどに濃い。
大切なものを取りこぼし、嘆き、咎に繋がれて停滞する者。
其の先にいるのは、多くの生命を自ら奪い、今更過ぎる変化を遂げた一人の咎人。
故に影法師が、霞に囚われ前すら向けない朧げな男の言問う。

「……柊殿。」

「あかね一人だけを見れば、或いは成功とも言えよう。
 然れど、私の生を一から見れば、其の資格があったと見えるだろうか?」

紫陽花 剱菊 >  
 
     「其れを偽善と言うので在れば────……私の愛も、"偽"なのだろうか?」
 
 

羽月 柊 >  
「……………。」

相手に自分を重ねている癖に、自分を偽善だと言うならば、
剱菊の行いも愛もまた偽であるのかと、そう問われる。

苦々し気に男は眉を寄せ、桃眼を伏せる。

右目を覆った手が離れない。離せない。


「……――理屈は、言いたいことは、理解は…出来る。」


酷く長い沈黙の後、男はそう口を開く。

分かっている。

分かっていても、己の罪の意識が、感情が、否を突き付けて来る。
理性と感情が分離した状態というのは、酷い矛盾の塊を抱えた地獄である。

それほどに、男の喪失は、空白は、大きい。

「……俺もまた、葛木一郎という1人を救った。
 君が日ノ岡あかねを救えたように、
 幾人の助けが、支えが、縁が……そうさせてくれた。

 再び他人と共に歩む機会に恵まれた。」

分かっているんだ。

自分が独りではないことは。

どれほど今、自分が多くに支えられているか、
どれほど今、自分が恵まれた状態なのか。


「君に失礼だと理解できている。
 ……だが……すまない、どれほどに理解は出来ても……。」


       分かって いるんだ


「…己を苛み、責めることを、止められないんだ…俺は。」
 
…目を背け続けて来た。灰色の世界を歩き続けて来た。
そんな過去を、簡単に無しに出来るほど、出来た人間じゃない。


男は、まだ、一歩を踏み出したばかりだ。

走り始めた、ばかりだ。

己の傷に、向き合い始めたばかりだ。

紫陽花 剱菊 >  
「……否、私も憚りながら、臆面なく過ぎた言葉を申し上げた……。」

実際己も言える立場かと言われれば否、だ。
其れでも、其れでも言わねばならない。
似た者同士、と言うのは余りに失礼だが
傷に向き合う痛みを、漸く理解したのは、己も同じ。

「然れど、理解出来ているので在れば重畳。
 ……柊殿。私は、己の世界で斬った人間の顔は、"当に忘れている"。」

「其れほどまでに、私にとって生命とは軽いものだった。」

最早、名も顔も覚えていない。
生命と向き合う事すらしない。
全て一刀で斬り流す。
そうすれば、痛みなど微塵も感じない。
其れが、"刃"。

「……斯様な騒動の中、あかね以外は悉く取りこぼした。
 其の時の彼等の顔も、生命の重さも、覚えている……。」

「─────慰霊に立ち会った際、思わず立てぬ程、重かったよ。」

故に、彼が如何様に迄苦しんでるか理解している。
名しか知らぬ、斯様な生命でさえ重くのしかかる。
追いかけてきた、心の穴の喪失。
其の傷の痛みなど、易く推し量れるものでは無い。
面映ゆい限りだ、と軽くこめかみを抑えた。
苦い表情だ。其れでも尚、はにかみ笑顔でも絶やさずに
両の瞳は、しかと柊を見据えたままだ。

「……其れは彼等のみ成らず
 最早夢浮橋の彼方の彼等の生命
 其れ等を合わせた生命の重さ……。」

「……私も今も尚、己を責め立てるべきだろう。
 故に、貴方に『止めろ』とは申し上げれないが……」

胸にあの、陽の熱さが蘇る。
そっと、右手を己の胸に添え、脳裏に友垣の言葉が蘇る。

「痛み迄喪ってしまっては、死人と言えど、浮かばれぬ。」
<痛みまで麻痺させたら、死んでしまった人は浮かばれない>

「……故に、私は其れは『正しき自責の痛み』と肯定する。」

「然るに、来し方行く末……其の痛みを忘れぬまま、進むしか我等は他成らず。」

「すずろのままに、在るがままに……例え、牛歩と言われても、進まねばならない。」

また、残酷な事を言っているだろうか。
唯、唯これを言う己も"そうではない"。
言い終えると、静かに頭をゆるく振った。

「……柊殿。私が進めたのは、宵闇に囚われた逢魔々刻が……」

「『日ノ岡あかね』と言う『導』が在ればこそ、進めただけの話。
 今、彼女は此処に居ず、己の咎を清算し、相見えるその日まで……。」

「私もまた、孤独の道へと投げ出されたばかり……。」

「────私とて『進めている』かうたたに怪しいものだ。」

事全てを終えて『待つ』と約束した『待ち人』の一人。
然れど、其処までだ。明けぬ夜は今は無い。
身に余る贅沢を口にしているのは理解している。
彼と比べてしまえば、此の場で斬られても文句は言えまい。
だからこそ、己が言う。

「……だからこそ、私は歩みを止めない。何処へ向かうかは、私も知り得ない。」

「唯、すずろの赴くままに……」

故に、だからこそ、進まねばならない。
一寸先光の見えない闇で在ろうと
音も聞こえぬ世界で其れでも『前向き』になり得ようとした。
其の世界で生き続けていた少女を知っているからだ。
こんな所で足を止めてたら、嗤われてしまう。

「私を影法師と見た貴方は、正しく夕暮れに伸び切った先成れば……
 私めと共に、歩む先を見つけるのも一興と思うが、如何だろうか?」

だからこそ、己の也に、あの少女にやったように
言葉のままに言問いかける。
影法師と例えるのであれば、進む先は繋がっていよう。
静かに剱菊は、其の右手を差し出した。
伸ばす先は、其の右目を覆う掌。
独りで見えぬので在れば、と支える鉄のように冷たき体温を持ちえても
暖かな人の心の温もりを持った、確かな手で支えようとした。

羽月 柊 >  
肩の小竜が男に頬擦りをする。
もう一匹も男の膝上にひらりと飛んできて見上げる。

 ずっと傍らで護り見ていてくれた。

 似た記憶と認識を持っていた。

 愚かさも愛そうと言われた。

 手を貸すと言われた。

 支えるから走れと言われた。

 己の物語を誇れと言われた。


 ……己の事を善人だと、躊躇うことなくそう言ってくれた。


そうして今もまた、こうして手を伸ばしてくれるのだ。
これを幸運と言わずしてなんと言うのだろう。

一歩を踏み出すことの出来た男が、その手を取らない選択肢は存在しない。

日ノ岡あかねが彼に救われた意味が、
僅かばかりに分かった気がした。

気がしただけだが。


「…………全く…俺の周りは、…お人好しばかりだ……。」


右目から手を外せば、急に光を摂取した目が、
左右で違う光景を見せた。

そこに思わず眩暈を感じる。

相手の手に触れようとしたのだが、ぐらりと意識が振られた。


「―――……ッ。」


意識を刈られる程ではないのだが、左手で上肢を支えようとソファに手をついた。

紫陽花 剱菊 >  
手をついた傍ら、剱菊の両手が双肩に添えられる。
人の体温とは違う、鉄の如き冷たい両手。
然れど、刃で在った男の心は日天子の調べ。
陽の温かみを持った、朗らかな春うらら。

「……大事ないか?」

心配する剱菊の顔が、眩んだ視界から柊の顔を覗き込んだ。
己も人の事は言えたものでは無いが、何ともか細いと思ってしまった。
喪失した人間の、埋めきれぬ穴を抱えているからこそか。

「……偏に、同意を禁じえない……。」

お人好しばかり。
全く以てそうだ。
己を取り巻く縁もまた、彼と同じ
そんな優しさで結ばれ、支えられた。
だからこそ、敢えて言おう。

「────故に、我等は救われ、此処に在り。」

傷つきながらも、痛みを抱えながらも
だからこそ、歩けるのだ、と。
朗らかに微笑んだ顔は、真、陽の日差しのように朗らかだった。

羽月 柊 >  
「あ…あぁ…すまない、真面目な話をしていると、いうのに…。」

柊の顔色は良くない。

初めて"音"として口から吐き出した詳細な過去の打撃は、大きかった。
言葉という音の呪いは、そこまで男を深く穿っていた。
眼前に突き付けられた時よりも、自分で自分の中へ音を響かせた時の方が、
自覚し直してしまうだけ傷が深かった。

そうして、振り切って無理矢理走り始めた反動が、今になって襲い掛かって来たのだ。
体力や怪我は限度はありこそすれ、その場で魔術で治せてしまう。

だが哀しいかな、やはり彼は"ただの人間"だった。

これまでに重なった疲弊や心労、あるいは無理に日常に戻ろうとしたこと。
この短期間の激動が、知恵熱にも近い形で、男に牙を向き始めていた。


「……あぁ、…人生とは、何が起きるか、わからんものだな…。」


どれほど後ろ暗い人生を歩んできても、
それでも自分もまた、善人だと言われるほどなのだから。

ソファの背もたれに体重をかける。


『……還れ、汝は意味を失う。』

このまま話が崩れてしまう前にやることを思い出し、言霊を紡いだ。
テーブルの上に置いてけぼりだったままのデバイスから、
魔石が二つと、金属のキューブが分離して硬い音を立てた。


「……"紫陽花"、デバイスは…持って帰ると良い。
 魔石と金属が、戻れば、俺は良い…。
 俺が持つ意味も無いし、興味も、無い。
 …何か小さくても…形があった方が、…救った実感もあるだろう。」


そう言って長く息を吐く。
調子が悪い時に魔術の行使は良くないのは分かっている。

紫陽花 剱菊 >  
「……否、相違無く。貴方にとっても、今は休まれる時かと。」

漸く其れを受けいられたと言うので在れば、己から言う事は何もない。
受け取り方も進み方も十人十色。其れが如何に深い傷かは理解している。
だからこそ、労うように数回肩を撫でれば、少しばかり体を離す。

「……全く以て……。」

己が"人"としてこうして生きていられるのも
こうして笑えるのも、"刃"の己からすれば考えられまい。
全て、人と人、人足ればこそあり得た話。
彼の様な善人とは言えまい、だが紫陽花 剱菊と言う男の本質は……。

「然は然り乍ら……このまま其方を放っておく訳にも行くまい。
 斯様な場所で寝ても、返って風邪を引こう。
 私の責務でも在る。何なりと申されるが良い。」

羽月 柊の言う、"お人好し"他成らない。
朗らかな笑みを絶やさぬまま、再び手を差し伸べた。
今日一日程度であれば、彼の世話をする事も問題あるまい。
影法師らしく、夕暮れが沈むまで付き合おう。

羽月 柊 >  
「…あぁ、そうだな……そうさせてもらう…。」

流石に無理をしすぎていたと自覚する羽目になった。
全くいい年した大人が、自分の体調管理も出来ないとは情けなくなってくる。

「奥に息子がいる…小竜たちに呼びに行かせるから、
 彼さえ来れば、君は帰っても問題ないとも…。
 だから、この子を廊下に出してくれるか…それだけでいい。」

膝上の小竜が飛び立つ。
来客用のここでは彼らはヒトの手で無ければ奥へ戻れない。
剱菊が指示にしたがってくれるならば、
しばらくすると奥から息子と呼ばれた黒い翼を持った青年が、人型の合成獣が走って来るだろう。

青年と休憩室のベッドまで一緒に男を運び、
そこからは帰るも何か手伝うも、そちらの自由だ。

そこで彼らが何を話したかは、彼らのみぞ知るのかもしれない。



これはお人好したちの物語。
零れる命を拾い上げ、走ったモノ達の軌跡。

蝶がそれを辿るように、飛んでいく。

ご案内:「研究施設群 羽月研究所」から紫陽花 剱菊さんが去りました。<補足:紺色のコートに黒髪一本結び。紫陽花を彩った竹刀入れを携えた男性。>
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」から羽月 柊さんが去りました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアスと手に様々な装飾品。くたびれた白衣。>