研究区内にある羽月 柊の個人研究所。竜、龍、ドラゴンを専門に研究している。
建物の規模はさほど大きくなく、大型の竜がここに居る様子はない。

2020/08/10 のログ
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」にカラスさんが現れました。<補足:待合済:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。>
カラス >  
「…あ、理沙さん。おはよう、ございます。」

羽月研究所の居住区画。小竜たちの箱庭。
理沙が出勤してくると、その日は合成獣の青年1人が小竜たちの面倒を見ていた。
ブラシで毛がある種類のブラッシングをしている。
ブラシについた毛も素材に使うので、丁寧に集めながら。

今日は柊の外回りの仕事はこの時間、無かったはずなのだが。
柊の姿は見当たらない。

そして、柊といつも一緒にいるはずのフェリアが青年の近くを飛んでいる。

周囲の音に反応し、彼の羽根耳がぴこぴこと動く。

青年の仕草は足の違和感を除けば、……とても鳥人らしい。
腰の翼が疑似的に再現された草原の上で、他の小竜たちのクッションになっていたりするが、
彼が少しでも動けば、素直に退いてくれる。

また、今日はどこか小竜たちの数が少ないな、と感じるかもしれない。
扱いが少し特殊な希少類や、肉食の爬虫類に近い系統が特に。

ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
日下部 理沙 >  
「おはようございます、カラス君」

相変わらずの作業着で、いつもの時間に出勤してくる理沙。
流石に仕事にも少しだけ慣れてきた、仕事道具をいくつか手に持ちながら、まずは掃除を始める。
生物を扱う以上、掃除は大なり小なりほぼずっとする事になる。

「今日は先生はどちらに?」

カラスと一緒にいるはずと当て込んでいた理沙は不思議に思い、そう尋ねる。
小竜の数が少ないも気になる。

カラス >  
慣れて来たとはいえ、今日の数でも相変わらず理沙は小竜に集られている。

竜語の翻訳で互いに話が出来るようになったおかげで、
突撃されたり、その白い翼を引っ張ったり甘噛みしたりするのは減っただろうが。

「あ、えっと…お父さんは…今日は多分、起きてこないと、思い、ます。」

耳羽根を下にさげて、ちょっとしょんぼりとした顔をした。


「その、最近ずっと怪我したりとか、いっぱいしてたので…体調、崩しちゃった、みたいで。」

ブラッシングの手を止める。
大丈夫だよーとか周りの小竜に励まされたりしている。
フェリアに至ってはお姉さんのような振舞いで、他の小竜を軽く統率している。

合成獣の青年は、歪ではあったが、
彼を取り巻く小竜たちは、まるで彼の兄弟姉妹のようだった。

「なの、で、ええと……変温動物って、分かり…ます?
 冬眠出来る子は今日は、そういう所に、居てもらっているので、
 今日のお仕事、は、冬眠が無い子の分だけ、です。」

それでも半分の数とはいかないだろう。
青年が説明できるということは、彼らはずっと、こんな日々を送って来たのだ。

日下部 理沙 >  
「ああ、臥せっていられるのですか……それは御労しい」

聞き及ぶところの『人命救助』の無茶と、連日の酷暑が祟ったのであろう。
ならば、無理もないことだ。
理沙は一先ず納得して、一先ず作業を続ける。
言葉が通じるお陰で、小竜の世話はそれほど手間ではない。
今まで何とか羽月とカラスの二人でやってこれた理由も、今なら良く分かった。

「冬眠って……そんな気軽にできるんですか?
 いや、それ以上に……凄い信頼関係ですね」

いくら話ができるとはいえ、『仮死状態になってくれ』といわれて二つ返事と言うのは凄い事だ。
そも、冬眠という行為自体、かなりの体力消耗を強いる行為の筈だ。
失われる体力も尋常ではないと聞く。だからこそ、冬眠する動物は冬眠に備えてあらゆる準備をするのである。
まぁ、竜はそうでもない、という可能性もないでもないが。

カラス >  
「お父さん、時たま、自分が人間なの……忘れちゃうとこ、あります、から…。」

羽月 柊は、以前理沙に見せたように、本来は魔力も何も持たない人間だ。
好きでやっているとはいえ、その身体は丈夫かというと年齢通りである。

世話の手間の軽減に関しては、
フェリアという疑似的な群れの頭が居るのも大きいだろう。
彼女は会話する機会も多くあり、柊について回っている分、彼の業務を良く把握している。

カラスが対話練習も兼ねている為、要所で声をかける程度では、あるが。


「えっと…あんまり、気軽じゃ、ないです…。
 夏なので、出来れば、やらない方が良いんです、けど、
 それだと皆…共倒れになっちゃうので……だから、皆、分かってくれます。

 冬眠用のカプセル、並んでる部屋が、あって、そこで、お父さんが大丈夫になるまで…。」

人員が足りているならば本来はしなくて良いことだ。
理沙が居る分、しなくて良い個体たちも居たのかもしれない。
しかし、今回は彼らにとって初めてな分、いつも通りにするしかなかった。

落ちている毛を手帚で丁寧に集める。
換毛期は終わっているとはいえ、そこそこの量がある。
こういう毛などの端素材は学園に卸したり、薬になったりする。

それを種類ごとにジップロックつきの袋に入れて、カゴに固めておく。

日下部 理沙 >  
「まぁ、夏に限らず、本来はやらないに越した事ないですもんね……」

話を聞けば聞くほど、理沙は難しい顔になる。
そも、冬眠はやる必要がない環境にいれば……する必要がないことだ。
動物園にいる動物はどの個体も冬眠は行わない、
生きるために仕方なくすることであって、環境が許すなら……そんなリスキーな事はする必要がない。
それを野生環境でもない此処でさせるというのは、理沙からすれば忸怩たる思いだった。

「やっぱり、人手がいりますね、彼等の為にも」

作業をカラスと共にこなしつつ、理沙は決意を新たにする。

カラス >  
「…俺、とかは、お父さんが、恒温動物に、"してくれました"けど…。
 ……あ、エルド、次は君の、番だよー。」

この青年は合成獣である。
詳細はまだ理沙は知らないだろう。
彼がどんな服装の時にも、良く目立つ大きな首輪を欠かしていない意味も。

と、ドームの高い所を飛んでいる飛竜種に声をかける。
一部の小竜には、彼は敬語を使わない。
おそらくカラスにとって、妹や弟のような個体に対してそのような振舞いをしている。


集る小竜たちに退いてもらい立ち上がると、
青年はごく自然に腰翼をひと羽ばたきさせて、捕まえに行った。

彼の翼が起こした風が、理沙を撫でる。


そうしてしばらく空中で小竜と追いかけっこ。

なかなか捕まらずに居たが、
飛ぶ時の姿勢や動きはとても安定している。

やがて捕まえたーという声と共に、降りて来るだろう。

日下部 理沙 >  
「……」

まぁ、やっぱ、飛べるよなって顔でカラスを見る理沙。
眼鏡を掛けなおして、頭を振る。
思うところがないと言えば嘘になるが……まぁ、『よく見る光景』だ。
この世界では、普通、翼が生えて言えば『飛べる』のだ。
理沙の方が普通ではない。
これはもう、認めざるを得ない。

「……お疲れ様です。
 しかし、元は恒温動物じゃなかった、ってことですか。
 大変でしたね……」

務めて笑顔を作って、労う。
飛行のあれこれは、見るからに理沙のそれとは方式も違う。
色々考えても詮無いことだ。

カラス >  
青年は理沙の懊悩を知らず。
また、理沙も青年の懊悩を知らない。

普段はおどおどとしたカラスだが、
流石に飛ぶことに関しては、なんの疑いも無くこなすのだ。

それが彼にとっての普通、理沙にとって普通ではないこと。

互いにとって隣の芝生は青く見えるのかもしれない。


「はい…えっと、
 元々……元々は、鴉の遺伝子が、表面にある、
 竜とか龍がいっぱい詰まってる、ので…。変温する、ほぼ見た目、鴉というか…。」

そう言いながら首元の首輪を隻手で撫でた。
彼もまた、竜に関連があるもの。
それを息子と呼ぶならば、柊にとってカラスは…彼の手によるものなのか?

もしかすれば、魔術学会で彼について細かく調べれば詳細を知れるかもしれないが…。

捕まえて来た小竜のブラッシングも終え、
水棲種の給餌にと、話しながら疑似再現された川と池の所へ行く。

日下部 理沙 >  
「まぁ、キメラとなると……得するばかりじゃないですもんね」

普通のキメラは『得する事ばかり』を掛け合わせようと思って作るものだが、毎度うまく行くはずもない。
また、実験が純粋に目的なら敢えてそういう『剪定』をしない可能性もある。
いずれにせよ……突っ込んで聞くことではない。
根掘り葉掘り聞いても、相手も気分が良い事じゃないだろう。
とはいえ、話題が無いのも気まずいので。

「そのチョーカー、気に入ってるんですか?」

作業を続けながら、軽く尋ねてみる。
何かと気にしているように思った。
理沙の気のせいかもしれないが。

カラス >  
水棲種をちょっとした水槽に移し替えて、
台車に乗せて、身体の調子を見た後に、そのまま魚などの給餌。

水族館などだと、三枚におろしたりして薬を塗り込んだりするが、
二人体制でそこまでは出来ておらず、
せいぜい薬が必要な時は、魚の口へ放り込んでそのまま食べさせている。
ボリボリと骨を砕く音が川のせせらぎに混じった。

「……俺は、その…"失敗作"…なので。
 この首輪は、制御装置、みたいな、感じ……です。
 いっぱい詰まってるのに、魔力とか全然、制御出来ないから……。

 お父さんが、言うには、これで魔力を練って、今の姿にしてる。
 それに、これをつけていれば、キメラだからって、うるさくも言われないって。」

よく首輪に触れるのは、そうすることでどこか安心感を覚えるからだ。
上手く言えないのだがここに居ても良いと思える。

セイルやフェリアと同じく自身に改造を加えられた身ではあるが、
青年は父と呼ぶ彼のことを慕っている。
言葉と頭脳と、五指の両手を手に入れた以上、鴉は獣として生きることは出来無い。
彼はこの研究所で唯一、学園に通い、小竜たちより一足先に自己の権利を得ているモノでもあった。

日下部 理沙 >  
「……なるほど、すいません、差し出がましい事聞いちゃって」

聞くべきじゃないことだった。理沙は少し後悔した。
まぁ、事前にわかるはずもないことではあるが……結果的に言いたくも無かろうことを言わせたことに違いはない。
羽月とカラスの間に何があったのか、当然理沙はしらない。
だが……今の話を聞いただけでも、『並々ならぬワケ』があることだけはわかった。
おいそれと首を突っ込んでいい話ではない。
自らの行いを心中で戒めながら、理沙も黙々と作業をこなす。
カラスと一緒に魚の口に何やら薬をつっこみながら、それをまた小竜の口につっこんでいく。
二人では作業量は当然多い。
まだまだ、やる事は山積みだ。

カラス >  
「あ、いえ……ごめんなさい。
 でも多分、いずれは、わかっちゃうことだと、思うので…。
 その、俺のこと、は、お父さんのせいじゃ、ないから……。
 そこだけは、分かってください。」

青年はそう言う。
本当に、確かな日常の不安や不満はあれど、
男の元で育てられている彼らは、よく彼に懐いていて、感謝していた。


多少慣れたとはいえ、まだまだ新しいことがたくさんある理沙と、
作業内容を知っているとはいえ子供のカラス。
柊がいるよりはてんてこ舞いなのは当然なのだろう。

水棲種が終わると今度は普通の肉食。
変温動物系の肉食が一部いない分、普段よりは量が少ない。

作業をする場所で肉を切り分けて、小竜ごとにお皿に入れて出していく。
個別量や躾といった、細やかなことには手が回っていない。
とにかく彼らは、一日一日必死に生きている。

「……お肉、は、生が良いです。
 焼いちゃうと、骨が、内臓を傷付けるらしい、です。

 そう、いえば、理沙さんは…生餌とかは、平気、です?」

小竜たちは肉食、草食といった一般的な食性から、
魔力を食べたり石を食べたりといった特殊な部類、
特定の物質のみを摂取するようなモノは希少な類になる。

ペットの中には、生餌で無いと食べないモノもいる。
変温系に多いのだがそんなことを思い出し、聞いてみる。

日下部 理沙 >  
「ああ、それは勿論」

鳥類も生餌を欲するものは多い。
猛禽類などは代表格と言える。
その為、理沙もそこは了解していた。
カラスより悪い手際で給餌を行いつつ、理沙は頷いた。

「何をあげるんです?」

軍手をまた嵌め直す。
ある程度、重労働になる事は覚悟していた。

カラス >  
「ねずみさんが、一番多いです。たまにうさぎさんとか。
 虫さんをあげることも、ありますけど。
 
 ドーム内は、狭いですけど、逃げちゃうことも、あるので……えっと…。
 ほんとは、今日お父さんが、別の部屋で、練習とか言ってたんですけど…。」

作業場の一画を指す。
割と生餌用のハツカネズミ類というのは、自宅で育成していることも多い。
人によっては虫も育成していたりするが…まぁ、黒光りするアイツのことなので省略しよう。

「やってみます、か?」

青年はそう理沙に問うだろう。

日下部 理沙 >  
「仕事ですからね……やりましょう」

苦笑いを浮かべながら、作業場の一画へと向かう。
無論、気が進むとは言い難いが、それでもやる必要がある。
慣れなければいけない仕事だ。
相手の食べるものを知るというのは、異邦研究でも重要な事だ。

「今日はどんなのをあげるんですか?」

全部、といわれるかもしれないが、一応聞いておく。
まぁ、虫は理沙もそれほど好きでもない。
鼠だといいなとは思った。

カラス >  
「一番、簡単なねずみさんで……えっと、尻尾を持って…こうやって……。」

普段臆病な青年ではあるが、
こういうことに関しては、最早慣れっこといった形でこなす。
ネズミの尻尾をむんずとしっかり握り、待ちわびている小竜の所に持って行く。
口元へ持って行けば咥えて足や爪を使って食べ始める。

まぁ、色々見えているがこれは慣れるしかない。

「持つ所が、ちゃんとあるので、比較的、簡単だと思います。
 先っぽの方だと、逃げられやすい、ので、がんばって、ください。」

そう言って理沙に育成場のプラケースからネズミを捕まえるようにと。
果たして青年は無事出来るだろうか?

日下部 理沙 >  
「あ、はい……」

おっかなびっくりやっては見る。
ほぼ無心で。
まぁ、田舎育ち故、害虫、害獣の駆除は理沙も実家で経験がないわけではない。
なので、一応、やってやれないことはないはずだが。
 
「……」

やっぱり、少し及び腰になる。
カラスよりはいくらか控え目に尻尾を握りながら、小竜達に鼠を振舞っていく。
当然、出来れば見たくないあれやこれは見えるが……やっぱり仕方ない。
理沙が普段口にしている食肉だって「こういうあれこれ」を経て食卓に並んでいるのだ。
むしろ、目前でしっかりと見れるこれはいい経験のはずだ。
そう自分に言い聞かせ、溜息を吐く。
今日は肉じゃないものたべよう。

「やっぱ、生餌じゃないとダメなんですかね」

小竜に鼠をあげながら、素朴な疑問を口にする。
人間も新鮮な方が良いという食事は山ほどある。
極致として活造りなども日本には存在している。
まぁ、それだって世界的にはああだこうだ言われている料理だ。
出来る事なら、「もうちょっと楽」なものを食ってくれると嬉しいと理沙は思う。
言葉を交わすことが出来るほどの知性が彼等にはあるわけだし。

カラス >  
「お父さんは、なるべくなら、そっちの方が良いって…言いますね。
 やっぱり全部を、食べることに、なる分、栄養が良いって。
 でも、慣れない子は、食べるの下手だから、危ないことも、あるって。」

肉食のみの獣が生きていく為には、
そうやって己の血肉と同じモノを摂取するのが一番効率が良い。
しかし生肉に慣れていないと、消化不良を起こしたり、
しっかりと噛み砕いて食べる事が出来ずに身体に悪かったりはある。

時代が進み、生成肉などというのもあるのかもしれない。
現代でも謎肉といわれる物体はそこそこあるのだ。

とはいえやはり本来は何かしらの命だったモノが肉なのである。


「だから、毎回じゃなくて、良いから、たまにはあげた方が、良い。
 生の血肉を餌にすることで、自分たちが、喰われると、勘違いする人間も、いるがって。」

可哀想と糾弾されることもある生餌。
血肉を食べるせいで野生を思い出して襲われるのではと、怯えるモノも居る。
もしかしたら実際にそうなった例もあるのかもしれないが…。

そのうち理沙も慣れてしまうのだろう。この光景に。
可愛らしくても、その鋭さはしっかりと残っている彼らが、肉を裂くことに。

そうして食べ終われば今度はシャワータイムだ。慌ただしく時が過ぎる。
正直シャワータイムが一番忙しい。
何故って子供のような子も多いので、最早お祭り騒ぎである。

日下部 理沙 >  
「まぁ、そう『生まれた』わけですしね……」

生まればかりはどうにもならない。
人間にしたって、健康を考えるなら手を変え品を変え、色々なものを口にする必要がある。
経済的な問題もある。
そう言う意味だと、彼等も自分たちも何も変わりなどない。
手に取れる中で、互いに譲歩しあうしかない。
その譲歩の一つとして生餌があると思えば、理沙にも飲み込みやすい。
理沙だって、新鮮な食品が食べられなくなるのは物悲しい。
別に他でも生きられるかもしれないし、実際大丈夫だが……出来るなら、たまには良い野菜や肉を食べたい。
それと、話は同じなのかもしれない。

「さて、そろそろシャワーですね」

腕まくりをする。
そりゃもう、てんやわんやの大騒ぎになる事はもう分かっている。
理沙も気合を入れる。

カラス >  
毎回シャワーの時間は最早戦争だ。

そりゃあ大人しくしてくれる子だっているが、
濡れた身体もまま突進してくる子だっているし、
いつ身震いで自分が水浴びる羽目になるかわかったものじゃない。

そして、

「…ぁっ逃げ…理沙さんそっちに…!」

 逃 げ る。

シャワーを嫌がって逃げる子も当然いるのである。
濡れたまま逃走を図るのである。

いくら基本廊下も土足とはいえ、
濡れたまま走り回られるともう大変だ。床が。

正直一緒に自分たちも、シャワーを浴びた方が早いのではと思うこともある。
着替えが必須の作業だ。至るところで人手の足りなさを実感するとは思う。

日下部 理沙 >  
「ダメですよ!! ほら、つーか言葉喋れるならそれくらい聞き分けてくださいよマジで!!」

子供相手に言っても仕方ないことは分かっている。
だが、言わずにはいられない。

「ふぐっ!?」

真正面から小竜の突進を受け止め、すっころぶ理沙。
ドッジボールがいい感じに鳩尾に入ったような感覚。
そんなこんなで捕まえたり、捕まえらえなかったりしつつも、最後には何とか全員終わる。
後始末をしながら、ずり落ちた眼鏡を理沙は掛けなおす。

「……やっぱ、人手増やしましょうよ」

ジト目になりながら、理沙は嘆息した。

カラス >  
「ハス待って、まだ拭いてないよ…!」

わーきゃーがおーである。

もうどれが誰の鳴き声で誰の叫び声か分かったものじゃない。
柊が居るとこれももう少し大人しかったり、
魔法障壁で逃げ道を塞いだり、慣れ故の動きが色々ある訳だが…。


「ってわぁ!? り、理沙さん!?」

盛大に小竜ごと転倒していった理沙に、思わず敬語も吹っ飛ぶ。
白と黒が慌ただしい。

終わった後に濡れたタオルなどを集めて洗濯機にIN。

とりあえずそんなこんなで一連が終わり、休憩。
バスタオルを出してきて理沙に渡した。
自分も翼を含めて水分を一旦取る。

「怪我、しませんでした?

 ………人手…、お父さん、理沙さんでも、結構迷ってた、ので…。
 どう……なんでしょうね。」

正直、青年にその人事的決定権は無い。
確かに理沙がこうして来てくれたおかげで助かっている面も多いが、
後ろ暗い理由が多いと男が断じているのもあるし、扱いが竜ということも相まってか、
身近な理沙に漸く頼むことが出来たという状態である。

「お父さんが納得、しないと、難しいかと…。」

日下部 理沙 >  
「あとで説得します」

短く、理沙はそういって、スポーツドリンクを一気飲みする。
空のペットボトルを潰してゴミ箱に入れて、袖で口元を拭う。
 
「俺とカラス君の労力以前の問題ですこれは」

無論、労力が掛かり過ぎるという問題は当然ある。
だが、それはこの際重要ではない。
いや、現場職員としては重要な問題である。
しかし。

「『彼等』がこのままでは不幸です」

そう、一番損を被るのは小竜達だ。
十分な知性を持ち、子供並に暴れることはあるとはいえ、いってしまえば『その程度』だ。
多くいる異邦人の数々と比べれば、『可愛いもの』と断ずるに値する。
つまり、ここは言い換えるなら。

「たった三人での『孤児院経営』はあらゆる方面に対して、明白に良くありません」

そういうことなのだ。

カラス >  
小竜たちは、小型化にあたって力を削がれている。
ある程度の知能が与えられている故に、それを理解し、
子供のようにはしゃぐことこそあれ、致命的な他害を与えることは早々に無いのだ。
犬が骨をも砕く強力な顎を持っていたとて、忠誠心からそれをしないように、
犬以上の知能を持つ『彼ら』にとって、そんなことは損以外の何でもないと理解している。


「お、お父さん、説得できるんですか…?
 それは、確かに…皆も、お父さんも、すごい、苦労してます…けど…。」

短く言い切った理沙に対して驚く。

柊は割と素直に是という質ではない。特に己の事となるとだ。
それは言葉を豊富に持つ故だったり、正直になれなかったりであるが。

そして、彼が是を言わないのは、自分の存在も足を引っ張っている。
自分は彼の暗い過去の象徴そのものだから。

彼の隣に居て、手伝い、その影響の多くを受けて来た。
だからある程度は予想がついた。


濡れた黒髪にバスタオルを被せてわしわしと拭く。
髪と翼は似た黒でいるようで少し違う。そこにあるのは鴉の濡羽色。

日下部 理沙 >  
「わからないです。でも、やる前から諦める理由にはなりません」

そういって、理沙も自分の頭をバスタオルで拭く。
普段は縛っている茶髪が、緩く広がった。

「ただ、今の環境が『改善余地がある』事は確かです。
 しかも、どうしようもない理由や障害は見たところそんなにありません。
 つまり」

拳を強く握る理沙。
そう、日下部理沙は恐らく珍しく。

「先生がもうちょっと素直になれば多分済みます」

少しばかり怒っていた。

「先生一人なら俺も此処まで差し出がましいことはいいません。
 ですが、カラス君や『彼等』にも不便がでている。
 ……なら、『子供』のためには『大人』が折れる方が早いです」

理沙はそう鼻息荒く呟いた。
喋れるようになったからこそわかる、ここの小竜達はまだまだ『子供』だ。
なら、環境の意地の為には『大人』がもっと必要なのだ。
一生をこの研究所で過ごすわけでもないのなら、なおの事だ。
何より、体に負荷が掛かる冬眠まで既にさせているのだ。
もう限界である。

カラス >  
カラス自身も確かに不便が出ていた。
彼自身、本来は生徒であるのだが、身体制御の調整・常世島の危険な時に休む以外で、
こういった日常の業務で学校に出れないことも無いとは言い切れないのである。

小竜も、青年も、まだまだ無邪気な『子供』だった。

本来孤児院と言うのは育てば巣立っていくモノなのだが、
ここにはそういったシステムもほとんど無い。

ペットとして提供した例があったとしても、柊が見回る事の出来るほんの数件だ。


「……そう、ですか。」

それは多分、臆した青年には難しいことだったろう。
男が抱え込むのを見ているしか出来なかった。

方法を知らなかった。

「……フェリア、が、理沙さんのこと、すごい子よって、言ってたの、よく分かります。
 俺には、君のようには……難しそう、ですから。」

父と呼ぶ彼の言葉を真似、仕草を真似、一先ずはヒトのフリが出来るようになった失敗作は、そう言う。

日下部 理沙 >  
「別に俺は凄くないです」

理沙はきっぱりとそういった。
嘘はつけない、良いことではないのかもしれないが、理沙にはまだその自信はない。
未熟も若さも承知の上。
他人の事より自分をどうにかしろ、そういう段階の人間。
だが、それでも。

「俺は……当たり前のことを言っただけです」

それくらいは、理沙にもできる。
それくらいは、理沙にも叫べる。

これはもう、誰か一人我慢して済む話ではない。
既に大所帯だ。
ならば、本当に彼等を思うのなら……立ち上がる必要がある。
しかも、今回の問題は……さして大きな問題とは理沙には思えない。
知れば知るほど、小竜は賢く、この施設の運営形態には無理がある。
故にこそ、改善を上申する。それだけだ、
障害があるとすれば……手間が多いだけだろう。

「やっぱり、レポート早めに上げたほうが良さそうですね」

そう、理沙は呟いた。

カラス >  
「…それでも…、ありがとう、ございます。」

本来は自分が言えれば良いのかもしれない。
けれど、自分は彼を見上げるばかりで、隣には立てなかった。
彼から与えられる仮初の平和を甘受するしか無かった。

自分は哀しいまでの造り物。
自分は平和の黒い鳩。

それでも、だからこそ、父と慕うモノに、
理沙のようなヒトが在ってくれて嬉しかった。

セイルとフェリアとも違う。
彼ら相棒もある意味、柊の行動に否を唱えずに、甘やかしてきたとも言えるから。


「その当たり前が……きっと、俺たちには…難しい、ですから。」

そう言って、青年は少しばかり男に似た、下手な笑みを浮かべた。

日下部 理沙 >  
「なら、出来るようにしていきましょう」

にこりと、理沙は笑った。
他人様に言える立場では勿論ない。
だが、それは恩師から学んだことである。
やるなら、やろうと思ったのなら。
どんな形であれ……立ち上がらなければいけない。
歩まなければいけない。
不格好でも、上手く出来なくてもいい。
ただ、歩む。
それだけで、いいのだ。

「知れば、難しい事ではないですよ。これは」

そういって、理沙は立ち上がる。
そろそろ定時だ。
最後に羽月を見舞いにいこうかともおもったが……時間も遅い。
またの機会にしよう。

「それじゃ、俺はこれであがります。カラス君、また明日!」

そのまま、その場を辞す。
明日も早い。
今日のところはさっさと帰って……体を休めよう。

ご案内:「研究施設群 羽月研究所」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
カラス >  
理沙と柊は、同じモノからそう教わったのだろうか。

青年がそう成れるかはまだ、分からない。


二人な分、終了時間自体はカラス1人よりうんと早い。
とはいえ帰って休んだ方が良い時間には違いないが。

基本的に柊も残業はさせたくない質であるし、
生体相手の仕事の癖に、定時が近くなれば普段から上がらせてくれているだろう。

彼の言葉に上手くYESを返せないまま。


「……難しい、と、思う…。」


相手が帰宅するのを見送ってから、ぽつりと呟いた。
小竜の一匹を抱きしめて。

ヒトで無い足音で、ヒトになった獣は、まだまだ、子供だ。

ご案内:「研究施設群 羽月研究所」からカラスさんが去りました。<補足:待合済:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。>