2020/08/12 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にヨキさんが現れました。<補足:【多人数歓迎】29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒半袖Tシャツ、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手の指輪は着けていない>
ヨキ > 美術室前の掲示物に曰く。

“夏休み期間中、デッサンの作業動画を配信する。
簡単なレクチャも交えるため、興味のある者はぜひ視聴してくれたまえ。

ヨキの授業を受講していない者も参加は自由。
一緒に絵を描いてみたい者は、以下の準備を!

【第一回『手』】

日時:8月×日 ×時~×時予定

普段、自分の手をじっくり見る機会はあまりないと思う。
難しいことは考えず、楽しく描いてみよう。

持ち物:鉛筆、練り消し(なければ消しゴムでも)、スケッチブック、おやつ(休憩用)、飲み物(水分補給はしっかりと)”

そんな訳で、オンライン上での夏期講習と相成ったのだ。

ヨキ > 配信当日。
映し出された風景は、コンクリート打ちっぱなしのアトリエ。
ヨキが自宅兼作業場として使っている建物だ。

私服のヨキがカメラの前に座っている。
正面を向いて、ぺこりとお辞儀。
隣には、イーゼルに立て掛けた大判のスケッチブック。

「――やあ、こんにちは。美術を教えているヨキだ。

ちゃんと聴こえているかね? む、さっそくコメントありがとう。
『前回より音質よくなった』……ふふ、バレておるのう!

実は、ちょっと良いマイクに買い替えてな。
これでゲームのチャットも捗るという訳だ。

……ははは! 安心せい。無論のこと、仕事も抜かりなく」

照明といい、音声といい、その話し方や目線といい、映ることに慣れているのが分かる。

ヨキ > 「夏休みにこうして映像で配信するのは初めてだ。
何しろ夏休みは学内に人が少ないものでな。
帰省中の皆とも話が出来たらいいと思って、配信を決めた」

カメラに向けて、右手を見せる。
黒いネイルを施した、骨張って指が長く、色白の手。

「という訳で、今回は『手』をモチーフに描いてゆくこととする。
描く者も、観て楽しむ者も、一緒に過ごしてくれたらいい。

……あ? 『おやつ開封』? わはは。早い。早いぞ。
あとでなくなっても知らんからな」

笑いながら、カメラへ半身を向け、スケッチブックへ向き直る。
視聴者へは横顔を向けつつも、その口上は淀みない。

鉛筆の持ち方、線の引き方、タッチのつけ方。
基礎のレクチャを交えつつ、配信が進む。

ヨキ > 「ではまず、構図を決めよう。
今回は手を軽く握って……、このポーズとする」

柔く握った手に、ネイルポリッシュのボトルを持つ。

「『新色!』それ! 夏の新色。これは本当に発色がいい。
発売日に扶桑百貨店へ出向いてな、さっそく買ったよ」

ヨキらしくささやかな脱線が多いが、すぐに本題へ戻る。

「寝かせた鉛筆で軽く描いて、構図を取ってゆくぞ。
こうして描くと、柔らかい鉛筆はすぐに消せる。
決して『輪郭線』を描いてはならんぞ。
現実のものに、くっきりとしたアウトラインはないからな。……」

口を噤む。言葉少なになり、自らの右手と向き合う。
鉛筆を握った左手が、少しずつ、少しずつ、右手のかたちを浮き上がらせてゆく。

何かに一心に打ち込む教師の姿というのは、なかなか見せる機会がない。
生徒たちへ向けて向き合い、語り、見守る姿がほとんどだ。

ご案内:「配信チャンネル」にカラスさんが現れました。<補足:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。画面の前で様々な小竜に囲まれている。>
カラス >  
「ひゃ、もう、始まってる…。」

魔術師の家にだって最新機器はある。
小竜たちに囲まれたまま必要なモノを用意して、
合成獣の青年は四苦八苦しながらカメラを繋いだ。

以前話した先生がオンライン上で授業をするというのを聞いた。
あまり学校に行けない分、こういうのも良いかもしれないと思った。
己の養父にも話したが、知ってる教師だから良いだろうと、
小竜たちの世話の合間の時間を調整したのだが、少しばかり遅れてしまった。

手には少し枚数の減った小さめのスケッチブック。
消しゴムは傍らの小竜たちが転がして遊んでいたりするが、まぁ必要になったら返してくれるだろう。

ヨキ > 「おや、カラス君。こんにちは」

入室の通知に、カメラへ向けて鉛筆を持った左手をちらりと振る。
元から入室者はそれほど多くなく、ヨキは各々の名前を気軽に呼び合っていた。

こんにちは、いらっしゃーい、どうぞどうぞー。
ヨキのメインカメラの周囲に受講者たちの映像が小さく映り、気さくな声でカラスを歓迎する。
人間、リザードマン、有翼人、ドワーフなど、種族もさまざまだ。

「今、ちょうど描き始めたところでな。
自分の利き手とは反対の手を描いておるよ。

時間はたっぷり取ってあるから、ごゆっくり。
はじめましての初心者もたくさん居るから、気楽にな」

コメント欄には、ヨキが動画中に話したレクチャが有志によって文章化されている。
平易な言葉で書かれており、それまでの流れを把握するのは難しくない。

カラス >  
他生徒に声をかけられると、
一瞬ぴゃっと耳羽根がぱたぱた跳ねる。

さほど入室者は多くないのだが、青年にとっては多く感じられたのだろう。

「こん、こんにちは…よろしく、おねがいします。」

コメント欄のある画面を指でなぞるようにしながら、過程を確かめている。
時折小竜がカメラを占拠してしまうのはご愛嬌。
猫のいる家の状況と似ている。

「手、手…えっと…。」

自分の爪が長い分、手の平に食い込ませないように鉛筆を握り込む。
通常の彼は少しばかり縦気味の持ち方だった。
はて、どうやって鉛筆を寝かせよう。

とりあえず、空いてる手を描こうとしてみる。

ヨキ > 小竜が映ると、そちらへもこんにちはーと挨拶が飛ぶ。
亜人が多い集まりのこと、人と獣の垣根も低い。

「お、カラス君は爪が長いから、少々描きづらそうだね。
リザードマンの彼と仲間だ」

ワイプのひとつ、赤い鱗のリザードマンがカラスへ手を振る。
何も塗っていなくとも黒く鋭い爪で、カラスと同じく鉛筆を立てて持っている。

曰く、なかなか難しいよな、と笑う。
続けてヨキが口を開く。

「もし寝かせて持てないときは、柔らかく、薄く描くことを心掛けてくれれば大丈夫。
少しずつ描いてみよう。ふふ。自分の手のかたちを、よーく観察してみて」

ヨキの方は一旦手を止めて、ペットボトルで水分を摂っている。
カラスが加わる時間まで、よほど喋っていたらしい。

娯楽の配信とは異なり、BGMもなく、ヨキたちの声と、参加者たちの作業の音だけが交ざる、比較的静かなチャンネルだ。
鉛筆が画用紙を擦る音が、微かに響いている。

カラス >  
小竜たちも声がかかればキュィキュィと鳴いている。
竜語の通じる相手ならきっと挨拶を返しているのが分かる。
青年の膝上に居たり、腰翼でふかふかしていたり、近くのクッションで寝て居たり。

デッサンというのは徐々に徐々に線を重ねていく。
その黒の濃淡だけでその場にあるものを丁寧に写し取っていくのだ。

青年の手はリザードマンの彼よりは鱗もなく、色的に人間に近いのだが、
どうしても爪だけは長い状態をキープしてしまう傾向にあり、私生活で少しばかり不便だったりする。
恐らく寝かせた持ち方をするとスケッチブックを爪で掻くか、爪同士がかちあうのだ。

「あ、先生と同じに、持たなくて、良いんですね…。
 えっと、少しずつ、全体……から…。」

他の生徒から、ヨキからもそう言ってもらえるのは、とてもありがたい。
必ずしも正解でなくても良いと。

小竜たちは鉛筆を邪魔することはしない。

ヨキ > ヨキもまた鉛筆を取り直し、自身の制作に戻る。
コメントを投稿したり、ビデオで映像を共有している者以外にも、視聴者は少なからず居るようだ。
コメント欄に竜語を解する者があったらしく、小竜たちの鳴き声に応じた言葉が返ってくる。

地球人も、異邦人も、人間も、そうでない者も、異能者も、無能力者も、ここにはさまざまなメンバーが集っている。
夏休みも島内に残っている者、帰省中の者、卒業した者。
常世学園という縁で繋がった視聴者らは、みなヨキの教え子で、みなカラスの仲間だった。

ゆったりとしたペースで制作が進んでゆくと、タイミングを見計らってヨキが言葉を発する。

「全体のかたちが取れたら、少しずつ明暗を写し取ってゆくぞ。
明暗といっても、『影』で立体を描こうとしてはいけない。
自分の手が、曲面でかたち作られていることを意識しておこう」

話しながら、徐々に描き込みを進めていく。
時折練り消しで細部を整え、慎重に、時に大胆に、根気強く。

真っ白だった紙の上に、ヨキの右手が少しずつ現れてくる。

カラス >  
カラスの初めてのデッサンはきっと不格好だろう。
だけれども、初めてを笑うヒトはきっとここには居ない。
基礎が少し崩れていたって、そこに在るのは確かに挑戦したという証なのだ。

計らずともかな、竜語交流も見られた。
小竜たちもこうして外のモノと話すのが珍しいのか、興味津々だ。

色々な種族・能力のモノが居るから、自分が"異物"であるという感覚が薄れる。

「あ、ネクト消しゴム返して…うん、ありがと。
 …『影で立体を描こうとしてはいけない』……?」

物体は影があるから立体になるのでは? と首を傾げる青年が居た。
それはまだ紙に写し取るということを平面で捉えている思考だ。

小竜の一匹が転がしていた丸い消しゴムを拾って、はみ出た所を消す。
力が入りがちなせいか、少しだけスケッチブックの硬い紙が凹んでいた。

ヨキ > カメラに映り込む絵は、巧拙もさまざま。
みんな真剣で、みんな真面目。

静かでも、画面越しに和やかな空気は伝わるだろう。
ここには“異なる”者は誰も居ないのだ。

「そう。『影ではなく、面で描く』と言う。
ここが最初に躓くところやも知れんな。
けれど、この見方が身に付くと、絵を描くことが楽しくなるんだ」

鉛筆を一旦置き、両手をカメラに移す。

「物体は、たくさんの『面』で出来ている」

ヨキの左の指先が、右の手のひらを曲面に沿って点々となぞる。
ゆるやかな曲面。まるい曲面。裏側へと回り込む曲面。

「じっと見ていた目を緩めて、ぼんやりと見てみるのもいいかもしれないね。
『光によって変わる影の調子』ではなく、『常に変わらない面のかたち』が、ぼんやりと見えてくる。
こればかりは、練習、練習だ」

気楽に笑いながら、紙の端に大まかな手のかたちを描いてみせる。
いわゆる『面取り』と呼ばれる、簡素なポリゴンのようなかたまりで描かれた手だ。

「ヨキの見様見真似でも構わない。また少しずつ、進めていこう」

笑って、再び鉛筆を取る。

カラス >  
指が鉛筆で黒くなろうが、構うことは無い。
カラスも一生懸命に授業に取り組んでいた。

普段の合成獣という負い目のせいか、学園内にいると息苦しさを感じた。
だから良く学園に来た日は屋上に居たし、保健室でプリントをしたりするのがメインだ。

ヨキが『面』についての解説を始めると、
青年も手を止めて自分の両手の平をスケッチブックの前に出し、
画面と交互に見ながら聞く。爪が長いだけで人間と変わらない肌色の肉の手だ。
動かす度に表面が刻まれた皺に応じて凹凸を作り、
その下を血管が、骨が通り、肌色というだけではない色を作っている。
そこにヒトは手相という形で人生を見出すほど、手はそのヒトの生活の結果そのものだ。

どうしても最初のうちは細部や平面に囚われがちだ。
これはどんなに絵を描いていても、少し手が離れるとまたそうなっていたりもする。
紙に立体を描くということは、その白の中に世界を写し取ること。

「常に変わらないかたち……。光や影では形は変わらない…?
 ん……んー………わぷ。」

若干考え込んだカラスを茶化すように小竜が横からのしかかって
カメラから青年の姿が雪崩れるように消えた。
はしゃぐような声と共に戻って来て、また作業を再開する。

ヨキ > “面”の捉え方について、理解している者と、まだ至っていない者が半々。

カラスと同じく不思議そうに己の手を見ていた生徒が、ふとカラスを見る。
彼女は見るからに普通の人間だったが、カラスの容貌を気にした風もなく笑った。
まるで(難しいね)と一緒に笑い合うみたいに。

これ最初ほんとわかんなかったよね、今も正直よくわからん、むずかしい~などなど。
コメント欄にも気楽な文面が並んでいる。

「あはは。言葉だけでは、難しいかも知れん。
でもな、この描き方を修得すると――何と“描かれていないところ”まで見えるような、そんな絵になる。

たとえば、今描かれているこの手は、手のひらが正面を向いているね。
けれど、『皮膚がぐるりと回り込んで手の甲がある』、そう見える絵になるのさ。

カラス君も、今はリラックス、リラックス。
楽しく描くことを先決にしていこう。
小竜たちも、励ましてくれているのかな」

くすくすと笑いながら、描き進める。
皮膚の肌理、握り込んだネイルポリッシュのボトルのつやめき、黒く彩った爪のゆるりとした質感。
それらがじっくりと時間を掛けて、タッチの差が現れてゆく。

「物事には、いろんな見方があるのさ。光と影。表と裏。中と外。
決して変わらない真理が、そこにある」

気侭に、まるで歌うように。明るい声で、そう告げる。

カラス >  
絵というのは難しいという苦痛を最初に習得してしまうと、
一気に描くことへのハードルが上がってしまう。

だからこそ楽しさを見出す。

過程に、結果に、己の手がその白に世界を描くことが出来るという事実に。

生徒一人からの視線を感じると、困ったような、はにかむように下手な笑みを浮かべた。
頬を長い爪が軽く引っ掻いて、それは、養父が笑うと似たような笑みになるのだ。


「…はい、ありがとう、ございます…皆さん、も。」

小竜と雪崩れた時に笑ったコメントをくれたモノも居た。
励ましてくれたり、少し教えてくれたりして、絵が進んでいく。

鉛筆で少し汚れて、毎日の小竜の世話で軽い傷痕があったりする。
なるべく丸くした鋭い爪の裏側、表側のツヤ。そこに通る、断ずることの出来ない血管。
スケッチブックに対して少し小さかったり、見て描いたの不思議な位置にある指。

多少歪でも、出来上がっていく。

ヨキ > 写真に撮れば一瞬で写し取れても、時間を掛けて描くことでしか表せない空気がある。

描いている最中の、息詰まるような集中。思い通りに手が動かないことのもどかしさ。
それでも少しずつ出来上がっていく作品の、達成感。

これは試験でも審査でもない。楽しさを分かち合うための授業。

ヨキが横目にカラスを見遣って、優しく微笑んだのが見える。

「そうそう、その調子。
カラス君も、とってもよく描けているよ。

『よく見てみて』とお願いした君の手を、しっかり見つめて描いていることが伝わってくる。
ヨキも嬉しいよ」

ヨキが認めたのは、絵の巧拙それ自体ではなく、画用紙に向き合う姿勢。

「ずっと同じ絵を見続けていると、案外見方が麻痺してくるものでね。
時々絵から離れて見てみると、ここを直してみようとか、このバランスがよく描けているな、というのが分かるんだ。

何事もそう。熱中するのもいいけれど、時々離れて観察するのも大事。
そういうときにこそ、思わぬ答えが見えてくるからね」

ヨキの絵もまた、参加者のペースに合わせて出来上がってゆく。
描き慣れた熟達が垣間見える、教師の手。

指には金工の道具や日用品を握り続けた胼胝がちらほら。
肌の色は白くとも、日常的に使われている手だ。

カラス >  
頭に描いた結果と手元の結果が違っても、
妥協という術を途中で選んだとしても、そこにあるのは間違いなく、

『自分が創り出した』という喜びだ。

絵や芸術という文化はこうして《大変容》を経ようとも、
どれほどの戦火に焼かれ、糾弾され、時代を経ても親しまれて来た。

だからこそ、どれほど稚拙でも、どれほど歪でも、己が創り上げることの出来たそれを、誇ってほしい。


「……はい。」

この青年にも。


出来上がって来たお手本に、さすがヨキ先生、というコメントが流れたりした。
皆が皆、それぞれ、同じお題で、それぞれ違う違う自分の手が出来ていく。
手相が、形が、胼胝が、あるいは毛があったり…。
先程のリザードマンの彼も、鱗まで丁寧に描いている。

ヨキ > 「よしよし、みんなお疲れ様。
ほれ、時計を見てみたまえ。もう斯様な時間だ。
普段絵を描かない者は、自分がこれほど長時間集中できることに驚いたろう。

手を何枚も描き続けてもいい。
家の中にあるもの――例えばスマホや、リモコンや、ティッシュの箱なんてものを描くのもいい。
一日一枚ずつ何かを描くことを続けていくと、誰でも必ずや上達する。

絵を描く時間がない者でも、『面でものを見る』練習をしてみてもいいかも知れないね。
今言った品物が、どんな面でかたち作られているのか。
それをじっくり観察するだけでも、自分の目は養えるぞ」

参加者からコメントや音声に逐一答えたのち、さて、と両手を合わせて。

「――みな出来上がったところで、そろそろいい時間だな?
お待ちかねのおやつタイムと行こう」

歓声。そう、時刻は間もなく四時。
おやつの時間をとっくに過ぎているのだ。

じゃん、という掛け声と共にヨキが取り出したのは、新発売のラムレーズンアイス。

「カラス君も、お疲れ様。どうぞ一息つきたまえ。
いかがだったね、絵を描くのは楽しかったかな?」

カラス >  
「…おやつタイム?」

おやつは途中の休憩用のはずでは?

てっきり授業だけだと思ってましたと言わんばかりの青年。
羽根耳をぴこぴこと動かし、画面内の他の生徒を眺めていた。

それぞれがそれぞれ、各々の好きなお菓子やらを取り出して画面の前に並べたりなんだり。


「あ、はい…。本当、初めてだったん、です、けど…。
 先生も、皆さんも、親切で……その、初めてでも、楽しかった…です。」

聞かれると、自分も何か用意しようかと考えていたのが戻り、
おずおずと頷いた。

始めから出していなかったのは何故かというと、小竜たちに取られかねないので…。

最初の内はものすごく緊張していたのだが、絵を描く方に意識が行って、
他の皆の話を聞いたり、先生のアドバイスを聞いたりしているうちに、
きちんと己が集中できていたという結果が、目の前の紙の上に示されていた。

ヨキ > カラスの言葉に、にやりとする。

「そう、おやつタイム。
この時間を挟んだら、『経験者』たちの作品の講評をするのさ」

どうやら普段からの受講生も少なからず参加しているらしい。
えー、とか、やだー、といったブーイングが聴こえてくるが、その声も笑い交じり。
普段から、作品の講評を受けることには慣れっこなのだ。

「いろんな人の作品を観ることも、練習の一つだからね。

……ふふ、よかった。楽しんでくれて嬉しいよ。
配信は初めての試みだったからな。
正直なところ、どれだけ人が来てくれるか心配なところもあった」

軽い調子で肩を竦める。

「だが、これだけ集まって、みな楽しんでくれたら大成功だ。
次回も精が出るな」

そう言って、アイスをぱくり。
んん、んまい、と舌鼓を打つ顔は、何とも幸せそう。

――そうして、参加者たちと気兼ねないおしゃべりを交わしたのち。

いつもヨキの授業を受けている『経験者』らの作品がカメラに向けられる。
それを一枚ずつアップで映しながら、丁寧に講評会を行う。

いずれの作品にも褒めるところが大いにあり、留意するべき点が丁寧に解説される。

ヨキ先生いつもより優しい、とか、配信向けの講評だ、とか。
笑い声を交えた和やかな講評会を終えて。

「――次回は、静物デッサンにチャレンジしてみようと思う。
用意してもらうものは、材質を問わないコップやマグカップをひとつと、それからタオルを一枚。
それからおやつも忘れずに」

よかったら参加と、チャンネル登録を。
そんな軽やかな挨拶と共に――配信が締め括られる。

カメラを切る直前。

“お父さんにもよろしく”と、カラスへ向けてウィンクをひとつ。

ご案内:「配信チャンネル」からヨキさんが去りました。<補足:【多人数歓迎】29歳+α/191cm/黒髪、金砂の散る深い碧眼、黒スクエアフレームの伊達眼鏡、目尻に紅、手足に黒ネイル/黒半袖Tシャツ、細身の濃灰デニムジーンズ、黒革ハイヒールサンダル、右手の指輪は着けていない>
カラス >  
新発売のアイスに対しては、
せんせーもう買ったの? とか、
ヨキ先生いつもすごい美味しそうに食べるんだからーいいなぁ今度自分も買おうなど。
それぞれ皆がおやつを純粋に楽しんでいる。互いのおやつの意見交換もあったり。

先程の集中した緊迫感もなんのその。

カラスも一旦席を外して、
養父がおやつや来客用にと良く用意している和菓子の詰まった袋を出してくる。
雑食系の小竜に取られそうになったり取られたりしながら、一緒におやつタイムを楽しんだ。

絵作業はとても頭を使うので、脳に糖分を補給するという意味でもこういうのは大事だ。


そんなこんなで講評も膝上に小竜を抱えて、分からないなりに真面目に聞き、
今日の配信はやがて終わりを告げる。

最後の締めの挨拶にありがとう、ございました、と、カメラに向かって軽くお辞儀をした。
もちろん先生であるヨキにもだが、皆にも向けて。

ちょっとカメラに頭をぶつけてしまって顔を赤くしたが、笑みはあっても嗤われることはない。


そして、

「…? あ、はい。お伝え、しておきます、ね。」

最後のヨキの言葉に素直に頷き、その日は過ぎていった。

ご案内:「配信チャンネル」からカラスさんが去りました。<補足:黒髪赤眼の青年/外見年齢16歳167cm/1年生。黒い耳羽根と腰翼。首には黒くて大きな首輪。画面の前で様々な小竜に囲まれている。>