2020/08/14 のログ
ご案内:「風紀委員本庁 レイチェルデスク前」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>
ご案内:「風紀委員本庁 レイチェルデスク前」にキッドさんが現れました。<補足:黒いキャップを目深に被った金髪碧眼の長身の少年。黒い皮ジャケットに、腰に添えられた大型拳銃が目立つ。>
キッド >  
風紀委員会本庁。夏休みで忙しい風紀委員は忙しい。
ろくでなしの風来坊、クソガキキッドも、たまには自重をする時がある。
別に何時も通り好き勝手現場仕事に言ってもいいのだが
ここ最近、少し"目立ちすぎた"。
謹慎処分もなんでも"クソくらえ"という話だが、つい最近色々思う所がある。
つまり、なんだ。愛想よく上の連中の顔をたて
ついでに先輩の顔も立てておこうという奴だ。
都合の良い事だけを言えば、だけど。

そんなわけで、向かった先は此処。レイチェルの仕事部屋。
コンコン、とノックの音を数回立てれば遠慮なしに扉を開けた。

「失礼。書類デリバリーサービス…ってね?
 それとも、これ以上は食いきれねぇか。ハハ」

小粋なジョーク一つ、ついでに脇腹に抱えた数枚の書類。
レイチェルデスク前の椅子を適当に引っ張り出せば
当たり前のように背もたれへと思いきりもたれて座り込む。
口に咥えた煙草からは、臭いの無い白い煙が沸き上がっていくだろう。

「こんなクソ暑いのに、アンタも仕事熱心だな?先輩
 ワーカーホリックとは無縁の人だとは思ってたんだがね」

レイチェル >  
「随分と薄っぺらいピザを持ってきたもんだな、キッド。
 そんな冷めたピザは食えねぇよ」

遠慮なく開けられたドアの先に、レイチェルは居た。
ノートPCのキーボードを叩いていた手を止めて、
ほれ、と手を伸ばして机の前に置かれた『未解決』と書かれた
箱を指さした。

「相変わらず遠慮のねぇこと。ま、そういうの嫌いじゃねぇけどよ。
 下手に畏まられるより、よっぽどいい」

彼が口に咥えた煙草をちらりと見やるレイチェルの脳内に響く言葉。

『伊達を気取る無頼の裏には、人を撃つことへの恐怖感が見えた。
 それを奮い立たせているのが、あの煙草――だろうかな』

少し前、真琴のアトリエを訪れた際。
真琴が、レイチェルに伝えた言葉だ。

それを再び思い返しながら、レイチェルは一つ息を吐くと
改めて目の前の男へ語りかける。

「仕事は嫌いじゃねぇが、中毒じゃねぇよ。
 丁度いい、お前とはじっくり話してみたいと思っていたところなんだ」

そう口にして、レイチェルはじっと、目の前の男を見据える。
そして彼とは対照的に真剣な声色で言い放った。

「今日は『先輩』じゃねぇ。『レイチェル・ラムレイ』として
 お前と話す。そのつもりだ」

まずそのことを伝えておく、と。
レイチェルは視線を外さぬまま口にするのだった。

キッド >  
「そうだろう?女性にも人気なんだよ。
 頭を使うカロリーダイエットピザ、ってね。
 ついでに、糖分を摂取できる大義名分になるからな」

頭使うと、甘いもの食べたくなるからね。
当店大人気の商品です、と宣伝文句一つの後
『未解決』に納品完了。書類位丁寧に扱うべきだが
そこはろくでなし、ぽいっと投げ入れた。

「生憎、堅苦しいのは苦手でね……
 ふ、これでもアンタの事は尊敬してるんだぜ?
 刑事課に居るなら、時空圧壊《バレットタイム》の二つ名を知らない連中のが少ねェだろ?」

数々の違反部活と死闘を繰り広げた刑事課きっての荒事屋。
今は一線を引いて見ての通り、書類仕事に新人育成に余念が無い。
何時も煙に巻くように適当ばかり言うキッドでも、尊敬してる事は嘘じゃない。
そうでなければ、あの時大事な武器一つ彼女に預けようとは思わない。
だからこそ、彼女の真剣な声音を聞けば、帽子を目深に被り、白い煙を静かに吐き出した。

「……そりゃ、また急だな。嗤う妖精<ティンカー・ベル>にでもかどわかされたかい?」

煙草を口から離せば、わざとらしく両腕を広げて肩を竦める。

「そんなことしてていいのかい?
 何処にでも転がっているような路傍の風紀委員にカマかけるより
 アンタにはもっとやる事があるんじゃないと、俺は思うがね。」

尊敬する相手に"手間"を掛けさせたくはない。
まずはだからやんわりと拒否をしてみせた。
とは言え、強く拒否できる程でもない。
彼女には世話になっている、食い下がられたら此方も断れない程度には、尊敬している。

レイチェル >  
「そいつは助かるぜ。中身を確認したら返品しといてやるよ、ご苦労さん」 
 
書類が入ったのを確認すれば、こくりと小さく頷くレイチェル。
既に未解決箱にはそれなりの書類が溜まっていた。
処理しても処理しても、書類は舞い込んでくるのである。

「……そいつはもう、昔の話だ。流石にもう、あそこまで馬鹿な真似は、
 できねぇさ」

口にしつつ頭を振るレイチェル。

前線に居た日々。
気に食わねぇ、の一言で犯罪者達を切り捨ててきた。
力任せに何でもかんでも首を突っ込んで、暴れまわっていた。
思えば。

弱者を踏み躙る。欲望の為に誰かを傷つける。命を、踏み躙る。
そういったレイチェルの『気に食わない』連中がたまたま、
風紀の敵だっただけだ。
彼女もまたかつては、『己の正義』の執行者であったのだ。

「……ま、そんなとこだな。お前から話を聞く前に、会いに行ってきた。
 何があったのか知るには、お互いから話を聞かなきゃフェアじゃないと
 そう思ってな。ま、その話は後だ」

その名が出ても、レイチェルは動じもせず否定もしない。
ただその言葉を受けて、静かに頷き、そう口にするのだった。

「風紀委員としてのオレなら、確かにやることは幾らでもあるだろうさ。
 片付いていない書類もあるし、訓練に付き合う必要もある。大忙しさ――」

そう、風紀としての仕事はまだ数多く残っている。
目の前の男と話す間に、どれだけの仕事が片付けられるだろうか。

「――けどな、目の前に居る奴がもし困っていたとして、
 それで手を伸ばさないのは、レイチェル・ラムレイじゃねぇ。
 だから、キッド。今、こうしてレイチェル・ラムレイがお前と話をしてるんだ」

それは自身にもしっかりと言い聞かせるような、強い口調だった。
そう、これが自分。これが、レイチェル・ラムレイだ。
親友の顔が脳裏でちらつく。
二度と、不安を抱えた誰かをそのままに、見送ったりなどするものか。

「お前、オレに銃を預けた時……『不釣り合い』だって、
 そう言ってたよな。その言葉の意味……聞けてなかったからな。
 まずはそいつを、教えてくれるか?」

口にしながら、席を立ちつつ珈琲を淹れる。
ブラックでいいか、などと聞きながら。

キッド >  
どうも、と言わんばかりに軽くて首を振って会釈。
煙草を咥え込み、ひと呼吸煙を吸い上げた。

「…………"馬鹿な真似"、ね。言ってくれるよ」

当然、レイチェルに纏わる話のほとんどは言伝だ。
彼女活躍を直接見てきたわけじゃない。
だが、キッドにとってそれは"畏怖し、敬う"程だった。
それはある種の、自分の理想像だ。彼女の心境迄知るはずも無い。
憧れと言う偶像、本人の言葉で陰りが差す。
何時しか、口元の笑みは消えていた。

「随分と、仲が良さそうだったからな、アンタ等」

背中にあれが隠れる程だし、あの時真琴に囁かれた言葉もある。
別にそこに何かあるわけではない。ただ……

「────随分とまぁ、『犯罪者』の言う事を鵜呑みにするモンなんだな。風紀委員っていうのは」

白い煙と共に、吐き捨てた。
室内に漂う空調の空気よりも冷ややかな声音だ。

「……よく言うぜ、大層個人でもやる事があると俺は思うがね?
 "あの時"みたく、急に飛び出してくれるなよ?アンタの書類の引継ぎなんてゴメンだね」

元々そう言う風に喋ってきた。
人を煽り、時に棘を吐き出して人を遠ざける言葉。
"ろくでなしのクソガキ"だ。そうやって人様を遠ざけて、孤高を気取るのがお似合いだと思っている。
それらはどんどん、露骨になってくる。
過去の細かな事を棚に上げ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
強い口調に物怖じすることなく、まるで"近づくな"と言っているようだった。

「…………」

ただし、だからと言って突き放せる程でも無い。
咥え込んだ煙草を口から離せば、レイチェルを一瞥した。
キャップの奥で、鋭い碧眼が相手を見やる。

「……"宴の席"、なんだろ?幾ら肌身離さず持ってる相棒でも
 『アンタ等の空気』から見れば、不釣り合いな代物だった。それだけだ。
 俺からしたら、気がしれねェよ。『監視対象<クズ共>』と一緒に和気藹々して
 自分が寝首掻かれないと思っている、アンタ等の能天気さがね」

別に宴の席とか、そう言う事に無縁だった訳じゃない。
"何時如何なる時"でも対処できるように肌身離さず
その腰に添えられた銀は持っていた。自分だって抜く事は無いと思っていたが
まさか、『監視対象』までいるとは思わなかった。
おまけに、何故目の前の彼女を含めてそんな連中とあれだけ当たり前のように和気藹々出来るのだろうか。
風紀委員、秩序を護る立場からみても、"危険"だからこそ監視されている連中を
あんな場所に連れて行き、あれだけさも友人のように接する事出来るのに理解が及ばなかった。

「俺の銃が『不釣り合い』なら、『監視対象<クズ共>』なら以ての外だと、俺は思うがね
 神代の坊ちゃんが言うには、『備品』なんだろ?委員会の備品を、風呂にまで連れてって銃はダメ。
 ……どうかしてるぜ。あんな連中、とっとと『処分』しちまえば楽だろうによ。
 それとも、俺の言ってる事が間違ってるのかい?レイチェル先輩よ。」

舌打ち交じりに、不満を吐き捨てる。
苛立ちを隠そうともしない。
その証拠に、声音には怒気が入り混じっていた。

レイチェル >  
「ああ、馬鹿な真似さ。周りがどう思おうと、どう持ち上げようとな。
 だけど、その馬鹿のお陰で今のオレがあるのは事実だ。
 だから、オレにとっては『欠けがえのない』馬鹿な真似さ」

キッドの見上げる偶像。それを察してか、或いは知らずか。
しかしレイチェルは、そう、静かに語るのであった。

怒気の色を見せてくるキッドに対して、レイチェルは対照的。
穏やかな笑みを見せる。孤高を気取るろくでなしを、慈しむような
色すら見せて、受け入れている。
他人の気がしないな、と。心の内に思い浮かべた言葉を口には出さず、
レイチェルはただ、彼の言葉を全て受け入れる。

「……お前は、そうだろうな、気に食わねぇんだよな、監視対象が。
 でもって、お前はオレの考えを聞きたいらしい。
 じゃ、長くなるが聞いて貰うぜ」

目を閉じ、深く頷くレイチェル。
あの温泉でもそうだ。彼は、常にそれを隠さず態度に見せていた。


「確かに、あいつらは『犯罪者』だ。
 異能なんかは制御されてはいるが……お前の言う通り、
 寝首をかこうとする奴だって居るかもしれねぇ。
 そうでなくても何か問題を起こすかもしれねぇ。隙を見てまた
 犯罪に手を染める奴も居るかもな。全く、お前の言う通りだ。
 そういった危険性は常にあるものだと考えていい。
 不満を抱くのは当然だ。しっかりと伝えてくれて、ありがとうな」

頷き、キッドが怒気を込めて放つ言葉を、レイチェルは肯定する。
そういう疑問は、抱いて当然だ、と。
肯定してから、レイチェルは自らの考えを伝える。

「だが、そんな態度を表に出すのは、いただけねぇな」

語を継いでいく。そこで、一旦息をついて、改めて男を見やりながら。
その目深に被った帽子の奥、彼の目を見据えながら、言葉を紡ぐ。
彼女《レイチェル・ラムレイ》の言葉を、紡いで渡す。

 「『犯罪者』を徹底的に排除した先にあるものは、何だろうな。
 オレ達風紀の仕事は、『犯罪者』を叩きのめす……
 それだけじゃねぇだろ。そういった奴らがきちんとした道を歩めるよう、
 支えてやるのだって、立派な風紀の仕事だ。
 疎む奴が居るのは仕方ねぇ。
 お前の考えも、理解できる筋はある。
 オレだって監視対象全員がすっかり改心できるとも思っちゃいねぇしな。
 
 けど、オレ達までもがあいつらを真正面から否定しちまったら、
 あいつらは、どうなる?
 きっと最後の受け皿が無くなっちまう。
 
 お前の言うように『処分』するのは簡単だ。
 ただ縛って、引き金を引けばいい。
 そうすりゃ『憎むべき敵』は死んで、はいさよならだ。
 無論、そういう弾丸が必要になることはある。
  
 
 だが、そいつを無闇に放つその先に、一体何がある?
 
 思うに、その先はただ屍の山を築くだけのクソったれの未来だ。
 その未来は、引き金を絞る奴すら傷つける。
 
 その道は、何も生み出さねぇ。あるのはきっと、死と痛みだけだ。
 誰かの過去を否定するだけで、未来に繋がらねぇ。
 
 過去に目を向けるのは大切なことだ。
 でも、それは。
 うじうじ悩むクソみてぇな『後悔』じゃねぇ。『欠けがえのない』過去を背負って、
 今歩く道を、正しい未来に繋ぐ為にすべき努力――『反省』だ」

コップの中に珈琲を注いでいく。
黒が、湯気を立てながらコップを満たしていく。

「犯罪者にそこまでする価値も必要もねぇ、なんてお前は思うかもしれねぇな、キッド。
 でも、少なくともレイチェル・ラムレイって奴は、そういう
 『ろくでなし』と向き合っていきてぇと、そう考えてるのさ。
 お前は、どう思う?」

目の前の男を見て、レイチェルは語りかける。

そうして、目の前に珈琲を置く。
砂糖もミルクも入っていない珈琲に甘味はなく、
ただひたすらに苦い黒が、目の前に置かれた。

キッド >  
静かに黙って、聞いていた。
口に咥えていた煙草の煙を吸い上げながら
ただ静かに、大人しく、碧眼の中の燃え盛る"怒り"は消えない。
誰に対する怒りか。
目の前のレイチェルにか?
銃口を向けるべき犯罪者たちにか?
それとも……─────。

"ろくでなしのクソガキ、キッド"。
ニヒルで減らず口が絶えず、悪に慈悲無き執行者。
孤高のガンマン。きっと、"キッドのまま"なら鼻で笑い飛ばすような考えだ。
咥えた煙草を強く噛み締め、レイチェルを睨んだ。

「……"だから、どうしたってんだ"?」

怒声が低く、冷えた空気に波紋を残す。

「わかってるじゃねェか、アンタも。
 『犯罪者』だって、『処分』すべき対象だ……!」

ペッ、と煙草を吐き捨てた。"煙に巻く"ものもない。
椅子から立ち上がり、レイチェルのデスクへとにじり寄る。

「────何を言ったって、彼等は『罪』を犯したんだ。だったら、『罰』は必要なはずだ……!!」

荒げる口調とは対照的に、語調は落ち着いていく。
ストレートな感情を乗せた言葉。

「監視だけなんて、おかしいでしょ!?どうして誰も、糾弾しないんだ!?
 もう済んだことにはならないでしょ!?彼等は、『監視されるべき』理由はあるから
 ああなっているんでしょう!?『受け皿』なんて、そんなの……!!」

それは、本音とも言うべきものだ。
包み隠さずに、感情を吐き出していく。
鼻で笑い飛ばしてやればよかったのに。

「必要ない……!僕も、彼等も……!」

"少年"は、食い下がる。
彼は、"知ってしまった"から。

「未来に繋がらないから何なんです?
 彼等にも未来が必要だって言うんですか?
 中には、"人が死んでる"事件だってある!
 彼等は『未来』を奪った!だったら……!」

……少なからずも、己の言葉を受け入れてくれる人を、知ってしまった。
この島の人間の温かみを、知ってしまった。

「『奪われて然るべき』だ……!」

だから"少年"は言葉を叩きつける。
そう、"甘えて"いる。
わからないから、迷っているから。
16年間生きてきた間違いを、知っているから。

「……僕も、彼等も……『未来』も『反省』も必要ない……」

言葉をぶつける。
少年は馬鹿ではない。初めから、己が『間違ってる』事なんて知っている。
それでも……。

「……『かけがえのない』過去って何ですか?
 そんなもの、罪人<ボクら>にあると思うんですか……?
 貴女にとって……、…貴女にとって……!」

「両親を殺した事は、『かけがえのない』って、言うんですか……?」

レイチェルのデスクから、上半身を乗り出しキャップの奥から睨んでいた。
疲れ切った、くすんだ碧眼が。『かけがえのない』という彼女の言葉に
己の過去を、問いかける。

「向き合って、どうするんです……!?僕はもう、立派な人殺しだ……!
 殺したくない両親を殺して!周りの大人は誰一人咎めなかった!
 両親が『犯罪者』だからという理由で、『褒める』ことしかしなかったッ!!」

「こんなの『おかしい』じゃないですか!?けど、誰もそうだとは言わなかった!
 だったら、『裁き続ける』しかないでしょう!?それが、周りが『正しい』って言うなら……!」

そう、全部知っている。
レイチェルの言葉が、どれ程雄弁なのかも知っている。
クソみたいな『後悔』だ、間違いなく。
蝕んでる、揺れている。彼女だけじゃない。
多くの人間に、触れてきてしまった。
非日常に逃げた人間が、日常に触れて、亀裂が走ってしまった。
息も動機も、荒くなる。少年自身も意識してはいない。だが、二度目の"訂正"を受けた少年の顔は

「……そうするしか、ないでしょう?僕は死ぬまで続けるしかないでしょう?」

「────先輩、僕は『間違ってますか』?」

酷く、悲痛に疲れ切っていった。
わかっている。彼女の言う事がきっと、あの先生の言っていた『風紀』なんだ。
それに胡坐を掻いて、爪弾き者を甘んじている自覚はあるんだ。
だからもういっそ、糾弾してくれ。ここから本当に消してくれ。
同じ風紀の旗にいる彼女が『そう』と言えば、踏ん切りがつくから……。

ご案内:「風紀委員本庁 レイチェルデスク前」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。眼帯と風紀委員の制服を着用。>
レイチェル >  
「『間違ってる』――と、オレの口からその言葉を聞くことができれば、
 それで『満足』か。『ジェレミア・メアリー』」

そこで鋭い声色を向けて、レイチェルは目の前の男を睨みつける。
それから、ふっと再び穏やかな笑みを見せた後、真剣な表情で語りを続けていく。
 
「奪われて『当然』の奴なんか、この世に居ねぇさ。
 犯罪者も、被害者も、そうでない奴も、そしてジェレミア。
 お前だって同じさ。
 そこんとこ、オレもずっと勘違いしてたのさ。
 誰かから奪った奴は、奪われて当然なんじゃねぇかって、な。
 でも、それは違った」

数度、小さく首を振った後。
レイチェルは自らの前に置いたコップに、艷やかな唇を添える。
彼女の口の中に、逃れようのない苦味が、口に広がった。

「思うに、本当に必要なのは……居場所を、大切なものを『奪う』ことじゃねぇ。
 オレ達の手で『与える』ことなんだ。それは何も、『罰』だけじゃねぇ。
 
 法は、『罪』に対して『罰』を定める。
 そうすることで、社会を上手く回す『システム』として機能してる。
 そして当然、風紀委員会も『システム』の中にある。
 オレは、この島を守りてぇと思うからこそ、風紀《システム》の側に立ってる。

 けどな、オレ達はそれでも冷徹な、システム『そのもの』にはなれねぇ。
 オレが風紀委員であると同時にレイチェル・ラムレイであるように、
 お前は風紀委員であると同時にジェレミア・メアリーなんだ。
 感情を持った、血の通った、一人の『個』なんだ。

 過ちを犯した者に『与える』ことは当然、オレ達自身を傷つけることがある。
 悲しみ、葛藤、そして憎悪の感情すらも生み出しちまう。
 ちょうど、監視対象に対して今のお前が負の感情を抱いてるようにな。
 
 オレだって、今もし親友が――誰かに酷い目にあわせられたって聞いたら、
 その加害者の前で冷静な自分を保つ自信はねぇしな。
 
 それでも、だ。
 『システム』じゃないオレ達に出来るのは、『罰』を与えることだけじゃないんじゃねぇかって。
 その上で未来へ向けて、道を過っちまった奴らに、もっと別なものを、与えることが出来る筈なんじゃ
 ねぇかって、そう思うんだ。

 罪にも、感情にも、自分にも、向き合うことは簡単なことじゃねぇ。
 割り切れねぇものだって、いっぱいある。
 けど、オレ達が風紀である以上は、それでも向き合い続けなきゃならねぇ。
 『個』であることを、忘れないようにしながらな。オレは、そう考えてる」

そしてそこまで語ったところで、一つ静かに息を吐いた後。
レイチェルは珈琲を、今一度口に入れた。
味は変わらず、どうしようもなく苦かった。
それでも、彼女は言葉を紡いでいく。

「昔、ガキの頃な。
 オレも、家族を……撃ち殺した。
 化け物に取り憑かれてた父親に、殺されかけたクソガキのオレは……
 生き延びる為に大泣きしながら銃を撃った。
……その時に、生まれた時の名前は捨てたよ。
忌まわしい記憶と共に、捨てた……そのつもりだった。

それでも……当然、今でも夢を見る。
悪夢だ。あの日のことを何度でも、夢に見る。
クソったれだ、全く最悪の過去だよ。
オレの背負う重みがお前に分からねぇように、お前の背負う重みはオレにも分からねぇが、それでも。
お前もきっと、悪夢《かこ》に囚われ続けてんだってことは、お前の言葉を聞いてよく理解したつもりだぜ。

誰だって、大なり小なり何かを背負って生きてんだ。
歩いてきた道には、思い出したくないことが山程ある筈だ。
頭に浮かべるだけで、苦しいし、逃げたくなる……そんな記憶《みち》が。

でも、オレは……それをただの『忌まわしいもの』とは、考えてねぇ。
その過去がなければ、今足元にあるこの道も、そしてこの瞬間――お前と話すこの『今』も存在してなかった。
そういう意味で、最悪の、クソッタレの……それでも今のオレにとっては『かけがえのない』ものだったと考えてるよ。

過去に苦しむことはある。同じような石に躓いて転ぶこともある。何度だって、幾度だってある。
オレだって、そうさ。
けど、オレ達はそれでも……今歩いているこの『道』を、正しい未来に繋げていく為に足掻く努力は出来るはずだ。
今まで歩いてきた所が、薄汚れた道に見えていたとしても、関係ねぇ。
ジェレミア、お前の前にはまだ道が、続いてんだろ。なら、お前の過去も、全部ひっくるめて背負って……
それでも最後に笑える、そんな道にする為に、改めて足掻いてみたらどうだ?
前を見て足掻いて、歩いている中でどうしても、これ以上歩けないくらい苦しくなったら――」

そこまで口にして、レイチェルはコップの中の珈琲を全て飲み干した。

「――その時は、相談しな。『先輩』に、そして大切な人が居るんだったら、その人にもな。
 何も孤独に足掻く必要は……ねぇからな」

キッド >  
「───────……」

何も、不幸なのは自分だけじゃないのは百も承知だ。
不幸な人間を何度か目の当たりにした。
そうなってしまった人、そうならざるを得ない人。
飽く迄主観的な話。だから、自分は不幸なんかじゃない。
それを演じる為の小道具が、煙草<コレ>なだけだった。
実に如何にもな小道具。ただ、精神の安定を保つだけなら
煙草なんて形にしなくても良かった。

「…………」

今なら、あの時の教師が言っていた言葉がよくわかる。
助言の意味も。今のままじゃ、風紀<システム>に向いてない自分も。


<────……吸おうと吸うまいと、君は少し不安が強いようだね。>


そうだとも、ずっと不安だとも。
大事なものを自分で壊してしまって、大人たちの自分を演じて
それが、誰も『間違っている』と言われなくて。
不安に、決まっている。16歳の子どもに、皆一体何を求めているんだ。
文句さえ吐きだせずに、演じ続ける事しか自分には出来ないんだ。

「……レイ、チェル…先輩……」

そう、何も不幸な目に合うのは自分だけじゃない。
だけど、身近にそんな境遇な人間いるとは、思わなかった。
キャップの奥で、碧眼を見開いて驚いた。
この人もずっと、そうか……同じ部署だからって、愛想なんてさっさと尽かせばよかったのに。
いや、そうでなければこの人も、あの騒動の時に友人の下へと飛び出したりはしないんだろう。
力なく、立ち上がった椅子に座り込んだ。
落とした視線の先には、先ほど置かれた苦いコーヒーカップ。
独りでに自然と、口がポツポツと語っていく。

「……僕の両親は、マフィアでした。何処に出しても立派な犯罪者の親玉。
 物心ついた時に、それが"悪い事"だって気づいて、両親に止めて欲しくて……。
 けど、子どもの言う事。まともに取り合って、くれるはずもなかった……。
 つい、かっとなって……棚にある銃を向けて……けど、子どもの力じゃ、引き金は……」

「本当なら、"引けるはずなかった"。両親も、"子どものやる事"って笑い飛ばしました……。
 けど、違った……僕の異能がそれを許さなくて……視界が、"赤く"なった時には……ッ……」

あの日のきっかけが、記憶が脳裏にフラッシュバックする。
明確なトラウマ、弱い精神を軋ませる。
額に滲む脂汗、早まる動機に、胸を押さえた。

「ッ……ふたり、とも……しんで……ぼくが…、…ァ…うって…!
 つうほ、した…のに、だれ、…も、ぼくをせめ…、なかった…!
 あくと、うを…ころし、た…ひーろー……おとなが、そう、…いうなら……!」

「……こども、は…したがうしか、なかったじゃない、ですか……!」

誰か一人でも、その殺人を咎めていたら
ジェレミアの異能が違っていたら
両親が悪党でなければ
ジェレミア自身もまた、悪党だったら……。
"たられば"の話をしてしまえば、何方も同じだ。
きっと、彼女も何かが違えば悪夢に悩まされずに済んだかもしれない。
未だジェレミアは、その苦味を飲み干す事は出来ない。
混ざりに混ざった感情の渦が頭をかき乱す。
両腕で頭を抱えた。深く、深く、目を閉ざし────。

「─────僕<キッド>、なんて演りたい、わけじゃ……ないのに……!」

今までずっと、誰に対しても強がってきた。
日常に染まらない様にしてきたはずなのに
もう、あの時"光"を見てしまった。
暖かな光を、傍に置いてしまった。
何度も何度も、はがれた仮面を拾っては付けて強がってきたのに、もう────。


やっと吐き出した慟哭を、嗚咽と共に漏れていく。
みっともなく、孤独に足掻き続けて
やっと、誰かに見せれた少年の姿。

キッド >  
 
        ───────どこかで狂ってしまった僕の生は、あまりに稚拙な悲劇だ。
 
 

レイチェル >  
彼の言葉を聞き、レイチェルは改めて問いかけに返す。
『僕は間違ってますか』という、彼の心からの問いかけに。
 
「……たとえお前が思うように、お前が『間違ってた』としてもだ。
 まだ、お前は歩いてる途中じゃねぇか。
 
 なら、『間違ってる』だとか『間違ってない』だとか、
 『本当の答え』はまだ出ちゃいねぇ。それが、オレの答えだ。

 皆、道の途中だ。なら、『間違い』だろうが『正解』にしちまえばいい。
 重いもん背負ってたとしても、必死に『過去も未来も変える』為に、
 ひとつ足掻いてやろうじゃねぇか。オレも一緒に足掻くからさ」

そう口にして、レイチェルは椅子から立ち上がり、ボロボロと過去を、涙を、
零す、彼の近くに寄り添う。


「……強がらなくたって大丈夫だ。泣ける時に、泣けるだけ泣いたら良いんだ、
 ジェレミア。良いんだよ……好きなだけ、泣いていきな。
 此処には当分、誰も来やしねぇからさ……」
 
彼が激しく咽び泣く様子を見たレイチェルは、ただ優しく、声をかける。
彼の苦しみを全て引き受けることは不可能だが、彼の苦しみから紡がれた言葉で
繋がることは、できる。できると信じている。
だから彼の言葉にじっくりと耳を傾けて。
泣くな、などとは言わない。

泣いている後輩の傍に、ただ居てやる。一緒に、居てやる。
それが、レイチェル・ラムレイの信じる寄り添い方だ。

弱い自分を曝け出す。
それを、目の前の青年はして、見せてくれた。
ここまで自分を曝け出すことは、レイチェル・ラムレイにはできないことだった。
だからレイチェルはそんな彼を、少しだけ羨ましく、そして愛おしく感じていた。

そして、彼女は言葉を紡ぐ。
本当に伝えたい言葉を、紡ぐ。

「……いつか――」

ゆっくりと、母親が子どもに絵本を読み聞かせるように。
レイチェルは、言葉を紡ぐ。


「――いつか。ジェレミア。
 きっと、キッドを演じなくても、立っていられる日が来る。
 お前を助けてくれる光は、きっと手の届く所……日常の中に、ある筈だからな。
 だから――」




――必要なのは、きっと、ほんの少しだけ手を伸ばすことなんだよ。




最後の一言は。
どこまでも穏やかに。しかし、力強く。
そして何より、普段彼女が発すことのないような、年相応の少女を思わせる、
まっすぐで柔らかな声色だった。
それはきっと、自らへも送った言葉であったことだろう。


ふと。
レイチェルは、彼の頭に手を伸ばした。
少しでも、彼を慰めてやりたかった。
子どものように涙を流す彼に、自分の胸に湧き起こるあたたかい感情――
それは優しさだったろうか、慈しみだったろうか。とにかく、そういったものを
直接、与えてやりたかった。
『レイチェル・ラムレイ』としても。『先輩』としても。

彼が落ち着くまで、一緒に居てやりたい、と。
そしてこの部屋を出た後も、彼のことを見守り続けてやりたいと。
レイチェルは心の底からそう思ったのだった。

キッド >  
長い人生から見たら、まだまだ始まったばかりとはいうが
そんな気の長い見方なんて簡単にできるものか。
何時でも今日を必死に生きて、明日に不安を抱いて生きるしかない。
そんな道を独りで歩いてきた。否、独りじゃなきゃいけなかった。
人殺しの隣に、誰かを置いてはいけない。
だからずっと、多分気づかないふりはしてきた。
手を差し伸べた誰かの手を、きっと払いのけて生きてきた。
けど、ついに隣にあの子を、置いてしまった。
日常の中で輝く、明るい愛しい光を。

……嗚呼、もう……いいんだな……。

「────ァァ…!ウァァァァ……ッ!!」

寄り添ってくれる先輩に人の温もりに、遠慮なく甘えた。
俯いたまま、みっともなく大粒の涙を零して、我慢していたものを吐き出した。
今まで強がってた分も全て、憧れだった先輩に、頭に触れた温もりに。
ぼろぼろになっていた心が、また、胸が強く痛む気がして。
ずっと、ずっと───────。

───────光奈。

あの光も、ずっと寄り添っている気がして、漸くこの暗い四畳半の人生に────……。

キッド >  


──────────────────……。



泣き濡れて、漸く息を整えながら強引に腕を拭った。
此れだけ吐き出せば、気持ちも嫌でも落ち着くというもの。
そしてまぁ、次に湧き上がる感情はやっぱり"羞恥心"。
この頭の感触、多分撫でられてるよね。絶対撫でられてる。
帽子被っててよかった。目深に被ったまま、俯いたまま。
気恥ずかしさに紅潮した顔を見られないようにする。

「……も、もう大丈夫、です……すみません、みっともない所、見せました……。」

それでも声が少し上擦ってしまった。
仕方ない、恥ずかしいものは恥ずかしい。
軽く咳ばらいを一つ。

「……ありがとう、ございます。あの、もう少しだけ、聞いて頂きたい事があります。……良いですか?」

レイチェル >  
「お互い様だっての。
 さっきお前が言ってたけどさ。
 オレが華霧の為にここを飛び出した時……オレのフォローに回ってくれたろ。
 オレも一人じゃ生きていけねぇ。だからさ、お互い様」

落ち着いて、見やったのなら。
声色明るく、『先輩』として立つレイチェル・ラムレイが其処に居る。

「で、何だ? 聞いて貰いたいことってのはよ」

自分のデスクに戻れば、椅子へ座って、優しい笑顔のままで問いかけた。

キッド >  
「……どうも。」

お互い様。お互い様、でいいのか。
まだ、わからない。けど、彼女に世話になったのは事実だ。
ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったけど、伝わるはず。
視線を一度、コーヒーカップへと落とした。

「……正直に言うと、まだよくわかりません。
 未だ、過去を直視出来るかどうかはわからないし
 人に……先輩にもその、"相談"とか……気が引けます。
 僕も大概ですし、先輩だって、華霧先輩の事があるじゃないですか。
 ……僕の事まで、重みにはなってほしくないから……」

そう言える位には、"スッキリ"したらしい。
波紋の上に浮かぶ己の表情も、何処となく憑き物が落ちてる。
だとするとこれは遠慮、気遣いだ。曲がりなりにも彼女の過去の一端に触れて
彼女にも彼女なりに背負うものを断片的に知っている。
ジェレミア・メアリー、少年が持ち得た善性。
この善性がきっかけで、彼は今の今まで苦しんでいたのは、皮肉にしか成り得ない。
碧眼の先を、レイチェルに映した。
少しばかり、自信なさげに揺れる視線。

「……まだ僕は、彼<キッド>がいないと、まともに動けない。
 だから、その、……一つだけ。先輩に聞くべき事じゃないと思いますけど……」

「─────『犯罪者<ボクら>』は、日常を謳歌する事が許されますか?」

須く、それが罪なら犯罪者だ。
己も、彼女も、監視対象も誰も彼も。
自分なりに一つ、踏ん切りをつけようとしている。
未だに自分を許す気は無い少年は、不器用に『先輩』に頼る。

レイチェル >  
彼の気持ちは、しっかり伝わっている。
ぶっきらぼうな態度、そして強がり。
その奥にある存在を知ってしまったのだから。
だから、レイチェルはその言葉に微笑んだ。

そうして。
彼の言葉には、はっと目を見開く。

「気、遣ってくれてありがとな。
 華霧とは……あいつとは、色々と話しながら解決していくさ。
 まだまだあいつについて、知らねーこと……見てこなかったことも沢山あるから。
 改めて色々知って、その上で。オレがあいつの居場所になれたら……いや、
 オレはなりたいなって思ってる。オレ、あいつのこと好きだからさ」

彼が、すっかり心の奥底まで吐いたからだろうか。
レイチェルも、自分の気持ちを素直に伝えるのだった。
そうして、続く言葉には再び真剣な面持ちで語を紡いでいく。

「もし過去を無いもんにしちまうなら、過去から目を背けて生きるなら、
 犯罪者《オレ達》は、日常を謳歌なんてしちゃいけねぇ。
 
 犯罪者《オレ達》が日常を謳歌したいなら――

 ――戦い続けるしかねぇ。   自分自身と。
 ――抗い続けるしかねぇ。   過去の重みに。
 ――向き合い続けるしかねぇ。 自他の感情と。
 ――足掻き続けるしかねぇ。  ずっと、ずっと。

 そうして地べた這いずって向き合って、戦い続けるなら、
 オレ達だって、人並みに生きていくことが許されるんじゃねぇかな。
 
 だから今、日常を謳歌したって、良いんだ。
 それは、何も悪いことじゃないんだ。
 本当に悪いことは、自分の過去を無いものにしちまうことだろうよ。
 
 重いもん背負って、それでも正しい道を歩こうとするその『気持ち』は、
 誰かに『奪える』ものじゃねぇからさ」

そいつがオレの答えだ、と付け足した。

キッド >  
「……いえ……」

遠慮気味に首を振った。
そして、彼女なりの答えを聞いてから

「……そうですか」

また、短く返事をしてコーヒーカップを手に取り、一気に飲み干した。

────苦いなぁ、思わず吐き出してしまいたくなる。

砂糖でも何でも、少しでも入れておけばよかったかもしれない。
でも、今はいいや。空になったカップを置けば、思わず吹き出す様に笑った。

「……先輩、コーヒー淹れるの下手なんですね」

「"しょっぱかったですよ"」

涙の味。
冗談一つかまして、漸く彼女へと顔を向けれた。
ゆっくりと立ち上がれば、歩き始める。
立ち去ろうと言う訳じゃない、吐き捨てた煙草を拾い上げに言っただけ。
一々律儀と言えば、そうだ。

「人生って、難しいですね」

拾い上げた煙草を見つめながら、徐にぼやいた。
上手く行かないから人生と人は言うけど、少しくらい砂糖も欲しくなる。
ちゃんと煙草をゴミ箱へと捨てれば、また席へと戻ろうとする。

「……正直、怖いですよ。戦えるのか、抗えるのか、向き合えるのか、足掻けるのか。
 ずっと独りで我武者羅にやってきたけど、多分、先輩の言う事は
 今まで僕がやってきた事とはどれも違って、きっと、今より苦しい思いをするものだって、わかります。」

これは今まで煙に巻いてきたものを
ジェレミアとしても、キッドとしても向き合うことになる。
きっと、途方も無い事なんだろう。
他ならぬ、"先人"の言葉だ。
彼女はずっと、ずっとそれを続けているから、今此処に居る。
矮小な己に、立ち向かえるかはわからないけど……。

「けど、やってみます。僕も日常を、"普通の人"と変わらない人生を送りたいから
 ……いるんです、日常に僕の事を好きだって言ってくれる、彼女が。」

立ち向かえるか分からないけど、その点に関しては一人じゃなかった。
まだどうなるか分からないけど、それは確かに成就した初恋。
彼女がいるから、これだけは前向きに言える気がする。
そう、だからこそ、言葉を続ける。

「……まだ、此れは言えた立場じゃないかもしれません。けど、言わせてください」

小さく深呼吸し、真っ直ぐな眼差しがレイチェルを見据える。

「華霧先輩も、何だか危なっかしいからわかりますよ。
 お友達、なんですよね。レイチェル先輩と。
 ……僕もお世話になったから、あの人を繋ぎ留める事には協力します。それと……」

「『貴女自身』の事です。……僕も未だに、悪夢<かこ>に囚われた人間だ。
 漸く、情けない姿を先輩の前に晒した、破廉恥な男です。
 ……自分自身が、よくわかっています。けど……」

ジェレミアは彼女に甘え、頼った。
漸くほんの少しだけ、前を向けるようになり始めたに過ぎない。
もしかしたらまた、転んで立ち上がれないかもしれない。
己の弱さを自覚している。彼女と違って、薬物に依存しないと
現実と向き合えない程弱い、己の精神を。
今も、僕<キッド>はそこにいる。

きっと、ジェレミアが聞いてしまったのは"卑怯な方法"だ。
甘えた感情で、彼女の断片を喋らせてしまった。
罪悪感が無い訳じゃない。けど、そうじゃない。

「……僕がちゃんと、頼れる男になったら、助けたいんです。
 華霧先輩も、皆も、そして、『貴女』も。」

見据える先は『レイチェル・ラムレイ』の先にあるもの。
彼女が捨てたはずと言った、『少女』の姿を、鷹の目が見据えている。

「だから、その時は……『貴女』の名前を教えてください。
 『貴女』の助けに、僕自身が『貴女』の『居場所』になれるように
 『貴女』の悪夢に手を伸ばせるように。これから……必ず、必ず頑張ります」

自分がそう、されたから。
夢と現実を行き来するような夢遊病患者に飛び込んできてくれた少女がいた。
彼女の程の勇気は自分にはない。
大それたことを言った、自覚はある。
正直、不安に手汗が滲み出た。それを隠す様に、強く握る。
それでも、いった言葉に偽りは無い。
自分がそうされたから。この善意を、受け取った善意を繋げていく。

キッド >  
 
       ────────凄いなぁ、光奈は。
 
 

キッド >  
「こう言うの、『お互い様』……って、言うのは、百年早いですね、まだ」

なんて、最後に冗談めかしに一つ、付け加えた。

────────光奈、これでいいのかな……?

レイチェル >  
「悪ぃ悪ぃ、オレも不器用なもんでな。
 ずっとやって来た化け物退治は上手くやれても、珈琲は上手く淹れられねぇし、
 人との付き合い方だって、まだまださ。
 でも、お前よかほんのちょっぴりだけ、長く生きてるからさ。
 言えることがあるってだけさ。ま、珈琲の淹れ方は勉強しとくぜ」

それは、本当にしょっぱい味の珈琲。
苦いだけじゃなく、舌の上で悲しみの味も広がって。
とても、飲めたものではなかったことだろう。

彼の冗談には優しく笑いつつ。
冗談と知りながらも、先人は、そう返した。

「怖くて当然だろ。
 オレだって怖い。怖くてしかたねぇ。苦しいことだってあるさ。
 でも、まだ今日を生きることが出来てるなら、足掻ける力が残ってるなら。
 普通の人として生きたいって気持ちがあるなら。日常を愛したいなら。

 怖くたって踏み出すしかねぇだろ、道が続いてんだから。

 そうやって、オレ達はやれるだけやってみせるしかねぇさ。
 一歩一歩、怖がりながら、無様晒したっていい。
 泣いたって構わねぇだろ。少しずつでも、一歩ずつでも、
 前に進んでいくことができりゃ、それでいい。
 
 大事な彼女と……はっ、時空圧壊《バレットタイム》のレイチェルだって
 ついてるんだから、敵なしだ、頑張りな」

冗談を飛ばし、微笑むレイチェル。

そうか、目の前の青年には大切な人が居て、一緒に歩いてくれるのだ。
名も知らぬ相手だが、精一杯応援したいと、レイチェルは思った。
その意志を笑みに込めて、ジェレミアに送る。花束を、送る。


「ああ、危なっかしくて……いつだって適当なフリして、恥も知らねぇ、
 ちょろちょろしてて、セクハラもしてくるし、仕事はサボるし、
 可愛げもねぇし……ったく、どうしようもねぇ奴さ。
 でも、オレはあいつが好きだ。本当に、大切な存在だ。
 お前も一緒に繋ぎ留めてくれるっていうなら、そんなに心強いことはねぇと、
 そう思ってるよ」

散々悪態をついた後に、何故だか少し慌てて、そう口にしてやはり笑顔を見せる。
それは少し、困ったような笑みだった。


そうして、『貴女』と呼びかけられれば、はっと、目を見開くレイチェル。

レイチェル >  
鷹の目は、捉えただろうか。
奇跡の能力は、捉えただろうか。


その向こう側に居る『彼女』の姿。
窓際に立つ、その少女。
気弱で、臆病で、でも何処までも優しい、そんな笑みを浮かべている
ただ一人の少女の姿を。

窓の外から光が射し込む。
『彼女』の背後を、照らし出すように。

それは、風紀委員の一室であることを忘れるほどに、幻想的な景色だった。

すっと風が吹き込んでカーテンを揺らせば、
『彼女』の艷やかな金の髪が、穏やかに揺れて。

そうして、『彼女』はジェレミアに、口を開く。


静かに、ゆっくりと。

レイチェル >  
 
 
 
 
『――ありがとう、ね』
 
 
 
 
 
 

レイチェル >  
『幻』だったのだろうか。
気付けば。

目の前には、『レイチェル・ラムレイ』が居る。


「まー……その、あんがとよ。
 そうだな、期待して、待ってるからさ」

ふっと笑って、レイチェルは頭の後ろに腕を回した。


「じゃあ、こんなところか。
 最初に言ってた件は……もう良い。
 お前がその気持ちを持って前に進むってんなら、
 もう聞くことは何もねぇ。
 行ってきな、大切な人の所にさ」

そうして、明るく笑って見せるのだった。

キッド >  
「でも、僕よりはうまいでしょうね、人付き合い。
 先輩って、結構モテてますよ。本当に」

敢えてこれ以上口には出さないが、頼りがいもあって
……まぁ、その、比較的男の目を引く体つきもされている
ので、風紀男子からは(恐らく)人気も高い
但し、訓練の場合を除く。

「……そうですよね。進むしか、ない。
 進むしか、無いんですよね。」

その一歩一歩はきっと重く、贖罪の一歩だ。
錆色の道を、罪悪感と言う重りがつかんで離さない。
一歩歩くだけで、奈落へと落ちかねない綱渡り。
彼女はずっと、続けていたんだ。
自分なんかよりもずっと早く、"ほんのちょっぴり"どころか
体感すればきっと気の長くなるような話かもしれない。
やはり、不安はまだ残る。
そろそろ、"精神面"の苦痛も和らげなければいけない。
まだまだ弱いけど、きっと大丈夫だ。

「心強い言葉ですよ、って……そこまで言わなくても……」

そこまで見られていたことに、此方も驚いた。
成る程、流石は『先輩』らしい。
後輩として、感服せざるを得ない。
少しだけばつの悪そうに頬を掻いて
胸ポケットから煙草を取り出した時────。

「───────……!」

その目は確かに、視えた。
ほんの一瞬見えた幻視かもしれない。
見開いた碧眼に、力が籠る。
"目"に関する異能が確かに、己のレンズにそれを映した。
刹那の中の、永劫とも終える時間帯。
『彼女』は確かに、そこにいた。
とても寂しそうに、悲しそうに、優しそうに、笑っていた。

「…………」

瞬きする頃には、もうその姿は見えやしない。
一夏が見せた、幻だったのだろうか。

……けど、確かに見た、聞いたんだ。
ごめんね、今は"そこ"にはいけない。
けど、必ず──────。

取り出した煙草を口に咥えて、火をつけた。
白い煙が再び立ち上り、自然と口角が釣り上がる。

キッド >  
「……ふ、俺に期待して無駄だぜ?」

幻の代わりと言わんばかりに、ろくでなしは其処にいる。
ただ、何時もよりはきっと、"自然な笑顔"だ。
キャップを外せば、机の上の資料に目をやった。

「そうしたいのは山々だが、アイツも"半端な事"で帰ったら怒るだろうからな。
 なァ、先輩。たまには机の上を"綺麗"にしとかねェとな。手伝うよ。」

何時ものように、職場にいると変わらない不敵な笑みを浮かべて、白い煙を吐きだした。
相変わらず歯の浮くような言動だが、それでも、ずっと前よりは素直に
少年らしく、彼女に言ってみせる。

「─────アンタも、ありがとうな。」

ハッキリとレイチェルに、向き合って言ってみせた。

「……さぁて、まずはどっから片づけるよ?」

レイチェル >  
そうして。
二人がかりで書類を片付けながら。
レイチェルの中で引っかかっているものがあった。

そうして、仕事が終わり、キッドが帰った後、一人。
部屋に残ったレイチェルは、一人呟くのだった。


「……あれ。
 そういや……オレ、『好き』……だとか……言って……た、か?」

キッドとの会話の中で想いを語る内、何気なく、口にしていた。
華霧に向けた想いを言葉にしたもの。
『好き』。その言葉の意味する所は。

その言葉を思い返し、レイチェルは一人、
頭をぶんぶんと振った。

帰ってシャワーでも、浴びよう。
そうして、早く眠ろう。
明日は、華霧と水族館に行く日だから。

ご案内:「風紀委員本庁 レイチェルデスク前」からキッドさんが去りました。<補足:黒いキャップを目深に被った金髪碧眼の長身の少年。黒い皮ジャケットに、腰に添えられた大型拳銃が目立つ。>