2020/08/15 のログ
ご案内:「空中水族館「星々の庭」レストラン 個室」にレイチェルさんが現れました。<補足:金髪の長耳少女。Tシャツにチュールスカート、オフの日の服である。>
ご案内:「空中水族館「星々の庭」レストラン 個室」に園刃 華霧さんが現れました。<補足:制服 黒いチョーカー しっとりした髪>
レイチェル >
空中水族館「星々の庭」。
近頃話題のこの水族館に今日、レイチェルは華霧を誘っていた。
温泉旅行で声をかけたあの後に、電話で彼女とスケジュールを合わせて、
何とかこの日を空けることができた。
このレストランは館内の入口からすぐ入れる所にある。
時刻は夕方過ぎ、空が暗くなって少し経った所。
館内は夜の部に向けて館内放送を流している最中だ。
今、レイチェルが居るのは館内にあるレストランだった。
この水族館のレストランは、通常のオープンなテーブル席もあれば、
少人数でじっくり話せる個室も用意されている。
店員に案内されて入ったのは、店の奥にある個室。
入れば手持ちのバッグを置いて、備え付けの椅子に腰掛ける。
レイチェルの服装は普段の制服と違い、ちょっと特別なものだった。
黒のTシャツに、スモークピンクのチュールスカート。
いつものツーサイドアップではなく、ポニーテールの形で髪を結んでいる。
完全なオフの日の、彼女の私服である。
いつもより少しばかり、大人っぽく見えるだろうか。
そわそわしながら腕時計を見れば、華霧との
約束の時刻まであと10分といったところだった。
待っている間、周囲を見やる。
中央に備え付けられた黒を基調とした木製のテーブルの上には、
少し暗めの照明を受けて光る白の皿とナイフ、そしてフォーク。
個室の奥には、大きな円形の窓がある。
そこからは見えるのは天を覆う深い黒の海を華麗に泳ぐ魚達と、煌めく星々。
――こりゃ、すげぇな……
正直なところ、レイチェルは少し気圧されていた。
星々の庭のレストラン。最近人気で、雰囲気が良いとは聞いていた。
こういった店に来た経験もそうそうなく、慣れぬ電話でおそるおそる
2名プランの予約をしたのだが。
まさかここまでのものとは。
特別なプラン、などと言う電話先の店員に対し、
とりあえずそれでお願いしますと、逃げるように電話を切ったのは、
1週間前のことである。
さて、そろそろ華霧は来るだろうかと。
レイチェルは腕時計と、閉められた個室の入り口を交互に見つめている。
園刃 華霧 >
今日も今日とて風呂をねだったら、髪の毛を弄くられてしまった。
いや、待ってほしい。違和感しか無いからホント。
微妙にゲソっとした顔でも"そこ"にたどり着いた。
そして――
「いヤー……」
うわーと、間の抜けた声を上げてしまう。
こんな光景は初めて見る。
ガラス張りの天井。
漂う不思議な生き物たち。
幻想的、という言葉はまあまさにこんなのに言う台詞なんだろう。
そこに放り出されたいつもの制服姿の猫一匹。
……流石に場違いでは?
大体のことに無頓着な彼女も、流石にちょっと引け目を感じた。
そもそも制服って。
いや、私服なんて持っていないし学生なら制服が正装だしー、
とちょっと心のなかで言い訳。
まあなんにしてもトモダチに呼ばれて、OKしたのだ。
今更引くわけにも行かない。
始めてしまったら『続けるしかない』
……いや、今使う台詞か?これ
よし、女は度胸、とか言うんだっけ。
まあとりあえず、園刃華霧も度胸ってことで!
「よいっしょっとぉ! ……まだ間にあってルよね?」
案内されてたどり着いた、目的地の扉を開け放った。
レイチェル >
場違い。そう考えているのはレイチェルもまた同じであった。
いつもなら安い店で、食事など済ませてしまうのであるが。
――ま、でもせっかくだし、いいか。
華霧を待つ10分の間。
色々考えて、やっぱり観念することにしたのだった。
窓の外に目をやれば、見飽きることのない幻想的な光景が
広がっている。輝く星を見上げながら、昨日の夜にひたすら
頭の中で浮かべていたことを思い返していた。
そうして。
勢いよく開け放たれる窓。
そちらを見やれば、レイチェルはいつも通りの笑顔を浮かべる。
「よっ、華霧。……いやー、ごめんな。何かもうちょい気軽に話せる……
所だと思った……んだけど……」
申し訳無さそうに笑いつつ、座れよー、と声をかける。
そもそも、個室だというのも聞いていなかったのである。
動揺はさておいて、普段通りに相手と向き合うのだった。
「……って、あれ? 髪型変えたのか?」
園刃 華霧 >
部屋の中は、外と変わらずやはりなんというか……豪華だ。
正直、質より量、とまでは言わないけれど。
食べられるならたくさんの方が良いや、な自分からすればまるで別世界なようなのは否定できない。
流石レイチェルちゃん。世界が違うぜ……って思ったんだけど。
「ァー……チェルちゃんも、よクわかラんで予約シたのネ……
ま、新しいトコだし、仕方ない仕方ナい。」
ひひひ、とようやくいつも通りに笑う。
いつもの制服、いつもの笑い。
本当にいつもどおりである。
「……髪……そコは……触れナいで……
いヤな思い出ガ……」
新鮮な髪型であったが、なにやら本人にとってはトラウマのよう。
なにか妙にげっそりした表情を見せた。
レイチェル >
「ま、そういうこと。人気だって聞いたから予約してみたんだけどな。
オレもこういうの慣れてねぇけど、楽しむことにした。
今日はせっかく華霧と一緒に話せるんだからさ」
そう口にする。私服だろうが何だろうが、彼女は彼女。
いつも通りの笑顔と声色だった。
「っと、悪ぃ悪ぃ……でもいきなり髪型変わってたらびっくりするだろ?
珍しいし。オレはその髪型も、似合ってると思うけどなー……」
と、ちょっと冗談混じりに、悪戯っぽく笑うレイチェルであった。
ひとまず、触れないでと言われたなら深くは触れないのである。
店員が水を運んで来て、メニューの説明をする。
やはり、出てくるのはコース料理らしかった。
最初は『生ハムのグリーンサラダ』らしい。
店員が去っていったところで、レイチェルは話を切り出す。
「そういや華霧、最近何処に居るんだ?
女子寮も出て行っちまったし、どこで寝泊まりしてんの?」
素朴な疑問だった。
飛び出していって、牢獄に入って、それから。
まだ彼女の姿を、女子寮で見かけていなかった。
気がかりだったレイチェルは、心配そうな表情で彼女に尋ねる。
園刃 華霧 >
「まーッタく、レイチェルちゃんにシちゃリサーチ不足ダなー?
働きスぎじゃナいの? たまニは手を抜きナって。」
その原因の一つはおまえだ。
と言われそうであるが、そんなことは構わずに忠告をする。
相変わらず、猫は気まぐれでいい加減なのだ。
「ァー……ま、うン。
別にアタシの趣味じゃナいしね……」
普段から髪の手入れなんかしないから、そりゃ確かにびっくりするだろうなあ。
今日も一応、人に会う用事があるからって風呂借りたらまあもう、ノリノリでいじくり回されたからこうなだけで……
相手は女だから!と言わなければ、控えていた妙な服まで着せられたかもしれない。
ああ、考えるだけで恐ろしい……
「お」
さて、そんなことよりも食事だ。
『生ハムのグリーンサラダ』、ということらしいが……
うん、生ハム。うん、サラダ……
……うん、高級なのはよく分かる。
……わ、わかるやい。
ちょっと悲しみを背負っていると
「え? いま?」
あちゃ、しまった。
そこ聞かれるか……
「ァ―……うン、まあぼチぼち……なんトかうマい感じニ?
ヤってる。うん」
事実であって誤魔化しでもないが、なんとも歯切れの悪い解答。
そもそも適当な嘘をついても絶対にバレる。
なら、適度に誤魔化していくしか無い。
なにより、いまは落第街の娼館で寝泊まりしてます、とか言ったらヤバい。
絶対にやばい。
レイチェル >
「ほんとごめんなー、次はもうちょっと軽い店にしとくから。
……まぁでも。ほんと綺麗だよな……」
そう口にして窓を見やれば、ふわふわと空を舞うクラゲが、
光りながら空を泳いでいる。薄っすらとした赤、青、緑、黄色。
仄かに色を放つそれらは、暗闇の中にあっても主張しすぎずに、
窓の外で漂っている。
「へー、ぼちぼち、上手い感じに……って。
華霧~、なんか隠してるだろ、お前」
軽い口調で笑みを見せながら、
人差し指で華霧をピンと立てるレイチェル。
目の前の少女を、レイチェルはしっかりと見ている。
見ることにしている。あの時から、特に。
さて。そんな言葉をかけた後。
レイチェルは少しばかりの沈黙を紡ぎ、そして
こう問いかけるのであった。
「……あー、もしかして……彼氏の家、とか?」
園刃 華霧 >
「ン―……マ、たまニはイんじゃナい?
見た目は……マぁ、確かニいいシ。
時計塔の夜景トはまタちガ……おット。」
あそこは生徒立入禁止でしたね。危ない危ない。
時既に遅し、な感じもするけれど。
うん、それにしても綺麗だなー……っと、ちょっと誤魔化しながら見回す。
いや、確かに見たこともない魚……いや、魚か?
なんかよくわからない生き物が、ピカピカとしたりしながら浮かんでる。
……うまそ……いやいやいや。
「ェ、いヤ。隠しテなンか……」
やばい、バレてる。いや、バレるってこんなもん。
そりゃそうだ。でも適当な嘘ついてもそれはそれでバレるし、後が怖い。
どうしたもんかなあ、と心のなかで冷や汗。
「……は? 彼氏の家?」
思わず間の抜けた声。
どうしてそういう発想になるのか。
あー……でも、そうか。りおちーが前にそんなこと話してた記憶もある。
そういうこともあるんだな。
情報更新、と
レイチェル >
「……そうだな、たまには良いよな」
時計塔の夜景、という言葉にはおいおい、とだけ返しつつ。
二人で、幻想的な夜景を眺めるのであった。
その瞬間に、何となく。
きゅっと、胸が締め付けられるような感覚がして、
レイチェルは少し頭を抱えたのであったが。
「冗談だって、冗談」
思わず間の抜けた声を出す華霧を見て、レイチェルは可笑しそうに
微笑んだ。彼女の胸の内でふっと芽生えた、
あたたかな安心感。それを感じながら、少し視線を華霧から逸らすレイチェルであった。
あはは、と口で笑いつつ。
そんな話をしている内に、生ハムのグリーンサラダが到着する。
皿は二つ。分けずとも、そのまま食べてしまえるようになっていた。
なるほど流石、二人用の特別プラン。
こういう所に気を利かせてるんだな、などと。
一人納得するレイチェルであった。
「……で、実際の所はどうなんだ?」
それまで悪戯っぽく笑っていた彼女も、ここに来て再び
心配そうな表情を浮かべて、華霧を見やる。
園刃 華霧 >
「そウそう」
夜景。昨日見たのは夜空だったか。
煌く星の眺め、というのも確かに悪くはなかった。
路地裏で眺めるよりかはよっぽどいい。
そして今は……
友達と眺める不思議な風景。
こういうのも、悪くはない。
「ったク。冗談きっツいナぁ、チェルちゃん。」
へらっと笑い返す。
前に温泉で彼氏話なんてしたもんだから、つい思い出に浸っちゃったのかねえ。
流石にそこに突っ込むのは野暮な気もするのでやめておく。
メシが不味くなっても悲しいものがある。
「ふー……ン?」
よし、本命、食事が……とど、いた……
うん。皿が一つずつ。量がまあ、微妙なのはこの際、いい。うん。
葉っぱにハムにチーズ……うーん。
高級……いや、高級なんだろう……うん……
「いっただキ……むグ」
早速手を伸ばしていただきます。
遠慮のえの字もないけれど、別に此処なら良いだろう。
で、一口いったところで、核心の質問。
ク、なんてタイミングだ。
あ……うま……
ごほん
「……ンぐ。ンー……知り合いのトコ。
ちょっと、泊メてもらっテる。」
色々なところをすっ飛ばしているが、事実は言う。
「今は」確かに、泊めてもらっている。
嘘ではない。
「知り合い」まあこれも微妙なラインだけど嘘ではない。
何処、とは言えないが……
レイチェル >
華霧がグリーンサラダに手をつけるのを見て、
自分も手をつける。一口、ぱくり。
――おお……うま……
思わず、胸いっぱいに幸福感が湧き起こる。
量はちょっとばかし少ないが、それも気にならない程だった。
「知り合いの所ね、そいつは良かった。
もしそこらで野宿してるとか……最悪落第街の路地裏で寝てるとか、
そういうことしてたらと思って、心配だったんだ。
知り合いの所なら、まぁ……安心だな」
良かった。
本当に、心の底からそう思った。
目の前の相手には、危険な所に居て欲しくない。
そう、この相手は何処までも『危なっかしい』から。
「じゃあ、今度遊びに行っても良いか?
華霧の知り合いとも、会いたいからさ」
そう口にして、微笑むレイチェル。
昨夜。布団の中で随分と思い悩んだ。
牢獄の前でも、思い悩んだ。
星空の下の落第街でも、思い悩んだ。
ずっと、彼女のことで思い悩んでいた。
これまで、
自分は目の前の相手のことをどれだけ知らなかったことか。
だから今は、少しでも彼女のことを知りたいと思ってこその、
問いかけだった。
彼女の、本当の居場所になりたいから。
園刃 華霧 >
とても純粋な反応。
ちょっと心苦しくもあるけれど、そんなところで心配もかけられない。
まあそのうちなんとか上手いことやって、平和に住めるようにするからちょっと待ってね。
そう思って、次の一口。
……ハムが薄っぺらいくせに、妙に塩気と旨味がする。
上にかけられてる粉チーズ? これもなんか其の辺のレストランとかのよりよっぽど味が濃い。
そのくせして、葉っぱ分であんまり塩っぱくなりすぎなくなってる……
く……これが、高級の力だとでも言うのか……!
まあでも、幸せだな……と問題を一瞬だけ投げ捨てて思っていたら。
「う……っ」
遊びに行っても良いか?……だと……?
しまった。其の攻撃は予想してなかった。
やめてくれ、其の攻撃はアタシに効く。やめてくれ。
……これは、誤魔化しきれないかなあ……
仕方ない……怒られ覚悟で白状するか……
「ァー……その、えっト……ァの……
そレは、ちょっと……無理……ってカ……ぇっと……」
もごもごと、うまい言い方を探しながら口にしてみるが、
やはり何も思いつかない。
いや、此処で下手に誤魔化してもまたさらなる追い打ちが来るだけな気がする。
言えないところまで剥がされるのは本当にヤバい。
「ごめン……ッッッ!! 実は、ぇと……落第街の……古馴染みンとこ……いル……
い、イや、ここ2日クらいの話で、もうコッチに戻るつもリだったンだ!」
凄い言い訳がましいな、と自分でも思ったけれど事実は事実だもん、と主張したい。
それ以前は、と突っ込まれるとヤバいんだが……ヤバいなあ……
これは、ちょっと色々覚悟をするべきか……?
さようなら……美味しいご飯……
レイチェル >
「ちょっと無理って何だよ~……?」
彼女の言葉を受ければきょとん、と。
不思議そうな顔をするレイチェル。
華霧の事情を知らないレイチェルは、ただ純粋に心配する気持ち
で問いかけるのみである。
「落第街……か。
そういや、昔、落第街に居たんだもんな、華霧は。
ごめんな、さっき落第街で寝泊まりするのが心配、
だとか言っちゃってさ。
言い出し辛く、なっちまったよな……」
牢獄で彼女から聞いた話を思い出す。
何も無い状況から、足掻いて戦い続けて、
今のポジションを勝ち取ったのだと、そういう話だった。
「2日くらいって、その前は何処に居たんだよ?
……華霧。やっぱ、オレには話せねぇことなのか?」
そこまで口にすると、レイチェルは少しだけ視線を落とす。
ほんの、少しだけだ。
すぐに取り繕うように笑って、サラダに手をつけ始める。
園刃 華霧 >
「ウぐ……っ」
ずきり、と何処かが痛んだ。
ああ……まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
なんだ
アタシは何を間違えた。
まずい だめだ
「いヤ、ちが…… 一回、寮出て…… なンか、もう、戻らナい、みたイな、空気だシて……
だカら、戻り、づらクて…… そノ、新しい、とこ…… 考え、て……
探して、ルん、だけド…… そ、そロそろ見つカるはずダから、サ」
なんだかむちゃくちゃになっている気がするが、とにかく説明する。
嘘ではない。其の気はあった。
ただ、なんだか新しい所ちゃんと探す気にもなれなくて、なんとなくなあなあの宙ぶらりんのまま。
トゥルーバイツで過ごしていた時のノリのままに、ついつい過ごしてしまっていたのだ。
そんな半端な話、できない……と思っていたんだが。
レイチェル >
「……華霧――」
ただ、名前を呼ぶ。
彼女の名前を、呼ぶ。
穏やかな声色。
しかし、真剣な表情でレイチェルは彼女を見ていた。
狼狽しているのは、見れば明らかだ。
きっと、どうしても言い辛いことがあるのだろう。
自分という存在は、まだ居場所になれていないんだ、と。
フォークを持つ手に、少し力が入った。
それは、自分自身への憤りだった。
それでも。だとしても。
積み重ねていくしかない。
今日は。今日から。
彼女の、本当の居場所になる為に。
守りたいと思ったから。
失いたくないと、そう思ったから。
だから、自然に言葉が紡がれる。
「――華霧」
もう一度だけ、彼女の名を呼んだ。
余計な言葉など、必要ない。
そう信じて、目の前の園刃 華霧と向き合う。
彼女と、向き合いたいから。
約束を、果たしたいから。
そうして、じっくりと目を見据えて、言葉を待つ。
彼女が言葉を紡ぐ時間を、レイチェルから送る。
ふわふわと漂うクラゲが、暗闇の中、光りながら二人を見守っている。
園刃 華霧 >
「……っ」
なまえを よばれる
じっと みつめられる
ああ だめだ
これは よくない
まずい
まずいまずい
まずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずいまずい
……………
…………
………
……
…
園刃 華霧 >
ゴッッ
園刃 華霧 >
鈍い音が響いた。
頭が、テーブルに打ち付けられた音。
……静かに、顔を上げる。
「……悪ぃ。ちょっと頭冷やした。」
すっかり静まり返った部屋。
ただようクラゲの光だけが己を主張しているようだった
わずかの後――
物音に驚いてやってきた店員をぞんざいに追いやって、
それから静かに言葉を継ぐ。
「……で。ああ。
出てからだっけ。しばらく、あちこちしてた。
どこかいいとこないかなって思ったんだけど、いまいち真面目に探す気もしなくてさ。
トゥルーバイツの時に、良いねぐらはいくつか見繕ってたからそこ使ってたよ。」
レイチェル >
「お、おい? 大丈夫かよ……!」
突然頭をテーブルに打ち付けるものだから、
レイチェルは慌てて駆け寄ろうとするが、
すぐに頭を上げた彼女を見て、その動きを止める。
「そっか、トゥルーバイツの時のねぐらを、ね……
そうか、分かった。ごめんな、トゥルーバイツの時の
こと、そんなに言いたくなんか、なかったかな」
その言葉には、納得したように頷くも、内心は違う。
何処か『引っかかり』を覚えている。
いや、大きな『引っかかり』を目の前の少女から覚えている。
だから探るように、それでも向き合いながら言葉を続けていく。
今までだったらきっと、見てみぬフリをしてしまっていたのかも
しれないけれど、それでも。
「華霧。戻り辛いって言ってたけどさ。
気にしなくたっていいぜ、そんなこと。
こっちに戻ってこねぇか?」
そうやり取りをしている内に、次のメニューが運ばれてくる。
サーモンのマリネだ。パプリカも添えられている。
ことり、と置かれた皿を挟みながら、
レイチェルはそう語りかける。
園刃 華霧 >
「ん、気にしない。へーきへーき。
あとまあ……探すつもりだったのに、あんまやる気がしなかったっていう
サボりっ気の方がいいにくかっただけだし。
トゥルーバイツは……まあ、うん。悪くない。」
トゥルーバイツ。その過去は悪いものかもしれない。
それでもそれを否定したくはない。あれは、アタシの誇りの一つだ。
だから、結局つまるところは、それ。
自分の情けなさが身にしみるだけなのだ。
「んー……
流石に、ちょっと同室の連中がな、ぁ……
いっそ堅磐寮あたりが丸いのかなって思ったりはするんだけど。」
これも、そう。
なんだか綺麗に身辺整理した風に出てきたのだ。
流石に、顔を合わせるのは…… 同じ部屋に居なければいいんだろうか。
で。気づいたら、なにか魚っぽいものが置かれていた。
……刺し身?
「ああ……こっち、か。
こっちといえば、アタシも後で話があったな。」
少し思い出したように口にした。
レイチェル >
「そっか、それなら安心だ。
トゥルーバイツでの経験だって、
お前の歩いてきた道だもんな」
妙に気を遣って、らしくないことを言ってしまった。
調子が、狂っている。どうしようもないくらいに。
昨晩の『気づき』が。レイチェルの歯切れを悪くさせていた。
だから、改めてそう告げる。
彼女にとって、トゥルーバイツに居たことはきっと、
今の彼女にとって『かけがえのない』経験の筈だ。
彼女の過去を否定したくは、ない。
「堅磐寮ね、そいつも良いかもしれねぇな」
オレとしては、お前にこっちに戻ってきて欲しいけど、と。
小さく。本当に小さく、呟きつつ。
「オレに話? いいぜ、何でも聞くからさ」
話をするというのであれば、耳を傾ける。
思えば、これまでこちらから問いかけてばかりだったから。
園刃 華霧 >
「ま……情けないお話。……あー……まあ、うん。
正直、半分野宿みたいなもんだから……そこは。
ごめん……心配かけた。」
改めて謝る。
だいぶ頭が冷えてきた気がする。
うん。ちゃんと話せる。
「……ま、寮問題は早く決めないとまた心配かけちゃうな。
今のとこも長く居るのこわ…… 長く居ると悪いし。
早々に決めることにはしたいね。
ってか、堅磐寮、なんか不味い?」
堅磐寮、と言われてなにか表情が変わった気がする。
あかねちんが住んでたっテ記憶があるから、ちょっと候補に挙げてただけなんだけど……
それならちょっと考え直さないといけないかもしれない。
「あー……いや、な。クソ……キッドのやつが、人の頬叩いといて
『刑事課に来ないか』なんてナンパしやがるからさ。
どうしたもんかなーってね?」
流石に、それなりの案件なのでほいほいと行きまーす、なんていえない。
何処はに話を通すべきだろうし、それならまあ気安い相手が一番いいだろう。
レイチェル >
「いや、良い。華霧が安心できる場所に居るなら、それで――」
『オレは、いいと思う』。
――本当に?
声が段々と細くなる。
バレットタイムと恐れられる彼女の姿はそこになかった。
自らの感情に迷う、ただ一人の少女の姿がそこにはあった。
胸の内の感情と向き合いながら。
目の前の華霧と向き合いながら。
懸命に前を向いて、語を継いでいこうとするのだが、
喉まで出かかった言葉は、曇って音にならない。
「刑事課ね、そいつは嬉しいな」
そこで、刑事課の話を聞いて、驚く。
まさかキッドがそんなことを言っていたとは、
思わなかったのだ。正直、一緒に働けるのは本当に嬉しい。
一緒に居られる時間が、増えるから。
しかしレイチェルは、それを言葉にできないでいた。
頭を掻きむしりたい気持ちだった。
こんなに、言葉が出ないことなんて、
これまで、一度だって、なかったのに。
「……いや、堅磐寮は別にまずかねぇが……」
『オレは、良いと思う』。
――本当に?
頭を振る。
――そうじゃない。
華霧と向き合うんだったら、
居場所になりたいんだったら。
オレが正直にならなくてどうする、と。
彼女にばかり正直であることを強いて、
自らが自分を偽って、どうするのだ、と。
正面を見据えて、穏やかに言葉を紡ぐ。
「もし良かったら、オレの部屋に来てくれたら……
嬉しい、オレは」
はっきりとした言葉だった。
弱々しい言葉では、既になかった。
園刃 華霧 >
「……安心。安心、か……まー……うん。」
ぽつり、と口にする。安心……安心とは、違う。
単に、慣れている。分かりやすい。困らない。其の程度の話。
むしろ、安心とはなんだろう。
よくわからなかった。
「いやー、ムカついたから蹴っ飛ばしてやろうかと思うんだけどさ。
アイツが惨めったらしく言うもんだから、まあ考えてみようかなってね?
ただ、ほいほい場所替えってワケにもいかんし。
そもそも、アタシはムショ上がりみたいなもんでしょ? そんな話とおんの?って気もするしさ。」
だから、まあ意見を聞いてみたかったりしたのだ。
割と軽く返事されているけれど、大丈夫そうなんだろうかな。
……なんとなく、いつもの切れ味がない気がする。
なんというか、精彩に欠けるというか。
「……チェルちゃん、調子悪いんだったら……」
そこまでいいかけて、提案。
ふむ。それは考えて……いなかったわけでもないが、そこまで甘える気はなかった。
「んー……チェルちゃんの部屋か。まあ、それなら悪くない……の、かな。
すっごいファンシーそうだけど。」
けらっと笑う。
意外に少女趣味な友人の部屋は、踏み込んだことはないがきっとそんな感じだ。
思わず楽しくなる。
「ってか、チェルちゃん。まじで調子悪い? なんかさっきからおかしい気がするけど。」
ツッコミを再開。
そういえばさっきからある刺し身、食べてなかったな……
レイチェル >
「体調、心配してくれてありがとな。でも――」
心の底から穏やかに笑いかけて、レイチェルは口にする。
「――大丈夫」
もう、嘘なんてつかないから。
もう、偽りなんてしないから。
もう、突き放すようなことはしないから。
だから、大丈夫。
しっかりと、彼女の目を見て、
レイチェルは言葉を伝える。
胸の内の思いを、音にして。
「……華霧。あのさ、聞いて欲しいことがあるんだ――」
この薄汚れた嘘だらけの道を、
正しい道《おもい》へ繋ぐ為に。
「――あの日さ。落第街で、オレが言った我儘、まだ覚えてるかな?」
園刃 華霧 >
「ん……まあ、そういうなら……
でも前の話、忘れてないかんな?」
大丈夫。本当に大丈夫だろうか。
特に、体調については。
以前もそれはつっこんだ覚えがある。
その時は、大丈夫、なんとかする、と。そういった事を言われている。
しかし、あんまり酷いようならいっそ無理矢理にでも休ませた方はいいのではないか。
「我儘? ああ、うん。覚えちゃいるけど……」
『親友』でいてくれ……いや、違った。
『お前と一緒に未来を生きたい』……だった、か。
なんだろう、改まって。
やっぱなし……って話、でもない……よ、な?
なんだろう、また何処かが痛む音がする。
レイチェル >
「前の話、そいつはオレだって覚えてるさ。
でも今回のこれは、そういう訳じゃねぇ」
体調の話。血を分けてくれるという話。
それの意味することだって、伝えなくちゃいけない。
でもその前に。
「……あれからずっと、考えてみた。
やっぱ、あれが本当のオレの気持ちだった。
オレ、華霧とずっと一緒に居たいんだ。
親友っていうか……
華霧の本当の居場所になれたら……
いや、なりたいと思ってる」
真剣な表情で、レイチェルは言葉を紡ぐ。
それはとても拙かったかもしれないが、それでも紡ぐ。
今日までのこと、そしてこのレストランでの会話も振り返って、
その言葉を紡ぐ。
同時に、窓の外で光が放たれた。
音を立てて、閃光が広がる。
それは、夜空を彩る七色の花火だった。
園刃 華霧 >
「……」
本当の居場所
未だに、考えることがある
――友達、とは、特定の行為を指すものではない。単なる『居心地の良さ』の名前だ
それなら、友達が増えれば居場所はなくならない、のだろうか。
居場所とは、なんだろうか。
まだ、答えはない。
だから、親友の其の申し出はとてもありがたかったし。
これ以上無いものなのだろう。
けれど だから
「うん、ありがと。
無理はすんなよ。」
真剣な表情の其の宣言を、へらり、と受けた。
レイチェル >
「いつものお前らしいな、その反応」
へらりと笑う華霧に、レイチェルもまた、ふっと笑い返す。
そうして、言葉を紡いでいく。きちんと、紡いでいく。
「オレがちゃんとした居場所である為にも、
オレはお前のことをもっと知りたいし、
きちんと話して欲しい。
でもって、オレは、お前に色々なことを話したい。
オレのことを、もっとな」
居場所になる為に。
一緒に居て。
お互い、もっと素直になりたい。
「今日、色々オレに話してくれたけどさ――
――本当の所、話してくれてないだろ?」
次の花火までの間、暗闇の中を。
うっすらとした光が静かに照らしていく。
園刃 華霧 >
「ん?そお?
そりゃまあ、いつも通りだもん。」
けらけらと、いつも通りに笑う。
何も変わらない。いつも通りに。
目はしっかりと前を見ている。
「ああ、うん。そうだね。
『オハナシ』は大事。其の通りだ。」
うん、と頷く。
こればっかりはさんざんな目にあって覚えてきたことだから。
流石に違えることはない。
……といいたいところだが、さっきちょっと逃げようとしたのは事実なので反省はしたい。
だから、まあ素直にうなずいた。
「本当の、ところ……?」
あれ?
また なにか まちがえて、る?
レイチェル >
「いつも通りだよな、本当に。安心するぜ。
でもって、いつもより向き合ってくれてる気もする。
正直、嬉しいぜ」
同じように、いつも通り笑う。
変わらずに、しっかりと華霧の方を見て。
「さっきさ、オレが華霧の心配してた時……
何処居たのかって、話した時にさ。
誤魔化し入れてたろ」
怒る素振りは微塵もなく、ただ申し訳無さそうに、レイチェルは
柳眉を下げて語るのだ。
「あの時、すげー申し訳なく思ってさ。
お前が端末持って落第街に居たあの日から。
華霧の安心できる場所で居ようと思ってたのに、それが
オレには出来てなかったって、改めて気づいたんだ」
胸の中の思いを、目の前の相手に零す。
なぜなら今、華霧は向き合ってくれているから。
園刃 華霧 >
「あれ? アタシそんな向き合ってない感じしてる……?
おぅ……ショック……」
サボって誤魔化して逃げてる辺り、だろうか。
それともあれやこれや……いや、普通にいつものことだろうか。
そう……だろうか。
ふと、テーブルに目が行く。
まだ手がついていない食事。
律儀に、持ってくるタイミングを図っているのか次は来ない。
……おなか、すいたな
「あ、ぐ……いや、それは……んぐ……あー……」
ああ そういうこと か
それなら安心した
「ちがう…… いや、その……変な、誤解与えそうで……言えなかったんだよ……
要らない心配させそう、だったし……」
もごもごと、それでもなんとか口にする。
この件については、一番の大きなところは……"今"なのだから。
しかも、こんなところで口にしていいのか、という気もする。
レイチェル >
「自分の胸に聞いてみな……マジで」
ずばっと真正面から言ってやりつつ。
肩を竦めるレイチェル。
次の食事が来ないな、と思っていたところに。
やって来たのは若鶏の味噌チーズ焼きだった。
結構なボリュームがある。
食いたきゃ食っていいぜ、と促しつつ。
自分も口にしながら、語っていく。
味噌とチーズ、合わないと思っていたが、これが結構美味い。
食べながら、言葉を繋げていく。
「『要らない心配』だろうが何だろうが、歓迎だっての。
遠慮は要らねぇからさ。言ってみなって。……っていうか、
言ってくれたら嬉しい、が正解かな。
オレもお前にはもう、遠慮しねぇからさ」
遠慮しない。
それは先にも話に挙がった、かつての申し出のことも含めてだったろうか。
上手いこと『行為』を行う方法を、レイチェルは見つけていたのだった。
幾つもの本の山を崩した先にようやく、であったが。
園刃 華霧 >
「うぐっ……いや、えっと……えー……」
ずばっとやり返された。
抵抗の声を上げようとしたが、途中で声は途切れていく。
うん、だめだこれ。無理。
この状態のチェルちゃんには勝てない。
「お、肉!」
鶏と味噌とチーズらしい。かぶりついた。
鶏と味噌とチーズの味がする。旨い。
ようやく一息がつけた。
やれやれ……
あとは……
「……あー、うー……わかったよ。
そんかわし、変な誤解してひっくり返んなよ?」
一応、警告入れる。
内容が内容だし、どう思われるか……
「……今いんの、落第街の娼館だよ。普通にこっちの学生も来てるらしいし、多分誰か目こぼししてんだろうね。
……念の為いっておくけど、商売とか、してないかんな? ただ、ちょっと泊めてもらってるだけだから。」
大事な付け足しをつける。
言っておかないとどんなことになるかわかったものじゃない。
レイチェル >
「……そっか、娼館ね」
レイチェルの中で全てが繋がった。
そりゃ言えない訳だと、レイチェルは申し訳無さそうに笑う。
「ま、正直なところちょっと驚いたけどさ。
そういった施設に何も思わねぇ訳じゃねぇけどさ。
けどま、何よりも嬉しいよ。
それ、娼館に泊まってたのは本当のことなんだなって、
しっかりと華霧の言葉から伝わってくる。
そんな風に、本当のことを教えてくれるのが、
オレは本当に嬉しいんだ。
向き合ってる感じがしてさ」
ま、でも悪かったな、と。今一度謝る。
うん、本当に申し訳なかった。ごめんな、華霧、と。
「じゃあオレもちょっと恥ずかしいんだが……一つ、
『申し出』の件で……その、伝えたいことがあるんだけど、
いいか?」
そう口にして、華霧を見やる。
これまでだったらきっと、もっと言い淀んでいたのだろう。
しかし、レイチェルの心からは、既に壁がすっかり取り払われていた。
園刃 華霧 >
「そういうこと。 あんま声高に話してもちょっとあれだしね……
あと、まあ……純粋に違法かもしれないし……」
なんか小太り野郎だかが噛んでるらしいので簡単にお取り潰し、とかはないだろうけれど。
それでも、流石に恩人たちに不利になるようなコトはできるだけ慎みたい。
なにしろ、昔から色々な世話になっている。
「まあとにかく。ちょっと縁があったから風呂と寝床だけ借りたんだけど……
ああ、そうそう。それでな。姐さんたちがうるさくて……お陰で、この有様ってわけ」
くせっ毛がちょっとだけ残ってはいるけれど、すっかり整えられた髪。
それをいじりながら、ぼやいた。困った姐さんたちだ。
「まあいいよ、隠したのはアタシだし。
って……ん?」
『申し出』。
そんな言葉で思い出せるのはたった一つしか無いはずだ。
なにしろ、アタシからレイチェルちゃんに差し出せるものなんてそうはない。
「……なに? 」
少しだけ、姿勢を正して顔を見る。
やっぱり上手くいかなかった、まずい……とか、ではない……とは、思う……けれど。
レイチェル >
「その、な……ぐっ」
そう言いかけた所で、店員が寿司と天ぷらを運んできたものだから。
一瞬、レイチェルは飯を噴き出しそうになる。
寸でのところで止めた。
「まぁ、その……何だ。これはさ、この場で
お前が正直に言ってくれたから、そのお詫びっていうか、お返しな。
オレの吸血ってさ……その、多分華霧が想像してるような吸血じゃ
ねぇんだ。その何というか、それこそ娼館で行われてるような、
アレに近いんだ。アレだよ、アレ……うん、アレ……。
お互い気持ちよくなるっつーか、そういう……アレみたいな、うん」
流石に。流石に。
こんな素敵な水族館のレストランで直接的な発言はできなかったが、
それでも、相手にはきちんと伝わる筈だ。そう信じて、
恥ずかしさを振り切るように天ぷらを口にするレイチェル。
ぱりっと、衣がサクサクとしていてとても美味しい芋の天ぷら。
「……で、だ。そういうの知らずに、お前は血をくれるって、
約束してくれたけど……それでも血、くれるか?」
こればかりは、視線を逸してしまう。
逸しながらも、しっかりと伝わるように声には出す。
大声という訳にはいかないが、最低限伝わる声量で、伝えた。
園刃 華霧 >
なんか一回吹き出しそうになったぞ、大丈夫か?
そんなことを思いながら……
いや、流石に真面目な話に飯食いながらはダメだな。
ちょっと恨めしそうに天ぷらを眺めながら話を聞く体制
……あぁ……アタシのエビの足……
そして、語られる話に静かに……
「………」
静かに……
黙って、静かに、話を、き……く……
やっば、話の内容よりあわあわしてるレイチェルちゃんの方が面白すぎてダメだこれ。
いや、内容はちゃんと耳に入ってくるんだけど笑いがこみ、あげ……んぐ、んふっ、ぐふぁっ
「ひゃはははははは!!!!」
あ、やっべ。笑いが出ちゃった。
だって可愛すぎるだろう、これ!
「いや、ごめっ、れいちぇる、ちゃ、げほっ、んぐっかはっ……
ま、まじめ、に、きいっっ……げは、ごほ、ごほっ」
ダメだ、落ち着けアタシ。だが、現実は非情である。
視線をそらし気味のレイチェルちゃんを前にして笑い転げてしまった。
ひとしきり笑ってから……なんとか呼吸を整える。
よし、笑いは収まってるな?
いいな、真面目にいけるな、アタシ。
「……いや、まじでゴメン。馬鹿にしたりとかするつもりはなかったんだけど……」
いや、これは本当に済まない、と思っている。
だから、割と真面目な顔で喋っている、はずだ。
……笑い、もう消えてるよね?
「今更、言ったこと撤回すると思う?
アタシ、『馬鹿』なんだからさあ。其の程度で考えは変わらないよ?」
なんだ其の程度、である。
一回で命がなくなる、とかだとちょっとだけ困るけれど。
なにしろ、約束がある。
でもそうじゃないなら、まあ大したこと無い話じゃないか。
レイチェル >
「だーっ! クソ! 笑いすぎ!
笑いすぎだっつーの! バカ!」
両手をぶんぶん振って慌てるレイチェル。
落第街の違反部活生が見たら、気を失ってしまうかもしれない。
しかしそんな姿を見せるのも、ほんの一瞬。
真剣な口調と眼差しで、次の語を継ぐ。
「……本当はな、お前の生命を奪っちまう可能性もあったんだ。
だから、頼れなかったんだ。
でも、何とか方法は見つけたからさ。……あとはその、うん、
アレ……してもいいのかなって……それだけ聞きたくてな……
おう……」
アレ、の時だけやはり目を逸らすのだが。
本当は。
長い間血を吸っていない彼女の吸血は、
命を奪う危険性があった。
それを、書物を漁って漁って、何とかする方法を見つけたのだった。
「いいや、実のところな。お前が撤回するなんて思ってねぇ。
とんでもねぇ『馬鹿』だから、きっと受けてくれるだろうと
思ってた。でもさ、伝えなきゃフェアじゃねぇって思ったんだ。
あそこまで真剣に、オレに声かけてくれたのに、そのへん全部
誤魔化して甘えるのは、オレの性に合わねぇ」
天ぷら、食べてくれていいぜ、と促しつつ。
園刃 華霧 >
「いっや、笑うでしょうそれ。
あんまりにも可愛すぎ! 動画撮って公開したいくらいだった、うん」
やったら確実にしめられるのは間違いない。せめてファイルに収めたかったな……
それも無理か。無理だな。うん。
「はぁ……なるほどねぇ……
そこで悩むってのはレイチェルちゃんらしいけれど。」
ひひひ、と笑う。
やっぱ恥ずかしいのかなあ。
まあ、そういうとこ可愛いっちゃ可愛い。
「あー……フェア、ね……そう、ね……
フェアじゃない、か……
まあ、そうかもしれない。」
フェアじゃない……か。
そうか。
そういうものか。
レイチェル >
「動画は勘弁してくれ、マジで……」
やめろやめろ、と本気で拒否の姿勢を示すレイチェルであった。
「ああ。知らせないままじゃ、華霧を利用するようなもんだろ。
オレは絶対そんなことしたくねぇからな」
重みのある声色で、華霧にそう伝える。
彼女の善意を利用したい訳ではない。だから、伝えられることは
全て伝えた上で、お願いをしたかった。
さて、少しすれば。
『デザートをお持ちします』と、店員が口にする。
喋ってから結構、時間が経っていてしまったのか、と
驚きながら腕時計を見る。
「いやー、喋ってたらすぐ時間経っちまうな。
悪ぃ悪ぃ、手つけてない料理、あるだろ?」
申し訳無さそうに、レイチェルは謝る。
そして、それから今一度、真剣な表情をして。
「華霧。時間もねぇ。
今日の内に、オレから今一度、しっかり伝えておきたいことがある」
そう、口にするのだった。
園刃 華霧 >
「んー……まあ、レイチェルちゃんのことだから利用したって悪いようにはならんでしょ。
ま、そこは義理堅いんだからしょうがないねぇ」
へらへらと笑う。
本当にこういうところ堅いんだから。
だから、アタシのほうがよっぽどロクデナシなんだ。
「ンぐ?」
さあ話は終わり、とパクつき始めたところで言葉がかかる。
さてはて、なんだろうこれ以上。
もうだいぶ話は尽きたと思うが……
レイチェル >
「居場所だとか、随分と格好つけてたけどさ。
そうじゃねぇな。
お前を失いかけた時、本当に怖かった。
二度と離したくねぇって、そう思った。
オレの『全て』をくれてやってでも、
お前が困ってたら助けたい。支えたい。
そんな気持ちなんだ。
だからきっと、これは……多分、その……
オレ、お前のことが――」
流石にその言葉は、言い淀む。
先に言った、特別な居場所になりたい、という話――正直に話し合える関係でありたい、などと。
そんな枠組みをずっと先まで越えてしまっている。
正直、自分の中でもまだ、完全には決着のついていない
想いだった。それでも、この思いの端っこだけでも、伝えたいと
思っていた。いたはずなのだが。
ガラガラッと。
勢いよく個室の扉が開けられる。
そこに立っていたのは、皿に乗った大きな、苺のホールケーキ。
何が問題かと言えば。
そこにはでかでかとハートマークのチョコレートが乗っており、
そこには。
『華霧へ レイチェルより愛を込めて』
と書かれていたところだろうか。
『特別プランのケーキになります~。それでは、
ごゆっくりお楽しみください~』
店員はケーキを置いていけば、にこやかな笑みを見せて去っていく。
その背中を見送りながら、レイチェルは遠い目をしていた。
――相手の名前を聞かれたのは、おかしいと思ってたぜ。
この特別プランって……『そういうこと』か……
ぎぎぎ、と。
ぎこちなく首を動かして、華霧を見る。
同時に、花火が上がるものだからもう、この場に立っていられない
くらい恥ずかしかったのであった。
「……すまん、これはリサーチ不足だ」
園刃 華霧 >
「おいおい、レイチェルちゃん。滅多なこと言わないほうがいいぞー?
そういうのは馬鹿のやることなんだから。『全て』なんて」
へらへらと、笑う。
『全て』を求めるのは『馬鹿』のやること。
そんなに一杯あってもしょうがないっていうのにさ。
まったく、まさかそんな話だとはね。
けど、なんかまだ続きあんの?
と、待ち構えようとしたけれど。
なんかチェルちゃんが言いよどんでいる間に店員が来た。
デザート、さっきあったよな……?
ケーキ?
『華霧へ レイチェルより愛を込めて』
なるほど。
「ケーキじゃン。うまソうね。
リサーチ不足ってことは、サプラーイズ、とかいうヤツなんかね?
ひひ、ありがとな。愛してんよ」
けらけらと笑う。
いや、確かに驚いた、まさかデザートの後にケーキが待ってるとは。
いい親友だ。大好きさ。
レイチェル >
「……オレも愛してるよ、馬鹿華霧」
――ま、このもやもやした気持ちは持ち帰りだな。
ふっと、笑うレイチェル。
『お前のことが』のその先。
続く言葉は、もう1度自分の気持ちと向き合って。
本当に伝える必要があったら、その時は、必ず。
きっと、伝える。そう決めたから。
本当に、爽やかな気持ちだった。
とても、嬉しかった。
こんなに華霧と正面から話し合えたのは、きっと初めてだったから。
今まで知らなかった、華霧の一面を知ることができた。
それだけで、本当に嬉しかった。
またこれからも、お互いに色々な話をして、過ごしていきたい。
そう、感じていた。
最後のアクシデントを除けば、良い食事ができたと言える。
満足だった。
それから二人で、水族館を見て回ることができたろうか。
そうして、別れ際。水族館の前で。
最後に、本当に最後に、
レイチェルは一言だけ伝える。
「さっきの話。オレの部屋、片付けとくから」
自分の部屋の合鍵を、掌の上に置いて差し出す。
受け取るにしても受け取らないにしても、レイチェルはそのまま
笑って去っていくことだろう。
園刃 華霧 >
「んダよぉ……ま、『馬鹿』は認メるけどサぁ……」
ぶつぶつと文句を言う。
いい加減、髪の毛もしっとり感が抜けていつもの感じに戻ってきていた。
まあ、時間的にも頃合いかな。
でも、結局いったんだけど。
水族館は……うん、ダメだ。
アタシ、真っ先にうまそう……とか思っちゃう。
つくづく、向いてないねえ……
さて、そんな締まらないおデートの締めは
「ン……とりあえず、預かっとク」
差し出された合鍵を受け取った。
しげしげと見つめ……
「どースっかなぁ……」
ふむ、と考えたのだった。
ご案内:「空中水族館「星々の庭」レストラン 個室」からレイチェルさんが去りました。<補足:金髪の長耳少女。Tシャツにチュールスカート、オフの日の服である。>
ご案内:「空中水族館「星々の庭」レストラン 個室」から園刃 華霧さんが去りました。<補足:制服 黒いチョーカー しっとりした髪>