2020/08/16 のログ
ご案内:「常世病院」に日下部 理沙さんが現れました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
日下部 理沙 >
羽月研究所での『事故』の後。
理沙が目を覚ました場所は……そこだった。
病院のベッドの上。
大火傷を負ったはずなのに、痛みはなかった。
常世島の医療は進んでいる。
「……」
起き上がり、体の調子を確認する。
少し気怠い程度で、他に異常はなし。
しかし。
「……あ」
胸元に……大きく火傷痕が残っていた。
まぁ、無理もない。
溶鉄を抱き込んだようなものなのだから。
ご案内:「常世病院」に羽月 柊さんが現れました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。>
羽月 柊 >
「……起きたか、日下部。」
隣のベッドから、理沙が意識を失う前に叫んでいた声が聞こえた。
声の主、柊は病衣姿で身を起こしていたが、
青年が起き上がったのに気づくと、ベッドを降りてそちらへ行こうとする。
点滴やらを既に終えた後らしく、右腕には注射痕だろう綿とテープが貼られていた。
男の表情は酷く苦い。
己の過失事故のようなモノで、
死ぬことこそなかったとはいえ、青年の身体に大きな痕が残ってしまった。
「……すまなかった。」
日下部 理沙 >
「羽月、先生……いえ、俺が悪いです」
片手で、ベッドから起き上がる事を制して、理沙がそちらに向かう。
理沙はもう完調同然だ。
羽月のそれは疲労の蓄積などもあるが、理沙はいってしまえば……怪我をした『だけ』だ。
軽度の外傷は、この常世島ではいともたやすく『消し去られて』しまう。
それでも火傷痕が残ったということは、『酷い状態』だったのだろうが……治ってしまえば何でもない。
「改めて、御迷惑おかけして……すいませんでした」
羽月の方に向き直って、深く頭を下げる。
理沙の表情もまた、重く、苦々しい。
羽月 柊 >
理沙がこちらに来ればベッドから降りるのを辞め、
座った状態で彼に身体を向ける。
謝罪を聞けば目を閉じ、ゆるゆると頭を横に振る。
横になっていたせいかいつもより癖の強い紫髪が躍った。
「俺が所長なのだから、最終的な責任は俺にある。
治療費はこちらで払うし…君が痕を治したいなら今後も金銭的な面倒は見る…。」
いくら謝ったところで起きてしまった事故はどうしようもない。
「……ただ、………。」
そのまま男は言い淀む。
手元のシーツをぐっと握りしめる。
「…すまない、君は…仕事は、もう、しない方が……。」
日下部 理沙 >
「……」
羽月の言い分は分かる。
実際、理沙がいくらどういったところで、世間的に見れば最終的な責任は所長である羽月に降りかかる。
治療費だって、下手に折半したりすれば雇用者としての羽月の責任問題となる。
所詮はバイトの理沙に……出来ることは何もない。
故に、解雇宣告をされれば……それにも唯々諾々と従う他ないのだが。
「いえ……やらせてください」
理沙は、真正面から羽月をみて……そう告げる。
迷いなく、引くこともなく。
微かに、歯を食いしばりながら。
それが、彼を責める行いになりかねないとわかりつつ。
それでも。
「俺は……此処で引き下がりたくありません」
理沙は、ワガママを言う。
羽月 柊 >
「…ッ何故だ、死ぬかもしれなかったんだぞ……?」
あれだけ重労働をさせて、こうして怪我までさせて。
それでいて何故、まだ自分についてくると言うのだ…彼は。
シーツを掴んでいたのを離し、己の病衣の胸元を握りしめ、
男は苦い顔のまま話す。苦しそうに、辛そうに。
「またこういう事故が起こらないとも限らない。
なら、今まで通りの方が、良いに決まってるだろう……ッ。」
まだ、緩やかに滅びに、今までの日常に戻る方がマシじゃないか。
だから新しい人員を雇うことをずっと躊躇してきた。
徐々に徐々に仕事が増えて、男が限界になるまで。
日下部 理沙 >
「良くねぇよッ!」
羽月 柊 >
「――……ッ!」
日下部 理沙 >
大声で、理沙は叫んだ。
幸いにも病室は理沙と羽月の二人だけ。
それでも、迷惑に違いはない。
でも、それでも。
「……今回の事故については、俺に全面的に非があると考えています。
俺は……わかった『つもり』でしかなかった。
素人の癖に知ったかぶって、分かった気になって、竜を……いいや、違う常識を『舐めた』挙句がこの有様です。
大上段から偉そうに御高説を垂れておいて……この有様。
本来、こんなことを言える立場にありません。
だけど、それでも」
理沙は、ベッドのシーツをきつく握りしめる。
手が白くなるほどに、それを握り締めながら。
「……俺は、引きさがりたくない。
此処で引き下がれば、此処で逃げれば、また羽月先生とカラス君に負担が掛かる。
『素人を怪我をさせた』という不要なレッテルを竜という異邦人の『特徴』に追加してしまう」
無論、羽月やカラスを単純に心配する気持ちも大きい。
だが、だからといって
「それを……俺の『せい』になんて、させたくない」
……理沙の中にあるその『身勝手』にも嘘はつけない。
だから。
「……俺は、悔しいんです」
理沙は、真正面から羽月をみて、続ける。
「己の至らなさが。
己の不遜が、傲慢が……」
羽月柊にも、恐らく『分かるであろう悔恨』を。
「己の無知が……悔しいんです」
日下部理沙は、隠さず語った。
羽月 柊 >
青年が、素のままで喋ったのは初めてだった。
感情のままに怒鳴ったのを、初めて見た。
「……………。」
彼の独白を最後まで聞く。
いいや、口が開けなかった。
無知故の失敗は、不遜と傲慢は、確かに己も歩いてきた道の一つだ。
だが…。
長い沈黙の果て、自分は、
「………君が、死んだかと思った。」
男の『せい』にしてくれた方が、ずっとずっとマシだった。
お願いだ、俺を許さないと、そう言ってくれ。
「"また"俺は……身近になったモノを……失ってしまうのかと、
君が大怪我をした時、そう思った。」
呼吸の仕方を忘れたかのように息が詰まる。
胸元を掻きむしるようにして、言葉を続ける。
「レッテルだろうとなんだろうと……それで、その危険性から離れてくれるなら、俺は…。」
日下部 理沙 >
「それでは、また違う人がいつか犠牲になります」
理沙は、目を逸らさない。
歯を食いしばりながら、羽月を見る。
彼には申し訳ないと思う。
だが、此処で引き下がってはいけない。
引き下がるわけにはいかない。
此処で引き下がれば。
「……先生も、御自身で見当がついているはずです」
次の犠牲者は……もう分かっている。
現に、既に過労でその男は倒れた。
カラスという『子供』の日常も侵されている。
本来、冬眠しなくてもいいはずの竜達が今も冬眠をしている。
既に、器から……水は溢れ始めている。
「先生、俺を心配してくれるのは嬉しいです。
だけど、同じように『先生の身』を案じる『誰か』がいることも……どうか、御理解ください」
羽月 柊 >
きっとこの生活を続けていれば一番最初に死ぬのは、自分だ。
そんなことは分かりきっている。
そうすれば残った子たちはどうなる?
後を引き継げるように準備だけはしているが、
それだって自分個人で全部纏めて決めて、本当に実行されるかもわからない。
「…いつだって理解だけはしているとも。
結局これは、俺の感情の問題だ。
研究者が滑稽にも感情に枷をはめられて、引き千切れやしない…。」
起きてまず探したのは、ピアスだった。
理沙の容態より先にそれを優先してしまったのだから、己の愚かさが憎らしい。
右耳に手をかけ、ピアスを外し、手の平に乗るそれを見る。
理解してくれと言うなら、それでも首を縦に振れない理由を。
ここまで近くに来たのなら、それを語るしかない。
「……俺は、無知で未熟で、"対話"も出来ず……一番近くに居た大切なヒトを失った。」
涙など出ない。涙は枯れ果てた。
男の抱える空白と喪失は『置いてけぼり』と『孤独』。
「だから、今まで徹底的に…他人を排除してきた。」
それでもカラスだけは手放さなかったが、それとて、
過去に縋っているだけに過ぎない……本当に馬鹿な男なのだ。
日下部 理沙 >
「……」
羽月の独白を、理沙も黙って聞く。
羽月柊という男は……聡明な男だ。
だが、その聡明な男に理性ではなく感情を選ばせる理由。
理沙も……それに見当がついていないわけではない。
羽月の掌に乗るピアスを見ながら、理沙も歯を食いしばる。
『此処』に至るまで……きっと、多くの辛酸を舐めてきたのだろう。
『此処』に至るまで……きっと、多くの喪失と苦痛を得てきたのだろう。
人は、学習する生き物だ。
特に、痛みと喪失は『大きな学習の機会』となる。
理由なんて簡単だ……それは時に命に関わるからだ。
人は、心身どちらに傷を負い過ぎても……生きていくことが出来なくなる。
容易に死に絶える。
だからこそ……人は、それを『避ける』ようになる。
トラウマという言葉。
それは、人が人として持つ当たり前の防衛機能でしかない。
「……」
羽月柊の持つ傷は、そんな『人として当たり前の傷』だった。
誰もが多少なり持っている傷だった。
だが、しかし、だからこそ。
……軽率に、口を差し挟むことはできない。
誰もが、その傷の『性質だけ』は知っているから。
『誰かの言葉で癒えるものではない』ことを……知っているから。
その傷について、誰もが……知った『つもり』以上になることは、きっとできない。
羽月 柊 >
「…幼馴染で、恋人で…いつかは、一緒になろうと、そう約束したヒトが居た。
俺も彼女も、無能力で、俺も元々はこんな髪と目じゃなかった。
以前は大人になって研究所も本土の方で彼女と共に、普通の竜の研究所を立ち上げていた。
小型化も居たし、そうでないのも居た。」
最早吐き出すかのように。
紫陽花剱菊に語った時よりも更に詳細に、男は過去を綴っていく。
今まで、理沙の先達として、常に強くあった柊の、ありのままの姿。
過去のトラウマに囚われたままの哀れな男。
「彼女は、読戸 香澄(よみど かすみ)は、『黒い髪』に『紅い眼』の、
どこにでもいる真面目なただの人間の女性だった。
だが、無力に取り憑かれて、"あちら側"に魅入られてしまって…。
研究所にいた竜たちを犠牲に、強い竜を産み出そうとした……カラスは、その一度目の失敗作だ。
彼女は俺がそれを見つけた時に、目の前で跡形もなく消えてしまって…今でも骸すら行方が知れない。」
いつだって忘れたことは無い。
いつだってこの右耳に金のピアスがあるように、彼女を忘れられないまま生きている。
山本英治と…同じように。
いいや、自分は彼よりも更に過去を見つめているのかもしれない。
「…昔の伝手で常世島に戻って来て、カラスに人型を与えて…彼女と"同じ色"を与えて…。
それだけを手元に置いて、自分の抱えきれる分…小竜の事業だけ再開したのが、今の状態だ。
……だから、俺と息子は、二人だけで研究所をやってきた。
愚かだろう…? これが俺が君に偽善だと言っていた理由だとも。」
日下部 理沙 > 一通り、まずは聞き終えて。
理沙は……内容を噛み砕く。
その痛みを想像することはできる。
幼馴染の婚約者を失った悲しみと痛み。
……想像の域を出ることはない。ありえない。
その傷は、彼のものだ。
彼だけのものだ。
羽月柊だけの持ち物だ。
だからこそ、理沙に出来ることは。
「偽善とも、愚かとも……思いません」
理沙の思ったままを……伝える事だけだった。
「傷を負って、それでも立ち上がろうとした一人の男の意志です。
それが偽善でしょうか。それが愚かでしょうか。
俺は……そうは思いません。
先生の過去を……俺は聞くことは出来ても、知る事は出来ません」
羽月の過去を聞いても、理沙にその懊悩を知る事は出来ない、傷を知ることもできない。
想像する事しか出来ない。
だが、だからこそ。
「だから、俺から言えることは一つだけです」
理沙は、それを言うしかない。
日下部 理沙 >
「先生しか知らないその過去に、『無関係』なカラス君や竜達を巻き込んでいい理由はありません」
日下部 理沙 >
はっきりと、告げる。
冷たく聞こえるかもしれない。残酷に聞こえるかもしれない。
だが、もう、羽月柊の『過去』と『傷』だけで、『傷付けていい範囲』を……彼の研究と行いは超えている。
それは……ハッキリ、伝えなければいけない。
真正面から、しっかりと。
羽月 柊 >
「……無関係。」
言われてしまった。
「無関係で、済むと…?」
ああ、やめろ、羽月柊。やめるんだ。
羽月 柊 >
「……なら、俺の今までは、
ただの、愚行そのものじゃないか…!!!」
羽月 柊 >
若干の錯乱。
ああ全く、過去を思い出すと支離滅裂になってしまう。
だからずっと蓋をして来た。ずっと目を背けて来た。
ピアスを握り込んだ。呼吸が短い。
自分でも短絡的な思考すぎて意味が分からない。
日下部 理沙 >
「愚行では、ありません」
理沙は、告げる。
取り乱す羽月をみて、しっかりと告げる。
彼と理沙は、恐らく似ている。
似ているのだ。
どちらも、普通の人間だ。
普通の悩みと傷を持った人間だ。
だから、取り乱す理由はわかる。
カッコつけが維持できなくなった時の『怖さ』もわかる。
境遇は全く違う、カッコつけ方も全然違う。
だが……『過去』が襲い掛かってくる恐ろしさは、理解できる。
全く同じでは、ないにしても。
「先生の研究と、先生の善行は……多くの『誰か』を既に救っています。
先生、その傷は先生だけのものです。
だから、その傷を理由に……」
理沙は、羽月の目を見て。
その顔を見て。
「これ以上、『犠牲』を増やすのはやめましょう。
冬眠しなければいけない竜がいる現状も、研究所がシステム化されていない現状も……先生が心身不安定になっている現状も。
全て、『犠牲』です」
自分の火傷痕を見せる。
もうすっかり癒えたそれ。
残っているのは傷跡だけ。
痛みなど、微塵もない。
「……先生、『素人』を減らさなければいけない段階なんです。
確かに俺も急ぎ過ぎたかもしれません。
ですが、歩みを止めていい理由にはならない。
これから、『俺みたいになる誰か』を減らすためにも」
羽月 柊 >
火傷の痕を見せられると、ぐっと口を噤んだ。
…そうだ、結局のところ目の前の彼が現実なのだ。
「……だから、君はこんなになっても、着いてくるというのか。」
また同じことが起きらないとも限らないのに。
自分のこんなにも無様な姿を見てもなお、近くにいるというのか?
ピアスを持っていない方の手を、おそるおそると相手へ伸ばした。
伸ばした手の先が消えてしまわないかという怯えのまま。
時折視線の揺れる桜で、相手の青空を見ながら。
日下部 理沙 >
「それこそ、俺は理由が一杯あります。
異邦人問題に取り組みたいからという理由もあるし、羽月先生個人を尊敬しているからでもあります。
カラス君や竜達を放っておくのも寝覚めが悪いですし、俺自身の無知を放っておくのも悔しいですし……ああ、いや、めんどくせぇ、一言でいいます」
伸ばされた手を、ひったくるように掴み取り。
「俺が気に入らねぇんですよ。
傷口をほったらかしにするってのが」
そう、告げた。
一言でいえば、それでおしまいで。
それ以外に言う事はなくて。
だって、気に入らない。
過去は確かにもう、どうにもならない。
だが、未来は違う。
明日は違う。
まだ、何とかできる。
まだ、足掻くことができる。
それを……放っておくのは、単純に歯痒いじゃないか。
羽月 柊 >
手を取られた。消えなかった。
いや、それは当たり前なのだが。
先程にも一瞬見えたが……ああ、これが彼の素に近いのか。
自分から他人に触れるのが怖かった。
女々しい男でしかないが、その手がこうして握られている。
それがたまらなく…"嬉しく"思えた。
「――……"日下部"、ありが、」
理沙の本心と対話出来た気がして、口を開いた。
――蝶が二人の間を、飛んだ。
羽月 柊 >
ありがとうを言い切るまでに、背に痛みが走った。
思わず理沙に取られた手を強く握り、前のめり気味になる。
「っぁ、ぐ………っ!」
肌を、病衣を新たな骨が窮屈だとばかりに強制的に突き破り、
神経が通い、羽毛の感覚、己の新たな器官の誕生の違和感と激痛に見舞われる。
理沙の目の前で現出していくそれは、…青年が背負う白と同じ色で、同じ翼で。
――《イカロス》そのままだった。
《胡蝶の夢》。それは現実と夢の区別をつけないこと。
蝶が己か、己が蝶か。それは境目の無いこと。
垣根を越えて語り、その絆の橋を、蝶は飛ぶ。
日下部 理沙 >
「せ、先生!?」
突如、現れたその兆候。
それには、理沙は見覚えがあった。
きっと、誰よりも。
こればかりは、理沙以外に……理沙より知っている誰かがいてたまろうものか。
そう、その特徴的な肉体変化と、同時に齎されたであろう激痛。
それを、理沙は、日下部理沙は。
「お、俺と……同じ、異能……!?」
誰よりも、知っている。
羽月 柊 >
「ぅ、ぁ………ッ。」
心臓の鼓動が耳に痛い。
口が酸素を欲して短く呼吸を繰り返す。
背中を中心に身体に走る痛み。
激しい痛みながら、それでも意識を失えない。
「おな、ッじ………?」
顔を上げて理沙を見る。
腕がもう2本あるような奇妙な感覚が背中にある。
彼が驚いているということは彼のせいではない。
何がどうなっているんだと後ろを向くと、見慣れた紫髪の間から、
白い羽毛に包まれた…どうみても翼としか思えないモノ。
それも、恐らくは傷みによる痙攣で自分で動かしているのが分かる。
日下部 理沙 >
「先生、横になって……羽根を文字通り伸ばしてください。
それで、ちょっとだけ楽になると思います」
羽月が今経験しているであろうことは、理沙にとってはそれこそ『身に染みて』わかっていることだ。
経験則からの対処法……まさか人にいうことになるとは思わなかったそれを教えつつ、羽月をベッドに寝かせる。
「いや、でも、とんでもない外れ異能引きましたね、先生」
また、素直な感想を告げる。
仮に同じ異能なら、痛みはいずれ引く。
全く同じ保障はまだないが。
羽月 柊 >
「……なる…ほど。」
ベッドに寝かせようとする相手の手を取って、少し自分の方へ引いた。
背は痛いが、それでも。
…なんだろうな、そうしたかった。
拒否されなければ相手を抱き込めるかもしれない。
「……これが、お前の……背負っているのと、同じ、か……。」
いつか喫茶で話してくれたことを思い出す。
飛べない白い翼。
その感覚が、この背負うそれが同じかと。
日下部 理沙 >
「あ、ちょ、先生……」
そのまま抱き込められて、溜息をつく。
気が弱っているのだろう。
恩師が自分にそうしてくれたように軽く肩を叩いて、ズレた眼鏡を片手で直す。
「……わかりません、同じようで、違う『何か』かもしれません。
ただ、似ているモノだとは思います」
ただの重荷。
ただの突起物。
だが……それも使いようである。
使い道がまるでないわけじゃないことも、理沙は知っていた。
「先生、痛みは互いに共有できないものです。
誰もの痛みもそうです。
俺のそれと先生のそれですら……似ているようで、感じている痛みが同じ保障は何処にもありません。
だけど、慮ることくらいは……出来ると思うんです」
感覚というものは、どこまでいっても自分の外には出ない。
主観の外に出ることはできない。
そんなことはわかっている。
そんなことは当然でしかない。
だが。
「互いの痛みを想像して、譲歩し合いましょう。
今回みたいに、痛い目見て失敗することはきっと今後も一杯あるでしょうけど……それも含めて、大事な歩みなんです。
俺は……そう思ってます」
羽月 柊 >
「……あぁ、すま、ない…。」
自分で誰かを抱き込んだなんてどれほどぶりか。
己の翼ごと、相手を包むようにした後に肩を叩かれて正気に戻る。
そうして彼を解放する。
何をやっているんだ自分は。
まだ背は痛む、それでも。
「……あぁ、分かった。
もう、眼を閉じてはいられないだろうから、な…。
……息子たちの痛みにも、俺が、ずっと…譲歩を押し付けてきた。
君が来てからは、君にも。
…正直、また立ち止まるかも、しれんが。」
これまで経験の無かったこと故に。
前に進むのはどうしようもなく怖い部分はある。
また理解だけが進んで感情を置き去りにすることもあるだろう。
ただの人間に、そういった痛みを共有など出来はしない。
それでも、言葉で、仕草で、表情で伝え合って、互いを想い配慮していくしかない。
「……全く、大人だと、…ッいうのにな…。
ああ、しかし………今回のような、ことは、起きないように、したい……。
その為には、結局、人員やら、マニュアルやら、か…。」
日下部 理沙 >
「はい、ただ……実際に事故が起きた事は事実ですから、先生の懸念もまた正しかったんですよ。
この島じゃなかったら、俺多分死んでますからね」
軽い調子で、身を離しながらそう笑う。
こうして笑ってすますことができたのも、常世島の発達した医療技術のおかげだ。
運が良かっただけでしかない。
理沙の勇み足もまた、『焦り過ぎていた』のだ。
「だから、お互いにすり合わせていきましょう。
先生が止まるなら、俺やセイルさんやフェリアさんが手を引きます。
逆に俺が走り過ぎたら、先生が止めてください。
それで……いいんじゃないですか?」
人員もマニュアルも必要だ。
出来る事なら早い方がいいことも間違いない。
だが、急ぎ過ぎれば……理沙の二の舞が増えるだけだ。
それでは意味がない。
「それが、『誰かと生きる』ってことじゃないでしょうか」
羽月 柊 >
「そうなっていたら、……ますます人員の話は無かった、ろうな…。」
ぞっとしない話だ。
応急手当を施したとはいえ、改めてこの島の技術に感謝せざるを得ない。
身体が離れれば先ほど理沙に言われた通り、
横になって羽根を伸ばし…慣れないうちは何かしらの筋肉が連動しそうになる。
ああしかし、言われた通り少し楽になった気がして息を吐く。
「……そう…だな。
もう少しの間は、現体制が、続くかもしれない、が…。
……皆と、少しずつ、進んで行こう…。
…何もかもは上手くいかない、だろうが…。
………君と出逢えて、良かった。日下部。」
日下部 理沙 >
その言葉を聞くと、理沙は笑って。
「それは、お互い様ですよ」
そういって、自分のベッドに戻る。
いずれ、羽月は眠りにつくだろう。
同じ異能なら、羽根が生える時は著しく体力を消耗する筈だ。
本来なかった器官を無理矢理身体から生み出すのだから当然だ。
「先生、今は休んでください。
俺も休みますから」
焦る事は、物理的に不可能になった。
それもまた、羽月の功績と言える。
何事も……適正な速度というものがある。
それは目に見えない。
だが、話し合い、譲歩し合う事で……少しずつ、見えてくるのではないだろうか。
それこそ、対話を諦めない限り。
決して、止まらず、それでいて、焦らず。
難しいかもしれないが、それが必要なのだ。
きっと、何事にも。
日下部 理沙 >
程なくして、理沙も寝息を立て始めた。
まだ、病み上がりは理沙も同じだ。
治療を施したとはいえ、消耗した体力は戻っていない。
泥濘のような眠気が、そのまま理沙を連れ去った。
ご案内:「常世病院」から日下部 理沙さんが去りました。<補足:ラフな格好。眼鏡。背中から大きな翼が生えている。>
羽月 柊 >
「…あぁ、おやすみ…。」
横になれば眠りが意識を刈りに来る。
己に起こった翼という異能の顕現。
『同じ』という言葉に引っかかりを覚えながらも、
何かしらを考える先からあやふやになっていく。
そうして眼を閉じる。
一日か数日のうちに、病院に居る間に男の背の翼は消え去るだろう。
何事も、無かったかのように。
そうしている間にも、息子には負担をかけているということを自覚しながら、
それでも、ある意味今まで通り彼は生活しているのだろう。
今まで通りが変わるのは、これから。
柊と、カラスと…そして理沙の、未来。
話し合い、対話し、共に歩んで行こう。
ご案内:「常世病院」から羽月 柊さんが去りました。<補足:【はづき しゅう】深紫の長髪に桃眼の男/31歳179cm。右片耳に金のピアス。>